連載
posted:2016.2.26 from:熊本県熊本市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
SHOTARO NAKAGAWA
中川正太郎
ASTER代表。1977年熊本市生まれ。20代前半から建築現場や家具店など内装に関わる職を経て、
2003年よりASTERで活動開始。ASTERは、熊本県内を拠点に個人住宅、店舗、賃貸物件などデザイン・設計・施工を一貫して行うリノベーション集団。ほかに、運営する“街のよろず屋”KUHONJI GENERAL STOREや、熊本のマニアックな物件を紹介するサイト「あんぐら不動産」なども企画運営している。
こんにちは。ASTERの中川です。
早くも第4回、後半に突入しました。
今回は熊本市で最古の貸しビルにできたギャラリーをご紹介したいと思います。
このなんとも萌える味のあるビル。
名称は〈早野ビル〉と言います。
1924(大正13)年に建てられた早野ビルは
熊本で最初の貸しビルだったそうです。
鉄筋コンクリート造3階建(一部4階建)で特徴的な外観。
築90年を超えた抜群の存在感は古ビルというより、まさにビンテージビル。
熊本の歴史をずっと前から見てきた早野ビルは
登録有形文化財にも登録されています。
場所は熊本市中心市街地から歩いて行ける練兵町というまちにあります。
熊本駅からも中心市街からも市電で10分くらいのところです。
早野ビルは現在も貸しビルとして現役です。
2、3階はデザイン事務所などが入居しています。
1階にあるのは、誰でも気軽に活版印刷を楽しめる〈九州活版印刷所〉。
この活版印刷のレトロ感とビルの雰囲気がとてもマッチしていて
ずっと前からここにあるような感じです。
広々とした屋上は入居者みんなの共用スペース。
天気がいい日は昼寝も気持ちよさそうです。
床にはレトロなタイルも。
このようにいまは、主にデザイン事務所が多く入居する早野ビル。
さまざまなデザイナーやクリエイターが集まってきたキッカケは、
最初に入居しているデザイン事務所〈JAM〉の小山田さんの影響でした。
Page 2
小山田さんが代表を務めるデザイン事務所JAMが
早野ビルに入居したのは12年前。
当時は1階に洋服屋さんが2軒入居していました。
上層階には税理士事務所や○○協会の事務局など、
どちらかと言えばちょっと堅い職種の事務所が主に入居されていたそうです。
空きテナントもあり、25年間どこも使っていない部屋や
それに近いものばかりだったそうです。
それから時が経ち、徐々に入居者が変わっていきます。
大家さんも管理会社さんも遠方在住ということもあり、
小山田さんは、一応ビルの入居者ですが、
空きテナントを見に来る人の案内を代行していました。
そうすると、早野ビルには小山田さんのつながりで
デザイナーやライターさんなどクリエイターの人たちが多く訪れるようになり、
いつのまにかこのビルを気に入ったメンバーが自然と入居し始めました。
そんななか、2010年。当時空いていた1階スペースで、
小山田さんは試しに『トキテン』と題し、時間をテーマにしたイベントを開催します。
そして、これを機に、
もっと熊本のいろんなおもしろい人たちが表現できる場があればと思い始め、
いつかこのスペースをギャラリーにしたいと考えていました。
それから数年経った2013年。
実際にこの1階スペースにギャラリーをオープンさせます。
名前は〈でんでん舎〉 。
その決め手となったのは1階にある九州活版印刷所の入居でした。
実は活版印刷所さんは、早野ビルの魅力にひかれながらも、
入居を決めかねていました。
理由は入居可能な部屋の広すぎるスペース。
そこで広いスペースをシェアすることに。
大家さんの承諾も得て、
余ったスペースを小山田さんが借りることにしました。
1階スペースの個室に活版印刷所が入り、
広いホールのスペースをギャラリーに。
小山田さんはデザイン事務所とは別の事業となるので、
収支計画を立て、リノベーション予算を計算。
僕らASTERに声をかけてもらいました。
まずは現地調査へ。
僕も外観は何度も通って見ていましたが中に入るのは初めて。
少し緊張しながら中に入ると懐かしいけど重みのある空気を感じました。
入り口ドアの黒ずんだ丸いドアノブ。
おそらく当時から残っている床のタイル。
長い時を経てできたベニアの床の色。
最初に見た感想は正直、
「リノベーション不要」でした。
Page 3
長い年月をかけてつくられた、いまではつくり出すことのできない質感。
それを新しい素材に変えるという選択肢はありませんでした。
そこでプランは基本的に現状のままでいくことに。
ただし、ギャラリーなので調光式の照明システム、
商品展示のためのピクチャーレールや陳列棚などは新しく設置しました。
最後に外壁に看板を取り付け、
早野ビルのもつ魅力ををそのまま残した新しい空間、でんでん舎の完成です。
完成後はアーティストの個展、ワークショップ、講演会やセミナーなど、
でんでん舎ではさまざまなイベントや展示会が行われています。
料金設定も学生などは安く借りることができるようになっています。
でんでん舎の使い方に細かい決まりは設けていません。
いろんな人にいろんな使い方をしてもらうといい。
そんな想いはHPの紹介文からもわかります。
“なんでんかんでんでんでん舎。”
くまもとには面白かもんがいっぱいあります。
くまもとには面白か人もいっぱいいます。
そんなくまもとの、面白かもんと、面白か人が面白か事をする場所です。
なんでんよかとです。
アートでも講演でもワークショップでも、
一人でボーっとしてもよかです。
大正時代に立てられた建物は、そんな面白かことを全部許してくれます。
ま、多少の約束事はありますが。
これからたくさんの人が集まる場所になってもよかです。
ならんでもよかです。
ただ、いつまでもここにいようと思います。
明日、面白かことを思いついたとき側にいれるように。
(でんでん舎ホームページより)
古い建物は単に保存することだけが重要ではなく、
リノベーションしたり、用途を変えたりしながら、
いろんな人たちが集い、そこで働いたり遊んだりして
使いながら残っていくのが一番幸せなのではと思います。
でんでん舎がある限り、
この早野ビルにはこれからもたくさんの人が訪れます。
大正時代の古い建物からたくさんの新しいものが生まれています。
だからこれからもまだまだ現役で熊本にいてほしいと思っています。
information
でんでん舎
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ