東海道川崎宿の歴史を体感するホテル 〈SAKE Kura Hotel 川崎宿〉

400周年を迎えた東海道川崎宿

日本初の旅の大ブームは、いまからおよそ200年前の
江戸時代の後期に起こったと言われています。
火付け役は歌川広重の描いた「東海道五十三次」の浮世絵。
広重の絵の風景を一目みようと、旅人は東海道を旅していたのだとか。

江戸時代に整備された江戸と京都を結ぶ街道の一つ、東海道。
江戸・日本橋から続くその道は品川宿を経て「川」を渡り、その次が川崎宿でした。
宿場町とは、大名や各地を移動する旅人のために
宿屋や飲食の提供を行う人々が集まる場所です。
当時、川崎大師への参拝客で賑わっていた川崎宿は、
旅人に宿を提供し江戸の人々やローカル民が交差する場所でした。
そして2023年。
文化を発展させながら、人と人、ものとものを結ぶ役割をしてきた
東海道川崎宿は400周年を迎えました。

蔵元直営〈酒蔵Bar〉でチェックインを行う〈SAKE Kura Hotel 川崎宿〉

〈SAKE Kura Hotel 川崎宿〉

これまで保存されてきた川崎宿の歴史を背景に、
日本酒をテーマにした現代の価値観に合う「宿」として
2024年2月9日にオープンしたのが〈SAKE Kura Hotel 川崎宿〉です。

日本酒をテーマにした現代の価値観に合う「宿」

宿があるのは京急本線「京急川崎」駅から徒歩約7分、
JR東海道線、京浜東北線、南武線「川崎」駅から徒歩10分ほどの場所。
チェックインはホテル1階の吉川醸造直営〈酒蔵Bar〉にて。
400年かけて築かれた川崎宿の歴史と、日本酒や米の奥深さに酔いしれる
ひとときが待っています。

ホテル1階の吉川醸造直営〈酒蔵Bar〉

〈酒蔵Bar〉では吉川醸造の日本酒「雨降///あふり」を思う存分
呑み比べすることができます。
「雨降///あふり」シリーズは、丹沢大山(雨降山)の伏流水を
仕込み水として使用する、新ブランドとして誕生しました。
国内では珍しい硬度150~160の硬水が使われ、原料のお米を「削らない」製法、
低精白醸造や低アルコールなど、さまざまな挑戦を続けている日本酒です。

おでんや乾き物を中心とした軽食

このほか雨降ハイボール、雨降カクテルなどもラインナップ。
おでんや乾き物を中心とした軽食も、全て宿泊料金に含まれています。

吉川醸造の日本酒「雨降///あふり」

〈酒蔵Bar〉は宿泊者以外も2時間3000円(金曜3500円、土曜4000円)で
季節の酒、その日のオススメ酒4〜5種類をフリーフローで味わえます。
かつて宿場町として人々が行き交い、いまでも多くの出逢いがある
この川崎の地だからこその、日本酒の新たな楽しみがありそうです。

北海道上士幌町の地元食材が 十勝の人気シェフの手で 極上フレンチに! 「Farm to Table かみしほろ」

ユニークな挑戦を続けるまち・上士幌町は、自慢の食材の宝庫

上士幌町(かみしほろちょう)は、とかち帯広空港から車で約1時間20分、
北海道十勝エリアの北部に位置するまちです。
人口は約5000人ながら、面積は東京23区以上!
無人のスマートストアの設置、自動運転バスやドローンを活用した施策など
ユニークな試みを多く行っていることでも知られています。

羽田空港→とかち帯広空港は約1時間35分。意外と近い!?

羽田空港→とかち帯広空港は約1時間35分。意外と近い!?

全国で初めて大会が開かれた、“熱気球のまち”としての顔も。

全国で初めて大会が開かれた、“熱気球のまち”としての顔も。

広大な十勝平野と恵まれた気候をいかし、古くから農業や酪農が盛んですが、
近年は、大規模農業と並行して、個性ある野菜作りに取り組む生産者も見られるように。
また乳牛だけでなく肉牛の飼育も増えつつあります。
(ちなみに町内の牛の数は、人口のおよそ7.5倍!)

そんな上士幌町の食材を、
もっと多くの人に知ってもらい、味わってもらいたい!
というプロジェクトが計画されています。
そのキックオフイベントとして、生産者の方々を招いて、
「Farm to Table かみしほろ」が開催されました。

人気フレンチのシェフが参加し、極上の品々が完成

今回お招きした生産者さんは3組。
希少品種を含む、多彩な豆を生産する〈オリベの豆や〉の関口孝典さんと嘉子さん、
最新の農業理論と祖父の代から続く知恵を総動員して、
“最上級においしい野菜”をつくる〈須田農場〉の、須田侑希さん、和雅さん兄弟、
そして上士幌町ブランドの黒毛和牛「十勝ナイタイ和牛」を扱う、
〈片原商店〉の中山浩志さん。

今回の主役はこちら。和牛と豆、そしてじゃがいも&さつまいもです。

今回の主役はこちら。和牛と豆、そしてじゃがいも&さつまいもです。

左から、関口さん夫妻、中山さん、須田和雅さん、侑希さん。

左から、関口さん夫妻、中山さん、須田和雅さん、侑希さん。

料理を担当したのは、
同じ十勝エリア・帯広のフレンチレストラン〈マリヨンヌ〉の小久保康正シェフ。
十勝の恵みを最大限にいかし、十勝の食材で完結させることを目指したフレンチは
名だたるレストランガイドに選出されるなど、高い評価と人気を博しています。

そんな小久保シェフが、このイベントのために生み出したのは4皿。
丁寧な作業とフレンチの技が光る、目にも楽しい品が並びました。

〈オリベの豆や〉福白金時のムースと5種の豆のサラダ ホゲット添え

〈オリベの豆や〉福白金時のムースと5種の豆のサラダ ホゲット添え

〈須田農場〉紅はるか(さつまいも)とホタテのミルフィーユ仕立て

〈須田農場〉紅はるか(さつまいも)とホタテのミルフィーユ仕立て

〈須田農場〉ホッカイコガネ(じゃがいも)のガトー リードヴォーと共に

〈須田農場〉ホッカイコガネ(じゃがいも)のガトー リードヴォーと共に

〈片原商店〉十勝ナイタイ和牛サーロインスライスのすき焼き見立て

〈片原商店〉十勝ナイタイ和牛サーロインスライスのすき焼き見立て

愛知県産の新品種ブランドが誕生! 今が旬のイチゴのおいしさを 味わいつくす!

5年間の開発を経て、愛知県産の新品種ブランド「愛きらり」が誕生!

現在、約300種もの品種があるといわれている日本のイチゴ。
よく知られている「あまおう」や「とちおとめ」といった人気ブランドだけでなく、
大粒の「スカイベリー」や白色イチゴ「天使の実」など、
新品種ブランドも次々と誕生し、市場競争も激化。
そんななか、愛知県農業総合試験場とJAあいち経済連が、
5年にわたり共同開発した新品種ブランド「愛きらり」の販売が
2023年2月1日よりスタートしました。

糖度13~14度の大粒イチゴ。かたちも整っていて色鮮やかで美しい。

糖度13~14度の大粒イチゴ。かたちも整っていて色鮮やかで美しい。

新品種ブランドの誕生はイチゴの素材を何回もかけ合わせて改良

愛知は、栃木や埼玉、九州地区ほどイチゴの生産が有名ではありませんが、
実は生産量全国6位を誇るイチゴの名産地です。
特に三河エリアは、温暖な気候と日照時間の長さで、
おいしいイチゴを栽培するのに適した地域といわれています。
この愛きらりは、人気の作付品種「章姫」や「かおり野」といった品種の素材を使い、
改良を重ねて開発されたもの。このかけ合わせがとても難しく、
5年間で開発できたのは幸運なのだとか。
現在、愛知県下では約60名の農家が試験栽培し、市場へと出荷させているそうです。
ツヤがあり、濃い赤色が特徴で、太陽を浴びてキラキラ光る様子はまさに「愛きらり」。

実際に生産農家を訪ね、「愛きらり」のおいしさを体感してみた

「愛きらり」の試験栽培をしている農家が多い豊川市で、
代々イチゴ専業農家を営んでいる日恵野克好(ひえの かつよし)さんに、
生産者から見た「愛きらり」についてお話をうかがいました。

「イチゴは1本の苗からどれだけ多くの実が採れるかが勝負なので、
農家はその点でいろいろと苦労しています。
今まで旬といわれるクリスマスシーズンや1~2月は、
イチゴの収穫量が減ってしまうことも悩みのひとつでした。
その点、この愛きらりは育てやすいうえ、冬場でも生産量が安定していて、
1本の苗からたくさんの収穫量が見込めるのがうれしい」と日恵野さん。

約150坪の広さのハウス内で「愛きらり」を栽培している日野恵克好さん。

約150坪の広さのハウス内で「愛きらり」を栽培している日野恵克好さん。

実際に、ハウスの中で「愛きらり」をひと粒いただきました。
まず香りが強く、食べる前から甘い匂いが漂います。
ひと口かじると、「これは、イチゴ革命!」と思えるほど、
スイーツを丸かじりしているような甘さが口中に広がりました。
4Lサイズと大粒なうえ、ヘタの部分ギリギリまでたっぷりと甘く、
ひと粒で充分、満足感が得られました。
愛きらりは、11月から6月と長期間の栽培が可能で、
どの時期に食べても糖度13~14度の甘さが楽しめるとか。

4Lといわれるサイズの大粒のイチゴ。

4Lといわれるサイズの大粒のイチゴ。

新規就農者も増加。若手農業従事者に期待が集まる

愛知県ではイチゴの専業農家の新規就農者が増加しているそうです。
愛知県内のJAが新規就農研修を開催したり、先輩農家のもとで、
実務研修できるなど、バックアップ体制もしっかりしています。
研修後は「新規就農サポートセンター」が、
農地やハウスを借りるための支援も行っているとか。

「4~5年前ぐらいから、行政も力を入れて研修制度を充実させ、
毎年1~2人の新規就農者が誕生しています。
うちでも現在、研修生を受け入れており、1年かけてイチゴ栽培を指導しています」
と日恵野さん。
農業離れが叫ばれるなか、新品種ブランドの誕生と新規就農者の話は、
きらりと光る未来を感じさせてくれました。

「愛きらり」はまだ試験販売のため、一部県内の量販店で
販売がスタートしたばかりですが、愛知県内には旬のイチゴが楽しめる
スポットやスイーツがたくさんあります。その一部をご紹介します。

人気の品種を食べ放題、今が旬のイチゴ狩りを堪能。〈あいのいちご農園〉

愛知県常滑市で2022年12月にオープンした〈あいのいちご農園〉は、
脱サラして農家となったオーナーの稲葉力三(いなばりきぞう)さんが始めた農園です。
広々としたハウスの中で、人気の「章姫」と愛知県のオリジナル品種「ゆめのか」を
45分間食べ放題で味わえます(品種は選べません) 。

ナイターイチゴ狩りのハウスの様子。

ナイターイチゴ狩りのハウスの様子。

ハウス内は広いレーンとなっているので、車いすやベビーカーでも安心。
金土曜日には、ナイターイチゴ狩り(17:00~20:00 最終受付19:00)
も行っていて、仕事帰りや常滑観光の帰りにも楽しめるのがうれしい。

information

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あいのいちご農園

住所:愛知県常滑市樽水字大坪174

TEL:090-6585-1781

営業時間:9:00~15:00(最終受付14:00)、金・土曜のみナイター営業17:00〜20:00(最終受付19:00)

定休日:月曜

Web:あいのいちご農園

〈ハチカフェ〉では愛知県産イチゴを使ったタルトやパフェが食べられるイチゴフェア開催中!

愛知県名古屋居を拠点にカフェやフリースペースを運営する
建築デザイン会社〈エイトデザイン〉。
ここが手がけるタルトとサンドイッチの店〈ハチカフェ〉では、
すべてのタルトがイチゴタルトとなってショーケースに並ぶ
イチゴフェアを3月末まで開催中です。
愛知県内の農家から直接仕入れた「すず」「かおり野」「おいしいベリー」
「紅ほっぺ」など5~6種類のイチゴを使用。
人気のイチゴパフェもあり、イチゴづくしを堪能できます!

information

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ハチカフェ 鶴舞店

住所:愛知県名古屋市昭和区鶴舞2-16-28

TEL:052-613-8548

営業時間:10:00~18:00

定休日:火曜

Web:ハチカフェ

おいもスイーツ専門店〈いもや和真〉が手がける「大きな苺大福」が人気!

サツマイモのスイーツ専門店として人気の〈いもや和真〉では、
3月中旬ごろまで「大きな苺大福」を販売(1日50~60個売り切れ次第終了)。
地元の農家から直接仕入れた大粒イチゴが大福から飛び出している様子が話題になっています。
餡を包むぎゅう肥のやわらかさと、もちもちとした食感に、
ジューシーなイチゴ果汁が口の中で溶け合います。

information

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いもや和真 豊田本店

住所:愛知県豊田市大林町10-20-12

TEL:0565-42-3181

営業時間:10:00~19:00

定休日:月曜・臨時休業あり

web:いもや和真

山形の自然を五感で感じる、 かみのやま温泉〈おやど森の音〉。 お花見ディナーにも注目

ワインの郷・かみのやまを発信する新レストランも

山形県内4か所の旅館とグランピング施設を展開する古窯グループ。
山形県初のプリン専門店〈山形プリン〉を開業、2022年12月には東北初の日帰り温浴施設
〈おふろcafé yusa〉と山形プリンの姉妹ブランドとなるフルーツアイスクリーム専門店
〈MOGY〉をオープンするなど、山形のファンをつくるための魅力づくりや
発信を積極的に行っています。

そんな同社が山形県上山市で営むのが、かみのやま温泉の〈おやど森の音〉です。
〈おやど森の音〉は「森にも、人にも、心地よい宿へ。」をコンセプトに
忙しい毎日を離れ、普段とはひと味違った森の時間を提案する
全14室の大人だけが滞在できるおやどです。

かみのやま温泉〈おやど森の音〉

館内は、木製家具やドライフラワーなど自然素材をふんだんに使い
シンプルな色調で統一されています。
これは中庭や、ダイニングと客室の窓の外に広がる
豊かな自然を存分に楽しんでほしいという想いからです。
宿全体が「森へ続く庭」のような空間となっています。

全室和室の客室は28平米のスタンダードルームから
約60平米のジュニアスイートまで5タイプを展開。
桜の樹々や山々など、山形ののどかな自然を借景にした贅沢な空間です。
また、和室ならではの心地よさを際立たせるために
床の間には異国の要素を現代的に取り入れています。

館内には、かみのやまの大地から湧き出る温泉を引いた大浴場も完備。
窓辺に揺れる木漏れ日が心地よい「陽」と、
夜空を望む露天風呂付きの「月」に分かれています。
それぞれ脱衣場も落ち着いたアースカラーで統一され、
洞窟のような安らぎが味わえます。

施設内のレストラン〈森の音dining〉

2024年2月11日には、自然に寄り添ったサステナブルステイを提案すべく、
施設内のレストラン〈森の音dining〉がリニューアル。
山形の自然文化や地域との共生を目指し、山形の風土を空間からデザインするとともに、
コンセプトである「森にも人にも、心地よい宿へ」をより一層体現しています。

提供する料理、飲み物からインテリアデザインまで地元素材にこだわり、
より山形の自然を五感で感じられる空間に仕上げています。

レコード屋にバーを併設。 〈LIVING STEREO〉は とびきりのコンプレックス

音楽好きコロンボとカルロスが リスニングバーを探す巡礼の旅、
次なるディストネーションは 福岡県福岡市。

どこでもドアを開けるとそこはとびきりのアンビエント・ワールド

カルロス(以下カル): なんだか、ドラえもんのどこでもドアみたいな入口だね。

コロンボ(以下コロ): カラフルなだけではなくて、これドア全体も回るんだよ。
回転ドアと普通のヒンジドアの2WAY。

カル: ここレコードも買えるんでしょう? 
お酒が飲めて、レコードも買えるお店があるといいなと思ってたんだ。
福岡にあったとは。

コロ: その手のお店って、ありそうでないよね。
伝説のレコ屋、青山の〈パイド・パイパー・ハウス〉も
最初の頃はコーヒーが飲めたりしたけど。

カル: 〈LIVING STEREO〉はレコ屋なの? カフェなの? バーなの?

コロ: お客さんは入ってくるなり、レコードコーナーを一周してから、
バーカウンターにって流れだから、建てつけとしてはレコ屋なのかな? 
うーむ…。

カル: 飲めて、買えるんじゃ、滞留時間が長くなりそうだね。

コロ: エスプリの効いた品揃えからもわかるように、
お客さんもその辺はわきまえてて、平均1時間くらいらしい。

カル: レコードの基本ラインナップはどんな感じなの?

コロ: 9割が中古だけど、新譜のセレクトがとんがってていいんだ。

カル: ミッドセンチュリーの空間に、面出しのレコードが華やかでいい感じだね。

コロ: 店内のデコレーションとしても面出しにはこだわっているそうだよ。
どこでも売っているものより、
とんがった〈LIVING STEREO〉ならではのものを仕入れる方針らしい。

カル: だからOgawa & Tokoro推しなんだ。バレアリックの日本人デュオだよね。
やわらかくて気持ちいい。

コロ: そう、かなり狭いところだけど、センスのいいところを突いてる。
新譜に関してはアンビエントやラウンジ系など、気分ものが中心で、
サバービアな感じかな。

カル: 韓国のアンビエントデュオのサラマンダもちゃんとフックアップしている。

コロ: LAベースのローレル・ヘイローの新譜『ATLAS』も推してたりね。

カル: 目利きの賜物だ。

コロ: アンビエントといえばブライアン・イーノくらいの薄い知識だからなー。
12.1.4chの空間オーディで聴いた
彼の『FOREVERANDEVERNOMORE』はすごかったぞ。
まさに音が降ってくるようだった。

カル: ボクはダンスミュージック流れのアンビエントは好きかな。
フェスや野外パーティで日の出とともに寝そべって聴いてるとたまらなく気持ちいい。

コロ: たしかに。朝のアンビエントもいい。

日本最大級の商店街〈大須商店街〉で、 人気名古屋メシを探せ! あなたのまちの焼酎ハイボール アテ探し旅

個性的な名古屋メシは、焼酎ハイボールに合うのか!?

焼酎ハイボールのアテ探し旅。
回を重ねて、相性が良さそうと予想できるもの、
冒険かなと思いながら思わぬ喜びが得られたものなど、
いろいろな体験を重ねることができた。
そのなかで、相性が良さそう、でも実際は冒険?
と思いを巡らせていたのが“名古屋メシ”だ。

伝統と新しさが感じられる赤味噌を使った酒場メニューや、
意外な食材の組み合わせによって生まれる、
ちょっと想像の斜め上を行くB級グルメの数々が、
焼酎ハイボールを待っている……ような気がしていた。
ということで、向かうのは〈大須商店街〉。
さて、どんな不思議な出合いが待っているのか。

名古屋駅から地下鉄で10分ほど。徳川家康によって岐阜から移設された大須観音を中心に東西南北に広がる商店街。商店がひしめくメイン通りだけでも8本を数え、のんびり歩いたら1日がかり。徳川時代から寺町として発展。大正元年から娯楽、歓楽街として繁栄し、時代の新風を巻き込みながら現在に至る。秋葉原、大阪・日本橋とならぶ日本三大電気街でもある。

名古屋駅から地下鉄で10分ほど。徳川家康によって岐阜から移設された大須観音を中心に東西南北に広がる商店街。商店がひしめくメイン通りだけでも8本を数え、のんびり歩いたら1日がかり。徳川時代から寺町として発展。大正元年から娯楽、歓楽街として繁栄し、時代の新風を巻き込みながら現在に至る。秋葉原、大阪・日本橋とならぶ日本三大電気街でもある。

大須商店街は総称というか愛称で、その実態は大須観音を中心とした、
8つの振興組合からなる実に大きな商店群だ。
東京だと浅草寺を中心とした、浅草エリアをイメージするとわかりやすいだろうか。
グルメ、服飾、日用品、雑貨、娯楽、サブカルなどなど、
名古屋の伝統的な食文化から流行までが混在し、
観音様ならではの明るい賑わいがあり、
でも、どこかカオスな空気感もある。
旅酒人とすればなんともワクワクさせられる場所だ。

伝統と新しさが融合した赤味噌の酒場メニュー

まずは、ということで向かったのは〈矢場とん〉。
名古屋独自の食“みそかつ”を全国区にした人気店だが、
ここ大須店は、〈昔の矢場とん〉という名の酒場感たっぷりな店で、
売りはみそ串かつとみそおでん。

大須観音から歩みを始めればすぐに目に入る〈昔の矢場とん〉。

大須観音から歩みを始めればすぐに目に入る〈昔の矢場とん〉。

名前通り昔ながらの雰囲気を見せつつ、内装には気鋭のアーティストのイラストも飾られ、いい具合の混沌。

名前通り昔ながらの雰囲気を見せつつ、内装には気鋭のアーティストのイラストも飾られ、いい具合の混沌。

矢場とん広報部で味噌ソムリエでもある片山武士さんに聞けば、
「戦後、矢場とんが創業した1947(昭和22)年頃、
名古屋の屋台では赤味噌を使った土手焼、土手煮が人気で、
そこに串かつを入れたところ好評で、それがのちに、味噌かつへと進化していきました。
そこで、温故知新といいますか、
あえて味噌かつのルーツを掘り下げていったのがこの店です」

入社のきっかけは矢場とんの社会人野球チームへの入部。それまでは「とんかつには塩でした」と笑う片山さんだが、入社以来、矢場とんの味噌かつにはまり、味噌ソムリエも取得。自社にとどまらず「名古屋の文化としての味噌かつ」を発信するべく奮闘中。

入社のきっかけは矢場とんの社会人野球チームへの入部。それまでは「とんかつには塩でした」と笑う片山さんだが、入社以来、矢場とんの味噌かつにはまり、味噌ソムリエも取得。自社にとどまらず「名古屋の文化としての味噌かつ」を発信するべく奮闘中。

酒場×味噌の基本中の基本であるメニューにフォーカスしつつ、
次の主力になりそうな角煮や玉子なども加え、
まさに古きを知りつつ新しさも楽しめる場所。
そういえばと思い出したのは、矢場とんのみそかつのみそタレ。
ほかの店の味噌とちょっと違うな、という感覚があって。

それを尋ねると片山さんは笑顔で、
「そうなんです。まず甘さは控えめです。甘みがあるかなぁぐらいの感じ。
そしてドロッとしたものが多いなか、さらっとしています」

これは、味噌かつにかけるものをつくったのではなく、
土手鍋、土手煮にかつをつけた感覚を大切にしているからだそう。
原点の追求、こだわりだったわけだ。
それでも味わいが深いというのも特徴。理由は出汁にあった。
「普通の味噌だれの出汁は、カツオや昆布といった魚介。
これを味噌に溶かし込んでいき、ドロっと仕上げます。
ですが、矢場とんは、まず出汁のベースが豚肉。
かたいスジを煮込んで、煮込んで、凝縮し、
そこにこだわりの豆味噌を溶かし込んでいきます」

なるほど、タレというよりスープ感覚。
さらりとしたなかに豚肉のコクと旨みも感じられる。
さすが味噌が食文化に溶け込む名古屋、愛知ならではのこだわりだなと
感心していたところで、片山さんからうれしいひと言。
「だから、焼酎ハイボールにも合いますよ」
ニヤリと自信の笑顔。にぎわう店内を見れば、
月曜の昼からいろいろなお酒とともに楽しむ人たちを見て、早く自分も味わいたいと、
テイクアウトで袋に入れてもらった、串かつとみそおでんを二度見してしまうのだった。

みそおでんの大根(320円)、たまご(160円)、豚角煮(320円)とロース串かつ(4本640円)。大根は味噌をかける、ではなく、しみしみで芯から味わい深く、たまごはしっかり煮込まれながらもとろり半熟。

みそおでんの大根(320円)、たまご(160円)、豚角煮(320円)とロース串かつ(4本640円)。大根は味噌をかける、ではなく、しみしみで芯から味わい深く、たまごはしっかり煮込まれながらもとろり半熟。

食痕から野生動物との 共生について考える。 真冬の北海道の森が教えてくれること

「今日の森にはどんな発見があるだろう?」

北海道の東側、阿寒摩周国立公園の中にある、弟子屈町・川湯温泉。
温泉街の入り口には、いまなお噴煙を上げ続ける硫黄山があり、
その麓には、アカエゾマツの森が広がっている。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

標高508メートル。弟子屈町の「特定自然観光資源」に指定されている硫黄山。

北海道を代表する木、アカエゾマツは、
火山灰が降り積もった酸性の土壌でも生育できる樹種。

国立公園の中にあるこの地では、
樹齢約200年にもなるアカエゾマツの純林が、
「アカエゾマツの森」として保護されている。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

川湯ビジターセンターの裏には「アカエゾマツの森散策路」がある。マップ中、赤いラインがロングコース(約2.2キロ)、緑のラインが今日歩くショートコース。

2月中旬の雪に包まれたアカエゾマツの森。
午前9時30分、現在の気温はマイナス10度。
約0.8キロのショートコース、通称「ゴゼンタチバナコース」を往く。

今シーズンは12月中旬にどっさり雪が降り、
その後も何度か重なって、積雪は20センチを超えるだろうか。

最初の標識まできたら、ここでまず深呼吸。
今日の森には、どんな発見があるだろう?

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

森の入り口には、アカエゾマツの丸太を利用した手づくりの標識がある。

最初の直線コースは、名付けて「稚樹(ちじゅ)ロード」

長い年月をかけて高さ30〜40メートルにもなるアカエゾマツだが、
ここには高さ1メートルにも満たない木が並んでいる。
それでも樹齢15年ほど。人間にたとえれば中高生くらいだろうか。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

「アカエゾマツの森」の中で、いちばん日当たりのいい場所が「稚樹ロード」。

手が届く高さに葉っぱがあるので、ここを通るときは
その先をつまんで擦って、アカエゾマツの香りを楽しむことにしている。

ほっとする木の香り。

ところどころにトドマツの稚樹もあるので、
嗅ぎ比べてみる。

トドマツは、もう少し爽やかな印象。

三重県いなべ市にある 休館中の温泉施設を サウナ・食堂・ホテルが入る 複合施設へ。 クラウドファンディングが実施中

温泉・サウナ・食堂・ホテルが揃った施設でまちに活気を

三重県の北端に位置し、滋賀県と岐阜県に隣接するいなべ市。

美しい自然と昔ながらの景観を求めて、登山客やハイキング客、
レトロ好きの人で賑わうまちです。

登山客やハイキング客が多く訪れる鈴鹿山脈の藤原岳。

登山客やハイキング客が多く訪れる鈴鹿山脈の藤原岳。

そんなこのまちの阿下喜(あげき)という場所にある、休館中の温泉施設
〈阿下喜温泉 あじさいの里〉をリニューアルしようと、〈CAMPFIRE〉で
クラウドファンディングが行われています。

コロナ禍や施設の老朽化がきっかけとなり休館していた〈阿下喜温泉 あじさいの里〉。

コロナ禍や施設の老朽化がきっかけとなり休館していた〈阿下喜温泉 あじさいの里〉。

仕掛け人となるのは、三重県や紀伊半島を拠点に“おふろ”の再生を通じて、
地域活性に取り組む〈旅する温泉道場〉という企業。

これまでにも、四日市市で親しまれてきた温浴・温泉施設を〈四日市温泉
おふろcafé 湯守座(ゆもりざ)〉として、2017年にリニューアルオープンするなど、
“地域を沸かすアイデア”をもとに活動を行っています。

三重県1号店となる〈おふろcafé湯守座〉。

三重県1号店となる〈おふろcafé湯守座〉。

そんな同社の三重県2号店となる新施設の名は〈いなべ阿下喜ベース〉。

自然と健康がテーマの温泉複合施設として、温泉施設となる
〈おふろcafé あげき温泉〉をはじめ、温泉やサウナ後の体に
優しい料理を提供する〈新上木食堂〉、そしてコンテナホテル
〈AGEKI BASE HOTEL〉の3つの施設が入ります。

チャペルサウナやプールで、 東かがわ市の自然を感じる 〈クラフトホテル 瀬戸内〉

東かがわ市の自然をイメージして作られたコンセプトホテル

晴天率が高く、青々とした瀬戸内海とつながる東かがわ市。
2024年3月1日に、東かがわ市ならではの自然をイメージしてつくられた
コンセプトホテル〈クラフトホテル 瀬戸内〉がオープンします。

手がけるのは全国5カ所でグランピング施設〈ザランタン〉を運営するダイブ。

手がけるのは全国5か所でグランピング施設〈ザランタン〉を運営するダイブ。
コロナ禍で閉業した旧〈三本松ロイヤルホテル〉を
「まるで海外!なグランピングホテルを、お手頃な価格で」をコンセプトに
リノベーションしています。

「まるで海外!なグランピングホテルを、お手頃な価格で」がコンセプト

滞在型アウトドア空間をイメージして設計された施設内では
チャペルサウナ、水風呂&水盤での水遊び、香川県のご当地グルメを使った
アウトドアディナー、焚き火などのアウトドア体験を楽しめます。

瀬戸内の海・空を連想させるブルーをモダンに取り入れたシンプルな客室

全35部屋の客室は、複数のタイプを展開。
自然のあたたかみと瀬戸内の海・空を連想させるブルーをモダンに取り入れた
シンプルな客室をはじめ、温かみのあるオレンジ・ブラウン・ホワイトの配色で
居心地よく仕上げたナチュラルな客室、落ち着いたグリーンに果実やオリーブを
思わせるくすんだイエローやグリーンを差し色で取り入れた客室など、
お好みの内装を選ぶことができます。

チャペルサウナと瀬戸内をイメージしたプールでととのう

チャペルサウナと瀬戸内をイメージしたプール

木々に囲まれた中庭は、瀬戸内海を象徴する水盤を中心に
ヨーロッパの中庭・パティオを彷彿とさせる非日常感が漂います。

チャペルは、40平米の広さを誇るフィンランドサウナとして利活用

三角屋根がアイコニックなチャペルは、40平米の広さを誇る
フィンランドサウナとして利活用されています。

チャペルサウナは水着着用で性別問わず利用できる

チャペルサウナは水着着用で性別問わず利用でき、セルフロウリュも可能。
非日常感のある空間で、恋人同士・友人同士でお喋りを最大限楽しめるよう
サウナ内では音楽も流れています。

水深が80センチメートルある水風呂でクールダウン

サウナから上がった後は、水深が80センチメートルある水風呂でクールダウンを。
人工芝が整備されたプールサイドでは、リクライニングチェアで
外気浴をすることもできます。
ひだまりの中、心地よい“ととのい時間”を過ごせそうです。

福井県三國湊に 分散型宿泊施設 〈オーベルジュほまち 三國湊〉が オープン

3月の北陸新幹線延伸で東京からも近くなる福井県・三國湊

2024年3月16日に金沢~敦賀間が開通する北陸新幹線。
新幹線の新たな停車駅となる「芦原温泉駅」から車で約20分の場所には、
江戸~明治時代に北前船の寄港地として栄えた福井県三國湊があります。

豪商が現れた江戸後期には、日本海側有数の北前船の寄港地として栄えた三國湊は、
江戸末期の遊郭番付表に「三國」の地名が掲載されるほどに繁栄しました。
三國湊は、北前交易がもたらした日本の文化や当地ならではの建築様式など、
時代を超えた歴史がいまなお色濃く残っているエリアです。

町家に暮らすように滞在し、土地の歴史や文化を体感する
〈オーベルジュほまち 三國湊〉

〈オーベルジュほまち 三國湊〉

そんな三國湊に2024年1月28日(日)に誕生したのが
〈オーベルジュほまち 三國湊〉です。
徒歩圏内に点在する町家に暮らすように滞在し、
土地の歴史や文化を体感することができる分散型宿泊施設になっています。

名前の「帆待ち」とは北前船が出港前に波が収まり、良い風が吹くのを待っている状態。
船乗りたちは、その間に船に持ち込んだ積み荷を売ったり、
別の荷役をしたりして報酬を得ていました。
これが転じて、三國では子どもたちのお駄賃、ご褒美のことを
「帆待ち」と呼んでいます。
ここから「ゲストが、しばし休まれて次の目的地に向かわれるまで、
この地での滞在が忙しい日常を過ごされているゲストへの『ご褒美』となるように」
と願いを込めて〈オーベルジュほまち 三國湊〉と名づけられました。

土地の歴史や文化を体感することができる分散型宿泊施設

〈オーベルジュほまち 三國湊〉は、宿泊棟(開業時9棟・16室)、
レストラン棟(1棟)、フロント棟(1棟)からなります。
フロント棟を中心とした半径800メートル(徒歩約12分)圏内に点在する
全11棟の施設は、三國湊を象徴する「かぐら建」などの江戸時代から昭和にかけて
建築された町家を、福井県でしか採掘できない「笏谷石(しゃくだにいし)」や
福井県産の木材などを使用して改修しています。

伝統的な町家ならではの風情は維持しつつ、内観のデザイン性と耐震性を進化させて
現代に蘇らせています。

宿泊棟の客室

宿泊棟の客室インテリアは、北陸最大級の祭りの一つである「三国祭」、
「湯屋」、「武道」、「花街」などに着想を得て、
お部屋ごとに異なる世界観を表現しています。
違った角度から三國湊の暮らし・文化・歴史を体感できるので、
連泊や再訪時に別のタイプの客室に滞在するのも楽しみのひとつです。

真鶴で親しまれた〈まるなか旅館〉を リノベーションした宿泊施設 〈HOTEL FARO manazuru〉が オープン

神奈川県西部に位置する真鶴で親しまれた〈まるなか旅館〉

真鶴町は神奈川県の西部に位置し、
都心から電車や車で1時間半程の距離とアクセスは良好です。
冬でも暖かい風を生む相模湾に向かって傾斜している真鶴半島は、
太陽の光を思う存分取り入れて豊かな緑を育んでいます。
漁港で水揚げされる新鮮な魚だけではない豊富な食材にも恵まれています。

神奈川県西部に位置する真鶴

また、1993年に制定された通称「美の条例」により
大規模な建築開発がされなかったため、素朴で生活感のある海辺の景観や
住民のつながりの強さ、生活の豊かさも魅力的なまちです。
近年ではそうしたまち並みや暮らしに惹かれ、都心部からの移住者も増えています。
一方で、観光客や旅行客にとっては過ごし方のイメージが湧きにくかったり、
誰もが気軽に立ち寄れるようなカジュアルな飲食店が少なかったりを理由に、
観光客が湯河原、箱根、小田原に流れていくようになりました。
人口は年々減少し、将来的にも減少傾向が続く見通しで、
ほかの地方都市と同様に、空き家の増加が懸念されています。
真鶴町も人口減少、少子高齢化、空き家問題に悩まされているのです。

〈HOTEL FARO manazuru〉

コロナ禍では地元の方々や観光客に惜しまれつつ
〈まるなか旅館〉が閉館しました。
〈まるなか旅館〉は全室相模湾が見渡せるオーシャンビューの旅館で
新鮮な魚介類がいただける魚がし料理が自慢の宿でした。
そんな〈まるなか旅館〉をリノベーションした宿泊施設
〈HOTEL FARO manazuru〉が2023年12月にオープンしました。

淡路島の民宿〈南海荘〉で焼く 圧巻のバゲットとカンパーニュ。 14年の日進月歩

パンのおいしい民宿が、南あわじにある

2012年夏に淡路島の南端、南あわじ市の〈南海荘〉のご主人・竹中淳二さんを訪ね、
イタリアンがおいしい民宿の秘密を密着取材した。
この様子はコロカルのエリアマガジンで公開されている。

当時から竹中さんの地産イタリアンとワインのペアリングは抜群のセンスだったが、
この12年間で進化しているのが、
コース料理の序盤と終盤に料理のおともとしてサーブされるバゲットとカンパーニュだ。
より芳醇に、より余韻が長く。
単体で食べたとき、白身の魚と合わせたとき、ジビエと合わせたときで印象が変わるが、
特に皿に残った濃厚な旨みのソースを拭ったバゲットの旨さたるや!

2015年に食事処の和室から離れで食べるというスタイルに変え、
より非日常感を味わえるようになったが、
和の装いのシンプルな個室で、箸で食べるイタリアンがこれほどまでに印象的なのも、
バゲットとカンパーニュという名脇役がいるからだ。
そんなパンを生み出す竹中さんに、南海荘流のバゲットとカンパーニュの極意を聞いた。

「パンをたくさん食べてほしい」

「『パンがおいしい』って言ってもらえるのはうれしいですね。
料理やソースと一緒にパンを食べてもらうことで
味わいがいっそう膨らむように考えています。だからたくさん食べてほしいんです」
今日自家製のパンを提供するフレンチやイタリアンは珍しくないが、
竹中さんのパンにはコース料理にもみられる一貫した哲学や美学を感じられる。

竹中さんが自分でパンを焼き始めたのは2010年頃のこと。
それまでもパンを焼いた経験はあったものの、
農家の橘真さんが育てた小麦を炒ってバゲットを焼いてみたことで
開眼したのだという。
同時期に洲本市でパンや菓子を焼く〈アムリタン〉のチカコさんが、
レーズン酵母で焼いたパンを食べさせてくれたことも大きかった。
「そのパンが本当においしくて衝撃的で。
チカさんから本を借りて参考にしながら
レーズン酵母を起こしてパンを焼きました。
当然最初からうまくは焼けませんでしたが、とても楽しかったのを覚えています」

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そこから創作意欲がむくむくと湧き、パンづくりにのめり込んでいった。
地元産にこだわってつくり始めた玄米米粉のバゲットは、
もっちりとしすぎる傾向にあるので、
米の品種や小麦との配合を工夫しながら試作を続けてきた。
天気や気温で微妙に変わる水分量や酵母種の量も
「感覚だよりなところがあって、細かくは気にしていない」と笑いつつ、
料理人の勘と試作の手応えでレシピをつくりあげた。

淡路島の食のプロフェッショナルたち
(竹中さんにとっては「友人」でもある)から知見を得て、
それを竹中さん流にアレンジできてしまうのだ。
宿でパンを出すようになってから13年。今もレシピはほとんど変わらないのだという。

ほぼ完成型かと思われたパンづくりだったが、そこからブレイクスルーが起きた。
きっかけはコロカルのエリアマガジンで南海荘を撮影した写真家の在本彌生さんが
埼玉の天然酵母のパン屋〈タロー屋〉の本を竹中さんに献本したことだった。

「その本を読んでタロー屋さんが野菜や果物で酵母を起こしているのを知り
やってみたくなったんです」
2016年頃のことだった。「酵母で淡路らしさを出せるかも」とすぐさま取り入れた。

さまざまな果実を試すなかで、特にお気に入りの酵母は、梨と柿。
地元の産直やご近所から仕入れた柿で起こした酵母でパンを焼くと、
チーズのような乳酸発酵の香りがしたそうだ。
「柑橘も特徴が出ておいしいのですが、僕はこのふたつが好き。
梨と柿は同じような乳酸発酵の風味が出るのでおもしろいですよね」

この冬は柚子と金柑で酵母を起こした。
柚子酵母のカンパーニュは、
開栓したてのオリーブオイルのようなフレッシュな酸味とビターな後味が印象的だ。

金柑の酵母を起こすところ。「なるべく自然のもので起こしたい」というのが竹中さんのこだわり。夏場は3日ほどで酵母が起こるが、冬場は1週間以上かけてじっくりと様子を見ていく。

金柑の酵母を起こすところ。「なるべく自然のもので起こしたい」というのが竹中さんのこだわり。夏場は3日ほどで酵母が起こるが、冬場は1週間以上かけてじっくりと様子を見ていく。

元気に発酵中。果物を多く入れれば入れるほど発酵は早いそうだが、「量は計らず感覚」なのだという。

元気に発酵中。果物を多く入れれば入れるほど発酵は早いそうだが、「量は計らず感覚」なのだという。

竹中さんがイタリアンのコースで提供するのは、
主に玄米米粉のバゲットとカンパーニュの2種類(日によってはフォカッチャも)
バゲットは、その日近所の漁港であがった魚のカルパッチョと合わせて3皿目に出される。
南海荘のイタリアンコースは竹中さんのオリジナリティ溢れる構成で、
1皿目に1貫の握り寿司、2皿目にすまし汁と懐石料理的な前菜が続くのだが、
次が鮮魚のカルパッチョだと和からイタリアンへ一足飛びになってしまうものを、
玄米バゲットの存在があるから和のトーンを残したまま、
ゲラデーションのように本格的なイタリアンへ移行していくのだ。

一方カンパーニュはコースの中頃、
強い風味を持ったメイン級の素材とともに提供される。
あるときはカンパーニュのパン粉で揚げた鹿肉のカツ、
またあるときは〈3年とらふぐ〉の白子のソテーが乗せられ軽やかな日本ワインと一緒に。

そして終盤、魚料理と一緒にまた玄米バゲットが添えられてくる。
「ほんまパンを食べてもらうコースですね」と竹中さんは笑う。
2012年の取材当時も、美食家たちがこの竹中さんのイタリアン目がけて
全国からやってくると評判の宿だった。
行かないと味わえないというのが、淡路島にわざわざ足をはこぶ理由になっている。
すなわち、このパンに惹かれて来るのだ。

竹中さんは、ふとパンの奥深さを感じるときがあるという。
「おいしいパンを焼くための要素が無限にありすぎて、
その日その日でこんな感じかーと自然任せなんです。
だから、ゴールが“これ”というのがない。おいしかったらそれでいいんですよ。
気にしていることといえば口溶けですね。
口の中で団子にならないようにと気を使っています」

甲斐みのりの 「いま食べたい、もう一度食べたい、 何度でも食べたい地元パン®️」

著書での紹介は200点超え。
全国のパンを食べてきたなかでも衝撃を受けた「地元パン®️」は?
また食べたい! 何度でも食べたい! と心躍る「地元パン®️」は?
エッセイストで『地元パン手帖』著者の甲斐みのりさんが
「地元パン®️」との出合いを綴ります。

それぞれのパンに、豊かな物語が潜んでいる

主には昭和20年~30年代に創業した店や、地域の学校給食を手がけ、
戦後の食糧難の時代から地元の食を支えてきた店がつくるパン。
それから、材料、かたち、ネーミング、パッケージに、
地域性や時代性があらわれていたり、独特の趣があるパン。
これらを「地元パン®️」と呼称し、研究や採集を始めてから20年近くが経ちました。
その間、『地元パン手帖』や『日本全国 地元パン』などの本を出版したり、
実在する地元パンのミニチュアカプセルトイや地元パン文具の監修、
講演会やワークショップの機会も増えてきたため、
「地元パン」で商標登録も行いました。

もともとは、和菓子でも洋菓子でも、日本各地に根づく郷土菓子が好きで、
味や素材だけでなく、成り立ちや意匠、パッケージのデザインにも魅力を感じ、
“お菓子の旅”と称して全国を巡りながら、独自に研究を重ねていました。
旅先では、チェーン店から個人店まで大小の菓子店、百貨店、スーパー、道の駅に立ち寄り、
新たなお菓子を探し出すことができると心が満たされます。
そうするうちに地域の老舗パン屋も、
和洋の菓子を販売していることが多いため訪れるようになったのですが、
そこで日本には、その土地土地に根づくパンがあり、
それぞれのパンには豊かな物語が潜んでいると気がついて、
ローカルパンに魅了されていきました。

甲斐みのりさんの著書『日本全国地元パン』(エクスナレッジ刊)、『地元パン手帖』(グラフィック社刊)。

甲斐みのりさんの著書『日本全国地元パン』(エクスナレッジ刊)、『地元パン手帖』(グラフィック社刊)。

日本のパン屋は世界に誇れる多様な技術を身につけています。
ただパンを焼くだけでなく、
サンドイッチに挟むポテトサラダやトンカツなどの惣菜も自家製。
パンとともに販売する、プリンやクッキー、まんじゅうや
羊羹までも手づくりのものを並べています。
関東の昔ながらのパン屋でときどき見かける、
もはやパンというよりお菓子といえる、
カステラで羊羹を挟んだ明治時代から親しまれる「シベリア」を見つけたときには、
日本のパンの“菓子パン”というジャンルは、
世界的に見て大変珍しいのでは? と思い至りました。
どうやら日本において、菓子とパンは親戚関係にあるようだ……
とますますパン研究にのめり込み、そのうち甘辛の垣根を越えて、
惣菜パンや袋パン……土地土地で長年愛されるパンの研究に没頭していったのです。

日本に初めてパンが伝わったのは、鉄砲伝来と同じ安土桃山時代。
しかし当時のパンは非常にかたくて日本人の口に合わず、
実際に食べていたのは外国人の商人や宣教師に限られていたそうです。
その後、日本人による日本人のためのパンを最初につくったのは、
日本のパンの祖といわれる軍学者・江川太郎左衛門。
携帯しやすく日持ちがする兵糧としてパンの生産を行いましたが、
それもまたかたくておいしさとはほど遠く、日常食として根づくことはありませんでした。

やがて開国した港町・横浜に、外国人がつくる外国人に向けたパン屋が誕生します。
それを見て「これからの日本はパンの時代がやってくる」と先を見越して、
明治2年に日本人初のパン専門店を開いたのが、〈木村屋總本店〉の創業者。
日本人でも食べやすい食感となるように、
酒まんじゅうに着想を得て酒種酵母菌で発酵させた生地にあんこを合わせ、
あんぱんを売り出しました。
そうしてあんぱんは、「文明開化の味がする」と大流行。
日本のパン食文化の幕開けはあんぱんにあるように、
日本でパンとお菓子は、切っても切れない縁があるというわけです。

とはいえ第二次世界大戦前は、まだまだパンは贅沢品。
私たちが今のように、朝や昼、ときに夜の食事として、
当たり前にパンを食べるようになったのは戦後から。
食糧難の時代に学校給食制度が導入され、
子どもたちの昼食にコッペパンが配膳されたのが大きな契機となりました。
学校給食用のパンを焼いたり、地域の人々の食生活を支えるため、
和菓子店・洋菓子店はじめ、さまざまな業種の人たちがパン屋に転業し、
各地にパン屋が急増。戦後まもまく創業したパン屋に、
和菓子や洋菓子を販売しているところが多いのも、こんな歴史につながっています。

地元パンのたのしみは、材料、かたち、ネーミング、パッケージを知るほかにも、
日常を豊かに彩るさまざまな広がりがあります。
ここからは私が日々心躍らせる、地元パンを楽しむ視点を紹介します。

パンのふんわりとした風合いまで再現された地元パンのカプセルトイ。

パンのふんわりとした風合いまで再現された地元パンのカプセルトイ。

〈トキエア〉就航で 札幌からも行きやすく。 温泉・食・宿 佐渡旅のススメ

写真提供:SADO RESORT HOTEL AZUMA

佐渡で何する? 『新潟のつかいかた』で見つけた佐渡の過ごし方

2024年1月31日に新潟と札幌(丘珠)を結ぶ〈トキエア〉が就航しました。
新潟・札幌間が100分~105分と感覚的に近くなり、
互いのグルメやレジャーなどがより気軽に楽しめるようになります。

新潟と札幌(丘珠)を結ぶ〈トキエア〉

実は北海道と新潟県は歴史的にも意外と深い繋がりが。
新潟県は北海道開拓の歴史において、移民数が青森県と秋田県について第3位なのです。
さらに北前船の歴史においても佐渡は要所でした。
北前船の寄港地として発展した小木海岸の入り江の宿根木という集落は、
廻船業で栄えた江戸時代の面影を今に伝えます。

現在、トキエアは地域連携プロジェクトの第1弾として、
佐渡汽船や佐渡観光交流機構などと連携し、
北海道から佐渡市に訪れる個人旅行者向けのパッケージツアーを発売しています。
これは、トキエアと佐渡汽船(佐渡市)それぞれの往復チケットと、
宿泊がセットになったもの。
ますます佐渡への旅行が身近になりました。

そこで今回は、これまでに『新潟のつかいかた』で掲載された
佐渡の観光スポットや、おすすめグルメを厳選してご紹介します。

世界的建築家・藤森照信が手がけた 日本初の宿〈小泊Fuji〉の ローカルな魅力!

のどかな富士見町に佇む美しい宿

南アルプス、富士山、八ヶ岳と、
四方を美しい山々に囲まれた長野県諏訪郡富士見町に、
世界的建築家・藤森照信氏が設計を手がけた
日本初の宿泊施設〈小泊Fuji〉が誕生しました。

昨年、同宿のクラウドファンディングを紹介しましたが、
そこで集まった金額はなんと1000万円以上。

そんな、多くの人々の期待を背負って誕生した
〈小泊Fuji〉のローカル的魅力を紐解いていきます。

自然と調和した建物

四方を美しい山々に囲まれた長野県諏訪郡富士見町

360°見渡す限り広がる青々とした田んぼ。

〈小泊Fuji〉

360°見渡す限り広がる青々とした田んぼ。
長野県と山梨県の県境に近い、小さな集落の
4000平米の敷地にある高台に〈小泊Fuji〉はあります。

コンセプトは「いのちの中で呼吸する」。
“人と自然が織りなす里山の風景に、
ゆっくりと心を満たす滞在”を目的として建てられたここは、
1日1組限定(定員5名)の完全プライベートな宿。

「小泊Fuj」という名前は、藤森さんや
所在地である富士見町、デッキから富士山が見えることから、
4つの「フジ」を採用して命名されたもの。

1日1組限定(定員5名)の完全プライベートな宿

田園風景にポツンと佇むメルヘンな建物は、
まるで妖精のお城のようです。

「一見すると奇抜な建築ですが、田畑から南アルプスへと続く
周囲の景観に溶け込んでいると、みなさま驚かれます。
全国の藤森建築でも言えることかもしれませんが、
元々この土地に在ったような佇まいになっているんです」

と、オーナーの山越典子さん。

藤森氏は自身の建築において「自然との調和」を
大きなテーマとして掲げていますが、それは小泊Fujiでも健在です。

銅板の屋根の上には、近くの樹齢300年の枝垂れ桜にちなみ、
フジ桜が植えられ、外壁には焼杉を使用。
室内は壁を漆喰、床や家具などはクリの材で仕上げられています。

銅板の屋根の上には、フジ桜が植えられ、外壁には焼杉を使用。

特に屋根は、銅板の経年変化と季節の植物の移ろいが相まって、
四季を通してさまざまな表情を見せるでしょう。

手曲げの銅板

クラウドファンディングのリターンであるワークショップで、のべ150人の協力を得て作りあげた

この屋根に貼られた手曲げの銅板や外壁の焼杉は、
クラウドファンディングのリターンであるワークショップで、
のべ150人の協力を得てつくりあげたもの。

「建築は誰にでも関われるところがあるから面白い」
と、藤森氏。あえてさまざまな人の手を介して建築する、氏らしい一言です。

土足厳禁! 新宿三丁目の名物マスターが行き着いた 福岡の理想郷〈Barデラシネ〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
福岡県福岡市。

さり気なくも、どっぷりと深い選曲と旨い酒。
リスニングバーの究極のカタチ

カルロス(以下カル): 〈Barデラシネ〉の店主の深田祐規さんって、
新宿三丁目界隈ではかなりの名物マスターだったんだよね。

コロンボ(以下コロ): そう、当時はガジロウさんって呼ばれていて、
老舗レコードバーを切り盛りしたのち、自身の店〈Bar Pain〉をやったりと、
新宿三丁目を根城にする業界人では知らない人はいなかったんだ。

カル: 新宿三丁目というと、昔からレコードバーのメッカだけど、なぜだ?

コロ: 今も昔も、表から裏方まで業界人の溜まり場。
とくに当時はソニーレコードをはじめレコード会社が近くにあったり、
フジテレビが河田町、日本テレビが番町と
業界関連の会社からのアクセスがよかったのも関係あるかな。

カル: 出版社も多いしね。そのガジロウさんがなぜ福岡に?

店主のガジロウさんこと深田祐規さん。ガジロウの由来は『探偵物語』松田優作に憧れてアフロヘアにしたものの、むしろ佐藤蛾次郎に近いとういことから命名されたと。

店主のガジロウさんこと深田祐規さん。ガジロウの由来は『探偵物語』松田優作に憧れてアフロヘアにしたものの、むしろ佐藤蛾次郎に近いとういことから命名されたと。

コロ: 新宿三丁目のお店は順調だったんだけど、
お母さんが大病したとかで実家の宇和島に戻り、その後は各地を転々として、
酒場の仕事の30周年を機に引退。
その後は釣りばっかりの人生だったようだよ。
でも酒場の魅力というか、弟子たちが楽しそうにお店をやっているのを見て、
またやろうと復帰、福岡に来て、この店が2軒目。

カル: それでデラシネ(根無し草)。ガジロウさんらしい、いい屋号。

コロ: ちなみに福岡の1軒目はブルース・スプリングスティーンと
好きな釣りからとって〈リバー〉。

カル: 新宿三丁目っぽく、大声を出しちゃいけないとか、
規律が厳しい感じなの?(笑)

コロ: いやいや、さすがに。
20代の頃は「いまかかっている曲を黙って聴け!」って感じだったけど、
心地良さ優先。ボクらが行ったときは山弦が静かにかかっていたな。

〈三俣山荘図書室〉伊藤圭さん 大町を再び登山のまちに。 北アルプスの“秘境”の復興に挑む

山と人とまちをつなぐサロン

長野県大町市。『北アルプス国際芸術祭』の舞台でもあるこのまちも、
普段はさすがに開催時期ほどのにぎわいはない。
しかし、かつて戦前~1960年代まで、
このまちは登山文化の発信地のひとつとして、全国から客足が絶えなかったという。

〈三俣山荘図書室〉。店の使用電力は屋上に設置したソーラーパネルで賄う。完全オフグリッドだ。(写真提供:三俣山荘図書室)

〈三俣山荘図書室〉。店の使用電力は屋上に設置したソーラーパネルで賄う。完全オフグリッドだ。(写真提供:三俣山荘図書室)

同じく〈三俣山荘図書室〉店内。バーカウンター脇に登山ギアとウェアのポップアップ。

同じく〈三俣山荘図書室〉店内。バーカウンター脇に登山ギアとウェアのポップアップ。

「山と人とまちをつなぎたい」
北アルプス・黒部源流の稜線にある〈三俣山荘〉と〈水晶小屋〉のオーナー、
伊藤圭さんは、往年の登山文化の復興を目指して、
2022年、大町のシャッター街となった商店街の一角に、
〈三俣山荘図書室〉をオープンした。

空き店舗になっていた元呉服店の3階部分を、
1年かけてDIYでリノベーション。
当時を伝える登山道具や山の写真がディスプレイされた階段と通路を抜けると、
アウトドアのウェアやギア、登山やエコロジーなどをテーマにした
約400冊の本がずらりと並ぶカフェに到着する。
大きく開いた窓から飛び込んでくるのは、北アルプスの山々だ。

店のテラスに出ると北アルプスが望める。取材時は11月、早くも雪に彩られて美しい。

店のテラスに出ると北アルプスが望める。取材時は11月、早くも雪に彩られて美しい。

「いろいろなカルチャーを持った人たちが山と出会う、
ハブになるようなサロンにしたいんです。
そうすることで登山も新しいカルチャーに生まれ変わる。
そうでもしないと、登山に興味のある人の数は増えないと、僕は思うんです」

伊藤さんがそう考え、三俣山荘図書室をオープンさせるに至った背景には、
登山文化や山小屋、まちという地域が抱える、さまざまな課題があった。

にぎわいを失った登山のまち

伊藤さんは、東京出身。
四谷育ちの都会っ子でサブカルチャー好きと、山とは縁遠い生活を送っていたが、
先代で日本の登山文化の黎明期を担った父・正一さんのあとを継ぎ、
山小屋のオーナーになった。

戦後の時代、正一さんは荒れ果てた山小屋の権利を買い取り、
土地の猟師たちと小屋を再建。
その経緯を綴った正一さんの著書『黒部の山賊』(ヤマケイ文庫)は
現在も山岳文学の名著と謳われるほどで、まさにまちの登山文化の発展に貢献した人物だ。

〈三俣山荘図書室〉店内ディスプレイより、伊藤さんの父であり開拓者、正一さんの年譜。

〈三俣山荘図書室〉店内ディスプレイより、伊藤さんの父であり開拓者、正一さんの年譜。

事実、かつて大町は“登山のまち”だった。
都市の文化人たちがこぞって山を目指し、
北アルプスの象徴である槍ヶ岳から烏帽子岳までの黒部源流域に伸びる
〈裏銀座ルート〉を登るために、登山客でにぎわった。
彼らは、地元旧家の出である百瀬慎太郎の旅館〈對山館〉(1892頃~1943年)に集い、
さながらサロンのように交流していたという。伊藤さんはこう解説する。

「1950年代には、登山客が駅前でぎゅうぎゅうになって雑魚寝したとか、
登山口行きのバスが満席だったとか、そういう話が残っています。
その後もいわゆる「登山ブーム」でにぎわいましたが、
1979年に大町の登山文化は一旦途絶えてしまうんです」

〈三俣山荘図書室〉入口までの階段にディスプレイされた往年の登山道具。

〈三俣山荘図書室〉入口までの階段にディスプレイされた往年の登山道具。

原因には、まちにある北アルプスへの入山口に高瀬ダムが完成し登山道が途切れたこと、
上高地や新穂高のようなほかの入山口が充実し登山客が流れたこと、
そしてまち自体の過疎化などが挙げられるという。
その結果、「裏銀座ルートはすべて寂れてしまい、
ここ40年間は下降線の一途をたどっている」と伊藤さんは語る。
追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスによる登山客の激減=山小屋の減収だ。
「収益が例年の25%くらいに落ち込んで、このままじゃつぶれる、
なにかやらなきゃって、考え始めたんです」

〈三俣山荘図書室〉店内。父・正一さんの著書や登山ファンにはお馴染みの本も。

〈三俣山荘図書室〉店内。父・正一さんの著書や登山ファンにはお馴染みの本も。

今年どんな買い物した? コロカル編集部厳選 2023年ベストバイ

ローカルのいいモノをたくさん知っているコロカル編集部のメンバーに、
今年1年で出合った、心から買ってよかったものを聞きました。
個性豊かなラインナップと、熱のこもったエピソードをご覧ください。

●飲食部門

辛党のメンバーからはちょっと変わった日本のローカルなお酒を。
SNSで話題となった調味料や、思わずパケ買いしたくなる食品も集まりました。

〈新潟銘醸〉の「機那サフラン酒」【新潟県小千谷市】

新潟県越後湯沢での仕事を終えて
編集部のプチ打ち上げで立ち寄ったのが、
編集部・海老原さんおすすめの〈たつのや商店〉でした。

越後湯沢駅から徒歩5分の場所にあり、
店先に置かれた「ちょこっと飲める酒屋100円から」の看板が目印です。
そう、ここは希少な生酒や果実酒、県外や酒屋には出回らない銘柄などが
一杯100円で飲むことができる、有料試飲・酒販店兼土産物屋。

日本酒の販売はもちろんですが、
酒器や新潟県産のおつまみなども店主の目利きが光るラインナップです。

そこで目に止まったのが、〈新潟銘醸〉の「機那(きな)サフラン酒」。
サフランをはじめ、桂皮(けいひ)や丁子(チョウジ)などを
ブレンドした薬用酒で、ひと口飲んですっかり気に入ってしまい、
お土産用も含めてその場で数本購入してしまいました。

味は想像にお任せしますが、そのまま飲んでも良し、
レモンを加えて水やソーダで割っても良し、
リキュールとして使っても良しと、ずっと飲んでいられる癖になる味わいです。

あとになって調べると、
その歴史は古く明治時代にお酒に代わるものとして販売され、
女性ウケを狙ったハイカラな嗜好品として大ブレイクしたそうです。

当時、長岡の醸造屋・摂田屋の吉澤仁太郎氏が発明し
現在は、小千谷市の〈新潟醸造〉が製造を引継ぎ販売しています。

深掘りすると、かなりストーリーがあるようなので
いつか取材してみたいトピックです!

編集・卓立

〈VinVie(ヴァンヴィ)〉の「シードル」/〈kimori(キモリ)〉の「シードル」【長野県下伊那郡松川町/青森県弘前市】

最近では、マイクロブルワリーやクラフトジンなども人気ですが、
私は国産シードルがイチオシです。定期的に買ったり、
お世話になった方に贈ったり、
お店にあれば「とりあえず、シードル」にしています。

なかでも、2014年の立ち上げ当初からファンなのは、
青森県弘前市のシードル〈kimori〉
創業者であり、りんごの語り部である高橋哲史さんの
ファンと言っても過言ではないかもしれません。

しかし、先日ご縁があってうかがった南信州で、
ワイン・シードル醸造所〈VinVie〉に出合ってしまいました。

工房でお話を伺いながら試飲させていただきましたが、ひと口でファンに。
お気に入りはドライタイプで、すっきり飲みやすく、
食中酒にもピッタリです。

南信州の中心である長野県飯田市は、「焼肉のまち」なのだそうですが、
お肉にも合うシャープさ。
焼肉とシードルのマリアージュもアリなのではと。

青森も長野もりんごの産地ですが、
各地で盛り上がっている「国産シードル」が
もっと気軽に楽しめるようになるとよいなと思って、
2023年私のベストバイとします。

編集長・山尾

〈魚商 小田原六左衛門〉の「おだわら城前鯖 さばのオイル漬」【神奈川県小田原市】

2020年に小田原駅にできた〈minaka ミナカ小田原〉の一角に店舗がある
〈魚商 小田原六左衛門〉

創業430余年の魚の卸会社が始めた直売ブランドのお店で、
おいしい魚をつかった加工商品が数々並びます。
海なし県で生まれ育った身としては行くたびにテンションあがり気味、
パッケージデザインにも力を入れていて、商品のならびを眺めるだけでも楽しいです。

さまざまな商品が並ぶなかで、
朝ごはんのお供として&お酒のつまみとしてよく選んでいるのが「さばのオイル漬」。
小田原産のさばを使っていて、山椒・ねぎ味噌・ガーリック・生姜、
4つの味が楽しめます。

自宅用としてはもちろんですが、ブランドロゴやラベルデザイン、
小瓶1本ずつのギフトパッケージも可愛らしく、
ちょこっとの手土産としても重宝させてもらっています。

デザイナー/エンジニア・絹川

〈阿部幸製菓〉の「柿の種のオイル漬け にんにくラー油」【新潟県新潟市】

越後湯沢駅構内の〈CoCoLo湯沢〉で発見し、
POPでも激推ししていたので、試してみたらどハマりしました。
ご覧の通り底見え調味料です。
オイルに柿の種がとっぷりと浸かっているのに、
なぜか柿の種のカリカリが保たれたまま。
だから、食感がとてつもなくいいのです!

卵かけご飯、和え麺などへのちょい足しもいいのですが、
ぜひ試していただきたいのは「柿の種納豆チャーハン」。
にんにくのガッツリ感もプラスされて、
米の量が少なくても満足感があるので実質ダイエット飯です!
柿の種との食感の違いを楽しめる大粒の納豆がおすすめです。

編集・海老原

客室から露天風呂まですべてが氷! 北海道トマムに〈氷のホテル〉が 期間限定オープン

トマムに冬季限定で誕生する〈氷のホテル〉

北海道のほぼ中心に位置し、
北海道の大地を感じるネイチャーワンダーリゾートの〈星野リゾート トマム〉。
〈トマム ザ・タワー〉〈リゾナーレトマム〉のふたつのホテルを中心に、
四季を通して北海道を体感できるアクティビティが楽しめます。

〈氷のホテル〉

そんな〈星野リゾート トマム〉エリア内に2024年1月20日~2月29日の期間、
客室から露天風呂まですべてが氷でできた空間で
宿泊体験ができる〈氷のホテル〉がオープンします。

北海道占冠村の氷の街〈アイスヴィレッジ〉に誕生する〈氷のホテル〉

〈アイスヴィレッジ〉

〈星野リゾート トマム〉が位置する占冠村(しむかっぷむら)は、
真冬は最低気温が氷点下30度に達するほどに冷え込みます。
この寒さを生かし、〈星野リゾート トマム〉エリア内に
2023年12月10日〜2024年3月14日(予定)の期間、
3.2ヘクタールの敷地に11棟の氷や雪でできたドームが並ぶ氷の街
〈アイスヴィレッジ〉が登場します。
〈アイスヴィレッジ〉は入場料600円(小学生以上、税込)で、
〈トマム ザ・タワー〉、〈リゾナーレトマム〉宿泊客は無料、
営業時間は17:00〜22:00(最終入場 21:30)で
幻想的な世界で寒さや雪、氷をテーマにした体験ができます。

〈氷のホテル〉は1月~2月の期間限定

そして特に気温が下がる1月~2月の期間限定で
〈アイスヴィレッジ〉に誕生するのが〈氷のホテル〉です。
1日1組限定で宿泊体験ができます。

氷に囲まれた幻想的な世界で宿泊体験

〈氷のホテル〉は、氷に囲まれた幻想的な世界で宿泊体験ができる施設です。
ホテルは直径約8.5メートル、高さ約3.5メートルのドーム型で、
継ぎ目のない一枚氷でつくられています。
客室には、ワインやノンアルコールドリンクが楽しめる氷のミニバーや、
おすすめの本を用意した書斎スペース、氷で装飾されたキャンドル、スピーカーも設置。
天井や壁、机、椅子などすべてが氷だけの静寂な空間で、
ゆっくりと自分と向き合う時間を持つことができます。

柳宗悦も滞在した 富山の歴史ある寺院にオープン “泊まれる民藝館” 〈善徳寺 杜人舎〉

柳宗悦が表現した土地の風土「土徳」に触れる複合施設

富山県南砺市の城端地区にあり、550年もの歴史を持つ城端別院善徳寺。
その敷地内に宿泊を中心とした複合施設
〈善徳寺 杜人舎(ぜんとくじ もりとしゃ)〉がオープンします。
民藝運動の創始者、柳宗悦が「土徳(どとく)」と表現した
土地の人々が持つ精神風土に触れる集いの場として活用される予定です。

城端別院善徳寺

城端別院善徳寺は、室町時代に創建されたと伝わる浄土真宗の寺院です。
戦国時代は越中一向一揆の拠点のひとつとなり、
昭和時代には民藝運動の創始者である柳宗悦が
民藝運動思想の集大成である『美の法門』をこの寺で書き上げました。

善徳寺の敷地には柳の弟子で
富山県立山町出身の木工家・建築家、安川慶一が設計した
2階建ての研修道場があります。

杜人舎は、主にその研修道場が改修されて利用されます。

1階には地域の人も気軽に利用できるカフェやショップと
仏教や民藝に関する講座が開催される講堂を配置。

2階は長期滞在も可能な全6室のホテルに。
また善徳寺の書院がテレワークスペースとして活用されます。

客室にも民藝品がしつらえられています。

客室にも民藝品がしつらえられています。

杜人舎では館内や客室に、やはり富山にゆかりのある棟方志功のほか
濱田庄司、河井寛次郎といった民藝作家の作品や
世界各国から集めた民藝品をしつらえます。
民藝美に囲まれて滞在できる、いわば泊まれる民藝館です。

旅の宿泊以外にも杜人舎の利用方法はさまざま。
ワーケーションの場所として滞在したり、
お茶や買い物のために立ち寄ったり、
開催される講座に参加したりと、さまざまな形で足を踏み入れられる開かれた場所です。

講堂で開かれる講座には
柳宗悦が「土徳」と表現したこの土地の精神風土に触れられる機会にもなります。

超“ニッチ”な国内ツアー!? 〈ニッチャートラベル〉で行く 益子焼と熱海のソウルフードを巡る旅

ツアーエリアや機能を拡張し、ますますニッチな旅へ!

リッチな旅もいいけれど、ガイドブックに載っていないちょっとニッチな旅がしたい。
その土地の魅力を丸ごと味わいたい。
旅を通じて地域の人々との交流もしたい。
そんなニーズに応える〈NICHER TRAVEL(ニッチャートラベル)〉が、
海外からの旅行者(=インバウンド)向けにも拡張中です。

ニッチャートラベルは、
旅行会社の〈阪急交通社〉とナビゲーションサービスの〈ナビタイムジャパン〉の
共同プロジェクトとして2022年6月から始まりました。
これまでに渋谷区、松阪市、京都府などさまざまな地域や人々と連携を行い、
国内旅行者向けのツアーを実施しています。

そして、この冬新たに全国にツアーエリアを拡大させ、富裕層向けの旅コンテンツの創造や、
WEBサイト翻訳対応やツアー催行時の通訳のサービスなど
多様なニーズに応える大幅なアップデートを行いました。

今回拡大したエリアは石川県金沢市、栃木県益子町、静岡県函南町、静岡県熱海市。
現在、益子町と熱海市のツアー参加者を募集しています。

【益子町観光協会/栃木県民藝協会公認】
陶芸家が案内する、あたらしい益子焼ツアー vol.1濱田友緒

催行日:2024年2月3日(土)〜4日(日)
旅行代金:36000円(税込)
募集人数:20名

日本が世界に誇る陶芸のまち、栃木県益子町。
民藝運動の牽引者のひとりである陶芸家 濱田庄司(1894〜1978)が創設した
栃木県益子町の窯元〈濱田窯〉と〈濱田庄司記念益子参考館〉を
実の孫であり3代目として作陶を行う濱田友緒さんと共に巡ります。
ツアーでは益子焼の歴史やルーツを知り、実際に益子焼の作陶を体験。
もちろん、友緒さんの作品も購入可能です。

さらに、益子グルメも魅力的。ランチは、濱田庄司が愛した
イギリス南西部コーンウォール州発祥の名物料理「ぱぁすちー」をいただき、
夜は友緒さん行きつけの〈寿司富〉のお寿司をつまみます。
お寿司は濱田窯の器に盛られているそうで、
器を“つくる”ところから“使う”ところまでを一貫して体験することができるのです。
そのあとは、有志を募って〈Bar 零式〉で益子の夜を満喫。
食も含めたさまざまな角度から触れることで
民藝が身近にある暮らしや益子町の豊かさと魅力に触れられるツアーです。

〈オリオンビール〉がリブランド。 〈オリオンホテル 那覇〉がオープン

〈ホテルロイヤルオリオン〉を改修工事し〈オリオンホテル 那覇〉として開業

那覇空港から車で20分、モノレールで15分(牧志駅下車徒歩約3分)という
国際通りに面した好立地に構えた〈ホテルロイヤルオリオン〉。
ビジネス・観光・ショッピングなどに適し、宿泊のみならず、
和洋中のレストラン、宴会場を有するシティホテルとして
1975年の開業以来、長年愛されてきました。

〈オリオンホテル 那覇〉

そんなホテルロイヤルオリオンが、沖縄のローカルビールとして知名度を誇る
〈オリオンビール〉によってリブランドが行われ、
2023年11月20日に、〈オリオンホテル 那覇〉としてリニューアルオープン。
オリオンビールが手がけるホテルとして、
「知っているけど、新しい」オリオンビール体験と沖縄ステイを創造し、
ビールや沖縄の新しい魅力、楽しみ方を提案するホテルとして誕生しました。

限定オリジナルビール4種などが味わえるオールデイダイニング〈THE ORION BEER DINING〉

オールデイダイニング〈THE ORION BEER DINING〉

ホテル1階には「知っているけど、新しい」というホテルコンセプトを象徴する
オールデイダイニング〈THE ORION BEER DINING〉が新設されました。
オリオン名護工場でつくられた「オリオンビール」が
ビールメーカーだからこそのパーフェクトサーブで提供されます。
ホテル限定オリジナルビール4種、沖縄の新鮮なフルーツなどを用いた
新感覚のビールやビアカクテルもラインナップ。

ホテル限定オリジナルビール4種

食事は、県産牛やアグー、シーフード、野菜など、沖縄各地の旬のおいしさを活かした
沖縄スタイルのグリル料理をメインに、一日の活力をチャージする色鮮やかな
ビタミンブレックファースト、県産の肉や魚からエネルギーをもらう
パワーランチなどを味わえます。
一日を通してさまざまなシーンで、オリオンビールならではの
「知っているけど、新しい」体験を届けています。

またホテルロイヤルオリオン時代から
長年愛されてきた中華料理〈四川飯店〉も営業を再開。
オリオンホテル 那覇の開業を記念した特別プランも登場しているので
この機会に本格四川料理を楽しむのも良さそうです。

淡路島の貸別荘 〈TERROIR(テロワール)〉 香りと自然の循環に触れる旅

自然のなかで身体を開放し、 五感を呼び覚ますリトリート

南方から吹く暖かな風、ミネラルを多く含む大地。
恵まれた気候が広がる瀬戸内海・淡路島。

この豊かな地に、香りと共に自然の循環とつながる貸別荘
〈TERROIR(テロワール)〉が2023年10月23日に開業しました。
インテリアデザイン事務所〈DRAWERS〉が手がける2軒目の宿泊施設です。

貸別荘〈TERROIR(テロワール)〉

美しい風景と自然の恵みに囲まれた丘の上に位置するTERROIR。
「TERROIR」と名づけられた由来は、
多様な植物や生き物が生息し、活力あふれる風土に惹かれ、
テロワール(土地の個性)を生かし、香りと食を軸に
その豊かさを探究してほしいという思いから。

蔵棟〈KURA〉

1階の蒸留ラボと薪火料理のキッチンスペース

施設は、精油の蒸留設備を併設する蔵棟〈KURA〉と、
2つの小屋〈F HUT〉〈S HUT〉の3棟で構成されています。

〈KURA〉は、大阪四天王寺の茶屋が所有していた
築250年以上の歴史ある蔵を移築し、
蒸留ラボと薪火料理のキッチンスペースを1階に、
プライベートな宿泊スペースを2階に備えた建物。
海の見渡せる場所の良さを生かし、建物の配置や窓の向き、
風呂の場所や風の流れ、開放感とプライベート感を両立させ、
五感を通して、自然の美しさを堪能することができます。

アートディレクター・ 佐藤亜沙美の旅コラム 「北へ“人と本”に会いに行く」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第37回は、アートディレクター・デザイナーの佐藤亜沙美さん。
子どもを産む前と産んだ後では、
旅に求めるものが変わってきたという。
そんな出産後に再訪することになった八戸市。
子どもと一緒に訪れたことで、感じたこととは?

子どもが生まれて変わった旅への意識

出産以前と以後で一番変わったのは旅の目的かもしれない。
歳とともに衰えていくものと思っていた好奇心はどんどん強くなるばかりで
産前には見たことがない場所、食べたことがないもの、
触れたことのない文化に足が向かった。

あるときは地図にも載っていないようなイタリアの山奥に、
あるときは沖縄の離島に、タイの屋台に、台南の朝のお粥文化に。
それは外に外に向かっていた。
移動距離の長さや現地で体験する予期せぬできごとの多様さによって
旅の満足感は高まった。

子どもが産まれたことで行ける場所も行ける距離もぐっと小さくなった。
子どもは縦横無尽に動き回るため、常に気を張って見ていなければならないし、
旅の直前に体調を崩す可能性も頭に置いておかなければならず、
計画をするだけでも精神的に負荷がかかる。

かつてのわたしはそれらの不自由をさぞ負担に思うだろうと思っていた。
わたしが人生の中心に据えていたのは常に「自由であること」だったからだ。
自分のわがままをいかに貫いていくかに生きるエネルギーのすべてを割いていた。

産後、体調が落ち着くとすぐに内なる好奇心が発動した。
旅での移動を、車で1時間、2時間とどんどん時間と距離をのばしていった。
そして先日、ハードルの高い新幹線移動を乗り越え、
ようやく自分がこれまで行った最北地点である八戸を再訪した。