【見逃し配信あり】 『俳優・小林涼子が挑む、地域×農業×福祉の現場。肩書を越えて働く時代へ』 コロカルアカデミーVol.5

日本のローカルの魅力を発信する「コロカル」は、ウェビナー講義シリーズ「コロカルアカデミー」の第5回を9月3日に開催しました。ゲストは、俳優でありながら株式会社AGRIKO代表取締役として活動する小林涼子さん。

小林さんは、芸能の世界で順調にキャリアを重ねる一方で、20代の頃には将来への葛藤を抱え、「自分は何をしたいのか」を模索し続け、新潟での米づくりに出会います。家族の体調不良を機に「このままでは、地域の農業は立ち行かなくなる」、そうした危機感から、2021年、農業と福祉を軸にした株式会社AGRIKOを創業。アクアポニックス農法を導入した都市型の屋上ファームや、新潟での稲作、障がい者とともに働く農福連携など、「地域課題」を解決しながら「都市と地方をつなぐ」挑戦を続けています。
今回はそんな、俳優という肩書きにとどまらず、現場に根を張り、土地の可能性を育てる姿勢を大切にする小林さんに、地域の現場から見えるリアルな課題と可能性について、存分に語って頂きました。

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小林涼子(こばやし・りょうこ)

小林涼子(こばやし・りょうこ)

俳優/株式会社AGRIKO代表取締役
農林水産省 食料・農業・農村政策審議会 食糧部会臨時委員
子役として芸能活動を開始し、連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)など数々のドラマや映画に出演。2014年から農業に携わり、2021年に株式会社AGRIKOを設立。現在は稲作やアクアポニックス農法による都市型農園を展開し、地域の福祉とも連携した持続可能な農のあり方を模索している。ラジオナビゲーターや講演活動など、ジャンルを超えてパラレルキャリアを体現する存在。

俳優から農業へ向かった「お米」との出会い

俳優 美味しいを守る

まず小林さんからお話があったのは、ご自身の俳優としてのキャリアから、どのようにして農業と出会い、そして会社の設立に至ったのか、という経緯について。
俳優業で駆け抜けた10代、20代を過ごし、少し疲れを感じてしまったころ、家族のすすめでふと出会った新潟の棚田。そこでの農業のお手伝いで味わった汗をかくことやお米を食べること、その美味しさや楽しさが小林さんの農業の原体験でした。
そんな中、小林さんは、農家さんの人手不足の現状を知り、コロナ禍を経て、「このままでは、美味しいものを食べ続けられる未来が失われてしまう」という現実に向き合うようになったそうです。
自分一人が“お手伝い”という立場で、すべてを担える力はなかった。だからこそ、一人ではなく、「組織」としてできることがあるのではないか。そうしてたどり着いたのが、株式会社AGRIKOの立ち上げです。

「農福(ノウフク)」という事業/生き方

Mission

そんな株式会社AGRIKOは、農業と福祉の連携を軸に掲げ、活動を進めています。
10代や20代のころは、俳優業に没頭し、全力投球していた小林さん。それでも自分が思うようにキャリアが進まず、売れていく同世代の俳優の背中を見ながら、空回りしている感覚があったそうです。
「障がい」とは人それぞれで、一言では語れませんが、障がいと健常は、私たちが思うほど明確に線を引けるものではない。野心もあり、心身ともに元気だった自分がある日にふと立ち止まってしまったように、人生につまずき、心が疲れてしまう人は決して少なくない。誰もが生きづらさを感じる時代に、誰もが安心して暮らせる社会をつくること。それは、かつての自分自身のためでもあり、私たちみんなにとって必要なことではないか。
小林さんにとって、「農福」とは事業であると同時に、生き方そのものなのだろうと、その優しい語りの中に感じる確かな覚悟が伝わってきました。

食をめぐる日本の現状と限界集落について

日本の現状

改めて、日本の食は今、どのような状況なのかについてのお話もありました。日本が人口減少社会を迎えながら、農業従事者は、更に高齢化が進んでおり、2023年時点における基幹的農業事業者は116万人ほど。さらに食料自給率※は、カロリーベースで38%。先進国の中では、最も低い水準だそうです。
こうした中、農村にはおのずと限界集落が生まれていきます。食物を生み出すには、当然、人の手が必要です。にもかかわらず、人の手が足りない、届かない地域がある。
ショッキングな数字や事実が並びましたが、そんな中、小林さんはどのようにして、この課題に向き合っているのか。話は更に本格的になっていきます。

※食料自給率にはカロリーベースと生産額ベースがあり、それぞれ数値が異なります。* データは、それぞれ調査年が異なるため、厳密な一致はありません。

「都市農業」の可能性と多面性

Aquaponics System

東京における農業は、土地の面積に課題があるなかで、お話に出たのは、アクアポニックス(水産養殖×水耕栽培)というあり方。魚とバクテリアと植物によるシステムの輪は、確かな新しい農業の可能性を感じます。

都市農業の多様な機能(6つの機能)

先日の東京都主催の「TOKYO農業フォーラム2025 ~エコな農業が創るエシカルな東京~」の基調講演でも語られていた「都市農業の可能性」について、今回も小林さんならではの視点で、都市農業が持つ大きなポテンシャルについてお話がありました。

さらに会社として進めている、さまざまな実例(食材販売、サポーターズ(子育て世代の女性たちの雇用)の仕組み、障がい者雇用のアドバイスや雇用継続支援、食育イベントなど)を交えながら、農業や、農業に関する事業が持つポテンシャルについて語っていただき、最終的には、都市と地方をつなぐ、食の可能性についてのお話まで広がりました。
どのプロダクトや商品も可愛くて、洗練されていて、ワクワクする農業の姿が、そこにはありました。

生きること・食べること・楽しむこと

さまざまな実例

小林さんのお話を伺っていて、一番感じたことは、「食べることと生きることとの繋がり」、そしてそれらを「楽しむことの大切さ」です。
私たちは日々、食べることで生きています。食物は私たちの生活に必須で、だからこそその問題に対して、課題が生まれた時、大きな混乱が起きてしまいがちです。取り組むべき課題が深刻であることに疑いはありません。
ですが同時に、そうした課題を「誰かが解決してくれる」と静観するのではなく、自分で動き、しかもそれを仲間と共に広げ、大きなムーブメントを明るく生み出すのが小林さんにしかできないあり方だったのだろうと感じます。
都市と地方、消費者と生産者、健常者と障がい者。私たちは二項対立で物事を捉えがちですが、そこにある課題・テーマは、同じ「共に生きること」であり、それは単なる二項対立から離れ、みんながそれぞれの場所で、連帯しながら、ゆっくり取り組んでいくことなのかもしれないと、小林さんのお話を伺っていて、感じました。そのためには、単に眉をしかめ、難しい顔をして取り組むのではなく、小林さんのように、あるいは、今日のお写真で出てきたイベントに参加する子どもたちのように、笑顔で、前向きに取り組んでいくことこそが、課題解決の「隠し味」なのかもしれません。

トークセッションでは、『社会的な課題を“自分ごと”として捉えるとは?』をテーマに、小林さんのこれまでの背景や体験を、より具体的に掘り下げつつ、Q&Aでは、農福連携のあり方などについて、より具体的な話題も盛りだくさんでした。

食に関心がある方、障がいのあり方と社会のあり方に関心がある方、前向きに社会課題に取り組みたい方、パラレルなキャリア形成に関心がある方、多くの方にお勧めです。
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株式会社AGRIKOのサイトもぜひチェックしてみてください!
https://farm.agriko.net/company

パリの大学院生・ルイスと ブランドディレクター・カナカが 巡る、青森・八戸&十和田の 1泊2日旅【Day2】

夏休みに日本へやってきたパリの大学院生ルイスさん。今回は、Netflix「オフラインラブ」にも出演されていたカナカさんを旅の相棒に、1泊2日で青森・八戸へ!

Day2 行程表
7:00|みなと食堂(八戸市)
10:30|匠工房 南部裂織の里(十和田市)
11:00|十和田神社(十和田市)
13:00|池田ファーム(田子町)
15:00|おんであんせ ユートリーおみやげショップ(八戸市)

Day2 7:00|みなと食堂

昨夜のディナーの帰り際、「八戸に来たなら絶対に行ってほしいお店がある」と八戸酒造の秀介さん。

ならば行くしかない!と早起きして向かったのは、「陸奥湊駅」からほど近い、ヒラメ漬丼の名店〈みなと食堂〉。ツヤツヤで美しいヒラメを贅沢にのせたどんぶりは、口に入れた瞬間甘みと旨みがふわっと広がり、朝から幸せな気持ちに。

information

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みなと食堂

住所:青森県八戸市湊町字久保45-1

TEL:0178-35-2295

営業時間:6時~14時

休:日、月

Day2 10:30|匠工房 南部裂織の里

案内してくれた秀介さんに別れを告げ、次に向かったのは八戸から車で約1時間の十和田市。お目当ては、青森県の伝統工芸「南部裂織(なんぶさきおり)」体験です。

裂織とは、使い古した着物や布を細く裂き、縦糸に木綿糸を組み合わせて織り込んだ織物のこと。いらなくなった布が、また衣服や生活道具として生まれ変わるから、とてもサステナブル。江戸時代から続く伝統的工芸品です。

「こういう細かい作業大好き!」と黙々と進めるカナカさん。一方、ルイスさんは、先生に教わりながら地機を動かすものの、リズムを掴むのはなかなか難しく苦戦中。それでも先生の優しい指導のおかげで、ついに一枚の作品が完成しました!

information

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匠工房 南部裂織の里

住所:青森県十和田市 大字 伝法寺 字 平窪37-21 「道の駅 とわだ」内

TEL:0176-20-8700

営:10時~16時

休:

体験料金:2,500円(3人以上は1週間前に要予約)

Day2 11:00|十和田神社(十和田市)

ルイスさんが、東北に行ったら一度は訪れてみたいと挙げていた場所のひとつが、東北屈指のパワースポット・十和田神社。創建は大同2年(807年)。十和田湖に突き出す中山半島に鎮座する古社で、坂上田村麻呂によって建立されたと言われています。

杉木立に囲まれた参道を進むと荘厳な本殿と拝殿が姿を現します。静謐な空気に包まれ、神秘的なエネルギーを肌で感じることができました。

information

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十和田神社

住所:青森県十和田市奥瀬十和田湖畔休屋486

TEL:0176-75-2508

Day2 13:00|池田ファーム(田子町)

車を走らせていると、沿道の看板に「にんにく」の文字がたびたび目に飛び込んできました。たどり着いたのは、青森県の田子町(たっこまち)。

田子町に来た理由は一つ。A5ランク黒毛和牛「田子牛」のランチがたべられると聞いたから。ここ〈池田ファーム〉では、年間出荷頭数わずか60頭という希少な田子牛の中からA5・A4ランクのみを厳選。霜降りの美しさは折り紙付きの名店です。

さらに田子町は「にんにくの町」としても名高く、ソースには名産の田子にんにくをたっぷり使用。大自然の中で育った牛と、地元の誇るにんにくが楽しめる贅沢なランチです。

赤みとは思えない、美しい霜降り。

赤みとは思えない、美しい霜降り。

「こんなに霜が降っているのに見た目よりもあっさりで不思議!」とカナカさん。

「こんなに霜が降っているのに見た目よりもあっさりで不思議!」とカナカさん。

information

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池田ファーム

住所:青森県三戸郡田子町大字田子池振外平11

TEL:0179-32-3327

営:11時~17時

休:不定休

Day2 15:00|おんであんせ ユートリーおみやげショップ

旅も終盤。最後に立ち寄ったのは、おみやげショップ「ユートリー」。青森県内の特産品を約2,000点も取り揃えたおみやげショップが併設されており、八戸圏域の品揃えは市内最大級を誇ります。

information

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おんであんせ ユートリーおみやげショップ

住所:青森県八戸市一番町1-9-22 ユートリー1F

TEL:0178-70-1111

営:9時〜18時

「海の幸も山の幸も味わえて、本当に贅沢な場所でした。食も文化も自然もそろっていて、八戸は何度でも訪れたくなる場所ですね。次はもっとゆっくり滞在したい!」とカナカさん。

ルイスさんの夏休みはまだまだ続きます。次はどこに行くのでしょう?次回の旅もどうぞお楽しみに!

パリの大学院生・ルイスと ブランドディレクター・カナカが 巡る、青森・八戸&十和田の 1泊2日旅【Day1】

夏休みに日本へやってきたパリの大学院生ルイスさん。今回は、Netflix「オフラインラブ」にも出演されていたカナカさんを旅の相棒に、1泊2日で青森・八戸へ!

Day1行程表
9:00|東京駅
12:00|八戸駅
12:00|八食センター
14:30|八戸酒造
16:30|八方屋/HAPPOYA
19:00|カーサ・デル・チーボ

Day1 9:00|東京駅で待ち合わせ

東京駅で待ち合わせをしていたのは、パリの大学院に通いながらSNSで現地の暮らしを発信するルイスさんと、Netflix『オフラインラブ』にも出演し、普段はブランドディレクターを務めるカナカさん。以前からSNSでの繋がりはあったものの、実際に会うのはこの日がはじめて。それでも初対面とは思えないほどすぐに意気投合!

2人がこれから向かう先は……?

Day1 12:30|八戸駅から〈八食センター〉へ

東北新幹線に揺られること約2時間40分。たどり着いたのは、青森県・八戸。古くから漁業で栄え、工業都市としての顔も持ちながら、蕪島や種差海岸といった雄大な自然を抱える場所です。

長旅でお腹を空かせた2人がまず向かったのは〈八食センター〉。全長170メートルの通路に、鮮魚店から青果、精肉、惣菜まで約70店舗がずらりと並ぶ巨大市場です。太平洋に面し、全国屈指の漁獲量を誇る港町・八戸。この市場には、今朝獲れたばかりの魚介や地元ならではの食材が所狭しと並び、観光客はもちろん、地元の人々の暮らしも日々支えています。

お腹を空かせた2人は早速市場を歩き回り、八戸港で獲れた魚介や、青森を代表するブランド牛「倉石牛」などを、思いのままに次々とカゴに入れていきました。

真剣な表情で海鮮を選ぶふたり。

真剣な表情で海鮮を選ぶふたり。

店先での会話も旅の醍醐味。

店先での会話も旅の醍醐味。

そしてそのまま向かったのは、施設内にある〈七厘村〉。ここではなんと、市場で手に入れた食材をそのまま持ち込み、自分たちの手で七輪焼きにして味わえるのだそう。

「市場を歩くだけでも楽しいけど、こうして自分で焼いて食べられるのは最高」と大興奮のルイスさん。八戸の旅は、お腹も心も満たされてスタートしました。

information

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八食センター

住所:青森県八戸市河原木神才22−2

TEL:0178-28-9311

営:9時〜18時

休:

七厘村

住所:青森県八戸市河原木神才22−2(八食センター内)

営:9時〜17時

Day1 14:30|八戸酒造

八戸酒造

次に訪れたのは、創業1775年の老舗〈八戸酒造〉。看板銘柄「陸奥男山」をはじめ、2021年の世界酒蔵ランキングで堂々の1位に輝いた「陸奥八仙」など、国内外で高い評価を集める名酒を生み出してきた蔵です。

酒蔵に足を踏み入れると、ふわりとお米の甘い香りが!「このお酒、八戸で造られているんだ!」と声をあげたのはカナカさん。東京でもよく「陸奥八仙」を飲んでいたというほどの大ファンで、この日の酒蔵見学は念願だったよう。

蔵を案内してくれたのは、製造責任者で常務の駒井伸介さん。「仕込み水は地元・蟹沢地区の名水を使い、米も酵母もすべて青森産なんですよ」と教えてくれます。

「『八仙』がここまで人気になるまで、本当に簡単ではなかったです。火入れの仕方や、冷蔵での管理など工程を一つひとつ見直して……。そんな長い積み重ねがあって、ようやく安定した味を届けられるようになりました」

information

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八戸酒造

住所:青森県八戸市湊町本町9-9

TEL: 0178-33-1171

見学時間:10時〜16時(所要時間は40分程度)

見学料金:500円(試飲付き)

蔵見学の予約はこちら:https://airrsv.net/hassenbrewerytour/calendar

Day1 16:30|八方屋/HAPPOYA

八方屋/HAPPOYA

今回の宿は2025年4月にオープンしたばかりの〈HAPPOYA〉。かつて武士が暮らしていた築100年以上の武家屋敷。歴史の趣をそのままに、現代的な感性でリノベーションした宿です。

太い柱梁や家紋を残し、刀や槍などの武具を配した室内は、まるで時代を飛び越えたかのよう。さらに、東京・野方の人気餃子専門店で百名店にも選ばれた「野方餃子」が併設されているのもうれしいポイント。

客室は「八方の間」と「四方の間」のわずか2室のみ。プライベートな時間を大切にしながら、八戸での滞在を心ゆくまでゆっくりと楽しむことができます。

information

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八方屋/HAPPOYA

住所:青森県八戸市上徒士町10

TEL:0178-20-0936

HP:https://www.happoyahotel.com/

Day1 19:00|カーサ・デル・チーボ

八戸の豊かな食材を心ゆくまで堪能したい。そんなときに訪れたいのが〈カーサ・デル・チーボ〉です。

ディナーには、昼に訪れた〈八戸酒造〉の駒井伸介さんの兄で、酒造の専務を務める秀介さんも参加。秀介さんは、特別に日本酒を持ってきてくださり、この日だけのなんとも贅沢なおもてなしの時間が実現。そのお酒に合わせて、池見シェフが料理を振る舞ってくれました。

メニューには「八戸徳師『三宝丸』の水ダコ」や「八戸産アブラボウズ」「八戸産ホヤ」「青森県大向産サザエ」などの文字が並び、まさに青森づくしのラインナップ!

オーナーシェフの池見良平さんは神奈川県出身。銀座の名店『エノテーカ ピンキオーリ 東京店』で腕を磨いた実力派です。八戸に店を開いたのは、妻・悦子さんの故郷であること、そして何よりもこの土地の食材の魅力に惹かれたからだと言います。料理には季節ごとの旬が映し出され、青森で育てられる猪や鴨、隣接する十和田市の野菜など、郷土の恵みを惜しみなく取り入れています。

地元の素材の魅力を最大限に引き出した洗練のイタリアンと、日本酒のマリアージュに、カナカさんもルイスさんも感動。八戸酒造のお酒とともに、忘れられない夜を過ごしました。

information

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カーサ・デル・チーボ

住所:青森県八戸市湊高台1-19-6

TEL:0178-20-9646

営:19時~22時

休:日・月

土曜日のみ、12時15分〜15時でランチ営業も。

Instagram:@casa_del_cibo

「発想の転換」で成功した、 パ・リーグの挑戦に学ぶスポーツビジネスとファンづくりのリアル| コロカルアカデミー Vol.6 開催決定

地域の暮らしや文化に根ざした新しい学びの場、「コロカルアカデミー」の第6回を開催します。主催は、日本各地のローカルの魅力を伝え続けるWebマガジン「コロカル」。

今回のゲストは、パ・リーグ6球団の共同出資会社・パシフィックリーグマーケティング(PLM)で、執行役員として各球団の魅力を伝える戦略の中心を担う園部健二さん。かつて「野球が嫌いになった野球少年」と語る園部さんが、いまや球場と地域、ファンと球団をつなぐ最前線で活躍しているのはなぜか?

本セミナーでは、日本プロ野球の歴史から、現在のパ・リーグ6球団のマーケティング事例、そしてパーソル パ・リーグTVなどを運営するPLMのマーケティングの裏側をひも解きます。スポーツ、エンタメの未来を結ぶキーパーソンとともに、組織や業界を越えた“半歩先”のビジネスとファンづくりを考える60分。ご参加お待ちしております。

【概要】
コロカルアカデミー Vol.6
「『発想の転換』で成功した、パ・リーグの挑戦に学ぶスポーツビジネスとファンづくりのリアル」
日時:2025年10月3日(金)15:00〜16:00(14:50開場)
※見逃し配信あり
形式:Zoomウェビナー
費用:無料(要事前申込)
募集期間:9月29日(月)11:59まで
▶︎お申し込みはこちら
※本ウェビナーにご参加いただいた方、また事前申し込みをいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。当日ご都合がつかない場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

【コロカルアカデミーとは】
ローカルを舞台に活躍する人々のリアルな情報を通して、日本の魅力を再定義するウェビナーシリーズです。地域を活性化させるために働きたい方、ローカルでビジネスを始めたい方、自治体や企業で地域創生に携わる方に向けて、新たなヒントを提供します。

いままでのコロカルアカデミーはこちら

登壇者は、地域の文化資産や資源を掘り起こし、その価値を世界に伝える新しいリーダーたち。ローカルビジネスにおける強みと課題、問題解決のプロセス、未来を変える次の一手についてもリスナーの皆さんと一緒に考えていきます。

【本ウェビナーで学べること】
●日本プロ野球の歴史
●パ・リーグの球団のマーケティング事例
●PLMのマーケティング事例夫
●ファン獲得施策を企画

 

【こんな方におすすめ】
●スポーツビジネスや地域スポーツ振興に関心のある方
●自治体・DMO関係者、広報・マーケティング担当者
●地域連携や観光促進に携わる方
●ファンづくり、共創型事業に取り組みたい方

【登壇者プロフィール】

 

園部健二

園部 健二(そのべ・けんじ)
執行役員/コーポレートビジネス統括本部 本部長 兼 新規事業開発室 室長(パシフィックリーグマーケティング株式会社)
野球少年だったが、中学で野球を引退。その後、音楽業界、ゲーム業界(SEGA)を経て、PLMに入社。「好きを仕事に」生き方を再定義し、現在は球場とファン、地域と球団をつなぐ多様な施策に携わる。スポーツを通して“地域と人をつなぐ”挑戦を続けている。

杉江宣洋

杉江宣洋(すぎえ・のぶひろ)
コロカル編集長/MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO ブランディングプロデューサー
1997年マガジンハウスに入社。『anan』編集部を経て、2008年『BRUTUS』配属、10年同誌副編集長に。『BRUTUS』では「居住空間学」(インテリア特集)「音楽と酒」シリーズなどをヒット企画に育てた実績を持つ。また、「桑田佳祐」「山下達郎」「松本隆」「スタジオジブリ」などの特集も担当。2022年Hanako編集長就任。2025年より現職。

【注意事項】
・本イベントはオンライン開催です。
・音声・映像が乱れる可能性があります。ご了承ください。
・配信内容の録画・録音・再配信はご遠慮ください。
・オンライン配信サービスの接続方法についてはサポート対象外です。

申込締切:9月29日(月)11:59まで
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【見逃し配信あり】 『原木シイタケの栽培者、平均74歳。次世代へつなぐ“きのこ”の循環』 コロカルアカデミーVol.4

日本のローカルの魅力を発信する「コロカル」は、ウェビナー講義「コロカルアカデミー」の第4回を8月6日に開催しました。ゲストは、キノコの種菌会社・富士種菌の企画担当であり、〈KINOKO SOCIAL CLUB〉の立ち上げメンバー猪瀬真佑(いのせ・まゆ)さん。

〈KINOKO SOCIAL CLUB〉は、ロースタリーが集まる東京・清澄白河を拠点にして、地域で出たコーヒーかすを活用してキノコを栽培・収穫し、料理として提供する循環の仕組みを実践するプロジェクト。猪瀬さんには、都市とローカルをつなぐ“キノコ”の可能性をテーマに、第一次産業への明るい眼差しとその広げ方、さらには地方から都市へとステージをつなぎ、キノコという食材を中心に置いた食のコミュニケーションの新たな循環の仕組みについて、たっぷり語って頂きました。

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猪瀬真佑

猪瀬真佑(いのせ・まゆ)
富士種菌 企画・KINOKO SOCIAL CLUB 立ち上げメンバー/キノコ担当
デザイン、アウトドア、音楽、造園など多彩な業界を経験後、2021年に東京から山梨県へ。食用キノコの種菌メーカー〈株式会社富士種菌〉に入社し、原木栽培と里山文化の魅力に出会う。国内外に向けて原木キノコの可能性を発信するべく、ドキュメンタリー映画の制作や〈KINOKO SOCIAL CLUB〉など多角的な取り組みを進行中。

キノコへの想いと現実

キノコの生産量 世界2位、日本!

今回のゲストは、きのこ愛にあふれる猪瀬さん。まず紹介してくれたのは、ご自身が企画担当を務める「富士種菌」という会社と、キノコそのものについてでした。
たとえば、ひとくちにシイタケといっても実はさまざまな種類があること。そもそもキノコの原木栽培は、原木がなければ始まらないこと。そして日本のキノコ生産量は、なんと世界第2位であることなど、興味深い話が次々と飛び出しました。

平均年齢74歳の現実

その一方で、課題として語られたのが「後継者不足」。シイタケ栽培に携わる多くの方が、何十年もこの道を歩んできた大ベテランで、引退を考えている人も少なくないそうです。これは、キノコ業界に限らず、日本の他の第一次産業にも共通する深刻な課題なのではないでしょうか。

自然・人・コミュニティの関わりという光

関わり合うことで見えてくる仕組みや循環

深刻な問題を抱えながらも、猪瀬さんは明るい表情を崩しません。それはキノコの魅力が幅広く、人を魅了するキャッチーさを兼ね備えているから。
ここでキャッチーということばが出てくることに、凄く面白さを感じました。食べ物とは、なにより栄養の補給であり、生きる糧そのものですが、同時に私たちの「文化」でもあります。猪瀬さんのキノコの文化的側面(それは形態、生態、味わい、あらゆるものを含むはずです)に着目する視点は、きっと多くの人に気づきのきっかけになるはずです。
実際、原木シイタケの栽培は、海外でも広がりを見せていますし、なによりキノコを中心として、新しい関係性を生み出し、構築されていくその過程は、まさに光そのもの。
私たちが普段口にしているものは、本来自然が生み出したものであり、生産者さんが生み出したものであり、それが加工され、運ばれ、店頭に並び……とんでもなく大きな循環において、私たちは一つの食べ物を口にするわけです。
この輪っかの中、キノコを中心として、自然や人とダイナミックに、かつ、楽しく関わることを提案・実践する猪瀬さんのアプローチはとても魅力的でした。活動紹介においてはドキュメンタリー映画制作まで入っているようで、無限のアプローチの可能性を感じます。

〈KINOKO SOCIAL CLUB〉というプロジェクトについて

〈KINOKO SOCIAL CLUB〉というプロジェクトについて

〈KINOKO SOCIAL CLUB〉は、地域で出たコーヒーかすを活用し、キノコを栽培・収穫し、料理として提供する、東京・清澄白河に誕生した“都市の里山”のような存在で、オープンからわずか2ヶ月で多数のメディアに取り上げられ話題となっています。
〈KINOKO SOCIAL CLUB〉のテーマは循環。そのシンプルでクールなシンボルもシイタケのキャッチーな見た目と、循環をまさに想起させます。
この場所における取り組みはとにかく多彩の一言。ショーウィンドウにはキノコが生えている原木シイタケのホタ木が展示され、店内の栽培棚では、コーヒーかすを培地にしたキノコが育てられています。

キノコをきっかけにいろんな人が集まる

さらには生産者、料理人、エンジニア、デザイナー、編集者、近隣の人々など、本当に多様な人々が集って対話や交流が始まる企画やイベント、『IKINOKO RADIO』という「生きるための技術」を中心にしながら、雑談を交えながら軽やかに発信されるPodcast番組まで、キノコを中心に本当に色とりどりの取り組みがされていました。

第一次産業を盛り上げるために、もっとクールに、もっとポップに

キノコ料理をもっと気軽に、もっとおいしく。

愛に溢れた怒涛のキノコ講義であり、一次産業の活性化のために私たちができること、という普遍的な課題も詰まった魅力的な話ばかりでした。猪瀬さんの話を聞いていて、なにより感じたのは課題に取り組む姿勢の明るさと、「循環」というコトバの持つ価値についてです。

私たちは今、少子高齢社会を迎え、現実に大変な社会課題を多数抱えています。今回の主題であった食の生産に関する問題もまさにその一つで、きっとこの記事をご覧になっている方もそこに関心のある人が多いのではないでしょうか?

これらは真剣に取り組まなければならない問題ですが、眉をひそめ、苦しい顔で取り組むだけが「解決」ではないのだと、今回の講座を受けて感じました。「キノコって見た目かわいいよね?」「キャッチーだから好き」「大好物!」から入って、デザインを洗練させ、コミュニティも豊かに設計していく。そうすることで、生産現場のイメージは、今までになかったものに変化し、現場で働く生産者のマインドやスタンスにも影響を与えます。

小さな変化のきっかけが、連鎖するようにして新たな変化を生み出していく。生み出された変化はお互いの波を受け、さらにまた大きな変化につながる。それこそがまさしく「循環」ということなのだろう。どこかで生まれた「ポジティブなパワー」が山を巡り、都市を巡り、人々の間を巡り、一つの輪を描く。そんなイメージが湧く講座でした。

講座本編終了後のQ&Aでは、「そもそもシイタケっていつから食べているのだろう」という話から、「いつもあるけど、特別なもの」ということばもありました。自分たちの日常を見つめ直すことで、そこにある魅力や価値を再発見することを刺激するようなセッションになっています。

食が好きな人、自然が好きな人、食の生産課題に関心がある人、社会課題にポジティブにアプローチしたいと考えている人など、多くの方におすすめです。

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俳優・小林涼子が挑む、 地域×農業×福祉の現場。 肩書を越えて働く時代へ| コロカルアカデミー Vol.5 開催決定

地域の暮らしや文化に根ざした新しい学びの場、「コロカルアカデミー」の第5回が開催されます。主催は、日本各地のローカルの魅力を伝え続けるWebマガジン「コロカル」。

今回のゲストは4歳で芸能界デビューを果たし、数々のドラマや映画で存在感を示してきた俳優・小林涼子さん。順調にキャリアを重ねる一方で、20代の頃には将来への葛藤を抱え、「自分は何をしたいのか」を模索し続けたといいます。そんな時期に出合ったのが、新潟での米づくり。自然の豊かさと、地域に根ざした暮らしに触れた経験が、彼女の価値観を大きく変えていきました。

「このままでは、地域の農業は立ち行かなくなる」、そうした危機感から、2021年、小林さんは農業と福祉を軸にした株式会社AGRIKOを創業。都市での屋上農園やアクアポニックス農法の導入、新潟での稲作、障がい者とともに働く循環型ファームの運営など、「地域課題」を解決しながら「都市と地方をつなぐ」挑戦を続けています。

俳優という肩書にとどまらず、現場に根を張り、土地の可能性を育てる姿勢は、ローカルの未来を考える私たちに多くの示唆を与えてくれるはず。

今回の「コロカルアカデミー Vol.5」では、そんな小林さんをゲストに迎え、株式会社AGRIKOの活動について、そして地域の現場から見えるリアルな課題と可能性を語っていただきます。

後半には、コロカル編集長・杉江宣洋との対談セッションも実施。「地域と都市」「福祉とビジネス」をどうつなぎ、新たなキャリアや文化を生み出せるのかを深掘りします。

地域、福祉、農業、そしてこれからの働き方に関心のあるすべての方へ。未来のロールモデルと出会う1時間を、ぜひご一緒ください。

【概要】
コロカルアカデミー Vol.5
「俳優・小林涼子が挑む、地域×農業×福祉の現場から。肩書を越えて働く時代へ」
日時:2025年9月3日(水)15:00〜16:00(14:50開場)
※見逃し配信あり
形式:Zoomウェビナー
費用:無料(要事前申込)
お申し込みは終了いたしました。
※本ウェビナーにご参加いただいた方、また事前申し込みをいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。当日ご都合がつかない場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

【コロカルアカデミーとは】
ローカルを舞台に活躍する人々のリアルな情報を通して、日本の魅力を再定義するウェビナーシリーズです。地域を活性化させるために働きたい方、ローカルでビジネスを始めたい方、自治体や企業で地域創生に携わる方に向けて、新たなヒントを提供します。

いままでのコロカルアカデミーはこちら

登壇者は、地域の文化資産や資源を掘り起こし、その価値を世界に伝える新しいリーダーたち。ローカルビジネスにおける強みと課題、問題解決のプロセス、未来を変える次の一手についてもリスナーの皆さんと一緒に考えていきます。

【本ウェビナーで学べること】
●株式会社AGRIKO立ち上げの背景とビジョン
●限界集落での挑戦と、望まれる農業とは?
●循環型農福連携ファームと“アクアポニックス農法”の可能性
●地方と都市をつなぐ「農」の役割

【こんな方におすすめ】
●地域×福祉×農業に関心のある方
●新しい働き方、パラレルキャリアに興味のある方
●食や農、循環型社会のあり方に問題意識を持つ方
●ローカルビジネスや社会起業に関心のある方

【登壇者プロフィール】

小林涼子

小林涼子(こばやし・りょうこ)
俳優/株式会社AGRIKO代表取締役
農林水産省 食料・農業・農村政策審議会 食糧部会臨時委員
子役として芸能活動を開始し、連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)など数々のドラマや映画に出演。2014年から農業に携わり、2021年に株式会社AGRIKOを設立。現在は稲作やアクアポニックス農法による都市型農園を展開し、地域の福祉とも連携した持続可能な農のあり方を模索している。ラジオナビゲーターや講演活動など、ジャンルを超えてパラレルキャリアを体現する存在。

杉江宣洋

杉江宣洋(すぎえ・のぶひろ)
コロカル編集長/MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO ブランディングプロデューサー
1997年マガジンハウスに入社。『anan』編集部を経て、2008年『BRUTUS』配属、10年同誌副編集長に。『BRUTUS』では「居住空間学」(インテリア特集)「音楽と酒」シリーズなどをヒット企画に育てた実績を持つ。また、「桑田佳祐」「山下達郎」「松本隆」「スタジオジブリ」などの特集も担当。2022年Hanako編集長就任。2025年より現職。

【注意事項】
・本イベントはオンライン開催です。
・音声・映像が乱れる可能性があります。ご了承ください。
・配信内容の録画・録音・再配信はご遠慮ください。
・オンライン配信サービスの接続方法についてはサポート対象外です。

お申し込みは終了いたしました。

※本ウェビナーにご参加いただいた方、また事前申し込みをいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。当日ご都合がつかない場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

原木シイタケの栽培者、平均74歳。 次世代へつなぐ “きのこ”の循環| コロカルアカデミー Vol.4 開催決定

地域の暮らしや文化に根ざした新しい学びの場、「コロカルアカデミー」の第4回を開催します。主催は、日本各地のローカルの魅力を発信し続けるWebマガジン「コロカル」。

今回のテーマは、KINOKO SOCIAL CLUBが切り拓く、都市とローカルをつなぐ“キノコ”の可能性。

オープンからわずか2ヶ月で多数のメディアに取り上げられ話題となっている〈KINOKO SOCIAL CLUB〉は、東京・清澄白河に誕生した“都市の里山”のような存在。地域で出たコーヒーかすを活用し、キノコを栽培・収穫し、料理として提供する。そんなローカル・フード・サプライチェーンを実験的に循環させる場所として、都市にいながらにして生産から消費や食の手ざわりを感じられる拠点となっています。

この活動の中心にいるのが、富士種菌の企画担当であり、KINOKO SOCIAL CLUBの立ち上げメンバーの猪瀬真佑(いのせ・まゆ)さん。アウトドアや音楽、造園といった異業種を経て東京から山梨へ、キノコの種菌会社〈富士種菌〉に入社。伝統的な原木シイタケの栽培と、それにまつわる日本の自然環境と人々の暮らしの営みとの関係性に魅了され、キノコを通じて現代社会と多角的な接点を生み出してきました。

一方で、原木シイタケ栽培に携わる生産者の平均年齢は74歳。山との関わりを絶やさずに繋げてきてくれたこの伝統的な栽培方法を次世代へ継承していくための環境整備や、里山資源の持続的な活用は、今まさに重要な課題です。

富士種菌は、1982年の創業以来、独自の技術で高品質かつ高速な栽培を可能にする原木シイタケを始めとした食用キノコの種菌を研究開発してきました。種菌の提供にとどまらず、不足している原木の供給や栽培技術の指導や情報発信、キノコの栄養・健康機能の研究、啓発活動まで含め、キノコの可能性を社会に広げる技術パートナーとして存在感を発揮しています。

後半には、コロカル編集長・杉江宣洋との対談形式で、「日本の大切なカルチャーをどう残し、伝えていくか」をテーマに深く掘り下げていくセッションも予定しています。

食、里山、地域資源の循環、そしてローカルに関わる未来にヒントを見つけたい方に向けて。1時間、ぜひご参加ください。

【概要】
コロカルアカデミー Vol.4「原木シイタケの栽培者、平均74歳。その現実と、山に関わる次の世代の可能性」
日時:2025年8月6日(水)15:00〜16:00(14:50開場)
費用:無料(事前申し込み制)
形式:Zoomウェビナー
申込締切:お申し込みは終了いたしました。

※本ウェビナーにご参加いただいた方、また事前申し込みをいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。当日ご都合がつかない場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

【コロカルアカデミーとは】
ローカルを舞台に活躍する人々のリアルな情報を通して、日本の魅力を再定義するウェビナーシリーズです。地域を活性化させるために働きたい方、ローカルでビジネスを始めたい方、自治体や企業で地域創生に携わる方に向けて、新たなヒントを提供します。

第1回(vol.1)では、奈良県のクラフトビールメーカー〈奈良醸造〉代表・浪岡安則さんを迎え、異業種からクラフトビール業界へ転身した背景と、地域を活かしたものづくりの魅力について語っていただきました。

第2回(vol.2)では、〈本屋B&B〉共同経営者であり、青森県八戸市の〈八戸ブックセンター〉ディレクターも務める内沼晋太郎さんを迎え、「独立系書店とローカルの未来」をテーマに、地域と本屋のこれからのあり方を探りました。

第3回(vol.3)では、会員制スーパーマーケット〈Table to Farm〉のディレクター・相馬夕輝さんを迎え、「生活者が“つくる”に関わりはじめる時代へ」をテーマに開催しました。自然栽培の在来種の野菜や米、伝統的な製法の調味料、日本最古の和牛など、“とびっきりのおいしさ”を未来に残すために誕生した〈Table to Farm〉の取り組みを通して、地域に眠る資源をいかに食卓へと届けていくか、その実践とビジョンを語っていただきました。

登壇者は、地域の文化資産や資源を掘り起こし、その価値を世界に伝える新しいリーダーたち。ローカルビジネスにおける強みと課題、問題解決のプロセス、未来を変える次の一手についてもリスナーの皆さんと一緒に考えていきます。

【本ウェビナーで学べること】
・技術パートナーとして始まった「KINOKO SOCIAL CLUB」とは?
・キノコと人、自然と都市をつなぐ新たなサイクルの実験
・「平均年齢74歳」原木シイタケ栽培の現実と課題とは?
・里山とともに未来を育てる、「原木栽培」という挑戦

ローカルビジネスに関心のある方はもちろん、食文化や新しいフードシステムに興味のある方にも楽しんでいただける実践的な時間をお届けします。

【登壇者プロフィール】

猪瀬真佑

猪瀬真佑(いのせ・まゆ)
富士種菌 企画・KINOKO SOCIAL CLUB 立ち上げメンバー/きのこ担当
デザイン、アウトドア、音楽、造園など多彩な業界を経験後、2021年に東京から山梨県へ。食用キノコの種菌メーカー〈株式会社富士種菌〉に入社し、原木栽培と里山文化の魅力に出会う。国内外に向けて原木キノコの可能性を発信するべく、ドキュメンタリー映画の制作や「KINOKO SOCIAL CLUB」など多角的な取り組みを進行中。

杉江宣洋

杉江宣洋(すぎえ・のぶひろ)
コロカル編集長/MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO ブランディングプロデューサー
1997年マガジンハウスに入社。『anan』編集部を経て、2008年『BRUTUS』配属、10年同誌副編集長に。『BRUTUS』では「居住空間学」(インテリア特集)「音楽と酒」シリーズなどをヒット企画に育てた実績を持つ。また、「桑田佳祐」「山下達郎」「松本隆」「スタジオジブリ」などの特集も担当。2022年Hanako編集長就任。2025年より現職。

【注意事項】
・本イベントはオンライン開催です。
・音声・映像が乱れる可能性があります。ご了承ください。
・配信内容の録画・録音・再配信はご遠慮ください。
・オンライン配信サービスの接続方法についてはサポート対象外です。

申込締切:お申し込みは終了いたしました。

※本ウェビナーにご参加いただいた方、また事前申し込みをいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。当日ご都合がつかない場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

瀬戸内海の小さな島、豊島にニューオープン。“島の素材が主役”のファクトリー〈Teshima Factory〉

瀬戸内海に位置する豊島(てしま)は、香川県や岡山県からフェリーに乗って40分ほどで到着できる、人口700人ほどの小さな島。

この島に、食堂、ブルワリーなどを併設した複合施設〈Teshima Factory(てしまファクトリー)〉がオープンした。

株式会社アミューズの「瀬戸内プロジェクト」の一環から生まれた。

プロジェクトを担当する佐藤大地さんは、豊島に赴任したばかりの頃の印象をこう語る。

「幻想的な豊島美術館や、瀬戸内海や棚田の風景を眺めながらゆったりとした時間が流れる豊島に感動しました。その一方で、これまでの都市部の生活では日常に当たり前にあった、スーパーや飲食店、コーヒーショップといった食の選択肢がないことを実感し、途方に暮れたんです」

島の暮らしや豊島の住民の日常に入らせてもらう中で、日常の生活のために、田んぼや畑を耕し、魚を捕りに行くことを知る。畑や海と近い距離で生活している様子に衝撃を受けたという佐藤さんは、〈Teshima Factory〉を、豊島に訪れる人たちが普段感じられない自然との距離を味わえる、豊島に住む人にとっては日常の彩りの一つとなる場を目指すことにした。

使用した建物は、かつて島でよく採れて重宝されてきた「豊島石」を加工する石材会社から鉄工所へと変遷したもの。ただ解体して新たなものを作るのではなく、長い間、島の風景にあった姿を残すことも意識した。そこで、建物の意味やストーリーを捉えたリノベーションを多く手掛けてきた、スキーマ建築計画代表の長坂常氏に設計を依頼。豊島で出た廃材を使用して家具を作るなど、建物にも島の素材を使用した。

また、〈Teshima Factory〉で醸造しているオリジナルのクラフトビール「Lull Beer(ルルビール)」は、豊島の穏やかな時間の流れ方をイメージしたもの。訪れたら絶対に味わってみてほしい。

豊島の穏やかさ、豊かさをイメージした香りのいい「ルルビールIPA」と、農作業のあとなど、汗をかいた後に爽やかにすっきりとした「ルルビールピルスナー」の2種類を用意

豊島の穏やかさ、豊かさをイメージした香りのいい「ルルビール IPA」と、農作業のあとなど、汗をかいた後に爽やかにすっきりとした「ルルビール ピルスナー」の2種類を用意

「来島者や豊島の方々が建物内や広場のあちらこちらに溜まりながら、空間や会話、食やビール、風景を楽しんでいただける場所としていきたいです」

今後は島でとれた食材を使用したビールやドライフルーツも製造し、島の外にも発信していく場所としても活用したいそう。

次の旅先にぜひ豊島を選んで、ゆったりと過ごしてみてはいかがだろうか。

information

map

Teshima Factory 

住所:香川県小豆郡土庄町豊島家浦889

定休日:毎週火曜日

営業時間:9:00〜19:00(ラストオーダー18:00)

Instagram:https://www.instagram.com/teshimafactory/

“よそ者”たちが移住先で叶える夢 一度訪れた旅人が移住者になる 温泉街・温泉津の不思議な引力

世界遺産エリアの小さな温泉街・温泉津(ゆのつ)での暮らしを楽しみながら、
未来にこのまちを繋げていきたい一心で日々奮闘中の私、近江雅子ですが、
世の中の価値観が大きく変わったコロナ禍がきっかけになり、温泉津も変わり始めました。

長年、この温泉津の価値を大切に守り続けていた
地元の方々の努力があるからこそ、
〈WATOWA(わとわ)〉という、
ちょっとしたスパイスがその起爆剤になったように思います。

の温泉街の中心に位置する複合施設〈WATOWA〉。

温泉津の温泉街の中心に位置する複合施設〈WATOWA〉。

前編では、私が温泉津にやってきて12年、〈WATOWA〉をはじめ、移住してから7つのゲストハウスを開業するにいたった経緯をお届けしました。

後編では〈WATOWA〉が完成してから多くの移住者が集まり、
それぞれが夢を持って活動している
「まちも人も温泉のようにアツアツに湧く」温泉津のいまをお届けします。

旅人が料理を振る舞い
まちの人も旅行者ももてなす〈旅するキッチン〉

手前がランドリー、奥にはキッチンと客席。ドミトリーや客室も完備する〈WATOWA〉。

手前がランドリー、奥にはキッチンと客席。ドミトリーや客室も完備する〈WATOWA〉。

〈WATOWA〉は、私が温泉津にやってきて
2021年に立ち上げた4つ目のゲストハウスです。

このまちの価値を十分に感じていただけるように、
温泉津の人たちと関わり合って、温かい人間関係を味わってほしい。

ほかの観光地や温泉地に見られる、つくられたアクティビティではなくて、
私たちのありのままの生活文化を体験してほしい。

そうしたらきっと温泉津のことが大好きになってくれるはず!

そのためには、温泉津で暮らすように、
中長期滞在できる宿をどうやってつくり出すか、その仕組みづくりと向き合ってきました。

〈WATOWA〉の名前に込めたのは、
「中の輪(ローカル)」と「外の輪(観光客や移住者)」が
つながる場所になればということ。
中長期滞在者には必須のランドリーと、安価で滞在しやすいドミトリー、
みんなが輪になって囲む「旅するキッチン」の3つの機能をもった複合施設です。

ドミトリーは男性専用と女性専用をそれぞれ4ベッド完備。

ドミトリーは男性専用と女性専用をそれぞれ4ベッド完備。

2Fには4名の和室2部屋。家族で貸しきりもできる。

2Fには4名の和室2部屋。家族で貸しきりもできる。

どうして複合施設にしたかというと、
ひとつだけでは、この田舎町での運営していくのは難しいのかもしれないけど、
まちの課題(洗濯・食事・宿泊のバリエーション)を解決しながら、
相乗効果を出すことができればと、総合的な事業計画にしてみました。

観光客にも喜ばれ、地元の人にも喜ばれる機能。
今まで温泉津に来たことのないようなお客さんも
温泉津を目指してきてくれるような、目的になる場所として、
事業計画書を繰り返し書き直しながら何度も銀行に通い、
融資を受けるための相談をしました。

銀行も、よくもこんな主婦の想いに大きな融資をしてくれたなと本当に感謝しています。

高齢者の多いこのまちで、コインランドリーは旅人だけではなく、
地元の方も大型の洗濯物があるときは隣町のまで行く方が多かったので、
きっとコインランドリーがあれば、まちの人にも喜ばれるのではないかと思ったのです。

温泉津は、国の重要伝統建築物群保存地区に指定された日本で唯一の温泉街。

温泉津は、国の重要伝統建築物群保存地区に指定された日本で唯一の温泉街。

それでも、ランドリー業者の方には、こんな人口では
大赤字になるからやめたほうがいいと止められました(笑)。

では、どうやったらコインランドリーがやっていけるのか。

もっと安く泊まれるドミトリーのような宿泊施設があったら、
中長期滞在しやすく、コインランドリーの需要も生まれるのではないかと考えました。

そして「こんな小さな温泉街に飲食店をオープンしてくれる人なんていないだろう」
という懸念を逆手に取って生まれたのが〈旅するキッチン〉です。

私たちが施設改修をはじめ、お皿やカトラリーなど備品もすべてそろえて、
体ひとつで旅するように料理をつくりに来てくれる人だったらいるかもしれないと、
何の根拠もつがりもないのに、すごい思い込みでこの飲食店を始めたのでした。

シェフには滞在する家と、必要なら車も使っていただけるように準備をしました。

東京・神保町から新潟まで、 出合いを車で運ぶ〈ハリ書房〉の 新しい書店のかたち

本屋がないなら、本屋から会いにいけばいい

よく晴れた空のもと、公園の広場に並ぶのは少し変わった8台のワゴンカー。
販売されているのはクレープでも焼きそばでもない。
新刊から古本、小説や絵本などの多種多様な本たちだ。

「日本一の読書のまち」を掲げる埼玉県三郷市で開催された
みさとブックマーケット〉。
本×アウトドアを楽しむというコンセプトの当イベントでは、
本の出張販売を行う移動書店が集まっていた。

公園の奥にある開けた場所にワゴンカーが並び、
来場者が休憩に使うアウトドア用のテントやイスとテーブル、
ワークショップのスペースなどが用意されている。
購入した本を読みながら焚き火ができるブースでは、
イベントに訪れた人たちが暖を取りながら思い思いに過ごしていた。

ワゴンカーが並ぶイベント会場。

春日和に恵まれたイベント当日、会場では子ども連れやペット連れの家族の姿が目立つ。

移動書店と椅子

新刊や古本、絵本専門店から『星の王子さま』専門店など、並んでいるのは個性的な移動書店。

出店書店のひとつである〈ハリ書房〉は、
当イベントに出店している移動書店の連絡調整役を担っている。
300冊以上の本を車に載せて、関東から新潟まで本屋のない地域に本を届ける
ハリ書房のハリーさんに、活動についての想いを聞いた。

主人のハリーさんと書籍『ハリネズミの願い』。

「子どもたちに気軽に呼んで欲しくて、ハリネズミのハリーと名前をつけました」とハリーさん。名前の由来となった書籍『ハリネズミの願い』に登場する主人公のハリネズミは、ハリーさんと性格が似ているのだとか。

ハリーさんは新潟県新潟市の出身で、現在の住まいは本のまち、東京の神保町だ。

「地方には本屋が少ないんです。
ぼくが小さいころは歩いていける範囲に3軒くらい本屋がありましたが、
いつの間にかなくなっていました。
今は、移動範囲の限られる子どもや高齢者の方が、
歩いて立ち寄れる本屋がないんですよね」と、話すハリーさん。

一方で地方の大きな書店の駐車場は、休日ともなればたくさんの車であふれている。

「すでに欲しい本が決まっているなら、
品揃えの良い大型書店は利用しやすいと思います。
でも、ほかの本も見てみようかなと思ったとき、
どうしても売り出し中の新刊やベストセラーが目に入りやすい」

働くハリーさん

“いい本”はベストセラーに限らない、とハリーさんは続ける。

「その人にとって“いい本”との出合いは、
目的もなく時間潰しに本屋に入ったときのような、
偶然のなかにあるんじゃないかと思うんです」

そんな機会が今、物理的に減っていることにハリーさんは問題意識を覚えた。
自身の地元のように本屋のない、あるいは少ない地域の子どもたちが
“いい本”に出合い、本を身近に感じるために何ができるかを考えるようになったのだ。

悩んだハリーさんが導き出したのが「本屋から会いにいけばいい」という答えだった。

編集長や経営者たちが語る 「ローカル」が聴ける! コロカルの音声コンテンツ 『ゆるコロカルβ版』

近年、コンテンツの新しいカタチとして、
ポッドキャストなどの音声コンテンツが盛り上がりをみせています。

手前味噌となりますが、コロカル編集部でも実験的に
音声プラットフォーム〈Voicy(ボイシー)〉を開設しています。
チャンネル名は『ゆるコロカルβ版』。
編集後記的にゆるくローカルの話を展開しています。

パーソナル編集者のみずのけいすけさんをナビゲーターに、
『コロカル』3代目編集長の山尾がローカルに関わるゲストとおしゃべりします。

ひとまず、半年間ほどのチャレンジということで、
当初の予定通り、この2025年2月末までの更新となりますが、
これまでもローカルに関わるすてきなゲストに遊びに来ていただきましたので、
まだ聴いていないという方は、ぜひ、アーカイブを聴いてみてください。

音声だからこそ、普段では聞けないようなお話も。

「2024年ゲスト回振り返り」放送分ラインナップ

「2024年ゲスト回振り返り」放送分より。ローカルに関わるメディアの編集長やローカルで活躍する方々にゲストとして登場いただきました。

豪華なゲスト回のトップバッターは、
コロカル創刊編集長の及川卓也さん。

2012年1月にコロカルを立ち上げた張本人で、
現編集長の山尾にとっての師匠でありボス的存在。

現在は、福祉をたずねるクリエイティブマガジン『こここ』の
プロデューサーを務める傍ら、
栃木県益子町にあるギャラリー・カフェ〈starnet〉の
経営にも参画するチャレンジをはじめています。

「コロカルを立ち上げてすぐに、
インタビューさせていただいたのが、
〈starnet〉の創業者である馬場浩史さんという方で、
そこではじめて僕は〈starnet〉を訪ねたんです」と及川さん。

〈starnet〉や馬場さんとの出会いを次のように語ります。

「馬場さんの活動は地域に根ざした
農業、民藝、ものづくりの人々とつながり、土や水や風や星など、
風土の巡りをすごく大切に“場”をつくっていました。

いわゆる自然を非常に尊重しながら、
人間の限界も感じながら、
どういう暮らしを営んでいくかということを
実践されている場所だったので、感銘を受けました。

その後、コロカルの活動をしていくうえで、背骨になってくれたようなことが
そのインタビューではうかがえたんです」

〈starnet〉馬場さんの写真

「Innovatorsインタビュー」と題した連載で、2012年8月、馬場浩史さんを取材した記事のワンシーン。(写真は記事から引用)

残念ながら、馬場さんは2013年7月に他界。
その後、及川さんのところにさまざまなところから
〈starnet〉の事業継承の相談がきたのだそうです。

出会ったときの印象とその後の関係性、そしてご縁を感じて、
及川さんは〈starnet〉と『こここ』の二足の草鞋生活に
チャレンジすることになりました。
『ゆるコロカル』ではさらに詳しい話を音声で聴くことができます。

地域おこし協力隊から、 空き家活用の担い手へ。 移住者による 長野県・立科町の新スポット 〈アツマルセンター立科〉と 〈bake&soup yum-yum〉

観光地として有名な長野県の蓼科高原から
車で1時間ほどの小さな町・立科町。

地域の人が主に暮らす北側のエリアには歴史的なまち並みや畑が広がり、
高い建物は見当たりません。

そんな立科町に、ゲストハウスとシェアキッチン、
書店、物販などを兼ねた複合交流拠点〈アツマルセンター立科〉と
泊まれるカフェ〈bake&soup yum-yum〉がオープンしました。

オーナーと地元企業、移住者三者の重なる思い

長野県北佐久郡にある立科町は、人口6700人ほどのとても小さなまち。
鉄道の駅はありませんが、
小諸市や上田市といった人気の観光地のある地域に囲まれています。

〈アツマルセンター立科〉の永田賢一郎さんは、
もともと地域おこし協力隊として2020年に神奈川県横浜市から
立科町に移住してきました。
横浜と行き来し自身の建築設計や拠点運営の仕事を続けながら
「移住定住、空き家活用促進」担当として立科町にも勤務する異例の採用形態で、
任期が終わっても継続的にまちに関わりたいと、町内で〈合同会社T.A.R.P〉を設立。
その柱となるプロジェクトが〈アツマルセンター立科〉です。

〈アツマルセンター立科〉外観。右手前の瓦屋根の建物は空き家相談所「町かどオフィス」

〈アツマルセンター立科〉外観。右手前の瓦屋根の建物は空き家相談所「町かどオフィス」。

建物は町役場からほど近い、中山道沿いの元は薬局だった場所。

元々の所有者である大島薬局の大島さんからは、
「まちの真ん中でずっと空いてしまっているので、いい人がいたらぜひ使ってほしい。
ただ、まちの中心にある建物なので、地域の人たちも安心出来るよう、
ちゃんとした人に使ってほしいという思いもある」
と相談があったといいます。

永田さんもなんとか活用につなげたいと考え、
空き家を探している人に案内もしましたが、
規模が大きい、リフォーム後でちょっと新しすぎる、家賃が合わない、
といった理由でなかなか活用につながらなかったそう。
「建物一棟で賃貸、売却を考えるのではなく、
細かく分けて貸せたらもっと活用の幅も、借りたいという人の数も増えそうなのに」
という思いがありました。

そこで手を上げたのが、町内の建設会社〈三矢工業株式会社〉。
「地域貢献につながる新しい事業を立ち上げて、
若い人たちにも来てもらえるようにしたい」
と、この物件を買い上げてくれたのです。

三矢工業の金澤清人社長

三矢工業の金澤清人社長。

そうして、三矢工業とT.A.R.Pが一緒に
〈アツマルセンター立科〉を運営していくことに。
所有者と地域の企業、空き家活用を通した
まちの活性化を担う永田さんの三者の思いが重なったことで、
新たな地域の憩いの場が生まれました。

〈アウトクロップ〉栗原エミルさん 映像制作と場づくりで、 秋田の雪解けを担う

〈ロフトワーク〉創業者で、現在は、地方と都市の新たな関係性をつくることを目的とする
〈Q0〉を率いる林千晶さんが推薦するのは、秋田県秋田市の映像制作会社
〈アウトクロップ〉の代表取締役CEO兼プロデューサー栗原エミルさんです。

推薦人

林千晶さん

林千晶

Q0代表取締役社長

Q. その方を知ったきっかけは?

雪降る夜、ふと気づくとエミルくんの秋田オフィスの前を歩いていた。エミルくんは秋田を変えていこうと仲間と飲み会を開いていたというのだから驚き。あのときのワクワク感は今でも消えていない。

Q. 推薦の理由は?

「見えない物語を魅せる」、そんなモットーを掲げる〈アウトクロップ〉代表取締役のエミルくん。ハーフで秋田への移住組でもある。彼らが映像を通じて描こうとする世界が、シンプルに格好いい。伝統、食文化、祭、その豊かさの片鱗を映像化できたら、世界に発信することができる。そんな想いがプンプン伝わってくるのだ。2024年には〈アトレデルタ〉という宿泊もできる複合拠点もオープンさせた。そんなこと、あり? と一瞬耳を疑ってしまうようなサービスを、これからもつくっていってほしい。

映像制作と場づくりの両輪で

横殴りの雪が吹きつける秋田駅で下車し、車で10分。
コーヒーハウス〈マチノミナト〉の明かりがぼんやりと見えてくる。
その建物の4階で、栗原エミルさんが待っていた。
林千晶さんは推薦文のなかで、雪の日にオフィスで栗原さんと会ったというが、
奇しくも同じような状況で彼に話を聞くこととなった。

栗原さんの活動は多岐にわたる。
まずは、ドキュメンタリーからフィクション、TVCM、プロモーション映像、映像教材、
2D・3Dアニメーションなど、
幅広く映像制作を行う〈アウトクロップ〉の代表取締役CEO兼プロデューサー。
宿泊施設〈DELTA HOSTEL〉、
ランチ営業から夜のバー営業まで行う飲食店〈マチノミナト〉、
ワークスペース・スタジオ〈CREATORS’ GARAGE〉を有する
複合施設〈Atle DELTA(以下、デルタ〉の企画と運営。
そして、秋田市内の古民家をリノベーションした
月1上映のミニシアター〈アウトクロップ・シネマ〉の運営。
栗原さんは、映像制作と場づくりというふたつの武器を持って、
秋田の若者や企業を巻き込んで切磋琢磨している。

アウトクロップシネマ

秋田市中心街にあるアウトクロップシネマ。

ドイツで生まれ、京都で育った栗原さんは、公立の国際教養大学への進学を機に、
2015年に秋田へ移住した。国際教養大学を選んだのは、
中嶋嶺雄先生(初代学長)の本を読んだことがきっかけだったという。

「こんな大学が地方にあるんだ、すごいなと思ったのが第一印象です。
どちらかというと“何が学べるか”よりも、
“どんな人と一緒に4年間過ごせるか”が自分にとっては大事だったのですが、
秋田という利便性がいいとはいえない地に国内外から人が集まってくるって、
どんな魅力的な場所なんだろうと惹かれました」

受験前までは秋田がどこにあるかもよくわからなかったというが、
進学後は栗原さんが決め手にしていた「人」に恵まれる。
在学中の2019年に大学の後輩である松本トラヴィスさんと共に、
秋田の伝統野菜で“いぶりがっこ”の原料となる沼山大根を主題とした
短編映画『沼山からの贈りもの』を制作し、
「全国地域映像団体協議会グランプリ2020」において学生部門の最優秀賞である
文部科学大臣賞を受賞。翌年に松本さんとともにアウトクロップを創業した。

短編映画『沼山からの贈りもの』

短編映画『沼山からの贈りもの』

『沼山からの贈りもの』より。

卒業後も秋田を拠点とした理由は、こうした映像制作を通して見えてきた地域課題にある。
「東京での可能性よりも、秋田でのチャレンジのほうが
自分にとってわくわくする選択でした。
それに地域社会へのインパクトも秋田のほうが大きいと考えたのです。
秋田の見えない価値を掘り起こして伝えたいという想いと、
映像という手段が合致して起業しました」
立ち上げ当初は映像制作を軸に栗原さんは動き出した。

推薦人の林千晶さんとの出会いは、国際教養大学の先輩が、
林さんが創業した東京のクリエイティブカンパニー〈ロフトワーク〉で
働いていた縁だったという。
その後、秋田の20代の若者が集まって、
酒を飲みながら自分たちがやっていることやこれからチャレンジしたいことを発表し合う、
栗原さん主催の「夢を語る会」の会中に、
オフィス前ですれ違うかたちでたまたま林さんと再会。
栗原さんから会の主旨を聞いた林さんは飛び入り参加をし、
黙って後方で見守っていたそうだ。
そこで栗原さん含む秋田の若者の熱量にほだされ、
次の開催時には、コミュニティデザインのパイオニア〈スタジオL〉の山崎亮さんを伴って
参加したのだという。

 「夢を語る会」の集合写真

「夢を語る会」の集合写真。左から2番目が栗原さん。3番目が林さん。5番目が山崎さん。

「私もデルタの構想や、今後やろうとしていることの話をしましたが、
まさに山崎さんの専門分野であるコミュニティデザインのことなので、
さまざまなお話をうかがいました。
その際、収益性の話よりも、『秋田という場所において
その場がどういう役割を果たすのか?』と山崎さんから尋ねられました。
映像をつくる過程で、いろんな人に取材をするなかで、
秋田にこういう場所があったらいいなとか、
秋田に熱い人がたくさんいるけども点と点でなかなか交わる機会がないといった、
自分たち目線での課題感や、もう少しこうなったらわくわくするよなという考えはあって。
その思いは、山崎さんや林さんと話したときから今も変わっていないです」

これを契機に栗原さんは林さんと連絡を取り合うようになり、
現在も事業にまつわるアドバイスをもらっている。

湧くで温泉津! まちも人もアツアツに湧く温泉街で キャリアなしの私が 7つのゲストハウスを開業するまで

ただの主婦でしかなかった私、近江雅子が
温泉津に移住して12年が過ぎようとしています。

「温泉津」と書いて「ゆのつ」と読む、
島根県の小さな温泉と港町のタグラインは「湧くで温泉津!」。
温泉も、まちも、ここで暮らす人々もアツアツに湧き上がる温泉街です。

前編では先ずは自己紹介とこのまちへ移住してきてから、
事業をはじめるきっかけについてお話します。

2013年3月末に僧侶の夫、中学入学を控える長女、小学校4年生になる次女の
家族4人でまちの小さなお寺に移住してきました。

最初は大反対していたこのまちへの移住でしたが、
いざ住み始めると毎日が楽しく刺激的で……。
ゲストハウスを7軒も開業することになるとは。
田舎町は日本全国にたくさんあるけど、ここでの生活文化はここにしかなく、
そんな温泉津の暮らしについてお話したいと思います。

後編の記事はこちら:一度訪れた旅人が移住者になる温泉街・温泉津の不思議な引力

2013年に温泉津にやってきて10年。末っ子は温泉津生まれ。

2013年に温泉津にやってきて10年。末っ子は温泉津生まれ。

自力でアメリカの高校に入学
大学1年で結婚、20歳で第一子出産

1979年10月に島根県江津(ごうつ)市という田舎町に生まれ、
中学まで江津市で育ちました。
中学3年生の秋に、アメリカのボストン郊外にある公立高校を受験し、
見事合格をしまして、先生や友だちからの反対(心配)もありましたが、
高校1年からは単身アメリカに渡りホームステイをしながら高校に通いました。

帰国後は日本の京都のある大学に入学し、
生活を謳歌していた大学1年生の冬に東京の大学に通う今の主人と出会い、
半年で結婚を決意。秋に大学を中退し東京へ引っ越し結婚することに……。
親の大反対も聞かず結婚すると決めたのでした。

移住当時の近江さん一家。

移住当時の近江さん一家。

留学も結婚も、とにかく決めたら即行動。
人の反対には揺るがない性格だということがわかっていただけるかと思います。

20歳で長女を産み、資格や経験もないので子供育てしながら、
パートタイムでスーパーのレジ打ちや清掃の仕事に就き、
夫は大学を卒業して学生時代からお世話になっていた青山にあるお寺で勤務。

そのまま、一生東京で暮らすものだと思っていましたが、
ある日夫から「島根の温泉津にあるお寺の住職になる」という話を聞き、大反対。

娘だって慣れ親しんだ地域で友だちもたくさんいるし、家だって購入したのに……。
行くならひとりで行けばいい!
田舎のお寺なんて絶対大変だし、私にはそんなことはできない!
とだいぶ長い間話を聞こうともしませんでした。

旦那さんが住職を務める西念寺。1571年建立。

旦那さんが住職を務める西念寺。1571年建立。

そんなとき東日本大震災が起こり、
大きな揺れのなか、どうやって我が家まで帰ろうか……。
携帯電話もつながらず心が引き裂かれそうな不安な時間でした。

何とか帰宅し、娘たちを探しに行くと、
親切なお友だちのお母さんが次女と犬も一緒に預かってくれていました。

スーパーからも物がなくなり、いつもすぐ乗れる電車もなかなか乗れなくなり……。
そんな震災後の都会の生活を経験したことで、
田舎での暮らしも考えられるようになりました。
「よし、温泉津に行こうか!」。主人の変わらぬ思いにようやく心が動きました。

暮らしの困りごとから本気のDIYまで。 築50年の団地をサポートする 「グッデイさん家」とは?

名島団地内のやや奥まった場所に位置する「グッデイさん家」。「どこでもドア」風のフォトスポットが目印。

昭和30〜40年代の高度経済成長期から今にいたるまで、
日本各地で多くの家族が生活を営んできた「団地」。
現在では、設備の老朽化や空き家問題を解決するべく、
全国でさまざまな取り組みが行われています。
九州大学箱崎キャンパス跡地の再開発に期待が集まる福岡市東区でも、
「ホームセンター×団地」という異色のプロジェクトが始まっています。

団地の一軒家が「DIYのコンビニ」に!

昭和50年代に1号店がオープンしてから今にいたるまで、
福岡のDIYシーンを牽引してきたと言っても過言ではない
ホームセンター「グッデイ」。福岡に住んだことのある人なら、
一度は足を運んだことがあるのではないでしょうか。
そんなグッデイが2024年9月、福岡市東区にある名島団地の敷地内に
くらしサポートセンター「グッデイさん家」をオープンしました。

訪れてみると、現れるのは完全に普通の一軒家。
「団地なのに、なんで一軒家が?」と不思議に思いますよね。
この物件は団地の敷地内にもともと建てられていた家で、
空き家になった数年前から維持管理や活用のしかたについて
検討が重ねられていたのだそう。

「グッデイさん家」店内

DIY製品と日用品に加え、駄菓子もならぶ「グッデイさん家」。

DIYのコンビニエンスストアのような品揃えでありながら、
昭和の駄菓子屋さんを彷彿とさせる「グッデイさん家」。
グッデイのベテラン社員である佐瀬さんが「家主」となり、
名島団地に住む人たちの「生活の困りごと」を解決するため、
さまざまな製品やアイデアでサポートしてくれます。

くらしサポートセンター「グッデイさん家」はどのように誕生し、
なぜここまで愛されるようになったのでしょうか。
福岡県住宅供給公社の井上さん、グッデイ広報の島村さん、
「グッデイ団地プロジェクト」担当の塚本さんにお話を伺いました。

築50年の団地に活気を生み出すDIY

12棟330戸の名島団地。

12棟330戸の名島団地。建物の間隔が広く、開放的な敷地内。

築50年を超える名島団地は、全国の他の団地と同様、
住民の高齢化や空き家問題などに直面しています。
それらの問題を解決し、地域コミュニティを活性化するため、
ホームセンター「グッデイ」と福岡県住宅供給公社がタッグを組み、
2023年の秋、「グッデイ団地プロジェクト」が始まりました。

リノベーションルームの玄関ドア

リノベーションルームの玄関ドアには「グッデイ団地プロジェクト」のロゴが。

「エレベーター付きの集合住宅と違い、階段のみの団地は
4階以上の居室の借り手が少なく、入居率が低下しています。
小さなお子さんがいるような若い世代の家族にも入居してもらうため、
以前から『DIYが可能な賃貸物件』と打ち出してはいたものの、
なかなか浸透しない、という状況でした。そこで、
グッデイさんに力を貸していただくことになったんです」
(福岡県住宅供給公社・井上さん)

リノベーションルーム室内

リノベーションは床と壁のみ。天井や建具はそのまま使われている。

最初のプロジェクトは、2つの居室のリノベーション。
ほぼ同じ間取りの2室が、DIYでまったく違う雰囲気のお部屋に
生まれ変わりました。この2室はDIYモデルルームとして、
またワークショップ用のスペースとして活用されています。

DIYで和テイストなプロヴァンス風に生まれ変わった団地の和室。

DIYで和テイストなプロヴァンス風に生まれ変わった団地の和室。訪れた人も思わずくつろいでしまうとか。

リノベーションを担当したのは、グッデイのスタッフさんたち。
「ホームセンターの社員とはいえ、中にはもちろん
『DIYしたことないです』というスタッフもいまして(笑)。
初心者がペンキ塗りに失敗したり、貼った壁紙も微妙にシワが
残ったりしたとしても、それもDIYの『味』なんですよね。
『完璧にキレイにしなくてもいいんだ』と思ってもらうことで、
DIYに対する心理的なハードルを低くしたいんです」
(グッデイ団地プロジェクト担当・塚本さん)

〈OF THE BOX〉追沼翼さん 建築、カフェ経営、地域の情報発信、 “一専多能”な新しいまちづくり

建築家で東北芸術工科大学教授の馬場正尊さんが推薦したのは、
山形市で建築プロジェクトを行う〈OF THE BOX〉の追沼翼さん。

推薦人

馬場正尊さん

馬場正尊

オープン・エー代表取締役/
建築家/東北芸術工科大学教授

Q. その方を知ったきっかけは?

山形にある東北芸術工科大学で彼が学部3年生(建築・環境デザイン学科)のとき、僕の研究室の学生として入ってきました。大学院在籍中に起業。僕の仕事を手伝ってもらったり、彼の仕事をサポートしてみたり、いろんなトライを横で見守っていました。

Q. 推薦の理由は?

彼のようなタイプを、「新しい日本人」と呼んでいます。なんだか行動のモチベーションがサラサラしているんですよね。周りの人を楽しませながら自分も走っている、というような。仕事のつくり方や進め方も、僕らの世代とはまったく違う。仕事の内容も場所も、横断的かつ離散的。
例えば、カフェをやりながら、設計事務所を並行して経営していたり。プロジェクトを動かすとき、クラウドファウンディングで数百万円集めることから始めたり。
クライアントが全国にいて、ほとんどのコミュニケーションをオンラインでこなしていたり。なんだかよくわからないけど、でもそれらの活動はちゃんとつながっていて、なおかつ時代の要請に素直に対応している。
軽やかで、しなやかで、でもちゃんと経営につなげていく。そんな感性を持った人たちを「新しい日本人」と呼んでしまっているのですが。追沼くんは僕の身近にいる人のなかで、その代表選手かな。

大学の課題「リノベーションの妄想」が現実に

東北芸術工科大学在学中から、
大学のある山形市を中心にまちの課題を解決するようなプロジェクトを展開。
現在は日本各地にその舞台が広がっている、追沼翼さん。
推薦者の馬場正尊さんは、彼の進路を方向づけたひとりといえる、大学時代の恩師だ。
その推薦文を読んだ追沼さんは、「新しい日本人」という言葉に反応した。

「馬場さんからはよく、『宇宙人』って言われていたんですよね。
もう少しやさしい言い方にすると、こうなるのかな(笑)」

仙台市出身の追沼さんは、大学進学を機に山形市へ。
そもそも専攻した建築・デザイン学科は第一志望ではなかったが、
未知の世界だったからこそ、可能性は四方八方に散らばっていた。

「〈みかんぐみ〉の竹内昌義さんが学科長だったこともあり、
全国の大学でも珍しいんですけど、
エコハウスやエネルギー関連の授業に力を入れていたんです。
ほかにも、自分たちの食べているものが、
どこから来ているのかを考える哲学寄りの授業があったりして、
建築に徐々に興味を持つようになっていきました」

まちや地域のコミュニティに入り込むきっかけとなったのが、
大学3年生のときに馬場さんのゼミで取り組んだ夏休みの課題。
「空き物件のリノベーションを妄想せよ」というテーマを与えられて選んだのが、
山形市七日町の通称「シネマ通り」にある〈郁文堂書店〉だった。

かつての〈郁文堂書店〉

かつての〈郁文堂書店〉

リノベーションブームの先駆けといえる〈とんがりビル〉の隣で、
ひっそりとシャッターを閉ざしていたこの書店を、
ブックカフェにするアイデアがまず浮かぶ。

オーナーにヒヤリングを行うと、閉店してすでに10年ほど経つこと、
シネマ通りはかつて映画館が6つも立ち並ぶ文化の拠点だったこと、
斎藤茂吉や井上ひさしなど名だたる文化人が足を運び、
「郁文堂サロン」と 呼ばれていたことなどが判明。
そんな夢のような空間が現代に蘇ったら……と希望を抱いた追沼さんは、
妄想を妄想のままで終わらせず、ブックカフェの案を練り直すことに。

「あのときまちの人たちと接して、
山形を知ることができたのは大きかったと思っています。
オーナーの原田さん(故人)は、僕らが出会った頃すでに80代でしたが、
界隈で知らない人はいないくらい顔が広く、
住民との関係の築き方を教えてもらいました。
結局、半年くらいほぼ毎日、片付けなどに通ったのですが、
表からは見えにくい地道な活動の積み上げが大事だというのも、
実践しながら学ばせてもらいました」

2016年9月、山形ビエンナーレで書店の1日限定オープンを成功させたあと、
追沼さんたちは郁文堂サロンの本格的な復活を目指す。

その際に活用したのが、当時はまだ認知度の低かったクラウドファンディングだった。
資金力のない学生ゆえにたどり着いた選択ではあったが、
お遊びでやっていると思われたくないプライドや、
周りに迷惑をかけたくないというプレッシャーが交錯。
不安をよそに目標金額を達成できたことは、自信と励みになっていく。

「設計料や活動費を自分たちで集めていくようなやり方は、
このときの経験が原点になっているのだと思います」

店舗からストリートへ、エリアリノベーションを展開

電気工事など専門的なところは職人にまかせ、
それ以外の部分は学生とまちの人たちのDIYによって完成した〈郁文堂書店TUZURU〉。
書店とサロンの機能を持つ、まちに開かれた空間は、
メディアなどに取り上げられて注目が集まり、住民にも喜ばれた。

書店とサロンの機能を持つ〈郁文堂書店TUZURU〉

書店とサロンの機能を持つ〈郁文堂書店TUZURU〉。(撮影:斎藤哲平、吉木綾)

「一方で、学校で勉強しているだけでは接点を持てなかった人たちと出会い、
それぞれの世代ごとに抱えている課題が具体的に見えてきたことで、
まちについてもっと真剣に考えたいと思うようになりました。
それが〈山形ヤタイ〉や〈シネマ通りマルシェ〉の
プロジェクトへとつながっていったんです」

山形ヤタイは、木枠にレジャーシートの屋根を張った、
シンプルかつおしゃれな佇まいの屋台。
ホームセンターで揃えられる材料と工具で、
DIY初心者でも簡単につくることができるのがポイントだ。
チャレンジショップのようなビジネス利用から、町内のイベント、
あるいは庭先でのピクニックでも活躍する汎用性の高さが受けて、
設計やつくり方を実践的に学ぶワークショップを全国で展開する。

その山形ヤタイを活用したのが、2017年~19年に年2回のペースで開催された、
シネマ通りマルシェ。コーヒー、パン、野菜、アクセサリーなど、
毎回2~30店舗が出店し、多いときは約2000人が来場。
さらにマルシェに合わせて山形リノベーション協議会の協力のもと
「空き物件ツアー」を行い、新たな実店舗の開業へとつながる動きも生まれた。

汎用性が高い〈山形ヤタイ〉。

汎用性が高い〈山形ヤタイ〉。

シネマ通りマルシェの様子。

シネマ通りマルシェの様子。東北芸術工科大学と山形大学の有志も協力した。

2018年、大学院に進学した追沼さんは、
こうしたプロジェクトを行ってきた〈OF THE BOX〉を法人化。
さらにその翌年には〈株式会社デイアンド〉を設立して、店づくりにも着手する。
山形駅近くの通称「すずらん通り」に、
コーヒースタンド〈Day & Coffee〉をオープンさせたのだ。

安土桃山時代から続く老舗呉服店〈とみひろ〉の旧本社ビル

安土桃山時代から続く老舗呉服店〈とみひろ〉の旧本社ビルを、2019年にフルリノベーション。1階がコーヒースタンド、1、2階がオフィス、2、3階がメゾネット住居になっている。

〈とみひろビル〉の奥に立つギャラリー。

〈とみひろビル〉の奥に立つギャラリー。山形副市長の定例朝会などに利用されている。

「Day & Coffeeが入っているのは、老舗呉服店の本社ビルだった建物で、
10年くらい使われていなかったんです。
オーナーさんが芸工大の理事だったこともあり、
学生やまちの人と関わりながらリノベーションして、
若者が来るような場所にしたいという相談が大学にあって。
芸工大の先輩である〈リトルデザイン〉代表の佐藤あさみさんから声をかけてもらい、
プロジェクトに参加することになりました」

Day & Coffee

Day & Coffeeのコンセプトは「すべての日に特別なひと時を」。特別感のあるリボンをモチーフにロゴをデザインしてもらった。

Day & Coffee 店内

世界各地の豆を丁寧に店内で焙煎し、ハンドドリップなどで提供。テイクアウトもOK。

ハンドドリップしている様子

そして、すずらん通りもかつては様相が違っていたことを、
プロジェクトを通して知るように。

「もともとは文房具屋さんや呉服屋さんなどが立ち並ぶ商店街だったのですが、
僕が山形に来た頃には
夜の繁華街のイメージが強くなっていました。
もちろんそれも悪くないのですが、駅から徒歩数分の立地なので、
昼間、外から訪れた人には暮らしが見えないうえに、
お店も開いていないので、“何もない場所”という印象になってしまう。
僕自身も外から来た人間だから、もったいないなと思ったんです」

暮らしの息づかいが聞こえるような、
昼夜問わず人がいる状態をつくりたいと考えた追沼さんたちは、
オフィスと飲食、住居の機能を持ち合わせたビルにリノベーション。
まちに新たな人の動きを生み出した。
ちなみにオープン時からカフェの店長を務めている北嶋孝祐さんも、
芸工大の出身者だ。

「彼は高校時代からスペシャルティーコーヒーの店でバイトして、
バリスタトレーニングを受けるほどのコーヒー好きなんです。
もともとの出会いは、
郁文堂書店の再生プロジェクトを手伝ってくれたからなんですけど、
コーヒーの道具を現場に持ってきて、
毎日いろんな種類のコーヒーを振る舞ってくれました。
『自分が受けた感動を味わえるような、
スペシャルティーコーヒーの店が山形にもあったらいいのに』
と話していたのが印象に残っていて、一緒にお店をやることになりました」

一方、学生時代から追沼さんを見てきた北嶋さんは、その印象をこう語る。

「理想と現実のバランスがいい人だと思います。
社会がこうなったほうがいいという理想をしっかり持ちつつ、
理想のままで終わらせないというか、
現実的に自分ができることを常に考えて、継続してアクションを起こしている。
いろんな活動をしているので、一貫性がないように見えるかもしれないし、
たぶん本人もそう言われがちだと思うのですが、
理想に対して一歩ずつ近づいている印象は、そばで見ていて変わりません。
一見飄々としていますけど、内側には熱いものを持っているんですよね」

Day & Coffeeの店長 北嶋孝祐さん

芸工大の後輩で、Day & Coffeeの店長を務める北嶋孝祐さん。コーヒーが飲めなかった追沼さんを、コーヒー好きにした人物でもある。

いま能登のためにできる支援。 思いを届け、人や文化をつなぐ 9つのプロジェクト

2024年元日に起きた能登半島地震から、早1年。
復旧・復興は少しずつ進んではいるものの、復旧業者やボランティアの不足、
さらには9月の豪雨で再び被災するなど、その歩みは決して順調とは言えません。
まだまだ支援が必要です。

支援したくても能登へ行くのはなかなか難しい……
そんなあなたに、「能登へ行かなくてもできる支援の方法」をご紹介します。

今回ピックアップしたのは、能登の人々の声を伝えたり、
文化の保護に尽力する9つのプロジェクト。
このままでは失われるかもしれない能登の豊かな文化を守り、
人から人へと“思い”をつないでいく活動を紹介。
離れた地からでも彼らを応援することは、きっと能登を支える力になるはずです。

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発災直後の気持ちを綴ったZINE『地震日記』

「揺れが収まったときには心が透明で、何も感じないような心になっていた。
ここに自分が生きているという感覚はなく、ちいさく震えていた」――。
能登半島地震発災から5日間の出来事や、心の動きをつぶさに記録した
鹿野桃香さんのZINE『地震日記』。避難先の金沢で手作業で製本した1冊から、
いまでは約1800冊が人の手に渡っている。

『地震日記 能登半島地震発災から五日間の記録』鹿野桃香 著。

『地震日記 能登半島地震発災から五日間の記録』鹿野桃香 著。

鹿野さんは2017年、奥能登国際芸術祭に携わるため石川県珠洲市に移住。
地域おこし協力隊などを経て珠洲市での暮らしにすっかり馴染んでいた。
そこに起きた2024年元日の地震。

「日常のなかで地震が起き、人生がひっくり返るように変わりました。
自分のなかでこんなに大きな出来事があったのに、
避難先の金沢ではみんなが普通に生活していた。
そういった、経験している人としていない人に起きる意識の“違い”を
少しでも埋めたいと思い、私の経験を声に出していこうと思いました」
と鹿野さんは語る。

日記には、鹿野さんが撮影した珠洲市の風景も載せられている。

日記には、鹿野さんが撮影した珠洲市の風景も載せられている。

鹿野さんは『地震日記』の販売や朗読会を通じて、能登の現状を伝え続けている。
春にはこの1年を記録した続編の出版を目指す。

「東日本大震災からもうすぐ14年が経ちますが、
やっと自分の家に住めたという話も聞きました。
きっと能登も、これから長い道のりが待っている。
ありのままの出来事や葛藤を記録に残し、日記というかたちで
より身近に珠洲を感じてもらい、伝えられたらと考えています」

『地震日記』の売り上げは、増刷と、
能登半島地震や珠洲市に関するイベント企画などに充てられる予定。

information

地震日記

Web:Kano momoka

東京と能登を往復し、能登の声を集めた『あれから1年』展

東京・墨田区の銭湯〈電気湯〉で、能登の声を集めた『あれから1年』展が開かれている。
主催するのは、東京都出身・在住の浅見風さん。
能登半島地震発災後は3月から毎月、珠洲市や輪島市でボランティアに参加し、
東京で仲間と支援金を集め、また能登へと戻る。

浅見風さん。『あれから1年』展が開かれる〈電気湯〉前にて。

浅見風さん。『あれから1年』展が開かれる〈電気湯〉前にて。

これまでに東京・清澄白河と東村山で2度の展示を行い、
能登の現状を東京に届けてきた浅見さんだが、
『あれから1年』展では、能登の暮らしや日常を届けたいという。
SNSで能登に住む人や出身者から話を募り、
取材チームが能登へ行き、話を聞いて回った。

能登に行ったことがないけれど、インタビューのテープ起こしをしながら
行きたくなるメンバーもいる。展示の準備をしながら、能登へ思いを馳せる人も。
浅見さんを中心に、思いがつながっていく。

銭湯の浴槽に貼り出された能登の風景と、能登の声。

銭湯の浴槽に貼り出された能登の風景と、能登の声。

会場は、下町の日常の場である銭湯。
待合室や脱衣所、シャワーの上、浴槽など、いたる所に、風景写真や文章が貼られている。
震災前後のさまざまなカットが水平線でつなげられた展示は圧巻だ。
「湯に浸かりながら、能登の人が綴った文や写真を見てほしい」と浅見さん。

いつもの銭湯で、ご近所さんと何気ない会話をするように。
展示は2025年1月31日まで。

information

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『あれから1年』展

会期:2025年1月5日(日)~1月31日(金)

会場:電気湯(東京都墨田区京島3-10-10)

営業時間:15:00~24:00(最終受付23:30)※日曜 朝風呂8:00〜12:00

定休日:土曜

入浴料:大人550円、小学生200円、乳幼児100円

Instagram:@mikikisurunoto

青森県田舎館村の 〈スノーアーティスト集団It’sOK.〉 逆境から生まれた田んぼの二毛作アート

田んぼアートで有名な田舎館村

青森県南津軽郡の田舎館村(いなかだてむら)は、
桜の名所である弘前市の隣に位置する津軽平野の米どころ。
田んぼに色とりどりの稲を植えることで広大な絵を描く
「田んぼアート」のパイオニアだ。
今でこそ田んぼアートは全国各地でつくられているが、
1993年に初めて田んぼアートを制作した歴史を持つ田舎館村のそれは、
見るものを圧倒する緻密さを誇る。
人口およそ7200人の村で、田んぼアートは30万人を超す観光客を集めてきた。

2023年田んぼアート第1会場『門世の柵と真珠の耳飾りの少女』。

2023年田んぼアート第1会場『門世の柵と真珠の耳飾りの少女』。7色10種類の稲を植え分けて緻密なアートを描いている。

夏は田んぼアートで盛り上がる田舎館村で、
2016年から新しいプロジェクトが始まった。
田んぼアートと同じ会場で、一面の雪原に幾何学模様を描くスノーアートだ。
閑散期だった冬の津軽平野に展開されるスノーアートは
「冬の田んぼアート」として「アートの二毛作」とも呼ばれている。

スノーアートを制作する〈スノーアーティスト集団It's OK.〉の
代表・田澤謙吾さんにその経緯をうかがった。

最初は1枚の写真から

2014年秋、青森県庁若手職員による研究会では、
津軽地域の課題である冬の観光アイディアを探していた。
春は弘前公園の桜、夏は青森ねぶた祭り。
国内外から数百万人を集める春夏に比べ、どうしても冬の観光客は少なくなる。
交通の便が乱れ、住民は雪かきに追われる世界有数の豪雪地帯。
しかし、雪は美しさ、アクティビティともに、
魅力的な観光コンテンツにもなるのではないか。
いろいろな案は出るものの、なかなか決め手になるような目玉が見つからない。
何度もミーティングを持ち、リサーチをするなか、
ひとりの職員が不思議な写真を見つけた。
「これ、すごくないですか?」

幾何学模様が描かれた雪原の写真。

幾何学模様が描かれた雪原の写真。

雪面に描かれた万華鏡のような幾何学模様。
その光と影のコントラストの美しさに、みんな息を呑んだ。
いったい誰がどうやってつくっているのか?
調べていくと、
イギリス人のサイモン・ベック(Simon Beck)というアーティストが、
フランスのスキー場などで制作しているらしい、
サッカーコート2〜3面分あるらしい、
と『らしい』ばかりだった。

もしこれを青森で実現するとしたら?
スノーアートの制作には広い雪原と、観覧には高さのある展望台が必要。
……田舎館村の田んぼアート会場ならぴったりなのでは?
田んぼアート第2会場のためにつくられた展望台は、
冬には田んぼとともに休眠していた。

2017年に制作された田んぼアート第2会場『桃太郎』。

2017年に制作された田んぼアート第2会場『桃太郎』。第1会場に比べ、田んぼが横長に広い。

田んぼアート第2会場のために建てられた弥生の里展望所。

田んぼアート第2会場のために建てられた弥生の里展望所。『道の駅いなかだて弥生の里』の敷地内にある。

さっそく田舎館村に相談したところ、
もしサイモン氏が協力してくれるのであれば、
と条件付きながらも前向きな反応があった。

そう、このスノーアートプロジェクトは、
田んぼアート会場の冬季活用が先にあったのではなく、
津軽の冬の観光コンテンツの開発から生まれたものだったのだ。

輪島塗を未来につないでいく。 塗師・赤木明登さんがつくる器と 輪島の景色

いち早く動いた「小さな木地屋さんプロジェクト」

2024年12月21日から26日まで、東京・西麻布にある器と工芸のギャラリー〈桃居〉で、
輪島塗の塗師(ぬし)・赤木明登さんの新作「合鹿椀(ごうろくわん)」の
展示受注会が開かれた。
赤木さんは工芸に関心のある人なら知らない人はいないほどの人気作家で、
この合鹿椀も、店頭での直売分とオンラインでの受注分、
合わせて130個がほぼ初日に完売してしまった。

輪島市の中心部から車で20分ほどのところに工房を構える。

輪島市の中心部から車で20分ほどのところに工房を構える。

合鹿椀は能登に古くから伝わる椀で、一度は途絶えたものの、
1970年代にふたたび注目されるようになったという。
今回の合鹿椀受注会は「小さな木地屋さんプロジェクト×赤木明登」と銘打たれており、
売り上げは「小さな木地屋さん」存続のための資金となる。

その「小さな木地屋さん」とは、赤木さんの椀木地を挽いていた木地師のうち
最高齢だった86歳の池下満雄さんのこと。
2024年元日に起きた能登半島地震のあと、赤木さんがいち早く再建に動いたのが
この「小さな木地屋さん」だった。

輪島塗をはじめ、漆器づくりは基本的に分業制で、
いろいろな専門の職人の手を経てつくられていく。
木地師は漆器のベースとなる木地をつくるという最初の工程を担い、
とても重要な仕事だが、従来、工賃が安いという問題があった。
そのため継ぐ人がなかなかおらず、担い手は減る一方。

木地師だけでなく、どんどん職人がいなくなり、このままでは産地が成り立たなくなる、
なんとかしなくてはと赤木さんが常々思っていたところに、地震が起きた。

元日、赤木さんは群馬県の温泉で休暇を過ごしていたが、
4日になんとか輪島の自宅兼工房へ戻ってきた。
幸い大きな被害はなく、6日に輪島の中心地まで行き、
池下さんの工房を見に行くと、建物はほぼ全壊で池下さんはいなかった。

近所の人に聞くと、池下さんは地震直後、工房の前に呆然と座り込んでいたのだという。
津波がくるから逃げるように促されてもそこを動こうとせず、2日間座り込み、
3日目についに意識を失って病院へ搬送されたそうだ。

「そのときの池下さんの胸中を想像するに、
“71年間ここで職人をやってきて、最後がこれか”と絶望したんじゃないか。
その絶望した状態のまま死なせられないと思って、まずここを再建しようと決めました」

赤木明登さん。自宅兼工房は被害は少なかったが、金沢に2次避難し、4月に輪島に戻って来た。

赤木明登さん。自宅兼工房は被害は少なかったが、金沢に2次避難し、4月に輪島に戻って来た。

能登・和倉温泉の復興を まちづくりとともに考える。 多田健太郎さんが描く未来

いち早く復興に動いた和倉温泉

1200年の歴史があるといわれる、能登半島最大の温泉地、七尾市の和倉温泉。
七尾湾に面して旅館が立ち並ぶが、2024年元日の能登半島地震で
護岸が崩壊するなど甚大な被害を受け、21軒ある旅館のうち、
12月現在で営業再開できた旅館はわずか4軒にとどまる。

「最初の1か月くらいは生きるということで必死でした」

そう話すのは、明治18年創業の旅館〈多田屋〉6代目の多田健太郎さん。
多田屋もほかの多くの旅館と同じく営業再開のめどは立っていないが、
多田さんは多田屋の再建と並行して、
「和倉温泉創造的復興まちづくり推進協議会」の代表も務め、
和倉温泉の復興に奔走する日々を送っている。

〈多田屋〉代表取締役社長の多田健太郎さん。ウェブメディア『能登つづり』で能登の魅力を発信するなどの活動は、コロカルでも2015年に記事で紹介した。

〈多田屋〉代表取締役社長の多田健太郎さん。ウェブメディア『能登つづり』で能登の魅力を発信するなどの活動は、コロカルでも2015年に記事で紹介した

元日、多田屋には120名余りの宿泊客がいた。
地震が起きてから全員の無事を確認し、まず客を避難させた。
周辺の旅館からも観光客が避難したため、避難所となった小学校は
受け入れ可能な人数のおよそ5倍の2000人もの人であふれたという。

なんとかひと晩を過ごし、客は全員無事帰ることができたが、
「本来なら旅館が避難所にならないといけない。
その役目が果たせなかったのがショックでした」と多田さんは振り返る。

現在の多田屋は1972年に建てられたため、旧耐震基準の建物。
館内は段差ができてしまったり、ひびが入ってしまった場所、
壁が剥がれたところもあり、損傷は大きい。

全体が広く複数の建物が入り組んだ構造で、
詳細な調査をしたうえで使える部分と解体すべき部分を
見極めることにしているが、その調査にも時間がかかるという。
能登全域がそのような状態にあるのだから無理もないが、その分、復興が遅れてしまう。
それでも応急措置で済ますのではなく、
きちんと安全性を担保して再開したいと多田さんは考えている。

館内には段差ができてしまった箇所も。揺れの大きさを物語っている。

館内には段差ができてしまった箇所も。揺れの大きさを物語っている。

個々の旅館の復旧のめどが立たないなか、和倉温泉ではいち早く復興に向け動きだした。
能登の復興の鍵を握るのは、やはり人を呼ぶことができる温泉だ。
そこで2040年に向けた「和倉温泉創造的復興ビジョン」策定のため、
次代を担う若手経営者によるワーキング委員会が発足。
多田さんはその委員長に任命された。

これまで和倉温泉では、70代以上の経営者たちがまちづくりを牽引してきたが、
多田さんは自分たちがビジョンを策定するのであれば、
実行までやらせてほしいと訴え、承認を得た。

備品を保管してあった部屋。壁が剥がれてしまっていた。

備品を保管してあった部屋。壁が剥がれてしまっていた。

2月8日に第1回会議が開かれ、数回の討議を重ね、
アドバイザーからのアドバイスも受けながら、2月29日に復興ビジョンを発表。
その後、ビジョンを具体的なまちづくりの計画に落とし込むため、
策定会議を引き継ぐかたちで、委員会が
「和倉温泉創造的復興まちづくり推進協議会」となり、
多田さんはその代表を務めている。

奥能登国際芸術祭がつないだ縁。 〈サポートスズ〉と 〈奥能登珠洲ヤッサープロジェクト〉

芸術祭がきっかけとなり移住

能登半島の最北端に位置し、能登半島地震の甚大な被害を受けた珠洲市。
それまで珠洲という地名を知らなかった人も多いかもしれないが、
アートに関心のある人たちには知られていた。
2017年から珠洲市を舞台に〈奥能登国際芸術祭〉が開かれていたからだ。

「さいはての地に最先端の美術を」と始まった芸術祭は
3年に1度開催するトリエンナーレ形式で、
2020年はコロナ禍のため翌年開催となったが、2023年までに3回開催された。
芸術祭を訪れ、アートだけでなく、その圧倒的な自然や美しい里山里海の風景、
そして巨大な行燈の山車が引き回されるキリコ祭りなど独特の文化に触れ、
この地に魅了された人は多い。筆者もそのひとりだ。

2017年の芸術祭から常設されているトビアス・レーベルガー『Something Else is Possible/なにか他にできる』。この作品は被害はほとんどなかった。

2017年の芸術祭から常設されているトビアス・レーベルガー『Something Else is Possible/なにか他にできる』。この作品は被害はほとんどなかった。

双眼鏡をのぞくと、看板の「Something Else is Possible」という文字が見える。いま見ると何か別の意味を帯びてくるようにも感じられる。

双眼鏡をのぞくと、看板の「Something Else is Possible」という文字が見える。いま見ると何か別の意味を帯びてくるようにも感じられる。

芸術祭を機に、珠洲に移り住んだ若者たちもいる。
芸術祭実行委員会とともに運営に関わる仕事をしたり、
会期後も作品のメンテナンスなどをする一般社団法人〈サポートスズ〉の一員である
小菅杏樹さんと西海一紗さんも、2022年に珠洲に移住してきた。

小菅さんは、2021年の芸術祭「奥能登国際芸術祭2020+」で
実行委員会事務局で活動していた姉を訪ねて珠洲に遊びにくるうち、
自身も芸術祭に関わりたいと移住。
西海さんは東京で働いていたが、違う場所で暮らしたいと思っていたときに
サポートスズの求人を見つけ、面接のため訪れたのが初めての珠洲だった。
そのときに「ビビッときた」そうで、面接にも合格して移住してきたのだという。

2022年に珠洲に移住してきた〈サポートスズ〉の小菅杏樹さん(左)と西海一紗さん(右)。

2022年に珠洲に移住してきた〈サポートスズ〉の小菅杏樹さん(左)と西海一紗さん(右)。

それからは芸術祭の準備で忙しい日々を送り、
2023年9月23日から11月12日まで開催された芸術祭を駆け抜け、
会期後も後処理などであっという間に年の瀬を迎えたところに、地震が起きた。

元日、西海さんは珠洲にいた。たまたま友人の家にいたが、自分の家は全壊。
1月10日に珠洲を出て、金沢から小松空港へ向かい、北海道の実家へ。
それから3月までは実家で過ごした。

小菅さんは実家の奈良にいたが、珠洲に置いてきた猫の様子を見るため
地震からまもなく珠洲を訪れると、地域の人たちが猫を保護してくれていた。
猫を救出していったん奈良に戻り、3月は新潟県の越後妻有〈大地の芸術祭〉の
運営チームであるNPO法人〈越後妻有里山協働機構〉に1か月間出向したという。

傾いたままの電柱はあちこちに見られる。

傾いたままの電柱はあちこちに見られる。

周囲の人たちも被災し、この先どうなるかわからず、不安と混乱の日々が続いたが、
東京ではいち早く、芸術祭の総合ディレクターを務める北川フラムさんが
〈奥能登珠洲ヤッサープロジェクト〉を発足。

「ヤッサー」は珠洲のお祭りで使われる掛け声。
芸術祭で生まれた縁を大事にしながら復興の力となるため動き始め、
芸術祭の作品制作を担う〈アートフロントギャラリー〉のスタッフが
毎週のように珠洲を訪れ、地域の手伝いや作品の状況を確認していったという。

〈Oriori〉代表・藤川かん奈さん みんなで笑って助け合う、 地域という名の学校を

Next Commons Lab/paramitaを率いて、
地方からポスト資本主義的な新しい社会をつくることを目指す林篤志さんが推薦するのは、
山形県遊佐町で着物や反物からプロダクトを制作する〈Oriori〉の代表、藤川かん奈さんです。

推薦人

林篤志さん

林篤志

Next Commons Lab/paramita
代表

Q. その方を知ったきっかけは?

プロジェクトをご一緒したことがきっかけ。

Q. 推薦の理由は?

地域おこし協力隊として活動された後、ヴィンテージ織物や着物のブランドを立ち上げ、その後は地域の高校魅力化プロジェクトなど教育分野にも積極的に関わっている方です。まさに地域の顔として、かん奈さんによって多くの人が巻き込まれ、彼女を通じて新たなプロジェクトや取り組みが次々と動き出しています。その一方で、周りの皆がいつも楽しそうにしています。不思議な魅力で、次世代のローカルを牽引する人です。

遊佐の土地と人に、恋に落ちて

山形県の形はよく、人の横顔にたとえられる。その「おでこ」に位置する最北部の遊佐町は、
日本海と鳥海山という雄大な自然をのぞむ、人口1万3000人弱の小さなまちだ。

京都で生まれ育った藤川かん奈さんは、移住して10年ほど経つこの遊佐町で、
ヴィンテージ反物・着物をリメイクするブランド〈Oriori〉を立ち上げ、
廃校の危機に瀕した公立高校の魅力化を図り、豊かさを享受するだけではない
まちづくり・人づくりを実践している。

山形県と秋田県をまたいでそびえる鳥海山。手前は、遊佐町唯一の公立高校である遊佐高校。

山形県と秋田県をまたいでそびえる鳥海山。手前は、遊佐町唯一の公立高校である遊佐高校。

縁もゆかりもない遊佐町にたどり着いた経緯を尋ねると、
「高3のとき、国連に入りたいと思ったんです」と語り始めた。
なぜ国連から遊佐町になったのか、そこには壮大な冒険と発見があった。

「大学進学後、世界の貧困について知らなければいけないと思い、
バックパックひとつで発展途上国を旅していました。
だけど、どうして貧困が起こるのか考えても無力感しかわかず、
私にできることなんてないとショックを受けていたのですが、
あるとき全然違う問いがバーンと降ってきたんです。
電気も水道も整っていないような環境で、裸足で着るものさえ満足にないのに、
どうしてこの人たちは笑顔なんだろう。何が彼らを生かしているんだろうって。
そしてその答えは、ひとつしかないと思いました。
地域の助け合いが、この人たちを笑顔にしているんだって」

対して、京都市内の一軒家で生まれ育った自分は、ご近所さんの名前もほとんど知らない。
玄関を開けようとして、誰かが通りを歩いている気配を感じたら、
扉の内側で通り過ぎるのをじっと待つような生活だった。

「もしこの村が経済発展したら、今みたいな温かさや助け合いがなくなって、
私が育ったようなよそよそしいところになってしまうのかもしれない……。
そんな想像をしたら、やばい! と思って。
それから旅をやめて、国連に入りたい気持ちもすこーんとどこかに行っちゃって、
地元の京都で現代の日本に合った温かいコミュニティをつくろうと思ったんです」

地元に戻って立ち上げたのが、「笑学校(しょうがっこう)」という地域コミュニティ。
京都市内の寺や廃校になった学校、あるいは鴨川の河川敷などを教室に見立て、
年齢を問わず先生にも生徒にもなれる学校の“校長先生”になったのだ。

「たとえば、紙飛行機について長年研究しているおじいさんが先生になって、
めちゃくちゃ飛ぶ紙飛行機のつくり方を教えたり、
マイケル・ジャクソンが大好きな小学4年生の男の子がダンス講座をやったり。
好きをこじらせてセミプロみたいになっちゃった人を発掘して、声をかけていったんです。
学校という名前をつけたのは、教員一家で私自身も先生になりたかったから」

「教育」は藤川さんのライフワークといえるような軸になっていくのだが、
その話はまた追って。
大学卒業後も企業などに属さず、
多世代のコミュニティづくりに奮闘する藤川さんの活動に感銘を受けた人が、
遠く山形にいた。

「山形大学の学生だったんですけど、
東北の学生50人くらいを集めてソーシャルキャンプをするから、
講師として来てほしいってお誘いを受けたんです。
そのとき初めて、山形の庄内地方を訪れました」

2泊3日の滞在には、恋愛というおまけもついていた。
そこで出会った地元の男性に恋をしてしまったのだ。そして2週間後には移住を決意。
3年続けてきた笑学校は、自分がいなくなっても、
地域の人たちのつながりがすでにできているから心配ないと思えたのも大きかった。

〈日本草木研究所〉古谷知華さん 日本の森林は、もっとおいしい。

発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが推薦するのは、
里山に眠る「食べられる植物」の活用を考える
日本草木研究所の古谷知華さんです。

推薦人

小倉ヒラクさん

小倉ヒラク

発酵デザイナー

Q. その方を知ったきっかけは?

イベントでご一緒したのをきっかけに、僕のお店〈発酵デパートメント〉に遊びに来てくれるようになりました。僕の住む山梨にも遊びに来てくれて、フットワークの軽さが印象的でした。

Q. 推薦の理由は?

広告代理店というメディア業界の出身にもかかわらず、土と密接に関わる世界に飛び込んだのが素晴らしいなと思います。しかも単なる伝え手ではなく実体を扱う事業として責任を背負っているのを頼もしく思っています。生来のセンスの良さを活かして、21世紀の本草学が復活することを期待してます!

里山を巡り、可食植物を蒐集・記録し、活用する

品川区の五反田駅から歩いて10分ほどの閑静な住宅街。
古い屋敷の隣には、大きなクスノキがそびえ立っている。
敷地内には広い庭があり、土を踏みしめながら歩く。

「食べられる庭」にはさまざまな木々が生い茂る。

「食べられる庭」にはさまざまな木々が生い茂る。

「ここにノビルが出てますね。
これはシナモンの木で、こっちには金柑の木もあります。
足元にあるのはヨモギで、これはワサビの葉っぱです」

ここでは根の部分は育たないというが、ワサビの葉っぱがあった。

ここでは根の部分は育たないというが、ワサビの葉っぱがあった。

話しながら庭を案内してくれたのは、〈日本草木研究所〉の古谷知華さん。
日本の里山に眠る「食べられる植物」を研究し、
それらを使ったドリンクや調味料といった自社ブランドの製品も手がけている。

「食べられる庭」には、もともと植わっていた木と新たに植えた植物とが入り混じっている。古谷さんは仲間と共同管理している敷地の一角にショールームを構え、2年ほど前から庭の管理を担当するようになった。

「食べられる庭」には、もともと植わっていた木と新たに植えた植物とが入り混じっている。古谷さんは仲間と共同管理している敷地の一角にショールームを構え、2年ほど前から庭の管理を担当するようになった。

親子や学生も楽しみながら AIやDXを体感できる オープンイノベーションの拠点 〈STATION Ai 〉が名古屋に誕生!

今やAIやDXといった言葉を見ない日がないほど、デジタルイノベーションが進んでいます。
その一方で、ITに精通していない人にとっては、まだまだ踏み込めない世界でもありますよね。
そんな人たちに朗報なのが、〈STATION Ai〉の誕生のニュース。
名古屋駅から電車で7分、歴史ある鶴舞公園に隣接した、
日本最大級のオープンイノベーションの拠点です。

愛知県が進める「Aichi-Start up戦略」の中核として、
ソフトバンクの子会社であるSTATION Ai株式会社が運営を手がけています。
今回は、〈STATION Ai〉で体験できることを紹介していきます!

モノづくり王国・産業イノベーションの歴史を持つ愛知

愛知県を中心とした東海圏は、産業イノベーションや
伝統工芸の集積地であり、モノづくりにすぐれたエリア。
名古屋の中心に、スタートアップを支援する拠点ができるのは、
自治体の方向性ともマッチし、企業からも熱い視線を集めています。

なかでも、この施設がすばらしいのは一般に開放されていること。
現在、各地に企業が運営するオープンイノベーションは増えていますが、
B to Bが中心のため、一般の人が利用できる施設ではないのが現状です。

オープンな雰囲気を感じさせるエントランス。両側にはフリースペースで飲食もできる。

オープンな雰囲気を感じさせるエントランス。両側にはフリースペースで飲食もできる。

親子でも気軽に行ける飲食店やホテル、フリースペースが充実

ここ〈STATION Ai〉は1階にはフードラウンジ、2階には展示室や、
打ち合せスペース、カフェ、7階にはホテルが入っており、誰でも気軽に利用できます。
フードラウンジでは、海外からの利用者も多いことから、丼にハンバーガー、
ベトナム料理、インド料理、ベジタリアンと、バラエティ豊かな多国籍料理が並んでいます。

ベトナム料理〈OHAYO SAIGON 鶴舞店〉は朝8時半からモーニングが、〈丼物語〉は完全予約制で朝食が食べられるなど、朝活にも利用できる。

ベトナム料理〈OHAYO SAIGON 鶴舞店〉は朝8時半からモーニングが、〈丼物語〉は完全予約制で朝食が食べられるなど、朝活にも利用できる。

1階はフリースペースになっているため、ビジネスランチをしている会社員や、
PCを開いて打ち合せしている起業家に混じって、
ランチやティータイムを楽しめるのもこのスペースのおもしろいところ。
また、イベントスペースでは、会員でなくても、学校やサークルの行事の発表や
講座などを、リーズナブルな価格で利用できるのだとか。
まさに開かれた施設といえそうです。

一般の人も利用できる1階のイベントスペース。

一般の人も利用できる1階のイベントスペース。