連載
posted:2016.2.29 from:埼玉県秩父市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
埼玉県秩父市。山々に囲まれ、自然豊かなこの地で、
メープルシロップをつくる取り組みが行われています。
その秩父の森で生まれたメープルシロップを味わえる〈シュガーハウス〉ができるまでを
秩父にUターンした井原愛子さんが綴る短期連載です。
writer profile
Aiko Ihara
井原愛子
いはら・あいこ●埼玉県秩父市生まれ。2014年外資系企業を辞めて、秩父にUターン。秩父の森づくりを行うNPOやメープル関係団体の活動に参加しながら、自然とそこに関わる人々にたくさんの刺激を受け、勉強の日々。2015年に自然の恵みを生かした商品開発やエコツアーの企画などを行う〈TAP&SAP〉を立ち上げた。現在、シュガーハウスオープンを目指して、秩父の地域プロデューサーとして日々奔走している。
http://tapandsap.jp
credit
協力:NPO法人秩父百年の森 http://www.faguscrenata.com/
秩父でメープルのことに関わるようになって、驚いたことがたくさんあります。
なかでもびっくりしたのが、まだまだ森にはたくさんの資源が眠っているということ。
今回はちちぶメープルプロジェクト番外編として、
メープル以外で取り組まれている新しい森の恵みについてお伝えしたいと思います。
皆さんは“キハダ”という木について聞いたことがありますか?
私は最初に名前を聞いたときに、キハダマグロしか思い浮かびませんでした(苦笑)。
そんな知名度はいまいちなキハダですが、木の内皮が黄檗(おうばく)といい、
ベルベリンという、強い抗菌作用を持つアルカロイドの一種の
薬効成分が含まれている薬木です。その内皮は鮮やかな黄色で、
「良薬口に苦し」の語源になってとも言われており、罰ゲームで使えるくらい苦いです!
古くから医薬品の百草、陀羅尼助(だらにすけ)などの主成分として
健胃整腸剤に使われていたり、鮮やかな黄色を生かして
染料にも使用されていたそうです。
しかし、昔から人間の暮らしの身近にあったキハダも、
いま日本で流通しているほとんどが中国産になってしまっていました。
このキハダが秩父で注目されたきっかけは、カエデの調査に入った山で
たくさんのキハダが自生していることに気づいたからだったそうです。
秩父樹液生産協同組合とNPOのメンバーは、キハダの調査をしていくなかで、
カエデとキハダの生育環境が似ていることを発見し、
何か製品化できないかと考えるようになりました。
調査では、日本薬科大学に秩父のキハダの成分分析を協力してもらいました。
漢方薬と聞くと中国のイメージが強いですが、
まさかこんな身近に薬木があるということにとてもびっくり!
そして秩父のキハダには、中国産よりも、ベルベリンや、
柑橘系の独特な苦味成分リモノイドが多く含まれており、
秩父産キハダの可能性を感じました。
ただ、キハダ製品化プロジェクトの問題点がひとつ。
キハダには薬効成分が含まれているので、
薬事法の関係でそのままでは商品化できないのです。
そんな壁にぶち当たっても、簡単には諦めないのが
さまざまな分野のエキスパートが結集したプロジェクトメンバー。
なんと、キハダの苦味を添加物として使用することで、
キハダのドリンクの発売許可を得ることができました!
現在は、キハダの抗菌作用を生かした化粧品などの開発が進行中です。
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秩父でメープルのことを取り組んでいるなかで生まれた、
偶然の産物とも言える、はちみつと呼べないはちみつがあります。
樹液シーズン後半になって採れる樹液を煮詰めると、
色の濃いダークなメープルシロップができます。
カラメルのフレーバーやエグミが強くて、
普通に食べるのにはあまりおいしくありません。
ところが、一緒に共同研究をしていた秩父の高校生たちのアイデアで、
そのダークなメープルシロップをミツバチに食べさせてみたことから、
新しいカテゴリーのはちみつが生まれたのです。
ミツバチたちにメープルシロップを食べさせてみると、
できたはちみつが普通のはちみつとはちょっと違う……。
埼玉大学の研究センターに成分分析を依頼すると、
メープルシロップとはちみつ両方の成分が検出されたのです。
これはおもしろい! と、値段の高いメープルシロップの代わりに、
果実や野菜のジュースをミツバチたちに与える実験を開始。
ミツバチたちには好みがあり、人気のジュースと
そうではないものがかなり二分したそう。
その実験から、一番人気だったリンゴジュースを使って、
この新しいはちみつの量産化に向けて動き出します。
このときに、生産に協力してくれたのが花園養蜂場(深谷市)の松本文男さん。
本当のはちみつが食べたくて、養蜂家に転身した松本さんは、
一切の妥協なくはちみつづくりを行っています。
そんな松本さんの強力なバックアップのもと、
リンゴジュースをミチバチたちに食べさせて、新しいみつづくりに成功します。
ところが、再び問題が……。
実ははちみつの国際規格は、花のみつ由来の〈花はちみつ〉、
昆虫の代謝物質に由来する〈甘露はちみつ〉しか認められておらず、
ジュースを与えてつくるやり方では「はちみつ」と呼んで売れないのです。
そこで、はちみつと変わらない栄養成分があることを実証し、
(実際には、はちみつ以上に栄養成分が豊富で、特にカリウム、
マグネシウム、カルシウムなどのミネラル類は普通のはちみつの倍以上!)
原材料名を〈第3のみつ〉とすることで販売許可がおりました。
このふたつの事例を通してわかるのは、
知られざる森の豊かな資源を、きちんと学術的に検証しながら、
なおかつさまざまな問題を乗り越えて製品化に成功していること。
現在も、森の中の香りの研究、ほかの薬木や樹液の研究など、
秩父の森の資源を活用するべくさまざまなプロジェクトが動いています。
秩父だけではなく、日本の森には、まだまだ知られざる資源がたくさんあるはず!
必要なのは、それに目を向けることなのかもしれないと、
この活動を通して感じています。
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