見学歓迎!千葉大学の 学生たちによる、千葉・館山 「茅葺屋根ふきかえプロジェクト」

失われつつある、日本の昔ながらの茅葺屋根の風景。
現在では茅葺屋根を維持するのにすごくコストがかかることや、
住みてがいなくなること、また人手不足によって
修繕されないままになっている民家も多いんです。

そんな茅葺屋根の保護のために活動しているのが、千葉大学「岡部研究室」。
5年に渡って、千葉県館山市で茅葺き屋根のふきかえを行っています。

彼らの活動では、ただ建築的なメンテナンスだけでなく、
実際に集落の集まりや畑仕事に参加することで
「里のライフスタイルと一体化したケア」を目指しているのだそうです。

そして使う茅も、冬場に自分たちで刈り貯めた茅束を使って毎年葺き替えをしています。
1度でとれる茅は非常に限られていて、屋根を全面葺き替えることはできないため、
毎年毎年、すこしずつ葺き替えをしているのです。

今年も、本日から15日まで葺き替えを行う予定。
茅葺職人の野村泰三氏(屋根屋かやぞう)をお招きし、
学生たちと茅葺き作業を行います。見学も歓迎とのこと。
場所は千葉県館山市塩見349の「かやぶきゴンジロウ」。
お近くの方はぜひ応援におでかけしてみてはいかがでしょう。

茅葺き古民家ゴンジロウの「第3回かや屋根葺き替え」

佐賀県の ユニバーサルデザイン作戦。 トイレ洋式化計画スタート!

佐賀県がユニークな取り組みを始めました。
それが、和式トイレの洋式化。
来客用トイレがある民間施設や公共施設
が洋式トイレに取替えたり、増設する際に補助金を出す
「身近なユニバーサルデザイン(トイレ洋式化)推進事業費補助金」
を行います。高齢化が進む中、誰もが外出しやすい
環境づくりをすることが目標です。

佐賀県では「三世代みんなが安心して暮らせる県」をめざし、
ユニバーサルデザイン(すべての人にとって使いやすいように
意図したデザイン)を推進しているのだそう。すてきな取り組みですね。

佐賀県 身近なユニバーサルデザイン(トイレ洋式化)推進事業費補助金

映画と食を楽しむ 「ごはんつき上映会」も! 映画と食をつなぐ 「大阪中之島ごはん映画祭」開催中

人と食のつながりを描いた、
『おいしい』映画を選りすぐって上映。
それだけでなく、映画にちなんだ食を体験し、
人と語らうスペシャルなイベント「大阪中之島ごはん映画祭」が、
ただいま大阪・中之島BANKSを中心に開催されています。
人と食のつながりを、目で、心で、舌で、
感じて楽しむというコンセプトの映画祭です。

注目は、映画を上映後、その内容に沿った
フードをいただく「ごはんつき上映会」。
2013年11月3日(日)には、
インテリアスタイリスト:下嶋ひとみさんによる
テーブルセッティングされた空間でイランディナーをいただく
「ごはんつき上映会 イラン式料理本」。
11月2日(土)~4日には映画「アメリ」を見ながら、
アイシングクッキーやポーセラーツの
プロデューサーによるスイーツをいただく
「ごはんつき上映会 アメリ」も。

ごはんつき上映会の会場は、
オシャレな堂島エリアの
堂島リバーフォーラム[CAFE]、
中之島BANKSの
「中之島デザインミュージアム de sign de >」、
「SAINT-LOUIS AMUSE」、「Tous les jours」。
11月4日(祝)にはネギマンも会場にやってきます。
映画と食の繋がりを体感しにおでかけしてみては?

大阪中之島ごはん映画祭

YCAM10周年記念祭 第二期 現場レポート

山口情報芸術センター、通称「YCAM(ワイカム)」の
10周年記念祭の第二期が、11月1日より開催。
YCAMスタッフの田中みゆきさんによる現場レポートをお届けします。

長い時間をかけ、新しい表現として昇華した作品。

坂本龍一さんをアーティスティックディレクターに迎え、
<アート><環境><ライフ>をキーワードに展開してきた10周年記念祭。
館内だけでなくまちなかにも展開し、ツアーパフォーマンスや爆音上映会など
イベントも盛りだくさんだった賑やかな夏の第一期から、
第二期は坂本龍一さんの作品を中心に厳かなムードで開催される。
坂本さんは2年前の冬から定期的に山口を訪れ、10周年のプレイベントとして
地元の小学生とのワークショップやライブイベントなどを行いながら、
作品制作のためのリサーチやディスカッションを重ねてきた。
第二期では、坂本さんがもともと持っていた自然観と
メディアテクノロジーに対する感性に裏打ちされた作品群が、
今回のYCAMとのコラボレーションの集大成として披露される。

坂本さんが第二期で発表する作品は計3点で、ズバリ10周年記念祭のテーマである
<アート><環境><ライフ>の名を冠する大規模な展覧会として構成される。
第一期で既に公開されていた『Forest Symphony』は、
木の生態電位を音楽に変換するプロジェクト。
国内外の木に取り付けられたセンサーから送られたデータが
YCAMのホワイエで一堂に会し、シンフォニーを奏でるという作品だ。
それに加え、2007年にYCAMの滞在制作を経て発表された
『LIFE-fluid, invisible, inaudible...』(以下『LIFE-fii』)を
大幅にアップデートした『LIFE-fii Ver.2』、
そして『LIFE-fii.』を共同制作したパートナーである高谷史郎さんとともに、
水を使った新たな表現に挑む『water state 1』が同時に公開される。
3作品に通底するのは、坂本さんの水への深い関心だ。

坂本龍一さんと高谷史郎さんによる『LIFE-fii』はバージョンアップした『LIFE-fii Ver.2』として展示。

『Forest Symphony』をつくるきっかけも、水とは無縁ではない。
坂本さんが40年近く前に読んだ本に、こんなことが書かれていたそうだ。
昔、樹に嘘発見器を取り付けて樹がどういう反応をするか調べた人がいた。
すると、樹のそばでほかの生物が死ぬと樹が反応したり、
ある種、樹にも感情があるかのような反応が見られたという。
その描写が強く印象に残っていた坂本さんは、
その後more treesの活動を通して森や樹についてより深く学ぶようになり、
「樹は直立している水の柱である」という竹村真一さんの言葉で、
それまでの樹の見方が変わった。
そのことが『Forest Symphony』をつくる大きなきっかけになったと語る。

木にセンサーを取り付け、生態電位を音楽に変換する『Forest Symphony』。

ただ、坂本さんはそのように以前から水に興味を持っていたが、
水そのものを具体的な作品としてどう扱っていいかは考えあぐねていたという。
しかし今回新作を制作するにあたり、高谷さんとの話し合いの中で、
水のさまざまな異なる様態を扱う、シリーズ化したインスタレーションを
つくりたいと思うようになった。
その始まりとなる『water state 1』の制作にあたり
インスピレーションを受けたのは「自然への窓」であり、
日本人の自然観をとても良く表している表現形式でもある「庭」。
さまざまな音や光の変化が詰まった、庭を見て楽しむような
空間をつくりたいという思いから制作を進めてきた。

6年前にYCAMで制作された作品『LIFE-fii』も、
霧をスクリーンに見立てて映像を鑑賞するという
水の要素が含まれた作品形態をとっていた。
20世紀そのものをオペラの台本に見立て構成し制作された舞台公演『LIFE』。
それをインスタレーションとして構築し直し、YCAMでの滞在制作を経て
2007年に公開されたのが『LIFE-fii』だった。
その下でいつかピナ・バウシュに踊ってもらいたいという夢を描いていた坂本さん。
その夢は残念ながら叶わなかったが、今回は野村萬斎さんという、
現代において能・狂言をアートと結びつけ表現するのに最高のパートナーを中心に、
能楽コラボレーション『LIFE-WELL』(WELLは井戸やわき水といった意味)
というかたちで上演することとなった。

能楽コラボレーション『LIFE-WELL』は、『LIFE-fii』の下で10月22日に上演された。

公演は二部構成で、第一部は水に関係する3つの演目が上演された。
狂言の「田植」、舞囃子「賀茂」という古典に始まり
坂本さんの即興演奏と囃子方たちのコラボレーションによる素囃子「猩々乱」。
そして第二部には能に影響を受けたアイルランドの詩人・劇作家の
W・B・イェイツによる戯曲「鷹の井戸」と、
それが能に翻訳された「鷹姫」を融合させた、まったく新しい演目を披露した。
『LIFE-fii』の9つの水槽の下で、能の装束をまとった
シテ方の梅若紀彰さんと、洋装の野村萬斎さんが相見えるという、
時空や表現形式を超えた非常に刺激的な試みとなった。
『LIFE-WELL』の世界観はインスタレーションとしても展開され、
市内の野田神社の境内の、坂本さんが惚れ込んだ古池の中で、
霧を発生させる装置と霧の量に反応して音が変わるサウンドシステムが
幻想的な空間を生み出している。
宮司さんが「初詣以来」と喜ぶほどの人出で、地元の市民たちが多く詰めかけている。

幻想的な光景の中で展開する『LIFE-WELL』インスタレーション。

<アート><環境><ライフ>について、坂本さんは以下のように語る。
「メディアアートというものがコンピュータや
プロジェクターを使った先進的なものだけでなく、
自然災害やそれに大きな影響を受ける私たちの生活そのものと
どう関係をとり結んで表現をしていけるかというのは、
メディアアートという新しいアートの形式にとって大きなチャレンジでもあり、
大きなステップともなるだろうと感じています」

継続しながら、進化するプロジェクト。

第一期で市民や来場者を巻き込んでまちを賑わせた
まちなかでのプロジェクトも、引き続き展開している。
メディアを生活の中で捉え直す作品を公募した『LIFE by MEDIA』は
その中心となるプロジェクトだ。

「服の図書館」を運営した西尾美也さんの『PUBROBE』は、
装いを新たに「服の家」を公開制作する。
市民から集めた服飾品を解体し、かつて展示会場に存在した家を
市民と共に再建することで、まちの記憶に新たな装いを与える試みとなる。

西尾美也さんは「服の家」を新たに公開制作する。

また、お金ではなく利用者が得意とすることを取り扱う、
深澤孝史さんの『とくいの銀行 山口』は、
第一期の間に約700個もの“とくい”を集めた。
7つの管轄に分かれた商店街を「ななつぼし商店街」と呼び、
小学生を中心とした「ちびっこ銀行員」やボランティアスタッフが
各店舗を回りながらとくいをコツコツ集め、「ななつぼし商店街MAP」を完成させた。
『とくいの銀行』は第一期が終わってから
第二期が始まるまでの休止期間もボランティアスタッフで運営され、
ちびっこ銀行員の間では「頭取(深澤さん)がいない間、
どうやって銀行を守っていくか」という話し合いまで行われたようだ。

女子大生が、神社の神主さんの「お祓いします」という“とくい”を引き出し、銀行に一日だけ神社を開くというお祓いイベントを開催。

最後に、これまで走った人や動物、自分の過去のデータとかけっこで対戦できる、
犬飼博士さんと安藤僚子さんの『スポーツタイムマシン』。
第一期で7888回体験され、第二期に向けて、コミュニティの中で
データを残していく方法についてみんなで継続的に話し合うイベントを準備中。
会期中に歩けるようになった子どもを連れて親子が走りに来たり、
作品をきっかけに子どもの人見知りが直ったと感謝されたり、
こちらも子どもたちに愛される作品となった。
第二期の準備中にそわそわと中の様子を覗く子どもの姿も見られた。

スポーツタイムマシンでは、第一期の最後に「スポーツタイムマシン大メディア運動会」を開催した。

子どもたちがつくるメディア公園『コロガルパビリオン』も
2回の「こどもあそびばミーティング(子どもたちが集まって
公園の機能について話し合うワークショップ)」を経て、
公園の遊び方にさまざまな広がりを見せている。

「こどもあそびばミーティング」では、子どもたちが公園をもっと楽しむための機能を考え話し合った。

先日、横浜黄金町でも再演された、
街を漂うように映画を体験する『5windows 山口特別編』や
『架空の映画音楽の為の映像コンペティション』受賞作品上映も引き続き開催中。
日々、世界の脈打つ生の空気を配信する
宇川直宏さんによるライブストリーミングチャンネルDOMMUNEの
期間限定アーカイブシアター&スタジオ『YCAMDOMMUNE』も、
会期中3回のスタジオ配信を予定している。

<アート><環境><ライフ>のテーマに迫り、
アーティスティックディレクターの坂本さんの思想を色濃く反映した第二期。
会期は27日間だが、坂本さんの3作品は来年3月2日(日)まで公開される予定だ。
メディアテクノロジーを軸に展開してきたYCAMの
次なる10年に向けた新しいアートのかたちを感じに来てほしい。

NO ARCHITECTS vol.1: 住みながらつくる家

NO ARCHITECTS vol.1
“このはな”で出会った、風呂なしの木造二階建て

はじめまして。NO ARCHITECTSの西山広志です。
大阪の此花(このはな)区梅香というところで建築の仕事をしています。
このあたりは、大阪の中でも昭和の下町情緒あふれるまち並みが残る地域で、
ここ数年、アーティストのアトリエやギャラリー、
カフェやショップ、住居、事務所など、
リノベーション物件が、少しずつ増え始めています。
ぼくらもこのはなで開催されるイベントのお手伝いや地域情報の広報活動、
内装の設計やデザインで何軒か関わっています。

「このはなの日2013」というまちなかイベントのときのマップです。「このはな」と呼んでいるエリアはこんな感じです。

ぼくらの自宅もこのはなにあり、「大辻の家」と呼んでいます。

外観。外装は廃材の銀色の波板を使っています。このはなのまちなかでよく見かける素材です。家の脇にある路地の奥にアパートと屋上への階段があります。

この家と初めて出会ったのは、2009 年。
「見っけ!このはな」というイベントの中の空き物件ツアーでした。
当時の印象は、玄関が北を向いていてどんよりした感じ。
中に入っても、雨戸が閉まっていたせいもあって真っ暗。
お風呂もありませんでした。

かろうじてキッチンのタイルはいいなあと何となく覚えていた程度。
立地もT字路に面していて、窓をあければ目の前は道路が奥に伸びています。
つまり、全く惹かれない物件でした。
まさか、自分が住むことになるとは、想像もつきませんでした。

こちらが大辻の家のビフォー。

しかし、2011年 に事務所をこのはなに移したことをきっかけに、
ここに住む人たちとの関係を深めていく中で、
このはなに住むことを考えるようになりました。
賃貸なのに改修可能で、
辻(十字路やT字路のこと)に面していることは、
逆に言えば、見通し、風通し良好ということ。

いつのまにかこの物件を魅力的だと思うようになっていきました。
そして、自分たちが住み、リノベ−ションしていくことで、
この物件の特性を活かしながらも、
理想的なライフスタイルを表現できると確信しました。

さらに、「大辻の家」と呼ばれるこの一軒家は、
裏にあるアパートとは、階段室で繋がっていて、少し特殊な建ち方をしています。
全体をまとめて借りることで、アパートの屋上が自由に使えたり、
コストも抑えられた事から、友人とともにシェアすることになりました。

自分たちの暮らしに合わせて、
ひとつひとつリノベーションを考えていきました。

1F奥のアトリエ。事務所で終わらなかったデスクワークをしたり、簡単な木工作業場として使っています。

暮らしを豊かにする方法

引っ越す前に、トイレとお風呂とキッチンの整備などの大規模な工事だけは、
工務店と大工さんにお願いしました。

このはなには、素敵な銭湯がたくさんあるので、
お風呂をつけるかどうかは最後まで迷ったのですが、
結局、洗濯機置き場だったところにお風呂の小屋を増築しました。
理由は、3年間銭湯に通ったときのコストの比較の結果と、
お風呂にまつわるおもしろいプロジェクト「風呂ンティア」を続けている、
画家の権田直博さんに銭湯画描いてもらいたかったから。
彼は、個人宅のお風呂に銭湯画を描いています。いろいろ要望にも応えてくれて、
ぼくらは大小の円形のフレームの中に、「宇宙インコ」と、
「富士山とシカ」を描いてもらいました。

お風呂の内観。小さなユニットバスですが、とても広く感じます。

トイレはタイル敷きの和式便所が窮屈だったので、
洗面スペースと一体にして洋式の便座を入れました。
床を敷き直して、壁も塗り直すと、とても清潔感のあるトイレになりました。
窓からは磨りガラス越しに隣のおばあちゃんが毎日手入れしている
庭の植木が見えます。
たまに枝切りばさみのカチカチという音がして、ほっこりします。

1F内観。もともと玄関だったところの半分がお風呂の入口になっています。

タイルが気に入っていたキッチンはできるだけ、そのまま使いたくて、
ボロボロになっていたシンクの内側部分のタイルだけ壊して、
ステンレスのシンクを上からカポッとはめました。
食器棚は、ぼくのお父さんが学生時代に使っていた本棚で、
ダイニングテーブルは、相方のお父さんが子どもの頃から使っていた勉強机です。
古いものが特別好きというわけではなくて、
もともとあったものを最大限に有効利用して、最小限の手を入れています。

全体的に意識したのは、ガスや水道、電気、ネット、排水まで、
できるだけ隠さず、目に見えるように取り付けています。
どこから来て、どこに流れて行くのか。
日常生活の中で忘れてしまいがちな感覚を、少しでも実感できるように。

キッチン。流しの前のすりガラスの柄も気に入っています。あと、豆苗を観葉植物として育てています。

家具は生活していくなかで必要になったら、
急かされるように、少しずつ、つくり足しています。
その都度、必要な場所に必要なサイズで。
今は、ちょうど玄関の踏み板をつくっているところです。
コスト面から考えても、少しでも無駄なものはつくらないほうが良いと思っているので。

寝室とリビングの間の壁。今は出窓のように開口部だけ突き出していますが、家型の壁一面を棚にする予定。

照明も同じです。生活に合わせて、明るさをコントロールできるように、
2階の5つある照明は、6段階に調整できます。
そのほうがずっと健康的です。
そんな些細なことが、実は重要だったりします。
自分たちの理想の生活に合った家は、
もしかしたら、低コストで見つけることができるかもしれません。

最低限の豊かな暮らしを心がけることが、
NO ARCHITECTSの目指すところでもあります。

2F内観。寝室は、空の色が映り込むように白く塗っています。リビングは、天井を抜いて屋根裏ギリギリのところまで空間を広げています。

ゆるやかに友人たちとつながる暮らし

裏のアパートの2部屋に住んでいるふたりは、大学からの友だちです。
ひとりが近所にあるモトタバコヤというスペースでカフェをしているパティシエ。
もうひとりは、服をつくっています。
シェアハウスと言えど、それぞれ住居スペースは独立していて、
階段室と洗濯機置き場と屋上を共有しています。

屋上へは、2Fのクローゼットの奥の勝手口からも出ることができます。

各々の生活にあった暮らし方を束縛することなく、
時には、共有スペースの使い方を、住人みんなで話し合いながら、
より楽しい生活になるように、つくり足していっています。
リノベーションは完成させてしまうことよりも、
生活に合わせて更新していけるようにしておくことが大事だと思っています。

天気の良い日は日向ぼっこしたり、みんなでバーベキューをしたりしています。

information


map

NO ARCHITECTS

住所 大阪市此花区梅香1-15-20
http://nyamaokud.exblog.jp/

62万人が訪れた 「あいちトリエンナーレ2013」 閉幕。オカザえもんのセンパイ 「長者町くん」とは?

名古屋市内、岡崎市内をメイン会場に、
愛知県をあげて行われた国際芸術祭
「あいちトリエンナーレ2013」が10月27日に終了しました。

震災以降の「揺れる大地-われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」
をテーマに、34の国と地域から122組のアーティストが参加したこのお祭り。
会期中、なんと62万人あまりが来場しました。
これは3年前に行われた第1回の約57万人を超す人数なのだそうです。

Tシャツ買ってのダンス

あいちトリエンナーレにおいては、愛知芸術文化センターや
名古屋市美術館、納屋橋などさまざまなエリアが会場となっていました。
そのエリアのひとつである「長者町」は、かつては栄えていた
繊維問屋街の長者町の空きビルや壁面を利用した会場。
まち歩きを楽しみながらアート作品を観賞するようになっています。

このエリアに、週末になると出現していたのが
さきほどから写真でご紹介している「長者町くん」。
白くてフカフカしてて可愛いんですよ。
そう!「オカザえもん」を作った現代美術作家「斉と公平太」さんの
デザインによる長者町のキャラクターです。

最初に登場したのは2009年。彼もオカザえもんと同じく、
もともとはれっきとした現代美術の作品だったんですね。
フェスティバルは終わってしまいましたが、
長者町くんのFacebookページもありますので是非御覧ください。

長者町くん

山ノ家 vol.1: 「好きにしていい空き家がある」 と言われて

山ノ家 vol.1
構想はいつも妄想から始まる

「ある空き家があって、誰かに好きに使って何かやってほしい」
そう聞いたのは、2011年の初夏のこと。
震災後の東京ではなんだか皆がいそいそと通常どおりの生活に戻っているふりをして、
まだどこか上滑りな気持ちと折り合いをつけかけていた頃のことだ。

僕らは、東京・恵比寿を拠点にgift_という名前で空間のデザインや企画の仕事をしている。

恵比寿の僕らのスペースgift_lab。中央に置かれた可動の本棚は間仕切りにもショーケースにもなる。それをぴたりと壁に寄せてしまえば、30人くらいは入れるまあまあの広さのイベントスペースになる。限られた空間を臨機応変に変化させながら使うというかたち、これも「リノベーション」のひとつのあり方だと思う(現在はスペースの一部を別チームとシェアしている)。

古いビルの2Fの一室を、展示やイベントスペースなどとしても機能するように、
可変な空間として内装も自分たちでできることは手がけた。
事務所でありながらも人が出入りする「場」としてオープンに、
かつ多様で刺激的な空間として2005年にスタートし、
音楽のイベントやアーティスト・トーク、上映会、アートワークの展示などを
実験的にいろいろ行ってきた。
おかげでさまざまなアーティストとの縁もたくさんつながっていった。

しかし、これが例えば1Fでカフェなどが併設できたらやれることが広がるのでは、
といった考えが次第によぎるようになっていた。
もっと開かれた、人が自然に集い、行き交い、
出会えるような「場」をつくりたいという気持ちを漠然と心の中に持ちつつ、
まちなかのビルの空室をおもむろに外からのぞきこんでみたりもするけれど、
なかなかそう好都合な物件は近くには見当たらず。
また、そこまで真剣に探すつもりもあまりなかったのだとも思う。

そんなとき、冒頭の「空き家」の話を聞いた。
しかもそれは都内ではなく、新潟県中南部の十日町市まつだいにあるという。
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の開催地のひとつとして知られている土地だ。
地方で行われるアートイベントの先駆けだった大地の芸術祭に、以前僕らも訪れたことはあった。
すばらしい里山の風景の中に、
アートの作品がこつぜんと姿を現すという
なんともわくわくする体験を思い出した。
移動は少し大変だったが、今となっては不思議とポジティブな印象しか残っていない。

この越後妻有の地にある空き家。
その上「好きにしていい」というのが、僕らにとってはとても魅力的な響きだった。
漠然と、しかし、ふつふつと温めていた「より開かれた場」についての妄想が、
思ってもみなかった土地での話と不思議と結びついた。
それはおそらくほぼ初めてと言っていいほど、
いわゆる「地方」と呼ばれているようなエリアに自分ごととして興味を向けた瞬間だった。
ここで何かできるのかもしれない。面白そうだ。直感的にそう思った。
なぜか分からないが何か可能性があるような気がして、とにかく現地を見に行くことにした。

そして、物件を前にして

十日町市まつだいは東京の都心からは、車で行くと3時間から4時間かかる。
行きの車の中で、仲介者である知人を相手に、何ができるのか、何ができないのかも
分からないながらも、これからの勝手な妄想を広げていた。
構想はいつも妄想から始まる。

まつだいの風景。この先に空き家のある商店街がある。空がとても広く感じられる。

最初にイメージを重ねたのは、ちょうどその前年までディレクターの一員として関わっていた、
「CET=Central East Tokyo(セントラル・イースト・トウキョウ)2003-2010」のことだ。
東京の東側のエリアで8年間行われたイベントで、これをきっかけに
少しずつアーティストやデザイナーたちがイベント会場となった空き家物件などに移住したり、
アトリエをかまえたりしだして、ある意味自然発生的に(イベントの時にだけ賑わうのではなく)
日常的に面白いことが営まれているまちへと変容していった。

CETとは、神田と隅田川の中間にあるエリアの、馬喰町の問屋街や近隣のオフィスビルなどで行われたイベント。ムーブメントと言った方が正しい表現かもしれない。東京・丸の内からあまり離れていない区域でありながら、当時、地価が下落してややシャッター街化していた都市のスキマの空き地や空き家などで、アーティストやデザイナーが作品展示やパフォーマンスなどを行い、数日間、実験的にまちそのものを同時多発の仮設ギャラリーに変容させた。

その状況を目の当たりにした経験はまだ記憶に新しく、
このプロジェクトに関われたことは現在の僕らの発想や活動に重要な位置を占めている。
環境は違うが、まつだいでもそんなふうにすることができたらそれは本当に理想的だな……などと
妄想はとどまる所を知らずに僕らの頭のなかで広がっていった。

まず、人が出入りしやすいようなきっかけとしての、カフェをつくろう。
そして滞在もしてもらえるような宿泊設備が併設されているといい。
カジュアルに、でもかっこいいような。
東京とローカルをつなぐような新しい拠点となってもいい。
もちろん、地元の人たちとも何かできたら。
ワークショップやイベントなども、ユニークに企画できるかもしれない。

と、妄想が膨らむ一方で、一抹の不安も頭をよぎらなかったわけではない。

その地にいる人たちは、どんな人たちなんだろう? うまく受け入れてもらえるのだろうか?
とはいえ、今、
僕らは東京に事務所を持ち、東京に生活の基盤を持っている(それを捨てるつもりはない)。
果たして、東京と里山を行ったり来たりしながら
両立させてやっていくという選択肢の可能性はあるのだろうか?
一時的なイベントではないかたちで、何かをやり続けることは可能なのだろうか?

物件がある街並みはこんな感じ。

その空き家は、「ほくほく通り」という商店街のちょうど真ん中あたりにあった。
通りは昭和の終わり頃まではとても賑わっていたというが、現在はその面影はなく、
商店らしき看板を残してはいるが、
明らかに今は住宅としてしか使われていない……というところも少なくない。
いわゆるシャッター商店街とはちょっと違うのだが、少しさびしい印象だった。
事前に最近の様子というのを写真で見ていたので、
ある程度の覚悟はしていたが、実際に見ると現実に引き戻された感じになる。

これがその物件……。

そして、空き家は何も特別な感じのない、
古民家でもない、店舗兼住宅? 倉庫? といった物件だった。
正面の開口部には重たい錆びたスチールのシャッターが付いている。
脇には木枠でざっくり囲ってある物置のようなものがあり、
何に使うのかわからない容器やら、スキー板やら、さまざまなものがごちゃっと放置されている。
古民家という言葉から連想されるようなある種の情緒的な雰囲気はない。
物件そのものの表層には魅力は(失礼ながら)全く無く、
中途半端に昭和の時代を感じるようなトタンが貼られていて、
あきらかにだいぶ放置されていたような感じだ。

うーん、これはリノベーションのしがいのある物件だな……(冷汗)

シャッターをあけ、中に入ると、とにかく物が以前のままにぐしゃぐしゃとたくさん置いてある。

何はともあれ、まず必要になる電気。分電盤を探し、既存の電気容量をチェック(暗くて良く撮れていないが)。

しかし、同時に、どんな物件であろうと
「全く違う存在に変換できる」という、不思議な、そして確かな自信があった。
もちろん、それはいつものことなのだ。

あとは、僕らがここにどのように関わっていくことになるのか。それ次第。
そこで大きな決断をすることになるとは、まだこの段階では考えても見なかったのだが――

つづく

驚異!101歳の アマチュア画家、江上茂雄さんが 描くクレパスの世界。 福岡県立美術館で個展開催

ただいま、福岡県の天神にある「福岡県立美術館」にて、
展覧会「郷土の美術をみる・しる・まなぶ 特別編
江上茂雄 ― 風ノ影、絵ノ奥ノ光」が開催中。
福岡出身で現在は熊本在住の画家、江上茂雄さんの絵画が展示されています。
この江上さん、なんと現在の年齢が101歳。そして、美術の教育も受けておらず、
プロとして活動したこともない、完全なアマチュア画家なんです。

こちらが江上さん。
江上さんに関してはろいろ驚くことがあります。
まず、15歳で三井三池鉱業所建築課に入社。
絵を描くことが好きで、会社員をしながら、休日になると
クレパスやクレヨンを手に取っては
大牟田市の風景をスケッチしていました。
昭和47(1972)年に定年退職後は、熊本県荒尾市にお引越し。
毎日自宅から1~2時間歩いた場所でスケッチし、
水彩画を1枚仕上げて帰ってくるという生活になりました。
そうして描き続けた日々の中、90年で描きあげた絵画の数はなんと2万枚!
その作品たちが、展示されているんです。

「習作」1927年前後、水彩

独学で絵を描いてきた江上さん。
江上さんの作品はクレパス・クレヨンを塗り重ねた
独特のマチエールが特徴ですが、
それは油絵の具が高くて買えなかったことから苦肉の策で
生み出した作風でした。

「もう眼も、手足もよく動かなくなったけど、
それでも毎日、絵をやってないと寂しい、
情けない気持ちになって、落ち込むんです。
絵を描いておれば飽きることがないし。
それで毎日、これが最後の作品になるかもしれないと
思いながら、つくってるんです」(江上さん)

『私の筑後路』より、1973年以降、木版画

そしていま、江上さんは木版画をつくっています。

この展覧会は、九州のローカルな美術を楽しく深く紹介するシリーズ展
「郷土の美術をみる・しる・まなぶ」の5回目にして特別編。
普段自発的に美術品に触れることが少ない子どもや親子にも
美術を楽しんでもらうための試みです。
福岡県立美術館の学芸課で、本展覧会を担当されている竹口浩司
さんはこう語ります。

「このシリーズで大切にしたいのは、人がいかに土地とつながって生きて在るのか、
美術という営みはその生と土地とのつながりから
どうやって生まれるのかという視点です」

昭和34年(47歳)から47年(60歳)ごろまで続けられた、実験的なシリーズ『私の手と心の抄』より、1960年代、クレパス・水彩

会期中はワークショップも多数開催。
美術館には、看視スタッフとして来場者を
おもてなしする「ハンズさん」もいますよ。

郷土の美術をみる・しる・まなぶ 特別編

江上茂雄 ― 風ノ影、絵ノ奥ノ光

MAD City vol.1: 自分でつくる家で暮らすこと

MAD City vol.1
DIY可能な物件を探して、生まれるコミュニティ。

MAD Cityが立ち上がり、早3年。さまざまな方と出会い、
千葉県松戸市で面白い空間をプロデュースしてきました。
はじめまして、MAD Cityの赤星です。

MAD City、読みは「マッドシティ」です。
私たちはJR松戸駅の駅前だいたい半径500メートルのエリアを
「MAD City」と呼んで、まちづくりをしています。

MAD Cityのまちづくりはビルを建てたり、
道路を広げたりするようなものではありません。
まちの中で長いこと使われていない建物を探してきて、
それをアーティストやクリエイターのアトリエにしたり、
工房にしたり、自由に改装できる住居にしたりしています。

その名も「MAD City 不動産」として営業しています(……名前が安直)。
このMAD City 不動産を通じて
ここに移り住んでくれた人たちと多種多様なプロジェクトに取り組みながら、
ここを「他ではできないことができるまち」にしていこうとしています。

じゃあそんなMAD Cityににはどんな人がすんでいるんでしょう。
というわけで今回はMAD City不動産を担当している
殿塚の暮らしを覗いてみたいと思います。

メイン写真にも使われてる「古民家スタジオ 旧・原田米店」はMAD Cityの代表的な物件。100年以上の古民家をひと続きのアトリエとして改装し、定期的にイベントが行われている。間口の奥にはこのような広々とした庭が。敷地にある建物それぞれを活用中だ。

自給自足する暮らしに憧れて

こんにちは。MAD Cityの殿塚建吾です。
千葉県松戸市出身です。苗字は偉そうですが、実際は偉くないです。
普段は不動産担当として古民家や、空き家だらけのマンション、
扉が外れかけている一戸建てなどを探して回ったり、
内見に来てくださった方と一緒に物件やまちを見て歩いたりしています。
今住んでいる物件はあるきっかけがあって自分で見つけました。
思えばMAD City で住居を借りた一番最初の入居者かもしれません。

殿塚が住む家。通称自給ハウス(勝手に命名)。

子どもの頃から、農家を営んでいた母方のおばあちゃんのように、
家族が仲良く、自然とともに笑って暮らす生き方をしたいと思っていました。
そんな暮らしを模索しているうちに学生時代に環境問題に興味を持ち、
卒業後、古いマンションをリノベする不動産会社に就職。
その後、CSRの企画会社に転職し、野山を奔走してました!

ふたつの仕事を経験するうちに、大げさにエコを掲げるより、
地域に根ざして田んぼや畑をつくったりする生き方のほうが本質だなと思って、
いろいろな地方を放浪。
最終的には千葉の房総半島に移住しました(つまり当時ニートです)。
房総では自給自足をしている古民家カフェに居候をしていましたが、
ある日カフェの方から、
とにかく超自給自足しているすごいおじいさんがいると聞き、会いに行きました。

おうちを訪ねると、その自給ぶりに驚きました。
無農薬の田んぼや畑、炭焼きをする窯、地下に掘られた芋の貯蔵庫、
おじいさんは食べるものから使う道具まで、全てを自分でつくって使っていました。
感動する僕を、さらに感動させることが!
おじいさんについて、森の中へ行くと、

さっきまでのんびりしていたおじいさんが、
急に戦闘態勢に入り「ちょっとそこどけ〜!!!」と叫んで、
僕を少し離れたところまで避難させました。
すると、おじいさんはおもむろにチェーンソーを取り出し、
高さ4メートルはあろうかという大木をバッシバシ、切り倒していきました。

そう。なんと山に来たのは、建てる家の木材を確保するため。
「え、材料から自給してんの!! まじすげーーー」
と、テンションがあがった自分はその日から、
自分がなんかできるところまで自給自足したいと、おじいさんに憧れてしまったのです。
とにかくおじいさんにいろいろ教えていただきたくて、
お話を聞いていたらこんなやりとりに。

おじいさん:「君、出身はどこ?」

殿塚:「千葉の松戸です」

おじいさん:「ま、松戸!! 俺の前の家のそばじゃないか」

殿塚:「え、そうなんすか?」

おじいさん:「40年くらい前に俺がひとりで建てたアパートあって空いてんだよ。
自由にしていいから誰かいないかな?」

殿塚   :「ミラクルなう!!!!!(心の中で)」

という訳で、偶然出会った松戸の物件。
でも当時の僕は房総に引っ越していたので、
おじいさんの家を知り合いだったMAD Cityのみなさんに紹介し、
入居者を募集をしてもらいました。

募集を開始してちょうど1か月後。
東日本大震災が起こりました。
これをきっかけに僕は松戸に戻ろうと決めて、そのおじいさんの家もお借りすることにしました。
同時にMAD Cityのスタッフとして合流することに。

ド素人でも、改装してみる

実際に行ってみたその家は、立ち入って3歩で足裏が真っ黒になる状態。
あちこちの壁紙ははがれ、
トイレの床は腐りかけて、シャワーからは水が漏れていました。だけど、
古さゆえのなんとも言えない味わいと何より運命的な出会いが決め手になったのでした。
もちろん最初は自分がこの家をどうできるかわかりませんでした。
でもおじいさんはひとりでこの家を建てたんだから、
直すくらいド素人の自分でもなんとかなるだろう。
そこから僕のDIYライフがスタートしました。

まずは、掃除して、掃除して、えっとまだ掃除して……
なんとか入れるようになって最初に直したのは、一番実用的なところ。
水回りの水栓とお風呂のシャワーを交換しました。
慣れないと大変なのに見た目があんまり変わらないので、
個人的に一番地味な作業に認定。

次にトイレの床を張りかえたり(手抜き)、

トイレの床(左:before 右:after)

和室の壁に漆喰を塗ったり(雑)、

漆喰壁にDIYした和室。

ロフトを解体して木材むき出しの屋根裏にしたり(解体しただけ)、
ベランダのトタンを透明なものに張り替えて(途中落ちそうだった)
太陽の光が入るようにしました。

ベランダのトタン屋根を交換!(左:before 右after)

さらには庭を除染して野菜を育てたり(絶賛、失敗中)、
あとベランダにソーラーパネルを置いたり(これは買いました、オススメです)。
大したことはできてないんですけど、
2年かけて少しずつDIYを進めていて、まだまだ終わらない感じです。

僕は本当にド素人でした。ご覧の通りなかなかうまくはできていません。
それでもなぜやろうと思えたかというと、
MAD Cityに建築や設計やDIYに詳しい仲間がいてくれたからです。
MAD City 不動産で扱っている改装可能な物件を借りてくれる方は改装未経験者がほとんどです。
もちろんみなさん僕に比べたらはるかに良い腕前です。でもプロではありません。

それでも、それぞれの方が自分たちらしくスペースを改装しているのは、
個々人のチャレンジ精神や努力に加えて、
すぐそばに工具の使い方や床の張り方を教えてくれたり、
ときに作業を一緒に手伝ってくれる仲間がいることも、大きな要因のひとつだと思います。

MAD Cityにおける何よりの魅力はコミュニティ。
それが部屋のDIYをする時にも生かされている気がしています。

ひとりだとできない。だけどちょっと手伝ってもらえればできる。
MAD CityらしいDIYは
周りの人とのつながりを築きながらすすめていくものなのかもしれません。

MAD Cityの仲間たちで(地元の皆さんも大勢巻き込んで!)、野外結婚式までつくっちゃいました。

information


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MAD City(株式会社まちづクリエイティブ)

住所 千葉県松戸市本町6-8
電話 047-710-5861
http://madcity.jp/

山崎亮さんトークセッションも。 農とアートのフェス 「北加賀屋みんなのうえん祭2013」

10月19日(土)、大阪・CCOクリエイティブセンター大阪にて、
「北加賀屋みんなのうえん祭2013」が開催されます。
北加賀屋の遊休地を利用した共有農園を運営する
「北加賀屋みんなのうえん」が主催する、
農と食とアートをテーマにしたフェスティバルです。

北加賀屋はもともと、昭和の始め頃には造船業で栄えた土地でした。
しかし造船業が衰退するにつれ、空き地や空き工場が目立ち、
人口も減少に向かうようになりました。
そうして出来た遊休地を利用したのが、「北加賀屋みんなのうえん」。
単なる貸し農園ではなく、
チームで野菜づくり、ものづくりワークショップ、月例ミーティングなど
ユニークな農への取り組みをしているところです。

「北加賀屋みんなのうえん祭2013」のテーマは、
「農ある豊かな都市の暮らし」。
みんなのうえんとゆかりのある農家、飲食店や
オーガニックカフェ、大阪府内で作られたこだわりの野菜や種が販売される
マルシェのほか、モノづくり・フードづくりプロセスを体感できる
ワークショップの開催、参加・体験して楽しめるアート作品の展示も。

そしてローカルデザイン・スタディでもお馴染みの
studio-L代表の山崎亮さんが、
ドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」の上映に合わせて
監督・渡辺智史さんとトークセッションを行います。
名村造船所跡地にて展開される
「農ある豊かな都市の暮らし」の実現をお楽しみに!

北加賀屋みんなのうえん祭 2013

日常がスクリーンになる 「プロジェクションマッピング」 が本日、佐賀と福岡で見られます

いま注目を集める、通常のスクリーンではないところに
ぴったりと合った映像を投影する「プロジェクションマッピング」という技術。
東京駅や鶴ヶ城などに施されて話題になったので、
ご覧になったことがある方も多いかもしれません。

これが東京駅で行われたもの。
この「プロジェクションマッピング」のプロジェクトが、
本日より、九州を舞台に2つ開催されます。

今晩、福岡市役所にて

ひとつめは、本日夜に福岡市役所西側ふれあい広場で行われる
「The Creators ~POWERED BY CREATIVE LAB FUKUOKA~ 」。
福岡最大級のプロジェクションマッピングと映像、音楽を盛り込んだ
エンターテイメントイベントです。

このプロジェクションマッピングを作るのは、
いま、東京・初台でPerfumeとのコラボレーションプロジェクトを紹介する
展覧会「ライゾマティクス inspired by Perfume」を開催中で話題のクリエイター集団「ライゾマティクス」。
ステージを演出するのは、きゃりーぱみゅぱみゅを
世に生み出したアソビシステムです。
福岡のクリエイティブ・ラボ「anno lab」も協力し、
ミュージシャンらとコラボレーションしたショーを繰り広げる予定です。

13日まで、佐賀城にて

そしてもうひとつは、佐賀県にある佐賀城にて。
10月11日(金)~13日(日)の夜、
ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」が、
佐賀城本丸歴史館に立体プロジェクションマッピングを行います。

ただ映像を投影するだけでなく、来場者が参加できる
「チームラボ☆トランポリン大砲」を設置。
参加者が跳ねることにより、大砲が発射され、
佐賀城の姿をインタラクティブに変化させることができるんだそうです。
10月11日~14日の4日間は、このほかにも本丸歴史館を
身近に感じるためのイベント「本丸deデート」を開催。
本格的な甲冑や打掛を身に着ける体験ができる
「大人のぷちコスプレ」もありますよ。

ぜひ九州の方は、最先端プロジェクトを見に
おでかけしてみてはいかがでしょうか。

福岡市「The Creators ~POWERED BY CREATIVE LAB FUKUOKA~ 」

佐賀市「本丸deデート」

ビルススタジオ vol.1: 空き家と妄想。

ビルススタジオ vol.1
ガラガラのシャッター通りで、始まったこと。

大学入学からの10年間、建築デザインの世界にはまり込んでいた私は、
その後、海外の美術大学院への留学期間を経て2006年に地元宇都宮市に帰り、
自宅の一室にてこっそりとオフィスを営んでいました。
しかし業務の量がかさむにつれ、手狭感や生活との切り離しの困難さ、
そして何よりも人の出入りがないことに耐え切れず、物件を探し始めることに。

そうして2009年末、見つけたのが「もみじ通り」の物件。
2007年に商店会が解散されてからは、先の見えないままシャッターを閉ざす、そんな通り。
典型的な地方都市である宇都宮市の、商業地とも住宅街とも言えないエリアにあり、
不動産屋も募集中看板を出すのを拒否する。
建物たちは中途半端に古く、歩いて来るには中心地から遠い。
かといって駐車場がとれるほど土地が余っている訳ではなく、交通量もほとんどない。
つまり、物件の利用価値がないと判断されている場所でした。

もみじ通りのようす。

しかし、そんなトコだからこそ、物件は格安。
それがここの物件に決めた一番の理由です。
さらには改装自由。現状復旧義務なし。
言い換えれば、大家さんは補修も含めて何もしたくない、
という一般的には不利な条件が私にはとても魅力的に映りました。
じゃあ、家賃をもっと下げてくれ、というお願いもすんなり受け入れられてしまったこともあり、
即座に契約をすることになりました。

自分のオフィスを持つことが第一目的。それは果たせそうです。
とはいえ、この殺風景な通り。
ひとまず、それをポジティブに捉え直してみました。
 人通りが少ない——落ち着いて仕事に没頭できそう。
 車通りが少ない——同上。路上でも遊べそう。
 建物が中途半端に古い——気兼ねなく自分色に改装できそう。
 元商店街——多少は外からの人を受け入れる土壌がありそう。
 元、武家屋敷街——周辺の住宅の敷地がゆったり。上品な近所の人が多そう。

そして、
 空いている建物が多い——出店余地がいくらでもあるっ!

そう、この点。
自宅兼オフィスで感じていた、人の出入りのなさ。
それを解消すべく、いろいろなお店が増えていける舞台はあるわけです。
そこで、日々自主工事のために通いながら、
自分がここで毎日働くにあたり、「ほしい状況」を妄想するようになりました。
 「おいしいランチを食べたい」
 「息抜きにコーヒーを飲みたい」
 「ほっとするデザートが欲しい」
 「仕事帰りに買える、お惣菜があるといい」

なによりも、私は寂しい自営業者。更には、なかなかの出不精。
 「志はあれど、日常でそれを共有できる仲間が近くにほしい」
こんな自分勝手なことを、もくもくとペンキを塗りながら考えていました。

ようやくオフィスが使えるようになり、業務も落ち着いてきたところで妄想を実行に移しました。
まずは、言いふらし。
「あんなんがほしい」「こんなんがほしい」と、会う人会う人に伝え続けました。
数か月経った頃に、
知り合いから「宇都宮市内に移転を考えているカフェがあるよ」との情報が。
私はすぐ高速に乗り、その店へ。

普通のお客を装い、時間を過ごしました。
あぁ、こんなの近くにあってほしい……。
ほどなくして誘う決意をしたものの、その気持ちを抑えつつ他のお客さんが帰るのを待ち、
帰り際のレジにて気持ちを打ち明けました。
うぅ、なんか恥ずかしい……なんだろ、この感情。告白……?
初対面なのにいきなり「うちに来ないか」って……
しかしそんな葛藤も杞憂に終わり、「来週伺います」と、なんともあっさりした答え。
しかし困った。実はもみじ通りにはその時点で賃貸できる物件がなかったのです。
まあいいや、まずは見てもらおう。通りの雰囲気を肌で感じてもらいながら、
私の感じた、この通りのポジティブな面を共感してもらおう、と腹を決め当日を迎えました。
小1時間程度、通りを一緒に散策しながら想いを伝え、
空いている”だけ”の建物を探し、紹介しました。
どうやら、なぜやら共感いただけたようで、
通りの落ち着いた雰囲気が自分に向いている、と感じてもらえたようでした。

さて、そこから貸してくれる大家さん探し。
3つの建物を散策中に目を付けていましたが、そのうちふたつは貸す気が全くない、との返事。
当社オフィスの3件隣にある最後のひとつは大家さんがどこにいるかわからない。
近所の方に相談すると、
ごくたまに風通しに親戚の人が来るらしいという噂をききました。
しかしいつ来るかわからない。
そこで置き手紙をポストに適度なペースで入れる、
というなんともアナログな作戦をとりました。

狙いをつけた空き物件。

——2か月後、大家さんから電話が来ました。
うれしさよりも「あの置き手紙だけで、来るんだ、連絡」という驚きが正直な感想。
大家さんは、一体なにがしたいんだ、という感じでした。
電話口でしたが、溢れる想いを伝えたところ、
半ば呆れ気味に、ともかく会ってくれることに。
1週間後、件のカフェオーナー藤田さんを予告なしに連れて行き、2人掛りでとにかく説得。
熱意に負けたのか、しつこかったのか、なんとか貸してくれると言ってくれました。

ともあれ2010年の夏、ようやく2店舗目が決まり、
カフェ食堂「FAR EAST KITCHEN」がオープンしました。
これまでの実績、もみじ通りにピンと来てくれた感覚、
ツーカーの工務店との関係が既にあったので改装はオーナーさんにて行なわれ、
「もともとここにあったようなお店」のように仕立てられました。
工事中にすでに通りがかりの人に
「いったい何ができるのか」「まさかここでお店をやるのか」
といった反応がむしろ良い口コミ効果を呼び、
オープンの頃には結構知られたお店になっていました。

改装後のカフェ「FAR EAST KITCHEN」。

「FAR EAST KITCHEN」の店内。

よし、これでおいしいランチが食べられる。コーヒーも飲める。
あとは、あとは……と、妄想をひとつひとつ実行していったのです。

それから3年経った2013年10月現在、
もみじ通りとその先のあずき坂の界隈には
ギターショップ、ドーナツ店、総菜店、カフェ、子供服店やギャラリーなどなど、
なんと計12店舗が新規OPENしました。

2010年のもみじ通り。

2013年のもみじ通り。

実は、10月12日(土)にそれらの店舗が自然発生的に連携して
もみじ通りでは初のイベントとなる、「あ、もみじずき」が開催されることになりました。
私もその日は古家具屋さんを開いて、
ふだんは立寄りにくいオフィススペースを開放する予定です。
私自身、とても楽しみです。

あの、ないない尽くしだったもみじ通りが
私の妄想を超えた状況になってきています。

「あ、もみじずき」のフライヤー。

information


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ビルススタジオ

住所 栃木県宇都宮市西2-2-24
電話 028-636-5136

鎌倉が音楽で包まれる! 「鎌倉じゃず祭」&「ROOT CULTURE Festival 2013」開催

音楽を愛する人が集う店がたくさんあったり、
音楽家が多く暮らすまち、鎌倉。
今週末、そんな鎌倉の由緒ある神社「鎌倉宮」を舞台に、
ふたつの音楽に関する催しが行われます。

ひとつめは2013年10月13日(日)に行われる「鎌倉じゃず祭」。
鎌倉宮の舞台の周囲に火を焚いてその中で演じる
伝統行事「鎌倉薪能」で使われる特設の能舞台を
そのまま使った、ジャズ・フェスティバルです。

杜と薪に囲まれた鎌倉宮の幻想的な能舞台の上で、
土岐麻子さんらプロのミュージシャンから
地元の学校のブラスバンド部のメンバーまでもが
ジャズセッションを行います。

そしてもうひとつは、
2013年10月14日(月・祝)に行われる「ROOT CULTURE Festival 2013」。
薪能の舞台を、鎌倉を拠点に活動する
クリエイティブチーム・NPOルートカルチャーがプロデュースしました。
出演は、細野晴臣 with 高田漣、青葉市子、U-zhaanという豪華メンバー。

ほかにも影絵とガムラン音楽で異世界へと誘う「滞空時間」、
女優の鶴田真由、鎌倉市観光協会会長の井手太一、
ルートカルチャーの瀬藤康嗣が「鎌倉のこれから」について
語るトークショーも開催されます。

音楽家・文化人が集まる土壌がある古都鎌倉で
行われる粋な音楽の催しに
お出かけしてみてはいかがでしょう?

鎌倉じゃず祭

ROOT CULTURE Festival 2013

中之条ビエンナーレ 2013

アートが土地の良さに気づくきっかけに。

中之条町は、群馬県北部に位置する、人口1万7000人の町。
新潟、長野に接する県境の山々に囲まれた自然豊かな土地にある。
ここで2年に一度行われているのが「中之条ビエンナーレ」だ。
第4回目となる2013年も120組近くのアーティストが参加し、
9月13日から10月14日まで開催されている。

今回中之条ビエンナーレ2013の実行委員長を務めているのが、宮崎宏太朗さん。
中之条で生まれ育ち、13年ほど前に家業を手伝うために地元に戻ってきた。
一方ビエンナーレは、2006年に数人のアーティストの作品発表の場として始まった。
作家や役場の人間が主導で進めてきた印象が強く、
初めの数年間は地元の人々との間に温度差があったという。

地元に戻ったばかりで、初めはビエンナーレのことはよく知らなかったという宮崎さん。
実行委員に加わることになったのは2012年のこと。

「震災が起きた後、何も出来ない自分の無力さを痛感しました。
そんな時に、自分の殻を破ってくれたのが中之条のアートだったんです。
そこからもっと関わってみたい気持ちになりました」

ひとつひとつ丁寧に言葉を選んで語る宮崎さん。

「アートとは、シンプルに言えば心を豊かにするものだと私は感じています。
地域も、経済的な豊かさだけではなく、
人の心が豊かになることで地域全体が豊かになるんじゃないかと思ったのです。
ただ現代アートのことは専門家ではないので、
ディレクターや他の方々を信頼して、
自分ができること、運営面など地域との関係を深めることに注力してきました。
とにかくこのイベントを継続させること。
3回続いてきたバトンを次につなげることが自分の役割だと思っています」

地元の人たちにも見てほしい。

地元で長く商売をしてきた宮崎さんならではのネットワークは、
ビエンナーレが地域とより密接な関係を築く上で強力なパイプとなっていく。

「ちょっとした行き違いで地元の理解を得られていなかった部分など、話し合いを重ね、
私自身も事業で加盟している商工会にビエンナーレとの連携を提案したりしてきました」

今年から地元の中之条観光ガイドボランティアセンターにバスツアーの案内役をお願いし、
「中之条応援プロジェクト」として地元の商店が参加する仕組みをつくるなど、
協力体制を整えていった。

旧さとり呉服店をリノベーションした中之条ビエンナーレの総合受付「SATORI」。

中之条に古くから伝わる郷土芸能、獅子舞も披露された。

また、今年からパスポートが有料化されるなか、
中之条の町民には無料パスポートを配布したのも、
地域密着の考え方から行われたことのひとつ。
実際にこのアート展をまわってみて気づくのは、地元の来場者が多いことだ。
副実行委員長の桑原かよさんはこう話す。

「ご近所の方がふらっと見に行かれることも多いようで、
農作業着のお母さんがガイドブック片手に会場をまわっている姿を見かけます。
地元の小学生が学校の遠足でビエンナーレに出かけ
ワークショップに参加することもありますし、
幼稚園でも先生が話をしてくれているのか、
小さな子どもたちが大人にビエンナーレのことを説明している微笑ましい光景も目にしました」

もともとこうしたアート展の楽しみは、
その地域にある当たり前の風景と非日常なアートの世界が混在し、
まったく新しい新鮮なものに見えることにある。
中之条では特に、そのアートの展示場となる舞台が個性的と宮崎さんは話す。

「今年は前回から3分の1ほどの展示会場が新しくなり、
町の重要文化財でもある“やませ”という民家や、
四万温泉の積善館も会場として加わりました。
各エリアを巡ることで中之条の多彩な魅力を感じることができる配置になっています」

人の暮らしがアートの舞台に。

紹介していただいた代表的な場所のなかでも、いくつかの会場を訪れてみた。
中之条駅付近から車で15分ほどの伊参(いさま)エリアには、
映画『眠る男』の撮影拠点として有名な伊参スタジオをはじめ、
材木問屋だった神保家「やませ」の民家、
養蚕や製糸が盛んだった群馬らしく「岩本稚蚕飼育所」など、独特の展示場が集まる。

約160年前に建てられた県内最大級の民家である、材木問屋「やませ」の母屋。

作品『三十三畳の世界から』森家由起

「やませ」の屋内には母屋の雰囲気を活かした3人のアーティストの作品が展示されており、
裏手の小屋も作品に。「キゴヤの詩」と名づけられたこの作品の由来を、
作者の外丸治さんはこう話してくれた。

「この小屋はもともと薪を乾かすのに使われていた薪小屋です。
昔の人にとって薪は暖をとるだけでなく、
炊事やお風呂などすべての暮らしに必要なものでした。
薪の水分が蒸発していくことから、木の命が外へ出ていく場所として、
森の精霊がこちらの世界と行き交う場をイメージしてつくりました」

この場所に惹かれてやませの裏の小屋を作品づくりの舞台に選んだという外丸治さん。

作品『キゴヤの詩』外丸治

加えてこのエリアの魅力は、何と言ってものどかな田園風景と、
人の暮らしが垣間見える集落だろう。
やませに向かう集落をうねる細い坂道にはコスモスが咲き乱れ、
道沿いにはブリキ缶の植木鉢が並ぶ。
これもアートの一部かと錯覚するような、丁寧な人の営みの美しさがそこここに見られる。

伊参エリアから見える、稲刈り前の田園風景。

個性的なまち並みとアート。

さらに、中之条の観光地として外せない舞台が四万エリアである。
36の温泉宿が連なる人気の温泉街で、
『千と千尋の神隠し』の舞台になったともいわれる積善館が今年から展示会場に加わった。

建物の年月を感じさせる重厚さと温泉宿のもつ独特の艶やかさが
魅力的な雰囲気を醸す。この場所の個性が作品に作用する範囲は大きいだろう。

建立より300年を越える歴史をもち、日本最古の木造湯宿建築とも言われる積善館は、群馬県の指定重要文化財に登録されている。

積善館の3階が展示会場となっている。

積善館を出てすぐの通りに入ると、
昭和レトロの世界にタイムトリップしたかのような路地が続く。
縦書きの「たばこ屋」の看板にひと昔前のゲームセンター、
中身は廃れて空っぽのラーメン屋がアートの展示場となっているなど、
もともとある個性的なまちがアートの世界とあいまって、新しい世界を創り出していた。

「落合通り」の商店街。趣ある喫茶店や雑貨屋、パチンコ屋など懐かしい雰囲気の店が軒を連ねる。

今年初めて参加したという、伊参会場で受付のボランティアをしていたある女性が、
こんな話をしてくれた。

「私はたまたま結婚した相手が中之条の人で嫁いできたのですが、
どこかここに住まされている気持ちがずっと拭えなかったんです。
意識しないようにしていましたが、この土地に愛着を持てず、
でも否定的な感情も持たないように交流範囲を狭めて生きてきました。
でも今回、来られた方々にここの自然や作品を褒めてもらうと本当に嬉しくて。
中之条もいいところがたくさんあるんだなと気づいたし、
このまちに住んでいて良かったと初めて心から思えました」

アートがきっかけになり、地元の人たちがその土地の良さに気づき、さらに根づいていく。
回を重ねるごとに、こうした気づきを生み広がっている中之条ビエンナーレ。
今年宮崎さんが持って走ったバトンは、次回に向けてまた引き継がれる。

四万エリアに流れる四万川の清流。水が青白く光るほど澄んでいる。

information

中之条ビエンナーレ

会期 2013年9月13日(金)〜10月14日(月)
会場 群馬県中之条町 町内6エリア37か所
http://nakanojo-biennale.com/

姉妹都市のパリと京都を結ぶ 一夜のアートナイト。 関西アーティストも出演 「ニュイ・ブランシュ」

芸術の秋、ということでさまざまなアートイベントが
各地で続々開催中。
10月5日(土曜日)の夜、京都府京都市では、姉妹都市のパリで生まれた
一夜限りの現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュ(白夜祭)」が開催されます。
主催は京都市とアンスティチュ・フランセ関西。
京都のアート施設やギャラリーなどを、インスタレーション、ダンス、
展覧会、パフォーマンスなどの発表の場として開放。
夜の散策を通して、アート作品に触れられる催しです。
パリでも同日に開催されるんですよ。

会場は、京都のまちなかの29箇所!
京都国際マンガミュージアム、アンスティチュ・フランセ関西、
京都芸術センター、京都市役所前広場、地下鉄烏丸御池駅から
FOIL GALLERYまで。これらが夜間オープンし、なかには一晩中営業するところも。
京都国際マンガミュージアムでは
ミュージアムの壁面を活用したプロジェクション・マッピングも行われます。

ニシジマ・アツシ、竹村延和、村井啓哲他による『Architectural Echoes / Installation & Performance』

参加作家は、フランス、ドイツに関係する地元・関西のアーティストたちと、
ヴィラ九条山とヴィラ鴨川の招聘アーティスト。
音楽家の竹村延和 / 村井啓哲によるサウンドパフォーマンス、
高嶺格(現代美術家・演出家)による市役所壁面への映像上映、
フランスを代表するストリートアーティスト・ゼウスと、
日仏3名のミュージシャンによるコラボレーションなどアート好きにはたまらない
ラインナップ。

また京町家の住宅展示場「KYOMO」にて、
展示住宅5棟を会場に、現代美術のアートフェア「超京都」を実施する試みも。

さらに当日は、人気モノのゆるキャラ、
KYOTOくん+オカザえもんが各会場に登場!
地図を片手に、秋の京都と芸術の夜をお楽しみください。

ニュイ・ブランシュ(白夜祭)

冒頭写真:(c) Michitaka Kitamura / 北村光隆

しりあがり寿さんら 豪華クリエイターが福島に大集結! 「第二回 福島クダラナ庄助祭り」

昨年開催され、伝説となった
福島のまちを超クダラナくする「クダラナ庄助祭り」。
マダムギター長見順・ギターパンダ・しりあがり寿さんらが
呼びかけて実現した伝説のフェスティバルが今年も帰ってきました!
来たる2013年10月5日(土)、福島市内の
ライブハウスやカフェなどを会場に、とっても個性的なイベントが
ものすごくたくさん開催されるんです。

こちらが豪華すぎる参加者の皆様。
漫画家の天久聖一さんが味のある写真を紹介する連載「味写道」
の名作を解説してくれる「味写鑑賞会」や、
ランゲージと、鈴木さえ子、戸田誠司らによる
脱力系混成バンド「三浦カズー」や
宮崎吐夢によるミニミニライブなど、濃〜い催し物が目白押しです。

ライブのほか、親子向けのワークショップもあります。
10月5日の13時30分から「クダラナ舞踊楽団」を開催。
ペットボトルマラカス、空き缶太鼓、ダンボール太鼓など
楽器を手作りして歌ったり踊ったりしよう、という楽しそうなもの。
OBANDOS(安斎肇、朝倉世界一、白根ゆたんぽ、しりあがり寿、
高橋キンタロー、なんきん、パラダイス山元、ミック・イタヤ)
& Moccoly &藤井康一が先生になってくれます! 詳細はこちら

遊び方は簡単、1500円の共通パスを購入後、
各会場を訪れて自由にライブを見るだけ。
そもそもタイトルに入ってる「庄助」とは、
福島県の民謡「会津磐梯山」に登場する伝説の飲兵衛で遊び人。
この日ばかりは少しだけ肩の力を抜いてみんなで大騒ぎをしてみませんか?

第二回 福島クダラナ庄助祭り

六甲山の自然を感じながら 現代アート作品を楽しむ 「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2013」

六甲山の自然を感じながら、
ハイキング気分で現代アート作品を楽しむ
展覧会「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2013」が
11月24日(日)まで開催されています。

展示されているのは、六甲山の土地柄や景観を活かした現代アート作品たち。
作品を見るだけでなく、六甲山の自然や眺望、
文化や歴史などの魅力を体感できるのが魅力の現代アートの展覧会なんです。

会場は、六甲高山植物園、六甲山カンツリーハウスなど9つ。
國府理、下平千夏、クワクボリョウタ、西山美なコ、MATHRAX、
ひびのこづえ、明和電機ら、招待、公募合わせて39組の
アーティストが参加しています。

会期中の土日祝には、作品を巡るガイドツアーも!
10月27日(日)と11月24日(日)には本展の共同キュレーターである
坂本浩章と高見沢清隆がガイドを行う「キュレーターガイドツアー」も開催。
お散歩がてら、秋の六甲にぜひお出かけしてみてください。

六甲ミーツ・アート 芸術散歩2013

映画好きの宝塚市民の 工夫がいっぱい詰まった 「第14回宝塚映画祭」、 11月開幕。

兵庫県宝塚市で開催されている「宝塚映画祭」をご存知でしょうか?
2000年にスタートした、映画好きの宝塚市民が集まって
始めた手作りの映画祭なのです。

宝塚で唯一の映画館「宝塚シネ・ピピア」を会場に、今年で14回目を迎えます。
スタッフは宝塚の10代〜70代まで、年齢も立場もさまざま人たち。
企画から運営まですべて手作りで行なっているのがスゴイところです。

そんな宝塚映画祭が、今年も2013年11月9日(土)から
11月15日(金)までの一週間にわたって開催されます。
今年のテーマは「シネマハック100」。
町の映画館をもっと面白くするために、さまざまな工夫を凝らした
アイディアあふれる映画祭になりました。

映画祭では「この空の花 長岡花火物語」から
日本全国で製作されている地域密着映画を上映するほか、
みんなから出されたとってもユニークなアイディアのいくつかを実行。
「上映前に劇場内で流れるアナウンスを、ものすごく素人くさい感じの
オリジナルで作る」とか、「いろんな特典がついたポップコーンを
10000円で販売して運営資金に充てる」など、
おもろいアイディアがいっぱいです。

なかでも参加してみたいのは、プレイベントの
みんなが撮った町の写真を映画館で観る会」。
宝塚で撮影された写真を持ち寄り、
映画館のスクリーンでスライド上映するというイベント。

宝塚市内で撮影された写真を事前にメールで送付すると、
10/19(土)のイベント当日、スクリーンにあなたの写真が
映しだされるかもしれません。
応募の詳細については、下記Webサイトをご参照ください。

みんなが撮った町の写真を映画館で観る会

宝塚映画祭

江口宏志さんの 「ない世界」展覧会、 グランフロント大阪の MUJIにて開催中

コロカルの連載「江口宏志のあのまちこのまち本屋めぐり
でお馴染みの江口宏志さんが、このたび
エッセイ集「ない世界」(著/木楽舎)を発行されました。

「ケータイのない世界」、「怒らない世界」など、
毎月一つの「ない世界」を設定し、
その世界で生活した体験を綴ったエッセイ集です。
モノを紹介するのではなく、モノを紹介しないコラム
ということで、江口さんのユニークな視点が冴え渡っています。

このエッセイ集の発売を記念し、
ただいま大阪の新ランドマーク、
グランフロント大阪のOpen MUJIにて「ない世界」展を開催中。

谷尻誠(建築)さん、中津発酵部(食)さん、
阿部洋介(ウェブ)さん/西村斉輝(プログラム)さん、
熊谷彰博(アイデア)さんら、さまざまなジャンルのクリエイターが
「ない世界」というテーマで作品を制作したエキシビションです。

柱がなかったり、色がなかったり、
いろいろな「ない」世界が会場に展示されています。
出展者によるワークショップも開催されているので、
ぜひチェックしてみてください。

また、同店舗では書籍「ない世界」を先行発売中。
本展示会期間中にご購入いただいた方には、
もれなく無印良品の文庫本ノートに「ない世界」
限定スタンプを押してプレゼントいたします。
本書のデザインを手がける、大原大次郎さんによるすごくステキなスタンプです。
箱の中の言葉には、お好きな「ない」ものを入れてみて下さい。

無印良品 グランフロント大阪「ない世界」展

新潟県十日町の カフェ&ドミトリー「山ノ家」にて まつだいの音にみみをすます ワークショップ

「大地の芸術祭」のメイン開催地でもある、
新潟県十日町市松代にあるカフェ&ドミトリー「山ノ家」。

イベントなども開催できる多目的スペースとしてのカフェと、
アーティストが制作のために滞在できるレジデンスを備える
この山の家で、今月28日(土)と29日(日)の二日間に渡り、
サウンドアーティストらによるワークショップと
サウンドパフォーマンスのイベント
「秋の山里でみみをすます午後と夕べ、そして朝」が開催されます。

登場するアーティストは「stilllife(スティルライフ)」。
フィールドレコーディングに基づく活動をしてきた
津田貴司と笹島裕樹が2013年に結成、始動させたユニットです。

28日は、ワークショップ「みみをすます」。
山ノ家周辺を歩きながら「音を聴く」、「静けさを聴く」、
「みみをすます」という3つの意識状態をガイドします。
いつもの散歩道でも、音に注意しながら歩くことで
驚くほど豊かな風景が広がります。

そして29日には、山ノ家近辺で簡単なレコーダーを
使って音を聴いたり、フィールドレコーディングのコツを
聞きながら実際にフィールドレコーディングを行います。

秋のまつだいの風土を、音を通して体験する新鮮なひとときとなりそう。
もちろん「山ノ家」(朝食付き1泊4,500円)に宿泊するのも大歓迎。

二日間のプログラムですが、1日のみの参加もできますし、
ライブ終了後宿泊者は温泉と夕食の手配もできます。
詳細は下記facebookページにて。

秋の山里でみみをすます午後と夕べ、そして朝

瀬戸内国際芸術祭 2013 大島「やさしい美術プロジェクト」

島そのものを見てもらうということ。

瀬戸内国際芸術祭が開催される12の島のうち、
大島は少しほかの島と事情が異なる。
大島は、島全体が国立ハンセン病療養所なのだ。
1909年に開園したこの「大島青松園」は、
全国に13ある国立療養所のうちのひとつで、唯一の離島。

ハンセン病の感染力はきわめて低く、治療法が確立されているが、
かつては誤った知識から不治の病とされ、長く差別の対象となってきた。
法律によって隔離され、子孫を残すことも禁じられた。
その誤った「らい予防法」が廃止され、
療養所に人が自由に行き来できるようになったのは1996年。
つい17年前のことだ。
療養所にいる人たちはすでに治療は終わっているので
「患者」ではなく「入所者」と呼ばれる。
大島には現在も約80人の入所者が暮らし、その平均年齢は80歳を超える。

この大島では、2010年の第1回芸術祭から、絵本作家で美術家の田島征三さんと、
「やさしい美術プロジェクト」が関わっている。
芸術祭の構想が立ち上がったとき、ぜひ大島でも開催したいと考えた
総合ディレクターの北川フラムさんは、いち早く大島を訪れた。
やさしい美術プロジェクトを手がけるアーティストの高橋伸行さんは、
北川さんに声をかけられ、2007年から大島に足を運ぶようになった。
だが、最初は何をしていいのかまったくわからなかった、と高橋さんは言う。
「何度も来るようになって少しずつ入所者のみなさんと交流できるようになりました。
そこで感じたのは、この島全体が発しているメッセージのようなもの。
でもそれが外に伝わっていないという気がして、
それを伝えていくようなことをやろうと思いました。
僕自身が作品を持ち込んで展示するのではなくて、
この島そのものをきちんと見てもらう。
そういうことに意味があるんじゃないかと思えてきたんです」

田島征三さん作の絵本『海賊』。「青空水族館」では、この海賊と人魚の物語の世界が、空間絵本として展開している。

やさしい美術プロジェクトが大島で取り組む{つながりの家}は、
大きく3つの柱からなる。ガイド、ギャラリー、カフェだ。
芸術祭ではほかのどの島も来島者が島内を自由に見て回るが、
大島ではガイドとともに島を見て回る。
島には入所者の居住区域もあるので、そういった配慮もあるが、
島の歴史を知ってもらい、見てもらうという意図がある。

来島者はまず、ここで亡くなっていったたくさんの入所者の遺骨を納める
納骨堂で手を合わせ、その魂を弔う「風の舞」というモニュメントを訪れる。
このガイドを担うのが、芸術祭のボランティアサポーターである「こえび隊」。
周辺地域の若い世代がその役割を担うことにも、大きな意味がある。

ギャラリーでは、亡くなった方の遺品や、捨てられていたものなど、
大島のさまざまなものを集めて展示している。
それらは単に資料としての展示ではない。
「資料的な価値があるかはわからないけれど、
僕らアーティストにとっては、何かを感じとらせてくれるもの。
そこで生きてきた人の息づかいや記憶、暮らしぶりが見えてくるようなものです」
と高橋さん。入所者の人たちが、昭和30年代に
園の許可をとってつくったという船なども展示している。

全国のハンセン病療養所には必ずある納骨堂。亡くなっても自分の家に戻ることのできなかった人たちのお骨が収められている。

1992年に1000人のボランティアによって建てられたモニュメント「風の舞」。魂が風に乗って自由に解き放たれるよう祈りを捧げる。

そして「カフェ・シヨル」は、来島者、入所者、療養所の職員などが
分け隔てなく集まる場所。高橋さんと一緒に活動する女性ふたりが運営する。
芸術祭会期中の土日、会期外も月に1度営業して、ランチやお菓子を提供している。
島には戦時中の食糧難の時代に、入所者たちが開墾した畑があり、現在も作物がとれる。
それらの野菜や果物を素材にとり入れ、ふたりが工夫して毎月メニューを考案。
とても評判がよく、ランチ目当てに島外からやって来る人もいるという。

ここで出すお菓子「ろっぽう焼き」は、かつて大島でつくられていたお菓子。
ルーツは大島にはないが、あんこをうどん粉で包んで焼いた焼菓子で、
これがおいしかったと懐かしそうに話す入所者が多く、再現してカフェで出すことにした。
「これは大島の人たちが自分たちの暮らしのなかで育んできた
小さな、知られていない文化。単なるお菓子ではなくて、
食べて味わうことで、入所者のみなさんの記憶を共有するという作品なんです」
島の外の人と入所者が一緒にお茶を飲んだりできるような場所が、それまではなかった。
カフェ・シヨルは2010年の芸術祭後も月に1度営業し、定着してきた。
準備期間も合わせると、月の半分くらいは大島にいるという彼女たちは、
入所者にもすっかりおなじみの存在だ。

空き室を利用してつくられた「カフェ・シヨル」。シヨルという名は「~しよる(する)」という香川県の方言から。

あんこをうどん粉で包み、六面体にして焼いた「ろっぽう焼き」。(写真提供:カフェ・シヨル)

見て、知って、感じて帰ってほしい。

大島自治会長の森和男さんと副会長の野村宏さんは、ふたりとも60年以上ここで暮らす。
当初は芸術祭や現代アートといっても、まるで見当もつかなかったという。
「そんなことをしてお客さんが来るんだろうかと半信半疑でした。
始まってみたら関東や九州から来る人も多い。まさかこんなににぎやかになるとは」
と野村さん。
なかには大島が療養所の島だということを知らずに来る人もいるが、それでもいい。
森さんは「これまでこの島は知られていなかったに等しい。
芸術祭の作品を見に来ることによって、大島の認知度が上がる。
たくさんの人が来てくれるのはいいことだと思います」と話す。

野村さんは高知県出身。大島に作品を展示している田島征三さんは
高知に疎開していたことがあり、年齢が近いこともあって、意気投合したのだそう。
「田島先生も高橋先生も、よくわからないものをいっぱい集めてきて展示したり、
突飛というか、我々が全然思いつかないようなことをされます。
こえび隊の人たちもたくさん手伝いに来て、みんな暑いのにようやるなと思います」
と楽しそうに笑う。アートなんてわからん、と言いつつ、やっぱり楽しいのだ。

野村さんが入所した昭和27年当時は、入所者は700人もいた。
けれどそれに対して介護する職員はたった20人ほど。
人手が足りないので、比較的症状の軽い軽症者が
さまざまな作業をしなければならなかった。
家や道路を直したり、畑仕事をしたりと、
半分、軽症者によって療養所が運営されていた時代もあったのだ。
また生活だけでなく、医療までもが隔離されていた。
らい予防法が廃止されるまでは、病気になっても
外の病院で治療を受けることもできなかったという。

ふたりはこれまで多くの仲間たちの死を見てきた。
「もっと早く法律が廃止になっていれば、こんなにも差別に苦しむことなく、
もう少し楽だったんじゃないかと思います。
いつのまにか年月が過ぎてしまいましたが、あまりにも長かった」と野村さん。
森さんも「芸術祭をきっかけに来てくれた人が、大島のことを知って、
何かを感じて帰ってくれるんじゃないか。それが大事なことだと思います」
と話してくれた。

野村さんの趣味は盆栽。みごとな鉢がいくつも並び、足を止める来島者と会話を交わすきっかけにもなる。

入所者たちが釣りをするために、庵治町の漁師につくってもらった船。あまり遠くまで行くことは許されなかったが、つかの間の解放感を味わったに違いない。下からも見上げて鑑賞できるようになっている。

船の下を掘ったときにできた土の山を、高橋さんのアイデアで畑に。トマトやすいかもたくさんできたという。

ここで暮らす人たちにとって当たり前のものが、実は当たり前じゃないんだと、
外の人間だから言えることがある、と高橋さんは語る。
「いままで入所者がとるに足らないと思い込んでいたものをあえて展示し、
大島を訪れた人々がそれらをじっと見つめる。
入所者のみなさんはその光景を見ていると気持ちが変わります。
誰にも見てもらうことがないと思っていた、自分たちの使ってきた生活用具などに
ほのかに刻まれた痕跡のようなものを、涙を流しながら見て感じてくれる人がいる。
そうすると、自分たちの生きてきた時間や記憶に、それまでなかった価値が与えられて、
少しずつ、生き抜いてきた自身への誇りが芽生えているように思います。
人としての存在価値さえ認めない隔離政策がとられてきたけれど、
そこには悲しみがあり痛みがあり、そして喜びもあったのだと。
つぶさに見ていくと、大島にあるどんな些細なものにも、
その背景には、ここで生きてきた人たちのストーリーがあるんです」

展示されているもののなかには、生々しくショッキングなものもある。
かつて実際に大島で使われていた解剖台だ。
浜辺にうち捨てられていたものを引き上げて、前回の芸術祭から展示している。
どのように、何を目的に解剖が行われたのかは、
詳しい調査が進んでいないのでわからない。
そのうえで展示するのはどうかという指摘もあるが、
実際に解剖台の上で遺体を洗ったり、
解剖の終わった遺体をお棺に移した経験のある入所者は多いそう。
高橋さんのなかでもまだ結論は出ないが、
これも島の歴史を伝える象徴的なものであることは確かだ。

高橋さんは、自身もだんだん島に溶け込んでいったせいか、
芸術祭によって島が大きく変化したとはあまり感じていなかったが、
森さんたちの口から、芸術祭から島が変わってきたんだという言葉を聞いた。
「たしかに、いまは僕やこえび隊の人が大島にいると、
久しぶりだね、なんて入所者の方がふつうに声をかけてくれます。
大島を訪れるようになった頃はそんな雰囲気ではなかったので、
いま思えばゆっくり変わってきたんですね。
部屋から出ることのなかった入所者の方が、カフェに行ってみたいと、
それを励みにしてお店に来てくれる方もいて。
そんなことがあるとすごくうれしいですね」

展示されていた碁盤。囲碁や将棋は入所者たちの数少ない娯楽のひとつ。手が不自由な人はスプーンをうまく使って碁石を並べたそう。

ハンセン病療養所には、歌集や詩集を自費出版していた歌人や詩人が多くいた。それらの本を集めていた入所者の蔵書も展示されている。

コンクリートでできた解剖台。浜から運び上げるときに割れてしまった。

高橋さんは、大島以外でも「やさしい美術プロジェクト」を各地で展開している。
もともと彫刻作品をつくっていたが、立体作品をつくる際に
空間や場所との関わりに目をつけることが多くなり、やがて人との関わりや、
人の背景にある地域や歴史も見つめながら作品をつくることを考えるようになった。
また兄を病気で亡くし、自身も交通事故で入院した経験から、
病院という場所で表現のかたちを探れないかという構想を持つようになった。
現在は、病院の緩和ケア病棟や老人福祉施設、
障害を持つ子どもが通園する施設などでプロジェクトを展開している。

「病院にいる人たちは楽しいことよりも、
辛い、苦しい、痛いということがほとんどです。
だからこそ意識から遠のかれてしまいがちですが、
あえてそういう場所から出発してみたい。
人の痛みを感じるというのは人間に備わった大切な能力だと思うんです。
人の痛みを感じることから始めて、何かをつくり出していく。
そういう創造性の積み重ねをしていくプロジェクトです」

大島で暮らす人々はみな高齢で、入所者は年ごとに少なくなっていく。
やがて誰もいなくなるという現実をしっかり見つめて、
この島をどうしていくかは今後の大きな課題だ。
「いまのうちにみなさんにできるだけいろいろなお話をうかがって、
何らかのかたちで継承していきたい。そのためにはまず、
たくさんの人がこの島に関わることが大事だと思います。
ここで生きてきた人たちのことを、僕たちは絶対に忘れない。
いまこの瞬間も、そして将来にわたっても、
この島を多くの人々が訪れる島にしたいという願いを持つ入所者がおられます。
これからもそこにずっと関わっていきたいと思っています」

やさしい美術プロジェクトは、美術という枠組みを超えた、
人と人とのつながりから何かが生まれていくような営み。
これが瀬戸内国際芸術祭の真のねらいではないだろうか。

娘さんと一緒に島を訪れていた高橋さん。「やさしい美術プロジェクト」はこれからも各地で続いていく。

profile

NOBUYUKI TAKAHASHI
高橋伸行

1967年愛知県生まれ。アーティスト、「やさしい美術プロジェクト」ディレクター、名古屋造形大学教授。彫刻作品を発表し、個展やグループ展に参加する傍ら、2002年から「やさしい美術プロジェクト」を開始。愛知県厚生連足助病院や新潟県十日町病院などで活動を続ける。
http://gp.nzu.ac.jp/

information

Setouchi Triennale 2013
瀬戸内国際芸術祭 2013

秋会期 10月5日(土)~11月4日(月)
会場 瀬戸内海の12の島+高松・宇野(直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島、本島、高見島、粟島、伊吹島、高松港・宇野港周辺)
http://setouchi-artfest.jp/

今日のグルメ:遂に登場! 愛知県岡崎市のかなりリアルな 「オカザえもん寿司」

あいちトリエンナーレ2013で盛り上がる愛知県岡崎市。
今日も「岡崎アート広報大臣」のオカザえもんは
西に東に飛び回って岡崎市の広報に励んでいます。

今日のおやつは、そんなオカザえもんをかたちどったお寿司!
岡崎市の和食屋さん「味波 岩津店」でテスト販売されるそうです。
すし飯の量、具の配置がとても難しい太巻ですが、
かなりオカザえもんに近いですね!

見て楽しく食べておいしい
グラフィカルな太巻きが最近とっても気になります。
先日コロカルでご紹介した千葉の太巻きもぜひ合わせてご覧ください。

瀬戸内国際芸術祭 2013 豊島「島キッチン」

瀬戸内国際芸術祭が開催されている島のうち、
小豆島、直島に続く人口となる約1000人が住む豊島。
島では水がとても貴重な資源だが、豊島は昔から水に恵まれ、
瀬戸内では米がとれる数少ない島のひとつ。
前回芸術祭が開催された2010年に、
美術家の内藤礼と建築家の西沢立衛による「豊島美術館」や、
クリスチャン・ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」が誕生し、
アートファンにはその名を知られる島となった。
そして今年もまた、芸術祭のシンボル的な作品が豊島に生まれた。
コンセプトから横尾忠則が手がけ、建築家の永山祐子とつくり上げた「豊島横尾館」だ。
古民家を改修し、平面作品だけでなく、
庭園や煙突のような塔でのインスタレーションなど、
横尾の壮大な世界観が表現されている。

世界中の人の心臓音が聴ける「図書館」というコンセプトのクリスチャン・ボルタンスキー「心臓音のアーカイブ」。(写真:久家靖秀)

夏会期からオープンした「豊島横尾館」。既存の建物の配置をいかし「母屋」「倉」「納屋」で構成される。塔のような建物では《滝のインスタレーション》を展示。

竹林の上に船のように浮かぶのは、アメリカのマイク+ダグ・スターンの作品「Big Bambu」。竹の道を歩いて船まで上がることもできる(ツアー制。条件などは芸術祭HPで要確認)。

島の恵みが味わえる場所。

この豊島で、前回の芸術祭からすっかり定着しているのが「島キッチン」。
安部良設計によるレストランで、島でとれた食材を使い、
東京・丸ノ内ホテルのシェフと島のお母さんたちがつくる料理が楽しめる場所。
シェフはレシピ開発や調理指導だけでなく、夏会期は島に常駐し、
お母さんたちと一緒にキッチンに立っている。

島キッチンで店長を務めているのは「瀬戸内こえびネットワーク」の藤崎恵実さん。
もともと豊島出身の藤崎さんは、島を出て岡山県で働いていたが、
島に帰ろうと考えていた頃、2010年に瀬戸内国際芸術祭が開催されることを知り、
島に戻って「こえび隊」に登録した。
「こえび隊」は瀬戸内国際芸術祭のボランティア組織で、
さまざまなかたちで芸術祭の運営をサポートしている。
瀬戸内海近隣はもちろん、全国各地から人が集まり、
週末だけ首都圏から参加する人や、アジアや欧米など海外から参加する人もいる。
年齢層も学生からお年寄りまで多彩で、家族で参加する人もいるという。

通常、こえび隊のメンバーは毎日違う会場で活動するが、
自宅も近い藤崎さんは会期中ずっと島キッチンに携わることに。
会期後も島キッチンは継続し、週末やGWなどに営業することになり、
島に住む藤崎さんが店長となった。
「島に帰って何をするかは決めていなかったんです。
でもなんとなくいつか帰りたいとずっと思っていました。
そもそもこの島が好きなんでしょうね。
自分らしくいられるのが、この島なんだと思います」と笑顔で話す。

半屋外の開放的な空間「島キッチン」。テラスでイベントが行われることも。

この日の「島キッチンセット」(1500円)。鯛を蒸したものに、野菜の天ぷら。島のレモンを使ったぽん酢がかけられている。ラタトゥーユに、鯛のすまし汁。お米は豊島でとれたもの。見た目も洗練され、素材のひとつひとつがおいしい。

マイナスのイメージを乗り越えて。

でも、最初から島にそんなに人が来るとは思っていなかった。
島の人たちはみんな半信半疑だった、と藤崎さん。それもそのはず。
それまで豊島といえば「ゴミの島」というイメージが強かったのだ。

豊島では1970年代から悪質な業者によって有害な産業廃棄物の不法処理が始まった。
住民たちの反対運動もむなしく、香川県が業者に事業許可を出したことから事態は悪化。
島外から運ばれた廃棄物を積んだダンプカーが島内を横行し、
有害物質のせいか、ぜんそくの子どもたちが増えたという。
ぜんそくに関してはその因果関係ははっきりとは立証されていないが、
藤崎さんも子どもの頃はぜんそく持ちだったそう。
また、処分場から猛毒のダイオキシンが検出され、
廃業を余儀なくされた漁業従事者もいた。
やがて住民たちは立ち上がり、
1993年に故・中坊公平弁護士を中心とする弁護団が結成され、公害調停を申請。
2000年にようやく香川県知事が謝罪し、調停が成立するに至った。
廃棄物は現在も直島の溶融処理場で処理が進められているが、
その量は膨大で、処理は2016年までかかるとみられている。

芸術祭には、そんなことを知らずに島にやって来る人もいるが、
なかには島全体がゴミの山だと思っていた人もいた、と藤崎さん。
「そういう面はごく一部であって、本当は自然豊かで緑が多く、
作物もいろいろなものがとれます。
アート作品もすばらしいものがたくさんありますが、
芸術祭がきっかけで島に来てもらって、
ゴミの島というイメージとは全然違うということを実際に感じてもらい、
また豊島に来たいとお客さんに言っていただけるのは、とてもうれしいです」

古い空き家を改築して食堂に。開店した途端、あっという間に席が埋まってしまうことも。

島が、自信を取り戻していく。

島キッチンの厨房で働く地元のお母さんたちのなかに、
藤崎さんのお母さん、藤崎令子さんもいる。
そもそも、藤崎さんに島キッチンの話を教えてあげたのが令子さんなのだ。
最初は、芸術祭なんて自分たちに関係ないと思っていた島のお母さんたちだったが、
総合ディレクターの北川フラムさんたちと話し合っていくうちに、
少しずつ変わっていったという。

「最初は私たちも困りました。でも物事って
そういう強い力がないとなかなか動かないんですよね」と令子さん。
もちろん、東京のシェフと一緒に作業するなんてことも初めて。
「シェフたちは島のお母さんたちが日頃食べているものを
全面的に受け入れてくださり、メニューに加えてくださいました。
島のお母さんたちは、料理本でしか目にしないプロの料理をシェフたちから教えてもらい、
その作り方や野菜の丁寧な取り扱いに感心させられました。
みなさんとてもいい方たちで、お母さんたちの個性を受け止めてくださり、
すばらしい出会いに恵まれたと思っています」

令子さんも、島にこれほど人がたくさん来るとは思ってもみなかったそうだ。
芸術祭が始まって、島も変わってきたと感じている。
「たくさんの人が島に来てくれて、ここがどんなにすばらしい島かということを、
みなさんが私たちに教えてくれました。
私たちがふつうに食べていたものをおいしいと言ってくれて、ああそうなんだ、と。
子どもたちの世代にも、こんなにおいしいものがとれて、景色がきれいで、
安心して暮らせる島なんだと、私たちの口からではなく、
第三者がそれを伝えてくれたことは、とてもよかったとしみじみ思うんです。
子どもたちも、自分たちの住んでいるところはすばらしいんだと、
堂々と胸を張れると思います」

令子さんは、若い世代が島の土地を守りながら農業をやってくれたら、と話す。
豊島はほかの島ではなかなかとれない米がとれる。昔の人たちが開墾した棚田もある。
住民が高齢化して荒れた田んぼも増えてきていたが、
芸術祭で人が来ることによって、景色のためにもと、
少しずつまたお米を作る人が増えてきたそうだ。
「後世も豊かな島でありたい」という令子さんの言葉が印象的。
島の人たちは、文字通り、豊島が豊かな島であり続けることを願っている。

島のお母さんたちが働くことで雇用を生むことにもなっている。

藤崎さん親子。「島の人たちにも、もっとたくさん島キッチンに来てほしい」

information

Setouchi Triennale 2013
瀬戸内国際芸術祭 2013

夏会期 7月20日(土)~9月1日(日)
秋会期 10月5日(土)~11月4日(月)
会場 瀬戸内海の12の島+高松・宇野(直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、沙弥島、本島、高見島、粟島、伊吹島、高松港・宇野港周辺)
http://setouchi-artfest.jp/

information


map

島キッチン

住所 香川県小豆郡土庄町豊島唐櫃1061
営業時間 10:00~16:30(L.O. 15:30)
*芸術祭の会期中は無休、会期と会期のあいだは土・日・月・祝のみ営業
http://shimakitchen.com/

世界のEAST・大阪から 国際水準のデザインを— 今年も「DESIGNEAST04」開催

来たる9月14 日(土)、15(日)、16 日(月・祝)の三日間に渡って、
大阪・名村造船跡地にてクリエイティブ・カンファレンス
「DESIGNEAST04」が開催されます。これは建築、プロダクト、音楽など
幅広いジャンルのゲストを招聘し、トークセッションやワークショップ、
マーケットから映像上映などまでを行う、イベントでありシンポジウムでもある
クリエイティブの祭典です。

「DESIGNEAST」は2009年にスタートしたイベント。
発起人は、世界を視界に入れながら、大阪を拠点に活動する
若手デザイナーたちです。
世界の“EAST(東)”に位置する大阪を
“国際水準のデザイン/思考の発信場”とし、
大阪の新たな可能性を見いだそうとしています。

5年目となる今年のテーマは「場への愛」。
従来のカンファレンスのような、プレゼンテーターが一方的に喋る
プレゼンテーションではなく、来場者間の双方向の
コミュニケーションに重きを置いた構成になるのだそうです。

それでは、豪華な出演者の一部をご紹介しましょう。
建築家の藤村龍至コーディネートによる議論の場には
なんと磯崎新、貝島桃代が登場!
最新オランダデザインでは何が起きているのかを語る
Anne Mieke Eggenkamp × Kirstie van Noort × C-Fabriekや、
高度情報化社会における建築についての対談 Kunlé Adeyemi ×南後由和にも注目。

またグラフィックデザイナー・大原大次郎ディレクションの企画
「発声と音声のタイポグラフィーパフォーマンス「TypogRAPy」」では、
3組のラッパーを招聘し、書き文字だけではないタイポグラフィの在り方を
彼らの音楽から掘り起こします。出演はイルリメ、蓮沼執太+大原大次郎、
DJみそしるとMCごはん、徳利ら!
他にもヌケメのショップからgrafと料理研究家の堀田裕介による
3日間限定のフードコートなどなど、数えきれないほどの催し物が行われます。
ぜひ大阪でお会いしましょう!

DESIGNEAST04

写真:増田好郎