「東京田植え体験」参加者募集!

RICE475も3度目の米作りがスタートしました。
苗も順調に育っており、田植えももうすぐ。
今年も田植え体験募集です!!

今年はなんと、山本家の土と苗が上京します☆
みなさんと一緒に大都会・東京のど真ん中にミニ田んぼ!? をつくって、
田植えを楽しみたいと思います!

また、みなさんの愛情を田んぼに分けてもらうために、
みなさんのお家で要らなくなった物(洋服、ボロ布、新聞紙、何でもOKです)を
持ち寄っていただき、
田んぼを見守り豊作を願うカカシを作りましょう!

田植え体験以外にも、懇親会では魚沼の食を召し上がっていただいたり、
東京で魚沼を感じてもらえたら嬉しいです☆

そんな折、
なんと衝撃のニュースが飛び込んできました。

生産農家山本の長男ゆうと君(小学一年生)、将来の夢が自衛隊!
みなを守りたいという素晴らしい夢ですが……
えぇ! 農家じゃないのかっ~!
これは、RICE475の未来が危うい!

ということで、今年のRICE475の田植え体験の緊急裏テーマは「6代目覚醒計画」。
みなさんとつくったミニ田んぼを農家山本家6代目ゆうと君に託し、
初めてのお米作りにチャレンジしてもらいたいと思います。
まさに、農家英才教育!
パパは果たして息子に農業の魅力を伝えることが出来るのか?
ゆうと君の初稲作は成功するのか??
みなさん、一緒に未来の農家を育てましょう!

■ 場所  都内某所
■ 期日  6月3日(日)
■ 参加費 15,750円 (昼食、プログラム体験、お土産、親睦会費用)
■ 締切  定員に達し次第締切り 定員70名
■ 行程
11:00 集合
11:30 オリエンテーション&ランチ
13:00 ミニ田んぼ作り、田植え体験
14:00 カカシ作り
15:00 片づけ
15:30 中締め
16:00 親睦会スタート
18:00 終了 解散

■ 申し込み方法
下の応募ボタンからメールでお送りください。
件名を「RICE475農業体験」で、
お名前、ご住所、お電話番号、同伴者がいらっしゃる場合は同伴者の方のお名前をご記入の上、
ご応募ください。
受付状況や参加費のお振込先を返信いたします。(定員に達した時点で締め切ります)
また、参加費のお振込みをもちまして、受付完了とし、
受付完了の参加者様に当日の集合場所や持ち物などの詳細をご連絡致します。

みんなで楽しみながら農家や農業の未来を一緒に考えてみませんか?

三歩進んで二歩下がる?

今年のRICE475は、湛水直播栽培に挑戦!

魚沼にもようやく春が訪れました!
冬が長い分、春は本当に気持ちが弾みます☆
豪雪地域の魚沼は新潟県の中でも田植えの時期が遅く、
5月の中旬から末にかけてピークを迎えます。

冬に降り積もった雪は、山々のミネラルを含んだ豊かな雪解け水となって、
ごんごんと田んぼへ流れこみます。
夏でも冷たく清らかな水が土壌の温度上昇を抑えて、
根に活力を与えながら、稲の健やかな成長を促すそうです。
また、冬の間は雪の下で日光を遮られ、土が休まるそうです。
稲作においても雪は恵みなのです。

さてさて、
RICE475も田植えが始まりました!
前回のRICE475レターでも書きましたが、
今回は湛水直播(たんすいちょくは)栽培という、
田んぼに直接種をまくスタイルの田植えにも挑戦します!

一般的な苗を移植するスタイルの田植えよりも、
・ 省力化
・ 生産コストの低減
・ 気候条件に対応しやすい
・ 品質向上(一部地域調べ)
・ 減反率の緩和(直播栽培はまだ新技術の導入時期のため、
収量低下などのリスクが伴うこともあり、減反率が緩和されるのです。)

これらのメリットの反面、
・   稲と雑草が同時に育つため、雑草管理に十分な配慮が必要
・ 浅いとスズメ害や雑草害のリスクが大きく、深いと発芽不良のリスクが大きいため、
初期の水加減が難しい
・   発芽自体も不安定
・ 専用の機械が必要
・ 技術が確立されていない
などのデメリットも無視できず、なかなか浸透していないようです。

そんななか、直播栽培を重点強化している地域もあるようです。
僕の周りで試したことがあるという農家の方はちらほらいらっしゃいますが、
継続されている方は少ないです。
ですが、省力化や低コスト化は日本の農業における大きな課題ですので、
未来の農業を考えるRICE475生産農家山本としても是非やってみたいと。
挑戦する山本の一番の理解者である父と、農機具メーカーの中島さんの協力を得て、
今年挑戦してみることに!

選択した方法は、種子を鉄でコーティングすることでリスクを大きく軽減し、
地力向上にもなるという新しい方法です。

直播栽培の説明を受けた夜、資料を読みあさりながら、
「田んぼから芽が出てくるとか、たまんないなぁ」と、山本。
直接田んぼから芽が出て、稲が育つ姿を純粋に見たい様子。笑
小さな芽が大きな希望に変わるように、頑張ってくれよ!

お恥ずかしながら、新米米屋の僕は去年初めてこの方法を知りました。
ですが、初めて山本に聞いた時から、とても気になっていました。
種を播くという原始的な方法が見直され、
種子を鉄でコーティングするという先進的な技術で効率的に行うというのは、
今の時代にとても大切なことだと思います。
そういうことにどんどんチャレンジして、
次の世代に遺すべきものを探す作業が僕ら世代の役割だと感じています。
無農薬栽培に挑戦した1年目に言われた、
「最近、進んでいる農家が有機栽培を始めてきているけど、
昔はみんな無農薬でつくっていたんだよ。時代が進んでいるのか戻っているのかわからんね」
という山本父の言葉も思い出されます。
先進的な技術を持って自然との共存を考えること、
これは待っていれば大手企業が
画期的な技術開発をどんどん進めてくれるかも知しれませんが、
農業に携わったことで、自分自身に何ができるかを考えさせられました。

田んぼの話からはちょっと逸れてしまいましたが、
そんなことを考えながら、越後湯沢の大自然の中でノートPCを開き、
気持ち良く書いてみました。 笑
そのうち、木の葉っぱを頭に乗せて、ドロンと変身出来る時代が来るかもなぁ。

綾部 Part2 大失敗でも大成功でもない、 この10年について。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
綾部編・目次

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作家・星川淳さんのライフスタイル「半農半著」にインスパイアされ、
「半農半X(はんのうはんエックス)」という生き方のスタイルを提唱する塩見直紀さん。
5月は、京都府綾部で暮らす塩見さんの「いま」のおはなしをうかがいます(全4回)。

「半農半X」と塩見直紀さんのこと。

山崎

初めてお会いしたのは、4年くらい前でしたか。

塩見

そうですね。雑誌「OSOTO」の取材でした。

山崎

本を読んで、どうしても会いたくて、綾部まで押しかけたんですよね。
田んぼにも入らせてもらって。

塩見

ええ。

山崎

半農半Xとは、小さな農のある暮らしをして、残りの半分の時間は「X」、
つまり自分のやりたいこと(ミッション)に費やすという生き方ですよね。

塩見

はい。でも、オリジナルではなくて、
作家の星川淳さんが著書のなかで使われた
「半農半著」というキーワードにひらめきを得たんです。

山崎

これ、サラリーマン時代にすでに発想されていますよね。

塩見

90年代半ばごろですね。
実は、社長にわがままを言って、ひとり部署のようなカタチで
「ソーシャルデザインルーム」というのをつくってもらったんです。
それが93年から95年くらいのことで……。

山崎

なんと、20年前にソーシャルデザイン!
どんなおしごとをされていたんですか。

塩見

おもに、会長秘書のようなしごとですね。
「地球サミット」関連、環境と教育をテーマにした海外フォーラムや
留学生を招いて「将来世代フォーラム」とか。
会社としても80年代後半から環境問題に取り組んでいたんですから、
ずいぶん先駆的ですよね。

山崎

ぼくらもいま、フェリシモさんと
「issue+design」というプロジェクトをやっています。
その感覚は、いまに脈々と受け継がれているということですね。

綾部市鍛治屋町の風景

故郷、綾部市鍛治屋町。お城も海も「なにもない」まちに、「なにか」を探究し続ける塩見さん。

誰かにとっての「次の行き先」を示す役割を担う。

山崎

塩見さんが33歳でUターンしたときの綾部市はどんな状況だったんですか?

塩見

限界集落に光をあてた四方 八洲男 前市長が就任されて1期2年目。
翌年の市制施行50周年に向けた市民企画を公募中。
母校の豊里西小学校が2か月後に閉校して空き地利用を模索……。

山崎

ものすごく、すっとなじんでいった感じですね。

塩見

そんな感じです(笑)。

山崎

四方さんは、全国でもかなり早い段階で
「限界集落」ということばに反応した方でしたよね。
そんなひとが市長になった、いわばエポックメイキングな時期に
塩見さんが帰ってきて、合流したようなイメージですね。

塩見

ほんとうに恵まれていましたね。

山崎

それで、最初に取り組まれたのが……?

塩見

母校の豊里西小の廃校利用ですね。
行政と二人三脚でNPO法人里山ねっと・あやべのスタートです。

山崎

民間とはやり方が違うでしょうから、
はじめはいろいろ勉強されたことと思います。

塩見

それはもうたくさん学ばせていただきました(笑)。
ときは里山ブームの中盤ごろのことなのですが、
大成功でもない大失敗でもなく「中の下、仕方がないかな」くらいのレベルで
10年なんとか継続してこれました。

山崎

うーん……。

塩見

3.11でもっと大きく日本は変わるかな、と思ったのですが、
世の中の状況はそれほど変わりませんでした。

山崎

そうですね。ローカルに興味はもつようになったけど、
まだ行動を起こせないでいるひとがほとんどです。

塩見

ええ。

山崎

でも、次に「万一なにかあったとき」に、
行き先が示されていることというのはとても大事なことだと思います。
塩見さんの半農半Xプロジェクトのなかにも、
そして、この「colocal」のなかにも。

塩見

だから、もっともっとたくさんのひとに伝えたいですね。
ぼく自身は3.11以降、企画や夢など自分の持ち弾は出し惜しみせず
どんどん撃っていこう、隠さず全部使っていこう、と思うようになりました。

山崎

そのひとつの弾が「書くこと」、というわけですね!

(……to be continued!)

廃校となった旧・豊里西小学校

1999年に廃校となった旧・豊里西小学校。NPO法人里山ねっと・あやべ事務局。教室に宿泊することもできる。

あやべ田舎暮らし情報センター

図書室のような風情の「あやべ田舎暮らし情報センター」。実は、もと保健室。塩見家からの寄贈書もたくさん。

まちを案内してくださる塩見さん

まちを案内してくださった塩見さん。よそものは思わず躊躇するような小径、わき道、曲り道を慣れた足どりですいすいと。

profile

NAOKI SHIOMI 
塩見直紀

1965年京都府綾部市生まれ。大学を卒業後、カタログ通販会社(株)フェリシモに入社、環境問題に関心を持つ。33歳で退社して故郷にUターン。「半農半X(はんのうはんエックス)」のコンセプトを提唱し、NPO法人「里山ねっと・あやべ」のスタッフとして綾部の可能性や21世紀の生き方、暮らし方としての「里山的生活」を市内外に向けて発信している。

Web:http://www.towanoe.jp/xseed/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

綾部 Part1 人生の〆切という発想。 50歳らしいしごととは。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
綾部編・目次

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作家・星川淳さんのライフスタイル「半農半著」にインスパイアされ、
「半農半X(はんのうはんエックス)」という生き方のスタイルを提唱する塩見直紀さん。
5月は、京都府綾部で暮らす塩見さんの「いま」のおはなしをうかがいます(全4回)。

綾部を、かくまち=書くまちに。そのココロは?

山崎

こんにちは! 今日はわざわざうちの大学まで足を運んでもらってすみません。

塩見

いえいえ。声をかけていただいて、光栄です。

山崎

塩見さんの活動は、初めてお会いしてから興味深く拝見しているのですが、
ご著書もたくさん出されてますよね。

塩見

共著を入れると10冊ぐらいになります。
いちばんはじめに書いた『半農半Xという生き方』は、
台湾でも翻訳出版されているんですよ。

山崎

たしか、40歳までに何冊本を出すって、目標を決めていらっしゃったんですよね。

塩見

そうですね。そして今や「ひとり出版社」を立ち上げるまでになりました(笑)。

山崎

……というと?

塩見

実は、出版元の事情で『半農半Xという生き方』とその続編の『実践編』が
完売後もう手に入らなくなったので、ぼくが復刊しつつ、
せっかくなら、綾部近辺の印刷屋さんで刷ってもらおうと。

山崎

なるほど。流通は?

塩見

基本的には講演会などで販売しますが、
Amazonなどでも扱ってもらえるようにします。

山崎

いいですね。

塩見

半農半編集者とか、半農半カメラマン、装丁家など
「半農半X」で生きるひとのしごとになればいいなと。
コミュニティデザインの一貫として(笑)。

山崎

お。それは恐縮です(笑)。

塩見

その名も「半農半Xパブリッシング」。
半農半Xコンセプトに特化するスモール&ローカルな出版社です。
「それ以外は出さない!」心意気です。

山崎

うーん、素晴らしいなあ。

塩見直紀さん

今回の対談のために、山崎さんの勤務する京都造形芸術大学まで足を運んでくださった塩見直紀さん。

新装版『半農半Xという生き方 実践編』

新装版『半農半Xという生き方 実践編』は、5月10日完成。一冊1,000円(税別)。塩見さんのブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/simpleandmission/)から購入できる(送料100円)。

めざすは「ことばによるまちづくり」。

山崎

過去に、ぼくたちも海士町で冊子をつくったことがあるけれど、
あれを地域にいるライターやカメラマンでつくれたら。
まちにしごとをつくり出すこともできるし、
あらたなチームができるということですよね。

塩見

ローカルな出版社としては小布施町の「文屋」とか。
沖縄にも小さな出版社が50社ほどあるんです。

山崎

それは知らなかった!

塩見

仙台にも、80年代に加藤哲夫さんという方がつくった
「カタツムリ社」というのがあって、はじめはみんなからお金を集めて、
集まった分だけ本を出す、というスタイルで始まったと聞きました。

山崎

たしか、日本デザインセンターの紫牟田伸子さんも
そんな方法を提唱されていた記憶があります。
欲しい本を、欲しい人のお金でつくる、というような。

塩見

むかし勤めていた「フェリシモ」でも、
この指とまれ方式で本を復刻するというのをやっていました。

山崎

うーん。これってきっと、
塩見さんがずっとやりたかったことのひとつでもありますよね。

塩見

ええ。しかも、かなり最終形ですね。

山崎

おいくつでしたっけ?

塩見

47です。だんだん「50らしいしごと」をしないといけなくなってきたかな、と。
33歳でUターンしたので、気持ちは永遠に33なんですけどね(笑)。

山崎

そういえば、初めてお会いしたときに
塩見さんからいただいた名刺に、内村鑑三のことばで
「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か、事業か、思想か」
と書いてありました。いまでもずっと印象に残っています。

塩見

ぼくも、20代であのことばに出会っていなければ、
フェリシモを辞めなかったと思います。原点ですね。

山崎

あ! あれもたしか、内村鑑三33歳のときの講演会でのことばでしたっけ?

塩見

ええ、そうなんです。
だからぼくにとっては「33」というのがひとつの人生の〆切だったんです。

山崎

それで、きっぱり辞職して地元に……。

塩見

わりと駆け足な人生ですけどね。

山崎

わりとね。

塩見

これといった特技もないぼくがフェリシモ時代に尊敬する先輩から
「塩見くんはことばがいいんじゃない?」というメッセージをもらったことでした。
この綾部で、ことばによるまちづくりができればいいなと。
いまはそんなことを考えています。

(……to be continued!)

対談の様子

「ローカルでの出版、海士町や島ヶ原でもできたらステキだなあ」(山崎)「ぼくは、ことばによるまちづくり。これでいきます」(塩見)

小冊子「かくまちBOOK」

「書く」という観点からのまちづくり10のワークを掲載した小冊子「かくまちBOOK」。

profile

NAOKI SHIOMI 
塩見直紀

1965年京都府綾部市生まれ。大学を卒業後、カタログ通販会社(株)フェリシモに入社、環境問題に関心を持つ。33歳で退社して故郷にUターン。「半農半X(はんのうはんエックス)」のコンセプトを提唱し、NPO法人「里山ねっと・あやべ」のスタッフとして綾部の可能性や21世紀の生き方、暮らし方としての「里山的生活」を市内外に向けて発信している。

Web:http://www.towanoe.jp/xseed/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

Rebirth 東北フードプロジェクト

本田さんの考える、東北の“食のブランド再生”とは?

東日本大震災において大きな被害を受けた
東北エリアの食材・食ブランドを応援する「Rebirth 東北フードプロジェクト」。
2011年11月よりスタートしたこのプロジェクトは、
丸の内エリアを中心に店舗を構えるレストランのシェフたちが
食に関する提案と発信を行うために立ち上げた
「丸の内シェフズクラブ」(会長:服部幸應氏)と
東北エリアのシェフたちが連携して新商品やメニューを開発し、
消費活動につなげていくことで、
東北の“食のブランド再生”を目指すべく活動を展開している。
「そもそも震災前にシェフズクラブの人たちと
丸の内で福島フェアをやったことがあったんです。
そのときのメインが相馬漁港の魚だったのですが、
震災の前と後とでは漁港の風景もまったく変わってしまって、
そうした窮状を心配したシェフズクラブの人たちが立ち上がってくれて、
『Rebirth 東北フードプロジェクト』は始まりました」
本田勝之助さんは、このプロジェクトにイベント運営統括として参画。
記念すべき第一回目の取り組みは、
昨年11月14日に「仙台ロイヤルパークホテル」で行われ、
東北エリアの生産者や加工者、食関係者をはじめ、
プロジェクトの趣旨に賛同した一般参加者も含めて
東北の食材を使った食事会を開催したのだった。
「東北エリアのシェフと丸の内シェフズクラブが考案したメニューを
ビュッフェスタイルで提供し、参加者同士が交流することで、
新たな食材のブランド化やメニュー化の可能性を探ろうというイベントです。
さらには、近隣の商業施設を会場にして
丸の内シェフズクラブによる料理セミナーも開催したほか、
施設内のレストランでは東北エリアの食材を活用したメニューを提供するなど、
地産地消の拡がりを広くアピールする場になったと思います」
第2弾は、今年2月に丸の内にて「はらくっつい 宮城食堂」を期間限定オープン。
第1弾で開発したメニューの一部をランチメニューとして提供し、
レシピを公開することで、宮城県食材の首都圏への流通促進や消費活動につなげた。

そして第3弾は、先頃4月16日に仙台ロイヤルパークホテルで開催。
「シェフの絆」をテーマに、1回目より参加している
丸の内シェフズクラブ4名と東北エリア3名のシェフに加えて、
新たに8名の東北エリアシェフが参加し、
宮城県産食材を活かしたメニューの共同開発を行った。
しかも、そこで開発されたメニューは後日レシピを公開し、
プロジェクトパートナーの協力を得て、県内飲食店を中心に展開されるという。
「第1弾はお披露目的な位置付けで、
今回の第3弾で本格的に始動した感じでしょうか。
現地のシェフとのきずなを深めようというのが今回のテーマなので、
東北エリアのシェフと丸の内のシェフがそれぞれパートナーを組み、
交流を図りながら宮城県産食材を活用したご当地メニューを考えてもらいました。
ここで生まれた新メニューは、この場限りではなく、
地元の飲食店でも食べられるようにします。
こういうことはやはり継続性が大事。食を通じた持続的な活動の輪を広げ、
『地産地消』を推進しながら、
地域の皆さんと一緒に食ブランドの再生を目指していくことが目的ですから」
丸の内をはじめとした首都圏エリアと東北エリアのネットワーク作りを積極的に図り、
食を通じたかたちで復興支援活動を推進する「Rebirth 東北フードプロジェクト」。
その活動はこれからも続く。

第一回目の「Rebirth 東北フードプロジェクト」で腕をふるった、「イル ギオットーネ」オーナーシェフの笹島保弘さん。

盛りつけも料理のうち。美しく盛りつけされた色とりどりの料理が、次々と来場者の前に並ぶ。

宮城県産茄子の山形県高畠ぶどう液のコンポート。

イベントの運営スタッフと打ち合わせる本田さん。この「Rebirth 東北フードプロジェクト」実現に向けて奔走した。

STUDY 風力発電とは

世界の自然エネルギー市場が成長を遂げる中で、最も成長している「風力発電」とは?

風力発電は、自然エネルギーによる発電の中でも、
世界中で水力発電の次に普及拡大が進んでいます。
人類は、古くから風の力を使って、オランダの風車に代表されるように、
さまざまな産業用の動力として活用をしてきました。
しかし、風力による発電は19世紀末からデンマークなど欧米諸国を中心に技術開発が行われ、
オイルショック等を経て紆余曲折の中で進歩してきました。
世界の自然エネルギー市場は近年、急成長を遂げていますが、
その中でも風力発電は最も成長している分野です。

世界の風力発電は、昨年(2011年)には前年比21%増加し、
2011年末には2億3835万kWに達しています。
(世界風力エネルギー協議会GWEC調べ)
2005年から2011年までの年間の平均成長率は
経済危機の影響もありながら26%に達しました。
世界の風力発電設備の導入のトレンドは下の図の通りです。
この近年の風力発電の急成長では中国が大きな割合を占めています。
中国国内での2011年風力発電の年間導入量は1800万kWに達しており、
2011年末には導入量が累計で6373万kWと世界一の導入国となっています。
第二位の米国では新規導入量が662万kWでしたが、
累計では4692万kWに達しており、
米国内の総発電量の2%以上を占めるまでになっています。
一方、ヨーロッパ全体では2011年には年間997万kWが新規導入され、
導入量の累計で約9662万kWとなっています。
国別の累積導入量ではドイツとスペインが二大導入国で、
それぞれ累計で2906万kW、2167万kWとなっています。
その他アジアでは、インドの新規導入量が302万kWで、
累計が1608万kWに達しています。
さらに、近年注目されている洋上での風力発電の設備容量はまだ小さいものの、
2010年末の時点で310万kWに達していますが、その大部分がヨーロッパです。
特にイギリスでの導入が進んでいます。
(出典:REN21『自然エネルギー世界白書2011』)

日本国内でも、北海道、東北、九州を中心に陸上あるいは洋上での風力発電には
大きな可能性があることが環境省などの調査でわかっています。
しかしながら、2010年度末までの累計の導入量は244万kWで、
基数は1700台以上ですが、年間の導入量は25.6万kWと低迷しています。
日本風力発電協会(JWPA)の推計では、2011年度の新規導入量は約8万kWまで落ち込み、
累計の導入量は252万kWとなり、
国の従来の導入目標である2010年までに300万kWの達成は、まったく困難な状況です。
地域別ではこれまでも風況の良い北海道、東北、九州での導入量が多い状況ですが、
現在、電力系統の制約により、これらの地域では接続が制限され、
風力発電の希望者に対する抽選や入札が行われています。
さらに、立地への各種制約や建築基準法の改正や環境アセスの法制化など
発電事業への負担が増大しており、新規導入量が低迷していますが、
2012年7月からスタートする固定価格買取制度を睨んで、
各地で新たな事業の計画も進み始めています。

世界各国の風力発電設備の導入トレンド(作成:環境エネルギー政策研究所)

TOPIC 苫前町の風力発電

エネルギー自給率439%の地域を支える風力発電。

北海道の北部日本海側に位置する苫前町は、風力発電の先進地として知られています。
苫前町は、人口約3600人、世帯数約1500戸で、
千葉大学と環境エネルギー政策研究所による「永続地帯」研究では、
地域的エネルギー自給率が439%で全国第10位となっています。
つまり、苫前町では、町内で消費する民生用と農林水産業用エネルギー量の
約4.4倍のエネルギーを再生可能エネルギーで生産していることになります。
苫前町のエネルギー生産のほとんどがウィンドファームによるものです。
苫前町では、1973年から凧揚げ大会を開催するなど、
厄介者の風を利用して地域活性化しようとする動きがありました。
1995年に山形県立川町の取り組みに刺激を受けた町長が
風力発電事業の立ち上げを発案して、95年から風況調査が行われ、
98年から2000年にかけて3基の風車が夕陽ヶ丘地区に建設されました。
これが町営の夕陽ヶ丘ウィンドファーム(出力2200kW)です。
総事業費(実施設計から風車建設まで)は約7億円でした。
また、苫前町共同利用模範牧場の敷地内に、
99年に1000kWの風車20基からなる苫前グリーンヒルウィンドパーク
(事業主体ユーラスエナジー苫前、総事業費約45億円、総出力20000kW)が、
2000年に1650kWの風車14基と1500kWの風車5基からなる苫前ウィンドビラ発電所
(事業主体ドリームアップ苫前、総事業費約65億円、総出力30600kW)が、
それぞれ運転を開始しました。
町営の夕陽ヶ丘ウィンドファームの稼働率は
2009年21.95%、2010年21.07%、2011年20.72%となっています。
電力は北海道電力に販売しており、
売電収入は2009年5292万円、2010年5096万円、2011年4839万円となっています。
年間を通じての稼働率は、風の強い冬期に30%を超える一方、
6月から8月には10%を大きく下回る月もあるという推移を示しています。
大規模なウィンドファームの先駆けとして苫前町の取り組みは全国各地の参考とされています。

苫前町役場前の熊のモニュメント

苫前町営の夕陽丘ウィンドファーム

国道232号線から見た上平の風車群

ユーラスエナジー苫前による苫前グリーンヒルウィンドパーク

福井 Part4 もう一度、わくわくしながら 続いていこう。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
福井編・目次

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山崎亮さんと一緒に訪れるまちは、早くも3か所目。
古いビルを地産地消カフェとスクーリング空間として再生させた、
福井市のフラット・プロジェクトについてうかがいます(全4回)。

10年先も「ヤバい」仕掛けを続けていたい。

山崎

今回のリニューアルには、なにかきっかけがあったんですか?

出水

はい。とりあえずプロジェクトがスタートしたものの、
動き出してみるとなかなか思い通りにいかない。そんな現状をなんとかしようと。
カフェも、コミュニケーション重視で経営を続けてきた結果、
客層はどんどん濃くなり、そうすると、そこに集うひとたちは
もちろん楽しいんだけど、どうしても横に広がっていかない。
正直、売り上げも伸びない(苦笑)。

山崎

なるほど。

出水

地域の方たちにも、ゆっくり時間をかけて認知されつつあるはずなんですが、
一方で、このままでは「若いひとたちの店」というレッテルを
貼られてしまいかねないんじゃないか、と……。

山崎

どんな風に変わるんでしょう。

出水

改装リニューアルを機に、ボクたちが感じている、
たくさんの小さなズレみたいなものも見直していけたらという思いがありますね。

藤田

具体的には、これまでのように「遊び場」としてだけでなく、
「ビジネスパートナー」として
フラットを見てもらえるような仕掛けも考えていきたいですね。
たとえばフリーペーパーのようなメディアを作って、
1万部規模で発行すれば、広がりが生めるんじゃないかとか。

出水

そうそう。地域のメディアになりたいですよね。

藤田

「こんなことが実現できたらヤバいよね」という
アイデアや妄想はまだまだあります(笑)。
これをずっとくり返していければ、おもしろいのかな。

山崎

始まりのモチベーションがソレだったわけですからね。
今あらたに、次の10年の「ヤバい」を見つける……。いいですね!

フラットビルの外観

3月末にリニューアルオープンしたフラットビル。次の10年に向けて、ますます「ヤバい」場所になりそう。(写真提供:FLAT)

1階のカフェスペース「フラットキッチン」

1階のカフェスペース「フラットキッチン」。内装に少しだけ手を加えて、スタッフのキモチも心機一転。(写真提供:FLAT)

フラットビルが「祭り」の場になればいい。

内田

ボクら、「ド」がつくローカルですから。
もっとそこを極めていけばいいのかもしれない。
同じ福井といっても、ひとつ山を越えればことばも違うし、うたも違う。
祭りの料理も通夜料理も、村ごとに味が違う。
そういうのをカフェで提案できてもおもしろいのかな。

藤田

北陸の郷土料理として知られる「呉汁」も、地域で異なるんですよね。

内田

祭りのときのお寿司の文化もおもしろい。

山崎

そんなワークショップができたら楽しいかもしれませんね。
「今月は、○○村の△△さんの手料理!」なんて、
きっちりデザインしたかっこいいフライヤーも作って。
そうしたら、「先月の集落には負けられないゾ!」って
みんなどんどん張り切りそうじゃないですか。

内田

想像するだけでたのしそう(笑)。

山崎

市内の中心部にあることを逆手にとって、福井のむかしながらの文化や伝統食、
アクティビティを紹介する場所になればいいのかもしれないですね。

内田

そうか。それで、市内に暮らす若いおかあさんたちに
「体験の感動」を通じて伝えていければ……。

山崎

つまり、フラットに来て作ることが「祭り」になればいいんですよ。

藤田

あ……言ってたね。そういえば。

出水

作るときに言ってたよね。「テーマは祭りでいこう!」って。……忘れてた。

山崎

行政のなか、大企業のなかで社会貢献や文化振興にたずさわるひとが、
枠のなかでは実現できないこと、位置づけられないこと、
でも「やらなくちゃいけないこと」を見つけちゃったときに、
まちにカフェのような「場」を作るケースが出てきましたね。
藤田さんのように、職場に片足を置いたままのひとも、
きっぱり辞めてしまうひとも両方いますが。
「あたらしい公共」っていうのが、その辺から生まれてきている気がします。

藤田

行政も、むかしと比べたらずいぶん寛大になりましたけどね。

出水

行政ばかりをたよりにはできない、
じぶんたちでも動くことも大事だと、みんなも気付いてきてるんじゃないかな。

山崎

公共性をたのしく実行すること。
でも、つい利益のこととかを考えてしまって
「このまま、たのしくなくなっちゃったらヤバいぞ!」と思ったから
リニューアルするわけですね?

出水

その通りです!

山崎

ということは、すでにキモチがもう一度、
わくわくし始めているということでしょう。……ヤバいですね。

三人

ほんっと、ヤバいですよ!(笑)

座談会の様子

「全国で、カフェをベースにボクたちのような活動をしているひとたちがいるはず。そんなひとたちとも繋がっていきたい」と藤田さん。

information

map

FLAT

福井市呉服町にある古いビルを、ワークショップにより多くの人の創造力と行動力で再生したプロジェクト。1Fは「フラットキッチン」という名の地産地消カフェ、2Fはスクーリング空間、屋上には庭園を設け、このビルを拠点にふつうの価値観をクリエイティブな発想で転換し、よみがえった場所で生き方と学び方の再定義を行う。

住所:福井県福井市順化2-16-14

TEL:0776-97-5004

Web:http://www.flat-fukui.tv/

profile

SHIGEHARU FUJITA 
藤田茂治

1972年福井県福井市生まれ。1996年近畿大学大学院修士課程修了。ボタ山と自然が美しい福岡県飯塚市でクラフトを中心としたプロダクトデザインを学ぶ。その後、デザインスタジオに一瞬所属。1998年からデザインの研究職として福井県職員となり、デザイン振興全般、農林水産品の販路開拓等の職務に就く。現在、公益財団法人ふくい産業支援センターデザイン振興部勤務。

profile

KENDAI DEMIZU 
出水建大

1973年福井県福井市生まれ。海外での生活の経験や、田舎ならではの自然の中での遊びから今の地元福井の建築のあり方を模索中。2006年に建築会社、㈱建大工房設立。2010年6月、リアルに人が繋がれるコミュニケーションカフェ「FLATkitchen」オープン。まちなかの廃墟となった建築を再生させ、そこでのコミュニケーションを通じて、まちと人の可能性を引き出していきたい。

profile

HIROKI UCHIDA 
内田裕規

1976年生まれ。越前和紙の里・旧今立町の月尾谷で育つ。広告や宣伝に関わるさまざまなアートディレクションをする傍ら、FLATの立ち上げに参加。主にスクーリングやイベントの企画広報を担当。株式會社ヒュージ代表。http://www.hudge.jp/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

素敵農業男子ファイル vol.1「米農家 山本克幸」

イケメン米農家の5代目は3児のパパ!

まだまだ雪の残る魚沼ですが、いよいよ今年のお米作りが始まりました!
我らRICE475も苗の種まきを開始。

なにやら今年のRICE475は一部の田んぼで、
湛水直播栽培(たんすいちょくはさいばい)にチャレンジする模様!
直播(ちょくは)とは、読んで字のごとく、直接種を播くという方法です。
通常、苗箱に種を播き、苗をある程度大きく育ててから、
田植え機で田んぼに移植するというのが一般的な稲作の方法です。
ですが、これは直接田んぼに種を播くスタイル。
果たして成功するのでしょうか!?
さまざまなメリットとリスクがあるようですが、詳しくはまた今度ご紹介しますね。

今回は、そんな最「幸」級米を目指すRICE475を育てる、農家山本君をご紹介。

山本克幸
1979年4月20日新潟生まれ A型
小さい頃から、米作りをする父や祖父のトラクターに乗せられ、遊び感覚で米作りを手伝う。
高校卒業後上京し、24歳まで東京で生活をしていたが、
いつもどこかで故郷を想い、自然の中での生活に戻りたいと魚沼に帰郷。
そして父親に教わりながら農業を始める。
一人前の百姓になるため、勉強中の日々。
今ではトラクターをも乗りこなしちゃう嫁との間に、3人の子どもが誕生

ご覧の通り、イケメンです☆
RICE475のイベント等でも、山本君はイイ男で人気があります。
だが、それだけではない!
仕事に対してとても真面目で、コツコツ積み重ねる努力を惜しまない。
そして、お米に対しての愛情に溢れ、本当に美味しいお米を育てます。
(愛情に溢れ過ぎていて、初めて無農薬でお米を育てた時には、
「売りたくない」と言い出す始末……)
容姿端麗、寡黙で誠実、奥さん綺麗、子ども3人……天は彼に与えすぎではないでしょうか!
さらに、発言と発想がなんか可愛いんですよ。小学2年生くらいの幼さというか。
(良く書きすぎて、山本には気持ち悪がられる&怒られるなぁ。)

僕は、そんな彼の真摯に作業をする背中を見て、
「こんなに大変な事を、真面目に地道に頑張る農家はもっと報われないといけない!
このままでは農業をやりたい人がいなくなってしまうのではないか?」
と勝手に農業の未来を案じ、
半信半疑の彼に無理矢理RICE475プロジェクトを依頼したのです。笑
結果、僕の無茶振りもなんのその、
強い責任感と探究心でRICE475は本当に美味しいお米に育っています。
そしてバタバタな僕はいつも怒られています……
山本君はまだまだ品質向上に燃えている様子。
今年のRICE475も本当に楽しみです☆

そんな山本君からも一言。

こんにちは、RICE475生産者の山本と申します。
長い冬が終わり、ようやくここ魚沼にも春が訪れました。
田んぼは、まだまだ雪に埋もれていますが……
RICE475の三年目の米作りが始まりました!
このプロジェクトは、
“農業の価値を高めたい”そして、“子どもたちが憧れるような職業にしたい”
という想いからスタートしました。
これまでに本当の多くの方々のご支援とご協力により、
作り手である農家が普段感じることのできなかった
喜び、楽しさを知る機会を得ることができました。
農業は農作物を生産し供給するというのが大きな目的です。
しかし、作り手としての想いを伝え、
そして楽しみながら食べ物を育てる魅力を知っていただくことで、
地球を考えるきっかけや食育に繋げるなど、
農業だからこそできる役割がたくさんあると思います。
僕は、今までとは違った価値観で満足していただける農業を目指します!

とは申しましても、私はまだまだ未熟者です。
皆様のお力をお借りし、RICE475プロジェクトを通して、
農業の楽しさ・大切さを感じていただき、
皆様と一緒に生産、流通、消費、地球すべてにとって幸せな未来の農業のあり方、
次の世代に残せる農業を模索して行きたいと思っております。
一年に一度しか作れないお米、一日一日を大切にどんどんチャレンジして行きます。
今年もみんなで最「幸」級米を作りましょう!

山本君の人柄、少しは伝わりましたでしょうか??
もっともっと知りたい方は、是非RICE475農業体験へ!
でも、良く考えたら、素敵農業男子って結構いるなぁ。
農家のイメージ向上を目論む僕としては、
これをシリーズ化して「農家カッコいい☆」というイメージに塗り替えたいと思います!

News 石巻に「コミかめ」がオープン

70年代の雑誌を見に行こう!

TOHOKU2020 #002でお知らせした、
石巻の新しい支援と情報発信の拠点となるコミュニティカフェ・かめ七、
通称「コミかめ」がオープンしました。
石巻商店街の老舗呉服店「かめ七」は、
もともと地域の方が大勢集まるコミュニティ機能を持ったお店でしたが、
災害直後も奇跡的にインターネットが繋がっていたこともあって、
多くのボランティアたちもここに集まり、支援活動の拠点となっていました。
震災直後は、店舗の再開も断念していた、と語るご主人の米倉さんですが、
ご夫妻の人柄に惹かれて集まってくる大勢のボランティアにも支えられて、
昨年秋にお店を再開されました。
そのかめ七呉服店店内の一画に今回オープンした「コミかめ」は、
石巻を中心に活動を続けるボランティア団体「石巻2.0」と、
日本雑誌協会とのコラボレートで運営されています。
「雑誌」をキーワードに、ひととひとのつながりを深め、
まちを活性化し、未来を切り開いて行こうという場所です。
「コミかめ」には、米倉さんが学生時代(東京の美大生だった)に集めた
70〜80年代を中心とした2000冊を越える雑誌と、
雑誌協会デジタルコンテンツ推進委員会が被災地向けに展開している
タブレット端末の電子雑誌があって、自由に閲覧できます。
DTP機能を持ったパソコンも設置されて、
ここから地域の情報発信につなげて行こうという計画です。
壁面いっぱいの棚に並べられた雑誌のジャンルはさまざまですが、
なかでも200冊以上と数が一番多いのが、弊社のポパイ。
米倉さんの青春時代とそのままシンクロするのでしょう。
石巻は仙台との間のJR仙石線が未だ一部区間不通で、
現在仙台からはバスでのアクセスになります。
でも、雑誌好きにとっては、とても魅力的な空間だと思います。
40年の時を越えた出会いと発見がきっとあります。
かめ七では、その他にもミニコンサートなどの催しも行われ、
いつも人の出入りが絶えず、未来への希望であふれています。
ぜひ一度、訪れてみてください。

創刊まもない頃のアンアン、改めて今見ても、ものすごいインパクトのある雑誌です。

コーヒーは100円でセルフサービス。入場料は、テーブル左上のかめのキャラクターのかめ七タオル、250円。これでいつでも何度でも入場可能です。

4月8日のオープニングには、地元の新聞やテレビなどの取材も大勢集まって、期待の高さを物語っていました。壁面では、3.11からこれまでのさまざまな活動の写真をパネル展示しています。

このロゴマークも米倉さんの作。アクセスや営業時間等、詳細は http://ishinomaki2.com/comikame/

福井 Part3 あれから3年。ぼくらが変われば FLATも変わる。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
福井編・目次

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山崎亮さんと一緒に訪れるまちは、早くも3か所目。
古いビルを地産地消カフェとスクーリング空間として再生させた、
福井市のフラット・プロジェクトについてうかがいます(全4回)。

そして生まれた、フラットビル。

山崎

2009年の7月に念願の古ビルを買ったあと、
思い描いた通りのプロジェクトが順調に進んでいくんでしょうか。

藤田

お金もないので、ワークショップ形式でみんなで作っていきましょう、と。

出水

そこでボクの出番です。仕事の合間をみつけて、
まずは内装の解体から、ボランティアスタッフを募って作業にあたりました。

山崎

そのときの参加者はどんなひとたちなんですか?

出水

もうほんとうにさまざまですね。
ほぼ、ブログだけを発信源として募集しました。毎回10名ぐらい。
ほとんど「ハジメマシテ」のひとたちばかりで、
でも、手作りのお弁当持ってきてくれたりして、
「あのときはほんとうに楽しかったね」って、
今でもしょっちゅう話題にのぼるぐらいです。

山崎

それで、事実上のオープンは?

出水

カフェがオープンできたのは、1年後の6月です。

山崎

そして、2階でスクーリングやワークショップを行っているということですね。

藤田

そうです。スクーリングでは、grafの服部滋樹さん、
映像ディレクターの菱川勢一さん(drawing and manual 代表)、
イラストレーターの黒田征太郎さん……と、
たくさんの方にお話をうかがってきました。
直近では、3月が松田龍太郎さん(株式会社オアゾ)でした。

山崎

あ、bank towadaの方。ボクもお会いしたかったなあ。

1階の「フラットキッチン」

古ビル購入から1年、やっとオープンにこぎつけた1階の「フラットキッチン」。店内の照明は、「エチゼンクラゲ」がモチーフ。

変わること、見えてきたこと。

山崎

1階がカフェ、2階がフリースペースでしょう? じゃあ、3階は……?

藤田

当初は独身のボクが住もうと思ってたんですけど、
3階の内装が後まわしになってるうちに、結婚しちゃいまして(笑)。

出水

そして、いまもまだ工事中です!

山崎

あ、それを今やってるってことでしたね(笑)。

内田

この3年でのいちばん大きな変化は、
藤田さんとケンちゃん、ふたりとも結婚したことなんじゃないかな。
リアルなはなしですが、やっぱり、独身30代と妻帯者では、
お金や時間のかけ方が変わってきます。
それに、この3年で時代が大きく変わった。

山崎

そうですね。

内田

当初はぼくらのなかに、
もっともっとクリエイティブさを求めるところがあったけど、
最近では食や子育てというようなことが、やっぱり気になったりして。

山崎

もう、酔った勢いでポーン!と「ビル買う」なんて言えませんものね。

内田

お子さんが生まれたのもあって、藤田さんの気持ちがいちばん変わりましたね。

藤田

はい。こどもをクリエイティブに育てることが福井の未来につながるし、
今は、そういうことに夢があるように感じています。

内田

ボク自身も、時代が変わって、正直、デザインデザインしたものに
興味がなくなってきたところがあります。

山崎

今、いわゆる「宴のあと」の時代に、
ちゃんとデザインのことを考えてるひとたちと会話をすると、
やはり同じはなしになりますね。
どこに、あるいは、なにに貢献するか、ということを考えながら
クリエイティブを発揮していきたいんですよね。

内田

はい。

山崎

世の中のひとのため、ってなかなか言いにくいけれど、
なんかちょっと「いいこと」したい。そんな気分なんだと思います。
「公共」と「ソーシャル」の間ぐらいのところで、クリエイティブに、
わくわくするような、「おしゃれな公共」みたいなのができるといいのかな。

藤田

そう。カッコイイって、言われたいですよね。

山崎

単に表層的な意味ではなく、「ちゃんとしている」という意味での、カッコイイ。
それ、とても大事ですね!

(……to be continued!)

「flat schooling 03」の様子

2010年の9月に行った「flat schooling 03」ゲストスピーカーは、grafの服部滋樹さん。40名が参加。(写真提供:FLAT)

カホン作りのワークショップ

3月に行われた、カホン作りのワークショップ。こどもも参加できるイベントが増えてきた。(写真提供:FLAT)

information

map

FLAT

福井市呉服町にある古いビルを、ワークショップにより多くの人の創造力と行動力で再生したプロジェクト。1Fは「フラットキッチン」という名の地産地消カフェ、2Fはスクーリング空間、屋上には庭園を設け、このビルを拠点にふつうの価値観をクリエイティブな発想で転換し、よみがえった場所で生き方と学び方の再定義を行う。

住所:福井県福井市順化2-16-14

TEL:0776-97-5004

Web:http://www.flat-fukui.tv/

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SHIGEHARU FUJITA 
藤田茂治

1972年福井県福井市生まれ。1996年近畿大学大学院修士課程修了。ボタ山と自然が美しい福岡県飯塚市でクラフトを中心としたプロダクトデザインを学ぶ。その後、デザインスタジオに一瞬所属。1998年からデザインの研究職として福井県職員となり、デザイン振興全般、農林水産品の販路開拓等の職務に就く。現在、公益財団法人ふくい産業支援センターデザイン振興部勤務。

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KENDAI DEMIZU 
出水建大

1973年福井県福井市生まれ。海外での生活の経験や、田舎ならではの自然の中での遊びから今の地元福井の建築のあり方を模索中。2006年に建築会社、㈱建大工房設立。2010年6月、リアルに人が繋がれるコミュニケーションカフェ「FLATkitchen」オープン。まちなかの廃墟となった建築を再生させ、そこでのコミュニケーションを通じて、まちと人の可能性を引き出していきたい。

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HIROKI UCHIDA 
内田裕規

1976年生まれ。越前和紙の里・旧今立町の月尾谷で育つ。広告や宣伝に関わるさまざまなアートディレクションをする傍ら、FLATの立ち上げに参加。主にスクーリングやイベントの企画広報を担当。株式會社ヒュージ代表。http://www.hudge.jp/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

STUDY 太陽熱

注目は高まりつつも、導入量は1980年代の20分の1まで下落。

太陽熱の利用は人類の自然エネルギー利用形態として
もっとも古くから行われてきました。
特に近代的な太陽熱利用機器の普及が進んだのは1970年代のオイルショックの後ですが、
それまでの化石燃料からの代替エネルギーとして世界中で導入が進んでいます。
その結果、現在でも、世界で利用されている自然エネルギーのうち水力発電、
風力発電の次にエネルギー生産量が大きいと言われています。
世界の太陽熱利用機器の設備容量は順調に増加しており、
2010年には前年比で16%増加して、
累計で185GWthに達しています(『自然エネルギー白書2011』による)。
2010年に導入された設備容量のうち80%以上のシェアを中国が占めており、
欧州の各国やトルコ、インド、オーストラリアなどがそれに続きます。
中国では経済発展による生活レベルの向上に伴うエネルギー需要の増加や、
エネルギー供給の不安定さを補うために、太陽熱の利用が急速に増加しており、
最近では都市から農村部に普及を進める政策なども取られています。
一方、欧州では2020年までにエネルギー供給量の
20%を自然エネルギーとする目標を定めており、
自然エネルギーによる熱利用の普及にも力を入れています。
自治体あるいは国単位での利用機器の設置義務や投資支援、
税制優遇など複数の政策を組み合わせて市場を拡大している国も多く、
ドイツでは機器の認証制度を整備することにより、
製品の信頼性を確保すると共に、2009年から自然エネルギー熱法を施行し、
設置義務なども始まっています。
日本国内においては、1970年代のオイルショック以降、
太陽熱利用機器は一時的に大きな市場となり、
1980年に導入のピークがありましたが、
その当時は太陽熱温水器が年間80万台以上、
ソーラーシステムが2.6万台ほど導入されていました。
その後、石油の価格が低下すると共に太陽熱利用機器の市場は縮小し、
2009年の導入量は太陽熱温水器4万台、
ソーラーシステムが3200台とピーク時の20分の1以下となっています。
その結果、これまでの導入量から機器の寿命を加味して差し引いた累積の導入量については
1994年ごろから減少を続けています。
そのため、多くの自治体において太陽熱利用機器に対する補助制度を実施していますが、
その中でも2008年度から補助制度をスタートした東京都では、
グリーン熱証書制度と組み合わせたユニークな試みとして注目されました。
また、東京ガスなどの都市ガス供給会社と
LPガス業界で構成する日本ガス体エネルギー普及促進協議会が中心となり、
ソーラーエネルギー利用推進フォーラムが2009年に設立され、
太陽熱利用機器とガス利用機器を組み合わせて利用する技術の調査や
普及の検討を行っています。
同じ時期に、太陽熱を対象としたグリーン熱の認証基準が整備され、
設備の認定が開始されました。
2010年7月にはマンションに設置された
セントラル方式の太陽熱利用システムの設備認定に引き続き、
10月には太陽熱による日本初のグリーン熱証書が発行されました。

太陽熱温水器・ソーラーシステム単年度導入量およびストック量(出典:『自然エネルギー白書2011』)

TOPIC 柳津西山地熱発電所

国内最大の地熱発電所。

国内最大級の河川水流量を有する阿賀野川に、
福島県喜多方市で合流する只見川は、その最大の支流であるとともに、
戦前から首都圏の電力需要を支えてきた国内最大の水力発電地帯です。
尾瀬を源流とし、年間降水量が3,000mmに達する多雨地帯にある只見川では、
明治の末頃から水力発電所の開発が計画され続けてきました。
戦後も、1951年に「只見特定地域総合開発計画」が策定されてからは、
次々と大規模水力発電所の建設が始まりました。
現在は、最上流部に国内第二位の貯水量を誇る人造湖、奥只見湖(銀山湖)と、
国内最大の水力発電所である奥只見水力発電所が稼働しています。
このような歴史を持つ只見川の流域に、福島県河沼郡柳津町はあります。
町内には、同総合開発計画で最初に建設された柳津発電所(出力75,000kW)があり、
さらに西山温泉のある西山地区には柳津西山地熱発電所(出力65,000kW)があります。
東北電力が運営する同地熱発電所は、
単独の発電施設として国内最大の出力を持ち、
1995年に運転を開始した国内では新しい地熱発電所です。年間発電電力量は、
直近3年間(2008~2010年)は約2.2~2.8億kWhで推移していて、
国内の再生可能エネルギーによって供給される電力の約1%を生産しています。
私は、2010年秋に現地を訪れ、この発電所を視察しました。
柳津町役場から車で40分近くかかる山中にある地熱発電所は、
通常無人で稼働していることから、道中にすれ違う車もありません。
現地では、発電所の稼働音だけが山中に響いていました。
ここでは、「シングルフラッシュ」という
熱水の蒸気だけを分離して発電する方式がとられていて、
発電所の周辺では地下1,500~2,600mまで掘削した、
生産井という蒸気を産出する井戸から立ち上る蒸気があちこちで見られます。
そして、23本ある生産井から発電所へと熱水を送り、
また水を地下へ戻す3本の還元井への導水管が、
山肌を這うように設置されています。
その設備の規模は、まさに国内最大の地熱発電所という言葉にふさわしいものでした。
わが国の地熱発電は、火山の周辺など有望な地熱開発地点の多くが
自然公園法による国立公園や国定公園に指定されているため、
開発に大きな制約がかけられています。
また、温泉地では地熱開発が温泉に与える影響への懸念などから、
反対が起きることもあります。
しかし、最近では、再生可能エネルギーへの関心の高まりと共に、
新たな地熱発電所の建設計画が立ち上がったり、
自然公園の開発規制が緩和されたりと、
停滞していた地熱開発が再開されようとしています。
古くからのエネルギー供給源である水力発電所と、
新しいエネルギー供給源である地熱発電所が稼働する柳津町は、
まさに日本の近代エネルギー政策の縮図といえるでしょう。

柳津西山地熱発電所

News 石巻カキ漁師新生プロジェクト、スタート!

Webサイト、ワインツーリズム……。
コミュニティの力を信じて始動した、
石巻カキ漁師新生プロジェクト。

日本では広島に次ぐ生産量を誇るカキの漁場として知られる宮城県。
とくにリアス式海岸という独特の地形、よい潮の流れ、
河川系水の混合などの好条件が相まって、「世界三大漁場」とも称される石巻湾では、
今シーズン、例年にも増して良質のカキが水揚げされています。

この石巻湾で4代に渡ってカキ漁にたずさわる後藤家は、
東日本大震災で大きな被害を受けた牡鹿半島の竹浜という集落で、
いまも暮らしています。
集落のほとんどの家が倒壊した中、奇跡のようにカタチが残った家。
そして、息子の「ごっちゃん」こと後藤章さんが
震災当日、決死の覚悟で守り抜いた漁船。
老人たちの豊かな知恵と機転で守られた、0歳から77歳までの8人家族の命。
もしもこれが「ちょっとした津波」なら、家族が、集落が、
たくましく力を合わせて乗り越えられるはずでした。
けれど、2011年のそれは、未曾有の大災害。
集落自慢のカキ作業小屋が跡形もなく流されてしまい、
漁港としての機能再開のメドが立たず、仲買業者も激減し、
さらに「東北産」というだけで買い控えの対象となる海産物は、
大手スーパーなどの契約打ち切りも甚だしい。
従来の流通の方法を頼っていては、生計が立てられないという
切実な現実に直面しています。

豊穣の海は、今日も自慢のカキを育ててくれているのに。
おとなたちは、働く気力と体力に満ちているのに。
こどもたちも曾ばあちゃんも、この浜にずっと暮らしたいのに。

そんな現状と、後藤一家の思いを知った、たった数名の
「ごっちゃんの友人」から始まった「石巻カキ漁師新生プロジェクト」。

「友人の友人」「そのまた友人」たちが、全国から「自分のできること」で、
ちいさな応援を始めました。
Webサイトを作れるひと、写真が撮れるひと、デザインができるひと、
文章が書けるひと、ワインとのマリアージュを提供できるひと、
同じく一次産業である農業にたずさわるひと、
カキをたくさん買ってパーティを主催できる友だちの多いひと……。
おそらく、震災発生直後のボランティアに必要だった、
体力や瞬発力や非常時における特別な知識などとはまた異なる、
1年後だからこその支援のカタチ。

従来の流通がダメなら、思い切ってあたらしい方法を。
ごっちゃんをはじめとする後藤家の人柄、
そしてなにより彼らの育てるカキのおいしさに惚れたひとたちの、
ゆるやかなコミュニティによって、まずはwebサイト「後藤家の食卓」が完成しました。
カキ漁が終了する、5月末頃まで、
通信販売で、後藤家から直接カキを購入することができます。
後藤家の食卓~GOTO’S OYSTER

そしてさらに、石巻カキと国産甲州ワインとの相性の良さに着目した、
山梨のワイナリーとのワインツーリズムも始動。
「来週カキパーティをするよ!」
「きのう、わが家で後藤家のカキをいただきました!」と報告しあう、
facebook上の『石巻の牡蠣で繋がる笑顔の日本地図づくり』も立ち上がりました。

「津波の後は海が栄養にあふれ、よいカキが獲れる」との先人たちの教えはほんとうで、
この冬〜春は、滋味あふれるカキが毎日海から収穫されています。
海流の早い湾で獲れる石巻カキは、泥臭さがなく、
脂肪分が少なくみずみずしいのが特徴。
殻付きのまま、シンプルにフライパンで蒸し焼きにして、
できればなにも足さずにそのまま召し上がれ!

福井 Part2 生まれ育った福井のまちと、 ぼくらのこと。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
福井編・目次

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山崎亮さんと一緒に訪れるまちは、早くも3か所目。
古いビルを地産地消カフェとスクーリング空間として再生させた、
福井市のフラット・プロジェクトについてうかがいます(全4回)。

まちとデザインについて、ずっと考えてきたから。

山崎

たしか、3人は年齢もバラバラですよね。

出水

はい。ぼくがちょうどまん中で、山崎さんと同じ73年生まれです。
そのふたつ上が藤田さん、ふたつ下が内田です。

山崎

とすると、幼なじみでもなく……はじめは何で知り合ったんですか?

内田

スノボ仲間ですね。ショップの店員さんとお客さんの間柄で、
20歳そこそこからの付き合いです。

山崎

その後、仕事でも一緒に絡むことになるわけですね。藤田さんは?

藤田

当時所属していたデザインセンター(公益財団法人ふくい産業支援センターの
デザイン振興部)で、福井のデザイン展を開催するにあたって、
これまで協力してもらっていた団体でなく、
思い切って地元の若い人材に任せてみよう、というチャンスがあったんです。
この仕事を、内田くんにお願いしたのがきっかけですね。

山崎

それがずっと繋がって今がある、ということですか。

出水

そうですね。3人とも、それぞれに「まちとデザイン」ということについて、
ずっと考えてきた気がします。
同じ福井でも、山間部の池田町というところで
「日本農村力デザイン大学(*1)」というのが
開催されているのはご存知ですか?

山崎

そういえば、何かの媒体で見かけて、うちのスタジオのメンバーと
「いいコンセプトだな」「やられたねー」なんて言ってた記憶があります。

出水

2か月に1度のペースで講義があり、
まちのひとと東京からやってくる大学生が一緒になって、
とてもいいコミュニティを形成しているんです。
福井の中でもとても注目されているコンテンツなんですが……
ただ、やっぱりまだ「デザイン」という面で未熟なんですよね。
そういうのを見ると、ぼくらはつい「もったいない」っていう
ジレンマを感じてしまう。

*1 日本農村力デザイン大学:NPO法人農村力デザイン研究所(福井県今立郡池田町)が実施する講座。農村を中心に、自然や人間、社会といった様々なテーマについて考える。2005年7月から隔月で講座を開催。http://www.c-nord.com/

呉服町商店街

フラットビルがある、呉服町商店街。江戸期から戦前にかけて、福井でいちばん賑わったまち。

あのビルがあったらすべてが解決する、そう思った。

山崎

そんな日々のなかで、黒崎輝男さんに会ったり、
福井でもスクーリングのようなことをやりたいと
考えたりするようになるわけですね。

藤田

そうです。ぼくらはもうすでに内部爆発を起こす用意が整っていて、
さらに黒崎さんや山崎さんのような
外部からの仕掛け人の力も借りることができたら最高だな……と。

出水

そんなタイミングで、ぼくが理想としていた古ビルの物件が、
500万円で売りに出たんです。
それを知って「お金さえあればなあ」ってつぶやいていたら、
すかさず藤田さんが「お前に投資しようか」って言ってくれたんです。

山崎

おお! それは男前な発言だなあ。

内田

さすがは公務員!ってね(笑)。

出水

でしょ? めちゃくちゃ胸を打たれちゃったんですけど、
あまりに荷が重すぎてイエスとは言えなかった。

山崎

そりゃあ、そうですよね。

内田

それで、黒崎さんをお招きした勉強会の日の夜のことですよ。

藤田

そうそう。「ぼく、あのビル買います!」って、
宣言しちゃったんですよね。酒を飲んだ勢いで……。

山崎

なるほど。そのとき、ふたりは同じ夢を描いていたんですか?

藤田

ぼくはぼくで、カフェとセレクトショップとスタディルームがあり、
デザイン事務所も同居していて、自分がその最上階に暮らす、
というような夢を思い描いていたんです。
大阪のgraf(*2)のようなイメージですね。

山崎

そんな思いがぐっと高まっているところに、
古ビル活用のアイデアに満ちた友人が、格好のビルを見つけてきた。

藤田

ええ。あのビルがあったらすべてが解決する。そんな風に感じたんです。

山崎

それが3年ぐらい前のはなしになるのかな?

藤田

そうですね。2009年7月にビルを購入しています。
黒崎さんを福井に迎えた夜から、ちょうど半年後のことでした。

(……to be continued!)

*2 graf:家具・空間・プロダクト・グラフィックのデザインから食、アートにわたってさまざまなクリエイティブ活動を行う集団。大阪・中之島の古い5階建てビルを改装し、家具の製作・展示、カフェ、ギャラリーと複合的な店鋪展開をしている。http://www.graf-d3.com/

フラットビルのイメージイラスト

旧ビル解体前に描かれた、フラットビルのイメージイラスト(FLATブログより)。

座談会の様子

同世代の4人。あのころの夢や熱い思いが、まるで昨日のことのようにことばとなってあふれ出る。

information

map

FLAT

福井市呉服町にある古いビルを、ワークショップにより多くの人の創造力と行動力で再生したプロジェクト。1Fは「フラットキッチン」という名の地産地消カフェ、2Fはスクーリング空間、屋上には庭園を設け、このビルを拠点にふつうの価値観をクリエイティブな発想で転換し、よみがえった場所で生き方と学び方の再定義を行う。

住所:福井県福井市順化2-16-14

TEL:0776-97-5004

Web:http://www.flat-fukui.tv/

profile

SHIGEHARU FUJITA 
藤田茂治

1972年福井県福井市生まれ。1996年近畿大学大学院修士課程修了。ボタ山と自然が美しい福岡県飯塚市でクラフトを中心としたプロダクトデザインを学ぶ。その後、デザインスタジオに一瞬所属。1998年からデザインの研究職として福井県職員となり、デザイン振興全般、農林水産品の販路開拓等の職務に就く。現在、公益財団法人ふくい産業支援センターデザイン振興部勤務。

profile

KENDAI DEMIZU 
出水建大

1973年福井県福井市生まれ。海外での生活の経験や、田舎ならではの自然の中での遊びから今の地元福井の建築のあり方を模索中。2006年に建築会社、㈱建大工房設立。2010年6月、リアルに人が繋がれるコミュニケーションカフェ「FLATkitchen」オープン。まちなかの廃墟となった建築を再生させ、そこでのコミュニケーションを通じて、まちと人の可能性を引き出していきたい。

profile

HIROKI UCHIDA 
内田裕規

1976年生まれ。越前和紙の里・旧今立町の月尾谷で育つ。広告や宣伝に関わるさまざまなアートディレクションをする傍ら、FLATの立ち上げに参加。主にスクーリングやイベントの企画広報を担当。株式會社ヒュージ代表。http://www.hudge.jp/

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

津南町の雪祭り

豪雪の津南町。かまくらの中でばあちゃんの料理に舌鼓。

春の風が桜を散らす今日この頃、魚沼では暴風雪……。
この時期になると、行く先々で、「まだ雪あるの!?」というコメントをいただきます。
田畑の積雪は残り1mちょっと、春まであともう一歩。
もう少しで本題の農業レポートが出来ますので、少々お待ちを!

さて、お祭りと言えば夏のイメージですが、雪国では雪祭りも盛り上がりを見せます。
先日、津南町の雪祭りにお客様をご招待しました。
大きなまち雪祭りは立派なステージショーやでっかい雪像など見ごたえ十分な内容ですが、
個人的には、小さなまちの雪祭りのアットホーム感もおススメですよ!
今年の津南町の雪祭りは、
地元スノーボーダーたちによるBIG AIR顔負けのジャンプ大会や、
プロスノーモービルライダーの後ろに乗って暴走ライド、
屋台や世界の鍋博など内容盛り沢山!
日が暮れるまで、ひとしきり雪と戯れて遊びまくりました!
でも実は日が暮れてからが雪祭りのメイン。
薄暗くなってきた会場のあちこちに灯りが点り始めると、一気にロマンチックな世界へ。
僕らも日中に作ったモニュメントに点火&記念撮影☆
じいちゃん、ばあちゃんもロマンチックな雰囲気に……笑

そして、メインイベントの鳥追いと赤沢神楽が始まると今度は昔話の世界へ。
鳥追いとは、東日本の農村に伝わる伝統行事で、
子どもたちが鳥を追い払う歌を歌いながら村中を回り、
田畑の豊年を祈り、害虫・害鳥駆除を願います。
僕も小学生の頃にやっていましたが、お菓子を沢山もらった記憶があります。
ハロウィンみたいですね!
雪ん子みたいなゴザ帽子を被った子どもたちがとても可愛かったです。
赤沢神楽は津南町に唯一残っている神楽で、
いくつか演目がある中で雪まつりでは、天狗の舞が舞われます。
ブンブンと火のついた藁を振り回し、周りの人を威嚇しながら練り歩く姿、
天狗様すっげぇ格好良い!!
最近、山伏や神主など日本古来の神道に魅力を感じてなりません!
伝統の舞により、皆さんの厄を払い落としていただきました。
今年は絶対良いことあるなぁ。

これにて、雪祭り終了!———とはなりません!
イベントがひとしきり終わったら、次は宴会スタート☆
もちろん会場はかまくら!コタツを囲んで宴です!
雪でお酒も冷え冷え。

今回は地元のばあちゃんの手作り料理をおつまみにいただきました!
ばあちゃんいわく
「油以外、全部おらが作ったモン(食材)だすけ、うんめぇぞ!」
山菜、糸瓜、カブ、大根、きのこ、こんにゃく……
地元の食材しか使っていない本当の田舎料理がずらり☆
これは、すっごい贅沢でした!
特に手作りこんにゃくを食べたら、スーパーで売っているこんにゃくが食べられなくなります。

美味しい料理とお酒に囲まれて、
じいちゃん、ばあちゃんと戯れながら、お腹も心もすっかり満たされました☆
いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい笑って、いよいよ雪祭りも終了。
フィナーレは最近魚沼地域の雪祭りの定番になりつつあるスカイランタン。
気球の原理で灯篭を空に飛ばすのです。
実は僕も初めての体験。
ドキドキしましたがフライト成功!
超~感動!これは是非とも生で見ていただきたい!!
高く高く上る灯篭の群れがとても幻想的でした。
雪で覆われているからこそつくり出せる、素敵な世界ですね。

津南の自然ガイドさんいわく、
津南・栄村地域は人間が住む土地としては世界一の積雪量だそうです。
雪と歩んできた文化は、魚沼が世界に誇れる魅力のひとつですね!

福井 Part1 始まりのはなし。 「ハートを打ち抜かれたんだ」

山崎亮 ローカルデザインスタディ
福井編・目次

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山崎亮さんと一緒に訪れるまちは、早くも3か所目。
ここからは、古いビルを地産地消カフェとスクーリング空間として再生させた、
福井市のフラット・プロジェクトについてうかがいます(全4回)。

いくつもの勢いとタイミングが重なって、始まった。

山崎

うわぁ、いただきます!
カツ丼食べながら対談って、なんだか新しいですね(笑)。
……うん、おいしい!

藤田

どうぞ、どうぞ。
福井名物のひとつ、「ヨーロッパ軒総本舗」のソースカツ丼です。
それはそうと、せっかく取り上げていただくフラットビルがちょうど改装中で、
ホントにすみません。

山崎

いえいえ、そんないきさつも含めて、
おはなしが聞けたらいいなって思ったんですよ。
ところで、ここはどういう場所なんですか?

内田

わたしが代表をつとめるデザイン企画チーム「HUDGE」の事務所です。

出水

この場所から、ぼくらのフラット・プロジェクトが生まれたんですよ。

山崎

え? 始まりはここなんですか?

内田

窓の外に、福井を象徴する足羽山と足羽川があって、
片町という繁華街もすぐそばで。
そんなロケーションと物件に惚れてうちの事務所が入居したんです。
そうしたら、ご覧のようにワンフロア3部屋も取れるし、
ひとつをフリースペースとして利用して、
スクーリング・パッド(*)のような学びの場にできれば最高だなって。

山崎

なるほど。それが、さっき見せてもらった大きな部屋だ。

内田

ええ。でも、実際入居してみると、仕事優先で手が回らず、
ご覧の通りの倉庫状態ですよ(笑)。

出水

そんなときに、すぐ近くで今のフラットビルが売りに出たんです。

* スクーリング・パッド:デザイン、レストラン、映画、農業というテーマを掲げた4つの学部からなる、起業・独立・転職・スキルアップのための専門スクール。廃校を利用した「世田谷ものづくり学校(IID)」を拠点にしている。http://www.schooling-pad.jp/

藤田茂治さん

その風貌からは予測不可能な、男気あふれる発言でまわりを驚かせる藤田茂治さん。

右・建築家の出水建大さん。左・デザイナーの内田裕規さん

右・建築家の出水建大さん。左・デザイナーの内田裕規さん。

東京には、ぼくらの夢をカタチにしているひとがいた。

山崎

藤田さんは公務員、出水さんは建築家、内田さんはデザイナー。
そもそも、この3人がコミュニティをつくることになった
きっかけを教えてください。

藤田

わたしが所属している
デザインセンター(公益財団法人ふくい産業支援センターのデザイン振興部)で、
黒崎輝男さん(IDEE、流石創造集団、スクーリング・パッド、自由大学等設立)を
お招きして、オープンセミナーをやったんです。

内田

もう、5〜6年前になるのかな。

出水

そのときに、スクーリング・パッドや
「IID 世田谷ものづくり学校」のはなしを聞いたらもう……。

藤田

ぼくら、すっかりハートを打ち抜かれてしまったわけですよ。

山崎

おお。具体的には、どの部分に?

出水

ぼくの場合、廃墟好きが原点なんです。
廃校や活用されていない古い建築物を、コミュニティ施設として再生できたら
どんなに素敵だろうって、自分でもずっと考えていたんです。

山崎

黒崎さんに出会う前から、夢があったんですね。

出水

そうですね。30歳ぐらいのころですかね。ちょうど、mixiがはやり出して、
思いのままに熱く日記を書き綴ったりしていました。

山崎

僕と出水さんは同い年だから……8年ぐらい前かな。

出水

それで、お役所に企画を持って行ったりするんですけど、
耐震性や経営上の問題がクリアできず、
どうしてもはじめの一歩が踏み出せずにいたんです。

山崎

その建築のプログラムが、公共的だったのはなぜなんですか?

出水

2年ほどカフェをやっていたこともあって、いろんな世代、
いろんな背景をもつひとたちが集まる場所で起こる化学反応みたいなことが、
もっと大きな規模で実現できれば、純粋におもしろいなって。

内田

健ちゃんのそんな熱いはなしを聞きながら、
じぶんもまた、クリエイターとのコミュニケーションを欲していたんですよね。
そうこうしているうちに、黒崎さんとの出会いをきっかけに、
3人の中でなにかが音を立てるように動き出しちゃって。

藤田

ぼくが思わず「じゃあ、あのビル買うよ」って言っちゃったんですよ。

山崎

えっ……?!

(……to be continued!)

山崎亮さん

この3人がひとつのプロジェエクトにたずさわっていくことになる課程に、興味がありますね。(山崎)

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FLAT

福井市呉服町にある古いビルを、ワークショップにより多くの人の創造力と行動力で再生したプロジェクト。1Fは「フラットキッチン」という名の地産地消カフェ、2Fはスクーリング空間、屋上には庭園を設け、このビルを拠点にふつうの価値観をクリエイティブな発想で転換し、よみがえった場所で生き方と学び方の再定義を行う。

住所:福井県福井市順化2-16-14

TEL:0776-97-5004

Web:http://www.flat-fukui.tv/

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SHIGEHARU FUJITA 
藤田茂治

1972年福井県福井市生まれ。1996年近畿大学大学院修士課程修了。ボタ山と自然が美しい福岡県飯塚市でクラフトを中心としたプロダクトデザインを学ぶ。その後、デザインスタジオに一瞬所属。1998年からデザインの研究職として福井県職員となり、デザイン振興全般、農林水産品の販路開拓等の職務に就く。現在、公益財団法人ふくい産業支援センターデザイン振興部勤務。

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KENDAI DEMIZU 
出水建大

1973年福井県福井市生まれ。海外での生活の経験や、田舎ならではの自然の中での遊びから今の地元福井の建築のあり方を模索中。2006年に建築会社、㈱建大工房設立。2010年6月、リアルに人が繋がれるコミュニケーションカフェ「FLATkitchen」オープン。まちなかの廃墟となった建築を再生させ、そこでのコミュニケーションを通じて、まちと人の可能性を引き出していきたい。

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HIROKI UCHIDA 
内田裕規

1976年生まれ。越前和紙の里・旧今立町の月尾谷で育つ。広告や宣伝に関わるさまざまなアートディレクションをする傍ら、FLATの立ち上げに参加。主にスクーリングやイベントの企画広報を担当。株式會社ヒュージ代表。http://www.hudge.jp/

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RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

STUDY 太陽光発電 その2

家庭での導入が進む太陽光発電と、大規模設備のメガソーラー。

昨年2011年、世界の太陽光発電の市場はさらに大きく成長しました。
世界中で一年間に導入された設備の容量は2700万kWを超え、
累積の導入量は6700万kWに達しました(EPIA調べ)。
これは年間の成長率に直すと、実に70%ということになります。
国別ではイタリアが年間の導入量が史上最高の900万kWに達し、
ドイツも前年に引き続き750万kWを導入しています。
その他、中国やアメリカ、そしてフランスが導入量を伸ばして150万kW以上を一年間に導入しています。
日本も2011年は、年間導入量が130万kWに達し、
累積の導入量ではイタリアに続く世界第三位の地位をキープしています。
世界第一位のドイツの累積導入量は2500万kW近くまで達しており、
世界全体のシェアの37%を占めます。
第二位のイタリアは約1200万kWで18%、日本は約500万kWで約7%です。
一方、産業面ではかつては日本の企業で世界の生産量の半分以上を占めていましたが、
旺盛な需要を受けて新規産業として生産に乗り出す海外の新興メーカーが台頭し、
残念ながら近年は日本メーカーの存在感が急速に小さくなってきています。
世界的な太陽光発電への需要に応えるために、中国メーカーが台頭し、
ドイツやアメリカなどの海外メーカーが群雄割拠して、競争が激化しています。
その中で、日本メーカーは、
2010年時点ではかろうじてトップ10に入っているような状況です。
このような状況の中で、日本国内でも2009年11月から自家用の発電設備に限って、
余剰電力のみの新たな太陽光発電の固定価格買取制度(FIT制度)がスタートし、
合わせて太陽光設備に対する補助金も復活しました。
その結果、2011年度には日本国内の太陽光発電の年間導入量が
初めて100万kWを超えました。
このFIT制度は、自然エネルギー普及の切り札として
欧州を始め70を超える国と地域で実績があり、
日本でも2011年8月には
「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」として成立し、2012年7月よりスタートします。
これまで、余剰電力の買取だけだったオフィスや工場などの
発電設備についても全量買取の対象となり、
発電事業用のメガソーラーなども全量買取の対象となることが決まっています。
メガソーラーとは、太陽光発電設備のうち発電出力の規模が
1メガワット(1MW = 1000kW)を超えるものをいいます。
太陽光パネルの設置には比較的広い面積が必要となり、
このメガソーラー規模の太陽光発電設備の設置面積は1万平米を超え、
遊休地や大規模な工場の屋根などが設置場所として選ばれています。
欧州ではドイツやスペインを中心として、
FIT制度が広まるに従い、
メガソーラーのような大規模な太陽光発電設備の事業収益性の高さが注目され、
数多く導入されるようになりました。
欧州では数万kW規模の太陽光発電設備もすでに導入されています。
日本では、2005年頃から東京都が自治体の地球温暖化対策の率先行動として
浄水場など数か所にメガソーラーを設置していますが、
その後、地球温暖化対策および技術的な実証試験として
北海道稚内市や山梨県北杜市など全国数か所で導入が行われています。
民間企業でもその自主的な地球温暖化対策の一環として
大規模な工場の屋根などにメガソーラーを設置している事例があります。

日本とドイツの太陽光発電の導入量の推移(作成:ISEP)

TOPIC 浮島太陽光発電所

都市部のエネルギー供給源として期待される太陽光発電。

数ある再生可能エネルギーの中でも、
太陽光は多くの地域で普遍的に利用できるエネルギー源です。
小水力や地熱といった、まとまった自然資源が少ない大都市圏でも、
太陽の恵みはあまねく降り注いでいます。
そのため、そのエネルギーを太陽光発電や太陽熱利用に活用することができるのです。
浮島太陽光発電所は、神奈川県川崎市の東京湾上にある埋め立て地、
浮島町に建設されたメガソーラー(大規模太陽光発電所)です。
羽田空港に隣接し、
首都高速湾岸線と東京湾アクアラインの交わる川崎浮島JCT側の市有地に、
東京電力が建設して運営しています。
発電設備の概要は、シャープ製の198Wソーラーパネル約3万8000枚を並べ、
最大出力は7000kWになります。
年間推定発電電力量は740万kWhが見込まれていて、
一般家庭の2000世帯分以上をまかなうことが出来ます。
なお、建設費は公表されていません。
実際に発電所を見学してみると、まずその広大さと静かさが特徴的です。
太陽光発電の環境に対する最大のメリットは、
運転時の静粛性であることを再認識させられます。
周辺が工場地帯であるぶん、よりその特徴が際だちます。
発電設備は遠隔管理されていて、施設自体は無人運転となっており、
メンテナンスも日常的に行うものはほとんどないということです。
ソーラーパネルの汚れは風雨で取り除かれるようになっており、
地面も草が生えてこないような舗装がされています。
こういった管理の省力化がなされているというのも、特徴と言えるでしょう。
この発電所のある埋め立て地は、
一般廃棄物の焼却灰や浚渫土砂などによって造成されており、
地盤が安定するまでの約20年を、太陽光発電所として活用するそうです。
浮島太陽光発電所は2011年8月10日に運転を開始しており、
川崎市との契約によって稼働期間は18年間の予定です。
現在の太陽光発電設備の寿命は、平均25~30年と想定されていることを考えると、
設備寿命より先に土地利用の契約が終了してしまうことになるので、
その先の延長の可能性があるのかが気になります。
これまで、都市廃棄物の最終処分場跡地である埋め立て地の活用には
さまざまな方策がとられてきました。
そのひとつとして、大都市に隣接するエネルギー供給基地としてのメガソーラーの建設は、
現実的でありメリットの大きい利用法であるといえるでしょう。
周囲に日照を遮るものがないというのも、太陽光発電所として利用する上で有利です。
現在、大阪府堺市でも臨海部におけるメガソーラーの建設が進んでおり、
他の大都市圏でも同様の形態の建設計画が持ち上がっています。
メガソーラーは、再生可能エネルギー利用が難しいと考えられがちな
都市部のエネルギー供給源として、今後拡大していくことが期待されます。

浮島町に建設されたメガソーラー。

勝山 Part4 少し先の未来の話。 こどもたちのために。

山崎亮 ローカルデザインスタディ
勝山編・目次

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旧城下町・勝山に暮らす染織作家の加納容子さん。
4回にわたり山崎さんとの対談をお届けします。

美しいデザインが、ひとびとをワクワクさせる。

山崎

そういえば、お向かいにすてきなお店ができてますね。

加納

はい。2月半ばにオープンしたばかりなんですよ。
自家製天然酵母と国産小麦のみを使用した、こだわりのパン屋さんなんです。

山崎

彼らは、どういうご縁でこのまちに?

加納

千葉の房総から移転を考えて、
「水のいい場所」を探し求めていらっしゃるときにお会いしたんです。
水はもちろん自慢できるし、まちのコンパクトさもちょうどいいし、
前の暮らしよりも都会的よ、なんてお話をさせていただいて。
さっそく遠方から車で買いにいらっしゃるファンもいらして、
早くも連日行列の人気ぶりですよ。

山崎

そんなに話題のパンなら、うちのスタッフにも買って帰らないと
叱られるだろうなあ(笑)。

加納

うふふ、それは間違いなく(笑)。

山崎

彼らのように、もともと地縁のない若い方が
暮らすことになるケースも増えているんですか?

加納

そうですね。ものづくりをするひとたちが少しずつ。
でも、空き家でも、まちのひとが個人で管理して非常に大切に保存しているので、
いざ「他人に貸してみよう」となるまでには、
やっぱり時間がかかることもありますね。

山崎

ここでもまた、無理をしない、と。

加納

ええ。縁つなぎはしますが、借り主と貸し主が
お互いによく納得してこそですからね。
決して「若者をジャンジャン呼び集めよう」というのではないです。

山崎

そこのところが徹底されていて、気持ちいいですね。
まちづくりは決して誰かの自己表現の場ではない、ということです。
ただあちこちからの声を寄せ集めただけでは、結局誰も満足しない。
そうではなく、ひとりひとりの声が反映されて、
個々の気概みたいなものが次第にまちをつくっていくのが心地いい。

加納

そのためにはまず、役割を担うわたしたちが楽しくないと。
たとえば、「自分のまちに、自慢のおいしいパン屋さんがあるなんて、
最高じゃない?」ってね。

山崎

そうです。さらには、それが「美しく」デザインされている、
ということも大切な要素。
ぼくたちがやっているコミュニティデザインの場合は、
「目に見えないもの」が多いけれど、加納さんたちの取り組みは、
美しいのれんや、新しい店やアトリエが増えること、お雛まつりの継続と、
住民参加のカタチが「目に見えるもの」だけに、
飛躍が実感できるのだと思います。

「パン屋タルマーリー」店内

2月にオープンしたばかりの「パン屋タルマーリー」。丁寧に作られた素朴な天然酵母のパンが愛らしく並ぶ。

「パン屋タルマーリー」のパン

水のすばらしさとまち並みが決め手となって、千葉県から移転。遠方から足を運ぶファンも多い。

こどもたちが、このまちを愛せるように。

山崎

「民」もしくは「私」のモチベーションが
ずっとつながっていった、という感覚がいいですね。
はじめは、好きなひとたちができる範囲でやりましょう、というのが
ひとつのポイントかもしれません。

加納

始まりこそ、行政があとからついてきた格好ではあるけれど、
そうなると、わたしたちも「やるからには成功しなくちゃ」とがんばる。
「みんなうれしいよね」ということを見せたくなる。
そんなことでやってきました。

山崎

楽しいことの延長としてそういうことができれば、最高ですよね。

加納

住んでいる人間が「まちのためにやる」って無理がないでしょう。
「ゴミゼロ」なんて謳わなくても、このまちが好きだったら、
誰だってまちをきれいにしたくなる。とってもシンプルです。

山崎

今、のれんのまちを楽しく動かしているのは、
加納さんの幼なじみあたりの世代とお伺いしましたが、
次の世代は育っているんですか?

加納

世代交代って、考えないようにしているんです。
息子や娘たちは、きっとまたあたらしい感覚で別のことをやるんじゃないかな。
それがいいねって。

山崎

なるほど。

加納

だって、わたしたちが楽しそうにやってると、
自然と寄りたくなったり、刺激されたり、するでしょう?

山崎

楽しそうなおとなの背中を見せる、と。

加納

そうですね。
いちばんはじめに「まちづくりが活動の目的じゃない」と言いましたけれど、
もしもなにか目的があるとすれば、それは
「こどもたちが戻って来たくなるまちであり続けるため」
ということなのかもしれません。

加納容子さん

「まちののれんを作るとき、わたしは作家でなく職人に徹して、役割を実行するという感覚なんです」(加納)

山崎亮さん

「なるほど。まちのひとりひとりの思いが、のれんというカタチになって、前に出てきているんですね!」(山崎)

profile

YOKO KANOU 
加納容子

1947年岡山県勝山生まれ。女子美術短期大学デザイン科、生活美術科卒業後、29歳で勝山にUターン。1996年に勝山町並み保存地区にて、のれん制作開始。翌年、生家にて「ひのき草木染織工房」を立ち上げる。染織作家/「勝山文化往来館ひしお」館長。

profile

RYO YAMAZAKI 
山崎 亮

1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院地域生態工学専攻修了後、SEN環境計画室勤務を経て2005年〈studio-L〉設立。地域の課題を地域の住民が解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザイン、パークマネジメントなど。〈ホヅプロ工房〉でSDレビュー、〈マルヤガーデンズ〉でグッドデザイン賞受賞。著書に『コミュニティデザイン』。

地域ブランディングのためのものづくり

米ありきで造ったお酒。

本田勝之助さんがプロデュースするものは
食品、伝統工芸品、イベント、ホテルなど多岐に渡る。
さまざまな案件を抱え、全国を飛び回る本田さんだが、
生まれ育った会津の仕事には、やはり特別な思いがあるようだ。

お米から始まった本田さんの仕事は、
やがてお米を原料とする酒造りにも広がっていった。
そもそも良質な水に恵まれた会津地方は古くから銘酒の産地として知られ、
およそ40軒の蔵元が今も酒造りに精を出している。
通常、酒造りというのは、まず先にイメージする味と香りがあって、
そこを目指して仕込みが行われる。
しかし、本田さんは違った。
何より米ありきで酒を造ることにこだわった。
だから、使うお米も、一般的な酒造好適米ではなく、食米。
日本の伝統的肥料である米ぬかを醗酵させ、
さらに植物性酵素を加えた天然有機肥料を用いた
“ながいき農法”によってつくられた最高級米「雷神光」を使っている。
前例のない取り組みゆえ、
当然、蔵元である榮川酒造にとっても未知なる部分は多く、
どんな酒を目指しているのかを問いかけながらの酒造りだったという。
そして、創業以来140年を超えて受け継がれた技と品質へのこだわりは、
ついにひとつのかたちに結実した。
それが「雷神光 純米吟醸酒」である。
「食用のお米を酒造りに用いるなんてことはこれまでだったら考えられませんでした。
ただ、酒造りは“一に水、二に米、三に技”と言われますが、
そのすべてに最高品質のものを使えば、
間違いなく美味しいお酒ができると思ったのです。
蔵元の並々ならぬ努力もあって、自信をもってお届けするお酒ができました」

ラベルの「雷神光」の文字は本田さんが揮毫。美しい青のパッケージは贈り物にも喜ばれそう。(撮影:たかはしじゅんいち)

パールのような輝きを放つ雷神光。この「雷神光」という名前は、東北の農家で伝えられている 「雷の降りるところには美味しいお米ができる」という通説に由来する。(撮影:たかはしじゅんいち)

築40年の山荘をリノベーションしたデザインホテル。

福島、山形、新潟の3県にまたがる磐梯朝日国立公園。
裏磐梯の名所として知られる五色沼に程近い
木立の中にひっそりと佇む「ホテリ・アアルト」も、
本田さんがプロデュースしている。
元々は築40年の山荘だったものを、
3人の建築が新たにホテルへとリノベーションし、
自然の中で豊かに暮らす北欧のライフスタイルやデザインを取り入れた
モダンな建物へと生まれ変わらせた。
このホテルの最大の“おもてなし”は、
裏磐梯とその周辺地域の恵みを“お裾分け”することにあると本田さんは言う。
「それを我々は“お福分け”と呼び、
建物の材料は県産材を使用し、
料理の食材も基本は地産地消にこだわっています。
ホテルというのは、地域のコンシェルジュであり、拠点となるところです。
しつらえもサービスも、
根本をかたちづくるのは会津であり、福島であり、日本ですが、
そこに吟味されたシンプルでナチュラルな北欧の家具を組み合わせた点に、
このホテルならではのオリジナリティがあります。
その妙をぜひお客様に味わっていただきたいです」
客室は全部で13室。温泉は源泉かけ流し。
会津の拠点にオススメのホテルである。

国立公園という周辺の環境に配慮した外観のデザイン。

金山町の桐をはじめ、地元産の素材がふんだんに使われている客室。木のぬくもりと窓の外に広がる裏磐梯の自然が心地よい。

アアルトの自慢の温泉。地下545mもの深さから涌き出る温泉は、磐梯山からの「お福分け」

プチ修行

極寒の魚沼で寒行体験!

雪が溶けるとRICE475は、3度目の田植えがスタートします。
お米は1年に1度しか収穫できません。
米農家にとって大切な1年を預からせていただいている身分として、
豊作祈願と自身の精神を整理しに、寒行に行って参りました。
魚沼の八海山尊神社では、節分祭までの7日間、
凍てつく寒さと雪の中、寒行が行われています。
行者さん達は朝と深夜、水垢離をとり、五穀を断ち、護摩祈祷を行います。
僕のような一般人でも、予約を入れると1回のみの参加もOKのことでしたので、
収穫祭でもお世話になった
越後湯沢のプリンスこと、高橋五輪夫さんに手引きしていただき、参加してみることに。

僕が参加したのは2月3日の朝の回。
ちょうど大寒波が襲来! 一晩で車が完全に隠れるくらいの大雪。
農家山本家のご家族に心配されながらも、
もう後には引けぬと3m超えの積雪の中、山の神社へ向かいました。
まずは滝行。
たどり着くや否や裸になり、渡された行衣に着替え列に並びます。ちょ~寒い!
そもそもサウナの水風呂さえ苦手なのに、
なぜこの雪の中、わざわざ滝に打たれに来たのかと、まずは後悔。

滝に入る順番が近づくと、先達さん(行者を導いてくれる人)が背中に塩を塗ってくれます。
僕の番になると、
「兄ちゃん何しに来たの? サラリーマンか?」
と珍しそうに先達さん。
僕が「気合を入れに来ました!」と答えると、背中をバチンと叩かれ、いざ滝の中へ。

凍らないのが不思議なくらいの水温の水を浴びながら、
今年も美味しいお米が収穫できますようにと祈りを込めました。

水の音越しに、お経とホラ貝の音が心にしみ込む感覚。
寒さを忘れ、先達さんから引っ張られるまで、遠くの世界へ行ってました。
危なかったのかな。笑
放心状態で滝から上がると、
集落の方々のご好意により焚き火をしながらタオルを温めて待っていてくださいました。
濡れた行衣を脱がされて、ほかほかタオルに包まれた瞬間に、現実世界へカムバック。
頭も体もスッキリ蘇りました!

その後、着替えを済ませ、里宮に上がり護摩行へ。
護摩とは火中に供物を投じ、護摩木を投じながら祈願をすることです。
行者が火を焚きながら祈りを捧げる行為は非常に尊く美しく感じました。
護摩行が終わると、箱からふかしたじゃがいも登場。
護摩の火で炒られた塩をつけて腹ごしらえを。
これがまた美味い☆ 僕はそこに神様を感じました。笑
その日は節分ということもあり、集落の方々と豆まき開催!
さすが魚沼、大根やキャベツも飛んで来ました。笑

そんな感じで、僕の寒行初体験は終了。
感謝の気持ちと日本文化の美しさを実感でき、
非常に実りのある寒行になりました。
帰ってから、周囲にこの話をすると、「来年は行きたい!」という人が殺到!
来年は寒行ツアーを組むことに。
収穫祭の座禅も好評でしたが、断食体験なども人気です。
身も心も研ぎ澄まされたいという願望の方が多いのですね!
僕も寒行が毎年の恒例行事になりそうです。

News 東北に電子雑誌を

被災地に電子雑誌を届けるプロジェクトが始動しています。

マガジンハウスも加盟している日本雑誌協会のデジタルコンテンツ推進委員会が、
震災対策プロジェクトの一環として、
被災地でデジタル化した雑誌をご覧いただく試みを始めています。
昨年の震災直後、雑誌協会加盟各社が通常の紙の雑誌をすぐに被災地に届けました。
しかし、実際には現地での配送や管理等の問題があって、
ただ単に紙の雑誌を届けただけでは、
十分に活用することが難しいという問題に直面したのだそうです。
そこで新たに準備が始まったのが、このタブレット端末を使ったデジタル雑誌の配信。
昨年夏から秋にかけての石巻市での実験と調査を経て、
昨年末から本格配信が始まりました。
心のケアの重要性が指摘されるなか、
雑誌が少しでもみなさんの力になることができれば、
という思いで始まったプロジェクトとのことです。
現在地元のコミュニティや仮設住宅の集会所など、
宮城県と岩手県の24か所に複数の端末が設置され、
週刊誌やライフスタイル誌、コミックなど38タイトル204号分の雑誌の他、
写真集や地元フリーペーパー、市の広報誌などが配信されています。
先行した石巻地区ではすでに市役所管轄及び民間団体合わせて10か所で展開されていますが、
その中のひとつ、商店街の「かめ七呉服店」では、
地元の有志とボランティア団体の活動に雑誌協会が協力して
「コミュニティかめ(仮称)」を立ち上げるプロジェクトも進んでいます。
店内の一角を借りてネット環境を整備し、
コミュニティ機能を持った情報の発信基地としていこうという試みです。
そして目玉になるのが、かめ七のご主人が東京の美大に通っていたころから集めている、
2000冊に及ぶ大量の雑誌バックナンバー。
初期のananやnon-no、Hot-Dog PRESS、POPEYE、GOROなどの貴重な雑誌が、
手に取って閲覧できるスペースになるそうです。
こちらは4月のオープンを目指して、現在準備中。詳細は改めて報告します。

津波の被害に遭った店内にテーブルを設置して、タブレット端末や書籍、雑誌なども置いてあります。

新しいコンテンツは毎月更新。マガジンハウスからはHanakoをアップしています。

タブレットの初期画面。コンテンツの更新はwifiで。

「かめ七呉服店」店主の米倉純一さんの雑誌コレクションもすごい! 店内にも貴重なバックナンバーが展示されています。

「かめ七呉服店」の2階は、ボランティアが宿泊できる施設にもなっていて、すぐ近くで活動する「ISHINOMAKI2.0」とも連携。ISHINOMAKI2.0は石巻商店街の再生を、地元の人々と各地から訪れた人々が協働しながら活動を展開しています。http://ishinomaki2.com/