栃木県宇都宮市の北西部・大谷(おおや)地域は、
古くから大谷石の産地として知られる。
大谷石は柔らかく加工しやすいのが特長で、
外壁や石蔵もしくは蔵の建材として使われてきた。
ちなみに、フランク・ロイド・ライトが1922年に設計した、
あの帝国ホテルにも大谷石は使用されているのだそう。
しかし、いまは、建築材料としての需要は減少し、
昭和30年代には、100社以上あったという事業者は数える程度になってしまった。
事業者は減っても、自然の産物である大谷石が無くなったわけではない。
かつて採掘されていた山も、当時の切り出されたままの風景が残り、
ほとんどは、空き地同然の状態になってしまっている。
稼働していない採掘場は250以上あり、広さもかなり広範囲に渡っている。
広いところで、2万平米以上あるところもあるから驚きだ。

大谷石の採掘跡地。
そんな、採掘場跡地の風景を改めて見ると、とても面白い。
ギリシアや中東の遺跡を彷彿させる迫力がある。
さらに、興味深いことは、地上にある採掘場の地下には、
同じ広さか、それ以上に掘られた地下空間が広がっているということ。
そこには雨水が溜まり、「地底湖」とも呼べるほどの、
深さも広さもある、水場が複数存在するのだという。
そんな採掘場跡地の話を聞き、
地底湖にカヤックやボートを浮かべて探検できたら……
広大な敷地に広がる地上の採掘場跡地も見学できたら……
きっと面白い! と、考えたメンバーがいる。それが、こちらの4人だ。

左から、坂内剛至さん、松本 謙さん、塩田大成さん、増渕隆宏さん。
このアイデアの主、塩田大成さんは、普段は宇都宮市内で空間プロデュースを手がける。
(塩田さんはコロカルで「リノベのススメ」を連載中)
地底湖で動かすカヤックやラフティングボートのアドバイザーとして参加するのは、
鬼怒川でカヤックツアーを行っている坂内剛至さんと、増渕隆宏さん。
そして、このアウトドア体験を観光事業として発展させようと、農業と食など
地域活性事業に携わる、ファーマーズ・フォレストの代表・松本 謙さんだ。
とは言え、どんな体験を提供できるのかはまだまだ模索段階だという彼ら。
事業化に向けて、モニターツアーを開催するというので、編集部も参加してきた。

地底湖がある採掘場跡の入り口。左手奥は、コンサートや演劇でも使えそうな舞台のような空間が広がっていた。
宇都宮ICから車で5分ほどのところにある、道の駅「ろまんちっく村」から、
バスに揺られること10分ほど。
訪れた採掘場跡は、いくつかあるうちの、ほんの一角だという。
まずは、地底湖でカヤックに乗ったり、ラフティング用のボートに乗ったりと、
地下空間を体験する。
雑草が生い茂った草原を抜けると、突然大谷石が切り出された空間が現れた。
「ジュラシックパークみたい」と参加者から歓声があがるほど、
採掘場は廃山してまだ30年にも関わらず、ジャングルのような雰囲気が漂う。
大きく切り出された横穴を進むと、奥からひんやりした空気が流れてきた。
「地下の気温は、5〜8℃。寒いんですよ(笑)。でも、
年中この温度に保てるので保冷庫として活用され始めています」
と塩田さんが教えてくれた。
増渕さんと坂内さんからボートやカヤックの乗り方をレクチャーしてもらい、
いざ地底湖へ。

採掘場のなか。奥から、ボート乗り場を見る。
今回の地下空間は、奥行き100〜200メートルとそれほど奥行きは広くはないが、
水深は30メートル以上あるらしい。
乗り口を灯す明かりがあるだけで、奥に進めば進むほど真っ暗。
目が暗闇に慣れてくると、
天井にある水滴がわずかな光に照らされ、とてもキレイだった。

地底湖でのカヤック体験中。水温は、5〜6℃だそう。
参加者はカヤックとラフティングボートを両方体験。
数名で一緒に乗り込むラフティングボートは、奥に進むと岩穴に上陸できる。
探検しているような、ワクワク感に駆り立てられながら、
120センチ角くらいの、にじり口のような穴をくぐると、
高さ2メートルほどの、周囲が石に囲まれた空間に出た。地面は砂でおおわれている。
さらに奥に進むと、地上から注がれる光が目に入ってきた。

暗闇に差し込む外の光は、どこか幻想的な雰囲気に包まれる。
採掘の方法には、横穴と縦穴があり、外の光が縦穴と呼ばれる穴から坑道に注がれる。
真っ暗闇のなかで見る太陽の光は、どこか神秘的な雰囲気だ。
ときおり、狭いトンネルのような小さな坑道を通ると、
まるで、考古学者にでもなったかのような気分。
採掘場は、こんなふうに横穴と縦穴が入り組んでいるのだという。

外から見た採掘場跡。遺跡のようにも見える。
1時間ほど暗闇の地底湖を楽しんだ後は、
この採掘場の持ち主のお宅の庭にお邪魔させてもらい、昼食をとった。
明治に開山したというこちらの採掘場。
昔は職人さんが夜通しで採掘することもあったくらい忙しかったのだと、
採掘場の持ち主の方が教えてくれた。
庭には、大谷石でつくられている蔵が建っていた。
午後は、また別の採掘場跡へ。
大きく切り出された大谷石がそのまま、外に積み上げられているのだという。

縦横約1.8メートル、高さ1メートルほどの大きさの大谷石が、ブロックのようにたくさん積み上げられている。
行ってみると、まるで、スーパーマリオのゲームの舞台のように、
大きな大谷石のブロックが無造作に積み上げられている。
参加者はブロックからブロックへと飛び移っていくが、
1ブロックを登るだけでもひと苦労。
巨大ジャングルジムとも言えるスケールに、驚きと楽しさがある。
一番高いところまで登り、見渡す風景は壮快だ。
参加者は、登ったり座ったり、思い思いの時間を楽しんでいた。


これが、あのブロックを切り出したという大きな機械。高さ15〜20メートル以上はありそうだった。
実は、採掘場跡が産業遺産として残るこの大谷地域は、
宇都宮のなかでも、時間が止まってしまったような地域なのだという。
もちろん、住人も年々減っている。
「この土地を何とか生かせないだろうか」
地元の方からそう相談を受けた4人は、
「大谷石の採掘場跡があるこの地域そのものが価値を持つ」
ということをコンセプトに、「LLPチイキカチ計画」という会社をおこした。

坂内さん。
「最初、“地底湖”というフレーズを聞いただけで、
冒険心をかなりくすぐられましたよ。塩田さんから誘われて、
“すぐに、見に行きます!”って答えていましたね(笑)」
と坂内さん。実際にみんなで見にいくと、
廃墟のような、遺跡のような他にはない、大谷石の佇まいに圧倒された。
そして、通えば通うほど、その魅力にひかれるが、
ひとつケアしなければならないことがあった。
採掘場はもともと石を切り出していた工事現場のような場所。
危険と隣り合わせのところがまだまだ多く残っていたのだ。

松本さん。
もちろん、25年間にわたり行政による調査により、安全性の評価はでているが、
「事業化するとなれば、安全面を一番に考えなくてはならない。
アドベンチャーな面を残しつつも、どう安全を確保するかなんですよね」
と松本さんが話すように、安全面、土地の持ち主など、課題は山積みだった。
魅了されつつも自分たちもその価値に半信半疑。
しかし、モニターツアーを体験した参加者からは、
行く場所行く場所で歓声があがり、飛び交うアイデアはいくつも出てくる。
「音の反響が面白いから、ライブをすると面白いんじゃないか」
「野外演劇も面白い」
「景観を楽しむために、見晴らしのいいカフェを開いても」
「もっと広い地底湖探検を安全に行うには」
数回のモニターツアーを通して、
この風景に魅力を再認識した4人は、半年以上かけて安全面、エンターテイメント性など、
地元の方々と共に、実現可能なプランを練ってきた。
そして、このプロジェクトは「OHYA UNDERGROUND」として、
初夏になったら、本格的に始動する。
近くにカフェがオープンしたり、アウトドアツアーとして
体験コースも初級や上級など、いくつか設置することを考えているという。
誰も触れてこなかった、まちの遺産だけれど、そこには、大谷石の職人たちの軌跡が今も残り、
大谷地域の土地の記憶を物語っている。
その壮大な景観は、新しい価値へと再生され始めた。
今後もOHYA UNDERGROUNDプロジェクトに目が離せない。
