連載
posted:2024.1.19 from:福岡県福岡市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
ジャズ喫茶、ロックバー、レコードバー……。リスニングバーは、そもそも日本独自の文化です。
選曲やオーディオなど、音楽こそチャームな、音のいい店、
そんな日本独自の文化を探しに、コロカルは旅に出ることにしました。
writer profile
Akihiro Furuya
古谷昭弘
フルヤ・アキヒロ●編集者
『BRUTUS』『Casa BRUTUS』など雑誌を中心に活動。5年前にまわりにそそのかされて真空管アンプを手に入れて以来、レコードの熱が再燃。リマスターブームにも踊らされ、音楽マーケットではいいカモといえる。
credit
photographer:深水敬介
illustrator:横山寛多
音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
福岡県福岡市。
カルロス(以下カル): 〈Barデラシネ〉の店主の深田祐規さんって、
新宿三丁目界隈ではかなりの名物マスターだったんだよね。
コロンボ(以下コロ): そう、当時はガジロウさんって呼ばれていて、
老舗レコードバーを切り盛りしたのち、自身の店〈Bar Pain〉をやったりと、
新宿三丁目を根城にする業界人では知らない人はいなかったんだ。
カル: 新宿三丁目というと、昔からレコードバーのメッカだけど、なぜだ?
コロ: 今も昔も、表から裏方まで業界人の溜まり場。
とくに当時はソニーレコードをはじめレコード会社が近くにあったり、
フジテレビが河田町、日本テレビが番町と
業界関連の会社からのアクセスがよかったのも関係あるかな。
カル: 出版社も多いしね。そのガジロウさんがなぜ福岡に?
コロ: 新宿三丁目のお店は順調だったんだけど、
お母さんが大病したとかで実家の宇和島に戻り、その後は各地を転々として、
酒場の仕事の30周年を機に引退。
その後は釣りばっかりの人生だったようだよ。
でも酒場の魅力というか、弟子たちが楽しそうにお店をやっているのを見て、
またやろうと復帰、福岡に来て、この店が2軒目。
カル: それでデラシネ(根無し草)。ガジロウさんらしい、いい屋号。
コロ: ちなみに福岡の1軒目はブルース・スプリングスティーンと
好きな釣りからとって〈リバー〉。
カル: 新宿三丁目っぽく、大声を出しちゃいけないとか、
規律が厳しい感じなの?(笑)
コロ: いやいや、さすがに。
20代の頃は「いまかかっている曲を黙って聴け!」って感じだったけど、
心地良さ優先。ボクらが行ったときは山弦が静かにかかっていたな。
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カル: お店は土足厳禁なんだってね。レコードをかける店としては珍しい。
コロ: そうそう土禁。京都のお茶屋さんみたいなお座敷スタイルの佇まいなの。
カル: それだけでも興味が湧いてくるけど、
そんな空間じゃ、ゴリゴリのロックは合わないね。
コロ: 土禁といえば個人的な話なんだけど、
ポール・マッカートニーが両国の国技館でやったとき、
ボクらの席が枡席で、土禁だったのを思い出す。
座って聴いている分にはいいんだけど、「死ぬのは奴らだ」とかで総立ちになると、
乗り切れなかったのを覚えている。
カル: 笑。でも、〈デラシネ〉はそんなんじゃないでしょう。
コロ: あくまでボクの土禁にまつわるエピソード。
そもそも、従来のレコードバーのスタイルに飽きていたのと、
お店が木造一軒家の2階だから下に音が響かない配慮からだって。
カル: 土禁にするにあたって、各方面に聞いてまわったところ、
女性の場合、10人中8人がやめたほうがいいという意見だったらしいじゃん。
コロ: 元来偏屈で、リスクがあると燃えるタイプらしく強行したみたいよ(笑)
カル: 結果、お店の味出しに成功したね。
敷居は高いもののレコードバーにありがちな、排他的な感じがない気がする。
コロ: 新宿三丁目時代、
「お前の店って、お前が喜ぶだけだよね」って言われたことが、
頭の隅にひっかかっていたんだって。
カル: 音楽を聴きにくるおっさんだけを相手にしているわけじゃないってこと?
コロ: バーテンダーとしては、
音楽だけでしかつながらない店にはしたくないんだってさ。
だからさり気なくかけたいって。
カル: それでミキサーとかもないんだね。
コロ: そう、つなぎとか、お客さんの嗜好もあえて気にしないで、
その場にふさわしい音をセレクトする。
カル: レコードバーを極めた熟練の賜物かもよ。
それでも、音楽がトークのきっかけになるんだから。
コロ: そうそう、ガジロウさんともそうだし、
連れの人、たまたま居あわせたお客さんとかね。
カル: 若い子も迷い込んでくるんでしょう。
コロ: 福岡は音楽にも素直な子が多いそうだよ。
この間来た20代らしきお客さん、
ビートルズの『レット・イット・ビー』をかけていたら、なんて言ったと思う?
カル: 「この曲、昔、パパがよく聴いていた」とか?
コロ: 「マスター、このバンド、絶対伸びる!」だってさ(笑)。驚きだよ!
カル: たしかに伸びてる。あってる(笑)
コロ: 古いレコードをめぐる微笑ましいエピソード。
カル: まさにそうだね。
30年以上にわたって、酒場のムードを担ったお店のレコードのおかげなんだろうね。
そのレコードたちはどれもタバコの煙に燻されたりと、やれ方がヴィンテージ級、
ここまで聴いてもらえればレコードも本望だろうね。
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コロ: トム・ウェイツの1st.『クロージング・タイム』なんて、
やれすぎちゃって、3枚はあるそうだ。
カル: ニーナ・シモンの『Here Comes The Sun』、
ライ・クーダーの『BOOMER’S STORY』もそうでしょう。
長い間、酒場の夜を支えたんだなーって感じの味出しに。
で、ガジロウさんのお気に入りの1枚というとなんだろう。
コロ: ジョニ・ミッチェルの『ブルー』だってさ。特にB面。
カル: たしかにB面いいよね。「カリフォルニア」、「リバー」、
「リチャードに最後に会った時」のピアノで締まる感じが特にね。
コロ: 極力照明を落としたこの店内で聴くとたまらないんだよ。
ついおセンチになっちゃう(笑)
デラシネのためのアルバムのような気がする。
カル: ティム・コンシダインが撮影したジャケットの写真と
店内の光の感じが似ているってこと?
コロ: そんな気がする。
温もりがあるっていうか、ガジロウさんの酒場に対する姿勢の表われっていうかね。
カル: いい酒といい音楽を愉しんで、
「じゃ、また来るわ」って感じがいいんだろうね。
コロ: それこそガジロウさんが思う、究極の酒場のノリなんだって。
information
旅人
コロンボ
音楽は最高のつまみだと、レコードバーに足しげく通うロックおやじ。レイト60’sをギリギリのところで逃し、青春のど真ん中がAORと、ちとチャラい音楽嗜好だが継続は力なりと聴き続ける。
旅人
カルロス
現場としての〈GOLD〉には間に合わなかった世代だが、それなりの時間を〈YELLOW〉で過ごした音楽現場主義者。音楽を最高の共感&社交ツールとして、最近ではミュージックバーをディグる日々。
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