日本を代表する発酵食品といえば納豆、醤油などが挙げられるが、
滋賀の発酵伝統食「鮒寿し」の存在も欠かせないだろう。
鮒寿しとは、琵琶湖の固有種であるニゴロブナをご飯と塩で乳酸菌発酵させたもので、
現代食べられている寿しの元祖とされる「熟鮓(なれずし)」の一種だ。
鮒寿しの歴史は長く、千年以上前に大陸から水田稲作農耕文化と同時に伝わったとされ、
平安時代に編纂された『延喜式』にも近江国の貢納品として記されている。
近江国、すなわち滋賀県には琵琶湖がある。
琵琶湖のニゴロブナは、冬から春にかけて産卵のために
田んぼをめざして湖底からあがってくる。
田んぼが実りを迎える頃、田から水をひくときに同時にフナも琵琶湖に戻る。
人間は、子どもをたくさんつけたフナを塩漬けし、実ったお米と塩で熟成させ、
保存する。なんとよくできた琵琶湖ならではの自然のサイクルだろうか。
いにしえより続く、理にかなった食文化がいまの時代に継がれているというわけだ。
7月に入って鮒寿しの漬け込み作業が最盛期を迎えるというので、
滋賀県彦根市磯田漁業協同組合〈鮒富水産〉の森善則さんが主催する
「鮒寿し漬込み講習会」に見学に訪れた。この時期は、琵琶湖のほとりの各漁協で、
自家製鮒寿しをつくるための講習会を行っており、それぞれ漬け方に特徴があるらしい。

作業所に入って、まず目に入ったのは大きな炊飯器。ひと樽5キロの三升五合の米をこの日は14組分、炊いて準備。「鮒寿し体験の準備だけで1年がかりです」というのは鮒富水産のスタッフ。

冬から春にかけて琵琶湖でとれた、卵をいっぱいお腹に抱えたメスのニゴロブナはウロコと内臓を取り3ヶ月程度塩漬けにされている。これを塩切りといい、この時期は自宅で漬けるために塩切りだけを購入しにくる人も。身の締まった食感が好きな人はオスのニゴロブナも漬けるという。
この日の参加者は14組。リピーターが多く、
遠くは岡山から車を飛ばして毎年やってきている親子連れも。
つくり方の手順は、“塩切り”とよばれる、春にとれたフナを塩漬けしたものを、
たわしで洗ってから水を切り、炊いた米と交互に桶に詰めていく。
詰め終わったら、殺菌作用のある笹の葉で蓋をし、
家に持ち帰ってから重石を乗せて9月までそのままにしておく。

大人も子どもも、塩切りの塩や鱗、汚れなどをたわしできれいに洗う。結構力がいるが、身が水分を吸ってしまうとおいしくなくなるため、水は最小限に使用する。

身が透き通るように青くなったら1時間ほど水切りタイムを置く。頭の中もきれいにして下に向ける。これが臭みを出さないコツだという。
先生の森さんいわく、「絶対に重石をとらないでください」とのこと。
なぜかというと、重石が発酵を促進する役目を担っているから。
置かれた場所でゆっくりゆっくりと乳酸菌発酵をさせるのが肝要だ。

水切りタイムはお酒を飲みながら歓談タイム。皆さん、フナの漁師でもある先生の森さんの話が聞きたくてしょうがない。

水が切れたら、炊いたご飯を頭や身に詰めていく。すべて詰めたらご飯と重ねながら樽にきれいに詰めていく。その際、できるだけ手を濡らさないのも、臭みを出さないコツのひとつ。
「鮒寿しなしではお正月は寂しいですね」と言うのは、
大阪府守山市から家族連れで参加した早尻さん。
奥様は滋賀県出身で、お正月には鮒寿しが欠かせないという。
娘さんはまだ食べられないが、魚を抵抗なく触ることができている。
食べ物がどんな風にできるかという食育も兼ねている。
お母さんは「毎年漬けることだし、小学校の夏休みの研究にしたらいいですよね」
と目を輝かせていた。
滋賀の家庭では、ひと冬ないしふた冬ほどおいて熟成させたものを
お正月などのハレの日に食べるものとされてきた。
けれども、近年は鮒寿し離れが進み、家庭でつくることも少なくなっているという。
「鮒寿し漬け込み講習会は3年通って卒業できるようになるから、
卒業してもらったあとは塩切りを買いにきて、自宅で漬けてもらっています」
と森さん。手のかかる塩切り後のフナを森さんのところで購入して、
自宅で飯漬けする人も増えてきた。
鮒寿し体験に何度も参加している人たちは口を揃えて言っていた。
「ここから、お正月準備が始まっているんですよ」
気になる発酵臭に関しては、きちんと下処理をしているため、ほぼ感じられないという。

殺菌効果のある笹の皮で蓋をし、お手製のしめ縄で隙間をぴっちり閉じる。ただし、発酵させるため、密閉はしない。このまま重石をして、開封できるのは9月。そのときは酸味を楽しめるが、冬を迎えて米の旨みがフナに移ったお正月頃からが鮒寿し本来のおいしさが発揮されるという。森さんいわく、3月~4月に開けて食べるのがオススメとか。