坂東幸輔建築事務所 vol.7 補助金なし改修なしで、 港の空きレストランを再生

坂東幸輔建築事務所 vol.7

みなさん、空き家再生してますか、建築家の坂東幸輔です。

今回は丸亀市で行った〈港のカフェPIER39〉プロジェクトの様子を紹介します。
瀬戸内国際芸術祭2016秋会期の開催に合わせて、
丸亀フェリーターミナル2階の空きテナント〈PIER39〉を再生して
5日間だけウィークエンド・カフェを開催しました。

ようこそPIER39へ。

講演会などで徳島県神山町の話をすると、
「神山町に関わるようになったきっかけは何ですか」
という質問をよくいただきます。
神山町のようにドラマティックに変化を遂げたまちに関わることになった
最初のきっかけにみなさん興味があるようです。
海のカフェPIER39の場合は、私が空間に惚れ込んでしまったのです。

港のカフェPIER39は、空き家を使って
まちづくりのきっかけをつくってしまおう、というプロジェクトです。
ただし空き家の改修工事は一切なし、予算をかけず掃除するだけで使い始めました。

カフェとして再生するのは、自分?

PIER39と出会いは2015年9月の「リノベーションまちづくりシンポジウム」の
パネラーのひとりとして参加したときのこと。シンポジウムの後で、
高松の建築家カワニシノリユキさんに
とっておきの空き家があるからと案内してもらったうちのひとつが
丸亀フェリーターミナル2階にある空きテナントPIER39でした。
PIER39は1984年にオープンした喫茶店でした。
フェリーの待ち時間や地域の方のランチにと活用されていたそうなのですが、
利用客の減少により閉店。20年近く空きテナントとなっていました。
もともと市の所有の建物なのですが、借り手がずっと見つからなかったそうです。

リノベーションまちづくりシンポジウムの登壇者。左から、私、ポンさんこと真鍋邦大さん、R不動産の馬場正尊さん、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館にて。

丸亀フェリーターミナル。瀬戸内国際芸術祭の会場となっている本島のほか、牛島、児島、広島、小手島、手島行きの船が出ています。この建物の2階にPIER39があります。

窓から覗いた印象ではかなり丁寧に内装がデザインされています。
その頃、出羽島のプロジェクトに関わり始めたばかりで(vol.4vol.5参照)、
海の近くや港といった場所に興味のあった私は
PIER39にすぐに惚れ込んでしまいました。

高い窓に手を伸ばしてiPhoneで撮影した写真。内装や家具の雰囲気を見て、使えると思いました。

いい空き家が見られてウキウキしながら、年に行われた瀬戸内国際芸術祭で、
土日のフェリーターミナルに長蛇の列に並んだ経験のある私は
「瀬戸芸の期間にPIER39でかき氷屋さんでもやれば儲かりますね。
誰かやればいいのに」という雑談を一緒にいた人たちとしていたのですが、
はっと気がついてしまいました。

「その誰かは自分なんじゃないか」

この連載の中でも、地域でのまちづくりは
「何をするかではなく、誰がやるか」だ、ということを書きましたが、
PIER39の「誰か」は自分なんじゃないかと運命を感じてしまったのです。

徳島県内では神山町と出羽島でまちづくりの活動をしていましたが、
瀬戸芸や地域の美術館に育てられた
アートカルチャーのある地域で活動してみたいということも動機のひとつになりました。
猪熊弦一郎美術館のある丸亀は文系女子やサブカル女子が闊歩しています。
同じ四国でも徳島にはそういった女子は一切いないので
初めて見た時は衝撃を受けました(笑)。

埃まみれの空間を大掃除

自分でPIER39を再生しようと決心した後、
シンポジウムに私を呼んでくださった地域のキーマンである、
『四国食べる通信』編集長の真鍋邦大さんに相談し、
丸亀市の若手職員の方たちをご紹介いただいたことで、
瀬戸内国際芸術祭2016の期間中のPIER39の使用許可をいただきました。

今回のプロジェクトは私の場所への興味から始まった、ごく個人的なプロジェクトです。
市からは場所の無料提供をしていただきましたが、資金的な援助はもらっていません。
個人的に応募した第一生命財団の研究助成金をもらって、
研究として行っているため、自由に活動することができました。

港のカフェPIER39プロジェクトの本格的なスタートは2016年4月末からでした。
閉店してから約20年間使われていなかったPIER39の掃除を
京都工芸繊維大学の学生の垰田ななみさんや市役所の若手職員の皆さんと行いました。
埃まみれだった空き家が、ゴミを捨て、床をモップがけして、
窓や家具をきれいに拭くと見違えるようになりました。

ファブリックの汚れやカウンターの傷みなど、掃除ではどうしょうもない箇所もありましたが、
気にしなければすぐに使える状態になりました。
さっそく、丸亀市の方たちがゴールデンウィークにまちづくりのイベントを開催してくれました。

丸亀市若手職員の皆さんとPIER39の掃除。

港の景色を見ながら窓ふき。

掃除をしただけでかなりきれいになりました。

今回の港のカフェPIER39プロジェクトのように
ぜひ皆さんにもまちにある空き家も掃除をして使い始めてみてほしいのですが、
その際に注意したいのは、漏電と漏水です。
古くなった配線・配管に電気や水を流すと、事故が起こる可能性があります。
素人が大丈夫だと判断をせず、必ず電気屋さんや水道屋さんに相談するようにしてください。

掃除を終えた後は、毎月丸亀に通い、少しずつプロジェクトを進めていきました。

香川大学の学生を中心に、丸亀の商店街の空きテナントで
カフェを行っている〈るるるカフェ〉のメンバーたちが
PIER39のプロジェクトに協力してくれることになりました。
プロジェクトは私が非常勤講師として教えている、
京都工芸繊維大学や研究室のある京都市立芸術大学の京都の大学生チームと
香川の大学生チームのコラボレーションに発展しました。

香川と京都の学生のミーティングの様子。

PIER39で販売するフードメニュー開発を香川の学生、
内装やユニフォームのデザイン・制作を京都の学生が担当し、
準備を進めていきました。丸亀市役所の若手職人の皆さんの多大な協力もあり、
10月8日の瀬戸内国際芸術祭秋会期の開催に合わせて
〈港のカフェPIER39〉を5日間の限定オープンさせることができました。

開催を5日間の限定にしたのは、
京都から毎週通うことが難しかったこともありますが、私たちがいない間も
カフェをオープンしてくれる人が現れる余白をつくりたかったからです。

PIER39のユニフォームのデザインについての打ち合わせ。

〈秀吉のクリスマスツリー〉 プラントハンター 西畠清順さんによる 巨大ツリーが登場!

大阪府大阪市の中心部、
大阪城に隣接する〈ホテルニューオータニ大阪〉。
このたび、ホテル開業30周年を記念し、特別なクリスマス・イベントを開催! 

世界的に活躍するプラントハンターの西畠清順さんとコラボレーションした
『秀吉のクリスマスツリー』が、2016年12月25日(日)まで、
ホテルのアトリウムロビーに設置されています。

西畠清順さんとツリー

『秀吉のクリスマスツリー』のサイズは屋内・関西最大級11メートル! 
プラントハンター西畠さんが、1年がかりで探した木。
豊臣秀吉が大阪城を築城修築した際に採出した飛騨材・木曾材、
その中から選定された、生木のクリスマスツリーです。
樹齢はちょうど約30年、重さはなんと500キロ。

飛騨の木材は、安土桃山文化を代表する大阪城を始め、
聚楽第、伏見城など、幾多の名城を築く際に使われてきました。

豊臣秀吉が当時、巨木を調達するために、
飛騨高山から飛騨川・木曽川を通じて“川下げ”し、
大阪まで巨木を運んできたのだそう。
西畠さんは1年前から調査を重ね、飛騨の山で唯一発見した
樹齢約30年、樹高11mに及ぶトウヒの木を発掘しました。

植林された山は、間伐などで人の手を入れないと活かすことができません。
今回のプロジェクトは、木材で町興しをしている飛騨市にも喜ばれたのだそう。
ツリーの役割を終えたのちには、堆肥として土に還る予定です。

古民家LOOF vol.1 育った山梨の集落で、村おこし。 イベント赤字から抜け出すには?

古民家LOOF vol.1

みなさま、はじめまして、〈古民家宿LOOF〉の保要(ほよう)佳江です。
山梨県笛吹市芦川町で古民一棟貸し宿LOOF澤之家・坂之家という2棟の宿を経営しています。
築100年の兜作りの古民家を生かした内装になっている澤之家と、
大きな囲炉裏が特徴の坂之家。都内の20〜30代の女性、外国人観光客をターゲットに、
1日1組限定の宿として営業しています。

2014年にオープンした澤之家の特徴の“兜造り”とは、屋根の形状からそう呼ばれ芦川地域に見られる古民家の様式。小屋裏に広い空間が取られています(topの写真)。写真は改修後の小屋裏部分。ほかにも若い世代にも古民家を身近に感じてもらいたいと、水回りはきれいに、快適に過ごせるよう改修しています。

2016年にオープンした、2軒目の古民家宿、坂之家。

芦川町に戻り、古民家宿を始めるまで

芦川町は、東京から約1時間半の場所にあるのに、
“山梨のチベット”と呼ばれる秘境です。
そんな、人口400人もいない限界集落は、私の育ったまち。

東京と神奈川出身の両親が子どもは田舎で育てたいと選んだのがこの芦川町でした。
2歳でこのまちに移住し、高校生までの間をこのまちで過ごし、
大学・就職と東京に出て以来10年ぶりに地元に帰って活動を始めました。
当時は何もない、このまちから早く出たいといつも思っていました。

芦川町の風景。

戻ってきたきっかけとなったのは、大学の時の友人からの言葉でした。

「身近なことも変えられないのに世界は変えられない」

幼少期に田舎に住んでいた反動だったのか、
ずっと世界で活動することを目標に生きていた私にとって衝撃的な言葉でした。

ちょうど同じタイミングで偶然見つけた本『限界集落』に
出身地である芦川町が限界集落であることが書いてありました。

「これだ!!!」と直感的に思いました。

写真家・梶井照陰著書『限界集落ーMarginal Village』(FOIL)。写真がメインのこの本は、芦川の風景が掲載されていたりと、とても懐かしい気持ちになりました

それまでは、ずっと海外での仕事に就くことを目標に、大学では留学をしたり、
休学をして勉強をしたり、国際協力の仕事をするために活動をしていましたが、
大学4年生のときに芦川町の「村おこしをしたい!」と
方向性を変えて生きて行くことにしました。

そこで、就職活動などは一切せず、「村おこし」=農業かなと考え、
地元に戻って農業の勉強をしようかと模索していたところ、
友人からおもしろい会社があると聞き、たまたま説明会に行ったのが、前職の農業関連の会社。

入社前の面接で社長に「村おこしがしたい」と話すと、
「うちの会社を踏み台にして、自分のやりたいことに進みなさい」
と言われ、そのまま入社することにしました。
配属された飲食部門でトップまで行って、結果を出してから辞めようと決め、4年間勤務。
並行して周囲に「村おこしがしたい」と言い続けていました。
3年目に、まずはできることから始めてみようということで、飲食関係の友人に手伝ってもらい、
地元の食材を使用して芦川にある古民家でフレンチ料理を提供する、
週末レストラン「囲炉裏フレンチ」というイベントを開催しました。

イベントのときにつくったチラシ。

村おこしって何だろう?

毎回イベントはすべて満席。とても好評で1年間続けましたが、収支はずっと赤字。
これではいけないと悶々としていましたが、
そもそも“村おこし”ってなんなのか? を考えずに、
突っ走っていたため最終的にどうなることが理想の“村おこし”なのかを
イメージできていなかったのです。

そこで、一旦考え直し、「なにかしてあげよう」という考えから
「地域の人が抱えている問題を、自分のやりたいことを通じて解決していこう」と、
自分に軸を置いて活動をしていこうと決めました。

私のやりたいことを考えた時に辿り着いたのは、
「トカイもイナカもある暮らし」の実現。

ありのままの自分を出せる場所=イナカ

背伸びした自分をつくる場所=トカイ

イナカ過多、トカイ過多な人が多いけど、私は両方がほしい。

そして地域の人が抱えている問題を解決したい。
その頃ちょうど芦川の地域全体で行うワークショップが開催されており、
地域の一番の課題が「空き家の問題」という結果に行き着きました。
300軒ほどある建物のうち、3分の1の100軒が空き家という事実。

私のやりたいことと、地域の抱えている課題の2点に加え、
私は必ず入れないといけない視点として考えたことが、ふたつあります。

①まずは「しっかり稼ぐ」ということ。

②地域の課題を「おもしろく解決する」ということ。

少ない収入でも暮らせるのがイナカなのかもしれないけれど、
それが個人の希望とは合わないこともあります。
実際、私の周りの同世代の友人も、地元に戻りたいと思っている人は
たくさんいました。しかし、みんな共通して戻らない理由が
「仕事がない」ということと、「魅力的な仕事がない」ということ。
選択肢の多いトカイから抜け出すのはなかなか勇気のいること。
だから、私は芦川に戻ってくるときに、
「おもしろいこと」しかしないということと、
「トカイ以上に稼ぐ」ということを決めました。

そこで私のミッションは
「地方に持続可能なビジネスモデルをつくり、
集落に残る日本の生活文化を継承する」こと。

そして意識する点として、「おもしろく社会問題を解決する」と考えました。

そこから具体的に芦川町で何をしようか考え始めました。
この地域だからこそできる強みとはなんなのか、
ほかのイナカでなく、この地域だからこそできることってなんなのか。

創立65年の劇団と 演劇専用ホールをもつ “地域演劇のふるさと”西和賀

西和賀にんげん図鑑Vol.1 
小堀陽平さんと妻の結香さん
(ギンガク実行委員会・企画委員)

東京で生まれ育った小堀陽平さんが、このまちに移住して、もうすぐ3年目を迎える。
現在は、西和賀町地域おこし協力隊として
演劇専用ホール〈銀河ホール〉の運営やまちの広報活動に関わるが、
もともと西和賀に特別な縁があったわけではない。

きっかけは、日本大学大学院芸術学研究科に在籍していた晩秋のことだった。
「東日本大震災の後、かつて銀河ホール館長を務めた芸術プロデューサーと
西和賀町の旅館組合の組合長から、湯田の温泉宿を使って
演劇学生たちの合宿をやれないものか? と声をかけられて」

西和賀町には、古くから演劇文化がある。
戦後まもなく地元住民によって結成された〈劇団ぶどう座〉は
中央演劇界とのつながりも深く、60年以上も活動を続けているそうだ。
そうした素地のもと、1993年に演劇専用施設として建てられた〈銀河ホール〉は、
地域演劇祭から国際的な演劇交流まで幅広く活用されてきた。

「このまちには劇団ぶどう座と銀河ホールが積み重ねてきた、
新旧さまざまな地域行事や伝統芸能があるし、ほかの地域にも誇れる設備や環境がある。
せっかくなら、合宿だけでなく演劇祭を開きたいと伝えました」

小堀さんの提案をうけ、まちでは、師走の多忙な時期からコトがパタパタと動きだす。
1月末に合宿実施のめどが立つと、小堀さんが学生たちに声をかけ、
東京都内3団体による滞在型演劇祭の開催が決定。
3月上旬上演に向けて慌ただしく小堀さんがまちを訪れたのは、
西和賀町が最も雪に覆われる2月の真っただ中だ。

「初めて訪れた西和賀がその時期。
特に雪の多い年だったらしいのですが、比較対象を知らなかったおかげで、
純粋に、東北の冬ってこういうものなんだなと思いましたよ(笑)」

それは、逆転の発想から始まった。 地方創生の新しいカタチ、 〈ユキノチカラ〉が動き出す!

西和賀ならではの食ブランド、誕生

雪がもたらす岩手県西和賀町の魅力あるコンテンツを
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉
住民にとって厄介な存在だった雪を、しっかりタカラモノとしてアピールしていくため、
マイナスを逆手にとった発想、そして、これまでにない枠組みによってスタート。
小さなまちで生まれた〈ユキノチカラ〉は、
いま、全国のデザインプロジェクトの手本となる大きなムーブメントになろうとしている。

2016年3月22日、23日、東京ミッドタウンで開催された〈復興デザインマルシェ2016〉。
東北地方と茨城県から集まった35事業者のアイテムがずらり並ぶなか、
岩手から参加した西和賀町のブースには、2日間途切れることのない人の列ができた。

ブースの前には、1年がかりで立ち上げた新しい食ブランド〈ユキノチカラ〉の商品を
興味深く手にとってほおばるお客たち。
その様子を心配そうな面持ちで見守るのは西和賀町役場の高橋直幸さん、
〈ユキノチカラ〉プロジェクトの推進役だ。

高橋直幸さんは西和賀で生まれ育って、18歳で役場に入庁。以来、観光や農林、防災、県庁出向まで20 年間で約10 部署を経験してきたミスター西和賀!「西和賀食ってみでけろ隊」の立ち上げなどにも関わる。

〈ユキノチカラ〉とは、雪がもたらす西和賀の魅力あるコンテンツを
全国へ発信していくためのブランドコンセプト。
「西和賀は冬場の積雪量が10メートルにも及び、
2メートル近く雪が積もることもあります。
昔から雪は住民にとって厄介な存在でした」と直幸さん。

生活者にとってはマイナス要素の大きな「雪」だが、
それは西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくる重要な要素。
それをしっかりタカラモノとしてアピールしていくための考え方が
〈ユキノチカラ〉なのだ。

1年前から始動したこの取り組みの注目すべき点は、
マイナスを逆手にとった発想、そして、
これまでにない枠組みによるスタートだということ。
その経緯を少し振り返ってみよう。

〈HACK OUR CITY -Shibuya-〉 新しい選択肢をつくる 「都市づくり」セミナー

人口や建物など桁違いな規模感のまち、渋谷。
そのまちづくりは、“都市”ならではのアプローチです。

特殊で巨大なまち・渋谷を舞台に
ボトムアップからの都市づくりをテーマにした実験プロジェクトが
「SHIBUYA HACK PROJECT」です。

その「SHIBUYA HACK PROJECT」に関連した
セミナーイベント〈HACK OUR CITY -Shibuya-〉が
2016年12月2日(金)に渋谷・ロフトワークで開催されます。

“まち” や “都市” の
現代の事情に精通する人々によって開かれるこのイベント。
イベントの内容としては、
地理人の今和泉隆行さんと、ビジュアルデザイナーの河ノ剛史さんによる、
将来の渋谷の妄想地図をつくるワークショップ。

そして、株式会社ロフトワーク代表取締役の林千晶さんと、
株式会社オープン・エー代表であり
東北芸術工科大学教授、建築家でもある馬場正尊さんによる、
「都市計画と新たな価値創造」というテーマのパネルディスカッションなど
趣向を凝らした催しが行われる予定です。

渋谷道玄坂の真ん中に突然現れた、ちょっと不思議な家具。

また、「SHIBUYA HACK PROJECT」では、
すでにいくつかの実験プロジェクトが行われており、
その一例として10月に行われた「Street Furniture@渋谷音楽祭2016」を
少しだけご紹介します。

このイベントは渋谷の路上に、「関わりたくなる」家具などを配置。
通りがかりの人が、いつもとちょっと変わった目線でまちを眺めて、
佇むことのできる空間をつくる実験的な企画です。

100万回再生の「公約」達成! 別府に遊園地ならぬ 「湯~園地」ができる!?

大分県別府市が発表した、
温泉につかりながらジェットコースターに乗れる!? という、
遊園地ならぬ“湯~園地”計画。

この実現にむけた公約ムービー『別府市・湯~園地計画』が、
YouTubeで公開されました。温泉と遊園地を融合させた、
アミューズメント施設「湯~園地」が描かれます!

人が入れる温泉として世界一の湧出量を誇る別府市。
このムービーは、市がビジョンとして新たに掲げる“遊べる温泉都市構想”の
コンセプトを表現したもの。

温泉につかりながら楽しめるジェットコースターや、
あたかも家族風呂のようなあたたかさを持つ観覧車、
市内路上での温泉を使ったアトラクションなどなど…。

このムービーの全体プロデュースは、NTT docomo『森の木琴』(2011)や
おんせん県おおいた『シンフロ』(2015)にも関わる、
〈Invisible Designs Lab〉の清川進也さん。

別府市内で約90年の歴史を持つ遊園地〈ラクテンチ>に12トン以上の温泉を輸送。
別府市長・長野恭紘をはじめとした総勢150人の市民エキストラが参加! 
地元消防署協力のもと、消防ホースを用いて、遊園地内での温泉の運搬や散布を行う等、
まさに市民一丸となって制作されたのだそう。

宣誓書に署名する市長

本ムービーにあたって市長が発表した公約は、
「YouTubeでの再生回数が100万回を達成した場合、実際に別府市内で本計画を実行する」
というもの。

そして、11月21日のムービー公開から4日目にあたる11月24日、
公約実行の100万回再生を達成しました!

やりました!

株式会社建大工房 vol.2 廃墟ビルをリノベーション。 福井のものづくりの 新拠点が生まれるまで

株式会社建大工房 vol.2

「Happiness is only real, when shared.」

幸せが現実となるのは、それを誰かとわかち合った時だ。

前回にも書きましたが、僕はホームレス工務店だったことがあります。
家もなく、借金を抱えながら、何のために生きるか、何を信じるかなど、
いろいろ悩んで哲学書や宗教の本などを読み漁って出会った1本の映画がありました。
『イントゥ・ザ・ワイルド』(into the wild)。冒頭の言葉はその中の一節です。

ストーリーはこうです。
物質社会に嫌気がさした青年がすべてを捨てアメリカを横断。
目的地であるアラスカの奥地で完全自給自足の生活をしながら自分をみつめていく。
1992年に実際に起こった実話に基づいた話です。
主人公がアラスカの地で苦悩の果てに、
最後に残したメモにあったのが、先の言葉でした。
当時、生きることの意味を模索してる僕にとって救われた出来事のひとつでした。
その映画の公開を知ったのが〈IDEE〉創始者の黒崎輝男さんのブログです。
鯖江の講演を聞きにいってすぐのことでした。

さて、今回は、ホームレス工務店となり、
どん底だった当時の僕にとって、大きな財産となった黒崎さんとの出会い、
アメリカの旅、そして2016年にオープンした古ビルの話を書きます。

食や工芸、北陸のものづくりを発信

まずは今年2016年9月にオープンした〈CRAFT BRIDGE〉(クラフトブリッジ)について。
ここ福井にもまたひとつおもしろい場所ができました。

もともとは住居や賃貸住宅として使われていましたが、2階、3階は10年以上放置されていて廃墟同然でした。

1階が日本酒バーとパン屋さん(予定)、2階にシェアオフィス、
そして3階とルーフテラスにクラフトビールのビアバーがある複合施設です。
FLAT(vol.1参照)から派生した仲間に新たなメンバーが加わり、
代表は不動産屋さんで、建築家、漆器屋さんなどの方々も参画して、
みんなでつくりあげています。

ビルのコンセプトは福井はもちろん、北陸の地域に根づく工芸や食、
地酒などのものづくりの文化を、体感できる橋渡しの役目となり、
これからの新しい働き方を生むような、交流の場となる場所。

FLATは福井のクリエイターたちの交流や表現の場所という感じで使われてきましたが、
ここクラフトブリッジはもう少し発信の範囲を広げていくのと、
これからの「仕事」のやり方を提案していくような、
人材を育てていく場所としても活用できるようになっています。

1階の日本酒バー〈rice bar〉は黒崎さんの紹介で福井出身のデザイナー水谷壮市氏の設計。

1階のパン屋さんが入る予定のスペース。これは、オープニングパーティーの様子で、東京から黒崎さんの事務所のスタッフもたくさん駆けつけてくれて盛り上がりました。

3階のクラフトビアバー〈Bridge Brew〉。壁面の廃材のヘリンボーンの壁はここを経営するデザイン事務所〈HUDGE〉のスタッフたちがDIYでつくったもの。テーブルはもともとついていた鉄扉をそのまま使っています。

インテリアのチョイスはHUDGE代表の内田裕規さん。アメリカで買い集めたものばかり。

屋上のビアガーデン。北陸のクラフトビールと地元食材のオーガニックフードが食せる。薪はディスプレイだけではなく、石窯もつくってあり本格的な石窯ピザも焼ける。屋内に薪ストーブも設置予定。

リノベーションスクールの時にDIYワークショップでつくった屋上に設置したオブジェのフラードーム。ホームセンターの1×4材で総材料費は3万円程度。直径3.4メートル。

1番上のルーフテラスのコンセプトはアウトドアリビング。ハンモックに揺られながらまったりと過ごせる。

実はクラフトブリッジをプロデュースしてくれているのが、
冒頭でも書いた黒崎輝男さんです。
東京・青山の国連大学前広場で開催されている〈Farmer's Market〉や
フードカーが集まるコミュニティ空間〈commune 246〉のプロデュース、
米国・ポートランドのガイドブック『TRUE PORTLAND Annual 2014』など、
数々のおもしろい本も出版しています。
仏人デザイナー、フィリップ・スタルクを日本に紹介しオリジナル家具をプロデュース、
ほかにもマーク・ニューソンなど世界に名だたるアーティストの才能を見出してきた
現代の千利休みたいな人だと僕は思っていて、
90年代後半〜2000年代初頭の東京のデザインシーンを語るうえでかかせないひとりです。

今も常に世界中を飛び回りながら最先端を走っています。
クラフトブリッジでは2階のMIDORI.so FUKUIを運営してもらって、
平均すると月に1度くらいのペースで黒崎さん自ら出向いてもらってイベントをしたり、
福井と東京の若者たちとの交流を促してくれたりします。

2階のギャラリースペース。今は越前漆器や金継ぎの作品、越前和紙などが展示されています。

2階のシェアオフィス〈MIDORI.so FUKUI〉の窓の外には隣にある隈研吾氏設計の料亭〈開花亭sou-an〉が。

伝統工芸などのものづくりが根づく福井にはそれを守りたいという若者がまだまだいる。
黒崎さんは、日本古来の文化や風景をどう残していくかという活動をしていて、
伝統を担う福井の若者がそれぞれ現代的なやり方や見せ方などの葛藤があるところに、
突破口となるヒントをくれながら、応援してくれています。

そんな北陸のものづくりがクラフトブリッジのテーマになったのも
2年前に黒崎さんに連れられて行った旅から始まります。
まさか僕らが黒崎さんとアメリカに行くことになるとは……

〈cokeconami_market〉は 食、アート、体験の クロスカルチャーイベント!

食欲の秋、芸術の秋、運動の秋、この季節にはいろんな秋があり、とにかく忙しい。

そんなもろもろを総ざらいし、満喫できるイベント〈cokeconami_market〉が、
秋と冬の間に滑り込みました。11月の最終日曜日となる27日(日)、
福岡市と北九州市の中間あたりにある津屋崎で開催されます。

会場の全体マップ。公式webサイトでもチェックできます

この津屋崎は夏には「津屋崎祇園山笠」が行われるほか、
「モマ笛」をはじめとする伝統工芸「津屋崎人形」が
今も受け継がれている文化色豊かな街。

古い酒蔵が残るその町並みは 「津屋崎千軒」と呼ばれ、
ドラマのロケ地にもなりました。海がすぐそばに広がり、
漁港が近いので、のどかな漁師町というイメージもぴったり。

津屋崎、そしてその周辺には近年、移住者が増えています。
例えば彼らはwebデザイナーであったり、
CGアーティストであったり、器の作家であったり、
革職人であったり、その面々はとても個性豊か。

この〈cokeconami_market〉の発起人もそんな移住組です。
レザーショップ「cokeco」を営む田中立樹さん、
そしてうどん店「こなみ」を営む山田さん夫婦による
「何か面白いことをやりたいね」という他愛のない会話が
きっかけとなり、そのイメージが形になりました。

会場となる津屋崎千軒のすぐ近くには海が広がります

田中さんは「自分たちが良いな、好きだなと思っている人たちに
声を掛けました。彼らの多くは同世代です。
そんな空気感を楽しんでもらえればと思います」と言い、
山田さんは「初開催とはいえ、企画は色々と詰め込みました。
第2回、3回と継続していき、今回、お声掛けできなかった方々を
お招きしていきたいですね」と意気込み十分です。

以前コロカルの記事でも紹介された〈旅するクーネル〉もイベントに参加

〈cokeconami_market〉は
「食べる」「見る&観る」「聞く&聴く」「買う」「体験」という
5つのコンテンツから成ります。

まずは「食べる」。当日、飲食ブースには福岡、そして県外から、
多国籍料理、イタリアン、スパイス料理といったように、
バラエティ豊かな飲食店が出店。当日限定のフード&ドリンクを提供いたします。

テラス&ミコーの名物・パクチーラーメン。こちらはあくまでイメージで当日の提供はありませんが、センス抜群のシェフによる料理に期待大です

ISHINOMAKI2.0 傾いた空き家、 どうやって改修する? 忍者屋敷がアトリエに

ISHINOMAKI2.0 vol.5

第5回目となる今回は、私、勝 邦義の古巣である
横浜の建築設計事務所〈オンデザイン〉が担当します。オンデザインは2011年の5月、
まだガレキが残る石巻のまちなかで1冊のフリーペーパーをつくることからスタートした
〈ISHINOMAKI2.0〉の誕生から、活動を支えてきました。

当時駐在していたスタッフに加えて、私が関わるようになったのが2012年。
そして2013年、私の次に関わるようになった、
オンデザインのスタッフ湯浅友絵さんが今回の執筆者です。徳島県出身の元気娘として、
石巻のまちに飛び込み取り組んだふたつのリノベーションを紹介します。

石巻の現場で大工さんと打ち合せするオンデザイン代表の西田司さん(左)とスタッフの湯浅友絵さん(右)。

こんにちは、オンデザインの湯浅友絵です。
今回は私が石巻で関わっているリノベーション事例をふたつ紹介します。
ひとつは空き家をアーティストインレジデンス&ギャラリーに変えた事例で、
もうひとつは空き地を、中古屋台を使ってコミニュケーションスペースに変えた事例です。

少し自己紹介から。私は横浜の建築設計事務所オンデザインで働きながら、
ISHINOMAKI2.0の取り組みをさまざまなかたちで協働してきました。
私が石巻に初めて行った2013年頃は、
まちはすでに東日本大震災によるガレキの片づけなどは済んでいて、
復旧ではなく自分たちの手で、震災前より魅力あるまちにしようと、
復興フェーズになっていました。

すでにオンデザインの先輩である勝さんは石巻に住みながら、
さまざまな取り組みをしていました。私は入社してすぐに、
「横浜から石巻へ行かないか」と代表の西田から言われ、とんとん拍子に、石巻へ移住。

勝さんから、いろいろと話は聞いていましたが、想像と実際に住むのでは、大違い。

石巻に初めて行った時に撮った写真。

ガレキなどは片づいたとはいえ、当時の石巻のまちには住む場所がなかなか見つかりません。
不動産屋へ行っても、当時ひとり暮らしの空き部屋がない状況でした。

今まで自分が生活してきたまちとはまったく違う環境だったということもありますが、
まちなかは空き地、空き家が目立ち、どこか寂しく感じました。
仮住まいとして寝泊まりをしていた復興民泊も、シャワーブースにトイレ、
二段ベッドという生活するのに、必要最低限のものが用意されているという状況でした。

そんな環境で何よりの励みになったのは、石巻のまちの人のあたたかさです。

家がなくても、「うちに泊まればいいよ!」と、
2か月の間に商店街の呉服店さんの和室や、
電気屋さんの屋根裏部屋、ISHINOMAKI2.0の先輩の家の空き部屋など、
スーツケースひとつでまちのなかを転々としながら、暮らしていました。

あのときの本音を言えば、
「横浜の設計事務所に入ったはずなのに……」と最初は思っていましたが、
石巻のまちで実際生活し、1日に3〜50人の人に出会い、
まちの人に触れ、あたたかく受け入れられる感覚は、都会では味わえない生活でした。
昼になると、まちの呉服店にお腹を空かせた若者が集まり、
そこで昼食を食べてコミュニケーションをとったり、
事務所で仕事をしていると、まちの人がやってきて、石巻の歴史について語ってくれる。
石巻という場所は、横浜に戻ってきた今でも通い続けたくなる魅力溢れるまちです。

新しい総合芸術祭の開催に向けて

では、ここから本題のリノベーション事例を紹介します。

ひとつ目は空き家の改修です。ただ住めるようにするだけでなく、2017年に開催する
〈Reborn-Art Festival 2017〉(リボーンアートフェスティバル)のために、
アートスペースとして利用することが求められていました。

Reborn-Art Festivalとは、東日本大震災から5年、
ここまで歩んできた現地の方々の「生きる力」や「生きる術」に共感した
さまざまなジャンルのアーティストが、東北の自然や豊かな食材、
積み重ねられてきた歴史と文化を舞台に、そこに暮らす人々とともに繰り広げる、
いままでになかった総合祭(Reborn-Art Festival HP抜粋)のこと。2017年夏開催予定。

このプロジェクトが動き出したきっかけは、ISHINOMAKI2.0と、
震災後継続して石巻を支援している、一般社団法人ap bank(以下ap bank)との出会いです。

2011年の震災後、ap bankの代表理事であり、
音楽プロデューサーとしても有名な小林武史さん自らが被災地へ足を運び、
〈NPO法人ETIC.〉が主催する、東北へ地元には少ない能力やスキルを持った人材を派遣する
「右腕プログラム」など、さまざまなかたちで復興支援をしていました。

そんななか、小林さんは石巻にも幾度も来られていました。
ap bankとして、継続できるかたちでも、何か支援ができないかと考えられていたそうです。
ちょうどその時期、新潟の越後妻有地域で行われていた『大地の芸術祭2012』に行き、
さまざまなアーティストやサポーターが
芸術を介して地域の力を底上げしていることに感銘を受け、
「被災して地力が弱まっている石巻で、
自分も地域に軸足をおいて一緒になにかをつくりあげることができないか」と思ったそうです。
(コロカルでも小林さんにインタビューしています

その後、ISHINOMAKI2.0との出会いがありました。
石巻のまちを世界で一番おもしろいまちにしようと活動しているISHINOMAKI2.0は、
Reborn-Art Festivalの考え方に共感し、中心市街地での会場、
まちのキーパーソンからのヒアリングや、
アーティストとまちの人をつなぐ役割を担うこととなりました。それから地域の人々や、
自治体、観光協会、商工会議所、地域市民団体、企業などと対話を重ね、
少しずつ構想をかたちにしていき、2015年7月に地域と共同で
「Reborn-Art Festival実行委員会」を発足し、
音楽やアートや食など総合的な地域芸術祭開催に向け、動き出しました。

2016年夏に石巻港雲雀野地区で実施されたReborn-Art Festival×ap bank Fes 2016の会場での様子。会場のところどころにはアーティストが制作した作品が展示されていました。(photo:中野幸英)

そこでアートキュレーターで参加されている〈ワタリウム美術館〉の和多利浩一さんと
石巻のまちなかで震災前まで電気屋を営んでいたオーナーさんとの出会いがありました。

もともと、石巻のまちをもっと良くしたいという強い想いがあったオーナーさん。
ふたりは意気投合し、石巻の未来について、
アートという側面から、どうまちに場をつくっていくかなど、話が盛り上がったそうです。
そのなかで、オーナーさんが、使い方がわからず、
手もつけられないまま放置している1軒の空き家を所有しているという話になり、
後日、建物を見た和多利さんが、とても気に入り、アーティストが滞在し、
アート制作、居住を目的とする拠点にリノベーションし、
会場として利用させてもらえないか、とオファーしました。

空き家は、JR石巻駅から10分程歩いたことぶき町通りという商店街にあります。

ことぶき町通り。

忍者屋敷を、アーティストインレジデンスへ

ことぶき町通りを歩いていると、家がないのに、玄関扉のような扉がある敷地があります。
一見、この扉は通りに面しているため、誰かの家の玄関かなと思うのですが、
そこを開けると、細い小道が現れます。

その細い小道を歩いていくと、見えてくる1軒の空き家。
築80年以上になるこの建物を、今回改修することになりました。

(photo:鳥村鋼一)

裏から見た、改修前の外観。

この建物、以前から気になってはいましたが、誰も住んでいない空き家ということもあり、
どこか近寄り難い雰囲気があったとまちの人々は言います。
通称「忍者屋敷」と呼ばれていました。

かつては、1階は縫製工場として使われ、2階には働く人が住んでいたそうです。
実際、現地調査をしてみると、1階は天井が高く、天井からコンセントが垂れ、
ここでミシンを踏んでいたのではないかと想像できました。
この1室を取り囲むようにトイレ、階段、土間があり、浴室はありません。
階段を登ると、中2階に和室が1間、さらに階段を登ると、和室が2間ありました。

階段が変わっていて、中2階で登りきり、上がってきた階段の吹き抜けに板をパタンと倒して、
通路にし、そこからしか上階へ上がれないという、
まさに忍者屋敷のような設えとなっていました。

改修前、中2階から見た階段部分。

さらに、建物の中にいると平衡感覚を失うくらい家が傾いているのがわかりました。

詳しく調査してみると、築80年以上のこの建物は、
震災で傾いたのではなく、震災前に傾きがすでにあったようです。
また、昔は平屋であった建物に無理やり中2階、2階部分を増築していたことがわかり、
そのため階段があんな感じに取り付いていたのだと、納得しました。

柱も細く、増築部分は乗っているだけで、
よく東日本大震災を耐え抜いたものだと、感心させられました。
ちなみに余談ですが、東北の建物はほかの地域と比べると、
華奢なものが多く軽いのだそうです。軽いからこそ、逆に、震災にも負けず倒れず、
しなやかに生き永らえたのかもしれないと大工さんが教えてくださいました。

ただ、生き永らえた、とは言え、平衡感覚を失うほど傾いているこの家です。
調査を進めるほど、どう改修を進めていくかの、課題は山積みです。

この建物の傾きを直せる……のか?

リノベ施設〈THE 6〉 築36年の集合住宅を シェア型複合施設に!

集合住宅をまるごとシェア型複合施設にリノベーション!

宮城県仙台市にオープンした〈THE 6〉(ザ シックス)は、
築36年のオフィス併設集合住宅を一棟丸ごとリノベーションし、
シェアオフィス、アパートメント、イベントスペースなどを備えた
シェア型複合施設に変身させたプロジェクトです。

〈THE 6〉があるのは、仙台市中心部から程近い、
せんだいメディアテーク北側の仙台市青葉区春日町。

利用者として想定されるのは、仙台のクリエイターや学生、
また東北各県の企業人や、首都圏をはじめとした大都市圏からの
出張族など。利便性の良いエリアなので、幅広い方の利用が見込まれています。

それでは〈THE 6〉をご紹介!
施設は6フロアからなり、機能も6つ。

1. シェアオフィス

3階に位置するシェアオフィス。
フリーデスクエリア、固定デスク、個室タイプなど用途に
よって使い分けられる。

2. アパートメント

住居としてもSOHOとしても利用可能。
フリーデスクのフルタイム会員利用権付きのアパートメント。

3. イベントスペース

3階にある、トークやワークショップが行われるイベントスペース。

4. ショップ

オフィス関係者などのグッズを販売するショップ。

5. ルーフトップ

3階利用者に開放されているルーフトップ。
入居者向けのBBQイベントなどが開催されている。

6. シェアキッチン

シェアオフィススペースにある、充実のシェアキッチン。
クッキングのイベントなども開催。

『五島と鎌倉』 2つの地域を繋ぐ メディアとイベント

鎌倉と日本各地のさまざまな地域との交流を促すメディア、
○○と鎌倉』が創刊されました。
地域密着型のペーパーメディアですが、
既存のメディアと違うのは、地域と地域の交流を促していること。
つまり、鎌倉と、他の地域のコラボをテーマにし、
イベント連動型とする、まったく新しい形のメディアです。

この度創刊された第一号のタイトルは『五島と鎌倉』。
フィーチャーしたのは、美しい教会や寺社など、
独特の文化と歴史を持つ長崎県の五島列島。
まったく異なるバックグラウンドを持つふたつの地域の
共通点や違いを探しながら、
五島と鎌倉だからこそできる紙面づくりを行ったそう。

紙面では、五島うどんを鎌倉スパイスでアレンジする企画も。

タブロイドは、鎌倉市内、東京都内、五島列島で配布されています。

紙面では、地域密着型ミュージシャン対決や、
鎌倉の食堂と五島のコミュニティーカフェの
スタッフ対談、
“鎌倉スパイスでアレンジする五島うどん”レシピなど、
ユニークなコンテンツがいろいろ。

そんな『五島と鎌倉』のイベントが、
2016年11月26日(土)と27日(日)の2日間に渡って開催されます!
五島列島と、鎌倉の人や店がコラボレーション。
五島の椿をテーマに、トークショーやワークショップ、
鎌倉で活躍する作家による椿の木を使った限定商品の販売など、
鎌倉市内各所で交流イベントが盛りだくさんです。

宇都宮らしさって何だろう……? 代官山で「宇都宮らしさ」を テーマにしたイベントを開催

コロカルでも過去に紹介した、
大谷石採石場跡プロジェクトや、宇都宮ダブルプレイスなど、
地域の特色を生かしたチャレンジから目が離せない宇都宮市。
11月23日(水・祝)には、東京・代官山のサンドイッチと本のお店〈Bird〉にて、
「宇都宮らしさ」とは? をゲストと来場者が一緒に考えるイベントが開催されます。

トークセッションに登壇するのは、
クラフトビールのお店〈Blue Magic〉の店長であり醸造家の中尾真仁さん、
果実酒とウイスキーの〈BAR fleur-de-lis(バー フルールドゥリス)〉を営む
バーテンダー原百合子さん、
シェアハウス〈カマガワリビング〉の住人で、3拠点生活を送る平田唯さん。
この3名で、宇都宮でのものづくりについてや、
カマガワリビングや宇都宮での暮らしについて、
宇都宮をハブとした多拠点生活の楽しみ方についてなど、ざっくばらんにお話しします。
「宇都宮らしさ」って何だろう? 「宇都宮らしい」暮らし方ってどんな実践があるのだろう?
「宇都宮らしい」人ってどんな人だろう? ということを改めて考える機会になりそうです。

〈Blue Magic〉の店長で醸造家の中尾真仁さん。

〈BAR fleur-de-lis(バー フルールドゥリス)〉の原百合子さん

シェアハウス〈カマガワリビング〉の住人で、3拠点生活を送る平田唯さん。

当日は、原さんの旬の果実を使ったカクテル(ノンアルコールも)のほか、
中尾さんのつくった限定クラフトビール〈涼風(すずかぜ)〉もいただけます。
また、会場の〈Bird〉とコラボレーションした
宇都宮の旬の食材を使ったサンドウィッチも用意しています。
クリエイティブな活動をしたい人や、多拠点生活に興味がある人、
中心市街地を中心とした宇都宮のまちの楽しみ方に興味がある方におすすめのイベントです。
参加費無料ですが、事前申し込みが必要。
申し込み方法は下記をご覧ください。

会場となる代官山〈Bird〉。東急東横線代官山駅徒歩7分 JR山手線渋谷駅徒歩12分です。

information

map

うつのみやらしく

場所:Bird(東京都渋谷区代官山町9-10 SodaCCo 2F)

時間:14:00(13:30開場)〜16:30

参加費:無料 ※事前申込制

申し込み方法:イベント申込専用アドレス(hinagata_event@prk.co.jp)宛に、お名前(フリガナ)、携帯番号、メールアドレス、人数をご明記のうえ、メールを送信してください。

〈世界文庫アカデミー〉開講! 古書店がひらく、 おとなの夢を叶える学校

京都にある古書店〈世界文庫〉が、
2017年1月から〈世界文庫アカデミー〉を開講します。

〈世界文庫〉といえば、クラムボンの原田郁子さんや、
ミナ ペルホネンデザイナーの皆川明さんら、
一線で活躍するクリエイターが自身の蔵書から
セレクトした本が並ぶ〈世界棚〉を設けていたりと、
店主・古賀鈴鳴さん独自のアイデアが光るお店です。

〈世界文庫アカデミー〉では、
“「これからの新しい働き方」をまなぶ・かんがえる・
つくる未来の学校”をテーマに、
各界のプロフェッショナル約20名を講師に迎えます。

授業は2017年1月末から1年間にわたって行われ、
すべての講師による持ち回り制。

「編集・キュレーション・場づくりコース」
「デザイン・ものづくり・場づくりコース」のいずれかを選び、
ZINE(個人誌、フリーペーパー)、WEBサイト、イべントまたは
展示の中からつくりたいものを決め、1年かけて完成させるという
実践的な内容となっています。

同じ会場で行われた過去のイベントの様子

この学校が特別なのは、講師の話を聞いて
終わる一方通行な授業ではなく、
「講師の方々に、あなたの、つよい「味方」に
なってもらおうと思っています」という
古賀さんの言葉にあるように、講師と生徒全員で協力し合い、
夢を叶えられるスタンスをとっていること。

どんな夢が生まれ、飛び立っていくのか。
今後の展開に注目したいプロジェクトです。
詳細は公式サイトから。

講師(敬称略)

・杉山早陽子(『御菓子丸』、和菓子作家)

・岡戸絹枝(『つるとはな』編集長、『クウネル』創刊編集長)

・荒井良二(アーティスト、絵本作家)

・中川正子 (写真家)

・安福望(『食器と食パンとペン』、イラストレーター)

・雪浦聖子(ファッションデザイナー、『sneeuw』)

・家入一真(『CAMPFIRE』、起業家)

・永原真夏(音楽家)

・惣田紗希(デザイナー、イラストレーター)

・いか文庫(エア本屋)

・安達薫 (『ONKUL』編集長)

・服部滋樹(『graf』、クリエイティブディレクター)

・長友啓典(アートディレクター、『K2』)

・小桧山聡子(『山フーズ』主宰)

・ナカムラクニオ(『6次元』店主)

・岸本千佳(不動産プランナー)

・河原尚子(『SIONE』代表、陶板画作家)

・ルーカス・B.B. (『PAPERSKY』編集長)

・古賀鈴鳴(アートディレクター、『世界文庫』)

information

map

世界文庫アカデミー

住所:京都府京都市北区 紫野東舟岡町19

問合せ先:info@sekaibunko.com

Web:公式サイト

家康公の甲冑を蘇らせる! 国宝〈久能山東照宮〉の チャレンジとは…

静岡県静岡市にある、徳川家康公をお祀りする神社、
〈久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)〉。
国宝に指定されているこの神社には、国内で唯一、
徳川家歴代15代将軍のすべての鎧甲冑が保存されています。

しかし長い年月の経過により、鎧甲冑は劣化し、
修復もされていない為、公開されていないんです。
鎧甲冑の修復には膨大な費用がかかるんですね。

そこでこのたび、徳川家康公ご鎮座400年を記念し、
クラウドファウンディングで修復資金を募ることに! 
〈徳川家歴代15代将軍 鎧甲冑 夢のそろい踏みプロジェクト〉
が立ち上がり、修復費の約500万円への支援を募集しています。

修復するのは、徳川家康公の甲冑〈白檀塗具足〉です。
金箔の上から透明の漆を塗るという、豪華な仕上げの甲冑。

甲冑は鉄だけではなく、皮や漆、糸などで作られているので、
修復が手遅れになるとサビや繊維の劣化で朽ち果ててしまいます。
しかし維持や修復は高額で、かかる費用は、なんと1領(着)につきおよそ1,000万円!

文化財に指定されたものは、国や県、市など行政からの
補助金が交付されますが、それでも1領につき
500万円くらいを捻出する必要があるのだそう。

〈郡山マルシェ〉開催! 野菜、スイーツ、できるだけの 郡山が代官山に集結!

福島県の中央に位置し、
東北地方で第3位の人口規模を誇る、東北の拠点都市・郡山市。

交通の利便性が良いことから「陸の港」とも称され、
人・モノ・情報が行き交う場として、
さまざまな産業や文化が発展し、根付いてきました。

そんな郡山市の魅力を多くの人に知ってもらおうと、
11月12日(土)、13日(日)の2日間、
東京・代官山の〈ログロード代官山〉にて
『郡山POP UP STORE ログロード~郡山マルシェ in 代官山~』が開催されます。

イベントは郡山市と、
福島の食の復興や地産地消推進のために
『開成マルシェ』などを企画してきた〈食大学〉による共催。

「見る・食べる・聴く・体験する・話す」の5つのキーワードをもとに、
郡山市の魅力を五感で楽しむ8つのブースを出展予定だそうです。

郡山の大地が育む野菜たち。一般公募で決めるというユーモアたっぷりの野菜名にも注目

ブースには、全国的に注目を浴びている「郡山ブランド野菜」の生産農場や、
郡山市内の蔵元、地元で人気のスイーツ店〈向山製作所〉などが出展。
生産者と直接コミュニケーションをとりながら、お買い物を楽しめます。

今回の『郡山マルシェ』では5軒の農家が出展予定。生産者との会話も楽しんで!

さらに、郡山市出身で〈KIHACHI〉レストランの
エグゼクティブシェフである鈴木眞雄氏とコラボレーションした
『郡山マルシェ』限定メニューも登場するとか。
郡山市の食材を使用した、ここでしか食べられない特別メニューです。

〈サバイバル下校〉 小林市のバズ動画再び! CMプランナーは地元高校生

宮崎県西部にある、人口4万人あまりの小林市。
昨年、驚愕のオチで話題になった移住促進PRムービー〈ンダモシタン小林〉
送り出すなど、クリエイティブなPRで注目を集めています。

そんな小林市の最新作、〈サバイバル下校〉がただいま話題! 
テーマは“うらぎり”。下校中の普通の女子高生が、何かから逃げようと
懸命に走っています。一体彼女は何から逃げているのか...?!

この動画は、宮崎県立小林秀峰高等学校 商業科・経営情報科3年生の
生徒29人がCMプランナーとなって企画に参加したもの。
CMクリエイターが小林市を訪れ、高校生たちと
約5ヶ月にわたるワークショップと、コンペ形式のガチバトルを行いました。
そこで作られたユニークなアイデアから選ばれた企画を実際のPRムービーと
して制作したのがこの作品なんです。

ネタ・モチーフ探し

ワークショップで高校生たちに与えられたのは「モチーフは自由」、
「うらぎりというテーマで、市民や出身者が元気になるようなPRムービー」
というお題。

小林市はクリエーティブディレクターの越智一仁さんの出身地ということで、
〈ンダモシタン小林〉が作られたのですが、
地元の高校生たちにもプロと一緒にCMを作る機会を提供しよう、
ということでこのプロジェクトが開催されました。

撮影現場には生徒もスタッフとして参加

〈未来工業〉 日本一幸せな会社をつくった、 「常に考える」精神

「97%の逆を行く」、創業時の発想

“日本一幸せな会社” “超ホワイト企業”などというキャッチフレーズが踊る企業がある。
岐阜県にある未来工業だ。
電設資材や管工機材を中心に製造するメーカーで、
そのひとつ、電気のスイッチボックスは100種類以上発売されており、
国内シェア約70%を誇っている。

スイッチボックスの数々。

1965年創業。現社長である山田雅裕社長の父である山田昭男氏が創業者である。
創業当初は「食べていくのが精いっぱい」。
ブラックだホワイトだと言っている場合ではなかったが、夢は大きかった。
山田雅裕社長が先代の創業当時を語る。

「大垣は戦前から工業のまちでした。
そこで創業メンバーは下請けはやめて、メーカーとして勝負していこうと考えたようです。
そして国の発表している高額所得法人に名を連ねる企業を志したと聞いています」

この高額所得法人は当時、法人総数の3%程度であったという。
しかし創業メンバーはその3%の真似をするのではなく、
「残り97%がやっていないことをやろう」と考えた。
成功モデルといえども、真似はしたくない。ユニークな発想である。
97%の逆張りをするということは、他社と同じことはやらないということ。
大多数が持つ常識や慣習など、すべてを疑っていく。

山田雅裕代表取締役社長。派手な柄シャツには意味がある。

山田昭男氏のよく知られている逸話がある。

「高級料亭などに行っても、靴を脱ぎっ放しにして揃えないんです。
それは自分がやることではないと。
バカと言われようが、変人と言われようが、徹底して人と違うことをやり続ける。
そういう生き方で未来工業を守ってきたんです」

山田昭男氏は夏はじんべえ、冬は作務衣を着ていたという。
一方、山田雅裕社長は、いつもアロハシャツを着ている。トレードマークだ。
取材日は秋を意識して茶系のシャツだったが、それでもハデな総柄シャツ。

山田雅裕社長の代になって4年。変えたことはあるのだろうか。

「何も変えていません。むしろ守ることに尽力しています。
放っておくと、人間はどんどん普通になっていくと思うんです。
そうならないために、いかにそこを引っ張りもどすか。
それが自分の仕事だと思っています」

普段から人と違うことをしていることで、
会社としてもライバルと差別化をつけていくことができるという哲学だ。

工場ではキャップ着用。

電気ケーブルが通るPVKボックスの仕上げ工程。

社内のルールは「常に考える」のみ

未来工業を語るうえで欠かせない、いくつもの有名な社内ルールがある。
“ホウレンソウ”禁止、残業禁止、ノルマ禁止など。
しかし未来工業のなかでは、報告・連絡・相談は普通に行われている。
それらがないとコミュニケーションが成り立たないだろう。

「“ホウレンソウ”をしなさいというキャンペーンや、
会社からの押し付けはやらないという意味です。
上司が部下に対して『なぜ報告しないんだ』と怒ることもありません。
そんな人は上司の資格なし」

ちょっと勘違いして世間に伝わっている部分もある。
明文化されているわけでもないし、
山田雅裕社長いわく「父が勝手にしゃべっただけ」という。
だから本当はルールではない。
しかしそれはきちんとした意味をともなって、今でも未来工業に伝わっている。
ノルマ禁止も世間のイメージとは少しニュアンスが違った。

「生産計画に基づく、売り上げ目標や計画はありますよ。
ただしそれを達成できなかったとしても、ペナルティはありません。
うちは毎年、新商品がたくさん発売されます。
全盛期は年間1000個以上、今でも500個は発売されていて、
期待値はとても大きいと言えます。
なぜそんなにたくさん発売できるかというと、お客様から情報を集めているから。
未来工業の営業マンは、“商品を売ること” “情報を集めてくること”。
このふたつが仕事なんです。
ノルマを取り入れて、売り上げに固執すれば、みんな一生懸命売ると思いますよ。
それでも数年はいいでしょう。でも情報収集がおろそかになります。
すると10年後、20年後、新商品を出すことができない。
そんな未来工業は、もしかするとこの世にいないかもしれません」

たくさんの製品が並ぶショールーム。一般にはお目にかからないものばかり。

こうしたルールの根底にあるのは、社是でもある「常に考える」。
会社を訪問するとわかるが、社内のいたるところにこの社是が掲示されている。
本当に右を向いても左を向いても、この言葉が視界に飛び込んでくる。

「中途採用が多いのですが、
転職組は過去の会社で叱られたり、命令されて仕事をしてきた経験があります。
未来工業に来て『好きにやっていい』と言われて、最初はとまどうみたいですが、
慣れると楽しくなってくるようです。
うちは何をしても怒られない。失敗して怒るのはとても簡単です。
管理職は命令も禁止。説得して納得させます。
子どもに対するのと同じようなアプローチで命令するのはかっこ悪いですよ」

だから山田社長は自信を持って言う。
「未来工業では、“常に考える”ことしか社員に要求しません」

「常に考える」ばかり見ていると……

「常に考える」癖がつく。

〈BEAMS EYE on BEPPU〉 別府市とのコラボで BEAMS店内に足湯が!?

この11月、東京・新宿にあるビームス ジャパンの店舗に、
毎週末、別府市から運ばれる源泉を注いだ“ビームスの足湯”が
登場します!

仕事の疲れがたまったから、温泉にでも行きたい。
でも、本場の温泉に行くには、休みを取って予定を立てなければ……。
遠くに行く前にちょっとだけ体験できてしまう魅力的なお試し企画。

数百キロ離れた大分県別府市から東京新宿まで運ばれたのは、
100%源泉のピュアな温泉水。

店内に設置された檜の桶に、足を浸らせてリラックス……。
下半身だけでも旅した気分が楽しめます。
効能としては、神経痛などの症状に効果があるそうです。

これは大分県別府市と協業してスタートした、
「BEAMS EYE on BEPPU」プロジェクトの一環。

店内には足湯だけでなく、
コンテンツとユニークなネーミングで話題となっている、
別府市の観光ウェブサイト〈温泉ハイスタンダード 極楽地獄別府〉の
ロゴを配したオリジナルの手ぬぐいも貰えます。

坂東幸輔建築事務所vol.6 空き家の活用アイデアは 誰が考えて、誰が始める?

坂東幸輔建築事務所 vol.6

こんにちは、建築家の坂東幸輔です。

これまでの連載では、徳島県の神山町や出羽島での空き家再生まちづくりを紹介してきました。
これからは徳島を飛び出し、北海道浦幌町や香川県丸亀市など
日本全国で行われている現在進行中のプロジェクトを紹介していけたらと思っています。

今回は北海道十勝郡浦幌町での空き家再生まちづくりの様子をお伝えしようと思います。
浦幌町の活動内容に加え、空き家再生まちづくりに関わってきて見えてきた、
方法論にも触れてみたいと思います。

浦幌町の中心市街地、シムシティでつくったようなグリッドのまち。車で移動しやすいようになっている。

リノベーションや空き家再生でまちづくりをしている方は全国にいますが、
私の特徴はと聞かれると、
「人口5000人程度の規模の過疎地域で活動することが多いです」
と返答しています。自分で選んでいるわけではないのですが、
神山町も出羽島のある牟岐町も人口5000人強のまち、
そういった場所での活動が最もやりやすいと感じています。
行政の担当者が個人の裁量でスピード感をもって
いろいろなことが決定できるちょうどいい人口規模なのでしょう。
人口が1万人を超えると、行政の意思決定が見えにくくなり、
相手が何を求めているのかわからずプロジェクトが停滞してしまうケースが多いです。

浦幌町とはどんなまち?

浦幌町も人口5000人規模のまちです。
大学はもちろん高校が町内になく、中学生以上の若者を見かけません。
空き家や遊休施設も目立ちます。この3つの特徴はこれまで関わってきた
徳島のふたつの過疎のまちと非常に似ています。

しかし、北海道ならではの雄大な自然が育む食料の自給率はなんと2900%、
農業・林業・漁業と1次産業がすべて揃っており、GDPはなんと神山町の3倍。
うらほろスタイルという独自の小中学生の教育プログラムも充実しており、
そのおかげか出生率も上がっているという、
私にとっては「本当に過疎地域なの?」と驚きの多い地域でもあります。

とかち帯広空港から浦幌町に向かう道路。山や畑の見える雄大な風景の中のまっすぐな道。

そういう驚異的な浦幌町ですが、
一方で、うらほろスタイルを通して地域への愛着をもった子どもたちが
大学卒業後や就職後に浦幌町に戻ってきたくても働く場所がない、
というのが問題も抱えています。

サテライトオフィス事業の成功によって
過疎地域に若者の働く場を生み出した神山町から学びたいと、
神山で人材育成を行っている祁答院(けどういん)弘智さんが
浦幌町の地方創生アドバイザーに任命され、
私は建築的なサポートを行うために呼んでいただきました。

「活用したい空き家(遊休施設)がある、改修のための予算も用意した、
しかし何に使っていいのかわからないから一緒に考えてほしい」
という、どの過疎地域に行っても
最初に聞く同じ悩みをやはり浦幌町の方たちも抱えていました。

建築家に求められていること

空き家再生では、建築家は設計をする以前の
コンサルティングの段階から関わる必要性を非常に感じます。地方公共団体だけでなく、
「先祖代々伝わる古民家に愛着があって壊すに壊せない」
という個人のクライアントも同じ悩みを抱えています。
人口よりも建物の数が上回ってしまっているのでしょう、
建物を直しても使い途がすぐには出てこないのです。

これからリノベーション・空き家再生に関わる建築家は行政や個人にかかわらず、
そういったクライアントに丁寧に寄り添って、
一緒に建物の使い途を考えていくことが大切な仕事になっていくと感じています。

浦幌町での依頼は10年前に廃校になった旧・常室小学校を
浦幌町の仕事創出の場として改修したいので、その手伝いをしてほしいというものでした。

10年前に廃校となった旧・常室小学校。中心市街地から車で10分ほど離れた場所にある、S造地上1階建の建物。

〈やっとかめ文化祭〉開幕! 伝統芸能と歴史文化だけじゃない、 名古屋のまち そのものを体感する祭

やっとかめ(久しぶり)! 今年はどう楽しむ? 名古屋文化の祭典

名古屋のまちを舞台に、名古屋の歴史、伝統文化を
新しい感覚で楽しむことができる一大イベント〈やっとかめ文化祭2016〉が、
今年も10月29日(土)~11月20日(日)までの約1か月間、名古屋市内各所で開催中。
いまでこそ自動車産業を中心とした
工業都市というイメージの強い名古屋(及び愛知県)ですが、
実は江戸時代から尾張徳川家のもとで豊かな文化を育んできた、“芸どころ”でもあります。
やっとかめ文化祭は、その名古屋文化に裏づけられた優れたコンテンツを一堂に集めた祭典。
4年目となる今回はさらにプログラムも充実しています。狂言のストリートライブ〈辻狂言〉、
都心の真ん中にモダンな茶室が出現する〈街茶〉、有名料亭での〈お座敷ライブ〉、
まちなかで歴史やカルチャーを体験する〈まちなか寺子屋〉〈まち歩きなごや〉など、
約150もの企画がさまざまな場所で同時多発的に開催されます。
担当するのは、初回からずっと関わってきた名古屋市職員の吉田祐治さんです。

そして、もうひとりのキーパーソンが、
名古屋のまち中をキャンパスとして活動する団体〈大ナゴヤ大学〉学長の加藤幹泰さん。
彼は、名古屋市の中心部に位置する名古屋テレビ塔周辺のまちの活性化を図る
〈ソーシャルタワープロジェクト〉などにも携わってきた、名古屋のまちをおもしろくする、
若きリーダーのひとり。
これまでどおり、歴史・文化を掘り起こしその魅力にあらためて気づかせてくれるだけでなく、
さらに、さまざまなイベントが行われる、
いわばこの文化祭の舞台となる名古屋のまちの魅力を見つめ直すきっかけをつくりたい……。
そんな主催者たちの思いがこのイベントには込められているようです。
やっとかめ文化祭の人気イベントのひとつである〈まち歩きなごや〉。
実際は、それぞれのまちのガイドさんがちょっと誇らしげに
自らのまちを案内するツアー企画となっていますが、
今回は、吉田さん、加藤さんそれぞれがおすすめのコースをチョイス。
まずはおふたりにまち歩きガイドをしてもらい、
その後やっとかめ文化祭にかけるその熱い思いについて語ってもらいました。

写真左がやっとかめ文化祭の主催者・吉田祐治さん。右が大ナゴヤ大学学長・加藤幹泰さん。

1200体以上の円空仏が眠る荒子観音寺

まず、最初に訪れたのは〈まち歩きなごや〉のコースのひとつに含まれる荒子観音。
名古屋市中川区荒子町にある天台宗の寺院で、
世界中にファンを持つ円空仏が1200体以上保管されていることでも有名です。

吉田: こちらの多宝塔、実は名古屋市内で一番古い木造建造物なんですよ。
この塔の中から円空仏が発見されて、現在保管、展示がされているんです。

加藤: 円空ファンの間では有名なお寺で、
円空仏を彫るワークショップも行われていたりするそうですね。

実際に、円空仏を見せてもらうため、寺の奥へと進んでいくふたり。

荒子観音寺の住職から、円空がなぜそこまで人々を惹きつけるのか、
お話を聞かせてもらいました。

住職: 円空像は庶民のための仏像であることがまず大前提にあります。
生涯において、全国さまざまな土地へ赴き、村人たちの声を聞き、
その悩みを解決するために仏像を彫っては手渡していたと言います。
円空と交流が深かったこの荒子観音には、数多くの木彫が残されていました。

加藤: なるほど。円空仏を見るポイントはありますか?

住職: 本来、仏様は高いところに祀られます。
なので、下から見上げるような角度で見るといいです。
円空ならではとも言える、髪の毛が逆だった怒りに満ちているような木彫も、
口角が上がっていることがわかります。この独特とも言える、
微笑みの表情が円空仏最大の魅力です。

加藤: 本当だ! 角度によって、怒っているようにも笑っているようにも見えるんですね。
引き込まれそうな深い魅力がありますね。

吉田: こちらに展示されている円空仏は、
木片からつくられたわずか2センチの小さな木像から、
大木を彫ったであろう3メートル級の木像までバラエティ豊かで、
円空仏の魅力に一度で触れることができるんですよ。

住職: 円空は、一本一本すべての木の中に神様が宿っているとし、
ひとつひとつ彫り出しています。
小さな木片から生まれた木像は、子どもたちのためにつくられたものだそうです。

第2土曜はこれらの円空仏が一般開放されています(団体の場合は要予約)。

10月30日(日)には、荒子観音寺にて編集工学研究所所長・松岡正剛と、名古屋市出身の歌人・岡井隆による 〈ナゴヤ面影座〉が開催された。

お参りを済ませたふたりは、寺のすぐ近隣に店を構える老舗和菓子店〈もち観〉さんへ。

創業90年を数えるこちらの店は、もともと荒子観音寺の門前通りにあった、
古くから地域に愛されてきた和菓子店。
そして、おみやげとしても人気なのが、この〈円空大黒天もなか〉です。

〈円空大黒天もなか〉1個110円〜販売中。

ほどよい甘みのあんが口の中に広がります。
あんにこだわり、菓子によって、あんの種類や炊き方も変えているそうです。
ちなみに、店主・野呂憲司さんの楽しみは、名古屋市内の和菓子青年会の集まりなのだそう。
「名古屋和菓子業界は、他県から不思議がられるほど、同業種同士で仲がいいんです」
と野呂さん。
そんな店主との会話も楽しみつつ、和菓子をほおばるふたり。

草もちも定番の人気商品。中にたっぷりと詰まったあんは、ほぼ毎朝炊いているのだそう。

こんな風に、直接まちの人と対話できるのも、まち歩きなごやの醍醐味。
ただ何となく歩いて見ているだけではわからない小さな発見の連続は、
知的好奇心をくすぐるはず。

〈新・秋田の行事 in おおだて2016〉 秋田の1年を2日に凝縮! 伝統芸能・工芸・そして肉

2016年10月29日(土)・30日(日)の2日間、
大館市の大館樹海ドームにて〈新・秋田の行事inおおだて2016〉が無料開催されます!
伝統芸能からグルメまで、秋田パワー全開の祭典になっています。

まず、お祭り広場では、秋田を代表する伝統芸能やお祭りが一堂に集結!
北秋田市の根子番楽、羽後町の西馬音内の盆踊、
大館市・神明社の曳山車、八郎潟町の願人踊、秋田市の竿燈、
男鹿市のなまはげ太鼓などなど
合計24もの舞いやお祭りがひっきりなしに上演。
「祭り囃子の共演」という、ほかでは見られないショーもあるようです。

メインステージは2,000席を超える観覧席

そのお祭り広場の反対側には、
秋田のおいしい地酒が味わえるSAKABARや
B級グルメがそろうブースがあり、
舞台を見ながら味わうことができます。

また、同時開催の〈肉×博 ~肉の博覧会 in おおだて2016~〉では、
大館特産の比内地鶏や大館さくら豚のほか、
馬肉煮込み、馬肉ステーキ、秋田牛サーロインステーキ、
なまはげスパイシーチキン、比内地鶏ラーメン、
熊肉の煮込み、仙台発祥牛タン塩焼などなど、
秋田県産を中心にしたさまざまな肉料理が堪能できます!

肉汁がそそる肉×博。

美髪になる手作り木櫛って?
ウテナから〈ゆず油 無添加
ヘアオイル 木櫛付きセット〉

日本で昔から使われてきた“木櫛”。
静電気を抑え、ツヤ感をUPし、うるおいをあたえる… 
そんなヘアケア効果があると言われる“木櫛”を、
手作りする女子が増えているのだとか。

このたび化粧品メーカーの〈ウテナ〉から発売されたのは、
無添加ヘアケアオイル〈ゆず油〉に木櫛がついた
〈ゆず油 無添加ヘアオイル 木櫛付きセット〉。

〈ゆず油〉は高知県北川村産のゆず種子油を使った、
ノンシリコンのトリートメント・ヘアオイル。
木櫛に染み込んだゆず油の効果で、とかすたびに美しい髪へと導く、
効果抜群の木櫛が作れるセットです。

ウテナ〈ゆず油 無添加ヘアオイル 木櫛付きセット〉

1,080円(税込参考価格)というお手頃な価格も魅力のこのセットは、
ただいま3万個の数量限定で発売中。
それではゆず油木櫛のつくり方をご紹介!

紙ヤスリをかける

まず、紙ヤスリをかけます。油が染み込みやすいように、
木櫛の表面を市販の紙ヤスリ(粗め)で削ります。
櫛表面に残った木くずは古い歯ブラシ・爪楊枝等で取り除きます。

ゆず油に浸す

続いて、ゆず油に浸します。
ジッパー付きポリ袋等に木櫛を入れ、ゆず油をたっぷりと浸し、
直射日光のあたらない所で1週間漬け込みます。
油が漏れないようにご注意下さい。
また木櫛に浸した油は新聞紙等に浸して捨てて頂くのがおすすめです。

乾かして完成

最後は、乾かしてフィニッシュ! 
ゆず油をティッシュ等でふき取り、1日乾燥させたら、
ほんのりゆずが香る木櫛の完成です。

オイルに漬けた木櫛は、染み込んだオイルが徐々に髪に浸透し、
使うたびに髪につやを与えてくれます。
また、髪に発生する静電気を抑える効果があるため、
髪が絡まりにくくなり、切れ毛の防止にも役立つのだとか。

〈多賀町ライトアップ~神あかり〉 輝くのは住民手作りの 1万個の照明

ただいま、滋賀県多賀町にある〈多賀大社〉が、
ライトアップ演出〈祈りの石ころあかり〉を実施中! 
2016年11月13日(日)まで、日没から21:00のあいだ、
鳥居や社殿が灯りに照られる、素敵なライトアップを行います。

〈祈りの石ころあかり〉は、多賀大社拝殿前に敷き詰めた、
約1万個もの“石ころあかり”が光り輝くインスタレーション。
このたくさんの“石ころあかり”は、シリコン製の照明。
地域住民と子ども達が作りました。

また大鳥居や太閤橋など各所を静かな光で装飾し、
神社の庭が、光のヒーリング空間“祈りの庭”に変貌を遂げるのがみどころ。
また11月11日(金)から13日(日)までの3日間は、
日本初“レーザーLEDサーチライト”のショーも行われるのだそう。

Lighting Designer 長町志穂 (株式会社 LEM空間工房 代表取締役)

ライティングデザインを手がけるのは、長町志穂さん。
大阪の堂島大橋(大阪)や、神戸の光のミュージアムなどを手がけるデザイナーさんです。

この期間は、LIGHT & ART FESTIVAL『近江国・彦根市+多賀町 城あかり神あかり』として、
〈多賀大社〉のほか、周辺スポットでもライトアップを実施しています。
大社の門前町、各家が所蔵するおそろいの提灯が通りの風情を醸しだす〈絵馬通りまちあかり〉、
“血染めのもみじ”といわれる美しい紅葉が有名な胡宮神社の〈神の庭・紅葉ライトアップ〉、
水をイメージしたブルーの光がゆっくりと変化し参道が輝く、
大瀧神社の〈水の森・ブルーライトアップ〉など。
光とアートで新たな魅力を発信するのが狙いです。