連載
posted:2016.2.22 from:兵庫県篠山市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer's profile
NOTE
一般社団法人 ノオト
篠山城築城から400年の2009年に設立。兵庫県の丹波篠山を拠点に古民家の再生活用を中心とした地域づくりを展開。これまでに、丹波・但馬エリアなどで約50軒の古民家を宿泊施設や店舗等として再生活用。2014年からは、行政・金融機関・民間企業・中間支援組織が連携して運営する「地域資産活用協議会 Opera」の事務局として、歴史地区再生による広域観光圏の形成に取り組む。
http://plus-note.jp
ノオトの連載も第9回目を迎えました。
今回は、前回の記事でも取り上げた、〈NPO法人 町なみ屋なみ研究所〉(通称“町屋研”)
の理事長である酒井宏一さんに執筆をお願いしました。
町屋研は、我々の本拠地である兵庫県篠山市を中心に、
ボランティアの力を活用した古民家再生・活用や、
伝統的なまち並み景観の保全活動を行うNPO法人です。
町屋研にはノオトの社員が2名参画していることもあり、
ノオトとは物件情報の共有や人材の交流、物件状況に応じた役割分担など、
お互い連携しながら古民家再生・活用事業を行っています。
具体的には、所有者・事業者の意向や用途に応じ、
ボランティアを活用し低コストで時間をかけて改修する場合には町屋研、
プロの人材を活用して事業化や産業化を積極的に進める場合にはノオト、
といった役割にあることが多いです。
今回は、市民活動の立場から見た古民家再生の現場をご紹介できればと思います。
以下、酒井宏一さんにバトンタッチします。
こんにちは。〈NPO法人 町なみ屋なみ研究所〉の酒井宏一です。
私たちは、「伝統的なまち並み景観や伝統的な建物は、歴史や文化と同じように、
大切に守らなければならない日本全体の財産である」という思いを持って、
ノオトとはゆるやかに連携しながら、
市民の力による伝統的なまち並みの保全、活用に取り組んでいます。
そのスタートは2004年。
丹波地方の地域づくり団体であるNPO法人たんばぐみの一部門(まちなみ景観部会)、
として〈丹波篠山古民家再生プロジェクト〉を立ち上げました。
その後、2010年に〈NPO法人 町なみ屋なみ研究所〉として独立した団体です。
立ち上げから10年以上「伝統的な建物が壊されないようにする活動」
「伝統的な建物の活用」「古民家再生ボランティア活動」などを
ボランティアベースで続けています。
例えば、壊されそうな町屋があると聞くと飛んでいって
「なんとか壊さないでください」とお願いしたり、
景観上大切な建物が空き家になっていれば
具体的な保存・活用方法の提案などもお手伝いしています。
まずは、この活動を始めたきっかけを少しお話したいと思います。
私はなぜか昔から古いまち並みが好きで好きでしょうがなくて、
日本各地のまちを巡るのを最大の楽しみにしていました。
私にとっては理屈抜きに、古い建物や伝統的なまち並みはすごく大切なものだったんです。
ところが、訪ねた歩いたそれぞれのまちで、
久しぶりに行ってみると町家などの古い建物が壊されて、
ずいぶんとまち並みの雰囲気が変わってしまっていることもたびたびありました。
こんなときはすごくかなしいイヤな気分になってしまいます。
伝統的な建物が壊されて古いまち並みが失われるのは
私にとってもったいないという以上に、
何か大切なものを失った気持ちになり、落ち込んでしまうのです。
古いまち並みを守る仕組みとして、
国の制度である重要伝統的建造物群保存地区のような、
法令による規制や補助金制度があるのですが、
そのように国に守られる保存地区は日本の中でごく一部で、
そのほかの大部分の建物については、
壊されていくのを防ぐことが難しいのが現実です。
そんな風に古いまち並みが失われていくのがイヤで、
なんとか、規制や補助金以外に守る仕組みができないかといろいろと考えたのが、
現在の活動の原点です。
そのなかで、10年以上定期的に実施しており、
私たちの中心的な活動となっている「古民家再生ボランティア」の仕組みついて、
詳しくご紹介します。
「古民家再生ボランティア」とは、
古民家再生工事の現場で、プロの職人の指導のもとに、
市民ボランティアが、ワークショップ形式で行う取り組みです。
壁塗りや床張りをはじめとした大工仕事や、荷物の片付けなどを行います。
篠山を中心に、毎月2回の開催を継続的に続けており、今年で11年目となりました。
ボランティアの方は毎回10名程度で、これまでの実施回数は230回、
参加者は延べ3000人近くになっています。
最初はそこまで続くと思っていませんでしたので、
本当によく続いているものだと思います。
Page 2
始めたきっかけですが、
歴史ある古民家が壊されてしまう大きな原因は、
「改修費が高い」という固定観念があるのではとの思いからです。
そこで、ボランティアの力を借りて、コストを抑えて改修することで、
伝統的な建物を使いたいと思っている人に、
リーズナブルな価格で提供することができれば、
建物が残り、まち並みも守れるのではないかと考えました。
ボランティアが行う作業は、物件の状況によってさまざまですが、
事実、彼らのおかげで20棟以上の古民家が再生されています。
その一例をご紹介します。
篠山城の南西に位置するお堀沿いに、
30年以上も空き家のまま放置された建物がありました。
トタン屋根がかぶり、ブロック塀になっていましたが、
建物は江戸時代から残る、築180年の本物の武家屋敷です。
城下町でもほとんど人通りのない場所ということもあり、
最初は店舗などとして活用するのは難しいと考えていました。
とはいえ、お堀沿いの緑と水辺が美しく、景観がよい場所でしたので、
なんとか活用できないかと、市外在住だった所有者の方を粘り強く説得し、
使わせていただくことができました。
2009年7月に荷物の片付けを始めてから、
継続してワークショップを行い、約1年かけて改修されました。
この物件では、片付けから、屋根の修復、壁塗り、床貼りから塀の壁塗りまで、
ほとんどの作業をボランティアが実施しました。
事業者については、公募を実施し、
地域の自治会の方々にも選考委員に入ってもらい審査をして、
事業者を決定しました。
このような経緯を経て、空き家だった武家屋敷が、
中国茶カフェ〈岩茶坊丹波ことり〉として生まれ変わりました。
現在では、多くの人が訪れる、篠山で一番人気のカフェになっています。
ここからは、活動を通じて学んだことを少し書いていきたいと思います。
ひとつ目は、ボランティアさんについてです。
もともとコストダウンが目的で募集したので、
ボランティアの皆さんの改修作業では、
簡単な作業をこなしていただく以上の期待はしていませんでした。
しかし、実際に始めてみると、力量は想像以上。
現在では、大工仕事、壁塗りなどの左官はもちろんのこと、
屋根瓦からジャッキアップして家の傾きを直すことまで、
ボランティアでも、何でもやります。
参加してくれる皆さんは、古い建物やまち並みに興味がありますので、
どんなことにでも挑戦してくださいます。
もちろんプロの大工さんや左官職人の指導のもとにやりますから、
きちんとした、水準の仕上がりにもなっていきます。
町屋研のボランティアのほとんどが大阪、神戸方面からの人で、
女性も多く、学生からリタイアされた方まで幅広い年齢層が参加されています。
残念ながら地元の方は少ないのが現状です。
皆さん、古い建物やまち並みに興味があるという点以外に、
「将来古民家を買って住みたいのだが、本当に大丈夫なのか勉強したかった」
という理由から、参加している方が多いようです。
その結果、古民家再生ボランティアへの参加をきっかけに、
篠山に移住している例も多く、移住の後押しをしたとも言えるようです。
ふたつ目は、彼らを支えるプロの職人への影響も大きかったように思います。
Page 3
活動当初は、再生を素人仕事で済ませてしまうことや、
素人の参加者に技術を教えるということに対して、少し抵抗があったように思います。
しかし、活動を進めていくと、
協働作業の楽しさや、活動の趣旨を理解してもらえるようになり、
市民活動として協力してもらえるようになりました。
さらに、大きな効果となったのは、
古民家の工事費への、大工・工務店の認識の変化です。
最初にお話ししたように古民家再生の建築費が高くなるのは、
大工・工務店に再生工事の経験があまりないため、
見積りの想定も難しく、
手間がかかるという考えから、新築を勧めたり、
高い見積りが示されたりすることが多かったように思います。
しかし、活動に参加して事例を重ねることにより、
古民家再生の頃合いがわかるようになり、
新築より安く改修できることが認識されるようになりました。
こうしてみてみると、これまで20棟以上の古民家の再生に関わってきましたが、
その実感として、「古民家再生ボランティア活動」は
建物を修復したという効果よりは、
篠山への移住を後押ししたり、
古民家再生やまち並み保存に対する普及啓発など、
間接的な効果のほうが大きかったように思います。
例えば、
・片付けを行うことなどにより所有者が再生に取り組むことを決断する後押しをした。
・放置すれば致命的なダメージを受けるのを応急措置により止めることができた。
・地域の住民にとっては、都会からわざわざ無償で作業をしに来るのを見て、
やはり古いまち並みが大事なものだと気づいた。
・壊そうと思っていた自宅を、この活動を知って気が変わって保存し、ギャラリーとして活
用することにした。
・ボランティア作業の講師に来ていただいている大工さんから「いままで壊して新築を勧め
ていたけどこの活動に関わるようになって再生改修を勧めるようになった」と言ってもら
えた。
・ボランティアに参加いただいた方が、古民家好き、古いまち並み好きになって、古民家に
移住したりした。
など、活動を通してさまざまなうれしい動きが起こっています。
つまり、プロアマ問わず多くの人を
古民家、古いまち並み好きにすることができたのが、
一番の効果ではなかったのかと思っています。
ノオトの金野さんもきっとそのうちのひとりだと思います。
古民家に価値があることを、知ってもらうことがまず重要。
そんな機会を町屋研ではつくっているのではないか。
古いまち並みは文化的、歴史的資源としての価値に加えて、
地域の魅力、強みをつくる有力な手段になる可能性があります。
独自の伝統文化や景観が守られている地域は魅力があり、
その多様性がイノベーションの源泉となったり、
交流人口、定住人口を呼び込む力となったり、
独自性ゆえの、地域独自の雇用を生み出す可能性があります。
また、外国の方に対する魅力的な観光資源になります。
私たちが外国に旅行に行こうとするとき、
やはり独自の伝統的な景観や文化が守られている国に魅力を感じます。
これからも多くの人に、古民家の魅力を伝えていくことで、
魅力的なまちがもっと生まれていくのだと信じています。
information
NPO法人 町なみ屋なみ研究所
ワークショップの詳細、申し込みについては公式ブログをご確認ください。
information
岩茶坊丹波ことり
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ