BS朝日で放送中のTV番組『アーツ&クラフツ商会』は、
日本各地で継承されてきた伝統工芸を紹介しながら
その技術を生かし、現代のライフスタイルにもあった、
ニュー・クラフツをつくろうというもの。
番組スポンサーであるセキスイハイムが、
企業の姿勢として掲げる「時を経ても、続く価値を。」をテーマに、
小山薫堂氏の企画・監修のもと、この番組がつくられています。
今回も、時を経ても続いてきた伝統工芸の魅力に迫ります。
vol.1ではスタジオ撮影の様子をお届けしましたが、
実際、職人の現場ではどんな撮影が行われているのか? ということで
このたび、撮影に同行しました。
訪れたのは、歴史香るまち、京都。
ここでは千数百年もの長きにわたり、
「京鹿の子絞(きょうかのこしぼり)」という絞り染めの技術が受け継がれています。
これは、布を糸で括って、染まらないようにした部分を
美しい文様として表現する技法です。
括りの文様が子鹿の斑点に似ているところから、
そう呼ばれるようになりました。
着物や振り袖だけでなく、
和小物や髪飾りなどの装飾にも幅広く使われています。
その歴史は古く、「日本書紀」にも絞り染めに関する記述がみられます。
江戸時代になると、
京都では鹿の子絞を括る職人は、「鹿の子結い」として専業化されるなど、
女性の手仕事として広く普及していったそうです。
今回、番組の撮影スタッフが追ったのは
二色に染め分けた絹の生地に
京鹿の子絞のあじさいが咲き誇るストールの制作工程。
京鹿の子絞はさまざまな工程に分かれているため、
古くから分業制が取られ、作業ごとに職人が変わります。
最初の工程は、下絵です。
絵師が完成予想図を描き、厚紙で型を作成。
その後「青花(あおばな)」と呼ばれるつゆ草の汁を使い、
型に添って、生地の上に色を付けていくのです。
これが、布を括る際の目印になります。
その後、京鹿の子絞の花形である「括り」の職人さんへと生地がわたるのです。
括りの作業を行うのは、この道60年の川本和代さん。
撮影は、京都市西京区にある川本さんの工房で行われました。

京都駅から電車で20分。川本さんの工房の近くを流れるのは桂川。のんびりした河原の向こうに、阪急電車が見えます。
まずは青花で描かれた直径数ミリという粒の真ん中をつまんで、
布を4つに折って粒の大きさを決めます。
続いて下から上に向け、時計回りに4回糸を巻き
最後に粒の頭を押さえ、つくった輪っかで2回硬く締めるのです。

カメラで追うのもひと苦労! 細かい括りの作業に思わず息をのみます。(画像提供:BS朝日)

着物一面に絞りの入る「総絞り」の場合、みっちり等間隔に括って、一反で15万粒。振り袖なら、17万粒にもなるといいます。絞りの作業だけで、1年以上かかるそうです。(画像提供:BS朝日)
締める時、糸が指ぬきに当たって出る
「ポン、ポン」という小気味よい音がとても印象的。
「勢いよく締めないと、締まらへんから」と川本さんは話します。
22本の絹糸をこよった「しけ糸」は、
指ぬきをしなかったら手が切れるほど強いのだそうです。
50種類以上ある京鹿の子絞の技法の中で、
今回川本さんにお願いしたのは「本疋田(ほんびった)」という括り。
「道具を何も使わず、職人の手と座るための座布団だけあったらできる仕事です」(川本さん)
もちろん、熟練の技がなければできないことは言うまでもありません。

ひと括りの作業が早く、視覚で確認するのもひと苦労。さまざまなアングルからカメラを向けます。
緻密な作業ゆえに、撮影スタッフからは緊張感がひしひしと伝わってきます。
川本さんの爪で、括りの撮りたい部分が隠れてしまうため
アングルを変えながら何度も挑戦。
括りの動きを視聴者になるべく鮮明にお届けしたいという思いから、
「手をあまり動かさずに括ってもらいたいんです」と、
カメラマンから思わず本音がこぼれます。
川本さんは「そんなん、難しいわ〜」と笑いながらも、
期待に応えようと、何度も繰り返し括りの作業を行ってくれました。
番組では、音声スタッフが括りの作業に
チャレンジする企画も放送されました。
「やり方はわかります」と息巻いて始めたものの、
ひと粒括るだけで、かなりの時間と労力が……。
「最初のひと粒を稽古するだけで、一週間から10日かかります。
ふた粒括ろう思たら、前の粒がほどけます。
ふた粒目というのが、関所なんですね」と川本さんが話すほど、
甘い世界ではない、ということ。
道具を使わず人の手だけで行うため、ごまかしがきかないのです。

粒の揃った見事な括り。目印である青花の色は、水洗いすることできれいに落ちます。

「大きな手やけど」と言いながら、川本さんが手を撮らせてくれました。職人歴60年余の手は、何も語らずとも重みがあります。
おばあさまの代から、括りの職人さんだったという川本さん。
手取り足取り教わるというよりは、おばあさま、お母さまの作業を
目で見て、耳で聞いて、盗む、の繰り返しで技を習得していきました。
「昔は、このあたりには結い子さん(括りの作業を行う職人さん)も
2000人くらい居はったんと違いますか。
夏なんかは今みたいにエアコンがないから、みんな扉をガラ開けでね。
夜も外を歩いていると、ポン、ポンと言わしてはる。
『ああ、今日も夜なべしてはるな』と。
だからね、私も気張りたい、という勢いがなかったかしらんね」

制作途中の注文品。「気持ちにムラがあると、粒にもムラができる」ゆえに「一日に5時間も括ったら精一杯」と川本さんは話します。
今ではすっかり結い子さんの数も減ってしまいましたが、
川本さんの娘さんが、弟子として修業されているそうです。
「私が母親から教えてもらった仕事を、
この子がまた継いでしてくれるっていうのはね、やっぱりうれしいですね。
私の仕事は本疋田に限り、女性なんですよ、不思議でしょ。
ほかの工程はみんな男の人。だから余計に
娘が継いでくれると聞いたときはうれしかったです」と話してくれました。
技術だけではなく、母の思いまで未来に受け継がれていきます。

今では展示会で、直接お客様から注文を受けることも多いそうです。「顔が見えるとお客様は『この人がつくってる』、職人も『この人が着てくれはるんや』という関係ができてうれしい」と話す川本さん。
括りが終わると「染め分け」という、染色前の下準備に入ります。
今回行ってもらったのは「桶絞り(おけしぼり)」という、独特の技法です。

このような専用の桶を使います。こちらは紺色の桶ですが、番組撮影のときに使われたのは赤い桶。染める色に合わせて、桶を選びます。