京都府北部の多様な移住スタイルを
「編集」するプロジェクトが始動!
「ひとつ先の京都へ」を掲げる
冊子と動画が登場。

多種多様な移住のカタチを伝える、
新しい移住・定住促進プロジェクト

京都府北部地域の福知山市、舞鶴市、綾部市、宮津市、京丹後市、伊根町、与謝野町。
これらの7市町が広域連携し、
2016年に移住・定住促進プロジェクト「たんたんターン」が始まった。
このプロジェクトをサポートしているのが、
地域社会のブランディングを支援する「ロコブラ」などを手がける博報堂、
移住定住を推進するメディア『雛形』を運営するオズマピーアール、
そしてコロカル編集部が連携した「地域エディットブランディング」チームだ。
京都府北部にはどんな魅力や暮らしのスタイル、働き方があるのか。
移住者はどんな暮らしを営んでいるのか。
半年をかけてそれを探り、新しい価値を見つける活動を自治体とともに行ってきた。
ここには、想像以上に多種多様な移住のかたちがあり、
それを受け入れる地域のふところの深さがあった。

海のまちも、山のまちも、
都市とつながるまちも。

日本海沿いにある京丹後市、伊根町、宮津市、舞鶴市。
緑豊かな田園風景が広がる与謝野町、福知山市、綾部市。
これらの7市町までは、京都市内から車で1時間30分〜2時間程度。
“いわゆる京都”のちょっと先の場所に位置している。
この地域には今もなお、なつかしい里山の景色が残り、
ゆったりとしたリズムで穏やかな時間が流れている。

伊根町には〈舟屋〉と呼ばれる民家が伊根湾に沿って建ち並び、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。舟屋は、230軒ほどがずらっと並び、その長さは5キロメートルにもわたる。

京丹後市にある八丁浜のビーチ。

海とともに暮らすまちにある壮大な景色。水がきれいで、心地よい浜風を浴びながら、
自由気ままなライフスタイルを過ごせる。
釣りはもちろん、サーフィンなどのアクティビティも充実。
また、海沿いにある公園は、夜になればきれいな星空の下、
友人たちと語らいの場としても使われることも。

棚田や民家など集落を含めた里山景観が注目される、宮津市の上世屋集落。四季折々に移ろう大自然のエネルギーを身近に感じられる。

舞鶴市の昔なつかしい日本家屋。伝統的なつくりを残しつつリノベーションで特別な空間に。

山には穏やかな空気が流れ、棚田や笹葺き屋根の家屋からは日本特有の情緒が漂う。
歴史文化も7市町に内在するキーワード。
景観、家のつくり、集落など、レトロでなつかしいまち並みが残り、
後世へと受け継がれている。
農業をしながら自給自足の生活を営む人もなかにはいて、
生きる工夫が生活の豊かさにつながっていく。
人それぞれ、十人十色の暮らし方がここにはある。

京丹後市のとれたての魚をネタにしたお寿司。ときには、みんなでお寿司づくりを楽しむパーティーが開催される。

海の幸、山の幸ともに充実し、旬の魚、野菜、果物をたらふく食べることができる。
今朝あがったばかりの魚、収穫したばかりの野菜や果物などを使った
贅沢なごちそうを常日頃から味わえる。水がきれいだからお米もおいしい。
そして、おいしいごちそうを一緒に食べる仲間に囲まれて、
楽しい団欒のひと時もこの地域の魅力のひとつ。

2015年には、京都府北部地域と京都市内をつなぐ自動車専用道路が開通された。
市内からさほど遠くなく、簡単に遊びに行けるため、住民たちの行き来も多くなっている。
なかでも、綾部市は京都市内へ通勤圏内という場所でもある。
適度にアクセスがよく、自然だけでなく伝統文化や食文化、
レジャーなど豊富な地域資源を使った楽しみもあるため、最近では観光業が発展してきている。

なにより人同士のつながりが強い京都府北部地域。
この地域のこれらの魅力に惹かれて、移住を決めた人たちがいる。
彼らがどういった経緯で移住を決心して、現在はどんな暮らしを送っているのか? 
「地域エディットブランディング」チームが、7人のキーパーソンの移住スタイルを追った。

古民家宿 LOOF vol.4
山梨の集落の宿に、国内外から
年間1000人以上が訪れた理由とは

古民家宿LOOF vol.4

山梨県笛吹市芦川町で運営している、古民家一棟貸し宿LOOF〈澤之家〉・〈坂之家〉という、
2棟の宿ができるまでを綴っていきます。

古民家宿LOOF〈澤之家〉が、解体、改修を経てようやく完成しました。
しかしすぐ迎える冬、大きな観光地でもない芦川町に、果たしてお客さまは来るのか。

床の間にプロジェクターで映画が映し出せる、床の間シアター。

茅葺きを眺めながら寝られる、2階に設けた就寝スペース。

2階建ての吹き抜けがある古民家宿LOOF澤之家。

ギリギリだった、お披露目の日

オープンは2014年10月15日。

その前に、お世話になったたくさんの方へお披露目として、
オープニングパーティーを行いました。
オープニングパーティーまでには準備がしっかり整っているはず……でしたが、
パーティー当日にまだ水道の蛇口が付いていない。
お祓いも終わっていない。パーティーの準備もできていない。
朝から水道工事が始まり、同時に古民家のお掃除、神主さんによるお祓いと、
ドタバタのオープンになりました。

オープン前の準備の様子。

地元の神主さんにオープン前のお祓いをしていただいているところ。

オープニングパーティーには、地域の方、お手伝いいただいたボランティアの方、
クラウドファンディングで支援してくださった方、
友人、議員さんなどたくさんの方にお越しいただきました。

オープニングパーティーの様子。

無事、お披露目も終了し、本格オープンは10月15日。
首都圏の20〜30代、海外のお客さまをターゲットに、
若い方にも古民家に気軽に泊まっていただけるように、
過ごしやすい空間づくりを徹底しました。

始める前は90パーセント以上の人に失敗すると否定されており、
私も観光地ではないこの場所に本当にひとりもお客さまが来なくても
不思議ではないと思っていました。

ただ、プレスリリースなどは行わず、お越しいただいたお客さまから
確実に口コミで広げていこうと特に大きな広告は打たずにオープンをしました。

しかしオープン直後、冬ということもあって、不安は募るばかり。

株式会社建大工房 vol.4
木材、布にガラス。
地元企業の廃材を組み合わせて、
ラーメン店にリノベーション!

株式会社建大工房 vol.4 
地元の廃材プロジェクトの始まり

一般的に、建築には人件費が一番高くつくといいます。
それを削減するためにどんどん工業化や簡略化が進み、
結果、職人不足になるというスパイラル。
今回は廃材やもらい物を使うことで安く上げるのではなく、
材料費で浮いた分を、あえて「職人の人件費に分配しよう」ということから始まりました。

今回の物件は廃材をふんだんに使ってつくったラーメン屋さん。
福井市に2店舗を構える人気店〈いちろくらーめん〉の新店舗で、
福井市内の空き店舗をリノベーションしました。
大きなコンセプトとしては廃材を利用するということですが、
ほかにもいろんな意味のあるプロジェクトになりました。

通常、店舗の内装工事であればできるだけ短期間で仕上げて店をオープンさせるところを、
廃材を使うなど、あえて手間と時間をかける。
1日十数万円売り上げる店舗が、逆にテナントの空家賃という余計な出費まで発生します。

そんなリスクを負ってまでこのプロジェクトを実現させてくれた、
〈いちろくらーめん〉山中与志一社長に感謝します。

業界トップシェア、地元ガラス商社との出会い

事の発端は僕の知人で、山中社長の友人でもある、
〈OOKABE GLASS HD〉(元大壁商事株式会社)の大壁勝洋社長が
このプロジェクトを発案したことでした。
このOOKABE GLASS HDという会社はインターネットで特殊なガラスを販売する、
業界トップシェアを誇る福井の企業で、建築業界だけではなく個人でも購入できます。
また、ネット販売でも電話での顧客対応サービスに特化していることで定評のある会社です。
同社の大壁社長が考えているのが自社で日々排出されるガラスの端材などを含め、
さまざまな産業から出る廃材の流通や活用法でした。

〈いちろくらーめん〉3店舗目の出店が福井市の繁華街でも目立つ中心部に決まった時に、
大壁社長が「どうせならおもしろいお店にしようよ!」ということで、
廃材を使ったデザインをするのが好きな僕に山中社長を紹介してくれたのが始まりでした。

閉鎖的な夜のお店が多い繁華街でガラス張りの壁。

なんもだー! 〈なんもダイニング!〉 秋田市民市場に新しい 命を吹き込むフードイベント

秋田ならではの「なんもだー!」精神でおもてなし

2月25日(土)、秋田市民市場にて「なんもだー!」を合言葉に
フード&マルシェイベント〈なんもダイニング!〉が開催されます。

これは、各地で争奪戦となったフリーマガジン『のんびり』を企画編集し、
天使の寒天、池田修三、いちじくいちなど、秋田のたからものに
次々と光をあててきたのんびり合同会社が、
秋田市民市場とタッグを組んで開催するもの。
第1回目となる今回は、秋田のおもてなし精神をニッポン中に届ける
学校のようなウェブマガジン『なんも大学』ともタッグを組みます。

会場となるのは「秋田の台所」と呼ばれる秋田市民市場。
市場には、季節ごとにハタハタやふぐ、岩牡蠣、蟹、じゅんさい、
あわび茸など、秋田、東北の旬の食材が並びます。
秋になれば、横沢曲りねぎ、山内にんじんなどの伝統野菜も!
こちらの市場、秋田駅から徒歩3分という立地にあり、周辺には宿泊施設もたくさん。
仕事や観光で秋田を訪れる方にもおすすめのスポットなんです。

Photo : 高橋希(オジモンカメラ)

当日は、市場の広場に巨大なテーブルが登場。
秋田の食材を肴に、昼間っから飲んで食べて楽しめます。
ライブやトークイベントなど、イベントもいろいろ。

じつはここには、最近まで買ったものを食べるスペースがなかったのだそう。
それを少しずつ変えてきたのが『のんびり』編集部の皆さん。
取材で訪れた際に「市場で買ったものをその場で食べられる場があれば」と
市場で買った食材で朝ごはんをつくって食べてみたり、
空き店舗をフリースペースに変えるというアイデアを企画・実行し

『のんびり』10号で紹介しました。

『のんびり』vol.10(2014)

その後も、市場を秋田の食の拠点として再生すべく、さまざまな試みを実施。
このたび初開催となる〈なんもダイニング!〉は、
市場で食べられるサービスが本格稼働する記念すべき日なのだとか。
これは盛り上がりそうですね。

〈あぜのあかり〉復活! 能登の棚田、白米千枚田から 被災者にエールを贈る

棚田に幻想的な光景が広がる!
3年半ぶりに〈あぜのあかり〉が復活

石川県輪島市白米町にある棚田、〈白米千枚田〉。
世界農業遺産である〈能登の里山里海〉の代表的な棚田として、
注目を浴びる名所です。

ここで2008年に始まった〈輪島・白米千枚田あぜの万燈(あかり)〉は、
稲刈りを済ませた棚田のあぜに、約3万個のキャンドルを灯すイベント。
1000枚あまりの棚田を舞台に、ゆらめく炎が幾何学的な模様を描く
幻想的な光景が広がるさまはため息が出るほど美しいもの。

2007年に発生した能登半島地震からの復興を祈念した催しでしたが、
2014年からは、LED灯による〈あぜのきらめき〉のみの開催となっていました。

幻想的な光景

この度、地震発生からちょうど10年にあたる2017年3月25日(土)、
3年半ぶりに〈あぜのあかり〉が復活します! 
18時に開会し、石川県輪島市、名舟町に伝わる無形文化財の
和太鼓〈御陣乗太鼓〉(ごじんじょだいこ)の実演や、
ファイヤーパフォーマンスなど、幻想的な明かりに合わせた
パフォーマンスが行われるのも楽しみなところ。

福井をのぞき見する ローカルメディア 『make.fUKUI / find.fUKUI WONDERS』オープン

2つの入り口から、福井を「のぞき見」するメディア

この度、福井のローカルメディア『make.fUKUI / find.fUKUI WONDERS』がオープン。
ウェブサイトを訪れると、左右で異なる入り口が用意されています(スマホ版では上下)。

ひとつめの入り口は、「福井の魅力と、未来をつくる」をコンセプトにした
『make.fUKUI WONDERS』
地域の未来をつくるプロジェクトを記録し発信するメディアです。

関東、関西、そして福井のデザイナーや建築家、編集者、金融関係者などが、
地域に根づく企業とパートナーとなり、新たな事業を生み出す、
小さな教室〈XSCHOOL〉をはじめ、並走する全5つのプロジェクトにおける
新たな地域×デザインの取り組みを紹介しています。

XSCHOOL 福井のパートナー企業へのフィールドワークの様子。

ふたつめの入り口は、新たな福井と出会う、見つける
『find.fUKUI WONDERS』
地元に暮らす人たちにとっては、あたりまえの日常となっているもの・ことに、
外からの視点で、新しい魅力を見出していくメディアです。

社長輩出率1位、子どもの学力No.1の福井ならではの社長の悩みごとに、
次期社長?! である子どもがアドバイスする〈社長はつらいよ〉コーナーや、
福井の夜の街に焦点を当てた〈夜遊びバンザイ〉コーナー、
全国の地方紙の中でトップの県内普及率(73%)を誇る、
福井新聞社の過去記事を掘り起こし、現在、そして未来を考える
〈タイムトリップ福井新聞〉など、ひと味違った切り口のコンテンツが並びます。

find.fUKUI WONDERS〈しごと道〉に登場する森岡咲子さん

こちらは、Uターンして、古民家を自らリノベーションした
福井初のゲストハウスをオープンした、森岡咲子さん。
福井でユニークな働き方をしている人にフォーカスする
〈しごと道〉コーナーで記事が公開されています。

森岡さんへのインタビューからは、自らゲストハウスという場を
持ったからこそ見えてくる働き方から、結婚、子育てといった
プライベートの話まで、福井ならではの生き方が浮かび上がってきます。

また、このプロジェクトでは、ウェブサイトのみならず、
タブロイド紙も発行! 同じく、make(つくる)とfind(見つける)の
2つの視点で楽しむことができます。

2部で1セット。findの表紙は油揚げが目印! makeの表紙は塗り絵も楽しめます。

findの特集では、油揚げ・がんもどき年間購入額1位の福井の郷土食、
歴史、社会的背景などを、油揚げから紐解いています。
タブロイド紙は、渋谷ヒカリエ d47や、アーツ千代田3331、HAGISO、
中目黒蔦屋書店をはじめとする都内の文化施設のほか、
大阪や京都、福井などでも多数設置されていますが、
ウェブサイトよりPDF版をダウンロードして、読むこともできます。

目指したのは、
ワインにも合うハード系パン!
「こんなパンあったらいいな」
を叶える西和賀のパン工房
〈Korva(コルヴァ)〉

西和賀にんげん図鑑Vol.4 bread&patisserie Korva(コルヴァ)

日々の食事は「ご飯食」で、パンを食べる機会はほとんどないのに、
ワインを飲む時だけは、パン、それもバゲットなどハード系のパンが食べたくなる、
という人は少なくない。
パンと焼き菓子の工房〈Korva(コルヴァ)〉を営む鈴木智之さんも、そのひとり。
平成28年5月に西和賀町北部の沢内地区で工房を開いたのも、それが理由だった。

鈴木さんは、同町南部にある湯川温泉郷の温泉宿の長男として生まれた。
小学5年生で弁当をつくるほど料理が好きで、東京の大学を卒業後は飲食店の厨房で働き、
調理技術を習得。実家の温泉宿を継ぐつもりだった。

その決意どおり、6年後に西和賀に戻って実家で働いていたが、
結婚を機に横手市に移住し、家業からも離職。
同市のホテルのレストランなどで勤めた。
再び西和賀に戻ってきたのは、3年後の平成21年。
地元・湯川温泉郷に新しくオープンする温泉宿のオーナーに、
「うちの料理長に」と請われたからだ。

「声をかけてくださったのは、〈山人(やまど)〉の高鷹(政明)さんです。
6歳年上ですが、昔から顔なじみで気心が知れていましたし、
料理に対する考え方の方向性も同じでしたので、お世話になることに決めました。
近所には実家の温泉宿がありましたが、すでに『開店休業状態』でしたから、
まあ気にしても仕方ないのかなと。
むしろ年をとった両親の近くで働ける、と前向きに考えました」

しかし、50歳を目前にした平成27年、また転機が訪れる。
実家の父親が転んで圧迫骨折したことがきっかけで、
親の寿命や自分の残りの人生を意識し、「自分のための仕事をしたい」と考えるようになった。
そして同じ頃、現在の建物でかつてパン店を営んでいた、という女性と出会う。
女性は建物の買い手を探していた。

「自分でパンをつくるようになって、ワインを飲む時以外もパンを食べるようになった」という鈴木さん。

「これまでパンを食べたいと思うことも、実際に食べることもほとんどなかったのですが、
唯一、ワインを飲んだときに、
ちょっとおいしいパンとチーズがほしいなと思うことがありました。
でも町内では、ワインに合う、バケットのようなハード系のパンは手に入らない。
それなら自分がつくろう! と、〈山人〉を辞めて、ここを譲り受けることにしたんです」

とはいうものの、パン作りは、〈山人〉で朝食用に手ごねパンを焼いていた程度。
そこで、専門書を買って独学した。
目指すは、ワインにも合う、ライ麦の香りが豊かな食べ応えのあるパン。
そして地元産の食材にもこだわりたい。
こうして試行錯誤で完成させたのが、現在の看板商品〈カンパーニュ〉だった。

ユキノチカラの主役たち(1)
開発した商品は、
“昔ながら”と“いま”がつまった、
人にすすめたい西和賀の味

岩手県の山間部にある西和賀町。 積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「雪」そのものを楽しむ、西和賀ならではのアクティビティについて。
過去の連載はこちらから。

少しずつカタチになる〈ユキノチカラ〉、そこから感じるものは?

2月に行われるツアーはもちろんだが、2015年のプロジェクトスタートと共に、
第1弾として取り組んできた食ブランド〈ユキノチカラ〉の商品開発。
すでに町内でも〈湯夢プラザ〉など3か所で販売されている。
2016年は「岩手博覧会」「いわてデザインデイ」(盛岡市)をはじめ、
県内外のイベントにも出展した。ブランドイメージの白を基調にしたブースは
ユキノチカラの存在感を、静かながらも明確に打ち出している。
そんなユキノチカラブランドに期待を寄せるのは
2015年4月から西和賀町地域おこし協力隊員として働く溝渕朝子さんだ。

13年ぶりに西和賀に戻り、6次産業推進センターで働く溝渕さん。

実は溝渕さん、もともと西和賀町の出身。
「子どもの頃は山でアケビを取って食べたり、川原で遊んだり。
冬は家の庭にかまくらをつくったり、そり遊びで雪まみれになったり。
中学生になると、裏山でクロスカントリーとか、自然を満喫して育ちました」
高校卒業後は神戸の大学へ。卒業後も東京都内の企業に就職し、
営業部署で忙しい社会人生活を過ごした。
西和賀に帰るのは、盆と正月の年2回のみだったが、
そのたびに見上げる夜空の美しさによって
無意識に「ふるさとの存在」を確かめていたのかもしれない、と振り返る。
そして、東京での暮らしも9年を経た一昨年のこと、
「帰省した時に見た星がきれいで……、ふと帰ろうと思ったんですよね」
ちょうどタイミングよく募集されていた地域おこし協力隊員に応募。
いまは、町役場でふるさと納税の受付や返礼品発注などに携わる傍ら、
町内のさまざまな活動に関わる。
ユキノチカラプロジェクトに携わるひとりでもあり、
「日本初の取り組みが西和賀で始まっているってすごいですね。
デザインがいかに大切かを実感しています。
デザイナーの皆さんと一緒に仕事すること自体を、個人的にも楽しんでいます」
と顔をほころばせる。
未来への可能性を感じるモノやコトは、若者たちをふるさとへ呼び戻すきっかけにもなる。

〈湯夢プラザ〉のブース前でカタチになったユキノチカラブランドをアピールする溝渕さん。

では、そのきっかけになり得る〈ユキノチカラ〉から生まれた商品には、
どんなアイテムがあるのか?
その特徴や開発に携わった6事業者の思いなど、2回に分けて紹介していきたい。

この美しい雪は何を育むのか、そこから生まれた商品は?

トミトアーキテクチャ vol.2
空き家を公共的な交流空間へ。
でも、誰の声を聞いて設計する?

トミトアーキテクチャ vol.2

横浜市の丘の上の住宅街に生まれた〈CASACO〉(カサコ)は、
木造二軒長屋を改修した、多国籍・多世代交流スペースです。
トミトアーキテクチャでは、この設計を担当し、現在も運営に携わっています。

はじまりは、NPO法人〈Connection of the Children〉を主宰する
加藤 功甫さんからの依頼でした。
目的は「家をまちに開きたい」というもの。しかし、予算は0円。
前途多難ですが、まずは市や地域の協力者を募ることにしました。

若者 × 空家 = 不気味?

記念すべきワークショップ第1回。周到に準備をしたつもりが、近隣住民の参加はひとりだけでした。

さて、突然ですがこの写真、みなさんどう思いますか?
いろんな世代のご近所さんが集まって仲睦まじく交流している、
そんな印象を抱く方もいるかと思います。

カサコの改修計画をつくるにあたり、地域の人にも愛着をもって使ってもらうために、
ワークショップを開くことになりました。
近隣住民を招いて初めて開催したのはカサコをどんな風に使ってみたいかをヒアリングする
「お話を聴く会」。写真は、ワークショップのワンシーンなのですが、
実は肝心の「近隣住民」はピンクのシャツを着た元気な男の子ひとりだけ。
あとは全員、会を主催した側の人やその友人、つまり「内輪」なのです! チラシを配り、
楽しんでもらうための最強コンテンツ「流しそうめん」まで用意したのですが……。

5年以上空き家だった建物に突然若い人が移り住んできて、
次第に同じ世代の人が集まり、夜な夜なミーティングをしている。
大きなバッグを背負った外国人もたまに泊まりにきている。

「地域・子ども・旅人のみなさんのために家を開こうと思っているんです! 
ぜひ遊びにきてください!」

と目を輝かせながら言われても、近所の人には少し不気味に映ったことでしょう。
今振り返るとよくわかります(笑)。
しかし当時の僕らは「どうして集まらないんだろう」と、悩みました。

救世主は、横浜市のユニークな制度「まち普請」

問題はまだあります。カサコの改修予算は0円。スポンサーを募る? 寄付をお願いする? 
クラウドファンディング? どれも現実味がないなか、
横浜市の「ヨコハマ市民まち普請事業」に出合いました。

この事業、全国でも珍しい取り組みなのです。

「普請」とは相互扶助による道や家の建設行為のこと。
現在の言葉では「DO IT WITH OTHERS」でしょうか。
市民自らが公共性をもつスペースの整備を企画し、
自分たちで運営をしていくという意志と持続可能性があるものについて、
その改修に関わる「ハード」整備費用を最大500万円まで市が補助するものです。

審査に1年かかり、そこから地域住民を巻き込みながら場所を整備することが求められるので、
2年以上かかるプログラムなのです。整備の内容ももちろん問われますが、
もっとも重視されるのは、地域の人が求めているか、どう思っているか、
持続的に運営できる内容かなどといった「ソフト」のほうなのです。

先ほどのワークショップの悩みは、まち普請事業の一次審査に通過した後、
運営や設計の計画を練っている頃にぶちあたったものでした。

やりたいことと動機を発信する

通りからよくみえる場所にある窓。しかし中は雑然としており、あまり入りたい雰囲気ではなかった。

アドバイザーに入っていただいていた〈コトラボ合同会社〉の岡部友彦さん
リノベのススメにも登場)に悩みを相談したところ、
「通りからの見え」を指摘されました。確かに、あまり入りたいとは思えない状況です(笑)。

通りを見通すことができる場所に位置する窓は、地域の人々とコミュニケーションを図る
絶好の道具であるにもかかわらず、そのポテンシャルに気づいていませんでした。
その指摘を受けた直後、窓辺を掃除し、改修後の姿をしめす模型をレイアウト。
自分たちがどんな思いで何をしたいのか伝えるために、
「道行く人へのプレゼンテーションコーナー」をつくりました。

窓を掃除し、模型をレイアウト。道行く人が覗いていくようになった。

この試み、じわじわと効果がでてきました。
「何をしようとしているのか、ちょっとわかった気がする」
と声をかけていただいたり、窓を介した挨拶も増えていきました。

何をしたいのか、なぜしたいのか。それをきちんと伝えること。

この重要性に気づいたカサコメンバーは、地域向けに新聞をつくることにしました。
東ケ丘での出来事やカサコでの活動を月一でA3版の新聞にまとめ、
町内会に協力いただくかたちで、町内約250世帯すべてに配布させていただいています。
最新号は34号。約3年が経つ現在も、継続して発行しています。

歴代の新聞を展示。ワークショップやイベントに顔を出してくださる住民も増えてきた。

丘のまちの住宅地の地域素材

このような取り組みを経て、無事まち普請事業に採択されて
改修資金の足がかりを得ることができましたが、改修する面積に対する費用の割合でいったら、
ほとんど不可能に近いような規模であり、改修費を抑えるための工夫が不可欠です。

その工夫のひとつとして僕らが考えたのが、地域素材を活用すること。
豊かな自然が近くにあるわけでもない住宅地のど真ん中で、地域素材とは一体どういうことか。

富山が誇る県産品が 東京・日本橋に大集合 〈とやまの誇り〜とやまブランドの ルーツに触れる7日間〜〉

東京にいながら富山旅行!?
〈とやまブランド〉の上質な品々が日本橋に集結

富山が誇る衣食住のアイテムをセレクトしたショップに、
地酒やおつまみが楽しめるバーラウンジやレストラン……。
富山に行かずして、小旅行気分に浸れる
アンテナショップ〈日本橋とやま館〉。
2016年6月、東京・日本橋にオープンして以来、
富山にまつわるさまざまなイベントが行われてきました。

〈日本橋とやま館〉

そんな〈日本橋とやま館〉で、2017年2月13日(月)から19日(日)まで、
〈とやまの誇り〜とやまブランドのルーツに触れる7日間〜〉が開催されます。

富山県が県産品の国内外に誇る県産品を集めた〈とやまブランド〉を通して、
“富山の上質”に触れてみませんか?

今回のイベントでは、「富山県推奨とやまブランド」の13品目を展示販売。
富山市内だけでも十数の店舗があるという〈ます寿し〉や、
大粒の三社柿を使った〈富山干柿〉、富山湾のブリ、シロエビ、
同湾産のホタルイカといった海の幸のほか、
チューリップの球根出荷量が日本一の〈とやまのチューリップ〉、
高岡市の伝統工芸品〈高岡銅器〉などをラインナップ。

〈ます寿し(鱒寿し本舗千歳)〉ます寿しにはごはんの炊き方、鱒の厚みや並べ方など、お店ごとにこだわりが。

個人的には、世界で最もセラピー効果のあるロボットとして、
ギネスブックに認定されたメンタルコミットロボ〈パロ〉に興味津々。

1993年から開発がはじまり、2004年に発売されたパロ。南砺市に本社を構える〈知能システム〉が販売している

〈富山県推奨とやまブランド〉認定に向けて、意欲的に取り組む事業者と
その県産品を育成支援対象として選定した〈明日のとやまブランド〉全27品目から
選りすぐりの10品目を展示販売。
富山の名品が一同に揃います。

そんな「名品」のつくり手たちが、どんな想いを胸に暮らしを営んでいるのか。
「ブランドは人が作る」をテーマに、つくり手へのインタビューを通じて
各ブランドのルーツに迫るパネル展も見逃せません。

古民家宿 LOOF vol.3 デザイン家具に薪ストーブ。 山梨に残る伝統建築を、快適な宿へ

古民家宿LOOF vol.3

山梨県笛吹市芦川町で運営している、古民家一棟貸し宿LOOF澤之家・坂之家という2棟の宿の
オープンまでの経緯を綴っていきます。

vol.2では、澤之家の解体がひと通り終わり、ようやく建物をつくりあげていく段階へ。
大工の市田 仁さん指導のもと、
使ったことのない機械や道具を使って建物をつくり上げていきます。

床材・壁材を古民家に合わせた色に塗っているところ。

初めてインパクトを使用して、床を張っていきます。

改修は、下記のポイントを大切にしました。

1、古民家の良い部分は残す。

2、快適に過ごせるような空間にする。

3、モダンな内装にする。

ひとつ目に、古民家の良い部分はそのまま残すという点。
これはいろいろな古民家をリノベーションした宿やレストラン、カフェを見るなかで、
まったく手を加えていないそのままの古民家や、
手を加えすぎて古民家の良さがなくなってしまった現代的すぎる建物を見て、
ほどよく改修していこうと考えたからでした。

まずは、元の姿をとり戻す

芦川町の古民家の特長である “兜造り”の屋根はそのまま残し、
中の茅葺きがしっかりと映えるように、建物は吹き抜けにしました。

長年時間をかけて燻された梁はそのままに。燻された黒い梁の色に合わせて壁や床は同様の色に。

建物自体は築100年を超える建物ですが、すべてが当時のままだったわけではありません。

私たちがお借りする前に住んでいた方が住みやすいようにと
お風呂、キッチンなどの水回りは現代的に改修され、窓はアルミサッシに変わっていました。

改修前のキッチン。

解体前、窓はほとんどこのようなアルミサッシでした。

そこで、古民家の室内に浮いてしまっていた現代的な部分はすべて解体し、
キッチンスペースは土間のキッチンに、サッシはアルミから
すべて木枠のサッシに取り替えるような、逆に古く戻すという作業をしました。

カレッジの名に偽りなし! 岡山県備前市の 食と暮らしに会いにいく、 〈備前_暮らしカレッジ〉に 潜入してみた

備前市で『食と暮らし』をテーマにしたオープンカレッジが開講

『コロカル』内でひっそり「鴨方町六条院回覧板」を書いている赤星です。
ぼくの現在のホームタウンは
連載のタイトルからもおわかりのように、岡山県の浅口市鴨方町。
岡山県では西の端に近く、南は瀬戸内海に面している。
だから、同じく瀬戸内海に面しているとはいえ、
東の端にある備前市の制作物のオファーがきたときは、
「備前……遠い」という感想しかなかった。

その制作物の内容というのは、備前市内への移住者や起業者を増やすことを目的とした、
社会実験的な学校のPR用ポスターとチラシ。遠いうえに、馴染みが薄い。
しかも、移住者や起業者を誘致するための試験的な試みといっても、
いまの時代、さほど珍しいとは言いがたい。
正直、ピンと来ないまま話を聞いていた。
しかし、特定したキャンパスを持たず、備前市内を広く学びの場とすること、
補助金の種類や申請の実際等を教えるカリキュラムがあるなどの
学校の特色のレクチャーを受けている際に、聞き捨ててはおけない言葉が。

「この学校はですね、『食と暮らし』をテーマにしているんです」

この学校のいろいろをよどみなく説明してくれているのは
フードディレクターの久保陽子さん。
情報の疎さには自信があるぼくでも名前を知っているほど
精力的に活躍している方で、彼女がこの学校の運営団体の窓口になっている。
なるほど、道理で彼女なわけだ。
「食」がテーマと聞いて俄然気持ちが入ってきた。
ちなみにぼくは朝ご飯を食べながらその日のランチに思いをめぐらし、
いきおいで晩ご飯のメニューまで組み立ててしまうようなタイプである。

学校名を〈備前_暮らしカレッジ〉という。
今夏に開校を迎えるにあたり、1月から3月まで月に一度オープンカレッジを開催している。
以下はその第1回に同行したレポートだ。

Facebookや直接のメールで申し込みのあった20名が出席。全員が岡山県内からの参加だった。

集合場所はJR赤穂播州線の伊部(いんべ)駅。
このつつましい駅舎の一画にカフェがある。名前は〈UDO(うど)〉。
ダクトや配線がむき出しの天井に、壁紙をはいだままのコンクリートの壁。
このスケルトンの内装のみならず、
器からメニューにいたるまでセンスのよさを感じさせる。
郷愁をそそるような年季の入った駅舎に、
まさかこんなにクールなカフェがあろうとは。
しかし、それもそのはずなのだ。
店主は現在岡山県内で5店のコーヒーショップを展開している木下尚之クン。
ぼくがかつて〈マチスタ〉というコーヒースタンドをやっていた時代からのコーヒー仲間で、
まこと研究熱心な焙煎人であり、おまけに店舗のプロデュースにも定評がある。
実はこのオープンカレッジの講師のひとり目が、誰であろう木下クンなのだった。
彼は備前の西隣、瀬戸内市牛窓の出身。
伊部の地元の人たちからの要請があって、
もともと伊部駅にあった喫茶店の経営を継いだカタチだ。

オープンカレッジひとコマ目の場所はもちろんこの〈UDO〉。
岡山県内から集まった参加者20名が、
備前焼で供されたコーヒーを飲みながら、木下クンの話に熱心に耳を傾けている。
話を聞くだけでなく、ほとんど全員がメモをとっている。
場所がカフェだからか、学校というかたい感じは一切ない。
でも、だからといってくだけた感じでもない。
たぶん、参加している人たちの話を聞く姿勢にあるのだと思うけれど、
場の雰囲気には一種の緊張感さえあった。
学校に見えない。でも、「カレッジ」の名に偽りなし。
その雰囲気が伝わっていたのだろう、
木下クンも久保さんから投げかけられる質問に、
努めて言葉を選んで丁寧に話していた。
短めのつばのキャップをかぶった木下クンはいつもの感じだけど、
ウールの黒いジャケットが先生らしさというか、
若干フォーマルな感じを出そうとしている意図がうかがえる。
そんな真面目さも彼らしい。

思えば、木下クンと会っているときに、店づくりの話なんて聞いたことがない。
「この話を早く聞いておけば、もしかしたら〈マチスタ〉を閉めずにすんだかも」
とは思わなかったけど、個人的に興味深い話ばかりだった。
これから飲食で起業を考えていた人にはなおさらだったろう。

蛇足ではあるが、木下クンが話している間、
店の厨房では若い女性スタッフがひとり、
コンロや冷蔵庫、棚といったステンレスの厨房器具を
それこそピカピカに磨きあげていた。
その半端のない丁寧さに、木下クンの店づくりの一端を見た思いがした。

30歳で「キノシタショウテン」(瀬戸内市邑久町)を立ち上げた木下尚之さん。現在は異なるスタイルのコーヒーショップを5店経営している。カフェやコーヒー関連のお店のプロデュースも手がける。

オープンカレッジ、ふたコマ目は〈UDO〉から徒歩3分。
駅前通りの突き当たりにある備前焼の〈一陽窯〉へ。
講師はここの3代目、木村肇さん。
店を抜けた奥にある、前後に長く連なった巨大な窯の前で木村さんが待っていた。
開始の合図も、ちゃんとした自己紹介もなにもないまま、
そこからいきなり窯の説明を始めた木村さん。

「最初に火が入るこの窯を“運”ぶ“道”と書いて“運道(うど)”といいます。
みなさんがさきほどまでいた〈UDO〉の名前はここから来ているんです」

備前焼の作家というと重々しい印象があったけど、
木村さんはむしろ若々しくてカジュアルだ。
明るめのグリーンのダウンジャケットを羽織ったその姿は、
どちらかというと古着屋のお兄さんといった感じ。
そんな木村さんが、続けて窯の前で備前焼と伊部の歴史を語り始める。
備前焼の歴史は約1000年。ここ伊部の土を掘って粘土をつくり、
伊部の山に群生している赤松を燃やして長い時間をかけて焼き固める。
上(かみ)から下(しも)まで
伊部という狭いエリアで完結していたのが備前焼であり、
それは1000年経った現在もほとんど変わっていない、云々……。
次にろくろのある工房に案内してくれた。職人さんがひとり、
ろく座と呼ばれる、ろくろを仕込んでいる板間で作業をしていた。
工房にはろく座が5〜6席はあったと思う。
木村さんが子どもの頃は、このろく座がすべて埋まるぐらい大勢の職人さんが
ここで備前焼をつくっていたという。
木村さんはその職人さんたちから備前焼を教えられた。
「菊練り」と呼ばれる、成形前の粘土を練り上げる作業から始まり、
高校を卒業する頃には一通りの作業をこなせるようにまでなっていた。

2番目のプログラムでは一陽窯の3代目・木村 肇さんが講師を務めた。中国電力のテレビCMに出演しているので岡山県人にはお馴染みの人でもある。

ここで備前焼について簡単に述べさせていただく。
備前焼は瀬戸焼や信楽焼と並んで
日本六古窯のひとつに数えられる焼き物で、
瓶やすり鉢、徳利など、実用本意の庶民の器として普及していた。
土が緻密であり、千数百度の高温で長時間焼き固められることから、
落としても簡単に割れないような丈夫さが
大きな特徴のひとつとされている。
(焼きによってもたらされる「窯変」と呼ばれるさまざまな種類の表情も特徴のひとつ)。
茶器として使用されるようになった室町時代から桃山時代にかけて、
その芸術性が注目されるようになる。
現代においても備前焼の芸術としての評価は健在で、
金重陶陽や藤原啓などこれまで5人の人間国宝を輩出している。

〈一陽窯〉は伊部に現在も多い作家性を打ち出した窯ではなく、
暮らしに沿った器としての備前焼を提供している窯だ。
当然、3代目の木村さんもギャラリーで個展を開いて、という活動はしていない。
とはいえ、松屋銀座で毎年開催される
「銀座・手仕事直売所」というイベントに参加したり、
東京のシチリア料理店でのワインのイベント用に
備前焼のワイングラスをつくって参加したりと、
目にとまるようなオリジナルな活動をしている。

しかし、ぼくがとくに興味をそそられたのは
彼のつくるすり鉢だった。何かの雑誌かネットで見たのだ。
備前焼のすり鉢なんて見たことがなかった。
一見、なんてことのないすり鉢なんだけど、
写真からずっしりとした重量が手に伝わってくる感じがして、
なんとも具合がよさそうだった。
このすり鉢だけとっても、なんとなく人がわかるような気がした。
はたして木村 肇さんはぼくのにらんでいた通り、
紛うことなき「食」の人だった。

工房から場所を移し、ミーティングルームのような部屋で約30分のお話。
久保さんとのやりとりに、木村さんという人柄がよく表れていた。
当然、核には備前焼があって、
木村さんの話からは備前焼の知識を深めることができたのだけれど、
彼はピュアにその周辺にいろんな興味を持っていて、
それがまた備前焼に通じている。
そんな話が楽しくないはずがなく、
30分という時間はあっという間に過ぎてしまった。
話が終わると同時、ぼくは急いで店舗に向かって、
念願のあのすり鉢をひとつ購入した。
思っていたよりも若干重いぐらいの重量があった。
買ってからまだ数日しか経っていないので一度も使っていないが、使うのが楽しみだ。
ちなみに、お店でこのすり鉢の説明をしてくれたのは
木村さんのお父さん、レジで会計してくれたのは木村さんのお母さんだった。

噛みあわなさ加減が絶妙におもしろかった木村さんとフードディレクター・久保さんとのやりとり。備前焼というとかたそうなイメージだけど、その日もっとも笑いを誘う楽しい話だった。

注目の教育法! 教育先進都市・豊岡市の 「コミュニケーション教育」を 都内で体験

“飛んでるローカル”こと兵庫県豊岡市から、
子どものコミュニケーション力を育むワークショップが登場!

2017年3月4日(土)に、
東京都目黒区にある〈ノアスタジオ 学芸大スタジオ〉で、
豊岡市が実践する演劇的手法を用いた「コミュニケーション教育」や
幼児期の子どもと親が一緒に行う「親子運動遊び」を
体験するワークショップが開催されます。

豊岡と言えば、城崎温泉や、片岡愛之助が毎年歌舞伎を仕掛ける芝居小屋「出石永楽館」、
カバンのまち豊岡などで有名ですが、もうひとつ注目すべきなのが、
演出家・平田オリザさんが芸術監督を務める
舞台芸術を中心としたアーティストインレジデンス「城崎国際アートセンター」です。

この施設は、世界から著名な劇作家やダンサーが滞在、制作し、
新しい演劇を生み出す場所ですが、
この演劇が、豊岡市内の小学校の教育で生かされ、
教育の先進的なまちとして注目されているところでもあるのです。

そのひとつが、演劇的手法を用いた「コミュニケーション教育」。
豊岡市は、演劇の役割として注目されている
「合意形成能力」「恊働性」「多様化への理解を育む」機能に着目し、
演劇的手法を用いた授業を行っています。
自分の役割をきちんと果たしたり、誰に何を伝えるかを意識したりする
“コミュニケーション能力”を、楽しみながら身につけ、
子どもたちの新たな可能性を引き出すことを目指しています。
現在、豊岡市では市内5つの小中学校のモデル校で授業が行われていますが、
平成29年度からは、市内の全小中学校の小学校6年生と
中学1年生のクラスで授業が行われます。
今回は、10歳から12歳のお子さんを対象に、
この「コミュニケーション教育」のワークショップが行われます。

また、もうひとつ体験できるのが、
2歳から6歳向けの「親子運動遊び」のプログラムです。
豊岡市の保育園・幼稚園で行われている、「親子運動遊び」。
幼児期の身体を動かす遊びや運動は、
丈夫な身体をつくるためだけでなく、
「脳」や「こころ」の発達にも大きく役立つことがわかってきました。

現在、子どもたちの遊びは「動的な」ものから「静的な」ものになっています。
そこで、豊岡市では、子どもたちが心身ともに健やかに成長できるよう、
幼児期における「親子運動遊び」を積極的に展開しています。

たとえば、鉄棒や跳び箱などのほかに、
クマさん歩き、ワニさん歩き、カンガルー跳びでいろいろな動物に変身したり、
身体を使ったゲームなどを行って、
日常生活ではあまり使われない筋肉を、楽しく遊びながら動かし、
支持力、跳躍力、懸垂力、逆さ感覚などの基礎体力や、
達成感、挑戦する意欲、友だちとのコミュニケーション能力を身につけています。
しかも驚くことに、豊岡市内のすべての保育園、幼稚園で、
この「親子運動遊び」が行われているのです。

今回体験できるワークショップのコースは、年齢ごとに分かれて3種類あります。

・「親子運動遊び 〜2、3歳児編〜」

・「親子運動遊び 〜4、5、6歳児編〜」

・演劇的手法を用いた「コミュニケーション教育」(10歳〜12歳が対象)

お子さんの年齢に合わせて選択してみてください。

日本の現代演劇界を担う劇作家、演出家の平田オリザさん。豊岡市の芸術文化参与も兼務しています。撮影:青木 司

今回のワークショップでは、
豊岡市で演劇的手法を用いた「コミュニケーション教育」の
指導にあたる平田オリザさんのほかに、
NPO法人PAVLIC、豊岡市親子運動遊び指導員の方々が、手ほどきをしてくれます。

参加費は無料。応募締め切りは3月1日。
定員は、親子運動遊びが各回15組30名で、
10歳から12歳を参加対象にする、演劇的手法を用いた
「コミュニケーション教育」は50名です。

最先端の教育手法に興味がある方は、
まずは、豊岡市の移住ポータルサイト『飛んでるローカル豊岡』
イベントエントリーフォームからお申し込みを!

information

飛んでるローカル 子どもワークショップ

日程:2017年3月4日

会場:ノアスタジオ 学芸大スタジオ(東京都目黒区碑文谷5-25-10 ノアビル22 3階Cスタジオ)

Web:飛んでるローカル豊岡

山口県周南市が 「しゅうニャン市」 になります?!

山口県の東南部にある周南市が、しゅうニャン市に改名?!
このたび、シティプロモーション推進事業として
“しゅうニャン市”という愛称をひろめる
〈しゅうニャン市プロジェクト〉を本格始動しました。

なぜしゅうニャン市に?!
それは、2016年4月1日に、周南市の市長が
「周南市はしゅうニャン市になります」と宣言したエイプリルフール動画から。
キャッチフレーズは“人がネコになれるまち”。

市民一人ひとりが、ネコのようにのびのびと自由に、
居心地よく暮らせるまちを共にめざし、
周南市への誇りと愛着を深めていく取り組みを行うのだそう。

今後は、2017年1月22日から公開されるスペシャルサイト
コンセプト動画やポスターなどのクリエイティブを展開。
地元企業とのコラボレーションを進める〈しゅうニャン市パートナーズ〉や、
市民によるプロジェクト支援〈しゅうニャン市サポーターズ〉募集など、
まち全体がひとつになるプロジェクトを行います。

しゅうニャン弁当

こちらは取り組みのひとつ、
周南市の旬の食材がぎゅっと詰まった〈しゅうニャン弁当〉!
プロジェクトではとくに“食”に関わる企画に力を入れ、
地場の食材のPRに繋げていくそうです。

株式会社建大工房 vol.3 海辺のボロボロの小屋が かわいいかき氷店に変身! パティスリー〈NUAGE〉

株式会社建大工房 vol.3

前回の最後に次回の記事は廃材で作ったらーめん屋さんと書いたのですが
諸々事情がありまして次回に回させていただきます。
そして今回紹介するのは、これまでこの連載で書かれた中では
恐らく最小の金額のリノベーション物件じゃないかと思います。
基本的な設備などのインフラ工事以外、建築の改装にかかった金額は20万円。
そして、こんな田舎の見捨てられたボロ小屋が
まさかの1日数十万円も稼ぐ店になるとは思ってもみませんでした。

改装前。目の前が海水浴場で風雨に耐え、いろいろ傾いていてギリギリ立っている感じ。最初は家の中まで植物が侵食してきていた。

夫妻の小さなパティスリー

住宅とは違って商業建築では一般的な話ですが、いくらSNSなどが発達したしたとは言え、
絶対的に観光資源や人口の少ない、高齢化の進む田舎のまちで、
個人が小規模で物販や飲食などの商売を始めるにあたって、
建築にかけることのできる予算は限られています。

尚かつ、田舎ならではのコミュニティや豊かな生活の知恵は多々あれど、
都会のようにアートやデザインに対して感度の高い人や
「質」にこだわったライフスタイルを送っている人もそうたくさんいるわけでもないのが現実。
ブランディングなどの「デザイン」に対する費用のかけ方も、
やはりその地域特有の絶妙なバランスがあると思います。
もちろん計算で数値化できるような単純なものでもないでしょうし、
僕個人としてはその限られた環境で
コアなファンをつくって細くとも長くお店を続けていくのが大事だと思っています。

ボロボロの木造平屋を超低予算でお店にしたい

最初に僕のところに話がきたのは4年近く前になります。
最初の写真のあのボロ小屋をかき氷屋さんにしたいとの依頼でした。
クライアントの出藏さんとはこのとき初めてお会いしたのですが、
もともと数年前は建築にもお金をかけて
こだわったパティスリーを福井県内で数店舗も経営されていた、地元では有名人だったので、
「何でいまさらこんなところで?」と最初は疑問だらけでした。

ただ、海水浴場の目の前という立地はおもしろい条件だったのと、
ボロ小屋が植物に侵されている感じがなんともかわいかったので、
僕としてはほぼ商売にはならない仕事でしたが快諾しました。
と言っても予算がかつかつなので、塗装して看板を付けただけの誰でもできる改装でした。

あまりに古すぎて、水と電気を通すのも近所の人に承諾を得て、
他人の敷地内を通って引っ張ってこないといけないとか、
装飾的な改装よりもインフラの整備のほうにお金をかけなければいけない状況で、
今まで誰も手をつけられなかったのも頷けました。

中もただペンキを塗っただけ。福井のガラス工房〈WATARIGLASS studio〉の作品が色を添えてくれています。

ここ三国町では毎年8月11日にある「三国花火」という海岸での花火大会が有名で、
その日は毎年県内外から20万人以上訪れると言われています。
人口80万人をきった福井県の人口から考えると化け物みたいなイベントですね。

オープンしたばかりのこのかき氷店、蓋を開けてみると、
花火当日は長蛇の列で1日で数十万円も売り上げる繁盛店になっていました。
かき氷もソースやトッピングに地元でとれる素材の果物を使ったり、
ほかにもクレープやアイスなど洋菓子店ならではのいろいろなスイーツが売っているので
この店構えだけで入ってきた人はビックリですよね。

いくらそれだけ人が集まるビッグイベントとは言え、まだまだ小さな田舎まち。
ほかに出店しているお店は一般的な露店なので、
そこに軒を連ねるようにこの個性的な店があれば確かに目を引くのは間違いありません。

地元の吹きガラスの作家さんや鉄工職人たちとコラボレーションして立ちあげたお店の名前は〈港町職人〉。屋根の棟の部分にこのお店のロゴでもある古い船の舵を。

毎年、海水浴シーズンの週末と花火の日だけのオープンなので、年間の稼働日はほんの数日。
もともと大家さんも壊そうとしていた物件だったので家賃も固定資産税程度。
ここだけの商売で考えると十分黒字です。
たぶん建物が朽ちるまでは商売続けられるんじゃないでしょうか。
やはり今まで数々のお店を出店してきた出藏さんだからこそ、
この場所に目をつけることができたのだと思います。

一時期は路面店、有名百貨店内の売り場などを合わせると
6店舗を切り盛りしながらスタッフも100人近くを抱えて手広く展開していた出藏さんですが、
今はすべて閉めて人も雇わずに、夫婦ふたりで黙々とスイーツをつくり続けています。
元来、こだわりの職人気質で人ともぶつかることが多かったみたいで、
ここに至る経緯も多分にあったと思うし、
聞けば1年くらい引き籠っていた時期もあったと言います。

〈みやぎ35市町村 地域愛新聞 総選挙〉 広告で競え宮城の地域愛!

加美町

広告で宮城の地域愛を表現する企画がスタート!

宮城県仙台市に本社を置き、宮城県を中心に朝刊45万部を発行している
新聞社〈河北新報社〉が、このたび創刊120周年を迎えました。

白石市

これを記念し、広告で宮城の地域愛を表現する企画
〈みやぎ35市町村地域愛新聞 総選挙〉がスタート!
宮城県内35市町村それぞれを題材に、地元中心のクリエーター35チームが
〈地域愛新聞〉を制作。人気投票を行います。

河北新報にて2017年1月17日と18日、前後編に分けて
発行されたのとともに、Web上でも投票を募っています。
是非Webサイトで、力作の数々をご覧ください。

角田市

制作の狙いは、故郷に対する思いや、
新鮮な視点も加わったこの「地域愛」広告により、
より多くのみなさまが各市町村を訪れてくれることだそう。

大郷町

〈八戸ブックセンター〉 本でまちを盛り上げる、 注目の市営書店! カンヅメブースもあり

本を楽しむ仕掛けが盛りだくさん!
八戸に誕生した注目の書店

青森県八戸市に、
市営の書店〈八戸ブックセンター〉がオープンしました。

実は八戸市は、本にゆかりのあるまち。
小説「忍ぶ川」で芥川賞を受賞し、長きに渡って芥川賞選考委員を
つとめた作家・三浦 哲郎を生んだところ。

そんな八戸市を「本のまち八戸」として育てていくため、
市民にもっと本を好きになって欲しいという想いからオープンした場所なんです。

店内には、自然科学や人文・社会科学、旅の本やアートブック、
洋書まで。各棚のコンセプトやテーマに合わせて、幅広いジャンルの本が置かれています。

〈フェア棚〉

注目は地域のもの・ひと・ことが活かされた〈フェア棚〉。
八戸の産業、文化、風土、自然環境など、さまざまなテーマのもとに編集された棚や、
八戸にゆかりのある人物がセレクトした棚、一般の人が選書した本を「〇〇さんの本棚」と
して展開する〈わたしの本棚〉など、まちとの距離がぎゅっと縮まる仕掛けが充実しています。

コーヒーやビールを購入できるカウンター

気持ちがよくて思わずうとうと……なんてことにならないように?!

読書スペースもユニークで、施設内で購入したコーヒーや
ビールを持ち込むことができ、ソファならぬハンモックの上で本を読めたり、
左右と後方に本が詰まった〈本の塔〉があったりと時間を忘れて本に没頭してしまいそう。

〈本の塔〉

勝手に作る商店街サンド: バラの香り漂う 広島県・福山駅前商店街

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。

アクセスがよくなった広島県へ!

2016年3月に〈中国やまなみ街道〉が全線開通した。
瀬戸内海をのぞむ広島県尾道市から、日本海の見える島根県松江市がつながり
その間なんと約80分も短縮されたそうだ。

今回は、そんな交通の便がよくなった広島県の
福山市でオリジナルサンドをつくることにした。

福山市は広島で2番目に人口が多く、
世界最大規模の製鉄所〈JFEスチール〉があったり、
デニムなどの繊維業が盛んである。
また観光地としては、
かつて坂本龍馬率いる海援隊の〈いろは丸〉が沈没し、
交渉のために滞在したという鞆の浦(とものうら)が有名だ。

福禅寺から見た鞆の浦の景色。誰もが見とれる絶景ポイントです。

バラのまち福山市でサンドを作る!

また、福山市といえばバラのまちでもある。
市の中央エリアにある福山駅周辺は
至るところにバラが咲いているのだ。

これは、福山空襲でまちの8割が消失してしまった際、
「まちに潤いを与え、心に和らぎを取り戻そう」と
住民たちがバラを植えたのが始まりだそうだ。
そのためいまでは一年中バラが咲いてる。
なんてすてきな試みだろう。

福山駅前はバラがたくさん植わっている。今日一緒にまわってくれる福山商工会議所の藤本 邦明さんと。

駅の北側には徒歩0分のところに福山城、
そして、南側には大型デパート〈天満屋〉がシンボルとして建っていた。
その天満屋の奥に、割合大きな商店街が広がっている。

駅前のシンボル、天満屋。この奥に商店街が広がっている。

まちの印象としては昔ながらの風情、というのはほとんどない。
車利用が多いためか通りは広くとられていて、
とてもきれいに整えられたまちという感じだ。
商店街も同じく、きれいで落ち着いている。
夜から開くような飲み屋さんが多い通りもあるようだけれど
洋服店や雑貨店などもたくさん並んでいた。

案内していただきながらまわる。

カープファンが集まる居酒屋さん

しばし歩くと、赤い看板が目立つお店を発見。
広島東洋カープファンが夜な夜な集まるという〈いろはのゐ〉である。
(訪問時はセリーグ優勝を記念し、店名を〈カープのか〉に一時的に変更。)
中には大きなモニターがあり試合も見られるようだ。
黒田選手のヤンキース時代のユニフォームが飾られていたり、
カープの歴史が壁に書かれていたりして
ファンにはたまらないお店である。

広島らしいお店を発見!

中もとにかく赤。昨年25年ぶりにセリーグ優勝した時はさぞ盛り上がっただろう。

ちょうどランチタイムが始まったところのようで、
特別に持ち帰れそうなお惣菜をいただくことに。
出てきたのは、カープのお店らしく真っ赤な〈赤てん〉だった。

赤てんといえば、島根県の浜田市の名物で
赤唐辛子が入った魚の練り物である。(商店街サンド第1回に出てくる
きっとお隣の県ということで広島でも馴染みがあるのだろう。

大きい赤てんがでてきた。

カープのお店なので、島根のものよりも赤唐辛子が多めな気がする!

ちょうど、〈中国やまなみ街道〉でつながれた広島と島根がコラボしたかたちだ。
さっそくいいものをゲットできたぞ。

トミトアーキテクチャ vol.1 横浜市の多国籍・多世代交流施設 〈CASACO〉ができるまで。

トミトアーキテクチャ vol.1

はじめまして。伊藤孝仁と申します。冨永美保とふたりで
tomito architecture〈トミトアーキテクチャ〉という設計事務所を共同主宰しています。
横浜の“東ケ丘”という丘に広がる住宅地に事務所を構えており、
設計を行った地域拠点型シェアハウス〈CASACO〉(カサコ)の運営にも関わっています。

CASACOとは?

CASACOは、築65年以上の木造二軒長屋を改修したスペースです。
2階には語学留学中のホームステイゲストを含む国際色豊かなメンバーの居室が集まり、
1階はシェアスペースです。ただ居住者だけが使うシェアスペースではなく、
地域の多世代や外から来た人々にも広く開かれているのが特徴です。

CASACO 、そして東ケ丘という何の変哲もない住宅地が、この連載の主役です。
設計から運営へと地続きに連続する3年の間の、さまざまな出来事を振り返りながら、
住宅地の片隅に生まれつつある新しい生活のかたちについて考えていきたいと思います。
とはいえ、あまり肩肘張らず気楽に。どうぞお付き合いください。

はじまりは、若者のある想いから

改修前のCASACOの外観。緩やかにカーブする尾根道沿いにあり、通りからよく見える。

「DIYで家を住み開きしたいっていう若者がいるんだけど、相談に乗ってもらえない?」
私たちの共通の知り合いであり、
横浜で長く子どもの居場所づくりの活動をしている今井嘉江さんから声をかけていただき、
東ケ丘に初めて訪れたのは2014年の2月でした。

当時私は設計事務所を退職した後で、
横浜の関内を拠点にフリーランスとして設計活動を行っており、
冨永は大学で研究室の助手をしながら設計活動をしていました。
横浜国立大学のY-GSA(Yokohama Graduate School of Architecture)で同じ釜の飯を食い、
ときたまコンペなどを一緒にやっていた私たちは、卒業以来久しぶりの再会でした。
依頼者である若者、加藤功甫さんは同世代で同じ大学の出身。
自転車でユーラシア大陸を横断した経験をもち、
子どもの教育や旅にフォーカスしたNPO法人〈Connection of the Children〉を主宰する
パワフルでオープンな人物です。 相談の内容はだいたいこんな感じでした。

「賃貸で借りている物件だけど、大家さん曰く好きにいじっていいと」
「自宅兼NPOの事務所として、いろんな人が気軽に立ち寄れる場所にしたい」
「予算は0円。DIYだったらどうにかなりますか?」

予算は0円でも関わろうと決めた3つの理由

おそらく普通の設計事務所であれば、
「おもしろそうな活動ですね、陰ながら応援します、頑張ってください!」と、
やんわりフェイドアウトするのが常でしょう(笑)。
しかし私たちは、仕組みづくりから関わることを決めました。その理由は3つあります。

ひとつは、「家を開きたい」という彼の飾らない意思と人柄に、公共性を感じたからです。
まるで風通しのいい空間に出会ったような感覚です。彼が旅の間訪れた先々で、
温かく迎え入れられたエピソードを聞くことで、
その人柄が形成されていった過程をうかがい知ることができました。

ふたつめは、見るからにボロ屋ではあるその建物の、
ぴょこっと道に顔を出しているような佇まいに惚れたことです。
建築は普通、中に入ることで経験されるものですが、
建築が生まれ変わることでまちへ与えるインパクトは、必ずしもそれだけではありません。
遠くから眺めたり、横を通り過ぎるのも建築の経験だと考えると、
非常に可能性を秘めた場所だと思えたのです。

3つめは、空間の使い方が漠然とした依頼内容だったからこそ、
ソフトとハードを一緒に考えられるのではと思えたからです。
建築設計の依頼は通常、ソフトがガチガチに決まった状態で降りてきます。
主に経済的な枠組みに従って、機能や部屋の種類や数、面積などの
ガイドラインが与えられたなか、
ソフトを最高の状態で実現するハードを一生懸命に考えるわけです。しかし建築の可能性を、
ソフトを受け止める「箱」という役割の中だけに見るのは悲しいことです。

ソフトとハードは相互に影響するもの。
例えば子どもは、野性的な感覚で「遊び場」をまち中に見つけだし、
ときにはその空間の特徴から「新しい遊び」を発明します。
これはハードをきっかけに生まれるソフトのひとつの事例でしょう。
空間の使い方や仕組みと建築のかたちを、一緒に考えなければ生まれないような、
新しい場所のあり方をデザインしたいと強く思いました。

「お掃除大会」をきっかけに、古民家の離れを借りる

さて、プロジェクトができたものの、私たちには事務所がありません。
模型製作や打ち合わせをするような、
ふたりで共同で使える空間はありませんでした。なかなかの見切り発車です。
そこで、プロジェクトの紹介をしてくださった今井さんに相談をしてみました。
「倉庫として借りている古民家があるんだけど、ちょっと遊びにこない?」
横浜駅から15分ほど歩いた、旧東海道沿いの閑静な住宅街の中に、その古民家はありました。

「稲葉邸」と呼ばれる、古民家という言葉があまり似つかわしくない、
「邸宅」とでも呼びたくなる佇まいに驚きました。
敷地内には蔵と庭、井戸や稲荷まであります。

稲葉邸の空間を体験し感嘆の声を漏らしながら、
密かに目をつけたのは「離れ」と呼ばれる計10畳ほどの空間。
建物の中にはたくさんの物がありましたが、
整理整頓をすればこの「離れ」のサイズくらいの空きスペースはつくれるのでは、
という予感がしました。また、 表庭と裏庭の両方に開口をもち、
いかにもいい風が通り抜けていきそうで、魅力的でした。

そこで、大胆な提案をしてみることにしました。
「大掃除と効率的な収納空間づくりをさせてください。
そして、空いた離れのスペースを間借りさせてもらえないでしょうか」
若いクリエイターを応援したいと思ってくださっていた今井さんは、快諾。
この瞬間ほどワクワクしたことはないかもしれません。

庭を埋めつくす物の大群。時間をかけながら捨てる/残すを考える今井さんの姿と「人生を整理するいい時間だった」という言葉が印象的でした。

かくして、偶然に偶然が重なって、すてきな事務所を手にしてしまった私たちは、
その空間の雰囲気や応援してくださる方々に後押しされるようなかたちで、
トミトアーキテクチャを名乗るようになりました。

〈母ちゃんの店 わがや〉 母の味に、県内外からお客が殺到! 滋味深い西和賀の郷土食が味わえるお店

西和賀にんげん図鑑Vol.3 〈母ちゃんの店 わがや〉

山菜、そば、きのこ、寒干し大根……。
町内にはこれら西和賀ならではの味を楽しめる店がいくつかあり、
〈母ちゃんの店わがや〉もその一軒だ。
驚くことに、この店は1年間に町の人口と同じ約6000人もの客が訪れる。
しかも、12月から3月の冬季は休業なのに、である。

同店が町内北部の沢内貝沢地区にオープンしたのは2009年4月。
カタクリの群生地そばに建つ店舗は築100年以上の古民家で、
太い梁や柱、壁に飾られた民具、野の花の生け花など郷愁感あふれる。
店名のとおり、自分の家に帰ってきたような、ゆったりくつろげる空間だ。

店内の一画では、地域のお母さんたちがつくった編み細工を展示販売している。

この雰囲気と並ぶ、同店のもうひとつの魅力が、料理。
町内産そば粉100%の十割そばと、やはり町内産の食材を使った
煮しめや、季節の天ぷらなどの郷土料理が自慢で、
「添加物を使わない」「できるだけつくりたてで提供する」ことにこだわる。

町内産のそば粉と山菜を使った〈山菜そば〉(800円)。「つくりたて」にこだわり、そばは注文後に生地をこねる。

達人の案内で歩く! スノートレッキングで 西和賀の雪を満喫

岩手県の山間部にある西和賀町。 積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「雪」そのものを楽しむ、西和賀ならではのアクティビティについて。
過去の連載はこちらから。

のべ9000人が参加! 西和賀ならではの「雪の楽しみ方」を達人に教わる

年間累積降雪量が10メートルにもおよび、
時には1日の積雪量が2メートルを超えるという西和賀。
そんなまちの個性づくりに欠かせない雪と、
雪がもたらす風景・食・文化を体感できる1泊2日の〈ユキノチカラツアー〉が、
2月11日~12日に実施される。
ツアーは、町の一大イベント〈雪あかりinにしわが〉の日程に合わせたもの。
雪像やかまくらをつくり、その中にキャンドルをともす〈雪あかり〉は幻想的な美しさで、毎年町民はもちろん多くの観光客をも魅了している。

昨年の〈雪あかりinにしわが〉。町民参加型のイベントとあって、町内のあちこちで幻想的な光景が広がる。

ツアーではこの雪あかりのほかにも多彩なメニューを揃えており、
雪あかりとならび西和賀の雪の魅力を体験できるとして人気なのがスノートレッキングだ。
案内するのは、自然観察指導員・写真家で、西和賀の自然をこよなく愛する瀬川強さん。
瀬川さんは隣接する花巻市の出身だが、
29歳の時、渓流釣りで訪れた西和賀でカタクリの花の群落を見て感動し、移住を決意。
最初は電気のない作業小屋でひとりで暮らし、
その後1989年に家を建てて家族とともに定住した。

瀬川強さんと奥様の陽子さん。

ヒマラヤに2度も行くなど国内外のさまざまな自然を目にしてきた瀬川さん。
そんな瀬川さんが移住を決意するほど感動したというカタクリの花には、
どんな魅力があるのだろうか。
「カタクリは群がって咲く花で、群落はまるでピンク色の絨毯のようでした。
しかもこの花は咲くまでに7~9年間もかかるので、
その群落があるということは一帯の自然環境が何十年も変わらず守られているという証拠。
日本にもこんなすばらしい場所があるのだと感動したんです」

自然保護や古民家保存などの活動にも携わる瀬川さん。西和賀に移住して30年近く経つが、行政の協力もあって町内の自然環境に大きな変化はないという。

瀬川さんが撮影したカタクリの群落の写真。町内には群生地が数か所ある。雪解けとともに咲くカタクリは、西和賀に春の訪れを告げる花だ。写真:瀬川さん提供

〈コミュニティ真鶴〉で 〈真鶴未来塾〉が まちづくりのためにできること

『美の基準』を体現する〈コミュニティ真鶴〉

神奈川県の南西部に位置する真鶴町。
真鶴駅から海岸方面に延びるメインストリート大道商店街を歩いていると、
独特なオーラを放つ建物が目に飛び込んでくる。
車道から奥の建物の入り口へと続くスロープ、棟を結ぶ渡り廊下、
建物の外壁に至るまで、形の異なる石がふんだんに使われ、
一度見たら忘れられないほどのインパクトだ。

〈コミュニティ真鶴〉の看板。真鶴駅からは徒歩10分ほどの距離にあたる。

石材業はまちの主要産業のひとつ。真鶴特産の小松石などを大量に使っている。「石尽くし」といってもいいほどの存在感。

ここ〈コミュニティ真鶴〉は、平成6年に真鶴町のまちづくり条例である
『美の基準』に基づき建てられた公共施設。
ロビーと第1会議室、第2会議室、和室〈無名庵〉を備える3棟が、
中庭をぐるりと囲むように位置している。

当時『美の基準』の策定に関わった設計事務所に設計を依頼し、
まちの職人らも加わって建てられたというこの建物は、
「美の基準を具現化する存在であるように」という町民の願いから、
粋な工夫が随所に見られる。

例えば、石を使った大胆な装飾は、石材業が盛んなこのまちならではのモチーフ。
地元で採れた小松石を砕いた際に出る端材などを使用しているそうだ。
ほかにも漁師が漁で使用する縄や、鶴や魚をかたどった細工などは
写真に収めたくなるほどの愛らしさがある。

小松石の端材が随所に使われている。

鶴のシルエットをした避雷針。まるで鶴が空を飛んでいるかのように見える。

2階の第1会議室の扉にも鶴のモチーフが。

2016年6月から、この場所を管理している一般社団法人
〈真鶴未来塾〉の代表理事・奥津秀隆さんの話によると、
かつては町役場があった敷地であり、その後は更地から公民館になるなど、
まちの中での役割は短いスパンで変化していたのだという。

コミュニティ真鶴としてオープンしてからは、
文化活動を通してまちづくりをする拠点ならびに
地域活動の交流の場として使用されてきたものの、
財政難が原因で管理がままならなくなり、
2013年度末には一時閉鎖に追い込まれたという寂しい過去も。

その後、2014年12月から、それまで施設を利用していた団体や
地域住民による運営協議会によって自主運営というかたちで新たなスタートをきり、
真鶴未来塾が協議会に参加したのを機に現在の管理体制に落ち着いたのだとか。

「まちづくりは行政の専売特許ではないと思う」と言う真鶴未来塾の奥津秀隆さん。〈コミュニティ真鶴〉を拠点に、まちを活性化させるアクションを仕掛けていく。

〈真鶴みんなの家〉で起きたこと。 アーティストと地元の若者による ものづくりワークショップ

都心からJR東海道線で約1時間半。
真鶴駅から商店が建ち並ぶ通りを歩くこと約10分ほどで、
道路にまで人が溢れる一軒家を見つけた。
中をのぞくと、右手には手づくりされた真鶴の地図、
左手には住民の顔の切り絵が壁を埋め尽くしている。
中央のスクリーンには「真鶴みんなの家」の文字。

お試し暮らしができる一軒家〈くらしかる真鶴〉では、
2016年10月18日~10月29日の間、一般公開・参加型のワークショップ
〈真鶴みんなの家プロジェクト〉が行われた。

このワークショップは、くらしかる真鶴を拠点に、
未来の真鶴を担う若者たちと外部のアーティストたちが集い、
寝食をともにしながらディスカッションをし、ものづくりで交流するというもの。
いままさに、住民を前に各自の成果物を発表する会が始まろうとしていたところだった。

プロジェクトを軌道にのせた切り似顔絵

オープニングを飾ったのは、チャンキー松本さんによる
和紙を使った貼り絵を紹介する映像作品。
真鶴らしい風景を貼り絵で表現し、絵や写真では表現できない素朴さと
リアルさが同居した仕上がりに、会場からも声が上がる。

チャンキーさんは、東京を拠点に絵本作家や
イラストレーターとして活躍しているアーティスト。
期間中は週末を除き、ほとんどの時間を真鶴で過ごした。
真鶴の印象は、「瀬戸内海の風景とよく似ていて懐かしい印象を持ちました。
僕は香川県の生まれで、仕事で尾道にもよく行くのでね」とのこと。

今回は、「人と景色、その両方がないとまちは成立しない」という考えから、
住民100人の切り似顔絵にも挑戦。
目の前に座った相手の顔を、わずか5分ほどで切り抜いていく。
特徴をよく捉えていて、とにかくそっくり。
この切り似顔絵をきっかけに、このプロジェクトを知った人がとても多かったそう。

「珍しい芸やし、初めて訪れたまちでは挨拶代わりにもなる。
待っていても始まらないので、最初はこっちから出かけて行きましたよ。
斜め向かいのお茶屋さんにふら~っと入って、挨拶をさせてもらって
『実は切り絵をするんです』と。
90歳になろうかというおばあさんの切り絵を切らせてもらいました。
幼稚園や敬老会(デイサービス)も訪問して、キャラクターを切ったり、
おめでたい切り絵を切ったりね」

発表会を前にチャンキーさんの切り似顔絵は99人分に到達していた。
「やっと完走できた気分」と清々しい表情だ。

右がチャンキーさん。左は地元チームとしてワークショップに参加した遠藤日向さん。貼り絵の映像作品につけた音楽も遠藤さんが担当した。

憧れのまち真鶴を歩き、写し、言葉をそえる

次に始まったのは神戸の塩屋からやってきた森本アリさんらによる〈ちいきいと〉。
〈ちいきいと〉は、まちの写真を使った大喜利合戦で、
神戸~阪神間を中心に、“ジモトを愛しジモトを極めた「まちの顔」たちが集結”し、
テーマに沿った写真とトークを発表する会のこと。

その名前は、地域を糸で結ぶという意味と、神戸にある元生糸検査所を
リノベーションした〈デザイン・クリエイティブセンター神戸〉(通称KIITO)で
開催されたことに端を発する。今回は、その真鶴版をやってみようというわけだ。

塩屋と真鶴には共通点が多いという森本さん(右下)。真鶴のまちをくまなく歩き回り、このワークショップが終わる頃には地元の人のように歩いていた。

ここで登場したのは「背戸道」「生きている屋外」「ほどよい駐車場」などの
『美の基準』にも登場するキーワードのほか、
真鶴というまちを浮き彫りにする「つる」「路地」「守り神」「ベンチ」「海」などの
言葉をテーマに撮影された写真の数々。

森本さんと真鶴のメンバーがまち歩きをして撮影し、選定されたものに、
住民や外から訪れた人々から公募された写真も加えられ、
撮影者によりその場でコメントが加えられ発表された。

会場からは写真が切り替わるたびに「ここどこ?」
「あ、○○さん家の近くね」など、質問と共感と、
ときに愛のあるツッコミが入り混じる賑やかな雰囲気に。
終了後は「住んでいると見失いがちな、なんでもないことの貴重さ、おもしろさが、
ほかの人のフィルターを通して見直すことで見えてきた」など、
うれしいコメントが寄せられた。

森本さんは、塩屋の洋館〈旧グッゲンハイム邸〉で催しの企画・運営を行っている。
ときに楽団の団長として、ときに塩屋のまちづくりメンバーとして、
幅広く活動している。真鶴は塩屋ととてもよく似ていながらも特別なまちだと話す。

「すり鉢状で、山と海が近くにあって、高低差がある。
塩屋と真鶴はまちの規模と地形がそっくりで見分けがつかないくらいです。
僕が真鶴を知ったのは、塩屋のまちを守るためにまちづくり条例の勉強をするなかで、
『美の基準』が取り上げられたことがきっかけ。すごいところがあるんだなと。
僕みたいなまちづくりを学んでいる人間からすると、真鶴は憧れのまちなんです」

その後、知人のつながりで真鶴からも塩屋に訪れている人がいることを知り、
「あ、向こうからも注目してもらえてるんや」と親近感をもったそう。

「昨日ね、美の基準をつくった三木邦之元町長さんがここに来られて、
お話できたんです。塩屋でもまちづくりガイドラインをつくろうとしているのですが、
つくるうえで、生の声を聞くことができて本当によかったです。
深く響くものがありました」

古民家宿 LOOF vol.2 経験ゼロの古民家改修。 遊んで学べる、 宿づくりアカデミー始動

古民家宿 LOOF vol.2

山梨県笛吹市芦川町で、
古民一棟貸し宿LOOF澤之家・坂之家という2棟の宿を経営しています。
vol.1では、どうして私が芦川町で古民家の宿を始めようと思ったのか。
全国の宿や、古民家プロジェクトなどを見学に行き、地元の方の理解を得て、
実際に古民家を借りるところまでを書きました。今回は、いよいよ古民家に手を入れます。

改修方針を決めるマーケティングリサーチ

築100年の古民家を改修するにあたって、
改修する前にいろいろ勉強に見学に行ったところでわかったことは、
やはり古民家の改修にはお金がかかるということ。
何千万、何億の費用がかかるということがわかりました。

クオリティは高いものをつくりあげたいけど、費用を下げたい。
そこで、「プロ×セルフDIYでイニシャルコストを徹底的に抑える」方法を考えました。
完全にプロに任せては費用がかかってしまうので、
私も実際に作業に加わることにし、さらに手伝ってくれるボランティアの人を集めようと。

ただ単純にボランティアで手伝ってもらうのでは、参加してくれた方は楽しくない。
ボランティアの方にも意味のあるものにするためには、どうしたらいいか。
考えたのが、「宿づくりアカデミー」です。

建築の勉強をしているけど、実際の作業をあまりできていない建築学科の学生さん、
古民家に興味のある方、宿に興味のある方が、ただ手伝うだけでなく、
その方にもプラスになるようにプロに学びながら古民家の宿を実際につくり上げていきます。

今回、プロフェッショナルの先生としてお願いしたのが、
一級建築士の斎藤 透さんと、山梨県古民家再生協会に所属している大工さんの市田 仁さん。
アカデミーの内容は、部活動のようなかたちにし、3つのチーム分けを行いました。

1、マーケティング企画部

2、設計・デザイン部

3、建築・ものづくり部

マーケティング・企画部はまず、「コンセプトメイキング」。
宿企画の軸となる部分。“誰に何を売るのか?”を明確にします。
3C分析として、Customer(顧客)Company、(自社)、Competitor(競合)の分析。
SWOT分析として、Strengths (強み)、Weaknesses (弱み)、Opportunities (機会)、
Threats (脅威)の分析。
5P戦略として、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、
Promotion(プロモーション)など基本的なフレームワークを基に、
コンセプトを明確にし、具体的なところまで落とし込んでいくことを考える。
そして企画・販売戦略立案として、コンセプトが決まり、それに沿った内装が決まった後に、
今度はそれをいくらで、どのようにして、
認知してもらい商品を買ってもらうかを明確にします。

次に、設計・デザイン部。
現地調査・図面おこしを建築士の斎藤さんと行い、
古民家の現状調査をはじめ、まずは図面におこし、
問題点・修正箇所を明確にしていきます。
その後、コンセプトから具体的になった内装イメージを基に、
完成図面をおこし、空間スケッチを作成し、施工業者に見積もりを依頼します。

最後に建築・ものづくり部。
ここは実際に手を動かす作業。まずは、古民家内にある荷物のゴミなどをまとめ、
使用するもの・捨てるものに区別し整理整頓をします。
その後、解体作業が始まります。変更やつくり直しが決まったところに関しては、解体し、
使える資材などをまとめていきます。整理整頓が終わったら、古民家の改修。
実際に大工の市田さんと一緒に改修するとともに、
古材を使用しながらインテリアを作成していきます。

宿づくりアカデミー始動

最初に始まったのは、2014年2月に始まった、マーケティング・企画部。
このチームは単発の参加ではなく、しっかりコミットできる人員である必要があり、
さらに外部からの視点・内部からの視点の両軸が必要でした。
内部の視点として、芦川育ちの私と、山梨出身の友人、
プランナーの宮川しおりさんに協力してもらい、
外部の視点として、東京で出会った友人の丸谷篤史さんと関口照輝さん、
本間めぐみさんに協力してもらい、
ニーズ・シーズ目線からコンセプトをつくり上げていくことに。
それぞれ「自分を知ろうチーム」と「外部を知ろうチーム」に分かれ、
まずは情報を集めていきます。