連載
posted:2015.2.16 from:長野県塩尻市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Hiromi Shimada
島田浩美
しまだ・ひろみ●編集者/ライター/書店員。長野県出身、在住。大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。
credit
撮影:阿部宣彦
木曽谷は、日本を代表する木材として名高い木曽ヒノキの産地であり、
古くから漆器の生産地としても知られている。
特に海抜およそ900メートルの高地にある木曽平沢地区は、
漆塗りの下地に適した良質の錆土(さびつち)が産出したことから
小さな集落ながら漆器の一大産地として発展した。
錆土を漆と混ぜることで堅牢な製品がつくられ、
〈木曽漆器〉の名は全国に知られるようになった。
「当社も、先代の頃は地場産業である漆器問屋として
酒井漆器店の名でスタートしました」
こう話すのは、木製生活用品全般を扱う酒井産業の
営業本部特販課課長の宮原正弘さん。
かつては全国どこへ行っても、木曽漆器独自の塗り方のひとつ、
木曽堆朱(きそついしゅ)の猫足座卓のテーブルが見られるほど
華やかな時代があったという。同社も木曽漆器の卸売業で繁盛したそうだ。
しかし、取引先は徐々にホテルや旅館などの業務用市場から
スーパーマーケットなどの一般家庭用品市場に変わり、
それに伴って取り扱う商品も、業務用漆器から家庭向けの汁椀や箸、
まな板など生活用品に変化していった。
そして、現社長に代替わりした40年ほど前に社名を酒井産業に変更。
いまでは1000アイテムにおよぶ天然素材の生活用品を、
全国150の協力工場で地域材を活用して製作している。
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協力工場のひとつで、長野県の南西部に位置し、
岐阜県と境を接する南木曽町(なぎそまち)で
「飯切(寿司桶)」を生産する工場を宮原さんに紹介してもらった。
酒井産業から1時間30分ほど車を走らせ、
日本で初めてまち並み保存を行った妻籠宿をさらに越えた清内路峠の手前。
山道には慣れているとはいえ、驚くほど山奥にある同社までの道のりは、
まさに島崎藤村が記す通り、“木曽路はすべて山の中”だと感じさせた。
南木曽にはろくろをまわしながら木をくり抜き、お椀やお盆などをつくる木地師が多く、
飯切のような桶を生産している工場もいくつかあったという。
もともと製材屋であったこの工場で飯切をつくり始めたのは35~40年ほど前。
代表の志水弘樹さん曰く「風呂桶などの手づくり桶はつくっていたのですが、
飯切で量産化を考えられるようになったのは酒井産業さんから
声をかけてもらったことがきっかけ」なのだそうだ。
飯切に使われる木材は、
木曽五木(江戸時代に伐採が禁止された木曽谷の木)のひとつである地元産のサワラ。
宮原さんは「サワラは余分な水分を吸ってくれ、
乾燥すると今度は水分を放出してくれます。材質はヒノキとほぼ同じですが、
ヒノキよりも匂いが少ないので米に木の香りが移らず、
ヒノキよりも使いやすいんです」という。
工場では、丸太のまま仕入れた生木のサワラを製材し、
15%以下に乾燥させて、さまざまな製品へと加工していく。
飯切の場合は、まず“駒”とよばれる側板を専用の機械で切断する。
桶はいずれも円筒形なので、駒の切断面が直角のままではピッタリとくっつかない。
そこで駒に角度をつけていく必要があるのだ。
しかし、専用の機械を使うとはいえ、この微妙な角度は、
職人の感覚によるところが大きいという。
「桶をつくるうえで一番の要は材料です。製材して乾燥した後、
細かく刻む駒の角度は、分度器で測るようなレベルではありません。
機械ではそこまでの精度は求められないので、熟練した経験が必要になるのです」
と志水さん。
この駒をのりづけし、3時間おいて固定させる。
ろくろを回して内側と外側を削り、削り残しは職人がカンナで手直し。
そして、箍(たが)をはめて底板をはめ込んだら完成だ。
「気をつけなければいけないのは、箍を締める力。
力の入れ具合は桶の大きさによって異なり、強く締めると桶が縮んで歪んでしまうし、
緩いと箍が落ちてしまう。これも経験で覚えていくしかありません。
新人の職人は返品がきたらどうしようと、
内心ヒヤヒヤしているのではないですかね(笑)」
と志水さん。職人は皆、こうした経験を重ねていまがあるのだろう。
「桶は江戸時代からあり、現代でもその文化を引き継いでいます。
そして我々は、過去の職人よりも品質を高める必要があると考えています。
だから、この仕事は日々勉強できることがやりがい。
時折、“明治何年”と書かれたような古い桶の修理の依頼がくるのですが、
当時は接着剤がなかったことから、中に竹串が入っていたり、駒の幅が均一ではない分、
それぞれの駒の角度もさまざまといった複雑なつくりのものがあります。
そういうものを見ていると、本当に勉強になりますね」
こう話す志水さんだが、桶の流通市場は狭いので、
今後は飯切がなくなる時代がくるのではないかと不安も感じているそうだ。
実際、かつては流通の主流であった業務用の飯切の生産は、
寿司屋自体が少なくなったこともあり、最盛期の3分の1ほど。
親戚同士の集いなど、一般家庭のハレの日でも使われる機会が少なくなった。
「いままでのように寿司桶やおひつだけでは、やっていけない時代がきています。
そこで、桶の類いで違う製品づくりに挑戦していく予定です」(志水さん)
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酒井産業もまた、意欲的に新製品を開発している。
そのひとつが玩具。
もともと“自然のぬくもりをくらしの中に”を社是に掲げている同社では
木育に力を入れてきた経緯があり、木のおもちゃづくりは長く続けていた。
そんななかで2012年から新たに発売を開始したのが、
プロダクトデザイナー柴田文江氏が手がけた
子ども向け木製品ブランド「buchi(ブチ)」だ。
「『木育』や『木づかい運動』という言葉はここ数年でぐっと広まりましたが、
当社では昔から取り組んでいることでした。
また、OEMでデザインをいただいて製品をつくることもある当社では、
デザイナーやディレクターと知り合う機会も多くあります。
そんななかで、プラスチック系素材のプロダクトを多く手がけていた
柴田さんと知り合い、共通のディレクターを介して話をしているときに、
柴田さんの“木のおもちゃを手がけてみたい”という思いと、
当社の“普通の木のおもちゃとは違うものをつくってみたい”という思いが重なりました。
そして、こちらからお願いして製品化が叶ったのです。
柴田さんとは、自信を持って推薦できるメイド・イン・ジャパンの商品を
つくりたいと話しました」と宮原さん。
こうして「本当にいいものを子どもたちに届けたい」
という思いを掲げてスタートしたbuchiは、
子どもがおもちゃとして使わなくなっても、思い出と一緒に
インテリアとして飾っておきたくなるような高いデザイン性を備えている。
「buchiとは、縁取りにきれいな色彩を施すところからきています。
柴田さんの世界観のなかで製作には相当高いクオリティーを求められますが、
お客様からは大変好評を得ています」(宮原さん)
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次に、酒井産業が
「国産の木、できれば信州発の木材をたくさん使った木製品をつくりたい」
という思いを抱いて、新たに柴田さんとのコラボレートで生み出した家具ブランドが
〈LAYERED WOOD(レイヤードウッド)〉だ。
木曽はヒノキが有名だが、信州といえばカラマツがメイン。
酒井産業では、「カラマツの積層された木口の美しさを伝えたい」という
柴田さんの思いも踏まえ、この木を使いたいと柴田さんに提案したという。
最初のコレクション〈LAYERED WOOD BENCH(レイヤードウッドベンチ)〉は、
長野県のカラマツ集成材にプレーンの黒鉄のベースを合わせたもの。
クールなのにあたたかい印象を放つ。
「単純に考えれば、座面の制作は横に5~6本の角材をつなげばコストが抑えられ、
つくり方も簡単です。しかし、あえて座面の木を縦に重ねているので、
かなりの手間がかかっています」(宮原さん)
現在は、松本市にある信州まつもと空港をはじめとする公共空間や
オフィスビルのエントランスなどに設置されている。
LAYERED WOOD BENCHの設置だけでなく、実は信州まつもと空港では、
ロビーのカウンターや展示ケース、搭乗橋も酒井産業による木質化施工がされている。
長野県の空の玄関口として、訪問客に対して森林県を感じてもらう空間演出だ。
宮原さんはいう。
「当社が目指しているのは、室内環境の木質化です。
いまは、まな板もみそ汁椀もプラスチック製品が浸透し、
人々の生活は木からどんどん離れてしまっています。
もう一度、木にふれる環境を提供することが私たちの役目。
そこで、壁を木質化する〈木かべ〉や木製の生活用品を通じて
木に触れる経験をしてもらい、そこで育った子どもたちが
大人になって木造の家を建ててくれたらうれしいですね。
木かべは当社ホームページのほか、通販カタログでも取り扱いをしているため、
当社の思いに共感された方が手に入れやすいのも特徴です」
今後はさらに、長野県で育った木を活用して、キッズスペースを中心に
「心地よい木質化空間」づくりに力を入れていくという同社。
すでに白馬五竜スキー場のキッズコーナーには
木の遊具を設置した〈ウッドランド〉を設けたり、
大手自動車ディーラーのショールームに木製遊具を導入しているほか、
長野赤十字病院小児科病棟ではプレイルームの木質化を実施。
他病棟の廊下にも木かべを施すなど、いくつもの施設を手がけている。
適度にやわらかいスギの床、香りのよいヒノキの壁。
子どもたちはこうした地域材のぬくもりを通じて、
地域の森が持つ力を感じるに違いない。
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