連載
posted:2016.1.14 from:熊本県熊本市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
SHOTARO NAKAGAWA
中川正太郎
ASTER代表。1977年熊本市生まれ。20代前半から建築現場や家具店など内装に関わる職を経て、
2003年よりASTERで活動開始。ASTERは、熊本県内を拠点に個人住宅、店舗、賃貸物件などデザイン・設計・施工を一貫して行うリノベーション集団。ほかに、運営する“街のよろず屋”KUHONJI GENERAL STOREや、熊本のマニアックな物件を紹介するサイト「あんぐら不動産」なども企画運営している。
みなさまこんにちは。ASTERの中川です。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
vol.3ではvol.2でご紹介しました複合施設〈リバーポート9〉の中に誕生した
新しいお店の紹介をしたいと思います。
お店の名前は〈 voyager(ボイジャー)〉
元駐車場だった地下スペースをリノベーションしてできたバーです。
熊本でもまだ珍しいクラフトビールが揃うバーで、
昨年のオープン以降、年齢層を問わず多くの人々が連日訪れる場所となっています。
しかもこのvoyager、ただのバーではなくオフィスも兼ね備える
オフィス&バーという形態の空間です。
オフィスの中にバー? バーの中にオフィス?
あまり聞いたことがない形態ですが、なぜこのふたつの異なる形態を
ひとつの空間につくったのか。
この場所をつくったふたりのオーナーは田島ミキコさんとジェイソン・モーガンさん。
バーvoyagerのオーナー兼、翻訳・通訳を専門に行う株式会社アドアストラ代表のふたりです。
ふたりとも既成概念にとらわれない自由な発想と
スピードある行動力でこの場所をつくりました。
その経緯とは?
少しさかのぼること、約2年前。
もともとはそれぞれ別々に翻訳の仕事をやっていたふたり。
田島さんは13年間、ジェイソンは来日後4年間。
共通の知人を通して知り合ったふたりは翻訳以外でもさまざまな活動に興味があり、
同じ方向性を持っていることでビジネスパートナーとして活動をともにし始めます。
そして2013年、最初のチャレンジとして
熊本市中心市街地で定期的に開催されている〈Seedmarket〉に出店。
Seedmarketとはまちなかで出店意欲がある人や
いまから創業しようと計画している人がチャレンジしたり、
自店の顧客獲得につなげたりと、それぞれの目的で活用するマーケットです。
Seedとは「種を蒔く」という意味で、まちに新しい種を蒔き、
魅力あるまちをつくっていくという想いが込められているそうです。
いろいろな人やお店が持つ魅力を
まちの中心地で発揮し自己発信の場につなげてもらいたいという目的で開催されています。
そこでまずふたりはそれぞれコレクションしていた古書や洋書を販売しました。
2回目からは本に加え、世界各国の珍しいビールも販売しました。
出店ショップ名は“Liquor&Spirits”
ビールと本の店〈Liquor&Spirits〉が現在のvoyagerの前身です。
そんな活動をしていくなかで2014年1月、共同出資で株式会社アドアストラを設立。
翻訳や通訳が専門の会社ですが、事業計画にはあらかじめバーの運営も入れていたそうです。
ちなみに設立資金は世界旅行のために貯めていた貯金をあてたそうです。
それからすぐにアドアストラの新拠点となる物件探しが始まりました。
オフィスだけど自分たちが好きなビールや本も販売したい。
それならオフィスで働きながらバーもできる空間を見つけようよと。
でもそんな空間ってなかなか見つからない。
Page 2
ふたりは休みや仕事の合間におもしろそうな物件を探し続けました。
そんななか、知人から新しくできる複合施設〈リバーポート9〉のことを聞いたふたりは
さっそく現地を見に行きます。
案内されたテナントスペースはまだ工事前で、もともとは駐車場だった地下のスペース。
雰囲気がイメージにピッタリだったこの場所に惹かれたふたりは
その場で即決し入居を決めました。
階段を降り、この古いドアを開けて入ってくるお客さんが想像できたそうです。
それから僕らASTERへ内装の相談に来られ、リノベーションのプランが始まりました。
50平米という限られたスペースのなかでオフィスとバーの空間をつくること。
内装のイメージはこの古い躯体を生かした雰囲気にすることになりました。
いよいよ工事がはじまりました。
奥のオフィスと手前のバースペースを分ける壁をつくっていきます。
壁も完全に仕切った壁ではなく、上部が開いているガラス入りのパーテーションに。
バーからオフィスを見たとき、人影は見えても中はハッキリと見えないように、
ガラスも透明ではなくカタガラスにしました。
なんとなく、バーとオフィスのつながりをつくりたかったためです。
バーのカウンターは古くて味のある駆体の空間に合わせ、使い込まれた足場板を使用しました。
壁をつくったり電気配線や設備工事は当然プロの職人さんにやってもらいます。
「でも少しでも自分たちでできることはやりたい!」
と希望された田島さんとジェイソンには
壁の塗装や床のタイル貼りなどをセルフでやってもらいました。
そうしてふたりの想いの詰まったvoyagerの空間が完成。
Page 3
2014年12月にオープンしたvoyager。
最初の頃は人手もないのでオーナーふたりが連日バーに立ちました。
朝から夕方までは翻訳の仕事を。
夕方から深夜まではバーテンダーとしてvoyagerに立ちました。
当然寝不足の日々(笑)。
でも自分たちがやりたかったことをいまやれている幸せのほうが強く、
まったく辛くはなかったそうです。
オープンしてまだ1年。現在ではスタッフも増え、
連日多くの人々が訪れる場所になったvoyagerは
どんどんすごいスピードで進化し続けています。
「こんなことをやりたい!」と思い立ってシードマーケットに出店してから、
voyagerのオープンまで2年にも満たない早さ。
どうやったらそんなスピードでできるのかと田島さんに聞いてみました。
「展開が早いのはただ単純にガムシャラにやってきたからだと思います。
やりたいことには手を緩めずに常に全力疾走。
歩くことはあっても止まらないです。それが積み重なっているのだと思います。
あとはふたりのパートナーシップがうまくいってると思います。
これは私ひとりではできない。
お互いに足りないところをフォローしているからこそできている部分もあります。
でも性格は全然違いますけどね(笑)。
方向性は一緒だけど性格は違ったほうが事業のパートナーはうまくいくのだと思います」
(田島さん)
オフィスも構えてバーもしたくて。
でもそれって一般的に考えると場所もふたつ必要だし
スタッフもいるしお金もかかるし時間も足りない。
普通の考えだと、だったらとりあえずどちらかから始めてお金貯まったらしようよ。
となりそうですが、ふたりはいっぺんにつくってしまった。
昼間働いて夜も営業する。
そんなの無理じゃんと言われてもとりあえずやる。
やれるところまでやってみる。
働き方に決まりはないから自分たちの理想を現実につくってやってみる。
失敗したことは後からふたりで振り返り改善する。
“やってみないとわからないからとにかくやってみる”
言葉では簡単に言えるけど、なかなか実現できないことですが、
田島さんとジェイソンは足りないところをシェアし合って意欲と気合いで叶えた。
そんなポジティブなふたりだからこそまわりの人たちも惹かれ集まってくるのだと思いました。
空間もそうですが、現代では働き方も少しずつ変わってきていると思います。
場所や時間の使い方も「これが正解」とか「間違い」とかなくて、
みんなそれぞれの働き方のスタイルがある。
そこに共感した人がお客さんだったりスタッフだったり仲間になり増えていく。
世の中のセオリーじゃないけど、
小さくても自分たちにとっては「コレが一番」というスタイルを持っているかどうか。
それがこれからの時代は大事なのかなと思いました。
熊本の人も県外の人も海外の人も、
voyagerはどんな人でも歓迎される熊本の新たな社交場です。
おいしいクラフトビールを飲みながらみんなでいろいろ語れる場所。
まちにとってなくてはならない場所になっています。
次回は、熊本最古のRCビルにできたギャラリーのお話をしたいと思います。
information
voyager
ボイジャー
住所:熊本市中央区九品寺1丁目1-26 River Port91B
TEL:070-5490-7201
営業時間:18:00〜25:00(LO 24:30)
定休日:木曜
※ランチ営業あり。スケジュールはHPをチェックしてください。
火曜日(マクロビ)12:00〜16:00、水曜日(ベトナム) 11:00〜16:00
土・日(カフェ)12:00〜18:00
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