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湧くで温泉津!
まちも人もアツアツに湧く温泉街で
キャリアなしの私が
7つのゲストハウスを開業するまで

Local Action
vol.218

posted:2025.2.4   from:島根県大田市温泉津町  genre:暮らしと移住 / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Ohmi Masako

近江雅子

おうみ・まさこ●島根県出身。アメリカの公立高校を受験し、高校2年生までボストン郊外の高校で学ぶ。京都産業大学外国語学部にて中国語学科を専攻。20歳で結婚を決め、大学を中退し東京へ。35歳で温泉津町に家族でJターン。ゲストハウスや一棟貸切の古民家など7軒を運営。


ただの主婦でしかなかった私、近江雅子が
温泉津に移住して12年が過ぎようとしています。

「温泉津」と書いて「ゆのつ」と読む、
島根県の小さな温泉と港町のタグラインは「湧くで温泉津!」。
温泉も、まちも、ここで暮らす人々もアツアツに湧き上がる温泉街です。

前編では先ずは自己紹介とこのまちへ移住してきてから、
事業をはじめるきっかけについてお話します。

2013年3月末に僧侶の夫、中学入学を控える長女、小学校4年生になる次女の
家族4人でまちの小さなお寺に移住してきました。

最初は大反対していたこのまちへの移住でしたが、
いざ住み始めると毎日が楽しく刺激的で……。
ゲストハウスを7軒も開業することになるとは。
田舎町は日本全国にたくさんあるけど、ここでの生活文化はここにしかなく、
そんな温泉津の暮らしについてお話したいと思います。

2013年に温泉津にやってきて10年。末っ子は温泉津生まれ。

2013年に温泉津にやってきて10年。末っ子は温泉津生まれ。

自力でアメリカの高校に入学
大学1年で結婚、20歳で第一子出産

1979年10月に島根県江津(ごうつ)市という田舎町に生まれ、
中学まで江津市で育ちました。
中学3年生の秋に、アメリカのボストン郊外にある公立高校を受験し、
見事合格をしまして、先生や友だちからの反対(心配)もありましたが、
高校1年からは単身アメリカに渡りホームステイをしながら高校に通いました。

帰国後は日本の京都のある大学に入学し、
生活を謳歌していた大学1年生の冬に東京の大学に通う今の主人と出会い、
半年で結婚を決意。秋に大学を中退し東京へ引っ越し結婚することに……。
親の大反対も聞かず結婚すると決めたのでした。

移住当時の近江さん一家。

移住当時の近江さん一家。

留学も結婚も、とにかく決めたら即行動。
人の反対には揺るがない性格だということがわかっていただけるかと思います。

20歳で長女を産み、資格や経験もないので子供育てしながら、
パートタイムでスーパーのレジ打ちや清掃の仕事に就き、
夫は大学を卒業して学生時代からお世話になっていた青山にあるお寺で勤務。

そのまま、一生東京で暮らすものだと思っていましたが、
ある日夫から「島根の温泉津にあるお寺の住職になる」という話を聞き、大反対。

娘だって慣れ親しんだ地域で友だちもたくさんいるし、家だって購入したのに……。
行くならひとりで行けばいい!
田舎のお寺なんて絶対大変だし、私にはそんなことはできない!
とだいぶ長い間話を聞こうともしませんでした。

旦那さんが住職を務める西念寺。1571年建立。

旦那さんが住職を務める西念寺。1571年建立。

そんなとき東日本大震災が起こり、
大きな揺れのなか、どうやって我が家まで帰ろうか……。
携帯電話もつながらず心が引き裂かれそうな不安な時間でした。

何とか帰宅し、娘たちを探しに行くと、
親切なお友だちのお母さんが次女と犬も一緒に預かってくれていました。

スーパーからも物がなくなり、いつもすぐ乗れる電車もなかなか乗れなくなり……。
そんな震災後の都会の生活を経験したことで、
田舎での暮らしも考えられるようになりました。
「よし、温泉津に行こうか!」。主人の変わらぬ思いにようやく心が動きました。

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3か月お金がなくても生きていける、世界遺産のまち・温泉津

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世界遺産のまち・温泉津は
「3か月お金がなくても生きていける」

あんなに反対していたのに、
行くとなったら「温泉津のお寺をしっかりと守っていくぞ」と
骨を埋める覚悟で東京を発ち、家族全員で温泉津へ越してきました。

子どもたちの同級生や、ご近所で本当にお世話になった人たちと涙の別れ……。
特に長女は6年間通った小学校の卒業式を終えた2日後の出発で、
たくさんの友だちに見送られ、号泣しながら車に乗り、
静岡を過ぎるあたりまで目をはらせながら泣いている姿を見て、
新しい土地での生活により一層強い覚悟がかたまりました。

江戸時代には石見銀山の外港として栄えた温泉津。2004年に温泉町としては日本で唯一国の重要伝統建築物群保存地区に指定された。

江戸時代には石見銀山の外港として栄えた温泉津。2004年に温泉町としては日本で唯一国の重要伝統建築物群保存地区に指定された。

温泉津に来てみたら……そこは、素敵な小さな港とノスタルジックな雰囲気のある、
国の重要伝統建築物群保存地区に指定された日本で唯一の温泉街。

温泉津は、かつて世界の銀の3分の1を産出していた石見銀山の積出港として
世界遺産に指定されている地域です。

江戸時代からの町割りがそのまま残っていて、
江戸時代から平成までのありのままの生活感あふれる、
観光地化されていない温泉街がとっても魅力的なまち並みです。

温泉は加温も加水もせず、地下4メートルの源泉を
ポンプアップせずにかけ流ししている、源泉温度は50度と強烈に濃い温泉です。
(大浴場があって、露天風呂があって…というような)通常想像する温泉地の温泉ではなく、
昔からの湯治場の雰囲気をそのまま残したような、見た目からして効きそう!!
そんなパンチの効いた温泉です。

小さな温泉街・温泉津を盛り上げる面々。

小さな温泉街・温泉津を盛り上げる面々。

もちろん温泉に入浴すると、その効果は言うまでもありません。

地元のおじさんやおばさんが毎日通う、地域の重要な場所で、
その日のまちの噂は温泉に行って、温泉街を歩いて帰るまでにすべてわかると、
先代住職から教わりました。

実際、私が行く女湯ではいつも誰かしら地元のおばさんがいて、
その日の出来事や生活のことを楽しそうに話しながら、
観光客らしき人が入ってくると、気軽に話しかけます。

熱い湯の入り方を伝授しながら、50度の湯船に浸かると褒めて、
時にはタワシで背中を流してくれます。
都会から来た人は裸の知らないおばさんがタワシで背中をこすってくるなんて
衝撃的な出来事だと思います。

でも、そんな強烈な体験が温泉津の人の温かさを感じる、
素晴らしい思い出になっているのではないかと思います。

港を歩いていると、漁師さんが「おい! 魚持っていけ!」と
獲れたての魚をくれたり、家に帰ると山盛りの採れたての野菜が置いてあったり、
近所のおばちゃんが「イカメシ炊いたから食べんさい!」とおすそ分けしてくれたり……。
温泉津はお金がなくても3か月は生きていけるといわれているまちらしく、
確かに! と思うような関わり合いなのです。

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寺のコトはまちのコト、まちのコトは寺のコト

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「寺のコトはまちのコト、まちのコトは寺のコト」
私がまちのためにできること

温泉津には大型スーパーもチェーン店もコンビニもありません。
でも、その必要がない、昔から続く独自の文化で暮らす、
なんて価値のある生活なんだ! と温泉津の暮らし方に日々感動と感謝をしています。

そんな温泉津はまさしく全国のローカルの課題でもある人口減少とともに
少子高齢化、空き家問題が深刻化しています。

重要伝統建築物群保存地区であり、世界遺産のまちなのに空き家率は53%。
25年前から現在まで同エリアの人口は半減。
今この地区に住んでいる小学生はたったの2人。

ドローン撮影した温泉津地区。人口は1000人に満たない小さな温泉街。

ドローン撮影した温泉津地区。人口は1000人に満たない小さな温泉街。

私が移住してきた12年前は温泉街といえども、
せんべい屋さんが1軒と飲食店が1軒、カラオケスナックが1軒だけの温泉街でしたので、
まちを歩く人もあまり見かけない状況でした。

温泉津に来て、お寺の跡取り(男の子)を産んでくれと檀家さんに言われ、
「これも事業計画だ」と頑張った結果、
見事息子(現在9歳)が生まれてくれましたが、保育園に入園したら
同級生はたったの4人だった事実に衝撃を受け、
自分事としてまちの将来を考えるきっかけになりました。

息子たちが大人になったときに、この素晴らしいまちをしっかり残していきたい。

住職である主人が、いつも言っていたのが、
「寺のコトはまちのコト、まちのコトは寺のコト」ということでした。

住職としてお勤めする旦那さん。

住職としてお勤めする旦那さん。

まちのことを一生懸命取り組むことは、お寺のことでもあり、
お寺のことを頑張っていることもまちのこと。まちが衰退していくとお寺も衰退する。
またその逆でまちが活気づくとお寺も活気づく。

こんな私でも何かまちのためにできることはあるのだろうか……。

近江さんが最初に手がけたゲストハウス〈湯るり〉。シングルからファミリータイプまで6つの部屋を完備。

近江さんが最初に手がけたゲストハウス〈湯るり〉。シングルからファミリータイプまで6つの部屋を完備。

そんな地域課題をただの主婦しかしたことのない私が、
「私にできることは何だろう…」と考えた結果、
2017年に明治16年築の空き家をゲストハウスにしてみようとスタートしたことから、
今では7軒のゲストハウスとコインランドリー事業・飲食店事業をやることになりました。

最初は1歳になったばかりの息子をおんぶして、
チェックインからチェックアウトの清掃までひとりで、
お寺と行ったり来たりしながら自分のできる範囲でコツコツ始めました。

予約をいただいたお客様に温泉津を楽しんでほしいと、
自分の大好きな温泉津のスポットを紹介したり、
星がきれいな夜はお客様と港まで星空を見に行ったり、
飲食店が開いていない日は、漁師さんからいただいたお魚を刺身にして差し上げたり。

お金が欲しいのではなく、心からお客様に温泉津を好きになってもらいたい、
温泉津に来て良かったと思ってもらいたいという気持ちでした。

コロナよりも厄介な「古民家改修病」を発症
次々にゲストハウスをオープン

そんなお寺との行ったり来たりの日々から、
「奥さん、忙しそうだから何か私に手伝えることないか?」と
声をかけてくれた檀家さんがいました。

75歳を超える方でしたが、本当に働き者で、元気で、
いつもお寺の行事の手伝いもチャキチャキやってくださるような方でした。

チェックアウト後の清掃業務をその方が手伝ってくださるようになり、
「私も手伝うわ!」という方々が少しずつ増えてきて、
今は30名近い方々が7軒の宿泊施設の清掃や、お客様との会話をしながら、
もてなしてくださっています。

2017年に開業した〈湯るり〉。一泊から長期滞在、最大10人で一棟貸しでも利用できる。

2017年に開業した〈湯るり〉。一泊から長期滞在、最大10人で一棟貸しでも利用できる。

築145年の古民家を改修。温泉津で暮らすように滞在ができる。

築145年の古民家を改修。温泉津で暮らすように滞在ができる。

おかげ様で、ゲストハウスのひとつ〈湯るり〉はリピーターのお客様が多い施設になり、
「おかえりなさい!」と何度も迎えられるのが私の喜びになっています。

〈湯るり〉のお客様と接しているなかで、
1泊の滞在では、本当に味わってほしい温泉津の暮らし方はなかなか味わえない。
リピートして来てくれるお客様は、次に来るときは2泊か3泊していただける。

そうした経験から、中長期滞在がしやすい宿を目指し、
来てくださったお客様に地元の人との触れ合いをしながら
存分に温泉津の魅力を感じて頂けるような場所づくりを考えはじめました。

〈HÏSOM〉は中長期滞在者向けの宿。北欧フィンランドのサマーコテージでの暮らし方を参考にしている。

〈HÏSOM〉は中長期滞在者向けの宿。北欧フィンランドのサマーコテージでの暮らし方を参考にしている。

2019年には、10世帯しかないひっそりとした集落に、
自動販売機すらない不便さのなかで、
本当に自分に大切なものに気づいてもらえるような
特別な一棟貸切宿〈HÏSOM〉をオープン。

2021年に、私の住んでいるお寺の真ん前の大正時代の古民家を
ペットと過ごせる一棟貸切宿〈燈(ともる)〉をオープン。
同じく2021年に温泉街の真ん中に
コインランドリーとレストランとドミトリーの3つの複合施設〈WATOWA〉をオープン。

2019年の〈HÏSOM〉のオープン直後からコロナ過に突入し、
先のことも見えなくなっている状態で、
人の反対も聞かずどんどん古民家を改修しはじめ、
まわりの人も、銀行さんも、家族も私のことを心配し、
「コロナよりも厄介な古民家改修病にかかって、特効薬はないらしい……」と
あきれられていました。

「コロナ禍」という世の中の価値観を変えるような出来事があったからこそ、
〈WATOWA〉ができてから温泉津のまちが一気に変わり始めたのでした。

この〈WATOWA〉の事業計画と、〈WATOWA〉ができてからの
まちの変化は後編のお楽しみとさせてください。

information

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湯るり

住所:島根県大田市温泉津町温泉津ロ201

TEL:050-1807-9277

チェックイン:14:00〜19:00

チェックアウト:10:00

WEB:湯るり

Instagram:@yururi_yunotsu

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HÏSOM

住所:島根県大田市温泉津町温泉津イ588-1

TEL:050-1807-9277

チェックイン:14:00〜18:00

チェックアウト:10:00

WEB:HÏSOM

Instagram:@hisom.jp

information

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燈 Tomoru

住所:島根県大田市温泉津町温泉津ロ119

TEL:050-1807-9277

チェックイン:14:00〜19:00

チェックアウト:10:00

WEB:燈 Tomoru

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