連載
posted:2013.10.9 from:群馬県吾妻郡中之条町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。
editor’s profile
Kaori Kai
甲斐かおり
かい・かおり●フリーランスライター。長崎県生まれ、東京在住。日本の地域、地産品など、ヒト、モノの取材を重ねるうちにローカルの面白さに目覚める。ガイドブックに載っていない場所をひたすら歩く地味旅が好き。でもハイカラな長崎が秘かな誇りでもある。お祭りを見ると血がさわぐ。
credit
撮影:庄司直人
中之条町は、群馬県北部に位置する、人口1万7000人の町。
新潟、長野に接する県境の山々に囲まれた自然豊かな土地にある。
ここで2年に一度行われているのが「中之条ビエンナーレ」だ。
第4回目となる2013年も120組近くのアーティストが参加し、
9月13日から10月14日まで開催されている。
今回中之条ビエンナーレ2013の実行委員長を務めているのが、宮崎宏太朗さん。
中之条で生まれ育ち、13年ほど前に家業を手伝うために地元に戻ってきた。
一方ビエンナーレは、2006年に数人のアーティストの作品発表の場として始まった。
作家や役場の人間が主導で進めてきた印象が強く、
初めの数年間は地元の人々との間に温度差があったという。
地元に戻ったばかりで、初めはビエンナーレのことはよく知らなかったという宮崎さん。
実行委員に加わることになったのは2012年のこと。
「震災が起きた後、何も出来ない自分の無力さを痛感しました。
そんな時に、自分の殻を破ってくれたのが中之条のアートだったんです。
そこからもっと関わってみたい気持ちになりました」
「アートとは、シンプルに言えば心を豊かにするものだと私は感じています。
地域も、経済的な豊かさだけではなく、
人の心が豊かになることで地域全体が豊かになるんじゃないかと思ったのです。
ただ現代アートのことは専門家ではないので、
ディレクターや他の方々を信頼して、
自分ができること、運営面など地域との関係を深めることに注力してきました。
とにかくこのイベントを継続させること。
3回続いてきたバトンを次につなげることが自分の役割だと思っています」
地元で長く商売をしてきた宮崎さんならではのネットワークは、
ビエンナーレが地域とより密接な関係を築く上で強力なパイプとなっていく。
「ちょっとした行き違いで地元の理解を得られていなかった部分など、話し合いを重ね、
私自身も事業で加盟している商工会にビエンナーレとの連携を提案したりしてきました」
今年から地元の中之条観光ガイドボランティアセンターにバスツアーの案内役をお願いし、
「中之条応援プロジェクト」として地元の商店が参加する仕組みをつくるなど、
協力体制を整えていった。
また、今年からパスポートが有料化されるなか、
中之条の町民には無料パスポートを配布したのも、
地域密着の考え方から行われたことのひとつ。
実際にこのアート展をまわってみて気づくのは、地元の来場者が多いことだ。
副実行委員長の桑原かよさんはこう話す。
「ご近所の方がふらっと見に行かれることも多いようで、
農作業着のお母さんがガイドブック片手に会場をまわっている姿を見かけます。
地元の小学生が学校の遠足でビエンナーレに出かけ
ワークショップに参加することもありますし、
幼稚園でも先生が話をしてくれているのか、
小さな子どもたちが大人にビエンナーレのことを説明している微笑ましい光景も目にしました」
もともとこうしたアート展の楽しみは、
その地域にある当たり前の風景と非日常なアートの世界が混在し、
まったく新しい新鮮なものに見えることにある。
中之条では特に、そのアートの展示場となる舞台が個性的と宮崎さんは話す。
「今年は前回から3分の1ほどの展示会場が新しくなり、
町の重要文化財でもある“やませ”という民家や、
四万温泉の積善館も会場として加わりました。
各エリアを巡ることで中之条の多彩な魅力を感じることができる配置になっています」
紹介していただいた代表的な場所のなかでも、いくつかの会場を訪れてみた。
中之条駅付近から車で15分ほどの伊参(いさま)エリアには、
映画『眠る男』の撮影拠点として有名な伊参スタジオをはじめ、
材木問屋だった神保家「やませ」の民家、
養蚕や製糸が盛んだった群馬らしく「岩本稚蚕飼育所」など、独特の展示場が集まる。
「やませ」の屋内には母屋の雰囲気を活かした3人のアーティストの作品が展示されており、
裏手の小屋も作品に。「キゴヤの詩」と名づけられたこの作品の由来を、
作者の外丸治さんはこう話してくれた。
「この小屋はもともと薪を乾かすのに使われていた薪小屋です。
昔の人にとって薪は暖をとるだけでなく、
炊事やお風呂などすべての暮らしに必要なものでした。
薪の水分が蒸発していくことから、木の命が外へ出ていく場所として、
森の精霊がこちらの世界と行き交う場をイメージしてつくりました」
加えてこのエリアの魅力は、何と言ってものどかな田園風景と、
人の暮らしが垣間見える集落だろう。
やませに向かう集落をうねる細い坂道にはコスモスが咲き乱れ、
道沿いにはブリキ缶の植木鉢が並ぶ。
これもアートの一部かと錯覚するような、丁寧な人の営みの美しさがそこここに見られる。
さらに、中之条の観光地として外せない舞台が四万エリアである。
36の温泉宿が連なる人気の温泉街で、
『千と千尋の神隠し』の舞台になったともいわれる積善館が今年から展示会場に加わった。
建物の年月を感じさせる重厚さと温泉宿のもつ独特の艶やかさが
魅力的な雰囲気を醸す。この場所の個性が作品に作用する範囲は大きいだろう。
積善館を出てすぐの通りに入ると、
昭和レトロの世界にタイムトリップしたかのような路地が続く。
縦書きの「たばこ屋」の看板にひと昔前のゲームセンター、
中身は廃れて空っぽのラーメン屋がアートの展示場となっているなど、
もともとある個性的なまちがアートの世界とあいまって、新しい世界を創り出していた。
今年初めて参加したという、伊参会場で受付のボランティアをしていたある女性が、
こんな話をしてくれた。
「私はたまたま結婚した相手が中之条の人で嫁いできたのですが、
どこかここに住まされている気持ちがずっと拭えなかったんです。
意識しないようにしていましたが、この土地に愛着を持てず、
でも否定的な感情も持たないように交流範囲を狭めて生きてきました。
でも今回、来られた方々にここの自然や作品を褒めてもらうと本当に嬉しくて。
中之条もいいところがたくさんあるんだなと気づいたし、
このまちに住んでいて良かったと初めて心から思えました」
アートがきっかけになり、地元の人たちがその土地の良さに気づき、さらに根づいていく。
回を重ねるごとに、こうした気づきを生み広がっている中之条ビエンナーレ。
今年宮崎さんが持って走ったバトンは、次回に向けてまた引き継がれる。
information
中之条ビエンナーレ
会期 2013年9月13日(金)〜10月14日(月)
会場 群馬県中之条町 町内6エリア37か所
http://nakanojo-biennale.com/
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