ワークショップ形式で作った おしゃれな冊子「TALIRU」 足利市のいいところを 地元民が伝える。

「東の小京都」とよばれる古都、栃木県の足利市。
ここには、大日さまの愛称で親しまれる国宝「鑁阿寺」があり、
その周辺は路地に石畳が敷かれ、古い建物が点在する趣深いエリア。
別名「石畳エリア」と呼ばれます。
この「石畳エリア」で活動する地元の団体「いしだたみの会」が、
足利の魅力を伝える冊子「TALIRU」を刊行しました。
とてもスタイリッシュに、足利の歴史や建物、路地裏、食文化、人などを
伝えています。
住んでいてもなかなか知ることのできない
マニアックな内容と、洗練されたデザインが素晴らしい一冊。

「いしだたみの会」は、もともと
昭和の終わりころに始まった「いしだたみ整備事業」で発足した会。
石畳エリアでお店をやっていたり、住んでいる方で構成されています。
平均年齢は60代から70代。
普段は蔵の保存活動やばんな寺のライトアップ事業・鎧行列の
かがり火などをしています。
果たしてどうやって「TALIRU」が作られたのか、
制作メンバーの「mother tool」中村さんにお話をお伺いしました。

ーーこの冊子をつくるきっかけは?
「2年前、足利市都市計画課から「石畳エリア」の
景観まちづくりの協働事業に
関わってほしいという依頼を頂きました。
そしてmother toolも参加する「いしだたみの会」と協働事業を
行うことになったんです。
初年度は「2030年のいしだたみエリアを考える」というテーマで、
まち歩きや座学など1年かけてワークショップを行いました。
高校生から70代までと幅広く参加していただき、
みんなでこれからこのエリアをどうしていきたいか話合いました」

ーーすごく活発なワークショップだったんですね。
「おかげさまで継続してもう1年事業を続けられることになり、
もっと多くの方にこのエリアのことを知ってもらおうと、
媒体として冊子をつくることになりました。
ワークショップ参加者がせっかくこのエリアに興味を持ってくれたので、
プロにお任せではなく、みんなで取材して原稿を書こうと決めました。
盛岡の「てくり」や東京の「To magazine」、北九州の「雲のうえ」など
参考にしたいイメージを共有しながら始めました。
そこから1年かけてワークショップ形式で作っていったんです」

ーー内容はどうやって決めたんですか?
「ワークショップの1年目は、このまちの現状をデータを通して知り、
これからどうあってほしいかを考えました。
足利市は近隣の市町村と比較しても人口流出率が高かったことを知って、
参加者一同衝撃をうけましたが、現実の足利はといえば、
そんなことを包みこんでしまうようなゆったりした空気が流れています。
そう思いながらまちをみていくと、昔からいる方も、
新しい方も自由な生き方、暮らし方をしている人が多いことに気づきます。
そこで2年目はこのまちにことを多くの方に知ってもらうために、
冊子をつくることになりました。
ワークショップに参加している人がテーマを決め、
取材し、記事を書き、どんな写真がほしいか考えました」

そうして作られた「TALIRU」。
気になることを調べてみると、伝えたい足利のことが
ありすぎて、予定ページ数の倍になってしまったのだそう。
足利の織物文化や銭湯、かわいいお菓子「しんこ細工」など、
いろいろな魅力が紹介されています。

神藤タオル

明治40年創業の老舗が育む、新しいタオル

朝起きてから夜眠るまで、人の肌に触れる「タオル」という存在。
何気なく使う人も多い中で、最近はその質にこだわる人も増えている。
そんな中、注目を集めているのが、神藤タオル株式会社だ。
実は日本のタオル産業発祥の地と言われる大阪府泉佐野市・泉州地域で、
明治40年から製造工程や原料にこだわった上質なタオルを生産している。
そこには、伝統技術を守り続ける職人たちと、
使い手の目線で新たな商品を企画する若手社長の姿があった。

工場に入ると、あちこちからガシャン、ガシャンと大きな音が聞こえる。
ここで日々せわしなく働いているのは、新旧3種類の織機だ。
最新のエアー織機を半年前に導入したことで
量産にも対応できるようになったが、古株の織機もフル稼働。

古株のシャットル織機。これを現役で使っているタオル工場は少ない。唯一調整できる工場長の日根野谷さんは74歳で、勤続半世紀。

「工場最古のシャットル織機は、主力商品のひとつである
インナーパイル専用になっています。
これはダンボールのような構造で、
中にパイルが入っているタオルなんです」
そう話すのは、弱冠29歳の社長・神藤貴志さん。
社長職に就いて1年半、業界8年目の若手である。

シャットル織機で、横糸を飛ばす時に使われるのが、この木製の「シャットル」。

通常、綿には油分やロウなどの不純物が入っていて、その状態では水を吸わない。
そこで、タオルの場合はそれらを取り除くために「さらし」という工程を経る。
糸の状態で先にさらしをかけることを「さきざらし」、
タオルのかたちに仕上げたばかりの「なま生地」をさらしにかける工程を
「あとざらし」と呼ぶ。このあとざらしが、泉州タオルの特徴だ。
織り上がったあとにさらしにかけることで吸水性が上がり、肌触りの良さが際立つ。

縦糸がパイルになる糸、下の糸が地組織になる糸。そこに横糸を1本、2本と通し、3本目でギュッと打ち出すとパイルができる。

もともと神藤タオルは、神藤さんのおじいさんが経営していた。
お父さんが東京で会社勤めをしていたため、神藤さん自身も関東で育ったのだという。
「東京の大学に通っていた3年生の頃、祖父が東京に出てきて
『どうする? 継がんのやったら、たたむ準備するけど』と言うんです。
自分の名字がついている会社ですし、祖父の思い入れが強いことも知っていたので
100年も続いている会社を終わらすのはもったいないという気持ちから
卒業後、ここで修業することに決めました」と神藤さん。

タオルがどういう工程を経てつくられるのか何も知らなかった神藤さんは、
製造や検品などの現場で、昔の職人気質な「見て覚える」過程を経て、
商品の名前や重さ、規格などの細かな知識を身につけたあと、営業職に就いた。
そこで、今までになかった新しい商品の企画をすることになる。

社長の神藤貴志さん。

クリエーターのデザインてぬぐい「てぬコレ」 全88種類が渋谷ヒカリエに勢揃い!

伝統的な日本の職人技と、クリエーターの創造力が出会い、
「これから」のてぬぐいを提案する「てぬコレ」。
てぬぐいを染めるうえで、裏表ない模様をつくる「注染」という
伝統的な技法を活かし、クリエイティブなてぬぐいを作っています。

さて、2008年からスタートした「てぬコレ」も
今年で8年目!88柄が揃うアニバーサリーイヤーです。
これを記念し、東京・渋谷の「ヒカリエ8/」にて、
「てぬコレ8年記念 88てぬぐいワンダーマーケット」を開催。
8をテーマにした新柄を加えた全88柄を展示し、
関連商品を含めた特別販売イベントを開催します。
てぬコレの参加クリエーターは、プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、
イラストレーター、建築家などさまざま。
コロカルでおなじみのオキミさんこと八重樫王明さんも参加!
新作てぬぐい「SUMOBICHON 8:」を発表します!

「てぬコレ8年記念 88てぬぐいワンダーマーケット」

山に囲まれ、綿を育てる。 産地発の新しい服づくり 「hatsutoki(ハツトキ)」

日本のへそ、西脇

2012年から、
僕は国内の繊維産地と呼ばれる地域を巡る活動を始めました。
東北から九州まで
生地を織ったり編んだりする工場や、
染める工場、縫う工場。
大小さまざまな日本各地の産地を訪れてきました。

そんな活動の中で、過去最多で訪れているのが
綿織物の国内最大の産地である兵庫県西脇市です。

西脇には「日本へそ公園」という不思議な公園があり
日本列島の東西と南北のほぼ中央に位置していることから
へそ公園という名前になったそうです。

西脇に行くには、兵庫県を南北に走るJR加古川線が便利です。
高速バスを使えば大阪と京都から1時間半ほどで市内に入ります。

既製品だと、なかなか生地が「どの産地でつくられた」
という情報までは表に出ませんが
シャツやスカート、ランチョンマットまで
西脇産の生地は、意外と身近なものに使われています。

西脇市を含める「北播磨地域」で織られた
先染めの薄地織物は「播州織」と呼ばれます。

綿の状態や、生地や服のかたちになってから
染めるケースもあるのですが、
この地域では200年以上にわたり、
糸を先に染めてから織る「先染め」の技法で
シャツ生地の生産に特化してきました。

色の表現力、製織技術が高く
肌触りの良い生地が播州織の特徴です。

繊維産地として栄えた地域の多くは、
大きな川が通っていて
豊かな水に恵まれています。

西脇も四方を山々に囲まれていて、
一級河川の加古川がまちを横断しています。

初めて西脇を訪問した時は、美しい風景の連続が衝撃的でした。

そんな豊かな自然や
そこでゆっくりとじっくりとものづくりに向き合う人たち。
優しいコットン素材に惹かれて
僕はたびたび足を運ぶようになったのです。

四季を感じながら、産地の技術を生かす

生まれも育ちも西脇の小野圭耶さん。
一方、東京生まれ東京育ちの村田裕樹さん。

左が小野圭耶さん。右が村田裕樹さん。

ふたりが、在籍する島田製織株式会社で、
力を入れるのが自社ブランドの「hatsutoki(ハツトキ)」。
西脇産地で長年培ってきた、生地づくりのノウハウを生かした
シャツとストールに特化したブランドです。
産地の中にいるからこその職人さんたちと近い距離で
糸づくり、生地づくりを行う工場に頻繁に足を運び、
服づくりに情熱を注いでいます。

糸染色工場でのワンショット。無数の色見本の中から、色を決めていきます。

小野さんと村田さんがhatsutokiに込める思いとは?

未来をつくる デザインとブランディングの力。 HAKUHODO DESIGN 永井一史さん 前編

デザインの力であらゆる課題を解決する

HAKUHODO DESIGNは博報堂グループの、
デザインによるブランディングの専門会社。
企業・商品ブランドの戦略立案から、スタイル規定、シンボルデザイン、
パッケージ・空間デザイン、コミュニケーション展開までの
一連のブランドソリューションを提供している。

HAKUHODO DESIGNのホームページにはただひとこと、

「デザインの力であらゆる課題を解決する」

とある。ほかになにも書かれていないシンプルなページだ。

この会社を立ち上げたのは日本を代表する
アートディレクターのひとり永井一史さん。
今回「未来をつくる」というテーマでデザインやブランディングについて
永井一史さんにお話を伺った。

永井一史(株)HAKUHODO DESIGN代表取締役社長。1985年多摩美術大学卒業後、博報堂に入社。2003年、HAKUHODO DESIGNを設立。企業・商品のブランディング、ソーシャル、コミュニケーションデザインなどの領域でデザインの可能性を追求し続けている。2007年、デザインによる社会的課題の解決に取り組む「+designプロジェクト」を主宰。2008~11年、雑誌『広告』編集長。毎日デザイン賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリなど国内外受賞歴多数。ADC会員、JAGDA会員。2015年度グッドデザイン賞審査委員長。

表現の面白さ以外のコミュニケーションのかたち

「もともと美術大学を卒業して博報堂に入ったんです。
いろんなクライアントの仕事をしてきました。
最初にいたチームは“表現で突破する”というチーム。
ロジックではなく、面白いことを考えたひとが一番というチームで。
それは刺激的な毎日でした。
具体的には日清カップヌードルの『hungry?』とかをつくったチームです。
会社のなかでも元気あるチームだったので、いろんな経験ができました」

しかし永井さんのなかで少しずつ変化が起きる。

「自分の思考性のなかに、もう少し瞬間的な表現の面白さ以外の
コミュニケーションのかたちがあるのではないか、という気持ちが芽生えたんです。
瞬発力はなくても、確固たる関係性を築くとか、継続性とか。
そんなとき、1997~98年ころブランディングという考え方が欧米から入ってきた。
いわゆる第一次ブランドブームです。

当時はブランドという概念が入ってきたんですが、
企業はどうやってブランドを扱っていいかわからなかったんですね。
企業価値が大切ということがわかってきていたのですが、
具体的なやり方がわからなかったので、
自分たちがブランドづくりのお手伝いをしたんです」

博報堂のなかでもブランドのコンサルティングの専門家や
マーケターのひとが社内で集められた。
博報堂としてブランディングの提案に対応できるようにするためである。

「博報堂としてもそれまでの知見・仕事を束ねていって、
ブランディングのノウハウをまとめあげていく時期でもありました。
そのなかでマーケだけでブランディングをやるんじゃなくて、
デザイナーをひとり入れなさい、という社長の命があり、
僕はデザイナーとしてアサインされることなったんです」

現在使っているブランディングのメソッドや方法論はこの時期につくられ、
博報堂デザインはデザインによるブランディングの専門会社として
2003年に設立された。

ジュラルミンのiPhone ケース「SQUAIR」。 お値段15万円!岐阜県で生まれ、 世界に進出

岐阜県岐阜市の株式会社DAQが手がける、
高級素材のジュラルミンを素材にしたiPhoneケースのブランド「SQUAIR」。
硬くて軽い金属であるジュラルミンを、
日本の職人らの匠の技で丁寧に削り出し、
スクリューレスのケースやバンパーを実現。
そのハイレベルなデザインのものづくりは
欧米でも評価され、2~16万円という高価格帯にも関わらず、
セレクトショップなどで人気を呼んでいます。

「SQUAIR The Slit」150,000円(税抜)

「SQUAIR」の挑戦は、ネジや工具を使わない、
簡単に脱着できる金属製のバンパーを作ることでした。
ジュラルミンの金属の塊から削り出すために、
5軸の3D切削機を使い、1/100mmの誤差も許されないという精密さ。
最高級モデル「The Slit」には、航空機などに
使用されている「超々ジュラルミンA7075」を採用し、
上下に2分割されたパーツをカチッとはめるだけで
装着できる「batto構造」を生み出しました。
この技術が誕生した「ナカダクラフト」がある岐阜県関市は、
鎌倉時代より続く刀匠の町としても有名なところ。
匠の技と最新技術のコラボにより実現したこの製品は、
「最新伝統工芸」と呼ばれています。
メイキングの動画も公開されていますのでご興味ある方は是非。

ものづくりのまち、富山県高岡市の 「高岡銅器」が BS朝日「アーツ&クラフツ商会」 に登場!

「ものづくりのまち」と呼ばれている富山県高岡市。
江戸時代初期から伝統工芸産業がさかんで、
仏具、花瓶、茶道具などの鋳造業を担ってきたまち。
なかでも「高岡銅器」は、日本の銅器生産の9割を
超えるシェアを誇る、日本一の存在なんです。

そんな高岡は、コロカルも注目しているまち。
というのも、いま、ものづくりの灯を絶やさぬよう、
新しい世代も頑張っているまちだから。
なかでも、精力的に活動する若い職人たちを
中心にした「高岡伝統産業青年会」、通称デンサンは、
高岡の産業を盛り上げるために活動する40歳以下の若い人たちによる団体。
銅器や漆器、職人と問屋さんなどの区別ない組織で、
工房見学の「高岡クラフトツーリズモ」を立ち上げるなど
新しい試みを行っているんです。

さてコロカルでもご紹介している、
ただいまBS朝日で放送中の番組「アーツ&クラフツ商会」。
セキスイハイムの提供により、
小山薫堂さん監修のもと、日本の伝統工芸に光をあて、
新たな扉を開くこの番組が、
今回取り上げるのがこの高岡の「高岡銅器」です。
案内人の渡辺いっけいさんが、
地元の職人さんがどうやって銅器を作り上げているのか、
その過程と高度な職人技を丁寧に紹介します。

そもそも、みなさんの身近にある銅像。
いったいどうやって作られているのかご存知ですか?
実は富山県で400年の歴史を持つ伝統工芸「高岡銅器」が、
日本の銅器生産の9割を超えるシェアを誇っているんです。
広島平和記念公園の「平和の鐘」や
キャラクター銅像にまで使われている「高岡銅器」。
でも、実際にどうやって銅像が作られているのか、
知る機会はなかなか少ないですよね。

銅像を見る大型銅器制作の第一人者、梶原敏治さん

番組で、銅像づくりを見せてくれるのは、
大型銅器制作の第一人者。
明治35年創業の「梶原製作所」の
梶原敏治さんです。
梶原さんのモットーは「一回一回が新しい挑戦」
作るのは、お寺に納める高さ2mの「親鸞聖人像」。
彫刻家が作った原型を忠実なかたちで
銅像にするのが梶原さんの仕事。
その厳しい仕事ぶりを、是非番組でお確かめください。

有田焼の「ストーリーカップ」 飲み進めていくと、四つ葉の クローバーがハートになる!

佐賀県西松浦郡有田町、
伝統工芸「有田焼」の窯元「滋山窯」がつくる「ストーリーカップ」。
カップいっぱいに飲み物を注いだ時は、四つ葉のクローバー。
それが、飲み進むにつれてハートマークになるという
仕掛けのあるカップです。

有田の磁器ならではの透き通るような白さの陶磁器。
有田焼特有の高い強度と神秘的な透明性は、
上質な天草の土を1,300度で焼成して生まれます。
「滋山窯」は主にホテル、料亭で使用する割烹食器を製造しているメーカー。
従来の有田焼とは違う形状と色釉の組み合わせにより、料理の素材やソースの色、
盛り付けの表現を活かせる器を作り出しています。
このシリーズでは、イラストレーター・ホラグチカヨとの
コラボレーションも登場。
動物や植物、ガーリーな女の子をモチーフに、
色彩と繊細なタッチで独特な世界観を表現したシリーズも。

センサー&LED内蔵の しまぬき「明かりこけし」。 宮城の伝統こけしが 新しい防災グッズに進化

東北で生まれた伝統こけしが、
新しい防災グッズに進化!
宮城県仙台市の「しまぬき」さんが作る「明かりこけし」は、
地震などでこけしが倒れた場合、
LEDライトが自動的に点灯し明るく輝くスグレモノ。
こけしにセンサーとLEDライトが内蔵されており、
おおむね震度3~4の揺れで転倒します。
暗い玄関や室内で、足元を照らすなど、
照明が必要な時に活躍してくれるんです。
普段はインテリアとしても楽しめる、
シンプルなかわいさの伝統こけしと、
凝った創作こけしの2タイプがあります。

伝統こけし ¥7,800(税抜)

創作こけし「花童」¥20,000(税抜)

この明かりこけし、もともと「地震で倒れるから」と敬遠された
こけしの難点を逆手に取る、ということで開発されたものだそう。

「明かりこけし」は平成21年に発売された商品です。
当時は「こけしは地震で倒れるから」と地元でも敬遠する方がいらしたのですが、
それならばその難点を逆手にとったこけしを、ということで販売を始めました。
夜中に地震がきて停電になっても、明かりこけしの電気がつくので安心、
といって離れて暮らす祖父母へ贈るかたもいらっしゃいます。
防災グッズとしても役立つこけしと思っています」(しまぬき 島貫さん)

「カワイイ-ヲリガミ 元祖絵付折紙」 コチャエが復刻!カンタンに キャラクター折紙が出来る

岡山を拠点に活動するデザインユニット「cochae」(コチャエ)さんが、
戦前の日本の折紙を復刻した「カワイイオリガミ」。
これはもともと、戦前の折紙細工作者、中島種二が作ったもの。
その名の通り、とってもカワイイ!
紙に絵柄が既に描かれているので、指示に従って折るだけで、
簡単にカワイイキャラクターの折り紙を作ることができるんです。
ただいま京都の恵文社一乗寺店では、
「カワイイヲリガミ」の小さなフェアも開催されています。

こちらがパッケージ

折る前はこんな感じ

コチャエの軸原ヨウスケさんに、作ったきっかけを聞きました。

「日本郷土玩具の会の会長に、戦前の絵付折紙のスクラップブックが
オークションに出ているよ、と聞いて購入したのがそもそものきっかけです。
これこそCOCHAEの元祖!とはしゃいでいたのですが、
発行していたのが、こけしや郷土玩具を語る上では外せない、
ものすごく憧れていた戦前の版元「吾八」でした。
「吾八」は、COCHAEが以前作った「武井武雄のこけし」という本でも
取り上げたとおり、武井武雄や郷土玩具と深く関わりのあったところ。
現代の色使いとは違うので、特色や手作り擬似網点を使う等々、
再現もかなり頑張りました。使命感ですね。
その結果、晴れて復刻の許可を頂き、発行することになったんです」

12種類あります

街と山のあいだ「mürren」。 山へ行きたくなる、 かわいくてためになる小冊子

山へ行きたいな。
そんなことを考えている方へ、
「mürren(ミューレン)」という小さな本をご紹介します。

「mürren」は「山と溪谷」の元副編集長の若菜晃子さんが、
取材から執筆、編集まで手がけた小冊子。
“街と山のあいだ。”をテーマに
山の音や看板、図譜、峠のだんごなどを特集してきました。

ミューレンというのは、スイスの山あいにあるまちの名前だそう。
登山電車の終点であり、アルプスの入口に位置するまちでもあります。
「この本もミューレンのように街と山をつなぐ存在になれたら」という思いから
その名がつけられました。

表紙をめくると、かわいいイラストや写真を載せたページが広がります。
でも、かわいいだけではありません。
山や歴史、地理などに詳しい若菜さんの筆致は、
するどく、優しく、そして楽しい。
自然の奥に分け入る楽しさや
思わず「へえっ」となること、
考えさせられることまで、教えてくれます。

[yahoonews_hide]こちらは、[/yahoonews_hide]「mürren」と「THE NORTH FACE」による
コラボレーション・イベント「山でパンとスープの会」の特集号。

「山でパンとスープの会」というのは
ごく少人数で登山し、山でスープをつくって食べる会なのだそう。
実際につくったスープの写真が、なんとも魅力的!

この号には、春の豆スープや簡単クラムチャウダー、
バターナッツスープなど、全部で10のスープのレシピを掲載しています。

奥多摩や箱根、富士周辺、熱海などの登山コースも
地図つきで紹介。これは参考になる!

雨の中でスープをつくったとか、
汗だくになってうんざりしたとか、
飾らない登山日記もおもしろい。
でも、どんな山へ行っても
下りる頃には清々しい気持ちになってくる。
そうそう山ってそうだよね、と
登山へ行きたくなってくるエピソードばかりです。

さらにこちらの号は、山でも見やすいように
ちょっとした工夫が凝らされています。
[yahoonews_hide]こうして[/yahoonews_hide]表紙をめくり、二つ折りにすると……

[yahoonews text="とっても"]こんなに[/yahoonews]ハンディな大きさに。
これならリュックのポケットにも入りますね!

「アイアンプラネット」オープン。 鉄工所の一部を開放! 福井県坂井市に溶接の テーマパーク

福井県坂井市は、観光名所の「東尋坊」があるまち。
ここに、長田工業所が自社の溶接加工工場の一部を開放した、
溶接や金属加工で遊べて学べるテーマパーク「アイアンプラネット」が
2015年6月22日(月)、オープンします。

アイアンプラネットとは、
自社溶接工場を「鉄の惑星」ととらえて、
溶接体験や金属と触れ合うワークショップなどで
冒険するスペース。
本業である、溶接加工工場の空間はそのまま残しました。
以前は資材置き場となっていた2Fロフト空間を改造し、、
溶接体験やワークショップを一般客向けに開催できる
スペースにしたというわけです。

アイアンカホンづくり、料金は15,000円

体験できるプログラムは、
アイアンオブジェやネームプレート、スツールづくりなど。
10分溶接し放題体験というプログラムもあります。
このように、溶接を体験できる施設は日本でも珍しく、
観光客向けのプログラムとして旅行会社からの提案も既にあるのだそう。

つくるひとと食べるひとをつなぎ、 食文化を現代につむいでいく。 奥村文絵さん 後編

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土地にある食を活かした商品開発。

奥村文絵さんは、フードディレクターという仕事をしている。
つくるひとと食べるひとをつなげる活動だ。そこで重要となるのが、
食文化をどのようなビジョンで伝えていくのか、ということ。
それはたとえばこんなこと。

「ある和菓子屋さんには、“その地域の在来種であるもち米を使って
大福をつくりましょう”と提案しました。
在来種は本来、その土地に一番適した品種だし、他にはない個性と物語があります。
安定した消費量をつくれば、農家のやり甲斐も生まれる。
お互いにチームを組みながら、土地の文化や歴史を商品として伝えることができる。
消費者が何気なく払っているお金が、地域の食文化を支えることになります。
志をもった生産者にひとりひとりが投資する感覚で、
私たちも食べながら、未来の希望ある食づくりに関わっている。
そういう有機的なつながりが生まれると嬉しい」

〈ごはんの学校〉にてプレゼンを熱心に聞く奥村文絵さん(右から2番目)。

おもに企業のブランディングという仕事のなかで、
企業や地域の歴史、技術、人材を活かしながら、さまざまな分野の専門家とともに、
メニュー開発だけでなく、店舗設計やC.I.、パッケージ、ウェブ、PRなど、
トータルで幅広い商品開発を企画し、ディレクションしていく。
そのときに奥村さんは、プロジェクトが終了したあとも、
彼らが開発を持続できる仕組みづくりにも気を配る。

「かつて料理は、家庭、学校、地域など、ひととひとの間にあるもので、
お金に換算するものではありませんでした。
けれども現在では、食べることすべてが商品になりつつあります。
都会の生活には、水一滴、葉っぱ一枚にも値段がついている。
100円で食べる生活と、1,000円で食べる生活では、あきらかに食べ物の質が違う。
食の世界が大きく変わりつつあるなかで、
売れる商品をつくればいいという短絡的なモノづくりの時代は終わり、
食の未来をデザインする、という発想へ向かっています」

ごはんの学校で習うフードディレクション。

そうした変化を捉え、希望ある未来に対応していくためにも、
奥村さんが取り組んでいるものに、〈ごはんの学校〉がある。
これは料理教室にはあらず。食をテーマにしたカタチを考える学校だ。
奥村さんが普段行っているフードディレクションを、
全6回の事例研究やディスカッション、演習などといった
ワークショップ形式で体験しながら、食に特化したデザイン的思考を深めていくもの。
そこで教わるのは、プロセスの大切さだ。

「ごはんの学校は、食の未来をどうデザインしていくか、を参加者全員で考える場所。
味だけを考えるのではなく、食の背景にある歴史や文化をふまえて、
つくる人と食べる人の役割をデザインする、という発想で商品開発してみよう、
というワークショップです」

こういうビジョンをもった仲間たちが、
各地で食の企画や商品開発を担ってくれれば、食の未来は明るい。

「プロジェクトのために東京からその土地に行って、打ち合わせをしてまた帰ってくる、
という仕事のやり方にも疑問がありました。
一年に一度のチャンスしかない食ですから、提案後にそれがどう育ち、
どんな姿で発展しようとしているか、地元にいないとわからないことも多い。
東京から出張で行くだけで、その土地を元気づけることが本当にできるのかな、
と自問してみるうちに、
それぞれの場所に知恵や発想、技術に長けたひとたちが
たくさんいることに気づいたんです。
今では、地元の人たちをプロジェクトの中心に据えて、
丹念に意見交換しながら、モノづくりを進めています」

ごはんの学校には、食に関係する仕事のひとから、まったく関連のないひとまで、
学生、社会人を問わずにさまざまな職種や業種のひとが集う。
それでも、みんなで共通のテーマについて話していかなくてはならない。
それ自体がいいレッスンとなる。

「実際の食の現場でも、職人、農家、デザイナーや営業マン、経営者が、
ともに話し合う場面は多々ありますが、職人気質が下地にある業界ですから、
話すことも聞くことも苦手な人が大勢います。
ディレクターは、その真ん中に立って、まだないかたちを想像させ、信頼を生むことで、
ひとと資本を動かしていく仕事。
真剣に伝えて理解してもらうことが企画の入り口なんです。
だから、ごはんの学校では、ディスカッションが学びの基本です。
みんな最初は自信がないけれど、回を重ねるごとにどんどん上手になっていきます」

京都で千年以上受け継がれてきた、 高貴な染め技法「京鹿の子絞」

職人さんの連携が命の京鹿の子絞

BS朝日で放送中のTV番組『アーツ&クラフツ商会』は、
日本各地で継承されてきた伝統工芸を紹介しながら
その技術を生かし、現代のライフスタイルにもあった、
ニュー・クラフツをつくろうというもの。
番組スポンサーであるセキスイハイムが、
企業の姿勢として掲げる「時を経ても、続く価値を。」をテーマに、
小山薫堂氏の企画・監修のもと、この番組がつくられています。
今回も、時を経ても続いてきた伝統工芸の魅力に迫ります。

vol.1ではスタジオ撮影の様子をお届けしましたが、
実際、職人の現場ではどんな撮影が行われているのか? ということで
このたび、撮影に同行しました。

訪れたのは、歴史香るまち、京都。
ここでは千数百年もの長きにわたり、
「京鹿の子絞(きょうかのこしぼり)」という絞り染めの技術が受け継がれています。

これは、布を糸で括って、染まらないようにした部分を
美しい文様として表現する技法です。
括りの文様が子鹿の斑点に似ているところから、
そう呼ばれるようになりました。
着物や振り袖だけでなく、
和小物や髪飾りなどの装飾にも幅広く使われています。

その歴史は古く、「日本書紀」にも絞り染めに関する記述がみられます。
江戸時代になると、
京都では鹿の子絞を括る職人は、「鹿の子結い」として専業化されるなど、
女性の手仕事として広く普及していったそうです。

今回、番組の撮影スタッフが追ったのは
二色に染め分けた絹の生地に
京鹿の子絞のあじさいが咲き誇るストールの制作工程。

京鹿の子絞はさまざまな工程に分かれているため、
古くから分業制が取られ、作業ごとに職人が変わります。

最初の工程は、下絵です。
絵師が完成予想図を描き、厚紙で型を作成。
その後「青花(あおばな)」と呼ばれるつゆ草の汁を使い、
型に添って、生地の上に色を付けていくのです。
これが、布を括る際の目印になります。

その後、京鹿の子絞の花形である「括り」の職人さんへと生地がわたるのです。

緻密な“括り”の作業に、ため息の連続

括りの作業を行うのは、この道60年の川本和代さん。
撮影は、京都市西京区にある川本さんの工房で行われました。

京都駅から電車で20分。川本さんの工房の近くを流れるのは桂川。のんびりした河原の向こうに、阪急電車が見えます。

まずは青花で描かれた直径数ミリという粒の真ん中をつまんで、
布を4つに折って粒の大きさを決めます。
続いて下から上に向け、時計回りに4回糸を巻き
最後に粒の頭を押さえ、つくった輪っかで2回硬く締めるのです。

カメラで追うのもひと苦労! 細かい括りの作業に思わず息をのみます。(画像提供:BS朝日)

着物一面に絞りの入る「総絞り」の場合、みっちり等間隔に括って、一反で15万粒。振り袖なら、17万粒にもなるといいます。絞りの作業だけで、1年以上かかるそうです。(画像提供:BS朝日)

締める時、糸が指ぬきに当たって出る
「ポン、ポン」という小気味よい音がとても印象的。
「勢いよく締めないと、締まらへんから」と川本さんは話します。
22本の絹糸をこよった「しけ糸」は、
指ぬきをしなかったら手が切れるほど強いのだそうです。

50種類以上ある京鹿の子絞の技法の中で、
今回川本さんにお願いしたのは「本疋田(ほんびった)」という括り。
「道具を何も使わず、職人の手と座るための座布団だけあったらできる仕事です」(川本さん)
もちろん、熟練の技がなければできないことは言うまでもありません。

ひと括りの作業が早く、視覚で確認するのもひと苦労。さまざまなアングルからカメラを向けます。

緻密な作業ゆえに、撮影スタッフからは緊張感がひしひしと伝わってきます。
川本さんの爪で、括りの撮りたい部分が隠れてしまうため
アングルを変えながら何度も挑戦。
括りの動きを視聴者になるべく鮮明にお届けしたいという思いから、
「手をあまり動かさずに括ってもらいたいんです」と、
カメラマンから思わず本音がこぼれます。
川本さんは「そんなん、難しいわ〜」と笑いながらも、
期待に応えようと、何度も繰り返し括りの作業を行ってくれました。

番組では、音声スタッフが括りの作業に
チャレンジする企画も放送されました。
「やり方はわかります」と息巻いて始めたものの、
ひと粒括るだけで、かなりの時間と労力が……。

「最初のひと粒を稽古するだけで、一週間から10日かかります。
ふた粒括ろう思たら、前の粒がほどけます。
ふた粒目というのが、関所なんですね」と川本さんが話すほど、
甘い世界ではない、ということ。
道具を使わず人の手だけで行うため、ごまかしがきかないのです。

粒の揃った見事な括り。目印である青花の色は、水洗いすることできれいに落ちます。

「大きな手やけど」と言いながら、川本さんが手を撮らせてくれました。職人歴60年余の手は、何も語らずとも重みがあります。

おばあさまの代から、括りの職人さんだったという川本さん。
手取り足取り教わるというよりは、おばあさま、お母さまの作業を
目で見て、耳で聞いて、盗む、の繰り返しで技を習得していきました。

「昔は、このあたりには結い子さん(括りの作業を行う職人さん)も
2000人くらい居はったんと違いますか。
夏なんかは今みたいにエアコンがないから、みんな扉をガラ開けでね。
夜も外を歩いていると、ポン、ポンと言わしてはる。
『ああ、今日も夜なべしてはるな』と。
だからね、私も気張りたい、という勢いがなかったかしらんね」

制作途中の注文品。「気持ちにムラがあると、粒にもムラができる」ゆえに「一日に5時間も括ったら精一杯」と川本さんは話します。

今ではすっかり結い子さんの数も減ってしまいましたが、
川本さんの娘さんが、弟子として修業されているそうです。
「私が母親から教えてもらった仕事を、
この子がまた継いでしてくれるっていうのはね、やっぱりうれしいですね。
私の仕事は本疋田に限り、女性なんですよ、不思議でしょ。
ほかの工程はみんな男の人。だから余計に
娘が継いでくれると聞いたときはうれしかったです」と話してくれました。

技術だけではなく、母の思いまで未来に受け継がれていきます。

今では展示会で、直接お客様から注文を受けることも多いそうです。「顔が見えるとお客様は『この人がつくってる』、職人も『この人が着てくれはるんや』という関係ができてうれしい」と話す川本さん。

京鹿の子ならではの、独特の染めの技法

括りが終わると「染め分け」という、染色前の下準備に入ります。
今回行ってもらったのは「桶絞り(おけしぼり)」という、独特の技法です。

このような専用の桶を使います。こちらは紺色の桶ですが、番組撮影のときに使われたのは赤い桶。染める色に合わせて、桶を選びます。

「新潟Tシャツ委員会」 地元クリエイターがTシャツに 郷土愛をデザイン!

もうすぐ夏がやってきます。
Tシャツの準備はお済みですか?
この夏、とくに新潟を愛する人に
オススメなのが、「新潟Tシャツ委員会」。
新潟在住のデザイナーたちがデザインし、
新潟市中央区の工場でプリントされる、
新潟人による新潟人の新潟人のためのTシャツブランドです。
2005年の活動開始から、今年で11年目を迎えました。

彼らのコンセプトは、
「新潟の個性を、ユニークにデザインし、
新潟県民・市民・新潟に縁のある方々へ
笑顔を届けるTシャツ」というもの。
「笹だんご」など新潟の名物や、
「万代橋」などの名所、
そして冒頭の「みかづき イタリアン」を始めとした
地元企業とのコラボまで!
新潟が楽しくなる、地元Tシャツをたくさん作っています。
それではそのラインナップをご紹介しましょう!

「ばかいいねっか」新潟の方言で、「VERY NICE」という意味。「ばっっかいいねっか~!!」と、勢いよく使用する人も多い。イントネーションは地域によって異なる。

「もも太郎」新潟で、昭和20年代から愛され続けている、かき氷棒アイス。なぜかイチゴ味。

「はとタクシー」新潟で50年。はとのマークが可愛らしいタクシーです。デザインに電話番号も記載されているので、飲んだ時も安心!?

「塚田牛乳2」新潟市の学校給食に欠かせない存在。牛乳・コーヒー牛乳・フルーツ牛乳の3本セット。背中には、紙のキャップが!!

「レルヒさん2」新潟をスキー発祥の地にしてくれた偉人。レルヒ少佐のお顔を最大限に拡大したデザインがウケてます。

ニッポンのポスト「FUMI」 シンプルなデザインで、 日本の伝統的な美を表現!

郵便受けのデザインにもこだわりたい方に。
このたび、日本の伝統的な美を表現したポスト「FUMI」が発売されました。
日本の四季のうつろいや、光がつくりだす陰影を表現し、
極限まで要素を削ぎ落した、シンプルなかたち。
和風建築からモダン建築、また集合住宅まで、
様々なニッポンの玄関をいろどってくれることでしょう。
デザインは東京のインダストリアル・デザイン会社「S&O DESIGN」。
制作は群馬県で行われており、
東京の建築資材会社「杉田エース」から販売されます。

和の建築にも

モダンな建築にも

集合住宅にもしっくり

「FUMI」の色は、日本の美の意味が込められています。
瓜には、みずみずしい花を思わせる「薄桜」。
霞には、あるかなきかの水の色「瓶覗」(かめのぞき)。
松には、名庭の茶会をなつかしむ「抹茶」。
樹には、古都の家並みの木肌を感じる「焦茶」。
風には、星凍る厳冬の夜の色「鉄紺」(てつこん)。

左から霞、樹、松、風、瓜

ひとをつなげる フードディレクターという仕事。 奥村文絵さん 前編

自分の部屋をレストランに。フードディレクションの原体験。

フーデリコの奥村文絵さんは、フードディレクター。
食に関する仕事にはフードコーディネーター、料理人、店舗オーナー、
デザイナーとさまざまあるが、フードディレクターとはどのような仕事なのだろうか。
それをひも解くのに、奥村さんの中学生時代にさかのぼる。

「中学生のころに、よくレストランごっこをしていました。
友だちを招いて、そのひとのためのフルコースをつくり、私の部屋で食べるんです。
料理本を見ながら、今日はどれをつくろうかとあれこれ考え、
買い物から始まって、料理に合わせて親が大事にしまっている食器を出してきて
組み合わせる。それからベッドや勉強机、本棚のある狭い部屋の真ん中に、
ガーデンチェアとテーブルを置いて、テーブルクロスを敷いて食卓をつくり、
リビングにあったスタンドで、ちょっとムーディにしたりして、
毎回、自分の部屋をレストランのような空間にしたんです」

そう原体験を語ってくれた。中学生にして、これが思いのほか奥深い。

「食べることが大好きな家族のなかで育ちましたが、
うちの台所の食卓で食べるのと、レストランで食べるのとでは、
時間や空間の感じ方がまったく違ったんです。
みんなの意識がテーブルに集まる。
いつもの家族なのに、どことなくお互いを尊重しあう会話になって、
そのたびにちょっと大人に近づいていくような感覚がありました。
つまり、食を介して、ひととの関係も変わるということに興味があったんです」

だから呼ぶ友だちは「もっと話してみたい友だち」だ。
ふたりで向き合ってゆっくりと食事をする。すると、いつもと違う会話が生まれ、
学校では見えてこない相手の表情や心情が滲み出てくる。
悩み多き年頃にテーマはいくらでもある。いつの間にかとっぷりと陽が暮れ、
スタンドの明かりを挟んで、話も関係性も深まっていく。
「味を追求する欲求というよりも、ひととの関係が変わることが面白い」と、
食を介してひとの関係が近づくことを意識し、体感してきたのだ。

Foodelcoが主催する〈ごはんの学校〉で講評している奥村文絵さん。ごはんの学校の詳細は次週。写真:山平敦史

奥村さんは、大学を卒業後、東京デザインセンターに勤務していた。
併設のイベントホール担当者として、
その時期にグラフィック、建築、インテリア、照明など、
ありとあらゆるジャンルのトップに立つデザイナーとの仕事に恵まれた。
その経験を通じて「自分を表現するジャンルがあるだろうか」と見つめたときに、
「食かもしれない」と思いついたという。

「食と言っても、自分が興味があるのは、料理人ではなく、
食から広がるコミュニケーションでした。
当時、フードコーディネーターという仕事が出始めていて、それが一番近いと思い、
右も左もわからないなかで、とりあえず弟子入りしました」

そこからレシピ開発や広告撮影の仕事が始まった。
「ひたすら明太子を成形したり、お弁当やお中元のカタログ撮影をしたり」する日々。
そのなかで少しずつ、コーディネートだけでなく、
コンセプトワークやディレクションを行うようになっていった。

Foodelcoが展開していたオリジナル食品ブランド〈800 for eats〉。
(現在は終了)写真:山平敦史

浅草の革工房「縫」 ×「菓子工房ルスルス」 父の日のギフトづくり ワークショップを開催

6月14日(日)、東京・浅草の人気店「菓子工房ルスルス」にて
「父の日ワークショップ2015」が開催されます。

これは、バックデザイナーの野谷久仁子さん・篠塚沙紀子さんと一緒に、
父の日に贈るシューホーン(靴べら)をつくるワークショップ。
完成品は、「菓子工房ルスルス」の焼き菓子と一緒に
ラッピングしてお持ち帰りできます。

講師の野谷久仁子さん(1942年、神田万世橋生まれ)のお父さんは、
吉田カバンの創業者・吉田吉蔵さんなのだそう。
野谷さんは子どもの頃から職人の仕事を見て育ち、
お父さんから手縫いの鞄づくりを学びました。

浅草にある野谷さんの工房「縫」

会場となる「菓子工房ルスルス」は、
新田あゆ子さん、新田まゆ子さん姉妹がいとなむ洋菓子店。
さっくり焼き上がったシュークリームやタルトが大人気です。
浅草寺の観音裏、富士通り沿いにたつ浅草店は、2012年にオープン。
以前は日本舞踊の稽古場だったという店内もすてきです。

ワークショップでは、真鍮製の中板に
イタリア製のブッテーロという革を貼つけ、
穴あけや裁断の下準備をしたものを縫っていただき、
仕上げるところまで行います。
お父さんを師匠とする野谷さんから
父の日のギフトづくりを学べるなんて嬉しいですね。

革の色は青と緑の二色から選べます。

「菓子工房ルスルス」がある富士通り沿いには、
最近新しいお店が増えてきています。
職人の技を受け接ぐ工房と新しいお店のコラボレーションが
行われるのもここ、浅草ならでは。
今年の父の日は、手づくりに挑戦してみませんか?

                                  

父の日ワークショップ2015
日程 6月14日(日)15:00~18:00
講師 篠塚沙紀子・野谷久仁子
内容 「革靴べらをつくろう&ルスルスのお菓子と一緒にラッピング」
会費 6500円
定員 10名〜15名
会場 菓子工房ルスルス 浅草店
住所 東京都台東区浅草3丁目31-7
電話 03-6240-6601
お申し込みはメールにて。くわしくはこちら
定員がございますので、満員の際はご容赦ください。

野谷久仁子
菓子工房ルスルス

ウォールアートの力で 持続可能な国際支援 インド×アート×学校 ウォールアートプロジェクト後編

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インド×アート×学校 ウォールアートフェスティバル

インド先住民ワルリ族の伝統的な家を再生するノコプロジェクトは、
インドの学校をアートで支援してきた
NPO法人ウォールアートプロジェクトの活動から生まれた。
今回はその母体となった国際的芸術祭「ウォールアートフェスティバル(WAF)」と
ユニークな参加アーティストについて紹介したい。
芸術祭開催の目的は、現地の人々にアートの力を伝えること、
そして学校で開催することで教育の整備につなげていくことだという。
NPOウォールアートプロジェクト代表のおおくにあきこさんにお話を伺った。

「インドでは、識字率は50%前後という地域もあるんです。
教育の機会が保障されていないのが実状です。
アートを通じて、学校に通っていない子どもたちとその保護者に
学校に足を運んでもらうきっかけづくりをしてきました」とおおくにさん。

ウォールアートフェスティバルは2010年、
インドの最貧困地域のひとつと言われる北東部ビハール州で始まった。
発展途上地域の学校の壁をキャンバスに、壁画を描く芸術祭だ。
これは日本とインドのアーティストが10~20日間滞在し、
現地での交流を通じてアートをつくり上げるというもの。
最初の3年間北東部ビハール州にて開催したのち、
2013年、2014年は、ワルリ族の人々が暮らす
インド西部、マハラーシュトラ州、ターネー近郊のガンジャード村で開催された。

WAF2010年。教室内の壁4面と天井に描かれた 淺井裕介さんの作品。写真:中川十内

WAF2014年。加茂 昂さんの作品。1982年東京生まれ。絵画を単体で展示するだけではなく、複数枚並べたり重ねたり、絵を掛けた壁にじかにペイントするなど、絵画のインスタレーションという独自のスタイルも展開。2010年東京芸術大学大学院を卒業し、現在は絵画を中心に制作を行っている。写真:吉澤健太

アートで村人たちが一体となっていく

インドの貧困地区とウォールアート。そもそもの接点はなんだったのだろうか。

「きっかけは東京学芸大学で教育を学んでいた学生たちが、インドの現地を訪れたことでした。
満足な校舎のないインドの私設の学校に学ぶ場をプレゼントしたいと
お金を集めて学校を寄付したことから始まります。
学校を建てたあと、そこに子どもたちが集まってきた。でも、運営費はまったく足りない。
学校は建てて終わりではなく、運営していくために、
広く存在を知らせて、公的な整備を働きかけるために発信していく必要があると考えました。
校舎の白い壁を利用して、ウォールアートフェスティバルを開催すれば、
いつか現地の人々に開催をバトンタッチすることもできるのでは、と考えたんです」

日本人現地コーディネーターの浜尾和徳さんが、村に住み込み、
村の有志たちと実行委員会を組織した。
インド人と日本人、そしてアーティストと村人たちが一体となって芸術祭をつくっていく。
アーティストが学校の壁をキャンバスに壁画を制作する様子は公開され、
子どもたちは制作に打ち込むアーティストの姿を目の当たりにする。
その結果、開催した学校で通常より50人〜100人入学者が増える実績を残しているという。

開催地の人々との交流から生まれた、新しい未来を考えるコミュニティづくり、社会彫刻としての「ノコプロジェクト」。写真:NPO法人ウォールアートプロジェクト

WAF2012。淺井裕介さんの作品は現地で採集した土と水だけで描かれる。 泥絵は、消すことで再び土に戻る。描いた絵は、一定期間ののち再び白い壁に戻る。写真:三村健二

前回伝えたノコプロジェクトもここから生まれたプロジェクトだ。
WAFに参加のワルリ画家との出会いをきっかけにワルリの村とのつながりができた。
そこから壁の絵だけでなく実際に伝統的な家を建ててしまうというプロジェクトが生まれた。
プロジェクト自体がプロセスも含めた社会彫刻作品である。

ワルリの村で行われたWAFに参加したアーティストのひとり、遠藤一郎さんは言う。
「ワルリの村には無駄な物がない。生活のなかでゴミが出ない。
そういう循環のなかに生きている」
現地の人々にアートの力を伝えると同時に、
ワルリの伝統的な生き方を参加アーティストも学んでいくと言う。

WAF開催の目的は、現地の人々にアートの力を伝えること。そして学校で開催することで教育の整備につなげていくこと。WAF2013大小島真木さんの作品。写真:吉澤健太

高須賀 千江子さん。自然光ダンサー。横浜生まれ。即興ソロダンサーとして、ウォールアートフェスティバルに出演。現在は出雲市に在住。出雲神楽を学んでいる。写真:高嶋敏展

小池和也さんデザイン 「YOSHINO」。大阪発、 吉野杉を使った 洗練の徳利とお猪口

大阪を拠点に活動するプロダクトデザイナー、小池和也さん。
家具、雑貨、家電などのプロダクトを手がける
デザイン・スタジオ「Doogdesign.」を主宰されているクリエイターです。
コロカル商店」でも小池さんが携わるプロダクトが
販売されています。

さてこのたび、小池さんがデザインを手がけた、
吉野杉を使ったお猪口と徳利、「YOSHINO」が
海外のデザインブログなどで話題になっています。
このお猪口と徳利は、
吉野杉、陶器、ガラスという3種類の素材を見事に使い分け、
洗練されたシンプルなフォルムを実現。
熱燗用には陶器の徳利を
冷酒用にはガラスの徳利を。
それぞれに、持ちやすい直径約1.5寸の吉野杉製のお猪口が付いています。
円錐台の形状は下から杉の木を見上げた様子にちなんでいるそう。

ガラス。ガラス工房「fresco」さんが手がけています。宙吹きガラスで制作

陶器・黒。大阪府吹田市の「宮川陶苑」さんが手がけました。

陶器・白。こちらも宮川陶苑によるもの。

この大阪で開催されたアート・デザインイベント「ツムテンカク」
にて行われた、関西で活動する8名のプロダクトデザイナーが
お猪口と徳利のデザイン・試作をして発表する
プロジェクト「徳利とお猪口のデザイン展」で制作されたもの。
作品を展示もしながら、その作品でお酒を試飲してもらうという初めての試みでした。

お酒を注ぐとこんな感じに..!

「準備・制作期間が一ヶ月というとてもタイトなスケジュールでしたが、
何とか展示にこぎつけました。
今回僕は3種類の素材を使っていて、量産品でもそうなのですが、
異素材の組み合わせというのはとても難しいのです。
素材ごとに作る場所も性質も違うし、
実際に作ってみると思っていたようにならないこともあります。
どのような工程で作るかを最初に考えないといけません。
また、現場でのアドリブも必要になります」

京都「今宵堂」の素敵な酒器。 富士山のいただきを眺めながら 乾杯!晩酌のひとときを楽しく

初雪を迎えたような青富士と、あけぼの色のあかね富士。
あわい色合いが何ともかわいらしいですね!
これは、ひっくり返した盃を山に見立てた「山盃」というもの。
昔から日本人に親しまれてきた盃だそうです。

この盃を手がけたのは、
京都・鴨川のほとりにある「今宵堂」さん。
上原 連さん・梨恵さんご夫妻が
小さな町家でいとなむ、職住一体の酒器工房です。

「今宵堂」さんの酒器は、遊びごころが伝わってくるものばかり!

上は、チョビ髭をはやした「呑平(のみへい)さん」。
おとぼけ顔を相手に、のんびり呑みたくなりそう。

お次は、やわらかな白さがうつくしい、白瓷(はくじ)のうつわ。

薄い口づくりの盃は、お酒のおいしさを素直に味わえます。
「今宵堂」さんには白瓷、白釉、粉引など、多彩な白いうつわがあります。

こちらは、逆さにすると一羽の千鳥が佇む「千鳥足猪口」。

酔っぱらいの千鳥足にかけているそう。
何ともしゃれています。

このほか、おつまみをのせる肴器にも、
かわいらしいものがたくさん。

渡辺福美さん「島根の招き猫工房」 島根県浜田市に伝わる長浜人形が ポップでキュートに!

江戸時代から、島根県浜田市に伝わる土人形「長浜人形」。
この伝統を受け継ぎ、しかしポップにアレンジした
渡辺福美さんの「招き猫」が注目を集めています。
りんごやメロンのかぶりものをしていたり、
鯛を片手に持っていたり、とっても個性的な招き猫ちゃんたちです。

健康運アップのフルーツ招き猫りんごちゃん(税込)

「長浜人形」は、良質の粘土が産出するこの地で、
武家のように衣飾ひな人形や武者人形を飾る余裕のなかった
町人の間で広まったといわれている、素朴なお人形。
しかし後継者不足により、伝統の燈火が消えようとしていました。
そこにあらわれたのが渡辺福美さん。
もともと横浜市生まれの福美さんは、多摩美術大学を卒業後、
夫の実家がある島根県に引っ越します。
そこで長浜人形の師匠、安東三郎さんに出会い、
長浜人形の技を受け継ぐことになったのです。
もともとおもちゃが好きだった福美さんは、
長浜人形でかわいい「招き猫」を作ることを思いつきます。
師匠に相談しながら、このポップな人形たちが生まれたというわけです。

健康運アップのフルーツ招き猫レモンちゃん

健康運アップのフルーツ招き猫メロンちゃん

ワルリ族の伝統的な家を 建てることで見えてくる 「懐かしい未来」 ウォールアートプロジェクト前編

木と石と牛糞でつくられた家!?

2015年インドの先住民ワルリ族の村に、インド人棟梁のもと23人の日本人が集結。
木と石と牛糞でつくられた伝統的なワルリの家を建てた。
5年にわたりインドの学校で芸術祭を開催してきた
NPO法人ウォールアートプロジェクトの新しい取り組みだ。
現代人の多くが忘れている「何か」を取り戻す試み、それが「ノコプロジェクト」。

ノコプロジェクトを主宰するのが、おおくにあきこさん。
フリーランスライターとして、女性雑誌を中心に、インタビュー、旅行、ブックレビュー、
アートレポートなどを執筆してきた。
海外派遣やアートの記事執筆の経験を生かして、アート×学校×支援をキャッチフレーズに
2009年、NPO法人ウォールアートプロジェクトを設立。
インドの農村地帯で芸術祭を開催してきた。

おおくにあきこさんに「ノコプロジェクト」についてお話を伺った。

「ノコとは現地の言葉で『もう十分です』という意味なんです。
日本人23人、インド人15人が総力を結集し17日間で家を建てました。
インドの先住民ワルリの家は、木と土と石とゴーバル(牛糞)でできています。
ワルリ族はみな自分たちで家を建ててきたので
誰もが家の建て方を知っているんです」

そんな彼らとともにワルリの伝統的な家を建て、
そうすることで、ワルリの伝統的な暮らしを学び、
その体験からさまざまな智恵を学ぶ試みがノコプロジェクト。
現代の日本人が学ぶべきことがたくさんある、とおおくにさんは言う。

みなで建てた家を拠点に学び合いの場をつくっていこうとしている。

インド・マハラシュトラ州・ターネ−(パルガル)県に住む少数先住民族ワルリの家。セルフビルドで建てられる。材料は木と土と牛糞と瓦。

インドでは牛は聖なる動物。ワルリの伝統的な家はゴーバル(牛糞)が欠かせない。家の壁やアースオーブン、燃料にも使われる。

先住民ワルリの暮らしのすばらしさ

おおくにさんは先住民ワルリの暮らしのすばらしさをこう語る。

「清らかで穢れのない美しさがあるんです。
まるで日本の禅寺のような静かな美しさです。
そこにはひとが手でつくったものが使い込まれていて、今も使われている美しさもあります。
そういう昔ながらの暮らしが生きているんです」

そんなワルリの村もどんどんコンクリートとレンガの家に変わってきている。
レンガを焼くために木が切られ、自然が破壊されているという。
もともと自然のリズムのなかに生きてきた彼らの暮らしが崩壊しつつあるのだ。

そんななかでおおくにさんたちは、彼らの伝統的な家を再生し、
そこを拠点にした新たな学び合いの場をつくっていこうとしている。

「家づくりや伝統的な農業や養蜂などを通じて、失われつつある彼らの文化を学び、
いっしょに身体を動かし、細胞レベルで私たちの未来を考えていきたい」のだという。

ノコプロジェクトでは「循環」を学ぶ。土と藁と牛糞でアースオーブンをつくる。アースオーブンで食事をつくり、排泄物や残飯をモバイルコンポストトイレで肥料とし、農業に使う。
料理をするときに出た排水もバイオジオフィルターを通じて畑に循環する。

神奈川の伝統工芸品 「鎌倉彫」って知ってる? 横浜・三溪園で若手作家の 展覧会開催

鎌倉彫」ってご存知ですか?
神奈川県・鎌倉の地で、鎌倉時代から、800年の時を超えて
受け継がれる伝統工芸です。
桂の木材に、日本的な草花の絵柄を中心に力強く大胆に彫刻し、
柔らかさとあたたかみを出した漆塗りの工芸品。
鎌倉時代より仏具や茶道具として主に仏師の手によって作られ、
明治時代になって美術工芸として再興されました。
木地づくりから始まって、彫りも漆塗りも、
全てを手がけるには30cm位のお盆で
1カ月から1.5カ月位かかるほど。
大変な手間暇がかけられた工芸品なんです。

明日2015年5月27日(水)より、
そんな「鎌倉彫」の作品展示会が、
神奈川県横浜市の重要文化財「旧燈明寺本堂」にて開催。
木内伊作、宍倉幸、木内史子、
森本勒弥、4作家の作品が展示されます。