萩の素材を散りばめ、 地元の職人さんと一緒につくった ゲストハウス「ruco」 medicala vol.2

medicala vol.2
素材選びから、オーナー、職人とともにつくりあげた空間

前回は東京の蔵前のホステルNui.について書きました。
今回は、山口県萩市につくったゲストハウスrucoの話をしようと思います。

Nui.をつくってからは、Nui.で棟梁を務めてくれたナベさん率いる、
大工チーム渡部屋と、東京は茗荷谷のcafe & bar totoru
愛知県豊田市の手打ち蕎麦くくりをつくりました。

totoruの店内。

くくりの店内。

3つの現場を渡部屋とつくることで、
それまで「施工」のことをほとんど知らなかったんだなと実感しました。
逆に言うと、本当にたくさんのことを学びました。
大きなところでは大工の世界のこと、左官のこと。

例えば、
2本の角材を直角につなぎ合わせる部分を意味する「トメ」や、
木材の一番上の面のことを意味する「ツラ」などの、
大工が使う専門用語の意味がわかると、
職人や業者との会話が成り立ちやすく、スムーズに話が進みます
また、製材所で木目を見ただけでその木の種類が判断できたりすると、
若いからといって舐められることも少なくなるかな……と思います。

木材の仕上げ方もいろいろあります。
ヤスリをかけて綺麗にするだけ、
それにオイルを塗る、ウレタンを塗る、ペンキ塗る、傷をつける、
焼く、焼いてブラシで磨く、粗い表情を残すなどなど。
どの材料にどういう加工を施すか、
それがどこに使われるのか(水場か? 人が触るか? など)、
そういったことを考えながらひとつひとつ仕上げ方を決定して、
わからなかったら相談したりお任せしたり。
ちょっとずつ学んでいきました。

totoruでカウンター材の仕上げ。

そして、左官もそれぞれの現場で
職人さんが新しい技をどんどん出してくれていたので、
たくさん見ることができました。
材料は土、セメント、漆喰系、石膏系。
仕上げ方は普通にコテで塗ることから、
搔き落とし、版築、ひきずり、磨きなど。
少しざらざらさせたり、ぴかぴかにしたり、
混ぜた小石を表に出すようにしたり……技法と材料で表情がぐんと変わります。
それぞれの素材の特徴のこと、
下地によって変わる配合のことや混ぜ方のことを、
お手伝いしながら観察しながら、時には質問もしながら、勉強しました。

手伝いにきてくれたみんなと左官の磨き作業の様子。

Nui.、totoru、くくりの3現場では大工さんが同じでも、
みんな同じ技を使うことが少なかったことも学べることが多かった要因です。

さて、そうやって渡部屋と一緒に仕事をすることで培った経験をベースに
初めての地方都市で、
初めて渡部屋以外の大工さんとつくったのが
山口県の萩市にあるゲストハウス rucoです。
今回はそんなゲストハウスruco.のご紹介。

ゲストハウスrucoを僕が手がけるきっかけをくれたシオくん。

rucoのオーナーのひとり、萩市出身の塩満直弘さん(以下シオくん)。

僕と同い年で、僕も彼も東京で仕事をしていた当時、
東京のゲストハウスtoco.で出会いました。
2011年、当時の僕はまだNui.も手がけていないし、
店舗の実績もない、ましてや僕のデザインを
ひとつもまともに見たことがない状況で、シオ君は初対面の僕に、
「将来、地元の萩市に帰ってゲストハウスをつくりたいから、そこのデザインをしてほしい」
と依頼してくれました。

実績もない僕に依頼してくれたのが本当に嬉しくて、
“それまでに期待に応えられるようにレベルアップしよう!”
と心に誓ったのを覚えています。
シオくんはその後すぐに萩にUターン。萩でのベースをつくるために、
バーの居抜き物件を借りて、「coen」というバーの運営を、
ゲストハウス開業の第一歩として始めました。

それから2年後、Nui.やtotoru、くくりを経てレベルアップした後に
タイミングよく萩市で物件を見つけたシオ君から連絡をもらって、
2013年6月に萩市に入り工事を開始します。

今回、改装することになった物件。

物件は萩市のバスセンターから
徒歩1分という好立地にある鉄骨4階建てのビル。
1階と2階が元楽器屋さん、3階と4階が住居スペースだったのですが、
しばらく空き家になっていたビルです。

空きビルのなかはこんな感じです。

前述のシオくんが運営していたバーcoenはここから徒歩5分のところ。
お酒を飲みたい人の受け皿にはcoenがあるので、
ゲストハウスにはのんびりしてもらえる空間をつくろう、ということで

1階と2階をゆっくりできる簡単なカフェ&バー、
3階と4階をゲストハウスにすることにしました。

そして、今回の施工チームはこちら。

右から大工のマコさん、オーナーのひとり、シオくん、家具職人のチューゲンさん、オーナーのひとり、アッキー。

改装前にみんなで建物をチェック。写真真ん中の青いチェックのシャツの男性は、左官屋さんの福田さん。

大工さんは入江 真さん(通称マコさん)。
山口県の大工さんで、シオくんが依頼してくれました。
若いけどしっかり修業していたので腕は確か。
センスもある優しい大工さんです。

萩市の家具職人の中原忠弦さん(通称チュウゲンさん)は、
ずっと萩市で活動している職人さん。
木・革・鉄を扱えて実家である製材所に家具工房を併設しています。
優しくて謙虚でいろんなことでお世話になりました。

マコさんが連れてきてくれた萩の隣町を拠点にしている、
左官屋さんの福田靖さん。
現場が終わったあとに、左官業界では有名な人だったと知りました。
現場に入るときも打ち合わせのときも、
いつもパリっとシャツを着ていて格好いいです。
最近扱う人が減った、土や漆喰なども
きちんと扱える信頼できる左官屋さんです。

この職人メンバーに加え、rucoオーナー全員が毎日工事に参加してくれました。

オーナー陣は、
シオくんに加え、秋本崇仁さん(通称アッキー)と原田 敦さん(通称アッくん)。
ちなみに、アッくんはruco立ち上げのために
東京から萩へUターンしてきてくれました。
アッくんは工事後半からの参加になりましたが、
みんな朝から晩まで、毎日工事に参加してくれました。

電気・ガス・水道・空調・防災工事は地元の業者さんにお願いしました。

以上のように、僕以外は萩周辺で集まった「地元の職人さん」でrucoの工事は始まりました。

今回は、僕にとって初めての「土地感がないところでゲストハウスをつくる」
というプロジェクトでした。
「どういうゲストハウスにするかを考える」こと、
「どういう素材を集めるか」ということを大切に進めました。

萩市の夜景(完成したrucoの4階より撮影)。

どういうゲストハウスにするかを考える

萩というまちを案内してもらい話を聞きながら、
「萩というまちにはどういうゲストハウスが必要か?」
という部分をシオくんと一緒に考えていきました。

正直僕はシオくんに会うまで
「萩」というまちを知りませんでした
(恥ずかしい話、歴史も詳しくないですし)。
きっと僕みたいな人って日本にいっぱいいると思います。

現在萩で観光資源として代表的に謳われているものは、
「萩焼、歴史、綺麗な海、おいしい魚、萩野菜」です。
これらはすごくいいものです。
でも、客観的に見たとき「これらを目的に人は来るだろうか?」という疑問が残ります。
焼物だって日本中にいろんな種類のすばらしいものがあります。
歴史あるまちだって京都、倉敷、奈良、鎌倉、宮島などたくさんあります。
海がきれいで魚がおいしいまちも日本にはたくさんあります。
もちろん上記に並べた以外に萩に来たいという理由を持った人はいるけど、
そこまで理由を持っている人は、こっちが何か仕掛けなくても萩に来てくれると思います。

いままで萩に興味を持たなかった人が萩に来たくなるように、
そして萩の魅力を知ってもらうために……。

今回のrucoの素材をたくさん焼いていただいた、萩焼の窯元「大屋窯」へ訪ねたときのひとこま。

そのために、僕は
『rucoが旅の目的になる』
というところを目指しました。
萩に来るからゲストハウスに泊まるんじゃなくて、
まずはrucoに来たくて来る、
それをきっかけに萩を知る。

そのために「かっこいい宿をつくること」を目指すのではなく、
かっこいいことはもちろん、
宿を構成するものひとつひとつに意味があって、
オーナーや関わってくれた人への萩への愛で溢れていることが、
来てくれた人に伝わって、萩にまた来たくなるような空間。
訪れた人がなんとなくわかる「普通じゃない」感じ。
そんな空間を目指します。

どういう素材を集めるか

空間を萩への愛で満たすためには「何をどう使うか?」が大事です。
逆に考えると、どこにでもある材料を適当に使って、
ただかっこよく仕上げただけの空間では
どこにでもある場所になってしまいます。

どういう素材を選び、何をつくるのか?
それらをどういう風に、空間に取り入れるのか?
そこをどれだけ考えて落とし込めたかで、
素材にもたせられる意味が変わってきます。

工事に入り前に、萩で、もの集めと素材集めから。
ここでシオくんが地元に戻ってから
つくってきたつながりを全力で生かしていきます。

まず、宿のなかで使うものを、できるだけ萩の作家さんたちにつくってもらいたい!
ということで、

1.萩焼の窯元「大屋窯」
2.地元で大漁旗などを染めている染め物屋「岩川旗店」
3.前述した家具職人のチュウゲンさんの「中原木材工業」

に協力していただきました。

まず、大屋窯に制作をお願いしたものは、
オリジナルの磁器のランプシェード、オリジナルの磁器の洗面ボウル、
オリジナルの磁器と陶器のタイルの3つ。それぞれ紹介していきます。

ランプシェードは、大屋窯の職人さん指導のもと、
rucoの3人のオーナーと僕の4人でひとつずつ
それぞれ好きなデザインを考えて、それぞれの手を使って制作しました。
つくった人の個性が見事に反映されていて、それがまたすごく面白い。

ランプシェードの制作風景(※大屋窯は普段陶芸体験などは行っていません)。

オリジナルの洗面ボウルはサイズを伝え、釉薬の相談をして制作をお任せしました。
大きな洗面ボウルは初の試みで、排水金具取り付け部分の加工など難しい内容でしたが
なんとかオープンにギリギリ間に合いました!

洗面ボウル。

タイルを陶器と磁器でそれぞれ依頼したのは、
古くから「萩焼」で知られる、焼きもののまちだけど、
普通に生活している人や旅行者は
そもそも「陶器と磁器の違いってわかるのかな?」という素朴な疑問から。
だから陶器と磁器のタイルが並ぶようにデザインしました。

陶器のタイル。

磁器のタイル。

次に岩川旗店さんには、
ドミトリーのベッドのカーテンのデザインと染めを依頼しました。
そこで実際に担当してくれたのは、
跡取り息子で当時若干25歳だった岩川大空(そら)君。
当時の大空くんは、まだまだデザインや染めは勉強中でした。
仕事として一からデザインを起こせる機会というのは、
萩という小さなまちにいるとなかなかないもの。だからこそ、
「この仕事を、大空くんの最初の仕事としてデザインから加工まで依頼したい」
そう思いました。
シオくんと僕の気持ちを受け取って、
苦戦しながらも素敵なカーテンを制作してくれました。

染めの作業をしているところ。

染め上がったカーテン!

最後に中原木材工業のチュウゲンさんには、
1階の手洗いのオリジナルのベース(脚)と
ハイテーブル用のスツールの制作をお願いしました。

チュウゲンさんにはほかでもものすごくお世話になって、
例えば2階の床材を製材する時に工房を借りたり、
1階の壁に使う木材を製材する時に製材所を借りたり
1階と2階のテーブルを制作する時に助けてもらったり……

チュウゲンさん制作の洗面台。ボウルは大屋窯。

チュウゲンさんの工房を借りての作業風景。

こうやって、萩の職人さん・作家さんの全面的な協力をいただいて、
rucoのピースは集まっていきました。
こういう動き方ができたのも
シオくんが時間をかけて地元の人たちとの信頼を築いてきたからだと思います。

次は『素材』です。
1階と2階のカフェ&バースペースには
本当にたくさんの想いのつまった素材が使われています。

1階と2階の床材は、「パレット」という、
フォークリフトの荷役台に使われていた木材を使用しました。
このパレット、実は施工期間中に事情により廃業してしまった
萩市の酒屋さんが使っていたものを譲っていただきました。
通常だと単なるゴミになってしまう木材ですが、
その酒屋さんの記憶をrucoにつなぐために、
床材として再利用しました。
何よりも古材が持つ独特の風合いも魅力的です。
残っていた50台ほどのパレットを全て譲ってもらい、
チュウゲンさんの工房に運びました。

酒屋からパレットを運び出すところ。

パッレットを切り分ける。

実はこの床材、700枚ほどを全て長さと幅を揃えるために手作業で加工しました。
この作業だけで2週間ほどかかりました。
二度とやりたくないほど大変だった記憶が……。

みんなで、ヘリンボーン貼りしているところ。

バーカウンターには、イチョウの木を使いました。
しかし、これはただのイチョウの木ではありません。
なんと、coen.で使われているカウンターと同じで、
元々は同じ1本の木だった木材。こういう木は俗に「親子」と呼ばれます。
coen.の内装ができたのはかなり前の話ですが、
それでも当時買ったのと同じイチョウが、
たまたま萩の製材所に残っていることが判明して
「このイチョウの木以外考えられない」
という話になり、即決。

カウンターを製材している様子。

カウンター材を搬入し、お清め。

製材して反りを調整してもらい、
搬入して飛騨の友人からいただいた日本酒でお清めをしました。
設置して丁寧にヤスリをかけてオイルを塗って完成です。

カウンター設置!

萩の自然の色やかたちを生かした、ふたつのシンボル

楽器店時代の「防音室」として使われていた部屋を
rucoの印象的なスペースのひとつとするために、
ツリーハウスっぽく仕上げるデザインにしました。

施工前はこのような空間でした。

ツリーハウスを下から支える木は、
オーナーのひとりである、アッキーの萩の知り合いの方の山から
大きさや枝振りが良さそうな1本を選んで伐採。
少し乾燥させた後、設置しました。

伐採のときの様子。

流木を下地として、部屋のまわりにつなぎあわせていく。

左官で仕上げ。

凸凹している壁の下地材は萩の海で拾い集めた流木です。
軽トラ2杯分もの流木をオーナーたちが集めて、
それを使って大工のマコさんが下地を組みました。

ツリーハウス完成! 中央の部屋は、スタッフの宿直室に。

全ての曲線は流木の曲線ということで、
このツリーハウスには人為的な曲線がほとんどなく
絶妙なバランスのツリーハウスが完成しました。

萩でつくられたり、拾ってきたりしたたくさんのピースを埋めこんでつくった階段の壁。

そしてこちらは、1階と2階をつなぐ階段の大きな壁。
rucoの1階と2階は吹き抜けはあるもの
空間の連続性が薄かったので、
ここの壁で空間の一体感を持たせました。

チェックインを済ませ、お部屋へと向かう時にのぼるこの階段。
ゲストは階段を上がりながら、
さまざまな萩の素材のパッチワークを楽しく見ることができます。
この壁に埋め込まれた『萩』の要素は10種類以上。

大屋窯の陶器と磁器のタイル、
岩川旗店の端切れのパッチワーク、
質の高いことで評判の萩ガラス、
萩の名産の夏みかんと椿の葉、
最初に解体した時に出た廃材、
萩焼の窯をイメージしたレンガ、
地元の竹、
萩の夜の沖に浮かぶイカ釣り漁船の廃電球、
割れた萩焼、
地元の海岸、菊が浜の貝殻、
山口の地酒の瓶に拾ってきた同じく菊ヶ浜の砂を詰めたもの、

ひとつひとつを探して集めました。
かっこよさのためだけではなくて、
萩のどこにあったものなのかを説明することでrucoを訪れる人に
萩のことを少し知ってもらえるような、
そんなデザインの壁に仕上げました。

今回も手伝いにたくさんの人が来てくれました。
rucoもNui.の時と同様、本当にたくさんの人が手伝いに来てくれました。
萩の人はもちろん、大阪や東京から、
または近くのゲストハウスから工事の噂を聞きつけてきた大学生などなど。

みんなとの記念写真と作業風景。

ruco.の工事を通じて知り合った美容師さん。後に独立して萩に美容院を開くことになりますが、その話は後日詳しく。

手伝いにきてくれる人がいるから、できるデザインがありました。
一番大変だったのは手すりに革を巻いたこと。
20cm幅の革をたくさん縫いつなげて、
それを手すりにぐるっと巻いて縫いあげました。
延々と続く地味でしんどい体勢での作業でしたが、
東京のゲストハウス「レトロメトロバックパッカーズ」のオーナーであり、
友人の山崎早苗さんが2泊3日で東京から来て、
夜なべして仕上げていってくれました。
rucoに来ると必ず触る場所のひとつです。

革巻きはこんなかんじで。

こうしてrucoはオーナーたちの夢と、
関わってくれたたくさんの人の想いと、
萩へのたくさんの愛情で、
萩にしかない、シオくんたちとしかつくれない空間ができました。

初めての地方都市での物件で
初めて渡部屋以外の人との空間づくりを経験することができて、
もの凄く大変だった分、一段と経験値が増えてレベルアップできた仕事でした。

information


map

ruco

住所:山口県萩市唐樋町92
TEL:0838-21-7435
http://guesthouse-ruco.com/

博多に未来がやってきた! チームラボ、 光のクリスマスツリー 「キャナルみらいクリスマス」

ふと気がつけばもうすぐクリスマス..!!
福岡県福岡市の「キャナルシティ博多」に、
「チームラボ」プロデュースの
立体的な光のツリー「クリスタルツリー2014」が登場しました!

このツリー、スマートフォンなどの端末から自由にデコレーションしたり、
館内設置のタッチパネルを使って立体的に動かすことができたりと、
鑑賞者も参加できるインタラクティブなクリスマスツリーなんです。
その中身は、約6.5万個のフルカラーLEDチップを配置した、
四角柱の「インタラクティブ4Dビジョン」。
デコレーションでいっぱいになると、ツリーになにかが起こるという仕掛けも。
ツリーの下には、色が変化するLEDボールで装飾されたもみの木も登場します。

毎年趣向を凝らしているキャナルシティ博多のクリスマス。
2014年のクリスマスのテーマは「みらい」だけに、
「キャナルみらいクリスマス」として、
プロジェクションマッピング「ミュージカルライトブック」など、
いろいろ未来的なイベントが開催されます。
12月25日(木)までの期間中は、このツリーが音楽に合わせてさまざまな
オブジェを映し出し光り輝くイルミネーションショーを毎日開催!
ショーの楽曲を手がけるのは、Perfumeも手がける中田ヤスタカさんの
ユニット「CAPSULE(カプセル)」です!
詳しい時間などは、「キャナルみらいクリスマス」Webサイトにて。

キャナルみらいクリスマス

改修中のイベント、 クラウドファンディング。 それぞれが発信力のベースに! HAGISO vol.3

HAGISO vol.3
改修中の空間をお客さんと共有すること

みなさんこんにちは!
vol.1vol.2に続き、東京谷中の最小文化複合施設「HAGISO」について書いていきます。

木造アパート「萩荘」解体危機からのまさかの逆転、
海外滞在での経験をもとに新しい施設としてのHAGISOを構想し、
改修工事が行われるまでの流れをご紹介してきました。

塗装工事を残し、HAGISOの内部空間がある程度できてきたところで、
工事中にイベントをいくつか行いました。
改装中の現場ならではのライブ感だけがつくり得る体験が
あるのではないかと思ったことと、工事に一般の方を巻き込んだのと同様、
プロセスをできるだけ多くの人と共有したいと思ったためです。

仮囲いのかかった状態の萩荘。

1つ目の企画は、
身体パフォーマンス「描くとは、触れるに近く 踊るとは、今くり返される呼吸」です。
HAGISOの運営にも関わっているpinpin coと、
ダンサーの板垣あすか、暁月によるパフォーマンスでした。
冬の夕暮れから夜にかけて、緊張感のある空間(寒さのせいもありますがw)で
多くの方が鑑賞しました。
映像と身体パフォーマンスとライブドローイングが一体となった作品で、
かたちづくられていく空間を身体で確かめていくようでした。

映像による演出。

仮囲いのかかった建物に入っていくと、工事用の材木を積んだ客席があり、
まだ塗装されていない壁の墨付け跡をダンサーが手でなぞりながら舞台が始まります。
床板を張る前の2階で足音をたて、
建物を楽器のように扱った演出なども試みられました。

3人のパフォーマーによる舞台。

ギャラリー部分を舞台に

ふたつ目の企画は、海外留学している日本人建築学生による成果展、
Japanese Junction」です。
吹き抜けや階段、HAGISOの空間すべてを使って、約20組の展示が行われました。
豪華ゲストを招いた公開講評会も行われ、100名以上(!)の聴講がありました。
実際に会場で毎日出展者の方と来場者を待っていると、
近所のマラソン帰りのおじさんが毎日通ってくれて一緒に話をしたり、
近所の方と大雪の日に雪かきをしたり、
HAGISOオープン前ながら、出展者とHAGISOと地域と不思議な連帯感が生まれます。
今でもたびたびHAGISOを訪れてくれる彼らとこのような時間を過ごせたのは貴重でした。

「Japanese Junction」のポスター。

「 Kinetic Tensegrity Roof – The Roof of Modality」SHARISHARISHARI

階段室を利用した展示/武藤 夏香

公開講評会の様子。

工事期間にこのようなイベントを挟むことで、
当然工期は延びてしまうし、工務店さんにも気を遣わせてしまうのですが、
大家さんのご理解もあって、
プロセスを大切にする私たちのメッセージを表現することができたと思います。

資金面だけじゃない、クラウドファウンディングの面白さ

また、「プロセスを共有し仲間を増やす」ためのもうひとつの試みとして、
クラウドファンディング「CAMPFIRE」を利用しました。
「クラウドファンディング」とは、
インターネットを通してクリエイターや起業家が
不特定多数の人から少額多数の資金を募ることです。
日本において先駆的にサービスを開始していたのがCAMPFIREでした。
僕らに先駆けて場所のプロデュースではco-ba shibuya(コーバ 渋谷)
CAMPFIREを用いて成功しており、
運営会社である株式会社ツクルバの中村真広くんに相談していました。
彼には、ティザーサイトやクラウドファンディングを用いた、
場を完成させるまでのプロジェクトの育て方を教わりました。
CAMPFIREだけを用いて改修費用全体をまかなうのは、金額的に難しいと考えましたが、
より多様な活動をするために、
映像・音響設備を購入するための費用として出資を募りました。
結果、なんとか目標額に達することができたわけですが、
クラウドファンディングの意義は金額だけでなく、
むしろ出資者との交流のほうにこそあると思います。
オープンに先立ち関係者のみを集めたプレオープンパーティーでの出会いや、
普段の活動を口コミで広げてくれる彼らの支えによって、
HAGISOの発信力のベースが築かれました。
出資をきっかけに家族ぐるみでHAGISOに訪れてくれる出資者の方もいらっしゃいます。
このような縁でHAGISOのスタートに参加してくれた出資者のみなさんとは、
今後も長く付き合っていければと思っています。

CAMPFIREでのパトロン(出資者)募集。

HAGISOの基盤になった「カフェ」運営のコンセプトづくり

さて、その後消防検査、保健所の検査と無事にクリアし、
ハードの準備は着々と進んできていたのですが、
肝心のカフェの開業にてこずっていました。
なにせ僕は設計やデザインしかやってこなかった人間で、
飲食店での経験といえば高校生の時の焼肉屋のアルバイトのみ。
ましてや経営となると全くの素人でした(今もですが)。
それでもカフェがHAGISOに必要であると感じたのは、
飲む、食べる、話すという行為は
いかなる属性や趣味も越えて共通の楽しみであるからです。
だからこそ、HAGISOの活動の基礎はカフェでなくてはなりませんでした。

テナントとしてカフェを誘致するという方法もあったかもしれませんが、
自ら経営することで、ギャラリーでのイベントや展示の内容とリンクさせ、
カフェとしての場の使い方を更新することができるのではないかと思いました。

とにかく一緒にお店をつくってくれる店長さんを探さなければなりません。
しかしまだ見ぬカフェの募集に
本当に応募してくれる人なんているのだろうかと不安でした。
お金もないので、基本的にFacebookとTwitter、さらにカフェ情報サイトさんで呼びかけ、
ご応募下さったかたとは寒空の工事現場という厳しい状況での面接。
なぜか多くの方にご応募いただき、
なんとか「この人は」という方と出会うことができました。
ところがこの方も飲食店での経験のない方だったのです!
それにもかかわらず、僕らは彼女が
HAGISOのCAFEに立っている姿がピンときてしまったのです。
今考えてみても、この選択は間違いではなかったと思えます。
一緒に試行錯誤しながらの準備、決して効率は良くはないのですが、
HAGISOがどうあるべきかを一歩一歩確認しながらお店づくりをすることができました。

メニュー構成はどうするのか、材料はどこから仕入れるのか、
価格はどうするのか……など基本的なことから決めていかなければなりません。
たとえばコーヒーの淹れ方ひとつとってみても、
エスプレッソマシンで大きな音を立てながら鮮やかに素早くコーヒーを提供するのか、
じっくり静かな環境でハンドドリップで提供するのか。
細かいことに思えるこれらのことが、
実はカフェの雰囲気や業態を大きく左右するということにこの時初めて気が付きました。

最終的に私たちがよりどころにしたのは「場から発想する」ということでした。
マーケティングなどを用いた飲食店のコンセプトづくりは、
ターゲットの年齢層を定めて、そのターゲットが好むメニューを決め、
それに合った趣向や内装にする、といった流れが通常かと思いますが、
私たちはそれとは逆の順番、HAGISOの場と、
ここに現れてほしい空気感からメニューや家具を決定し、
それを受け入れてくれる人をお客様としてお招きすることを選びました。
それによって、年齢層や特定の趣向に偏らない、
HAGISOの場としての価値を感じてくれるお客さま
にいらしていただけるようになったと思います。

コーヒーの淹れ方、豆の種類の検討中。

既存の構造を生かした改修

萩荘は典型的な中廊下型の共同住宅でした。
その構造的な形式を守り、中廊下を中心に入って右手に真っ白なギャラリー、
左手には既存の木材を見せたカフェを配置しています。

カフェの客席よりキッチン、ギャラリーを見る。

ギャラリー部分はもともとの部屋を縦横につなぎ、吹き抜けの空間としました。
天井高は高いところで7m、空間の真ん中に柱と梁が横切っています。
空間を分断してしまうこのような要素は邪魔になると思われがちですが、
かえってこの場所の特徴を際立たせ、使う人の想像力をかきたてると思いました。
吹抜けにはバルコニーを設けたことで、高い位置からも作品を見ることができ、
ギャラリーでコンサートなどを行うときには天井桟敷席として使えるようになっています。

ギャラリー吹き抜けを見上げる。

カフェの壁には「木毛セメント板」という、
木の屑をセメントで固着させたものを裏表にして使用しています。
防音性や断熱性に期待しながら、他の木部との調和を図っています。
雨戸の骨組みでカウンターの棚をつくったり、下駄箱で本棚をつくったりと、
各所に元の部材を再利用しています。
照明やローテーブルなどは、元萩荘の住人の仲間につくってもらいました。

カフェの風景 / Photo by Kazuo Yoshida

HAGI ROOM(レンタルスペース)。

2階の美容室やオフィス部分は、ほぼアパート時の設えを残しています。
壁面の塗装や床材だけ改修しただけで、元の雰囲気をガラっと変えることができます。

2階美容室。HAGISO唯一のテナント。予約制。

2階、アーティストのアトリエスペース。

2階に構えた、HAGI STUDIO事務所。

ハギエンナーレ、ふたたび!

オープニングパーティーの様子。フラッシュモブなどが行われ、会場を盛り上げました。

こうしてさまざまなプロセスを経つつ、2012年のハギエンナーレからちょうど1年後、
なんとかオープン日である2013年3月9日にこぎつけました。
ハギエンナーレという展示をきっかけに生まれ変わることになったHAGISOは、
やはり最初の展示もハギエンナーレ2013でした。
前回の展示に増して参加アーティストは約30名。
この展示には、「Third life」という副題をつけました。
展示を記念した本にそのステイトメントを載せていますので、
そちらを引用したいと思います。

「Third life」
HAGISOは、1955年の竣工より賃貸住宅として使われた時期を「第一期」、
2007-2012年までのシェアハウスとしての時期を「第二期」と考えますと、
2013年、HAGISOとしての今後を「第三期」、「第三の人生」と位置付けることができます。
―中略―
有り得べくもなかった「第三の人生」を歩みはじめてしまったHAGISOにおいて、
どのような余生が送られるのか、今後のHAGISOの活動も含めてご期待ください。

「窓の向こう側」野口一将

「雲を眺めて古きを落とす」林千歩

「reading time」三浦かおり

「壁を塗る(キッチン)」太湯雅晴

「Untitled」ARUGAA Shingo

「ミノムシに女の子の洋服の生地でミノをつくってもらう」AKI INOMATA

「クワッド」のメロドラマによる解体」野中浩一

手前:「graftwork」林祐輔
奥:「彼女のことをはなしている、彼女のことばで」遠藤麻衣

こうしてはじまった「最小文化複合施設」HAGISO。
次回は、オープンからこれまでHAGISOで行われた展示やイベントを通して、
どのように最小文化複合施設なのか、ご紹介したいと思っています!
お楽しみに!!

information


map

HAGISO

住所:東京都台東区谷中3-10-25
TEL:03-5832-9808
営業時間:カフェ12:00〜21:00 (L.O. 20:30)
http://hagiso.jp/

元スーパーマーケット +集合住宅を 自由に遊ぶ、DIY空間! HAPS vol.3

HAPS vol.3
テナントビルが、それぞれのクリエイティブ空間へ

京都市北区紫竹。少し北上すると上賀茂神社にも近い、静かな住宅街。
その一角、久我神社の森を背景に、
築50年を数える2階建ての「ふじセンター」が佇んでいます。
建物に一歩足を踏み入れると、
シャッターが半分降りている外観からは
想像もつかない予想外の面白い空間が広がっています。
ここでは現在、鶏肉店、鞄工房、HAPSのマッチングした
アーティストのスタジオなどの活動があり、居住者もいます。
1階、庭、屋上などの空間を生かし、
時にはライブや季節ごとのイベントが繰り広げられ、
また近所の人々が立ち寄ってはおしゃべりをしていくような場になっています。

1階の共用キッチンスペースにて。左よりアーティストの日名舞子さん、養蜂家(兼・帯の図案家!)の松田さん、ふじセンターを運営する山崎秀記さん。

1960年に建てられ、2階は12部屋の台所つきアパート、
1階は、肉屋、漬物屋、八百屋、たこ焼き屋、
ゲームコーナーなど総合商業施設として賑わってきました。
平成に入り徐々に活気が薄れ、
ついには鶏肉屋「鳥米商店」1店のみが営業を続ける状態に。
しかし、15年以上が経過していたところ、
2012年10月から100坪のスペースを活用すべく、
ミュージシャンの山崎秀記さんが中心となり、
アトリエや作業場、住居として自分たちでDIYしながら、
さまざまな人が入居し始めています。

秀記さんは、20代の頃から演劇や音楽の京都アングラシーンで活躍し、
丸太町のライブハウス「ネガポジ」のオーナーで、
ロックバンド「ウォーラス」のリーダーでもあり、
現在は「ふじセンター」の運営を行っています。
大学から京都に来て既に引越しは10回を超えています。
より面白い物件をを探しインターネットをいつもチェック。
ふじセンターとの出会いも
関西の地域活性を目指し空き家物件を紹介するインターネットサイトでした。
そのサイトにはこう書かれていたそうです。
「驚異的な部屋数!

1階・2階の一定区画を除いた全ての部分がご利用できます。

面白い物件が好きな方、根性のある方、ぜひ。」
秀記さんは早速連絡をとり、現地の様子を見に。

現在の1階入り口部分。シャッターが開いているところから、近所の人や小学生などが次々に出たり入ったり。

物件の問い合わせをしたところ、
偶然にも大学の音楽サークルの後輩であり、
ふじセンター近くの大宮商店街で代々畳店を営む、
西脇一博さんが関わっていることが判明。
西脇さんは、畳店の枠を越えて、
設計・施工などの工務店的な仕事も手がけていたことから、
ふじセンターの大家さんからメンテナンスの依頼を受けていました。
ふじセンターは神社に隣接していることもあり、
周囲に差し障りがある状態にはしておけないと
長年ほぼ空き家となっている建物の補修や落葉の清掃を、
西脇さんが月に1〜2度行っていたそうです。

そんなご縁から、ふじセンターを秀記さんが借りることになっても
ライブハウスの改修や家のDIYを自ら行っている秀記さんを、
西脇さんが知っていたことが、大家さんにとっても安心材料に。

しかし、実際自宅として借りるとなると
物件の魅力と可能性を大いに感じたものの、
100坪の広さにやはり最初は勇気が要ったという秀記さん。
そこで、ほかの借り手として誰に声をかけるかが問題でした。
思案していた頃、大学の頃から音楽を通じた旧知の仲である山本玄さんが、
ふらりとライブハウス「ネガポジ」にやってきたのです。
ふじセンターの話をすると、玄さんはすぐに乗ってくれました。

革製品の作家である玄さんは、
ふじセンターからすぐの場所にある自宅に工房を構え、
そこで革の鞄などを妻の尚子さんとともに製作。
機械や素材などが増え、手狭になってきたので、
ちょうど新たな場所を探していました。
当初は一部の作業のみを行う場所として借りたそうですが、
今や工房全ての機能をふじセンターに移し、
日々1階スペースを守る顔となっています。

1階・工房外観。友人の設計士と構造等を考え改修。

製作中の山本夫妻。工房内部には、必要な道具や素材などが随所に収められている。

そんな不思議な縁が重なって、
ふじセンターの磁力に惹き付けられるように仲間が集まっていきました。
そのひとりは、舞台美術をつくっている田島邦丸さん。
現在はふじセンターに工具室を借りています。
田島さんは演劇の舞台美術を手がけていましたが、
劇団の解散を経て公演の場所を探していたところ、
秀記さんがふじセンターの活用を始めたことを知って、
1階に舞台をつくり、照明を取り付け、公演会場に。
その後は、ふじセンターに新たな入居者を迎えると床を張り直したり、
1階にみんなでお正月を過ごすための居間を、
畳敷き、障子張りでつくったり。
DIYする上でも頼もしい存在です。

舞台美術などを手がける田島さんの工具室。

お正月用にと1階に田島さんがつくった居間スペース、「ふじの間」(2014年1月/現在は解体)。

そして、造園、電気や水道工事、設計など、
好きに遊ぶ余裕も出てきたという40代の
専門スキルも持つ古くからの友人知人などが
各自の強みを生かしあってこの場所で楽しんでいるという状況です。

1階で営業を続ける鶏肉屋さん「鳥米商店」。

現在は、鶏肉屋さんのスペースを除く、
「ふじセンター」1、2階全てのスペースを秀記さんが一括で借り、
運営しています。
1階はワンフロアで仕切りのない空間に、
鶏肉屋さん、鞄工房、手づくりの共用キッチンと居間。
さらにガレージとして使用している部分や、
フレキシブルなイベントスペースとして活用中。
ここで、田島さん特設の舞台が組まれ、ライブあり、フード&ドリンクありで、入居者や友人たち、そして近所の人々をまじえにぎわう
「ふじセンター祭」を年に2、3回開催。
奥の庭では養蜂もしているので、
蜂蜜の収穫と試食会も年に1度の行事になりつつあります。
2階の集合住宅部分のうち、住まいとしているのは秀記さん含め3名。
そして、アーティストのスタジオ、
工具室、短期滞在用の部屋として使用しています。
そして、比叡山まで見通せる見晴らしを誇る屋上では、
夏の「五山の送り火」の時に、たこ焼きパーティーが開かれたりもします。

1階の天井を解体し、鉄板、電線、配管などを撤去(2013年1月)。

セットのような、秀記さんの初期生活空間(2013年1月)。

「ふじセンター祭vol.2」1階でのライブ風景(2014年5月)。

キッチンに水道を引くべく、建物裏手から配管を分岐する秀記さん(2014年7月)。

ふじセンターをHAPSに紹介してくれたのは、
HAPSがこれまでに六原まちづくり委員会などで一緒に活動をしてきた
戸倉理恵さんでした。戸倉さんはジャズシンガーの顔も持ち、
「日本畳楽器製造」(!)なる、
畳を素材にした楽器で演奏するバンドでも活躍中。
バンドを率いるのは、先ほど名前が挙がった西脇さんです。
そんなご縁で「面白い場所がある!」とHAPSにお知らせいただいたのでした。

日名さんのスタジオ。取材の前日に壁を黒く塗ったばかり。「好きなように手を入れてよいというのが、この場所の最大の魅力」と日名さん。

そして、HAPSのコーディネーションにより、
ふじセンターを制作の場としているアーティストが日名舞子さんです。
京都市立芸術大学を卒業後、
半年間続くワークショップの作品制作のために、
短期的なスタジオを探したいと、2013年8月にHAPSに相談を受けました。
早速マッチングへ。
当初は短期利用の予定でしたが、
ふじセンター屋上を作品の映像撮影に使ったり、
1階の広い空間で、作品の実験をするなど、
ふじセンターの環境が気に入ったようで、現在も継続しています。
ふじセンターでは、大学での制作環境とは違った、
幅広い人々と日々接し、話す機会が増え、作品にも変化が出てきたようです。

日名さんのスタジオの一角には、ドローイングを配置。

1階居間の奥から屋外に出ると憩いのスペースと、蜂たちの巣箱が。背後には久我神社の森。

さらに、HAPSのマッチングで、
ふじセンターで作品制作を行うアーティストがまたひとり、
最近加わりました。
お話を聞いていると、次々に登場人物が出てきて、エピソードが尽きません。
秀記さんの頭の中には、
まだやりたいことがいくつも実現を待っているようです。
まずは、11月16日に、次回の「ふじセンター祭vol.3」を控えています。
お近くの方はぜひ、遊びにいってみてください。

infromation


map

ふじセンター

住所:京都市北区紫竹下竹殿町1

現代アーティスト國府理さんの追悼展「Parabolic Farm」大阪府・北加賀屋みんなのうえんにて開催

2014年10月19日(日)〜11月16日(日)まで、
大阪府の「北加賀屋みんなのうえん」にて、
今年の4月に、作品のメンテナンス中の事故により亡くなられた
現代美術のアーティスト、國府理(こくふおさむ)さんの追悼展が開催されています。

本展の会場となる「北加賀屋みんなのうえん」では、
2013 年10 月より、
國府さんの作品『Parabolic Farm』を展示していました。
同作は、直径4mのパラボラアンテナの器に作物を植え、
みんなで育てるアート作品。
現在でも多くの人に愛されながら、
さまざまな作物が育ちつづけています。

『Parabolic Farm』

本作について、国府さんは
次のように語っていました。
「『Parabolic Farm』は、パラボラアンテナのように、
そらに向けて広げた大きなお皿でいろんなものを受け取ります。
まちの真ん中の農園に出現する、
少しだけ高いところに浮かんだ地面は、
みんなの思いを受け取って育っていく、
農園の中のもうひとつの特別な農園です。」

本展では、この『Parabolic Farm』のほか、
関連ドローイングや小作品、
國府さんの制作の原点ともいえる、
非公開のスケッチなどを展示します。

また会期中には、追悼の想いを込めて
パラボリックファームの周辺に
國府さんが好きだったクローバーの種を蒔きます。
植物が育っていく過程は、
会期終了後もみんなのうえんのWEB上で公開していきます。
これらの作品群から、国府さんが近年大切にしてきた
「機械と自然、人間の関係」を感じられるのではないでしょうか。
國府理追悼展 「Parabolic Farm」
会期:
2014年10月19日(日)〜 11月16日(日)
金・土・日・祝日のみ開場 11:00~19:00 ※11月2日(日)は14:00~19:00
※期間中、毎週月~木は閉館しておりますのでご注意ください。
会場:
北加賀屋みんなのうえん第2農園
大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-2-29
アクセス 大阪市営地下鉄四つ橋線北加賀屋駅4番出口より徒歩5分 阪神高速15号堺線玉出インターより5分

入場無料
國府理追悼展「Parabolic Farm」
國府理

弘前公園の桜の命を管理する樹木医「桜守」の制服をTAKEO KIKUCHIがリ・デザイン

菊池武夫氏、伊勢谷友介氏

青森県弘前市の中心部にある、
総面積約49万2000平方メートルを誇る「弘前公園」。
ここはもともと「弘前城」があったところ。
いまは市民の憩いの場として親しまれる弘前公園は、
桜の名所として県外からも広く知られる場所。
毎年、春にはさくらまつりが開催され、
多くの観光客で賑わっているんです。

桜満開の弘前公園

この桜を守るため、弘前公園には桜の命を管理する
樹木医=「桜守(さくらもり)」がいます。
現在の樹木医は弘前市公園緑地課職員の小林勝さん。
ほか、公園には公園緑地課職員が桜守として勤務していて、
小林さんの指導のもと、今年の春も弘前の桜を美しく咲かせてくれました。

まちの誇りである弘前公園の桜を維持管理し、後世へとつなぐ「桜守」。
彼らの使命である「桜の命をつなぐ」ことに共感した、
TAKEO KIKUCHIほか数ブランドのファッションデザイナー 菊池武夫氏が、
伊勢谷友介氏が代表を務める株式会社リバースプロジェクトと
ともに桜守の制服のデザインを手がけることに。
候補となるデザイン画、2種類×2色の4パターンを発表しました。
ここから一般の投票によって、採用する制服を決定します。

投票はこちら

新制服は、新しいワーキングスタイルを提案するべく、2つの型をデザイン。
ひとつはタケオキクチが得意とするテーラードジャケットを
動きやすくアレンジしたスタイル。
もうひとつはスポーティなデザインのなかに、
大人きちんと感を取り入れたブルゾンタイプ。
色は弘前を象徴する木であるりんごの赤からインスパイアされた
レッドと、”伝統”を感じさせながら、技術に裏打ちされた”実直さ”を
インスパイアするクラシカルなネイビーの2色。
決定された制服は、弘前の縫製工場で製造されます。

投票の方法は、弘前市内2か所に設置された投票所に行くこと、
もしくはWebで投票すること。
青森だけでなく、日本全国すべての人に投票権があります。
詳しくは全日本制服委員会のFacebookページをご参照ください。
新制服は2015年春頃より着用を予定しています。

 

■弘前公園「桜守」制服デザイン 投票概要
期間:2014年11月1日~11月9日(弘前城菊と紅葉まつり会期中)
投票場所:
1.弘前公園内 弘前城植物園(青森県弘前市大字下白銀町1)
2.ヒロロ3階 ヒロロスクエア(弘前市大字駅前町9-20)
3.全日本制服委員会のFacebookページ
時間:9:00~17:00
対象:投票意思があり、投票所で投票できる方・web投票の環境にある方

これからのオハナシ。 ビルススタジオ vol.10

ビルススタジオ vol.10
観光地、日光に「HOTEL NIKKO」を計画中

この連載も最後なのでこれからのお話をしたいと思います。
世界遺産があるまち、栃木県の「日光」にホテルをつくりたいんです。

世界遺産「日光の社寺」の象徴、陽明門。

国内外から年間約1,000万人の観光客が来るにも関わらず、そのほとんどが日帰り。
かく言う私自身も県外からの友人が来る時は連れては行くものの、
食事もせずに宇都宮市へ戻ってきます。
そう、気軽に泊まれる、居心地のよいホテルが少ないんです。
あるのは激安の素泊まり宿、または一泊ひとり3万円以上のホテルか旅館。
それだったら都内からでも日帰りも無理はない距離だし、
飲食店やコストパフォーマンスの良い宿が集まるまちへ戻るでしょう。
いやしかしそれじゃあもったいない。
せっかくはるばる違うまちに来たのに泊まらずに、
つまりは土地の体験をせずに帰してしまうなんて、
日光に栃木に来たことがある、と言えるのでしょうか。
そう、やはり、旨い食事が食べられ、なんだか居心地のいいホテルが必要。
そこで目をつけたのが、「日光の社寺」エリアのほんの150m手前にある、
鉄筋コンクリート造の廃ホテル。

ここをこんな風にしたい。

ACE HOTEL PORTLAND(http://www.acehotel.com/)。

ひと言で言えば「ロビー活動が充実したホテル」。
宿泊客、観光客、更にはまちの内外の人が自由に出入りできるロビーをまず設けます。
ここにはもちろんコーヒースタンドを併設します。
偶然の同席での出会いのみならず、
定期的に勉強会や交流会を開催し、能動的に内外の人や情報を繋げることもしていきます。
日光のまちはもちろん、栃木県内の人や情報にも触れてもらう。
そうすることでまちの体験をしてもらいたい。
そんなホテルです。

まず大切なのは人。誰と一緒にやるのか、です。
おいしい料理とドリンク、グラフィックデザイン、そしてホテル経営と、
さまざまなジャンルのプロが必要です。
そこで、
「栃木をフィールドに発進力の高い実践を行なっている」メンバーを勝手に設定しました。

カフェ、料理、グラフィック、それぞれの分野をクオリティ高く、
しかも横断しながら地域価値創造を実践している20〜30代のメンバーです。
そこに建築設計として当社もこっそり参加させてもらっちゃいます。
なんか、楽しくなってきました。
そこで周辺調査、建物調査などをし、収支含めた企画書をつくってみました。
うん、いけるんじゃないか。よしっ。

これで県外から友人が遊びに来た時に一緒に泊まれるホテルができます。
これがあれば自宅でおもてなしをしなくても済む。
尚よしっ、ですね。

「もみじセントラルビル」古いビルの活用法を模索中

で、近所のハナシ。
ビルススタジオがあり、私自身の住まいもある宇都宮市にあるもみじ通り(vol.1
その真ん中辺りにある3階建ての建物が売りにでました。

オーナーさんの高齢化に伴い、引越しを考えているとのこと。
実は購入を検討している知人がいまして、
現在オーナーさんの自宅部分である2、3階の生かし方を考えています。
そのまま貸家? いや、広すぎる空間と
家賃的にも、それだけ払えれば宇都宮だったら家を買えてしまう。
無いか。テナントとして? いや事務所ニーズはそもそもないし、
店舗だとしたら、入り口が2階という点をどう生かすか。
美容室やマッサージ系のニーズはありそうだけど、
その業の方たちにヒアリングしたところ、広さ、家賃などからしてもバランスが悪いらしい。
これも無いか。

じゃあいつもの考えに戻ろう。
目の前の風景に何が足りないか?
目の前の風景でおかしなトコロはないか?

まず、周辺の新規店舗を振り返ってみると、
子ども服も扱うファッション雑貨店など、
小さい子連れの世代が好きそうな感じの店が集まっているのに、
不動産物件(売/貸とも)がほとんど出ないので、近くに住むという選択肢が取れない。
でも好きなので郊外からも車でお店へ通ってくる。近くに住めれば歩いて通えるのに。

そして周辺の住宅。
ゆったりした敷地に高齢の夫婦またはひとり暮らしが目立つ。
聞くと広さを持て余しているのだが、慣れ親しんだこの土地と近所付き合い、
年1回帰って来る子ども家族などの理由から動くに動けない。
そもそもこの古い家を使いたい人はいないだろう、と思っている。

さらにじぶんち。
小さい子連れ世代。ママ友と遊ぶのに、誰かの家を順番に巡っている。
人の家は子どもが汚すとかで気が引けるし、
自分の家はその前の片付けやお茶お菓子の気遣いで疲れる。
かと言ってお店に行くのはもっと疲れる。近くに同じ世代の住民も非常に少ないので、
会場になる人以外は結局車で移動する。なんか、遊ぶのも大変。
その日は母親も疲れて夕飯づくりもサボりたい。

うん、こんな場所。
http://kazoku-no-atelier.com/

子連れのお母さんたちが遊びに来てゆっくりできる場所。
それをもみじ通りという狭いエリアの利用者を対象にやってみよう。
もちろん飲食の持込みもOK。
十中八九、通りにあるドーナツ屋やお惣菜屋を使ってくれるだろう。
カフェやお蕎麦屋さんからの出前もアリだろう。
もともと住宅だったこのビルにはキッチンもあるし、セルフで料理してもいいだろう。
近所の高齢者さんたちの趣味の集まり所としても機能しそうだ。
そしたら子どもと高齢者の接点もしかけられるかもしれない。
近所の商店主や住民さんを先生に招き、
ワークショップなんか開催してみてもいいかもしれない。

並行して自分の土地建物を持て余している住民の方々へ近隣移住のしかけをしてみよう。
そうしないと新たな移住のニーズをしかけても無駄になってしまう。

よし、なんか見えてきたぞ。
これでママ友と遊んでいたらしい日に家に帰っても疲れた顔で迎えられなくて済む。
つまり家庭円満に日々を過ごすことができる。
先には、目を付けていた近所のいい感じの家に引っ越すことも叶うかもしれない。

これまで目を付けていたのに、解体されてしまった住宅がありました。

妄想中のあれこれ

他にも、あれやこれや考えていることはたくさんあります。

たとえば、もみじ通りから歩いて10分くらいの所に、
奥州街道と日光街道の追分だった場所があります。
そこに築数十年くらいの店、蔵を含めたお屋敷があります。

ここ、ずっと使っていないんです。
こんな良い場所に格式ある建物群があって、それが遊んでいる。
うちの企画を待っているんじゃないか。と勝手に思ったので
近々、ここを活かす企画を立ててみようと思っています。
ゆっくり友人と飯の食べられる場所。
じっくり仕事のお客さんと話せる場所。
かつ、偶然の出会いも時折起きる場所。
そんなんがいいです。

さらに、うちのオフィスの話です。
わがビルススタジオの事務所はもみじ通りに面しています。

でも業種上、通りに面している必要はほぼないんです。
それはここに移転してきた時から思っていることで、
次にここにオフィスを動かしたいな、と考えています。

現オフィスから徒歩15秒にある、元診療所2棟。

今のオフィスよりもだいぶ広いです。
とはいえ、スタッフ数を何倍にもしたい訳ではなく、
複合した場所にしたいんです。
モデルはロンドン留学時に通ったICA

ひとつの施設内にギャラリー、ライブハウス、映画館、本屋、CD屋、カフェが入っています。
ここに来ると何かしら見るべきものがあるし、
特段イベントがなくても本とコーヒーで何時間でも過ごせる。
ロンドンみたいな大都市だけではなく、
イギリスの中規模都市にはだいたいこんな施設がひとつはありました。
栃木だとどうかな、成り立つかな。来る人いるかな。
でも収支がトントンだったら自分で設ける価値はありそうだな。
なによりも出入りする人々が面白そうだな。
その人たちと友だちになりたいな。
そうすればここでの生活がもっと楽しくなりそうだな。
もうオフィスは2階で引っ込んでもいい。
余ったスペースにカフェ、本屋、多用途なシアターあたりをつくろう。
うん、そうしよう。

こうなればいいなというスケッチ。

仕事でやっている「場所づくりのお手伝い」だけではなく、
自分で自分が楽しむための場所をつくってみよう。
そこで得られることは必ずお客さんのメリットとして還元できるハズなんです。

結局、こういう言い訳を入れないと始められないんです。
そして公に言ってしまわないと先に進まないんです。

これらは今、全て妄想です。
でも、妄想で終わらせたくない。
だって自分のためですから。

リノベーションって、ただ古い建物を見た感じかっこ良くすることではありません。
空いている、遊んでしまっている建物を利用して
新たにその建物がある界隈の価値をつくり出すこと。
それはただきれいになればいいのではなく、
そこに入るコンテンツが重要だと思っています。
既存の建物の魅力、界隈の魅力、コンテンツの魅力、そこに居る人々の魅力、、。
それらの相乗のからみ合いをもつれさせること。
そこにはもちろん自分も入り込みつつ、でないと楽しくないですよね。

P.S.
そんな(?)株式会社ビルススタジオ、現在「設計メインのスタッフ募集中」です。
興味ある方は連絡下さい。

information


map

ビルススタジオ

住所 栃木県宇都宮市西2-2-24
電話 028-636-5136

超貴重!日本に3人しかいない銭湯ペンキ絵師たちが高円寺フェスでライブペインティングを披露!

11月1日(土)、2日(日)におこなわれる「高円寺フェス 2014」にて
日本でわずか3名となった銭湯ペンキ絵師たちによる
ライブペインティングが開催されます!
会場となるのは高円寺駅前南口広場。
銭湯ペンキ絵師の丸山清人さん、中島盛夫さん、田中みずきさんが
三者三様の富士山を描き、その巧みな技術を生披露します。
細かい下書きもないまま短時間のうちに描きあげる職人技は必見!

今年で第8回目となる秋の大文化祭イベント、高円寺フェス。駅前広場や商店街、ホールなどを使って大道芸やワークショップなど2日間大盛り上がり。昨年は11万人も訪れたのだとか

銭湯の壁に描かれているものといえば富士山の絵、
というイメージが強いですが、どこでも見られる訳では無く
実は東京の銭湯ならでは。
その東京の銭湯も、内風呂の発達や経営者の高齢化などを理由に
昭和40年代の約2,700軒をピークとして700軒弱へ減少。
いまではなんと週に1軒のペースで減リ続けているんです。
今回は、そんな厳しい状況の中でも描き続ける職人たちの仕事が見られる、
とても貴重な機会。
「いま銭湯や絵に興味がない人にとっても、
人生経験として見ておいて欲しいです」と主催者もイチオシです。

実演の様子

ローラーや刷毛を使い一気に描きあげます!

ご近所さんとの語らいの場、癒しの場、
日本の良き文化を残している場である銭湯。
減り続けている現状ではあるものの、
その一方で、銭湯独特の外観や内装、今回のペンキ絵などの見所が
若い世代や外国人観光客に改めて注目されている動きもあります。
今回のライブペインティングも、クラウドファンディングを使って資金を募集し、
みごと目標金額を達成したことで実現することができました。
今後の銭湯業界を応援しつつ、
職人それぞれの描き方の違いと
美しくもダイナミックな富士の絵をジックリ堪能してみてください。

高円寺フェス2014
ライブペインティング詳細

写真家・石川直樹さんが見た日本。『まれびと-海から現れし者たち-』岩手県の大船渡市立博物館にて開催!

岩手県の大船渡市立博物館にて、
写真家の石川直樹さんの写真展
「まれびと-海から現れし者たち-」が開催されています。

17歳の時から未知の場所に惹かれ、
世界最高峰の山々や北極、
アジア、アフリカなどを旅してきた石川さんが
日本で目を向けたのは、
海からやってきた来訪神を迎える、祭祀儀礼。
日本列島には、
民俗学者の折口信夫さんがいうところの「まれびと」、
すなわち異形の神を迎える儀礼が
数多く残されているそうです。
石川さんは10年以上前から
北陸や東北、九州、沖縄の海沿いの村を訪れ、
そうした来訪神儀礼を撮りつづけてきました。

© 石川直樹 アマノハギ(秋田にかほ市象潟石名坂)

今回の展示では、
大船渡市三陸町吉浜のスネカ、
秋田県男鹿半島のナマハゲ、
新潟県村上市のアマメハギ、
鹿児島県トカラ列島悪石島のボゼなど、
約90点を一挙に展示。

深い闇の中を歩く来訪神の姿や、
村の人と交流する姿、
白昼夢のような儀礼の様子など、
民俗学や人類学などの領域に興味をもち、
世界の辺境を旅してきた石川さんでなければ
撮れない写真ばかり!

© 石川直樹 アマハゲ(山形県遊佐町)

写真を通じて新しい地図を
つくりあげていく石川さん。
その写真を手がかりに“異人”たちの足跡を
たどっていくと、
日本の未知なる風景が見えてきそうです。

本物のプリントで見る迫力も、また格別。
展示は12月21日(日)まで。
ぜひ会場でご覧になってみてください。
先着900名には、特製ZINEをプレゼント!
期間:2014年10月18日(土)〜2014年12月21日(日)
会場:大船渡市立博物館 特別展示室 多目的ホール
時間:午前9時〜午後4時30分まで(受付は午後4時まで)      
休館日:毎週月曜日及び祝日 ※文化の日(11月3日)は特別開館
入館料:300円(高校生以下無料)
まれびと-海から現れし者たち-

※「アマノハギ」を「アマメハギ」と間違って記載しておりましたので、修正いたしました。(10月27日 17:35)

新聞紙面から始まる「富山もようプロジェクト」。富山の魅力をテキスタイルデザインに!

北陸の富山県で、「富山もようプロジェクト」という
ユニークなプロジェクトが行われています。
これは、富山の魅力を表すテキスタイルデザインで、
富山を彩り、豊かな暮らし・素敵な街づくりを目指す
というプロジェクト。
「マリメッコ」でも活躍するテキスタイルデザイナー・鈴木マサルさんが
富山を訪れて受けたインスピレーションをもとにデザインした図案から、
さまざまな展開が生まれています。

2014年8月には、北陸で25万部を発行する「北日本新聞社」の
130周年記念として、富山の魅力をモチーフにしたテキスタイルデザインの
ラッピング紙面を4日連続で披露したんです。

日替わりのテーマは4つ。
富山を代表する自然「立山連峰」、食の「シロエビ」、
富山の豊かな水「水流」、そして文化の「ガラス工芸」。
そして先日、「合掌造り集落」を
モチーフにしたラッピングが登場しました。

立山連峰を描いた「tateyama」

シロエビを描いた「shiroebi」

富山の豊かな水を描いた「mizu」。富山の山の水流は、ほんとうに、こんな色をしているのだそうです。

ガラス工芸を描いた「garasu」。

秋の美しい世界遺産五箇山の合掌造り集落がモチーフになった新柄「syuraku」

新柄のモチーフになった相倉合掌集落にて。築200年、五箇山合掌の宿・庄七のご主人。

このラッピング紙面を使って、地元の人向けに手提げバッグを作る
ワークショップなども開かれています。

ワークショップでは自然豊かな高知・四万十から発想された環境的な新聞の活用法、「四万十新聞バッグ」にならって富山もようバッグを作りました。

そのほか、ランチョンマットにも。

ラッピングにも。

新聞紙をフル装備。

今後同プロジェクトでは、これらのデザインを生かし、
日用品、商業施設、交通機関などさまざまな場面で、
地域の暮らしを豊かに彩る展開を図っていくのだそう。
新着情報など、詳細は「富山もよう」Facebookにて。

富山もよう

大館市の秋田犬 「ののちゃん」日記 第6回! 大館・北秋田芸術祭2014 『里に犬、山に熊。』 会期中レポート

みなさん、こんにちのん!

大館・北秋田は秋も深まり紅葉も見ごろ♪
そして芸術祭もいよいよ後半戦のん!!
芸術鑑賞とあわせて風景や食べ物もぜひぜひ満喫しに来てほしいですのん♪

今回は芸術祭前半をハイライトで振り返っていきますのん~

まずは、芸術祭初日!「おしゃれスナップ撮影会」なる
ものが大館会場でおこなわれました~ののも女子なので
おめかしして張り切りましたのん★

おしゃれといえばののロゴ特製Tシャツも大館と北秋田の事務所、
そして東京の3331 Arts Chiyodaで大好評発売中♪
表は顔ロゴ、裏はしっぽロゴ!
限定で表裏逆バージョンも!
お色は白と紺がありますのん!

そして、芸術祭の、ののCM第三弾も絶賛放送中(秋田県内で)!
ののオススメの展示会場をご案内していますのん。
こちらからもご覧いただけますのん♪

パトリシア・ピッチニーニさんのSkywhale(空飛ぶクジラ)も
北秋田、大館で無事に飛びましたのん。ののの生まれ故郷で
またまたおっきなクジラさんに会えて嬉しかったですの~ん!

さらにさらに出展作家で「銀牙」シリーズでおなじみの
漫画家「高橋よしひろ」先生が芸術祭に来られましたのん。
日比野克彦氏の「魚座造船所」がある旧浦田小学校会場で
トークイベントをしていただきました。

夜には現在週末限定オープン中の“囲炉裏きりたんぽ ののや”に
ご来店いただきましたのん。なんと記念に、
WEEDを生で描いていただきました!!
みなさまぜひ観に来てくださいなのん♪
ののも女将としてお出迎えしますのん♪

【のののオススメ★今後のイベント情報】

1)「対談:岩井成昭×中村政人」 
10/26は大館市ゼロダテ アートセンターにて「秋田×東京=秋田−東京だった!?」と
題して対談がおこなわれますのん♪ののがいっつもお勤めしてる事務所が会場なので、
ののもいい子にして聞いてますのん!
詳細はこちら

3)平田オリザ アンドロイド演劇 「さようなら」 
11/1,2は大館市の名画座「御成座」にて平田オリザさんのアンドロイド演劇が!
詳細はこちら

4)正札コンサート 
11/3芸術祭のフィナーレを飾る「正札コンサート」
世界的なジャズギタリスト、小沼ようすけさんをはじめ、
青谷明日香さん、サイトウタクヤさんが出演されます!
会場は大館市旧正札デパート裏 ハチ公小径特設ステージ
詳細はこちら

残りわずかとなった芸術祭、ののもスタッフもサポートスタッフも全員で、
みなさまのお越しをお待ちしておりますのん♪

大館・北秋田芸術祭 2014「里に犬、山に熊。」

ゼロダテ

「モクネジ」石川県・山中温泉の木工ろくろ技術から、プロダクトシリーズが誕生!

工芸の世界で受け継がれてきた木工ろくろの技術と、
精緻なネジ切り技術から生まれたプロダクトシリーズ「モクネジ」。
上の写真は、赤ちゃんのためのガラガラ「TOY Grip with Globe Bottle」です。

赤ちゃんは、心地よい音がするものが大好き。
このガラガラを目の前でふってあげると、
一生懸命目で追ったり、自分でにぎって遊んだりします。
赤ちゃんは何でも口に入れてしまいますが、
塗装に100%天然のえごま油と漆を使用しているので、
なめても安心だそう!

TOY Gripシリーズ デザイン:古庄良匡 丸いペットボトルがセットになった「TOY Grip with Globe Bottle」のほか、市販のペットボトルをくっつけて遊べる「TOY Grip」シリーズもあります

ブナやケヤキの天然木を使用したトイグリップと
丸いペットボトル、お子さんの成長を祈願した
金と銀の鈴や穀物などがセットになっており、
好きな素材を入れて遊ぶこともできます。
プレゼントにしても喜ばれそう。

「モクネジ」は、デザイナーの古庄良匡さんと、
石川県・山中温泉の木工所「たてにる工芸」さんの
出会いから生まれました。

山中温泉は、奈良時代からつづく木工ろくろの一大産地です。
その地で伝統を守りつつ、
新しいことにも挑戦している「たにてる工芸」さんが
古庄さんへ「ネジ切り加工をできるようになったのだが、何かつくれないだろうか」
と相談をもちかけたことがこのプロダクトのはじまり。

古庄さんのプロデュースと
「たてにる工芸」さんの木工加工技術から
数々のすてきなプロダクトが生まれました。
こちらは、プラスチック製のコップでは味気ない、
という思いから生まれた「Bottle」。

「Bottle」デザイン:山崎宏

さまざまな苦労をへて実現した、ステンレスと木の組み合わせ。
ステンレスボトルは、新潟県燕市の
ステンレス魔法瓶等真空容器メーカー「SUSgallery」さんのものです。
中栓は、片手でワンタッチ開閉が可能。
とことん使いやすさ、口当たりの良さを考えたデザインです。
老舗コーヒー用具メーカー「kalita」さんとコラボした
新作「MokuNeji COFFEE MILL」も使いやすいと評判。

「MokuNeji COFFEE MILL」デザイン:山崎宏

挽きやすさときれいな挽き目に定評があり、
長年使えるコーヒーミルです。
伝統工芸と工業技術のコラボレーション、
これはいま、注目すべきものづくりの形かもしれないですね!
「モクネジ」のくわしい情報は公式サイトからどうぞ。

モクネジ

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職人集団、友人、 スタッフ、みなの力を結集! デザイン溢れるゲストハウスへ medicala vol.1

medicala vol.1
住みながら、その土地でリノベーションする。

はじめまして。
僕らは「medicala(メヂカラ)」の屋号で活動している、
主に空間のデザイン(ハード)を担当している、アズノタダフミ(以下アズノ)と
空間の運営やごはん(ソフト)を担当しているアズノカナコ(以下カナコ)の夫婦です。

アズノは1984年生まれの今年30歳。
カナコは1986年生まれの今年28歳。
目がほかの人たちよりちょっと大きなふたりが活動しています。

空間をプロデュースするmedicalaとしての働き方は、
お呼びがかかれば地方都市でもどこでも出向き、
その土地に住みながらひとつのお店を地元の職人さんや仲間とともに、
つくり上げていくというスタイル。
これまでに東京都蔵前、愛知県豊田市、山口県萩市、
長野県下諏訪町と住みながら空間をつくってきました。
現在は夫婦ふたりで大分県の竹田市に住みながらレストランつくっています。

住みながら空間づくりをしているのには理由が3つあります。

まず、空間づくりはデザインだけで完成するわけではなく、
図面があっても実際につくる職人さんたちとの意思の疎通がとれていないと
イメージ通りの空間に仕上がりません。そして、地方の職人さんほど
「一般的な住宅づくり(例えば、伝統的な在来工法の家など)」に慣れていて、
古材を使うことやエイジング加工などは
「やり方がわからない」もしくは「やりたくない」
と思っている人が多いかもしれません。
だから、デザインも兼ね備えた空間を実現するためには
「最悪の場合、仕上げの作業は自分で施工する」という覚悟が必要になってきます。

次に、その土地が持つ風土や気候、素材、風や光の具合などを
できるだけデザインに反映していきたいと思っています。
一度や二度現場に行って調査してもわからないことはたくさんあります。
その場所のまわりに住んでいる人の声から風の通り方など、
住みながらつくることでそういったことに敏感になりながら
工事を進めることができます。

最後に、オーナーや大工さんとみんなで一緒になって
つくっていくことで生まれる空気を大切にしているから。
住みながら空間をつくることは大変です。
慣れ親しんだ自分の家には帰れず、工事中他の仕事はほとんど受けられず、
初めての場所で不便なこともたくさんあります。
それでもやっぱり住みながらつくるということは
オーナーや大工さんと過ごす時間が限りなく長くなり、
普通の打ち合わせではわからないことまでわかるようになってきます。
お店をつくるというしんどいタイミングに、オーナーと共にいることで、
困っていたら助けられるし、オーナーががんばっている姿を見ると
こっちも「いい空間つくるぞー!」という気持ちになり、
お互いが高め合って、結果よい空間につながっていくと思っています。

もちろん、かっこいいだけの空間をつくればよいわけでもなく、
過程が楽しいだけでよいわけでもなく、その両方を大切にしてつくっています。

僕らやオーナーはもちろん、大工さんや職人さん、
手伝いに来てくれた友人たちや地元の人と一緒にごはんを食べて作業して、
好きな音楽を流して、休憩時間はお菓子を食べて、
夜はお酒が好きな人は飲んで、ときには人生の話とかをしちゃったりして、
そうやって空間をつくっています。

その空間と向き合った時間が長いほど、関わった人の想いが強いほど、
よりいい空間ができる。そう信じています。

施行中の休憩写真。

この連載は、基本的には僕アズノが書いていきますが、
物件よってにはカナコも登場しますのでお楽しみに。
まずは、僕アズノが結婚前に関わった物件から紹介します。
東京の東側、浅草の近くの「蔵前」というエリアにある
ゲストハウス「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」(以下Nui)です。

2012年。いまから2年ちょっと前の話。
鉄筋コンクリート造6階建ての元おもちゃ屋さんの倉庫を
1棟まるまる改装して
1階をバーラウンジ、2階以上を主にホステルの宿泊機能に充てる、
というプロジェクト。延べ床面積約960平米です。

改装前の写真。

Nui.を運営する株式会社バックパッカーズジャパン(以下BJ)
のみんなとは2010年に世界一周していたときに
トルコのイスタンブールで会ったのがきっかけで友だちになりました。
当時彼らは、ゲストハウス1号店となる「toco.」をつくるために、
世界中、日本中の宿を見る旅をしていました。
僕はその「世界中の宿を見て回るチーム」と会ったのです。

彼らはtoco.をつくる際にはデザイナーを入れていなくて
大工さんたちと話し合ってつくりあげていました。
しかし今回のNui.はtoco.の5倍程度の規模だったので、
さすがにデザイナーが必要だと思ったのかわかりませんが
とにかく彼らの一番身近にいた空間デザイナーの僕に話がきた、というわけです。

実はこの仕事、独立してから初めてつくる店舗の仕事であり、僕は当時27歳。

ずっと店舗デザインの仕事がしたいと思っていたので、
「ここで全力を出してよい空間がつくれなかったら自分の実力はそれまで。
言い訳はできない」と、プレッシャーはありましたが、楽しさのほうが勝っていたと思います。



Nui.の棟梁は大工チーム「渡部屋」代表の渡部雅寛さん、通称ナベさん。
渡部屋とは、大工衆の集まりです。

しかも、設計士がいなくても、
彼らのつくりあげる空間はとてもかっこいいのです。


大工チーム。

そんな大工さんたちの仕事に「デザイナー」として関わるとなると、
できるだけきちんと信頼関係を築きたいと思い、
「毎日現場に行って、図面も現場で描いて、施工もやる」
という働き方になりました。
これが今の仕事の進め方の原点になります。

最初に施主であるBJ代表の本間貴裕さんと
完成イメージを共有するため、

青山にある「嶋田洋書」という洋書屋さんに行きました。
いろんな海外のデザインの本を見る中で一目見て、
「これだ!」とふたりの意見が一致したのが
『ROUGH LUXE DESIGN』という当時発売されたばかりの本。
(ちょっと高くて15000円くらい)
これを軸にイメージを固めていきました。

参考にした『ROUGH LUXE DESIGN』の表紙。

イメージビジュアルを集めてスケッチを重ねて、
大工さんや会社のみんなとの話し合いを重ねてぼんやりを見えてきたかたちを
スケッチに落とし込みました。

ピアノが置いてある場所を屋内的な静的な空間、そのほかのスペースを屋外的な動的な空間としました。

Nui.のコンセプトは「あらゆる境界線を越えて人々が集える場所を」。
このコンセプトを実現するために気をつけていたことは“ゾーニング”。
1階を平面で見た時に真ん中の柱を中心に4つのゾーンに分けて考えました。

1.立ち飲みする動きのある場所(スケッチ左)。
2.テーブル席のある少しゆっくり話せる場所(スケッチ下)。
3.ソファ席のある長時間ゆっくり話せる場所(スケッチ右)。
4.エレベーター前の人が行き交う交差点のような場所(スケッチ上)。

ゾーンを分けて席を配置することで、
ゲストは気分によって席を選ぶことができ、
幅広いジャンルの人たちがNui.を楽しむことができます。
また、注文を「キャッシュオン」方式にすることで、
空間自体にも動きが生まれて、
「注文のために立った人が、偶然隣り合わせた待ち人と話して仲良くなる」
と、コミュニケーションが生まれやすい空間を意識しました。

空間を自由に使ってくれているお客さん。オープン後のある日の営業風景。

技術もセンスも持ち備えた、大工集団

ここからは実際の施工風景を紹介します。

施工にあたって、大きく分けてふたつの方法がありました。
ひとつは『プロの大工チームの本気でしっかり施工』
そして、もうひとつは『手伝いにきてくれた友人との参加型の施工』。
前者は主に1階のバーラウンジ、後者は2階以上の客室部分の担当です。

まず、『しっかり施工』のバーラウンジ。
大工チームは先ほどご紹介した『渡部屋』を中心に
日本中から10名以上が集まりました。
大工、ログビルダー(ログハウスをつくる大工)、
ツリーハウスビルダー、金属造形職人、左官職人など、
このメンバー、いま思い出してもスゴ過ぎる職人たちです。

1階のシンボルとなる木材を施工しているところ。

とにかく全てに対して真剣で、
そこには「デザイナーだから偉い」「大工だから偉い」など
そういった関係はなく、
お互いがよりよい空間デザインになるために意見を言って、
つくれる人はデザイナーであろうと施主であろうと手を動かす。
そんな気持ちのよい信頼関係ができていました。

毎晩行われていた深夜のスタッフミーティング。

例えば、木材に関して、
Nui.に来たら真っ先に目に入るシンボルツリーや
空間のポイントとなる丸太のカウンターができたのもお互いの理解があってこそ。

使われている木の多くは北海道のニセコで大工さんが選んできていて、
樹種はイシナラ、タモ、キハダ、トドマツ、イタヤカエデなど、
北海道ならではの木材です。
それらは、乾燥しきってなかったり、曲がっていたりして、
普通の職人さんだと敬遠されがちな木材です。
(それゆえ、市場価値が低く、安く手に入ります)
でも、曲がっていることも木は生きているんだから自然なこと、
乾燥しきっていないと、後で反ったり割れたりすることもあるが、
それも木が生きている証拠。
むしろそういった経年変化を「いいよねー!」って言い合える関係性が、
施主、大工、デザイナーの三方で育まれていたからこそ、
この木材の良さを生かせて、実現した空間です。

木材が北海道からやってきた時の様子。

そういった特殊な木材は、やっぱり
現場で判断しながら、生かしていきます。
「現場の空気をかたちにする」という、
手仕事じゃないとできないことや表現できないニュアンスもあり、
もしかしたらデザイナーはデザインを決めすぎず、
職人さんを信頼して任せるという方法もあるのかもしれません。

ただ、Nui.の場合、僕が未熟だったこともあり、
大工さんお任せデザインの部分がたくさんあります。
例えばゲストハウスの受付となる「レセプション」部分。
ここは寸法やサイズ感だけ図面におとして、
あとの細かいおさまり方や素材はお任せ。
本当にかっこいいレセプションができました。
僕自身、ここから学べる技がたくさんありました!

レセプション。カウンター下の木のデザインは大工さんが考えたもの!

施工中、大工さんと話していて印象に残っている言葉があります。
「あいつがそうやってつくるんやったら、俺はこうやってつくろうか!」
「作業しながらも後ろでつくってる仲間のエネルギー感じる!」
大工さんたちはつくりながらも考えて、
そういった現場の空気が、建物に宿っていく気がしました。
職人さんたちはみんながみんな個性的で、
お互いを尊重して高め合っていく現場の空気は、
それはまるでJAZZのセッションをしているかのようでした。

現場でカウンター材を加工。

鉄の加工も現場で行った。

こうして、Nui.の1階のバーラウンジは、
大勢のプロの技術と経験が詰まって完成しました。

素人、プロ、みんなと共有する空間づくりの面白さ

参加型施工部分は、主に2階以上のフロアの左官仕事、
ドアのエイジング塗装、二段ベッドの制作です。
手伝ってくれたのは施主であるBJの社員とその友人たち、
toco.のお客さん、僕の友だち、そして噂を聞きつけてきたはじめましての人など、
本当にたくさんの人に手伝ってもらいました。
募集は主にfacebookで行い、
延べ300人以上の人が手伝いにきてくれたと思います。
これも1店舗目のtoco.があって、生まれたつながりが大きいと思います。

手伝い風景。

お手伝いしてくれる人への、作業内容はとても配慮しました。
ざっくりと作業はこの3つに分けて、お願いしました。

①がんばれば誰でもできる。
②安全。怪我のリスクが少ない。
③大工さんの手を煩わせなくても教えることができる。

地味なことでは掃除、塗装や左官する場所にマスキングテープで養生、
材料運びなど楽しくて人気がある作業では左官、塗装、革縫いなどがあります。

左官作業をしているところ。

なかでも、Nui.の左官は量が多くて大変でした(2階~5階の廊下、客室の壁全て)。
オープン日が迫ってくると、
朝4時まで作業、その後9時から再開! というハードさ。
それでも実際に手を動かす作業の気持ちよさや、
次第に上手になっていくことの嬉しさ、
みんなで同じ作業をしてゴールに向かう楽しさなどがあり、
しんどかったこともひっくるめて全てよい思い出です。

左官仕事のさなかの休憩風景。

素人でもがんばって左官した壁は下手さ具合が絶妙な「味」になっていて
柔らかい印象の壁に仕上がりました。
塗装技術でわざとヒビ割れた仕上がりにした、
ドアのエイジング塗装もいい感じです。
これは専門性が求められそうな分野だけど、
実はやり方さえわかれば初めてでも意外とできるもの。
もちろんプロがやる場合に比べてクオリティは落ちますが、
それでもみんなでやると楽しくて、上手にひび割れした時は嬉しいものです。

ドアエイジング風景。

エイジング塗装を施した廊下。

みんなで一緒になって空間をつくり上げていくということは、
単純に施工費を抑えられるということではなくて、
お店をオープンさせるまでに「ファン」をつくることができます。
例えば左官を手伝ってくれた友人が、オープン後、
友だちを連れてきて「ここ俺が左官したんだよー」
という話をしているのを見ると、嬉しくなります。

そして、オープン後の愛着が一層わきます。
例えば、掃除中に壁を見ては「ここはあの人がつくってくれたなぁ」
と思い出すと、掃除にも熱が入りがんばれるそうです。

Nui.は、プロの職人だけでつくったカッコいいだけの空間でもなく
素人だけでつくったヘタウマなだけの空間でもなく
たくさんの人の手助けがあり、たくさんの人の想いが詰まった空間になりました。

Nui.の完成!

オープニングパーティーの様子。

information


map

Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE

住所:東京都台東区蔵前2-14-13
TEL:03-6240-9854
http://backpackersjapan.co.jp/nui/

寿命を迎える星の電波をオルゴールに変える!国立天文台×クリエーターが挑む「ALMA MUSICBOX:死にゆく星の旋律」東京ミッドタウンで

人間にたとえると視力6000にもなるという
「アルマ望遠鏡」をご存知でしょうか。
(視力6000とは、東京から大阪に落ちている1円玉が見えるほどだとか…!)
南米チリの砂漠に建設されたアルマ望遠鏡は、
日本をはじめ世界21か国が共同で作った史上最大規模の高性能電波望遠鏡。
光学望遠鏡では捉えられない短い波長の電波を捉えることができ
なんと126億光年以上彼方の電波もキャッチ。
星や惑星の誕生、宇宙における生命の起源の謎に挑む役割を担っています。

そんな世界のものづくりの結晶ともいえるアルマ望遠鏡の観測データを、
「芸術」の視点で表現してみようというプロジェクトがスタート。
その第一弾目が10/24(金)より東京ミッドタウン・ガーデン内で開催される
『ALMA MUSIC BOX:死にゆく星の旋律』です。
東京都三鷹市にある国立天文台と、
気鋭のクリエーターたちのコラボによる
音と映像のインスタレーション作品が公開されます。

パラボラアンテナを66台設置し巨大な電波望遠鏡として機能するアルマ望遠鏡。標高が高く雲が出ない、星を観測するのに最高の立地に置かれています

今回注目するのは、地球から950光年彼方にある『ちょうこくしつ座R星』。
寿命を迎えようとしているこの星からの電波を使用し
70の異なる周波数から取得されたデータを
70枚のオルゴール盤に置き換えます。

電波を使って音楽に。いったいどんな音になるのか想像つかない!

死にゆく星から届けられた旋律の音楽。
そして実際の観測データを元に制作されたダイナミックな映像。
想像も及ばないほどの壮大なスケールを
音楽と映像で体感できる世界初のプロジェクトです。
ぜひ訪れてみてください!

◎『ALMA MUSIC BOX:死にゆく星の旋律』
 by 国立天文台+PARTY NY+Qosmo+エピファニーワークス
 「活動のデザイン展」にて世界初公開! 
 会期:2014年10月24日(金) - 2015年2月1日(日)
 会場:21_21 DESIGN SIGHT
(東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内)
 主催:21_21 DESIGN SIGHT、公益財団法人 三宅一生デザイン文化財団 

21_21 DESIGN SIGHT「活動のデザイン展」

完全木造の「秋田駅西口バスターミナル」が懐かしくて新しい! 秋田杉をふんだんに使用

まちを訪れる人の玄関口であり、家路に繋がるバスターミナル。
そこに木のぬくもりがあると、すごくほっとしますね。
秋田県秋田市にある「秋田駅西口バスターミナル」は、
地元産の「秋田杉」をふんだんに使った木造のバスターミナル。
日本三大美林の一つに数えられ、全国一の蓄積量を誇る秋田杉の材木のほか、
鉄・ガラスも天然の原料を使い、2013年10月に完成しました。

デザインのコンセプトは、「秋田杉によるお出迎え空間」。
ベンチには暖かくやわらかい杉の質感を味わえるように
大断面の秋田杉を使用。また裸電球が連なる懐かしいバス停の
雰囲気を表現するべく、省電力のクリヤー電球型LEDを使った
ペンダントライトが照明として使われています。

デザイナーは、ナグモデザイン事務所の南雲勝志さんら。
戦後の植林によって杉だらけになった日本の山林を
きちんと評価する活動「日本全国スギダラケ倶楽部」が
きっかけになってこのバス停が実現したのだそう。
いつか訪れてみたいバス停です。

秋田杉を使ったものづくりについては、
コロカルの特別企画「木のある暮らし Life with Wood
でもご紹介しています。こちらもぜひ!

名称:秋田駅西口バスターミナル
住所:秋田市中通2丁目7番地
写真撮影:シブヤスタジオ

千葉県のMAD Cityにて「DIYリノベ」体験ツアーを開催!手づくりのプランターでボタニカルライフをはじめよう。

千葉県松戸市のMAD Cityにて、
DIYリノベ見学会と
プランターづくりのワークショップが開催されます。

MAD Cityとは、千葉県の松戸駅西口駅前で展開している
まちづくりプロジェクト。
アーティストやクリエイターが集まり、
魅力的なコミュニティづくりを進めています。
そんなMAD Cityには、
DIYされたすてきな部屋がたくさんあるそう。
次回のワークショップでは
MAD CityのDIY事例を見て歩き、
セメントのプランターづくりに挑戦します。

西尾健史さん

先生は、コロカルの「リノベのススメ」にもご登場頂いた
建築家・デザイナーの西尾健史さん。
森アーツセンターギャラリー「スヌーピー展」の物販スペースの設計や
ポップアップショップ「POPMOTTO du CAT LOVER」の設計などを手がけ、
MAD Cityでは「知恵袋的存在」として頼りにされています。
ユニークなアイデアが教われそうですね!
西尾さんの「リノベのススメ」記事はこちら

前回のワークショップでは、
2×(ツーバイ)材を使用したスツールをつくりました。

ワークショップで制作したスツール。次回は好きな多肉植物とプランターの型枠を選んでプランターをつくり、つくったものは持ち帰れます。

前回のワークショップが好評だったため、
次回は少し定員を増やして開催されます。
定員15名となっていますので、お申し込みはお早めに!
ご予約は、下記サイトからお申し込みください。

MAD City「DIYリノベ」体験ツアー
開催日:2014年10月19日(日)13:00~19:00(※予定時間のため、定刻に終了しない可能性があります。)
講師:西尾健史(DAYS.主宰、DIYアドバイザー)
定員:15名
参加費:2,500円(材料費、多肉植物、指導料込)
会場:FANCLUB
アクセス:千葉県松戸市本町20-10 ルシーナビル7F(JR常磐線/新京成線松戸駅から徒歩2分)
主催:MAD City(株式会社まちづクリエイティブ)

過去最大規模!秋田出身の版画家・池田修三作品が200点超展示『センチメンタルの青い旗』

10月18日(土)より、秋田県出身の木版画家・池田修三さんの
過去最大規模の展覧会「センチメンタルの青い旗」が
秋田県立美術館にて入場無料で開催されます。

にかほ市象潟(きさかた)町うまれの池田修三さんは、
主に子供たちの情景や風景画を手がけ
可愛くも、どこか郷愁ただよう作品が特徴的。
秋田県発行のフリーマガジン「のんびり」で特集が組まれたのをきっかけに
全国で多くのファンを魅了しています。
今回の展覧会では少女やこどもをモチーフにした多色刷り版画の代表作をはじめ、
初期のモノクロ作品など、200点以上が並びます。

可愛くもどこかノスタルジック。心がつかまれるような作品が並びます

開催期間中には、美術館前に用意された巨大な女性の横顔に
全国から寄せられた花を並べて、
フリーマガジン「のんびり」09号の表紙を飾った
池田修三の代表作「花のプロフィール」
を完成させようというプロジェクトが平行して行われます。
場所は秋田県立美術館入口外物販テントのんびり・修三展ブース前。
参加の方法は、お花を持ってご来場いただくだけ。
お花の種類や大きさなどに決まりはありません。
詳細はこちらの資料をご参照ください。

さらに、18日(土)と25日(土)には
「のんびり」編集長の藤本智士さんをはじめ
にかほ市象潟郷土資料館館長の齋藤一樹さん、フリーアナウンサーの伊藤綾子さん、
放送作家・ミュージシャンの倉本美津留さんによるトークイベントも開催。
また、今回の展示にあわせて制作されたグッズや、
生前、池田修三さんが唯一認めたという木版刷り師・竹芳洞小林義昭さんが刷った
木版原画『池田修三小品コレクション』なども
枚数限定で販売されるそう。
木版画ならではのぬくもり、繊細さ、彩り。
ついつい魅入ってしまう作品たちをこの機会に味わってみては。

■池田修三作品展「センチメンタルの青い旗」
期間:2014年10月18日(土)〜26日(日)
場所:秋田県立美術館 一階 県民ギャラリー
料金:入場無料
開館時間:10時〜18時

○オープニングイベント
「センチメンタル宣言〜オープン!〜」
日時 :2014年10月18日(土)15時〜(16時終了予定)
会場 :エリアなかいち特設ステージ(入場無料)
出演 :齋藤一樹(にかほ市象潟郷土資料館館長)
    藤本智士(本展プロデューサー、『のんびり』編集長)
ゲスト:伊藤綾子(フリーアナウンサー)
○クロージングイベント
「センチメンタル宣言〜クロージング前夜〜」
日時:2014年10月25日(土)18時〜(18時45分終了予定)
会場:エリアなかいち特設ステージ(入場無料)
出演:倉本美津留(放送作家、ミュージシャン)
   藤本智士(本展プロデューサー、『のんびり』編集長)

木版画家 池田修三オフィシャルサイト

猫好き必見! アートになった猫コレクション 290点が秋田県立近代美術館で 「猫まみれ展」

永島春暁「猫の温泉あそび」

あなたは猫派?犬派?
現・秋田県知事の佐竹敬久さんは、
猫好き界でも有名な方。
以前、秋田犬をロシアのプーチン大統領に贈ったお礼に
譲り受けたシベリア猫「ミールくん」を含む8匹の猫と知事公舎に
暮らすほどの愛猫家なんです。

そんな秋田県の横手市で、猫好きにはたまらない展覧会
「招き猫亭コレクション 猫まみれ展」が開催中!
猫作品を愛するコレクター「招き猫亭」さんご協力のもと、
江戸時代から現代までの猫にまつわる作品約290点を展示しています。

小林清親「猫と提灯」

高橋弘明「ジャパニーズ・ボブテイル」

テオフィル・アレクサンドラ・スタンラン「猫と少女」

会場では、かわいがっている猫の写真(L版以下・紙焼きのみ)を
受付にお持ちいただくと、当日料金から100円割引される「猫割」や、
「猫まみれ展オリジナルしおり」のプレゼントも。
他、ジャズコンサート(10月18日)やワークショップ(10月19日)、
猫作品コンテストの作品展示、ギャラリートークなどのイベントも開催されます。
詳細はWebサイトにて!

■秋田県立近代美術館開館20周年
「招き猫亭コレクション 猫まみれ展
アートになった猫たち―浮世絵から現代美術まで」
会期:11月24日(月・休)まで※会期中無休
時間:午前9時30分~午後5時(最終入館 午後4時30分まで)
会場:秋田県立近代美術館
住所:〒013-0064 秋田県横手市赤坂字富ヶ沢62-46 
TEL:0182-33-8855
Webサイト

Made in 旭川! 樹齢100年を超える木を使った 木の家具・道具に会える 「コサイン青山」

北海道・旭川で、木のものづくりに取り組む「コサイン」。
樹齢100年を超える木を材料に使い、それらを大切に使いきる工夫を
しながら、家具やおもちゃなど、さまざまなプロダクトを作っています。

そんなコサインが、このたび東京に直営店「コサイン青山」をオープン!
明るい店内で、既存の製品のほか、新しく誕生したソファやテーブルなどの
新製品が紹介されています。

こちらが「コサイン青山」の外観。

ガラス張りの明るい店内です。

製品を作る工程で出た木っ端で作られた店名のサイン。

歯がため「ベーグル」

「コサイン」のプロダクトには、
道産材のサクラ材を使っているものも。
なかでも歯がため「ベーグル」は、赤ちゃんのためのユニークなおもちゃです。
かたちはベーグルそっくり! 赤ちゃんの手にピッタリ収まる大きさで、
赤ちゃんが噛んでもなめても安全。
コサインの工房から出る短い材料を活かして、
小田原の「挽き物」職人さんとのコラボレーションして創りあげたのだそう。
などなど、店内ではいろいろな木のプロダクトに出会う事ができます。

コサイン青山
住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN 外苑101
営業時間:11:00~19:00 
定休日:水曜日・年末年始他
TEL.FAX:03-3470-7733

解体決定の建物が一転、 最小文化施設に! HAGISTUDIO vol.2

HAGISTUDIO vol.2
萩荘の解体がなくなったわけ

みなさんこんにちは!
vol.1に続き、東京谷中の最小文化複合施設「HAGISO」について書いていきます。
HAGISOの前身である木造アパート「萩荘」は解体することとなり、
僕らは最期の晴れ姿としてアートイベント「ハギエンナーレ2012」を開催(vol.1参照)。
このアートイベントが、予想以上の盛り上がりを見せたのです。
イベントと並行して、萩荘の大家さんは解体・駐車場化の段取りを進めていました。

萩荘の大家さんは、隣接する寺院、「宗林寺」さんです。
住職は常々、地域に対する、現代的な寺の文化的貢献に対して考えていらしたそうで、
萩荘を舞台にしたアートイベント、ハギエンナーレには大変共感していただきました。

宗林寺。通称萩寺。萩の花が境内に咲く。

私は展示の片付けをしつつ、大家さんと後始末について話していると、
大家さんの奥さまがぽつり、とつぶやきました。
「ちょっともったいないかしらね〜」
おや? と。これはもしかすると少し風向きが変わってきたのかな?
と思い、よくよくお話を伺ってみると、
「ハギエンナーレ2012」を通して、大家さんたちご自身も、
ただのボロアパートだと思っていた建物に多くの若者が集まった光景を目にして、
場所のポテンシャルに気が付いたとのことでした。
「これは萩荘にとって最後のチャンスかもしれない」
僕は早速リノベーションのアイデアを提案しました。
デザインをずっと学んできた僕にとっては、提案書をつくるなど全く素人でしたが、
簡単な事業計画と、経済的なリノベーションのメリットに関しても説明しました。
「駐車場として運用する場合」「新築の集合住宅を作る場合」「リノベーションする場合」、
と3つのシミュレーションを仮定して、それぞれの事業を比較します。
このとき役に立ったのは、
広瀬郁著『建築学入門-おカネの仕組みとヒトを動かす』(彰国社)という本で、
実際の事業を動かしていく上でも非常に重要な基礎知識を学ぶことができました。

一生懸命考えたものの、独立したてで何の実績もない僕のような若造の提案ですから、
事業の採算性というよりは、ほとんど情熱を買っていただいたようで、
最終的にリノベーションという選択肢を選んでいただけました。
後から大家さんに聞いた話によると、展示をある程度無事に成功させたことで、
大家さんから一定の信頼を置いていただけるようになっていたようです。

大家さんにプレゼンした際の萩荘の模型。

さて、とはいえ萩荘で一体何を始めるのか。
最初は設計だけして、誰か外からテナントを募集しようと思っていたのですが、
それだけではなにかが失われてしまうような気がしました。
継続的な思いというか、熱量の持続性のようなものかもしれません。
場所のポテンシャルを最大化する試みを、
建物のデザインだけではなくて運営することも含めてデザインしたいと思い、
全体を丸ごとお借りして、自ら施設の運営にチャレンジすることにしました。

ヒントは、上海のまちでの経験から

ところで、私はこの萩荘の改修にとりかかる前、
2011年までは設計事務所に勤めていました。
主に海外の大規模施設の設計がほとんどで、まだ何も知らない僕らのようなスタッフに、
ありえないくらい大規模の設計をチャレンジさせてくれました。
設計者として、そのような大規模な施設の設計に携わることができるのは
貴重な経験ですが、一方で、
どうしても自分が携わる建築の必然性のようなものが掴めないまま、仕事をしていました。
日本における公共建築は、本来的な意味で公共空間として使いこなされず、
「箱もの」としてお荷物になっている建物が多い状況を目の当たりにしてきた世代として、
一体誰のために、何のためにつくっているのか、
ということをリアルに実感したいと感じていました。

出張で中国の上海に半年ほど滞在していたのですが、
当時、上海なんかはそれはそれはもう開発がまっさかりで、
新しい高層マンションが次々と建ち並んでいくわけです。
しかし、上海のまちの中には、
取り残されたように「里弄(リーロン)」と呼ばれる古い路地に
住居がひしめき、いまだに多くの人が住んでいました。
どうしても僕にとってはそちらのほうが100倍魅力的に見えていました。

新しくそびえる高層マンションと取り残された住居。

滞在先がこのような古い住宅を意味する「老房子(ラオファンズ)」と呼ばれる
共同住宅だったこともあり、そこでの日常を目にする機会が多かったのです。
例えば、もうこっちは寝てる時間なのに廊下で炒め物を始める住人がいたり、
向かいの家で夫婦喧嘩を始めたりと、むちゃくちゃなわけです。
でも毎朝路地のおばあちゃんは親しげに挨拶してくれたり、
バルコニーで一斉に干された洗濯物を目にする日々は、
なにか自分が古くから脈々と続くまちの一員になった気がしました。

何故スラムのような古い路地のほうが最高に魅力的で、
清潔で経済的価値の高い高層マンションが絶望的につまらなく見えてしまったのか。
単なるノスタルジーや雰囲気によるものなのか。
ずっと考えてきましたが、最近になってだんだんわかってきたことがあります。
新しくつくられるまちは、人が建物に収納されているように見えるのと対照的に、
老房子などが残るまちは、
人が自分の生活空間を獲得しようとする意志と自由をもっているということです。
まず生活があり、それに合わせて必要な空間につくり替えていくたくましさが
生き生きと見えたのでした。

路地と少女。

老房子のように上海には意図的に古い建物を利用した場所が多くあります。
経済成長のまっただ中にありますので、一見乱開発のみが行われるように見えますが、
昔からの路地を利用した街区や工場をリノベーションした商業施設、
地下防空壕や租借地時代の洋館を利用したナイトクラブなど、
古い建物をコンバージョン(用途変更)した場所が実はいたるところにあります。
多くの中国人は新しいもの好きなのですが、
こうした古い建物が持つ価値を利用することで、
エリア価値が高まることを彼らは知っています。
それがたとえ商業的な目的を意図するものだとしても、
もともとのポテンシャルを生かしきっていこうとするしたたかさをもって
新たな魅力的な場所として生まれ変わっているのは、全然アリだと思えました。

田子坊。古い路地にアーティスト「陳逸飛」がスタジオを構えたことをきっかけに小規模な店舗やギャラリーが徐々に増え、路地空間を残した非常に魅力的な街区をつくっている。

1933老場坊。1933年に竣工した屠殺場を改修した複合施設。屠殺場という機能に忠実な建築で、かつて加工された家畜の通路が現在は人のための通路となっている。

翻って東京のことを考えてみますと、
そもそも震災や戦災の影響で、残っている古い建物自体少ないという一面もありますが、
戦後に建てられた建物に関しても基本的には価値を見出さず、
新しく管理のしやすい建物を好む傾向が強いと僕には思えます。
このまま東京が時間的な奥行のないつまらない都市に向かってしまうのではないかと、
危機感を感じるのです。

萩荘からHAGISOへ

少し脱線しすぎました。しかしこのような経験を経て、
萩荘を新しくどのような場所としていくかを考えたとき、
最初に描いたイメージが以下のものです。

萩荘はHAGISOと名前を変え、「最小文化複合施設」として生まれ変わります。
東京には多くの公的な公共施設や、巨大資本による複合施設が存在しますが、
その末席に肩をならべるパブリックな空間を、
「私営の公共施設として運営したい」と思ったのです。
上の図は、そんな思いから若干の自虐的なヤケクソ感とともに描いてみました。
小さいかわりに、東京ならではの、「ここにしかない場所にしたい」と心に決めました。
正直、大規模な複合施設は世界のどの都市にも似たようなものがあります(ボソッ)。
しかし萩荘のように、近年どんどん空き家化している、
戦後の典型的な木造アパートだからこそできるスケール感で、
東京というコンテクストの中での存在感を示せるのではないかと思いました。

具体的には、人が集まるための場として1階にカフェとギャラリー、
2階にはヘアサロンとアトリエ、事務所を計画しました。
カフェとギャラリーは一体の空間として、
イベント時などに複合的な使い方ができるようにします。
ギャラリーという空間は、機能的にはただの空間でしかありませんが、
さまざまな活動を受け止める「あそび」をもたらしてくれるので、
ステージになったりロビーになったりと、新たな使い方を誘発します。
ギャラリー上部は「ハギエンナーレ2012」時に鳥小屋にするために、
二階床をぶちぬいていましたので、そのまま吹き抜けとすることにしました。

Before-Afterの図。

工事費用は、建物の構造やインフラに関わるところは大家さんにご負担いただき、
内装や設備は私が負担しました。
どちらの費用も5年で回収できるよう、家賃設定を定めます。

工事開始!

改修計画をまとめ、見積りをとり、いよいよ工事が始まりました。
工事は、リノベーションの工事を多く手がけている、
「工務店ROOVICE」さんに協力をお願いしました。私たちはできるだけ自分たちや、
協力してくれる人たちの手もお借りしてつくりたかったということもあり、
大工さんや職人さんたちと一緒に、
自分たちができるところは自分たちでつくる方法をお願いしました。
工務店にとっては全体の作業量が把握しづらかったり、
工期が読みづらかったりという手間をかけさせてしまいましたが、
おかげで多くの人に工事プロセスにも参加していただくことができました。

まず築60年の古い家ですので、とにかくたまりにたまったものの廃棄と、
不要な部分の解体が大変です。この部分には、お手伝いいただける一般の方を公募。
アーティストや、ギャラリスト、雑貨屋さん、フォトグラファー、学生など、
HAGISOに興味をもってくれた方々が参加してくれ、
大工さんに解体の仕方を教えてもらいながら、一緒に作業しました。
約1週間かけて部分解体・廃棄を完了できました。

宗林寺住職による工事安全祈願のお祓い。

廃棄物。これの3倍くらいの廃棄物がでました。

解体の結果を受けて、現場でイメージしながら図面を引きました。

ひととおりの部分解体・掃除が終わると、本工事に入ります。
もともと竹木舞にしゅろ縄がはられた土壁ですので、
全体的に構造用合板で耐力壁をつくり、金物で補強していきます。
1階の天井はすべて剥がして、
もともとの2階床根太(床の補強となる部分)が見えるようにしました。

一階天井はすべて剥がして根太が現しになるように。

吹き抜け部分。

リノベーションの場合、開けてみないと土台の腐れなどがわからない部分が多いのですが、
今回は湿気のたまりやすい北側以外の構造部分はほぼ無事でした。
腐れのひどいところは、
大工さんが仕口(2種類の木材を継ぐための加工)をつくって差し替えてくれました。

腐食部分にぴったりと差し替えた柱。

コンクリート土間の左官仕上げ。

柱のやすりがけや壁の塗装は、自分たちや、アーティスト、
建築学生サークルのみなさんの手を借りてゆっくりと進めました。

色選びを失敗して塗り直し。

こうして徐々に萩荘はHAGISOへと生まれ変わっていきます。

うーん、予想以上に長くなってしまいました。
予定ではもうHAGISOオープンのところまでいくはずだったのですが、
あまり長くなってもアレなので今回はここまでにします!

次回は、工事中開催してしまったイベントやカフェの開店準備や
そして、僕らが利用したクラウドファンディングのことについてもお話します。
みなさん、お楽しみに!

information


map

HAGISO

住所:東京都台東区谷中3-10-25
TEL:03-5832-9808
営業時間:カフェ12:00〜21:00 (L.O. 20:30)
http://hagiso.jp/

YCAM「地域に潜るアジア:参加するオープン・ラボラトリー」後編

地域にやって来たエイリアンとして。

山口情報芸術センター[YCAM]で開催されていた
「地域に潜るアジア:参加するオープンラボラトリー」で、
最も長い期間、山口に滞在していたアーティストが
「竹のラボラトリー」のヴェンザ・クリスト。
彼はインドネシアで「HONF Foundation」というコミュニティを立ち上げ、
さまざまな活動を展開している。

「MICRONATION / MACRONATION(ミクロネーション/マクロネーション)」
というプロジェクトは、アーティストをはじめ、科学者、ハッカー、
活動家、学生、農家など、多様な人たちがそれぞれの専門知識を生かし、
新しい農村運営モデルをつくっていくというもので、
実際に100人ほどの人が暮らす規模の農村をつくり上げた。
「自分の仕事は、さまざまな専門性や職業を持った人々を集め、
ビジョンを共有すること。集まることで、
自分たちだけでは実現できないことも実現可能になる」と話していたという。

今回のラボラトリーも、まず課題を共有することからスタートさせようと考えたようだ。
まずヴェンザは山口に入る前に、リサーチのために岡山県の美作市上山地区を訪れた。
限界集落での棚田の再生活動など、山間地域の再生の成功例として知られている地域だ。
そこで耕作放棄地などの問題に触れ、山林にあふれる竹の問題に目を向ける。
ヴェンザは、それが日本の山間部の状況を最も端的に示す題材だと考えたようだ。

阿東文庫の音楽室にて、自身のプロジェクトを説明するヴェンザ・クリスト(右)。

公開ミーティングに集まった阿東地区の人々。

そして山口市の阿東地区へ。
YCAMから車で1時間ほどの阿東は、豊かな自然が広がる農村地帯。
米作や酪農も行われてきた資源の多い土地である一方、
美作と同じように竹が田畑や森林を浸食しているという問題を抱えていた。
そこで、竹という自然資源をキーワードに、
地域の人たちと話し合いながら、課題を浮き彫りにしていった。
そのなかで出会ったのが、さまざまな知識と経験を持つ、地域のキーパーソンたち。

「私たちが一方的にワークショップや活動を行うというより、
こういう方々の知識や経験を取り込み、私たちが得意とすることとかけ合わせていく、
ハイブリットな知性をつくっていけないかという考えが根幹にありました。
そこにはヴェンザのような、海外からの他者の視点というものも、
重要な役割を果たせるのではないかと思いました」
と、今回の展覧会を企画したYCAMの井高久美子さん。
ヴェンザや井高さんたちは、アーティストによるエイリアン(異国人)としての視点が、
日本の地域を俯瞰するうえで重要なのかもしれないと考えたのだ。
ヴェンザと地域の人たちはとりわけ農業の問題について議論を重ね、
ヴェンザは、農業を若い人たちにとってセクシーな(魅力的でかっこいい)
ものにすることが重要だと話していたという。

また、7月の下旬から約3週間にわたり、
阿東の旧亀山小学校で出張ラボラトリーを展開。
YCAMにあるレーザーカッターや3Dプリンターなどのデジタル工作機材を、
バスを改造したモバイルミュージアム「MOBIUM」に積み込み、
週末にはワークショップを開催した。阿東で伐採した竹を使って
楽器をつくるワークショップなどにたくさんの人が参加し、
イベント以外の日は、地元の人たちが自由に使える
ものづくりのための実験工房として機能した。

この運営の中心を担ったのが、阿東に暮らす明日香健輔さん。
明日香さんは、MOBIUMが置かれた旧亀山小学校内の私設図書館
「阿東文庫」の運営にも携わっている。明日香さんが中心となりながら、
YCAMと、今回の展覧会に共同リサーチ・プランニングとして関わる
大阪の「ファブラボ北加賀屋」のメンバーたちが、技術的にサポートした。

7月21日にファブラボ北加賀屋が行った「竹楽器をつくろうワークショップ」の様子。地元の竹細工の名人の技術と、デジタル工作機器の技術の双方を使って新しい竹楽器をつくっていく。

3Dプリンターやレーザーカッター、カッティングプロッターなどを搭載したバス内部。

ヴェンザは、YCAMで行われた最後のミーティングで
「日本の中山間地域で、さまざまな専門的知識と経験を持った人たちとの対話が、
大きな収穫だった」と話していたという。
インドネシアに帰国してからも竹のプロジェクトを行っており、
山口での経験がまた別の場所で生かされそうだ。

「阿東文庫」が秘める可能性。

今回の阿東地区での活動においてキーパーソンとなった明日香さんに話を聞いた。
明日香さんは、大阪出身のIターン者で、8年ほど前に阿東に移り住み、
IT関連会社を経営する傍ら、阿東文庫の運営に携わっている。
明日香さんは個人的に、ものづくりの世界的なネットワークである
ファブラボに興味を持っていたという。

「ものすごいムーブメントが起きているということは、
本やウェブなどを通じて感じていました。
それで1年半くらい前に、全国のファブラボを見て回ったんです。
これは面白い、と感じました。阿東にみんなが来て楽しめるような
ものづくりの拠点ができたら。ぜひここでやってみたいと思っていました」

いろいろなところにかけ合ってみたがなかなか実現のめどがたたず、
もう自分で3Dプリンターを買って始めようかと思っていたところへ、
ひょんなことからYCAMの企画チームとつながり、今回の活動に発展していった。
ファブラボは現在日本でも広まりつつあるが、多くは都市部にある。
中山間地域であるこの阿東に、移動式のファブラボが出現したのは面白い現象だ。
期間中は阿東文庫にさまざまな人たちが訪れ、ものづくりを楽しめる場となった。

たとえば「こんな表札がほしい」とパソコンで作成したデータを持参した女性が、
3Dプリンターで表札をつくり、喜んで帰っていったそう。
「意外と女性が積極的に来てくれました。若いお母さんがお子さんと一緒に来たり。
みなさん楽しそうにつくっているので、手伝うほうも
一緒になってわいわいやって、とても楽しかったです」

全国のファブラボを見て回っているなかで、
老若男女に偏ることなく利用者がいるということに、
明日香さんは可能性を感じていたそうだ。

「このあたりでは3世代で同居している世帯も多いですが、
実は世代間で分断が起きていることが多い。
でも、ものづくりがきっかけになって会話が生まれる。
たとえば孫が70代のおじいちゃんに3Dプリンターの使い方を教えたり、
その逆のことも起きたりする。そういう光景を目の当たりにして、
こういうことがこれからの地域に必要なんじゃないかと直感的に感じたんです。
ものづくりは集落や世代を超えていく。
ここに、これからの地域再生のヒントがあるんじゃないかと思いました」

「阿東文庫」の可能性について語る代表の吉見正孝さん(左)と、明日香健輔さん(右)。

阿東文庫内の様子。

今回の活動がYCAMを飛び出し、阿東地区の、しかも阿東文庫という場所で
行われたことには、大きな意義があるように思われる。
阿東文庫という場所が、大きな可能性を秘めている場所だからだ。
もともと阿東文庫は、現在代表を務める吉見正孝さんが、
8年ほど前から地域で捨てられる本を集めるようになったことから始まった。
当時清掃業に携わっていた吉見さんは、
毎日いい本がたくさん捨てられていくのを見かねて
その一部を集めていたが、さすがに置き場所に困った。
そのうち、休校して使われなくなった旧亀山小学校の一室に置かせてもらうように。
4年ほど前から有志を募って本を整理するようになり、地域の人たちに開架している。

図書館のようだが、公共の図書館と違うのは、
有志が残していきたいということから始まっていること。
市立の図書館は、市民が読みたい本を揃えなければならないため、
専門性は低くなってしまいがちだという。
蔵書の数やスペースにも限りがあり、残したくても残せない本が出てくる。
阿東文庫では、亡くなった方の遺品整理に困った遺族が寄贈したり、
退官する大学教授が大学図書館では引き取ってもらえないからと譲ってもらうこともあり、
その結果、個人の趣味や研究が色濃く出るような本が集まってきた。

「会ったことがない人でも、こんな本を読んでいたのか
ということがわかることによって、その人の人となりや、
阿東でこういう生活をしていたんだろうなということが、うっすら見えてきます。
この地域で生きてきた人たちの歴史や情報が凝縮されている。
それに感動することがあるんです。ここでどんな人が生きて、
どんな生活をしていたかを残していくというのは、
地域としては大きな財産になるんじゃないか。
こういう地域の歴史の残し方は、新しいのではないかと思うのです」

明日香さんは、地域には自分たちがやっていくことを考えるための
シンクタンクが必要だと、以前から考えていたという。
「自分たちの地域に誇りを持って生きていくために、
何を残したり、何をやっていかなくてはいけないか。
自分たちの足で自立して考えていくためには、
ここに本があるというのは大きな意義があると思います。
実は地域のことについて、地域の人がいちばん無関心だったりする。
それでは地域はよくならない」

地域には、明日香さんのようなIターンの目線が必要なのかもしれない。
それはまた、今回アジアに潜ったアーティストたちのエイリアン的な視線とも重なる。
今後はもっと地元の人にたくさん阿東文庫を利用してほしいと語る明日香さん。
そして、阿東文庫が単なる本を集めた場所以上の場になることを考えている。

「この場所を、これからの中山間地域をどうしていこうかということを考えられて、
実践していける場所にしていきたいと思っています。
東京も50年後には、65歳以上の高齢者の占める割合が、現在の中山間地域と
同じくらいの比率となる時代を迎えるといわれていますが、
そう考えるとここは最先端(笑)。ここで起こるいろいろな問題を
どう解決するかというノウハウが、指標になる可能性が大いにあると思っています」

YCAMがあり、阿東文庫があり、そういうハブがいくつもできてきて、
それらがつながっていけば、地域は少し変わっていくかもしれない。
阿東文庫はそんな希望が持てる場所だった。

「地域に潜るアジア」展は、何か目標が達成されたり、
完成された作品が展示されるような展覧会ではないが、
地域でいろいろなことが行われ、考えられるような状況を育んでいる。
今回の展覧会は、そのきっかけにすぎないのだ。

「TRANS ARTS TOKYO 2014」東京・神田にて開幕! 都市のスキマを舞台とするアートプロジェクト

9月20日(土)~ 11月3日(月)、
東京・神田にて「TRANS ARTS TOKYO 2014」が開催されます。

このプロジェクトは、開発にともなって生まれた
“都市のスキマ”を舞台とするプロジェクト。
2012年に旧東京電機大学校舎でスタートし、
今年は更地となった旧東京電機大学跡地と
3331 Arts Chiyoda、ワテラスコモンなどで開催。
音楽ライブ、巨大アート作品展示、
キャンプ体験など、大規模なプログラムが目白押しです。

■「TRANS ARTS TOKYO 2014」の見どころ

池田晶紀 「神田っ子ポートレイトプロジェクト」開催地:ワテラスコモン3F

10月25日(土)・26日(日)は、旧東京電機大学跡地にて
幻想的な屋外シアター「CAVE -KANDA PROJECTION-」。
映像作家23名による映像が
神田のビルの谷間にぽっかりと浮かびます。

11月1日(土)〜3日(月・祝)は
旧東京電機大学跡地にて「アーバンキャンプ・トーキョーホテル」。
神田に、3日間だけキャンプ場が出現します。
都市のど真ん中でキャンプできる、またとないチャンス!

10月19日(日)・20日(月)は、
神田警察署のとなりに、現代美術作家の椿昇さんと
哲学者の室井尚さんによる巨大なバルーン作品
「インセクト・ワールド-飛蝗」が出現。
全長50mのバッタの体内をめぐれるツアーもあります。

10月12日(日)は、旧東京電機大学跡地にて
ライブストリーミングスタジオ/チャンネル「DOMMUNE」の
キュレーションによるプレミアムライブを開催!
NINA KRAVIZ、Oval feat. Ametsubらによる
最前衛エレクトロニック・ミュージック・イベントです。

そのほか、期間中は神田、お茶の水、神保町一帯で
さまざまなイベントが開催されます。
イベントによって開催日・場所が異なりますので、
詳細は各プログラムページをご覧ください。→こちら
TRANS ARTS TOKYO
FACEBOOK

木造旅館が、 ゲーム制作会社の社屋へ大変身! シーンデザイン一級建築士事務所 vol.03

シーンデザイン一級建築士事務所 vol.03 
アソビズム長野ブランチプロジェクト

今回は、東京に本社を置く会社「株式会社アソビズム」の
長野支社にまつわるリノベーションのお話です。
このプロジェクトでは、リノベという“つくりかた”をより意識したものになりました。

株式会社アソビズムは「ドラゴンポーカー」「ドラゴンリーグ」といった
スマホ向けのアプリを手掛ける、秋葉原に本社を構えるゲーム制作会社です。

2012年、代表の大手智之さんは、理想の子育てを求め、
ご家族そろって長野に移住してきました。
お子さんと一緒に参加した体験キャンプで触れた自然体験から、
「長野こそ“未来の教育”へ向けたチャレンジに向いている地である」
との思いが強くなったそうです。

さらに大手さんは、秋葉原にある本社はそのままに、
アソビズム長野支社(通称:長野ブランチ)の設立準備をはじめました。
最初は、駅前の貸事務所ビルといった物件を見ていたそうですが、
せっかく長野に来るのに東京と変わらない環境ではつまらないと、
善光寺門前界隈の空き家物件に興味を持つようになり、
マイルームの倉石智典さんと出会いました。

大手さんから聞く、アソビズム長野ブランチの構想は、
これまで門前界隈で行ってきたリノベ物件より規模が大きく、
建築や設備に対しても、より専門的な分野の経験が必要であることが予想されました。
そうしたことから、2013年、物件探しの段階からシーンデザインも加わり、
CAMP不動産としてプロジェクトを進めることになりました。

早速、大手さんと善光寺門前界隈のいくつかの物件を一緒に見てまわった末、
善光寺の西に位置する桜枝町に建つ元旅館「飯田館」を
アソビズム長野ブランチとしてリノベーションすることが決まりました。

長い間、放置されてきた空き家たちは、よほど想像力を豊かにそのまなざしを
向けない限り魅力的には見えないと思います。
ましてや建築を専門としていない方にとっては、なおさらだと思いますので、
大手さんには、よくご決断して下さったと感謝しています。

リノベ前の元旅館「飯田館」の外観。

現場に何度も足を運んでは、どのように使えるか想像します。

先ずは実測調査。既存平面図を作成します。
それをもとに大手さんからの要望を整理し、
場所の使い方の簡単なスケッチを数枚描いてイメージの共有を図ります。

あくまでイメージ。状況に合わせて現場はどんどん変わっていきます。

そのほか、建物のスペックについて打ち合わせを重ね、
ある程度内容が見えてきたところで、概算を提示して工事を始めちゃいます。

相変わらず、この時点で詳細図面がありません(汗)。

CAMP不動産的工事スタイル

前回で紹介した、「藤田九衛門商店」の“つくりかた”は、いろいろなことが手探りでした。

こうした工事の進め方は、マイルームの倉石さんがそのベースをつくってきました。
図面がほとんどない状態で工事が始まるスタイルはドキドキですが、
一方では、より自由度が増し、リノベ工事には合っていると思います。

考えてみれば、かつて大工の棟梁は、必要最低限の図面だけで、
旦那との信頼関係のもと、職人を束ねて建物を建てて、
その仕事に見合う報酬を得ていたのですから、
工事の進め方として全く新しいわけではないのかもしれません。

しかしながら現代では、細切れになった工業部品を、
設計図をもとに、これまた細部に分業化された専門職によって
順序良く組みあげていく“つくりかた”が大半を占めています。
建築工事の場合、“もの”ができる前に工事費を決めて契約をするので、
できるだけ予定通りに進んでもらわなくては大変です。

現場では、事前に描かれた図面に即した施工がされているか、
チェックすることに力点が置かれ、工事の責任の分界点もはっきりしています。
それは、とても合理的な“つくりかた”ではあるのだけれど、実は、こうした“つくりかた”が、
現場から想像力を奪っているのではないだろうかと思うことがあります。
指示された通りにきれいにつくることはできても、
細かい部分で判断を迫られたとき、手が止まってしまいます。
つくり手が現場の状況や施主の要望などから、
なにをどうつくるべきかを「想像する」ことに慣れていないのです。

そういうこれまでの“つくりかた”に対して、CAMP不動産的なリノベ工事のスタイルは、
工事費も、工期も、内容もすべてがあいまいなまま工事がすすんでいくので、
これまでの感覚でいると、施主にも設計者にも施工者にも理解され難いスタイルだと思います。

そんななか、自分たちの仕事場は自分たちでつくっちゃおうという、
アソビズムの真にクリエイティブな思想とCAMP不動産との相性が合ったのだと思います。

工事を振り返り、アソビズムの大手さんはこんな風に話していました。

「今回、本当に設計図も完成予想図もなしでのスタート。
共有したのは軽いラフスケッチと、コンセプトだけ。
これまでのオフィスづくりではあり得ないやり方で、正直不安の方が大きかったですが、
考えてみれば、僕らのゲーム制作も、コンセプトを決めたら後は
ひたすらビルド&クラッシュで、仕様書などつくらずに進めていきます。
その方が観念や余計な重力に引っ張られずに、
素直に核の面白さだけを考えて進める事ができるからです。
そう考えれば、リノベーションのようなアドリブが入り込む余地のある建築スタイルでは、
この方法がむしろ適しているのかもしれませんね」

大手さんにおいては、さぞかし不安であったろうなと思います。
しかし最終的には、分野は違えど、クリエイティブな仕事をされている方に、
ものづくりという点で共感していただけたのならうれしい限りです。

壊しながら考え、つくりながら考える

さて、いよいよ工事が始まります。
先ずは、解体工事から。

設計者は、解体業者に、どこを解体してどこを残すか図面で指示することが一般的ですが、CAMP不動産では、現場で要るものと要らないものを判断して、
どんどんしるしを付けていきます。

壁や長押(なげし)に貼られた〇×△テープ(ちょっとわかりづらいですが・・・・・・)。

〇は残す。×は壊す。△はそっと外して再利用。
至る所にしるしが描かれたテープが貼られていきます。

おぼろげな平面プランはありますが、そもそも詳細な図面がないのですから、
現場で思考が止まることがありません。

壊しながら考え、つくりながら考えます。
その都度、クライアントの用途要求に対して最適最善と思われる方針を見つけ出し、
どんどん施工していきます。

解体工事が一通り済むと、空間のボリュームが見えてくるので、
よりその先をイメージしやすくなります。

飯田館の2階、客室押入れの天井の一部から天井裏を覗くと、そこには、
トラス構造の小屋組み(三角形をつくるように部材を連結して構成された構造形式)が
ありました。

門前界隈の旅館や倉庫建築によく見かけるこの構造は、
内部に柱がない大きな空間をつくることができます。

解体工事前の飯田館の2階は多くの小さな部屋に小分けにされていましたが、
この洋小屋組みを確認できたので、壁を取り払い、
執務室を大きな一つの空間にすることが可能だと判断できました。

あわせて、このトラス構造も空間を特徴付ける要素として是非見せたい!
ということで、天井を取り払い洋小屋組を現すことにしました。

飯田館の天井裏から現れた洋小屋構造。

そこには何ともダイナミックな空間が出現。
空間の変容ぶりに、関係者一同一気にテンションが上がります。

現場を見ながら、
トップライトやサイクルファンの最適な位置を検討できるのもリノベならでは。

光の入り方や、空気の流れなども、机の上で考えるのではなく、
現物を見ながらだから間違いがありません。

屋根断熱と天井板を張って、部屋の奥まで陽が入り込む、
とっても気持ちのいい天井のできあがり!

新しい天井のかたちが見えてきました。

木製OAフロア

“OAフロア”っていう言葉。
聞いたことがある方は多いのではないかと思います。
フリーアクセスフロアなんて言い方もします。
オフィスにおいて、パソコンなど多くの配線を必要とする場所に設置される床のことで、
これを使えば机や家具類の配置に影響されずに配線ができて足元がすっきりします。

一般的なオフィスビルに施工されるOAフロア。

当然アソビズムも、ゲーム制作会社ですからパソコンをたくさん使います。
なので、長野ブランチにもこのOAフロアをご希望されていました。

ただ、上記のような既製品のOAフロアを使うとなると、
床仕上げはタイルカーペットかビニルタイルになってしまいます。

床がタイルカーペットでは、せっかくの木造老舗旅館リノベなのに面白くない。
まるでオフィスになっちゃう(いや、オフィスなのですが・・・…)。

ということで、アソビズム長野ブランチでは、
根太(床下地)で配線ピットをつくって板で蓋をしてOAフロアの代わりとしました。

真ん中が配線ピットになります。
そして、ピットの壁際の下階は押入れを改造したサーバールーム。

仕上げはフローリングの巾と合わせた板で蓋をしました。

根太方向を工夫して配線を通すスペースを確保。

手掛け(板を外すために指を入れる穴)兼配線出しのための穴を等間隔に開ければ、
立派なOAフロアになりました。機能的にはこれで十分。

古くて新しいオフィス

そんなこんなで、ローテク満載でハイテクIT企業のオフィスを考え、工事が進みました。
見た目は古いけど、実は近代的な、ここにしかないオフィスの完成です。

基本的には外観を変えることなく再塗装のみを施しました。

輻射冷暖房と真空ガラスの採用で、快適な執務空間。

一階はスタッフのサロンであったり、応接や地域交流の場として活用されています。

根太表しの天井は、旅館だった頃の天井そのまま。

お風呂と洗面所だったスペースはバーカウンターになりました。

014年2月14日、記録的な大雪の中、
アソビズム長野ブランチはようやくオープニングを迎えることができました。
当日は県内外から、交通機関の乱れにも関わらず、
たくさんの方がお祝いに駆けつけてくださり、
アソビズムという魅力的な企業が長野に支社をつくったというインパクトと、
そんな企業が木造旅館をリノベした建物をオフィスにしたことが
地元メディアにも大きく取り扱われたりもしました。

リノベ工事の様子は、シーンデザインのブログでも紹介していたこともあり、
うわさを聞きつけて、かつての飯田館の所有者から
以下のようなコメントをいただきました。

「飯田館は私の実家でした。数年前ある住宅会社に売却しました。
買主は解体して駐車場にすると言っていたのですが、
さっぱりその様子がなく近年は放置されているような感じで、とても心配しておりました。
少し前に地元在住の同級生から、NHKや信濃毎日新聞で
お前の実家のことが出たと知らせを受けており、
このたび貴社のHPで懐かしい飯田館の改修工事の様子を拝見し、
とても嬉しくまた安心いたしました。
いつか兄弟で生まれ変わった飯田館を見に行けることを願っています」

とてもうれしいコメントでした。

まちには、合理的でわかりやすいことだけではなく、
さまざまな割り切れない気持ちがたくさん潜んでいるのだと思います。
私たちは、そのことを、まるでなかったことのように消してしまうのではなく、
いったん引き受けてみる態度をとることは、
実はとても大切なことなのではないでしょうか。

積み重ねてきた記憶を受け継ぎながら活用していくことが、
まちの“奥行”をつくっていくのだと信じています。

information


map

株式会社アソビズム 長野ブランチ

http://www.asobism.co.jp/nagano/

YCAM「地域に潜るアジア:参加するオープン・ラボラトリー」前編

「場」を見せる、という展覧会。

山口市にある山口情報芸術センター[YCAM]では、7月5日から9月28日まで、
展覧会「MEDIA/ART KITCHEN YAMAGUCHIー地域に潜るアジア:
参加するオープン・ラボラトリー」が開催された。
これは、東南アジア4か国で開催された国際交流基金主催の展覧会の
山口版ともいえる展覧会で、アジアからやって来たアーティストたちが
山口の各地域に潜り、さまざまなフィールドワークをもとに、
地域の人たちとつくり上げるような展覧会だ。
展覧会といっても、ふつうの展覧会と少し違うのは、
会場に行っても完成された作品が展示してあるわけではなく、
そこにあるのは「場」でしかない。
タイトルにもあるように、ラボラトリー、つまり作業場のようなスペースがあり、
アイデアや活動が生まれていく場が開かれている、という企画展なのだ。

会場には5つのラボラトリーが開設された。
「竹のラボラトリー」では、ヴェンザ・クリストとユディ・アスモロという
インドネシアのアーティストが活動。
彼らはインドネシアのジョグジャカルタで、
テクノロジーとアートのためのラボ「HONF Foundation」を設立していて、
アーティストと専門家や学生などによる緩やかなコミュニティが、
地域課題に取り組むプロジェクトを展開している。
インドネシアでは建材として利用されている竹が、
山口ではほとんど利用されていないという現状に目を向けたヴェンザたちは、
地域の人たちと一緒に竹の問題について考えていった。
またそこから、大阪の建築グループ「ドットアーキテクツ」による
会場デザインのアイデアも生まれ、実際に竹を利用したラボラトリーが会場に出現した。
今回ヴェンザが潜った山口市の阿東地区での展開については、
後編で詳しく紹介していく。

今年3月に山口市の阿東地区の農家、吉松敬祐さんを訪問するヴェンザ・クリスト(写真左)。活動に共通点が多く、話が盛り上がるふたり。

「食物のラボラトリー」では、マレーシアのリム・コクヨンとヤップ・ソービンによる
「オペラシ・キャッサバ」というプロジェクトが展開。
キャッサバは、タピオカの原料としても知られる南米原産の作物で、
東南アジアでは一般的な食べ物のひとつ。
第二次大戦下に、旧日本軍が主食である米を独占してしまったために、
現地では重要な食糧となって一般的に定着したという経緯がある。
オペラシ・キャッサバは、キャッサバを通して
マレーシアの文化的アイデンティティを探るプロジェクトとして、
キャッサバにまつわる記憶やレシピを投稿できる「キャッサバ・ミュージアム」を、
2012年にインターネット上に立ち上げた。
今回はキャッサバ・ミュージアムのYCAM版を制作したほか、
実際にYCAM内に小さな畑をつくり、キャッサバを栽培している。
また、山口市で食文化について考える活動を展開する
津田多江子さんによるワークショップも開催された。
実際にキャッサバを調理し、リム・コクヨンのおばあさんのレシピを再現することで、
個人の記憶を追体験するようなワークショップになった。

YCAM内の中庭にキャッサバ畑が出現。

会期直後に開催されたワークショップ。キャッサバを調理するヤップ・ソービン(写真右)とリム・コクヨン(写真左奥)。

「穴のラボラトリー」は、田村友一郞による「話」のラボラトリー。
人の口から耳へ、そしてまたその人の口から別の人の耳へと
「穴」を通して話が広がっていくことをイメージしている。
館内ツアー「Y市の出来事」では、普段よりYCAMの展覧会ナビゲーターを務める
サポートスタッフと呼ばれる女性たちが案内人となり、
来場者から山口にまつわるさまざまな話を、日々聴取している。
ツアーの導入では、田村自身が取材した、日本で唯一、民間で継承されている
山口鷺流狂言にまつわる話を紹介しながら、来場者から話を引き出している。
ツアーを介して、サポートスタッフの女性たちにより集められた話は160話にのぼり、
経過報告会「名勝 Y市の穴巡り」の中で、
女性たちのドキュメント映像とともに、一部の話が公開された。

「Y市の出来事」経過報告会「名勝 Y市の穴巡り」の様子。

「名勝 Y市の出来事」で公開された、集められた話の一部。

「音のラボラトリー」では、山口にまつわる音源が公開されていた。
ひとつは山口市在住の民謡研究家、伊藤武さんが
山口県の各地で録音、保存してきた「作業歌」。
作業歌とは、昔の人が農作業などさまざまな作業をしながら
作業効率を上げるために歌っていた歌で、
山間部では農業や林業にまつわるものが多く、
沿岸部では塩や石材産業にまつわる歌が多い。
いまではほとんど失われてしまった作業歌を、50年にわたり、
伊藤さんが歌い手を訪ねて録音、収集したこのライブラリーは、とても貴重なものだ。
もうひとつは、YCAMと坂本龍一のワークショップ
「walking around surroundー山口の音に耳を傾ける」のために、
2012年に山口市の小学生たちが行ったフィールドレコーディングの音源で、
現代の山口市のさまざまな風景が音によって浮かび上がってくる。
これらの音源を参照しながら、シンガポールのミュージシャン、
バニ・ハイカルが地域に潜り、音という切り口でフィールドワークを行った。

8月2日、3日に開催された大友良英FENオーケストラでのバニ・ハイカル。

そして5つ目のラボラトリーが
「メディア・テクノロジーと地域をつなぐラボラトリー」。
担当するのは「YCAM地域開発ラボ」だ。
YCAMが培ってきた技術やノウハウを、「地域」を通じて考え、
応用していくためのラボラトリー。
会場内に何でも投函できるポストを設置して、
地域の人たちから寄せられた課題や生活の知恵を貼り出し、
まずその共有からスタートして、人々がアイデアを交わしたり、
話し合ったりできる場を提供している。

5つのラボラトリーのひとつである「地域開発ラボ」。

竹筒でできた何でも投函ポストは、山口市の形になっている。

「YCAM地域開発ラボ」がめざすこと。

最後に紹介したラボが、実は現在の、そしてこれからのYCAMの姿勢を象徴している。
昨年10周年を迎えたYCAMで、11年目の今年、「地域開発ラボ」が発足した。
といっても、それはゼロからのスタートではなく、
YCAMがこれまでも教育普及プログラムなどを通じて
地域と関わってきたなかでやってきたこと。
YCAMの持つ技術や蓄積を地域社会に還元していくことに、
より力を入れていくということだ。ひとつの決意表明にもとれる。
まずは異なる地域、分野、年代の幅広い人材が、YCAMを介して関係性が持てるような、
いい意味で混沌としたプラットフォームづくりが大事だと、
地域開発ラボの菅沼聖さんは話す。

「今回の展示でもその姿勢を表しています。
ポストに山口の人たちが持っている地域の知恵を投函してもらう。
もしかするとそれはYCAMにとって新鮮な“知識”や“アイデアの種”になるかもしれません。
異なる分野の知識を集めて、生活や地域に根づく“知恵”をつくっていく、
YCAMはそんな場所になれる可能性を秘めていると思います」

「YCAM!知恵袋」に投稿された内容について、寄り合い形式で話し合うワークショップ。

たとえばこんなものがほしいとか、これをつくってほしいというような声に対して、
全部打ち返すことが正解ではない。地域課題に対して、
YCAMの技術で解決できるとしても、安易にそうしてしまうことが
必ずしも地域に貢献することにはならないと、菅沼さんは考えている。

「ひと言で地域課題といっても、その内容は多種多様。
当事者が高いモチベーションを持って原動力とならなければ、
解決することも、持続することも難しいと思います。
YCAMができることは、当事者とのコラボレーションが起きやすい
環境づくりに専念すること。地域、職業といった隔たりを超えて、
アイデアや課題を共有できる場所になれればと思います」

キッズ向けのものづくりワークショップも定期的に開催。

YCAMが以前から取り組んでいることのひとつに、
プロジェクトのオープンソース化がある。
坂本龍一と共同制作した「フォレストシンフォニー」は、
木の生体電位を採取してそれを音に変換するというものだが、
その制作に使ったハードウェア、ソフトウェア共に
インターネット上で公開して世界に発信している。
これは別の分野の人、たとえば農業に従事している人が知識としてとりこんだ場合、
まったく違う発想になるかもしれない。
また、プロジェクトのオープンソース化と同様に、
共同研開発の契約書までもオープンにしているのだという。
そのように活動を世界に発信したりオープンにしていくことは、
YCAMが培った技術や知恵が世界のどこかで有効利用され、
さまざまな可能性を生むことにつながる。

「地域課題というと内向きの印象を受けますが、
似たような課題を抱える地域は世界中に多く存在します。
世界規模で連鎖的に知識の応用が行われた結果、
地域の知恵がポンと生み出されるような事例をYCAMでつくりたいですね。
今後も公共文化施設と地域との新しい関係性を模索し、その手法が他施設のモデルとして
参照されていくような試行錯誤を続けていきたいと思います」

11年目から決意も新たにスタートした「YCAM地域開発ラボ」。
今回の展示に限らず、その可能性に今後とも注目していきたい。