地元の人にこよなく愛される酒場はまちの宝もの。
ローカル色豊かなおいしいおつまみや、ご主人とお客さんの雰囲気、店の佇まいなど、
思い出すと心がほんのり温かくなるような店を
“酒場LOVE”な案内人の方々に教えてもらいました。
旅先のソトノミガイドとしてもご活用ください。
ハイカラでモダンな繁華街から、日本を代表する魅力的なまちに発展した銀座。
東京オリンピックを2年後に控えたいま、
華やかなランドマークが次々と誕生し、新旧の個性的な店が通りに連なる光景も健在。
銀座で商うことに誇りを持つ店主がいる小さな名店を探して歩くのも、
本物が集まるまちならではの楽しみです。

夜の銀座四丁目交差点。メインストリートの銀座通りは“銀座ルール”でビルの高さを最高56メートル(13階程度)に制限。“銀ぶら”は広い空の下が似合うと、地元の要望で決められたそうです。町内会や商店会活動が活発で、まちのことはみんなで話し合って決める。ローカルな人のつながりが濃いのもまた“銀座らしさ”です。
今回の案内人、泉二(もとじ)啓太さんは銀座育ち。
革新的な試みで知られる呉服屋〈銀座もとじ〉の2代目です。
着物をつくる過程をお客さまに知っていただくために、
蚕(かいこ)の飼育を餌やりから体験してもらったり、
大島紬の織り手を雇い、店内に織り機を設置するなど、
着物という伝統的なものづくりをつなぐために、
父親で社長の弘明さんとさまざまなチャレンジをしています。
「銀座育ちと言っても、学校が終わると親がいるお店に戻るだけ。
普通の商店街の子どもと同じでしょうね。
校庭でサッカーができないのは不満でしたが、
銀座が特別なまちだとは当時は思ってもみませんでした」
幼い頃の思い出話をしながら、
綿薩摩の粋な姿で啓太さんが向かったのは銀座一丁目。
ローカルの気さくな社交場として愛される、創業昭和28年の〈銀座升本〉です。
ここは町内会の先輩方と鉢合わせすることも多く、
しかも今夜は父親の弘明さんが合流予定。
「ちょっと緊張しますね」と、シンプルな暖簾をくぐりました。

案内された2階は、まさに昭和の正統派居酒屋の佇まい。
壁には会津漆で塗られた手書きのメニュー板がずらりと並び、
並木通りの街路樹を眺めつつ飲めるカウンター席もあり、
どこを見ても隅々まできっちり清潔で、築43年の建物とは思えません。

升本3代目の三保谷(みほや)建介さん。テキパキと動く働き者。手書きの注文票も味があります。
この2階を仕切るのが、升本3代目の三保谷(みほや)建介さん。
啓太さんと同じ銀座の泰明小学校出身の先輩で、
銀座の町内会活動を通じて親しくなったそうです。
ふたりが挨拶していると、弘明さんが到着。
365日着物姿だというだけに、渋い江戸小紋がとてもお似合いです。

泉二弘明さん(左)と啓太さん(右)。日本初の男性和装専門店を銀座に開いた父と、着物をファッションとして提案したいという息子は、仕事の良き同志です。
ところが、父と息子だけで酒場に行くのはきょうが初めて。
家族揃ってのソトノミだと大丈夫なのに、
ふたり差し向かいだと何を話せばいいのかわからなくなるとか。
父の弘明さんは〈銀座升本〉初来店。
そこでとりあえずいつもの日本酒と料理を啓太さんがオーダー。
大好物のしめさばが登場した時点でまずは乾杯です。

「うん、このしめさばはうまい。いい仕事をされているね。
それに料理が全部500円前後じゃないですか。
これなら、仕事帰りにちょっと1杯飲むのにもってこいだね」
と弘明さんは上機嫌。その顔を見て、啓太さんも少しホッとした様子です。
「それに昭和のいい雰囲気が守られているね。
この店に来たのは初めてだけれど、本当に落ち着けていい感じ。
そういえば、私が最初に貸し机をひとつ借りて独立したのは、
39年前の並木通りだよ。このすぐ近所、懐かしいね。
銀座の人は助け合いの精神があるから、私も随分助けてもらった。
独立するなら憧れのまち、銀座にしようと決意しながら、
奄美大島から上京した頃の自分を久しぶりに思い出しました」と、
弘明さんは早くもこの店を気に入ったようです。

ちょうど良い塩梅に締められたしめさば。創業当時からあるメニューで、甘さ控えめな東京風の味わい。「ここは何を食べてもおいしいので、いつも頼みすぎないように気をつけますが、これだけは欠かせません」(啓太さん)600円

「おっと! こぼれるこぼれる……!」なみなみ注がれた日本酒に舌鼓を打つふたり。