女子大生が1ヶ月滞在して わかった今帰仁村らしさ。 〈沖縄 今帰仁村 大学生 アンバサダープロジェクト〉

最近では古宇利島やハートロックなどの観光スポットでも話題になった
沖縄本島の北部にある今帰仁村(なきじんそん)。でも今帰仁村はそれだけではありません。
海や島以外にも、農業が盛んだし、のんびりと過ごせる場所がたくさんあります。

そんな資源をもっともっとアピールしていこうと立ち上がったのが、
なんと19名の女子大生たち!
名付けて〈沖縄今帰仁村大学生アンバサダープロジェクト〉。

彼女たちが、計1ヶ月間、実際に村に滞在し、地元の人たちとふれあうなかで、
大学生目線で今帰仁村の魅力を発掘し、観光開発をしていこうというものです。
「6次産業開発チーム」「観光開発(ハード)チーム」
「観光開発(ソフト)チーム」「観光土産物開発チーム」と、
4つのチームにわかれました。

入り組んでいて静かな海であることがわかる今帰仁村。

「6次産業開発チーム」は、東京農業大学の学生たちで構成されています。
取り組んでいたもののひとつに、菊やたんかん、シークワーサー、
さらには自生の草花を使った、ボタニカルアロマキャンドルの開発があります。
夜間に光を当てて栽培する〈電照菊〉という育て方が今帰仁村では取り入れられており、
美しい菊の畑を鑑賞しながらの夜散歩という楽しみがあります。
ネオンきらめくアーバンな夜景とはちょっと違いますが、こちらもなんともロマンチック。
そんな特産の菊も新たな形で活かしていこうという試みです。

さらには女性向けのリキュールや島野菜のスムージーなど、
農業が盛んな今帰仁村と、女性らしい発想が組み合わされた
商品開発に取り組んでいました。

6次産業開発チームである東京農業大学のメンバー。

6次産業開発チームが機材などを借りている〈あいあいファーム〉の菜園。無農薬が中心だ。

また別の視点でユニークだったのが、大人の民泊。
現在、全国的に民泊は進んでいますが、教育的な観点から、
学生の修学旅行や課外活動などで利用されているケースが多いようです。

でも、大人だって民泊してもいい。
そこで彼女たちが考えたのが、民泊で農業体験するもの。
島の人しか知らないような野菜を一緒に育てて、料理の仕方なども習えるものです。

「おいしいものやすばらしい資源がたくさんあるし、
みなさん思ったよりもやる気があるのですが、
アピールするのがあまり上手ではないようです。
そこでわたしたちの目線でアピールしていければ、
役に立てるのではないかと思っています」
と学生たちは言います。
SNSなどを駆使した学生たちの発信力にも期待です。

漁師のことは漁師に聞け。 もう一度、漁師を身近な存在に フィッシャーマン・ジャパン 後編

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漁師のたまり場となるTRITON BASE

三陸で、水産業を盛り上げようと活動している〈フィッシャーマン・ジャパン〉。
漁師のイメージアップや商品販売、
さらには都会で漁師直送の食材が食べられる〈FISHERMAN BBQ〉、
水産業に特化した求人サイト〈FISHERMAN JOB〉などの活動を通して、
水産業全体の底上げを図ろうとしている。

そのひとつが〈TRITON PROJECT〉である。
それぞれの浜(港)に、漁師たちの拠点となるような
〈TRITON BASE〉を設置する場づくりだ。
現在はTRITON ONAGAWA、TRITON13、TRITON UTATSUの3つが稼動している。
どれも古民家をリノベーションし、ウッドを基調にしたモダンな内装になっていて、
若者にも受け入れてもらえそうだ。

3つのBASEには統一したコンセプトはあるが、それぞれ地元の漁師たちが管理している。
〈フィッシャーマン・ジャパン〉の代表理事であり、
ワカメ漁師の阿部勝太さんが管理するTRITON13は、石巻の十三浜にある。
3部屋あり、現在はひとりがワカメ漁師として在住している。

「もっと漁師を雇って、まずはこの3部屋を埋めたいですね。
この部屋から漁師を始めて、給料が上がってきたり、結婚したりして、
このTRITON BASEを巣立っていく。そしてまた新しい人が入居する。
漁師が住んでいるということに意味のある交流の場にしていきたいと思っています」
と言う阿部さん。

〈フィッシャーマン・ジャパン〉の発起人でもあり、
事務局を務める長谷川琢也さんも言う。
「期間雇用しかできない漁師さんも多いんです。
だから漁の時期に合わせて、何月から何月まではTRITON ONAGAWA、
何月から何月まではTRITON UTATSUみたいに、
“ローテーション漁師”のような取り組みをしたいという想定も含まれていますね」

十三浜のTRITON13では、地域のおじいちゃんやおばあちゃんが来て、
一緒にバーベキューすることもあるという。
地元の人と移住者の自然な交流が生まれているようだ。

「移住や定住に必要なのは、住居とコミュニティだと思っています。
TRITON BASEは、拠点であり、起点です。
ここに住みながら漁師になって、巣立っていく。
先輩漁師が顔を出したり、僕みたいなのが遊びに行ったり。
そうした交流を通して、ちょっとずつ地元に根が生えていく場所にしたい」(長谷川さん)

現在、4つ目のTRITON OSHIKAを荻浜に施工中。
ここは漁師ではなく、フィッシャーマン・ジャパンが管理する
フラッグシップのベースになる。
コミュニティをつくるというのは、漁師にとってあまり得意なことではないかもしれない。
でも場所があれば自然とやりやすくなっていくのだろう。

しっかりとした仕事が待っている。具体的に漁師を学ぶ

〈フィッシャーマン・ジャパン〉は漁師の学校にも取り組み始めている。
第1回目が、2月12〜14日にかけて、〈牡鹿漁師学校×TRITON SCHOOL〉として開催。
漁師の仕事を学ぶ2泊3日の短期研修プログラムである。
〈宮城県漁業協同組合石巻地区支所〉とTRITON PROJECTが、
これまで牡鹿半島で〈牡鹿漁師学校〉の実績があった
筑波大学の貝島桃代研究室と組んで行われた。
その牡鹿漁師学校のプログラムを下敷きに、上記3者で、プログラムが練られた。

リラックスしたひとときの休憩が、漁師たちのホンネが聞ける貴重な時間。かたわらには缶コーヒーがお約束。

「直接、漁師さんにコンセプトや必要性を話しにいって、
興味を持った方たちにお願いしました。
そして漁師学校としてやりたいことと、私たちが知っている漁師との、
最適な組み合わせを考えていきました。漁師さんと一緒につくりあげた感じはあります」
と言うのは、宮城県漁業協同組合石巻地区支所の三浦雄介さん。

当の漁師たちも、将来に対しての危機感は持っていたようだ。

「私も正直意外だったんですが、みんな担い手の必要性を感じていて、
好意的かつ協力的でした。
“急に来ても漁師の仕事ができるわけでもないし、わかるはずもないから、
一度体験してもらうのはいいことだ”という反応だったんです」(三浦さん)

〈牡鹿漁師学校〉を主宰する筑波大学貝島桃代研究室の佐藤布武さんは、
何度か漁師学校を行っているが、普段は、ひとつの浜で行っている。
今回はいくつかの浜を飛び越えながら行われたことに特徴があるという。

「今回は、普段は分断されている浜に横串を通して、
いろいろな浜を横断的にやってみようと試みました。
また、教科書をつくったんですが、そのために取材が必要。
いろいろな地域を回ることができて、それぞれの特徴や浜同士の交流など、
こちらとしてもいい勉強になりました」(佐藤さん)

筑波大学で建築デザインを学んでいる、貝島桃代研究室の3人。(左から)佐藤布武さん、菊地純平さん、栗原広佑さん。

市内の湧水地は20か所以上。 知られざる北陸の水のまちの 新たなチャレンジとは。

地下水で生活するまち、大野

まちなかのいたるところに清水(しょうず)と呼ばれる湧水地があり、
水が豊かであることを感じさせる福井県大野市。
もともとは、織田信長に仕えた武将、金森長近によってつくられた
越前大野城の城下町である。
そのまちづくりの際に、南北に延びる一番通りから五番通りまでの、
5本の通りの道路中央部に上水道の機能をもつ水路が設けられ、
水量の豊富な本願清水の湧き水が水源になっていた。

現在でも、大野市の市街地の家庭では井戸を持っていて、
地下水を組み上げて生活用水として利用している。
もちろん無料だ。
大野というまちは、豊富で美しい水に育まれてきたといっても過言ではない。
大いなる自然の恵みを生活に取り入れる工夫をしたことで、
水は暮らしと一体となり、生活の糧となっているのである。
この地域の本質を見つめた人口減少対策のアクションとして、
いま、大野市では〈Carrying Water Project〉という取り組みが始まっている。

郊外の家庭の敷地には、農業用水が引かれている。

大野のおいしい水は、その地形が育んだものだ。
周囲を1000メートル級の山々に囲まれた盆地で、
有名な九頭竜川をはじめ真名川や清滝川などの一級河川が流れている。
地下100〜200メートルには岩盤があって、これが水を通さない。
その上に広がる小石や砂の砂礫層が、水をたっぷりと蓄えているのだ。
まるで大きな水がめのよう。

水循環の解析によると、この水は、山や川からはもちろん、
4割は田んぼから地下へ染み込んだものだという。
雨や雪が降って浸透した水が、30〜50年の滞留期間を経て、
大野人の元へと湧き出ているのだ。

周囲を山に囲まれる盆地であることがわかる。写真中央に流れるのは、地下水との関わりが深い真名川。

大野盆地に悠々とそびえる標高1523.5メートルの荒島岳。

まちにあるいくつかの水のスポットを巡ってみた。
まずは一番の観光スポットでもある〈御清水(おしょうず)〉。
かつて武士の米を炊くのに使われていたことから、
武家屋敷の住人が厳しく管理し、
上流から飲料水、果物を冷やす場所、野菜などの洗い場と定められていたという。
現在でもその名残りが、言葉にせずとも受け継がれている。
この澄んだ水がまちの中心にあることが、
大野の水文化の深さと歴史を物語っている。

717年創建といわれる篠座神社を訪れた。
境内にある弁天池からは、御霊泉が湧出している。
「大巳貴尊の御仁慈より眼病に苦しむ者を救はむとしてこの霊泉を湧出せしむ」とある。
「篠座目薬」とも謳われ、眼病に効くらしい。
目を清める場合は、左目、右目の順番で。
太古から、大野は水のまちであったことを感じさせる場所だ。

篠座神社の御霊泉。まさに湧き出ているという雰囲気。

一方で、山のエリア。荒島岳のふもと。
このあたりの民家は、地下水を得るためにはまちなかよりも深めに井戸を掘らなといけない。
しかし、九頭竜川から豊富な水量の農業用水を庭まで引いて、
夏になれば、野菜を冷やしたり、お茶をヤカンのまま冷やしたり。
稚アユを放したりもするそう。
荒島岳への登山道を少し登って行くと、〈慈水観音〉があった。
祠の前には豊かな湧き水。雪化粧のなかでひっそりと、しかしとうとうと流れていた。
「水を慈しむ」なんて、水への敬意が表れたステキな名前だ。

雪に覆われた慈水観音。

慈水観音の湧き水は、周囲が雪模様のなか、緑豊かに湧き出ていた。

食文化にも影響は大きい。
現在、大野市には酒蔵が4つもあり、味噌や醤油も有名。
豆腐屋さんも多く、厚揚げがおいしい。でっち羊かん(水ようかん)、そばも名産だ。
どれも、水が重要な産品。

風情あるまち並みが残る七間通りの一画にある〈南部酒蔵場〉。

それなのに、住民のなかでは、水はそこにあって当たり前、タダで当たり前、
という意識があるのも、また事実。

「本願清水をはじめ大野の湧水地には、イトヨという淡水魚が棲んでいます。
ここは陸封型イトヨ生息地の南限なんです。
しかし昭和40〜50年代にかけて、イトヨが絶滅しかけたことがありました。
みんなが水をムダ使いし過ぎて、地下水が低下して水不足になったんですね」
と話してくれたのは、
大野市役所 企画総務部 企画財政課 結の故郷推進室長の吉田克弥さん。

市の課題を真摯に見つめ、歴史文化を丁寧に教えてくれた結の故郷推進室長の吉田さん。

こうした事象をきっかけに、地下水保全条例が制定され、
みんなで水を大切にしていこうという機運も高まっていった。
それでも、まだまだだという。

「地下水や湧水をこれだけ活用できている例は、全国的にも希有だと思うんですよ。
本来だったらもっと誇りに思ってもいいはずです。
最近では、小学校や中学校の教育のなかで教わるので、
子どもたちの意識は高いかもしれません。
私たちの世代は、水があることを当たり前だと思って育ったような気がします」

外で使う生活用水。

実は知らずに食べているかも? 愛媛県を代表する栗の産地 西予市城川町で育つ〈城川栗〉

生まれ育った地元で加工され、各地へと旅立つ城川の和栗

愛媛県の山間部、伊予市中山町で育てられた中山栗が使われたスイーツを
前回ご紹介しましたが、
中山町と並んで愛媛県を代表する栗の産地として知られているのが西予市城川町。
四国山脈と支脈に囲まれたこのまちには、
全国でも珍しい地元産の栗を収穫直後に加工できる施設があるのです。
今回は城川町で城川和栗の生産から、
栗製品や業務用製品の製造・加工を手掛けている株式会社城川ファクトリーをご紹介します。

緑あふれる城川町にある加工場。

取材で訪れたのは製造と加工を行う城川自然農場の第二加工場。
こちらでは栗だけではなく、柚子やたけのこ、梅などを使った製品もつくられています。
「この工場ができたのは10年くらい前ですね」
と教えてくれたのは工場長の伊勢本友和さん。
「お客さんからの受注に対して対応できるように、
力を入れて城川和栗をアピールしていこうと現在のかたちになりました」

工場内の様子。機械だけでなくより品質を高めるために一部手作業で行われます。

こちらの工場で主につくられている栗製品は、製菓の材料などに使用される栗のペースト。
「オーダーによって多少は配合が変わってくるのですが、
添加物はいっさい使用しておらず、本当に栗と砂糖だけです」と伊勢本さん。
栗といえば秋の味覚というイメージがありますが、
城川和栗の収穫時期が終わるのは10月の第1週頃と意外と早め。
そして収穫したばかりの栗には風味はあるものの、甘みがないのだそう。

「収穫をしたら、低温の冷蔵庫で加工をするまで生栗を寝かせるんです」
と伊勢本さん。この寝かせる作業によってでんぷん質が糖分へと変化し、甘みとなっていくのです。
寝かされた生栗は加工前に洗われ、ケースごと蒸し器へ運ばれます。

城川和栗からつくられた栗ペースト。添加物は一切使用されておらず、原料は栗と砂糖のみ。

栗が蒸し上がるとまず機械で皮が剥かれ、さらに渋皮も取られてから裏ごしされ、
窯で砂糖と一緒に炊かれてペーストへと加工されていきます。
「それを袋づめして冷凍するんです」

こうして完成した栗のペーストは、事前注文者の元へと出荷されていくのですが
「城川の栗は、東京や大阪の都市部のお店をはじめとして、
百貨店や空港などにも展開しているんです」
と企画開発の村田博史さん。
味わいに定評のある城川和栗、気づかないうちにそのおいしさを楽しんでいるかもしれません。

見学させていただいた工場から歩いて行ける距離にあるのが、
城川ファクトリーが運営する道の駅〈きなはい屋しろかわ〉。
こちらでも城川和栗を使った製品が販売されているというので訪ねてみました。

ジェーン・バーキンが 震災復興のために描いた アイテムたち 〈アマプロジェクト〉

東日本大震災から5年。
いまもまだ、不自由な仮設住宅での暮らしを強いられている
被災者のかたたちを支援する〈アマ・プロジェクト〉に今年、
新展開が始まります!

ジェーン・バーキン(メンズ)

ジェーン・バーキン(レディース)

これは、設立当初から〈アマ・プロジェクト〉に絶大な声援を送ってくれている
3人のアーティストたちに、それぞれの支援の気持ちをデッサンで表現してもらって、
それをTシャツやトートバッグにしたもの。

その3人とは、
モード写真家のマリオ・テスティーノ、女優のジェーン・バーキン、
パリのグラフィティ・アーティスト、グラフィック・デザイナーのアンドレ・サライヴァ!
彼らが心を込めて描いたモチーフの、メンズ/レディースのTシャツと
トートバッグが発売されるんです。

アンドレ・サライヴァ(メンズ)

マリオ・テスティーノ(メンズ)

世界的モード写真家マリオ・テスティーノは、
情熱的な赤い炎のようなハート。
設立当初から長女のケイトとアマ・プロジェクトを支える、
フランスの国民的スター、ジェーン・バーキンは繊細なタッチの少女。
そしてアマのロゴを描いたグラフィック・デザイナー、
アンドレ・サライヴァは、ユーモラスな絵を描いてくれました。

この絵をモチーフにしたTシャツとトートバックは、
3月11日(金)からアマ・プロジェクトの取扱店にて発売されます。
お値段は、Tシャツ8,900円(税抜)、トートバッグ5,000円(税抜)です。
ちなみにただいま、アマ・プロジェクトでは
このTシャツの販売先を探しているのだそう。
ご興味のある方は〈コンテナおおあみ〉までお問い合わせを!

ちちぶメープルプロジェクト vol.4 メープルだけじゃない! 新しい森の恵み

秩父の森に自生する、薬になる木

秩父でメープルのことに関わるようになって、驚いたことがたくさんあります。
なかでもびっくりしたのが、まだまだ森にはたくさんの資源が眠っているということ。
今回はちちぶメープルプロジェクト番外編として、
メープル以外で取り組まれている新しい森の恵みについてお伝えしたいと思います。

皆さんは“キハダ”という木について聞いたことがありますか?
私は最初に名前を聞いたときに、キハダマグロしか思い浮かびませんでした(苦笑)。
そんな知名度はいまいちなキハダですが、木の内皮が黄檗(おうばく)といい、
ベルベリンという、強い抗菌作用を持つアルカロイドの一種の
薬効成分が含まれている薬木です。その内皮は鮮やかな黄色で、
「良薬口に苦し」の語源になってとも言われており、罰ゲームで使えるくらい苦いです!

キハダの内皮を剥いでいる様子。本当に鮮やかな黄色にびっくり!

古くから医薬品の百草、陀羅尼助(だらにすけ)などの主成分として
健胃整腸剤に使われていたり、鮮やかな黄色を生かして
染料にも使用されていたそうです。

しかし、昔から人間の暮らしの身近にあったキハダも、
いま日本で流通しているほとんどが中国産になってしまっていました。
このキハダが秩父で注目されたきっかけは、カエデの調査に入った山で
たくさんのキハダが自生していることに気づいたからだったそうです。
秩父樹液生産協同組合とNPOのメンバーは、キハダの調査をしていくなかで、
カエデとキハダの生育環境が似ていることを発見し、
何か製品化できないかと考えるようになりました。

全身真黄色になりながら、キハダを加工用に粉砕中。

調査では、日本薬科大学に秩父のキハダの成分分析を協力してもらいました。
漢方薬と聞くと中国のイメージが強いですが、
まさかこんな身近に薬木があるということにとてもびっくり!
そして秩父のキハダには、中国産よりも、ベルベリンや、
柑橘系の独特な苦味成分リモノイドが多く含まれており、
秩父産キハダの可能性を感じました。

分析に協力してくれている日本薬科大学の高野文英准教授。地元の中学生にも秩父の森のすばらしさを薬学の視点から伝えてくれています。

ただ、キハダ製品化プロジェクトの問題点がひとつ。
キハダには薬効成分が含まれているので、
薬事法の関係でそのままでは商品化できないのです。

そんな壁にぶち当たっても、簡単には諦めないのが
さまざまな分野のエキスパートが結集したプロジェクトメンバー。
なんと、キハダの苦味を添加物として使用することで、
キハダのドリンクの発売許可を得ることができました!

キハダサイダー試飲会の様子、苦いサイダーなんてありそうでなかった!? カボス味なので苦くておいしい。

現在は、キハダの抗菌作用を生かした化粧品などの開発が進行中です。

リノベーションは不要!? 熊本最古の貸ビルに生まれた ギャラリー〈でんでん舎〉。 ASTER vol.4

ASTER vol.4

こんにちは。ASTERの中川です。
早くも第4回、後半に突入しました。
今回は熊本市で最古の貸しビルにできたギャラリーをご紹介したいと思います。

このなんとも萌える味のあるビル。
名称は〈早野ビル〉と言います。
1924(大正13)年に建てられた早野ビルは
熊本で最初の貸しビルだったそうです。
鉄筋コンクリート造3階建(一部4階建)で特徴的な外観。
築90年を超えた抜群の存在感は古ビルというより、まさにビンテージビル。
熊本の歴史をずっと前から見てきた早野ビルは
登録有形文化財にも登録されています。

場所は熊本市中心市街地から歩いて行ける練兵町というまちにあります。
熊本駅からも中心市街からも市電で10分くらいのところです。

早野ビルは現在も貸しビルとして現役です。
2、3階はデザイン事務所などが入居しています。

2階には、デザイン事務所〈JAM〉が入ります。

3階には同じくデザイン事務所〈PREO DESIGN〉のオフィス。

1階にあるのは、誰でも気軽に活版印刷を楽しめる〈九州活版印刷所〉。
この活版印刷のレトロ感とビルの雰囲気がとてもマッチしていて
ずっと前からここにあるような感じです。

明治より受け継がれてきた昔ながらの校正機を使っている九州活版印刷所。

活版印刷所の上にはまた別のWEBデザイン事務所〈media punta〉があります。

広々とした屋上は入居者みんなの共用スペース。
天気がいい日は昼寝も気持ちよさそうです。
床にはレトロなタイルも。

このようにいまは、主にデザイン事務所が多く入居する早野ビル。
さまざまなデザイナーやクリエイターが集まってきたキッカケは、
最初に入居しているデザイン事務所〈JAM〉の小山田さんの影響でした。

小山田さん。

和歌山県に 移住するってどんな感じ? 〈わかやま!移住体験してみた〉 CM&ムービー公開中

和歌山県に移住してみたらどんな生活になるんだろう...?
ただいま和歌山県による、首都圏から移住を考える人に向けた
わかやま移住体験ムービーが公開中です。
その名も「わかやま!移住体験してみた」。
東京都練馬区に暮らす柘植ファミリーが
和歌山の暮らし体験ツアーに参加したドキュメンタリーです。

柘植ファミリーのお父さんは、電器設備の職人。
お母さんはピアノの先生。お子さんは二人で、
小学校一年生の女の子と幼稚園児の男の子。
いつかは田舎で暮らしたいと夢をもっているご家族です。

そんな彼らが、和歌山の暮らし体験ツアーに参加しました。
カフェを経営している先輩移住者と話したり、
鹿肉で作った田舎料理でもてなされたり、
ほかにも地元の小学校や企業オフィスを訪ねたり。

「人が素晴らしい。話すほど和歌山が好きになる」
と語った柘植さん。いったいどんな体験をしたのでしょうか。

ちなみに“田舎暮らし応援県わかやま”を掲げる和歌山では、
現地体験会や山村留学、農家民泊、田舎暮らしワークステイなどの
プログラムを行っています。ご興味が湧いた方はこちらをチェック!

『和ごころを伝えるデザイン』 “新しい和のデザイン”の アイデアが詰まった一冊

書籍『和ごころを伝えるデザイン』が
パイ インターナショナルより発売中です。
これは、和風のデザインを表現している作品を手法別に掲載し、
細やかな和ごころをつたえるポイントに焦点をあて紹介するデザイン書。

日本の名風景などを使った〈フォトグラフィー〉、
日本古来の文字や和風テイストのロゴマークをあしらう〈タイポグラフィー&ロゴ〉、
和の伝統色を効果的にあしらったものや四季を彩る配色などの〈カラーリング〉、
浮世絵や錦絵の雰囲気を漂わせたり、日本画を用いる〈イラストレーション、
海外の方にも届けたい新しさを感じるデザイン〈ニュー・ジャポニズム〉など。

地方創生、古き良き日本やこれからの新しい日本を
伝えていくためには、どのようにしたらよいでしょう?

日本人の心の機微やわびさび、凛とした美しさ、雅な世界観など。
そうしたものを“伝える”ために、
様々なかたちで和風のデザインを表現している作品を手法別に掲載し、
細やかな和ごころをつたえるポイントに焦点をあて紹介していきます。

三陸から始まる 1000人の“フィッシャーマン” をつくるプロジェクト。 フィッシャーマン・ジャパン前編

フィッシャーマン1000人できるかな

日本は海に囲まれているから、昔から水産文化が豊かに根づいている。
いろいろな地域に行くと、各地に名産の海鮮料理があり、
新鮮な魚をおいしくいただける。
しかしその魚を獲る漁師は、
20年前の約32万人から減り続け、現在では約17万人。半減に近い。
特に、20〜30代の漁師は2割にも満たない。
国内の水産物の生産額も半減している。
日本人は魚が好きという定説からすると不思議に聞こえるかもしれないが、
このような現実があるのだ。

そんな現状を打破したいと動き出した団体がいる。
世界三大漁場ともいわれ、漁業が盛んな三陸エリアで、
2014年に立ち上がった〈フィッシャーマン・ジャパン〉である。
現在、事務局を務める長谷川琢也さんは、
東日本大震災後にヤフーの復興支援室勤務として石巻に移住し、
〈復興デパートメント〉や
水産物を取り扱う〈三陸フィッシャーマンズプロジェクト〉などを立ち上げた。
そんな長谷川さんと、石巻の漁師、阿部勝太さんの出会いがきっかけだった。

フィッシャーマン・ジャパンのメンバー。(右から)発起人の長谷川琢也さん、アートディレクターの安達日向子さん、プロジェクトマネージャーの島本幸奈さん、写真家の平井慶祐さん。

「僕が、ヤフーの復興関係の仕事で石巻に来たのが2012年。
その直前に(阿部)勝太に会いました。
初めて会ったときから、震災からの復興だけでなく、その先を見据えていましたね。
彼から“これをきっかけに漁業に変化を起こすような挑戦をしていきたい”
という話を聞いたんです。
でも、いきなり東京から来たよそ者と、20代の若い漁師で始めるのは簡単ではなくて、
ゆっくりと仲間を増やしてやっていこうと思いました」と、
出会いを話してくれた長谷川さん。

「僕は漁師だし、長谷川さんも水産物の取り扱いに力を入れていたので、
自分たちの仕事を通して、いろいろな水産系の仲間に出会うことができたんです。
彼らと話すと、みんな同じような問題意識を持っていたり、
やりたいことが似ていることがわかりました」と言うのは、
一般社団法人〈フィッシャーマン・ジャパン〉の代表理事を務める阿部勝太さん。

石巻市の十三浜でワカメ漁師をしている阿部勝太さん。漁業生産組合〈浜人(はまんと)〉を立ち上げる。(写真提供:フィッシャーマン・ジャパン)

ふたりの思いに共鳴して、若い仲間が集まっていき、
長い構想期間と地ならしを経て、フィッシャーマン・ジャパンが立ち上げられた。
その原点には、ふたりの漁師の言葉が強く残っていると長谷川さんは言う。

「勝太と、もうひとり理事を務める漁師の鈴木真悟。
彼らの言葉がすごく心に響いています。
震災をきっかけに、漁ができなくなって、土地から出ていってしまったり、
漁師を辞めてほかの仕事をしている仲間がたくさんいて寂しいと言うんです。
そんな人たちも、自分たちががんばっている姿を見れば、
戻ってきてくれるのではないか、と。
そこなんです。みんな地域に根を張っているんですよ。
代々続く太い根があって、1回離れても戻ってこられる。
よそ者にとって、うらやましくて、すごく惹かれる話でした」(長谷川さん)

カキ剥きの実習なども行われている漁師学校。詳細は後編にて。

石巻の美しい漁場。

えひめで、働く、暮らす、育てる。 〈えひめ職の担い手移住フェア in 東京〉 イベントレポート

“仕事”からイメージしてみる、えひめ移住

自分らしいスタイルで働きたい、地域活性の活動に興味がある、
より良い環境で子育てをしたい、充実したセカンドライフを送りたい……など、
さまざまなかたちで地方移住への関心が近年高まりつつあります。
でも移住を決断するまで、考えたり決断しなければいけないことはたくさん。
そして多くの人が一番悩むと思われるのが
「日々の暮らしを支える“仕事”をどうするか?」ということ。

でも“仕事”をまず切り口に、移住した後の生活の魅力を考えてみるというのは、
実はイメージしやすい検討方法のひとつ。
そんなアイデアのもと、“仕事の選択からえひめ移住をイメージしてみる”をテーマに
開催されたのが〈えひめ職の担い手移住フェア in 東京〉
愛媛県の職の魅力、そこから見えてくる暮らしや環境を紹介する、
地方への移住や愛媛県へのU・J・Iターンを考えている方に向けたイベントです。

2月14日(日)・21日(日)・27日(土)の3日間に分けて、
農業、福祉、サービスなど、多彩な職種の愛媛県の企業が一堂に集結する
〈えひめ職の担い手移住フェア in 東京〉。
今回は2月14日(日)に開催されたフェアの様子をお届けします。

フェアの開会の挨拶をする、愛媛県企画振興部長の門田さん。

第1回目となるこの日のフェアに参加されたのは、20代から60代の方々。
ご夫婦で参加された方もいれば、お子さんと一緒に会場へいらした方も。
受付後は〈おせっかい人〉と呼ばれるスタッフに引き合わされ、
フェア開始までの間にどんなことに興味があるのか、どの参加企業と面談したいか、など
簡単なヒアリングが行われます。

愛媛県企画振興部長の門田泰広さんによる開会の挨拶に続いて行われたのが、
東京・有楽町にある〈ふるさと回帰支援センター〉で
愛媛県専任の移住相談員である〈えひめ移住コンシェルジュ〉の松岡朋枝さんによる
愛媛県でのライフスタイルの紹介。
温暖な気候による暮らしやすさ、住環境が充実しているので
通勤・通学時間が全国で一番短いこと、
そして全国で2番目に仕事の平均時間が短いことなどから、
仕事をしながらも自分の時間や家族との時間を持ちやすいといった、
愛媛県だからこそ送れる生活の特長を紹介。
また県内には自治体の移住担当窓口以外にも、NPOなどで移住を支援している団体があり、
移住をサポートする体制を整えているという、頼もしいひと言もありました。

愛媛県への先輩移住者である冨田さん。東京に住まれていた頃は、広告代理店に勤務されていたのだそう。

続いて行われたのが先輩移住者として、
震災をきっかけに東京から愛媛県伊予市に移住した先輩移住者の冨田敏さんによる経験談。
自然が多く、子育てがしやすいことや、地域の方々とのやりとりについて紹介。
移住後の暮らしに関するリアルな声ということもあり、
どの参加者も真剣に聞き入っているのが印象的でした。

そして冨田さんを司会に行われたのが、この日フェアに参加した企業9社の紹介。
その職種は農業や福祉にはじまり、宇和島のバス会社や老舗旅館までと実にバラエティ豊か。
また各企業における仕事の内容だけでなく地元に関する紹介も行われ、
ひとくちに愛媛県といっても沿岸部や離島など海と縁のある地域から、
ウィンタースポーツ施設が整った高原まで、地域によって環境がいかに異なるかを実感。
“仕事”だけでなく、環境という面でも幅広い選択肢があるのも
愛媛県ならではの魅力かもしれません。

フェアの参加企業の紹介は各社のPRムービーと共に。

参加者の皆さんが座られているのは、みかん畑で使用されるコンテナ。座面が広いせいか、思いのほかいい座り心地。

各社の紹介が終わった後は、参加者と企業との面談がスタート。
面談といっても採用面接のような重苦しさはなく、
“まずは話を聞いてみたい”というスタンスでも参加できることもあり、
和やかな雰囲気につつまれていた会場。
待ち時間中はケータリングコーナーでジャコ天やみかんジュースなど
愛媛県ならではの軽食を楽しめたり、〈おせっかい人〉に追加でヒアリングもしてもらえたりと、
リラックスした雰囲気の中で移住に関する情報を得られるフェアでした。

会場には、たくさんのみかんも。愛媛県ならではの、うれしいおもてなし。

会場内のキッズスペースには、愛媛県で育った木でつくられたおもちゃや、愛媛県出身アーティストのMAYA MAXXさんの絵本が。

この記事を読んで愛媛県への移住に関心を持たれた方もいるかもしれませんが、
人生における大きなライフイベントとなる移住。
移住先を決めるときのポイントや準備、移住までの流れなど、
気になることはたくさんあると思います。そこで次のページでは、
今回のフェアにも参加されている相談機関の方々にうかがった話をご紹介します。

参加者は延べ3000人。 市民の力で守ってきた、 もうひとつの古民家再生とは。 一般社団法人ノオト vol.9

一般社団法人ノオト vol.9

ノオトの連載も第9回目を迎えました。
今回は、前回の記事でも取り上げた、〈NPO法人 町なみ屋なみ研究所〉(通称“町屋研”)
の理事長である酒井宏一さんに執筆をお願いしました。

町屋研は、我々の本拠地である兵庫県篠山市を中心に、
ボランティアの力を活用した古民家再生・活用や、
伝統的なまち並み景観の保全活動を行うNPO法人です。
町屋研にはノオトの社員が2名参画していることもあり、
ノオトとは物件情報の共有や人材の交流、物件状況に応じた役割分担など、
お互い連携しながら古民家再生・活用事業を行っています。

具体的には、所有者・事業者の意向や用途に応じ、
ボランティアを活用し低コストで時間をかけて改修する場合には町屋研、
プロの人材を活用して事業化や産業化を積極的に進める場合にはノオト、
といった役割にあることが多いです。
今回は、市民活動の立場から見た古民家再生の現場をご紹介できればと思います。
以下、酒井宏一さんにバトンタッチします。

古い町家を残すためには

こんにちは。〈NPO法人 町なみ屋なみ研究所〉の酒井宏一です。
私たちは、「伝統的なまち並み景観や伝統的な建物は、歴史や文化と同じように、
大切に守らなければならない日本全体の財産である」という思いを持って、
ノオトとはゆるやかに連携しながら、
市民の力による伝統的なまち並みの保全、活用に取り組んでいます。

そのスタートは2004年。
丹波地方の地域づくり団体であるNPO法人たんばぐみの一部門(まちなみ景観部会)、
として〈丹波篠山古民家再生プロジェクト〉を立ち上げました。
その後、2010年に〈NPO法人 町なみ屋なみ研究所〉として独立した団体です。

立ち上げから10年以上「伝統的な建物が壊されないようにする活動」
「伝統的な建物の活用」「古民家再生ボランティア活動」などを
ボランティアベースで続けています。

例えば、壊されそうな町屋があると聞くと飛んでいって
「なんとか壊さないでください」とお願いしたり、
景観上大切な建物が空き家になっていれば
具体的な保存・活用方法の提案などもお手伝いしています。

まずは、この活動を始めたきっかけを少しお話したいと思います。

私はなぜか昔から古いまち並みが好きで好きでしょうがなくて、
日本各地のまちを巡るのを最大の楽しみにしていました。
私にとっては理屈抜きに、古い建物や伝統的なまち並みはすごく大切なものだったんです。

ところが、訪ねた歩いたそれぞれのまちで、
久しぶりに行ってみると町家などの古い建物が壊されて、
ずいぶんとまち並みの雰囲気が変わってしまっていることもたびたびありました。
こんなときはすごくかなしいイヤな気分になってしまいます。
伝統的な建物が壊されて古いまち並みが失われるのは
私にとってもったいないという以上に、
何か大切なものを失った気持ちになり、落ち込んでしまうのです。

古いまち並みを守る仕組みとして、
国の制度である重要伝統的建造物群保存地区のような、
法令による規制や補助金制度があるのですが、
そのように国に守られる保存地区は日本の中でごく一部で、
そのほかの大部分の建物については、
壊されていくのを防ぐことが難しいのが現実です。

そんな風に古いまち並みが失われていくのがイヤで、
なんとか、規制や補助金以外に守る仕組みができないかといろいろと考えたのが、
現在の活動の原点です。

篠山市河原町の伝統的なまち並み。

市民の力でまち並みを守る「古民家再生ボランティア」

そのなかで、10年以上定期的に実施しており、
私たちの中心的な活動となっている「古民家再生ボランティア」の仕組みついて、
詳しくご紹介します。

「古民家再生ボランティア」とは、
古民家再生工事の現場で、プロの職人の指導のもとに、
市民ボランティアが、ワークショップ形式で行う取り組みです。
壁塗りや床張りをはじめとした大工仕事や、荷物の片付けなどを行います。

篠山を中心に、毎月2回の開催を継続的に続けており、今年で11年目となりました。
ボランティアの方は毎回10名程度で、これまでの実施回数は230回、
参加者は延べ3000人近くになっています。
最初はそこまで続くと思っていませんでしたので、
本当によく続いているものだと思います。

ワークショップで人気の土壁塗りの様子。

毎月第1・3土曜日に開催しているワークショップ。見学も自由です。

贅沢なキャンプ、 グランピングって? 〈森と星空のキャンプヴィレッジ〉 ツインリンクもてぎにオープン

栃木県茂木町のレジャー施設〈ツインリンクもてぎ〉のオートキャンプ場が、
2016年3月19日(土)に〈森と星空のキャンプヴィレッジ〉として
リニューアルオープンします!
ちかごろ日本でも注目を集めている
ラグジュアリーなキャンプ〈グランピング〉をファミリーで楽しめるスポットです。

そもそもグランピングとは、
グラマラス(glamorous)+キャンピング(camping)の造語で、
キャンプ場のサービスを高級ホテル並にした高級キャンピングのこと。

こちらのテントの中にはベッドと洗面所、ヒーターなどもついています。
欧米では既に人気のアクティビティとして人気があり、
日本でも取り入れられつつある、新しいスタイルのアウトドアです。

ホテルのような設備

〈森と星空のキャンプヴィレッジ〉のコンセプトは、
“ファミリーがゆったりとした上質なときを過ごしていただける滞在エリア”。
日中は、森の中での様々なアクティビティやモータースポーツ、
夕暮れ時には優雅なお食事、そして夜には星空を眺めたり、
ソファーやベッドのある快適なテントで過ごしたり。
自然の中で、特別な時間が過ごせそうです。

展示やトークで空き家を活性化! 〈空き家をつかった みんなの居場所づくり展〉

2016年2月19日(金)から21日(日)にかけて、
千葉県松戸市にて〈空き家をつかったみんなの居場所づくり展〉が開催されます。

これは、MAD Cityと千葉大学大学院園芸学研究科らが共同して
松戸駅東口で始める、空き家活用のプロジェクトにまつわる展覧会。
松戸駅東口にある空き家を地域のために活用するべく、
その一部を開放し、学生による展示とトークイベントを行う取り組みです。
テーマは“食”。食を通じて地域とつながったお店をつくるべく、
“食”について考えるミニトークやオープン・ミーティングを開催します。

千葉大学で行った設計発表会の様子

会場に展示される学生の提案は、
松戸駅から千葉大学松戸キャンパスまでのランドスケープ計画と、
その中間に位置する空き家〈浮ケ谷邸〉の地域拠点としての活用案。
日本、中国、韓国、ロシア、インドネシア5カ国9名の学生が取り組み、
“食べられる景観”などのアイデアを盛り込んだ計画です。

この会期中、開催されるトークイベントは3つ。

うなぎのねどこ

1つめは、2016年2月19日(金)の15時から開催される、
品川宿にある空家空店舗を活用した
コワーキングスペース〈うなぎのねどこ〉の亭主であり、
まちひとこと総合計画室の田邉寛子さんをお招きしての
トークイベント〈「空き家を活用した場づくりの事例1」うなぎのねどこ〉。
うなぎのねどこの場づくりのプロセスや活動に関するお話をうかがいます。

食とものづくりスタジオ FERMENT

2つ目は、2016年2月20日(土)14時から。
フードデザイナーズネットワーク理事の中山晴奈さんを招いての、
地域と食の関係性やその可能性などを考えるトークイベント「地域と食を考える」。

地元の小学生と大学生が 〈子ども宣伝部〉を結成! 商店街活性化プロジェクト

地元の小学生と大学生が協力して、
商店街を盛り上げよう!
そんな試み〈子ども宣伝部〉が、大阪府のベッドタウン、
池田市の〈石橋商店街〉で行われました。

ここは阪急石橋駅と直結した、古き良き昭和の香り漂う商店街。
毎月18日に商店のお店がそれぞれ得意な“十八番”を準備するイベント
〈おはこ市〉を行うなど、活気のある商店街です。

さてこの〈子ども宣伝部〉とは、地元の石橋南小学校4〜6年生と、
大阪大学の学生(以下 阪大生)が中心となった
〈子ども宣伝部〉を結成し、店舗の広告コピーや販売など、
PR活動にチャレンジするプロジェクトです。

2016年1月に行われた第一回目のテーマは
「商店街のお店ののぼりを考えよう!」。
阪大生と小学生がそれぞれチームを編成し、担当店舗を訪問。
店主や従業員の方からヒアリングを行い、
そのヒアリングをヒントにそれぞれのぼりを制作しました。

たとえばこちらは、パン屋さんののぼり。
それぞれ視点の異なるコピーに、各店舗からもとても好評だったのだそう。

商店街に飾られるのぼり

こどもたちが考えたコピー

アートで都市の可能性を開放する、 おおさかカンヴァス ミズベリング 後編

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アートで都市の魅力を創造する

全国に広がる水辺のソーシャルアクション〈ミズベリング〉。
大阪では“水都大阪”として官民連携のまちづくりを進めてきた。
なかでもアートを効果的に使った戦略を展開している。

大阪府都市魅力創造局 文化・スポーツ課 主任研究員 寺浦 薫さんにお話をうかがった。

「なにも起こっていないエリアでまずはアートで“こと”を起こして、
エリアのポテンシャルや可能性を引き出していければと考えています。
ヨーロッパでは盛んに取り組まれている都市再生の手法ですが、
まずアートでエリアの新しい魅力や可能性を引き出し、
その後そこに民間の投資などを呼び込んで活性化する仕組みです」

「都市開発系と都市環境をつくるアート系とが連携・協働して一緒にやっていく、
そんな動きですね。
アートはすぐに予算が削られがちですが、都市の再生や活性化の動きと並走し、
補完関係にあるような取り組みを進められれば、と考えています」

きっかけは橋下徹前知事の時代に“水都大阪”を盛り上げようということで、
部署を横断したチームがつくられたところから始まる。

オランダ人アーティスト、フロレンティン・ホフマン氏により2007年に製作されたラバーダック。公共の河川や海などの水辺をバスタブに見立てたパブリックアート。提供・水と光のまちづくり推進会議

「大阪府・大阪市・経済界が協働して2009年に開催を予定していた
〈水都大阪2009〉というイベントがありました。計画もほぼ固まっていた2008年、
前府知事の橋下さんが突然、“計画を認めない。府独自でプランをつくる”と、
いわゆる“ちゃぶ台返し”をしたんです。
橋下前府知事からは、都市の魅力をアップする“ハード整備”と
“賑わいづくり”を同時に進めるプランをつくるべきという指示があり、
都市整備系の部局と文化系部局とが協働しないと前に進めない状況が生まれました。
プランには橋梁のライトアップや護岸のウォールペインティングも含まれ、
そこで初めて河川室などの土木系部局と文化課(現在は文化・スポーツ課)とが連携して
ハードとソフトを一体的に構想していくチームが組まれました」

アートと市民協働を柱とした水都大阪2009が成功を収めたあと、
そこで培われた人的ネットワークなどを糧として、
行政課題などをクリエイティブに解決する拠点
〈大阪府立文化芸術創造センター(enoco)〉を2012年に開設。
enocoでは、現在も、都市整備部局や文化・スポーツ課などと連携し、
ハードとソフトが一体となって都市を活性化する事業を引き続き展開している。

「例えば、木津川に遊歩道をつくる事業では、
従来ですと一定の資格を持った大手企業しか参入できず、
また入札金額だけで内容が決まってしまう仕組みでしたが、
それを河川室と協働してつくり変え、地域の想いを要件に入れたうえで、
誰でも参画できる開かれたデザイン・コンペとしてスタートさせました」

木津川遊歩空間アイデアデザインコンペ

土木と文化が組むことで、都市の魅力を創造する仕組みが生まれた。
それにともない行政と住民が一緒になってまちをつくるスキームづくりも進んでいる。

「護岸整備を確実に行い、人々の命を安全に守ることは何より大切ですが、
それと同時に、それらの土木インフラをいかに愛着を持ってたくさんの人に使ってもらえるか、
という視点もこれからの都市には必要です。
維持管理と活用も住民と一緒にやっていかないと、行政だけではお金も人も足りない。
通常、護岸は行政が管理するのですが、
木津川で整備を進めている遊歩道設備は行政主導ではなく、
より多くの地域の人々に管理し、活用してもらう。
花や果樹を植えたり、好きなように使ってもらえるよう、仕組みづくりを進めています。
住民は自分が知らない間にできあがってしまったインフラ施設には
愛着を持って関わってはくれませんよね? 
木津川の場合は設計の前の段階から地域の方々と一緒につくっていきましょうと、
地元でワークショップを何度も行って、
そこに住む人がこんな遊歩道があるといいな、愛着が持てるな、
という想いを集約し、デザインコンペの条件として盛り込んでいったんです」

そこに住んでいる地域の方でも学生でも自由に応募できる、開かれたデザインコンペを実施。
誰もが参加できる土木インフラのコンペは注目を集め、全国から40件もの応募があった。
その結果、20代の建築家、岩瀬諒子さんの案が選ばれた。
人と人を結びつけ、関わり続けられる機能としての“だんだんばたけ”のある遊歩道だ。
地域の交流拠点としての可能性を大きく期待させるデザインである。
(3月に一部共用開始予定)

木津川遊歩空間アイデアデザインコンペの最優秀アイデア提案。岩瀬諒子さんの「だんだんばたけでハマベをつくる-立売堀のマーケットプレイス」©Ryoko Iwase 提供:大阪府

水辺をもっと楽しい場所にするための規制緩和

大阪では水辺を楽しい場所に変えていこうという
さまざまな取り組みが官民協働で行われている。
規制やルールがいろいろとある河川空間ではあるが、一方で緩和の動きも進んでいる。

「かつては河川敷での営業行為の禁止など規制がいろいろとありましたが、
現在では河川法の準則などを活用することで、
水辺を活性化する仕組みにいろいろとトライすることは可能です。
例えば法律が施行される前から存在していた京都の川床は別にして、
新たに川床を設けることは河川法上は禁止されていました。それが河川法準則の緩和により、
現在は仕組みさえ整えれば設置可能です」

ミズベリングでは河川法についてまとめている。

「準則を活用し、行政が特区指定をしたエリアを対象に、
協議会を設け、地域の合意を得たうえで占用主体を公募で選ぶ、という手続きをふめば、
河川敷でも川床を設置したり、カフェなどの営業行為を行ったりすることは可能です。
しかし一般的にはその“気運”をつくっていくのがなかなか難しい」

大阪ではそれができるのだという。

「大阪では自主的にそういった動きを進めていこうとする人がたくさんいるんです。
“水辺で気持ち良くお酒を飲みたい!”、その一心で協議会までつくり、
民間主導で川床を次々と設置している〈北浜テラス〉の動きがあったり、
民間のアイデアで水都を活性化させようという〈水都大阪パートナーズ〉が
〈水都大阪フェス〉を毎年開催する一方、
〈中之島GATE〉で魚市場と食堂を常設で運営する事業者を誘致したり……
おもしろい動きが次々と生み出されています。
また、それらをサポートする行政側にも、
意欲的に新しい仕組みに挑戦する河川専門の職員がいたり、
と本当におもしろい人たちが水都大阪にたくさん関わっています」

もともと大阪にはそういう“気質”があった、と寺浦さんは言う。

大阪府都市魅力創造局 文化・スポーツ課 主任研究員 寺浦 薫さん

水を浄化するボールを使ったNANIWAZA(ナニワザ)によるアート作品『GREEN to CLEAN』。一般に川にモノを投げ入れる行為は厳しく禁止されるが、川の中に打ち込むゴルフボールを水質浄化に効果があるとされる材料で特別に開発するなど、環境に配慮することを条件として、河川管理者や公園管理者と協議し特別に許可を得た。おおさかカンヴァス2012より。提供:おおさかカンヴァス推進事業

地域の価値と デザインを掛け合わせる 『地域×デザイン -まちを 編みなおす20のプロジェクト-』

いま全国各地では、地域の特色を活かした
様々な取り組みが行われています。
2016年2月18日より、
東京・六本木の〈東京ミッドタウン・デザインハブ〉にて、
第56回企画展『地域×デザイン -まちを編みなおす20のプロジェクト-』が
開催されます。

これは、日本の地域で地域活性化のために
デザインを取り入れて行われている取り組みを紹介する展覧会。
地域が持つ価値にデザインを掛け算することで生まれた、
興味深い取り組みがたくさんです。

本展で取り上げるのは、
もともとその地が持っていた価値を改めて見出して「まちを編集」すること、
また生活・文化やコミュニティの「編みなおし」と考え、
デザインの視点から分析、紹介すること。
例えば、北海道の〈清里焼酎醸造所〉が、
40年間作られ続けてきたじゃがいも焼酎をリブランディングした〈清里〉。

〈じゃがいも焼酎 北海道 清里〉

また、宮城県で、震災後に大規模な花火大会を中止し、
地域の祭りを30年ぶりに復活した〈松島流灯会 海の盆〉。

松島流灯会 海の盆実行委員会〈松島流灯会 海の盆〉

徳島県で、高齢化した集落でITやロボットを
活用したリサーチを展開する〈暮らしのロボット共創プロジェクト〉。

株式会社たからのやま〈暮らしのロボット共創プロジェクト〉

そして埼玉県の、大手バス会社が撤退した赤字路線を引き継ぎ、
利用者を増やした〈川越市イーグルバス〉。

イーグルバス株式会社〈川越市イーグルバス〉

そのほか、いずれも個性的な20のプロジェクトを紹介。
会期中には新潟県三条市長や兵庫県豊岡市長らの
ゲストを招いた充実のトークセッションを活発に開催します。
是非地元の声を聞いてみてはいかがでしょう。
プログラム日程は、公式サイトにて。

馬詰佳香さんと 岡尾美代子さんの 〈LONG TRACK FOODS〉 仙台へ

鎌倉市農協連即売所にあるデリカテッセン、〈DAILY by LONG TRACK FOODS〉。
ケータラーの馬詰佳香さんと、スタイリストの岡尾美代子さんによるこのお店は、
看板メニューのピクルスやディップにドレッシング、
キッシュにスコーン、クッキー、パウンドケーキなどの手作りフードや、
キッチンツールに買い物カゴなど、
作り手の顔が見える、ホームメイドにこだわった商品が並ぶ、すてきなお店。

鎌倉市農協連即売所にある〈DAILY by LONG TRACK FOODS〉

鎌倉でも大人気のこのデリカテッセンのポップアップストアが、
仙台にやってきます! 
2016年2月27日(土)と2月28日(日)の2日間にわたり、
市内の書店〈stock books & coffee〉に、
〈LONG TRACK FOODS〉POP UP STOREがオープン。
定番のピクルスや焼き菓子はもちろん、
オリジナルバッグなどの雑貨も販売します。
大人気まちがいなし、是非ご来場はお早めに!

また会場では、料理研究家の長尾智子さんとの、
東日本大震災の被災地を支援する〈TASTE IN A JAR〉の商品も
販売。こちらは売り上げの一部が寄付となるそうです。

会場の〈stock books & coffee〉は、
小冊子「ふきながし」の発行のほか、
国内外の本・アートブック・インディペンデントマガジン・リトルプレスなどを
本屋さん。店内にはTO GO スタイルのコーヒースタンドが併設されていて、
ゆっくり本との出会いを楽しむことができます。

information

map

〈LONG TRACK FOODS〉POP UP STORE

住所:宮城県仙台市青葉区一番町1丁目12-7

TEL:022-342-1082

営業時間:13:00〜19:00

会場:stock books & coffee

期間:2016年2月27日(土)〜2月28日(日)

Webサイト:www.stock-web.com

ちちぶメープルプロジェクト vol.3 2016年、樹液シーズンスタート!

カエデの樹液は春の知らせ

ここ数年は、年が明けるとなんだかワクワクしてきます。
人によっては、スキーやスノボーなどの
ウィンタースポーツのシーズンインかもしれませんが、
私の場合はカエデの樹液シーズンが始まるのです!

「樹液にシーズンなんてあるの?」という疑問とともに、
「樹液」と聞くと、クヌギの木などから出ていて、
カブトムシたちが群がっている様子を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
今回はカエデの樹液の秘密とともに、
カエデの樹液採取についての様子をお伝えできればと思います。

NPOのメンバーと山の持ち主たちで作業をする様子。冬の山での作業は重労働。

カエデの樹液が採れるのは、まだまだ寒い
1月末から3月中旬にかけてのたった1か月強。
そんな寒い過酷な時期にしかカエデの樹液は採れないのです。
カエデの木は春の芽吹きの準備のために、根から地中の水分を吸い上げます。
その時期に幹に穴を開けると、ポタポタと樹液が流れてきます。

木に穴をあけてもカエデの木は大丈夫? と聞かれますが、私たちが採取する樹液の量は、木にとってはごくわずか。木を枯らすことなく、少しだけ分け前をいただいています。

地中のミネラル成分をたっぷり含んだ樹液は、
無色透明のミネラルウォーターという感じです。
樹液は芽吹くために必要な栄養素がたくさん詰まっていますので、
カリウム、カルシウムなどのミネラルや酵素類、
アントシアニンなどのポリフェノール類が含まれていて、
樹液を飲むことは春の息吹をまるごといただくといっても過言ではありません。

最近はカナダ産のメープルウォーターも見かけるようになってきましたが、貴重な国産メープルウォーターも販売しています! 今年の採れたて樹液の発売をお楽しみに……!

最近は、ココナッツウォーターの次にブレイクすると紹介されており、
美容や健康に興味のある方々には大注目のヘルシードリンクです。

メープルシロップはどうつくる?

カエデの木から直接メープルシロップが流れ出てくると
思っていた方もいるかもしれません。
でもカエデの樹液の糖度はだいたい2度前後ですので、ほんのり甘さを感じる程度です。
メープルシロップをつくるには、この樹液を40分の1に煮詰めなければいけませんので、
たくさんのカエデの樹液が必要になります。
この事実を知ると、メープルシロップが高価なのを納得してもらえるでしょう。

メ―プルシロップをつくるのは本当に大変! 貴重な自然の甘さがより深く体に染み入ります。

現在の日本を代表する 木製家具を選出! 〈ウッド ファーニチャー ジャパン アワード2016〉

2016年3月4日(金)、5日(土)、
表参道のスパイラルホールにて
〈WOOD FURNITURE JAPAN AWARD 2016〉が開催されます。
これは、「Harmonia 共鳴するものづくり」をテーマに、
現在の日本を代表する木製家具を公募・選出すると共に、
木製家具デザイナーとメーカーとのマッチングを支援するイベント。
選出した家具は2016年1月にパリで展示され、
知られざる日本の木製家具のイメージを一新してきたのだそう。

WFJA2016ヨーロッパ展⽰ 会場⾵風景

エマニュエル・ムホー(建築家・デザイナー)さんがデザインを手がけた
会場で展示されるのは、
誠実な木材を使い、日本の技術で丹念に作り上げた
家具を選ぶ〈セレクション部⾨〉に選出された20点。
株式会社天童木工の〈ヘロンロッキングチェア〉や、
檜創建株式会社の〈Deck Chair fiume〉や
飛騨産業株式会社の〈KISARAGI〉など、
美しい日本のデザインが並びます。
展示作品は公式サイトで発表されていますので、
是非チェックを。

ほか、新たな出会いを求める木製家具デザイナーと、
新しいデザインを求めるメーカーが組んだ〈マッチング部⾨〉から
誕⽣した⽇本の⽊製家具2点の試作品。
そしてイル・ド・フランス⼿⼯業業者・⼯芸会議所の
⽊製家具協⼒展⽰もあります。

知られざる愛媛県の銘産 中山栗のおいしさを生かした 〈アステリスク〉のモンブラン

中山栗のおいしさを活かす〈モンブラン・クレメ〉の秘密

柑橘類、柿、イチゴ、キウイ……さまざまな愛媛の銘産をこれまで紹介してきましたが、
実は栗も愛媛の銘産のひとつ。愛媛県ならではの日照時間の長さと水はけの良い土壌は、
上質な栗を育てるのにも適しているのです。
今回は愛媛県の山間部、伊予市中山町で育てられた
中山栗のおいしさを楽しめるスイーツをご紹介。

2年に1度アメリカで開催されている製菓の国際コンクール〈WPTC〉をはじめ、
数々の世界大会での受賞歴を持つ和泉光一さん。
そんな彼がオーナーシェフを務めるのが東京・代々木上原に店舗を構える〈アステリスク〉。
中山栗が使われているのは2012年の開店以来、
お店の人気商品であり続けている〈モンブラン・クレメ〉です。

まず目を引かれるのが、この〈モンブラン・クレメ〉の高さ。
「9センチくらいあるんじゃないかな? お店の箱の高さのマックスが9センチなので、
これ以上高くすると箱の天井に当たってしまうんですよ」と和泉さん。
「かなりの量の栗を使っていますね。
つくるときは“(栗の)グラムは計るな”って言っています(笑)。
個人店では都内で一番、栗のペーストを使っているでしょうね」

ほかの生洋菓子と並ぶと、その高さが一層際立ちます。

抹茶や餡など、安易に和の素材を使わないというポリシーを持つ和泉さん。
和栗を使った〈モンブラン・クレメ〉のレシピの研究と開発には
相当な時間をかけたのだそう。

「モンブランのフランスのスタイルは確立されたもので、
甘いメレンゲにちょっとバニラの効いたマロンペーストをしぼって……と、
すごく一個で完成されているんです。
海外の栗と和栗とでは香りも違うので、
それをそっくり和栗に置き換えるのは“ちょっと違うな”と僕は思って。
メレンゲベースにする方は、
お砂糖をあまり入れない軽いシャンティ(甘みを加えた生クリーム)をしぼって、
上に濃い味を持ってくるんですけど、和栗だとどうしても風味のパンチが弱いんですよ」
と和泉さん。
「そこで脂肪分の軽い生クリームをあえて使わず、
脂肪分38%くらいの生クリームにお砂糖と、
もともとちょっと甘みのあるマスカルポーネチーズを加えたんです。
このシャンティをしぼることによってクリーミーさをアップさせたので、
“クリーミーな”という意味の〈クレメ〉を名前につけました」

生洋菓子だけでなく焼菓子、チョコレート、コンフィチュールなども並ぶ店内。そのどれもが芸術品のような美しさ……!

こう聞くと、食べ終えた後に胃が重くならいかと心配になる人もいるかもしれませんが、
その心配はまったくもってご無用。ほくほくとした和栗のペーストとクリーム、
そして土台のサクサクした香ばしいメレンゲがあわさった瞬間、
口の中に広がるのは実に程よい甘さ。クリームの口溶けの良さも手伝って、
食べる手がついついとまらなくなるおいしさなのです。

「メレンゲも普通は乾燥焼きさせるんですけど、
日本人はメレンゲの甘さが得意じゃないと思うんですよ。
なので高温の120℃でメレンゲを焼ききって、
中のお砂糖をキャラメリゼ(カラメル化)するんです。だからあまり甘みがない。
あと、ヨーロッパの栗が持つスモーキーな香りが、
メレンゲの中から出てくるようなバランスにしました」

外からも厨房の中がうかがえるスタイルに、お店としての誠実さを感じます。

ただおいしいものを組み合わせるのではなく、
口にしたときの味わいを徹底的に考えて誕生した和泉さんの〈モンブラン・クレメ〉。
開店まもないころに、新聞社で行われたモンブラン調査では見事一位を獲得し、
瞬く間に話題の存在に。
そして今でも〈アステリスク〉のトップセールスをほこる存在なのだそう。

モンブラン好きのみならず、スイーツ好きの心もわしづかみにする
〈モンブラン・クレメ〉。
その素材に愛媛県産の中山栗が使われるようになったのは、
レシピとの相性の良さだけではなく、ひとつのストーリーがありました。

富山の選りすぐりが 代官山T‐SITEに集結! 〈富山マーケット in 代官山2016 〉

富山の名物といえばなんでしょう?
ます寿しに地酒、高岡漆器などの伝統工芸品や
お土産ブランドなどなど、厳選した富山コンテンツを紹介するイベント
〈富山マーケットin代官山2016 ~大人の遊び、33の富山旅。~〉が
2016年2月20日(土)と21日(日)の2日間、
東京・代官山T‐SITE GARDEN GALLERYにて開催されます。

富山県観光連盟と県内14市町が参加する、
春の旅行シーズンに向けての観光PRイベントです。

生産者、卸売・小売業者が直接販売

まずはおいしいもの。
富山名物の〈ます寿司〉は、大正12年創業の老舗ます寿し店、川上鱒寿し店より。
肉厚でふんわりジューシーな仕上げ、柔らかな食感とさっぱりした味に定評ありです。
ます寿し1段は1,400円 。

そして富山の地酒は、〈北陸酒販〉から。
全国平均2割という酒造好適米の使用割合が、北陸酒販ではなんと8割。
立山連峰の恵み名水で醸す自慢の地酒です。
200~300円で有料試飲が出来るほか、ボトル販売も行います。

そして全国から集まる良質の牡蠣を
富山湾・入善町の沖合より取水する海洋深層水で浄化し、
安全性を高め栄養価を保持した〈深層水仕立て牡蠣〉。
それにマリアージュするのは、セイズファームの希少な氷見産ワインです。

続いては富山のいいものセレクト。
ブランディングされた伝統工芸品やお土産ブランドなど。
2頭の蚕が1つの繭玉をつくり出す“しけ絹”から考案された
〈ヨナハスストール〉や、
世界遺産〈五箇山〉で作られる強靭な和紙で作られた
〈FIVEカードケース〉。

ガラスのまち、富山市の〈富山ガラス工房〉で作られた
手のひらサイズの蕎麦猪口〈CHOCO(ちょこ)〉、
富山のあたらしいお土産シリーズ〈幸の小分け〉や
〈べつばら富山〉など、経済産業省が全国47都道府県より認定した〈The Wonder 500™〉
にも選ばれた商品が数多くならびます。

藍杉のフローリングも! 徳島産の阿波藍マッチング プラットフォーム〈寄り藍〉

日本における“藍”の一大産地、徳島。
徳島の藍、〈阿波藍〉から伝統技法を用いて生産される
染料〈すくも(=タデ藍を発酵させたもの)〉は、
藍染めの原料として世界的にも高い評価を受けている素材。
かつての徳島市は川沿いに藍蔵がならび、
藍商人が商いを行っていたのですが、近年では
年々生産者が減少しているんです。

マッチングプラットフォーム〈寄り藍〉

そんな徳島の藍を知ってもらいたいと、
このたびマッチングプラットフォーム〈寄り藍〉が
スタートしました。
これは、藍の加工技術を持った徳島県内のものづくり企業と、
藍を素材とした商品開発を検討している県内外の
異業種とのコラボレーションを応援するもの。

徳島の藍農家が提携し、品質の高い原料調達を、
参加企業から、染料や塗料の調達を行います。
ここに、藍を使った食品やインテリアなどを考える企業がマッチングすることで、
加盟企業の技術力を活用することができるというもの。

そのほか、商品開発にあたって、藍に関する共同研究を大学等の機関と実施したり、
独自の消費者調査を実施するといったマーケティング面での
サポート業務まで包括的に提供するのだそう。
住宅建材を販売する〈大利木材株式会社〉や
衣料品を扱う〈株式会社絹や〉、
食用藍普及事業を行う〈株式会社ボン・アーム〉、
和洋菓子を製造する〈株式会社岡萬商店〉といった企業が加盟します。

藍染杉フローリング〈凛〉 イベント〈うだつの町並み〉(徳島県美馬市脇町)で行われた、藍商佐直 吉田家住宅でのイベント「阿波藍×未来形プロジェクト展」に藍染杉を敷設

大利木材株式会社が作る藍染杉フローリング〈凛〉は、
徳島杉と藍染料のコラボレーションにより生まれた建築材料シリーズ。

染料を塗料に置き換えることにより、藍色の杉材が実現しました。 
塗装加工を工夫したことにより、藍が手やくつしたに付くこともなく、
屋内であれば藍の色の退色はほとんどないのだそう。

水の都大阪、 ミズベリングシティへの道 ミズベリング前編

大阪のまちを真の“水の都”に。ミズベリングの挑戦

全国に広がる水辺のソーシャルアクション〈ミズベリング〉。
〈ミズベリング(MIZBERING)〉とは、“水辺+RING”の造語。
水辺の豊かな時間を見直し、
水辺好きの輪を広げて、水辺のムーブメントを創造していく活動だ。

そのトップランナーといわれるのが、“水都大阪”といわれる大阪。
昨年10月には〈ミズベリング世界会議〉が大阪で開催された。
大阪では官民連携で10年かけて水辺を生かしたブランディングを進めてきた。
今、2020年に向けて〈水と光のまちづくり〉として都市再生を目指し、
①シビックプライドの向上、②滞在型観光集客、③経済活性化という将来像が設定され、
大阪が誇るべき資産である水の回廊
(土佐堀川・堂島川、木津川、東横堀川、道頓堀川)を活用して、
都心を再生するまちづくりが進められている。

そのキーパーソンが大阪府立大学 観光産業戦略研究所長の橋爪紳也さん。
大阪府・大阪市の特別顧問として“水際の賑わいづくり”の
中心的な役割を担ってきた橋爪さんに、
お話をうかがった。

“水都”といわれる大阪。巨大なアヒルのパブリックアートがシンボル。提供・水と光のまちづくり推進会議

「大阪はかつては“水の都”として栄えてきました。
明治の後半にはパリやヴェネチアと比較され、“東洋の水の都”と呼ばれました。
大正時代になると近代的な産業都市として発展します。
人口も世界で5位、6位を争い、“大大阪”の異名を持ちます。
海に近い川沿いには紡績や造船など各種の工場が展開し、
“東洋のマンチェスター”と讃えられました。
対して都心の水際には、美しい美観が誕生します。
行政はパリを意識した水上公園を整備、
民間は米国の大都市にあるようなビル群を川沿いに建設していきます。
ところが戦後、高度成長の時期にその評価が衰えてきたんです。
もともと大阪にはまち中に運河が張り巡らされていて、
掘り割りも縦横にありました。“水網都市”と呼んでいいと思います。
しかし治水のことがあったんでしょう。
川には高い堤防がつくられて、まちから川は見えなくなったんです。
川の上に高速道路をつくり、
また工場排水で汚れた掘り割りは順次埋め立てられていきました。
従来は都市のにぎわいの中心であったはずの川筋から、
人の心もライフスタイルも離れていったんです」
それを「元に戻すのではなく、今日の生活様式に応じた
魅力的な都市空間として再生したい」と橋爪さんは言う。

大阪府立大学 観光産業戦略研究所長の橋爪紳也さん。水都大阪のキーパーソン。

今橋爪さんは海外のさまざまな水辺の先進事例を調査したうえで、
大阪の現場でかたちにしている。

「川筋に人々の暮らしがにじみ出るんです。
海外に行くと夕方になると川に面したテラスのレストランにに人が出てきて
食事やナイトライフを楽しんでいる。
セーヌ河もテムズ河も産業用に開発した川沿いのエリアを、
この10年ほど手を入れて魅力的な観光地にしているんです。
都市の暮らしが川筋で展開される。
ミラノやバーミンガムなどの産業都市でも、水辺の都市再生が注目されました。
都心再生の重要な機能が水際の再生なんです」

そのためにはどんなことが必要なのか?

「基本的には規制緩和です。
水辺は、河川空間であり、公園であり、使い方のルールが限定的に決まっていました。
日本の各都市は水害と闘ってきた歴史があります。
まずは治水、防災が優先されるのは当然でしょう。
しかし発想が変わりました。
治水を整えたうえで、河川法が緩和されて河川空間を
民間のレストランや物販の店やイベント空間として使えるようになったんですね。
大阪はそれにいち早く手をあげて、事業を始めたんです。
河川空間を民間が飲食店や物販が使う方向で規制を緩和、
3年〜5年など期間を定めた指定管理で事業者を公募しています」

大阪の水辺の魅力を使いこなし、まちで楽しみをわかち合う、〈水都大阪フェス〉を2011年、2012年に行った。 提供:水都大阪パートナーズ

1998年の大阪と2005年以降の道頓堀。川に向かってまちは開き、ウッドデッキで歩けるようになった。提供・水都大阪パートナーズ

1998年の大阪と2005年以降の湊町リバープレイス。夕暮れになると人々が水辺に集まるまちとなった。提供・水都大阪パートナーズ