中古物件の環境と構造を生かす。 海が見える週末住宅。 ルーヴィス vol.3

ルーヴィス vol.3
海や山、土地の息づかいを感じられる空間へ。

みなさんこんにちはルーヴィスの福井です。
今回は個人邸のリノベーションのお話です。

ルーヴィスを立ち上げて4年が過ぎると、
個人のクライアントからの依頼が増えてきました。
そんなとき神奈川県横須賀市にある、
「昭和39年に建てられた平屋を週末住宅にしたい」という依頼がありました。

クライアントからの要望は、
「頑張りすぎず、落ち着いた感じがいい」ということでした。
後日、現地を見に行くと、
その平屋は、ただの平屋ではなく、
リビングから海が見渡すことができる、眺望が最高の立地。

3棟の平屋が廊下でつながっている面白い物件で、
築50年近いとはいえ傷みも少なく、広さも十分の平屋でした。

前所有者が使っていたときに見学へ。ここは真ん中の1棟の空間。バリ風のインテリアで整えられていました。

「頑張り過ぎず」という要望でしたが、物件を見てしまうと、
「頑張りたい」気持ちで一杯になってしまったのを今でも覚えています。

それから数週間、
「頑張り過ぎず」というキーワードと
「頑張りたい」という気持ちの狭間で
もやもやしたまま初回のプレゼンテーションの日を迎えます。
今思い返しても、このプロジェクトほど
奥歯にものが挟まったようなプレゼンをした記憶はほかにないです。

プレゼンを終えると、クライアントとそのまま食事をご一緒したんですが、
僕はそのお店で、
「正直、どうすることがベストか僕自身わからなくなってしまっています」
と打ち明けました。
今振り返れば、これから請負うプロとしての言葉か? と思うのですが、
返事としては「1日、一緒に合宿してみよう」ということでした。
思い返せば、クライアントの返しも秀逸です。

そして、僕とクライアントは、家具も何もない暖炉だけある、
大きな平屋に真冬の夜に集合して、この平屋で求めている過ごし方や、
クライアントの仕事のことなど、いろんな話をして過ごしました。

前所有者の引っ越しが終わり、家具などが何もなくなった真ん中の1棟。この空間で合宿しました。

とにかく寒かったですが、
夜空が近い感じや、夜が明けていくにつれて見えてくる漁港の風景や
明け方の澄んだ空気や冬空を見て、
「自分のプレゼンしたことって、自然体じゃなかったかも」
と、この合宿を通じて感じました。
当初のプランは、すべての和室を無くすなど、
全体的に変えるようなもので、
この建物が刻んできた歴史みたいなものもすっ飛ばしていた気がします。

力みや欲のようなものが、すっかりなくなり、
新たなプランは、
左右の棟は、直したかどうかわからない程度に整え、
中央の棟を重点的にリノベーションすることに。

もともとの玄関を生かし、外壁を塗り替えるだけでフレッシュな印象に。

玄関から続く最初の棟を寝室にしました。

左端の窓は浴室です。ここにもともとあった目隠しは撤去し、開口部を広げています。デッキを右から左まで新調し、隣地に建物がないため、浴室からデッキへもアクセスできるようにしました。

なかでも手を入れた真ん中の平屋は、
海がより大きく見えるリビング棟としました。

DINING OUT (ダイニング・アウト)日本平

食を通して地域の魅力を掘り起こす。
プレミアム・レストラン「ダイニング・アウト」が人気の理由。

美食の国ニッポン。でもまだまだ知らないニッポンだらけ。
本当に美味しいものは地元でしか味わえないものばかり。
時間と労力とお金をかけて味わいに出向くことこそがプレミアムと言えるだろう。

「ダイニング・アウト」はそういった意味でも特別なレストランだ。
ひとつの地域の厳選食材で、一流のシェフが腕によりをかけてつくる料理を、
最高のロケーションでいただく。ディナータイムでの開催のため、
遠方からの人は現地で宿泊しなければならない
(パッケージツアーがあり、大抵の参加者は利用している)。
しかも、当日体験するまで情報は制限されているものだから、
いったいどんなロケーションで、どんなすばらしい体験ができるのだろうかと、
参加者はみな胸を躍らせて開催を待つしかない。
たった一食の食事のために!? と思うことなかれ。
この“わざわざ”感がダイニング・アウトの人気のポイントなのだ。
なんと言ってもこの機会を逃すと二度と再現できない。
そんな数日限りの極上の野外レストラン、それがダイニング・アウトだ。

ダイニング・アウトが初めて開催されたのは、2012年の秋。
場所として選ばれたのは新潟・佐渡だった。
能堂を前に繰り広げられた壮大なレストランは成功を収め、
メディアに紹介されたり、参加者の口コミで評判が広がっていった。
食を通じてその地域ならではの新しい魅力を伝えるために、
著名なクリエイターをパートナーとして招聘し、
自治体や賛同者とともにつくりあげていくというスタイルはこの頃から変わらない。

過去には、広尾<ア・ニュ・ルトゥルヴェ・ヴー>の下野昌平シェフ
(「DINING OUT YAEYAMA 2013」を担当)や、
赤坂<TAKAZAWA>の高澤義明シェフ
(「DINING OUT SADO 2013」・「DINING OUT SPECIAL SHOWCASE」を担当)など、
世界からも熱い視線をあびているシェフらを起用してきた。

もともとは、博報堂DYメディアパートナーズによる社内の新規事業であったが、
“食を通じて地方に残された美しい自然や伝統文化、歴史、地産物などを
再編集し新たな価値として顕在化させ、地域経済の活性化を目指す”
というコンセプトや、“良質な時間を提供する”、“驚きの体験を提供する”
という点で共感した高級車ブランドLEXUS(レクサス)が、
第2回目からパートナーとして参加しており、
よりダイニング・アウトの世界観やブランド認知も深まってきた。

集落丸山が教えてくれたこと。 一般社団法人ノオト vol.02

一般社団法人ノオトvol.02

みなさん、こんにちは。一般社団法人ノオト代表の金野(きんの)です。
弊社はどうやらフラットな組織のようで、入社したばかりの担当者から、
連載第2回目を執筆するよう指示がありました。
〆切厳守とのことです。
そんなわけで、弊社スタッフもあまり知らない創業期のことを書くことにします。

空き家と景観

昨今は、全国で「空き家問題」が取りあげられるようになってきましたが、
ノオトが創業した平成21年頃はそうでもありませんでした。
私はまだ兵庫県の篠山市役所に籍があって、
景観まちづくりの仕事もしていたので、
景観条例に基づく景観地区、景観重要建造物の指定に向けて、
その候補地、候補物件を探していました。
実は、ここから、空き家問題、空き家活用事業の創業に辿り着いたのです。
役所のことを書き始めると文章がどうしても固くなりますね。

篠山市のほぼ中央に位置する篠山城から北に車を走らせると、
多紀連山に向けて、小さな谷筋に入って行きます。
7分も走れば、もう行き止まるのですが、
そこに「丸山集落」があります。
ほとんどの家屋が、茅葺き屋根にトタンを葺いたもので統一されていて、
家と家との距離感や、各家の配置が何とも絶妙なんです。
石積みや水路や樹木も、その景観を構成しています。
計算され尽くしたような、と言いますが、
昔の人は本当に計算し尽くしたのだと思います。
土地を読み、気候を踏まえ、暮らしを想像し、
名もなき人たちが長い時間をかけて
ひとつの有機体として設計し続けてきたのでしょう。
それは現代社会の「計算」とは違う計算の方法です。

私は最初、この美しい集落の景観地区指定のことを考えていました。
平成20年春のことです。
しかし、よく眺めていると空き家が多数あることに気がつきました。
空き巣が入った形跡も見受けられ、少しすさんで残念な印象をもったのを憶えています。
後日、自治会長であった、
佐古田直實さん(現在はNPO法人集落丸山の理事長)と話をする機会があり、
全12戸のうち7戸が空き家であること、
かつては城下町水源を守る「水守」の集落であったこと、
集落の未来に危機感を抱いていることなどを伺ったのでした。

法令に基づく景観地区指定やルールづくり(景観形成基準など)は
とても重要な政策ですが、
それだけでは美しい景観を守ることができない。
私たちはそういう時代に生きている。
ルールをつくっても開発が押し寄せてくるわけではない。
ルールを使うシーンはあまりなく、建物が空き家となり、農地が放棄地となり、
景観は内側から朽ちていく。
だから、何かその空間にエネルギーを注ぎ込む政策がなければ、
景観を守れない。何より地域を守れない。
私たちは、そのことを丸山集落で学んだのでした。

活用の対象となった古民家(奥の3戸)。

関東一の職人を決定する 「鳶-1GP in関東」 千葉県八千代で開催。 日本の未来を支える「鳶職」 を救え!

2015年5月24日(日)、
関東の鳶職人たちがその技を競う
技能競技会「平尾杯争奪 鳶-1GP in 関東」
が千葉県八千代市で開催されます。
主催は大阪府茨木市の平尾化建株式会社。
3月15日に佐賀県で行われた第1回大会に続き、
本大会はその第2回に当たります。

鳶職人という職業は知っていても、
具体的にどんな仕事か知っている人は少ないのではないでしょうか?
彼らがいないと建物が建たない、直らない、
日本経済の要のような存在ですが、
全国の鳶職の有効求人倍率は平均7倍(2014年9月)。
圧倒的に人が足りない状況で、
現場を回せない地域も出始め、
いま危機が迫っています。
やりたい人がいない理由は、
そもそも鳶職人についての情報発信がなさすぎるからではないか?
ということで、このグランプリが開催されるんです。

2015年3月15日佐賀県みやき町で開催された「鳶-1グランプリ in 九州」

競技内容は、事前に渡された同じ図面を元に、
参加6チーム(1チーム3名)が一斉に足場を架け、
安全性、スピードを競うというもの。
審査員は、参加各企業から1名ずつ。
また大手ゼネコンから審査員長を招いて
採点します。

勝手に作る商店街サンド: 埼玉県・川口駅前編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチをつくってみる企画。
必ずといっていいほど美味しいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる一石二鳥の企画なのだ。

今回は埼玉県の南端、川口市にやってきた。
人口は、なんと鳥取県を超える59万人(2015年5月現在)。
鋳物と植木と太郎焼と、昔SMAPにいた森くんが出ている
川口オートレース場で有名なまちである。

川口駅前。図書館などの公共施設が入る建物や大きいデパートが目の前にあり、きれいで住みやすそうなまちだ。

あんこがギッシリ入った名物「太郎焼」。全国では今川焼きと呼ばれているものを川口市民はかたくなに太郎焼と呼ぶ。詳しくはこちら

川口で子どもたちと一緒につくる!

さて、第5回目となる商店街サンド、今回はイレギュラーな態勢だ。
これまでは、まちに詳しい方と2~3人で回ってつくっていたのだけど、
今回は大勢でトライすることになったのだ。
川口メディアセブン」という施設の方から
「子どもたちと一緒にワークショップとしてやってみたい」とお声をかけていただいた。
当日の参加者は15名。いったいどうなっちゃうんだろうか。

駅前にある公共施設「メディアセブン」でひとりひとり自己紹介。みんな川口に住んでいる人たちで、親子で参加する人もいれば、ひとりでやってきた子もいた。小学3~4年生くらいだ。

ワークショップの講師、ということで呼ばれていたので
自己紹介と、この単純明快な商店街サンドのやり方を説明した。

チーム分けとマップ用意

問題なのはこの人数をどうやってまとめるかである。
しかし、そこは普段からワークショップなどのイベントを開催しているメディアセブンだ。
スタッフさんたちが手際よく3つのチームに分け、それぞれに同行スタッフを配置してくれた。

アミダくじでチーム分け

スタッフの方が用意してくれたメモの紙と地図。地図にはパン屋さんと集合場所に目印が入っている。

それではいざ商店街へ。引率の先生みたいな気分。

商店街の入り口にあったパン屋さんの前で、各チームに分かれることに。
また1時間後に公園に集合し、そこでサンドイッチづくりをする段取りになった。
それにしてもすごいのが、この短時間の間で子どもたちが打ち解けていることだ。
ついさっき知り会ったばかりなのにもう親友みたいだ。

同じAチームになった男の子3人。みんなで割り勘して食パンを購入。

ワークショップには女の子もたくさん参加していたのだけど、
私が一緒になったのはみんな男の子。ひとりはお母さんも一緒だ。
さっそく「ほうげつ堂」というパン屋さんで食パンを購入した。

お金がなくなったら最終兵器!?

子どもたちは、親からだいたい千円のおこづかいを貰ってきていたようだ。
その金額のなかでどうにかサンドイッチをつくらねばいけないので
節約にとみんなでお金を出し合い食パン一斤を買っていた。なるほど……。
大勢でやると分け合えるのだ。きちんと計算している姿に偉いなあと感心する。

しかし、さっきから「もしお金がなくなっちゃっても最終兵器がある」と
子どもたちが笑っているのが気になる。
最終兵器とはなにかと聞くと、私たちおとなのことだった。
私たちの財布が狙われているのだ。計算しすぎである。

何つくろうかな、と楽しそう。計算の早いしっかりもの、独創的な子、目立ちたがりの子、と個性が強くて面白い。

ここからは、気になるお店があったらみんなに声をかけ、
買うのを待ってもらうという方針で進むことにした。
休日の昼前だが、駅前ということもあって商店街はとても賑やか。
川口市は鋳物で栄えたまちなので、
商店街にはあちこちに金属製のオブジェが見られて面白い。

昔ながらの情緒を残しつつ賑やかな商店街。「樹モール商店街」と「ふじの市商店街」がつながって500メートルほど続く。

ドン・キホーテのオブジェ。鋳物のまちなのでこういったオブジェがあちこちで見られる。ちなみにディスカウントストアのドン・キホーテもすぐ近くにある。

モノづくりに関わる店舗や職人が254組参加!御徒町~蔵前~浅草橋エリアで「モノマチセブン」開催

5月22日(金)から24日(日)までの3日間、
台東区の南部にあたる御徒町~蔵前~浅草橋エリアにて
モノづくりの魅力に触れられる一大地域イベント「モノマチセブン」が開催されます!
モノづくりに関わる店舗、メーカー、問屋、職人工房、
クリエイター、飲食店等がなんと254組も参加。
ファッション、生活雑貨、食料品、文具、伝統工芸、インテリア、
ギャラリー&スペース、クラフト・材料など
多岐に渡る分野のお店が並びます。

2キロ四方の中で254組が参加。はたして3日間で全部回れるのでしょうか?!

2キロ四方に渡るこの徒蔵(カチクラ)と呼ばれるエリアは
古くから続く製造・卸のお店が集まり、
また、最近では若いクリエイターたちによる活動が目覚ましいエリアです。

期間中は買い物が楽しめるのはもちろん、
いつもなら週末は閉まっているお店や工房の中を覗いて、職人さんと触れ合ったり、
ワークショップを体験することができます。
さらに、レトロな風情が感じられる「おかず横丁」で美味しい食事を味わったり、
全国各地から選りすぐりのクリエイターが集まる
「クリエイターズマーケット」(2会場で開催)も見逃せません。
とにかくジャンジャンまちを巡って、
どんなものが生み出されているのかを
味わうのがこのイベントの楽しみ方です。

2011年から「モノマチ」という名前で開催されてきたイベント。今回で7回目になりました。期間中は延べ10万人が訪れるそう!

数量限定のスタンプラリーや、たくさんのワークショップやイベントが企画されています。サイトを要チェック!

秋葉原駅と御徒町駅の間にある「2k450」も会場のひとつ。

場所や道順など分からないことは、9箇所に設置されているインフォメーションセンターへ。

ぶらぶら歩きながら巡るのもいいですが、
自転車のレンタルスポットがいくつかあるので
時間がない人や体力に自信のない人は利用するといいかもしれません。

なお、モノマチセブンの開催にさきがけて、
松坂屋上野店1Fに職人たちによるこだわりの作品が一部並んでいます。(19日(火)まで。)
イベント詳細と併せてぜひWebサイトでチェックしてみてください。

「第7回モノマチ (通称:モノマチセブン)」
会 期:2015年5月22日(金)・23日(土)・24日(日)
会 場:台東区南部徒蔵地域一体(浅草通り、隅田川、神田川、中央通りに囲まれた地域)
参加店:254 組(店舗、メーカー、問屋、職人工房 等)

モノマチセブン

大館市よりお届け! 秋田犬 「ののちゃん」日記 第8回。 『のの写真展』開催中ですのん!

みなさ〜ん。またまたごぶさたでしたのん!
元気にしてたのん?ののはもちろん元気でしたのん!

気づけばたくさん雪が降ったののの街、大館。
冬はソリに乗ったり、、

デッカい秋田犬と雪遊びしたり、、

年明けには東京にいきましたのん。雪がなくて快適だったのん〜

そうそう、2015年1月10日でののも1才になりましたのん!
アーツ千代田3331でみんなに祝ってもらいましたのん♪

お父さんと記念写真。お父さんとの都会暮らしもなかなかいいものでしたのん♪

嶋田洋平さん

リノベーションで、暮らしをつくる、仕事をつくる、まちをつくる

人が減り、空き家が増え、元気のなくなってしまったまち。
日本のそこかしこで見られるようになったそんなまちを、
リノベーションという手法によって再生させる。
これを先陣切って実践し、普及させ、
建築、不動産関係者や全国の行政から
熱い視線を浴びているのは
東京都豊島区で「らいおん建築事務所」を主宰する嶋田洋平さんです。

彼は、実に多くのまちづくりプログラムの運営に関わっています。

遊休案件の事業化を実践で学ぶ「リノベーションスクール」、
民間型のまちづくり事業会社「北九州家守舎」、
同じく「都電家守舎」、
まち再生のための総合的なプログラムを提供する「リノベリング」。

一体、彼はどんな考えに支えられてこれらを生み出し、動かし、
人々を巻き込み続けているのだろうか。
それがどうしても知りたくて、インタビューをお願いしたら、
4時間にもわたるものに。
ここに記すのは建築家を志した北九州の若者が、
“リノベーションまちづくり”を確立するまでの半生記です。
(取材中にふらっと訪れた、「都電家守舎」の青木 純さんも登場します)

第一時代:モテたかった、建築設計期

(聞き手:馬場未織)

馬場

先日、嶋田さんの若い頃の写真を目にする機会がありました。
模型を掲げる横顔はまさに建築家を目指す若者で、
オシャレでアンニュイな文化系男子という雰囲気が
かっこよくて驚いたのですが、建築家を目指したきっかけは何だったのですか?

嶋田

まあね、その頃は髪もふさふさでしたしね(笑)。
いや、僕は北九州の出身なんですが、
大分出身の建築家・磯崎 新さんの建築作品が九州にいくつかあって、
高校時代にゴミ拾いのボランティアで彼の設計した北九州市立美術館に行ったときに
「でかくてかっこいい建物だなあ、こういうのをつくったらモテるだろうなあ!」
と、つくづく思ったんです。
磯崎 新みたいな世界的なスーパースターになれば絶対モテる、
という思い込みが、建築家を志したきっかけです。

こちらがうわさの嶋田さんの学生時代。(photo:らいおん建築事務所)

馬場

不純な動機ですが、ある意味、純粋な高校生ですね。

嶋田

田舎で育ち、モテることだけを純粋に追求して決めた進路ですからね!
なおかつ理系でデザインに興味があったため、
東京理科大学の理工学部建築学科に入学。小嶋一浩さんの研究室に入りました。
小嶋さんは、ユニットで活動する、
建築設計事務所「シーラカンス」を主宰する建築家。
当時の僕には、小嶋さんの一挙手一投足がむちゃくちゃかっこよく見えました。
コム・デ・ギャルソン着て、
「きみだって、自分の髪はオシャレな人に切ってもらいたいでしょ。
家を頼む建築家も、同じだよ」と言われると、すごく説得力があって。

馬場

東京に出てきてそんな建築家に会ったら、
確かにカルチャーショックを受けますよね。

嶋田

影響されまくって、
僕も大学院時代からみかんぐみに在籍した頃まで、
全身コム・デ・ギャルソンでキメてました(笑)。

その頃、小嶋さんが言っていたことは、今でも強烈に心に残っています。
たとえば「世の中はフィクションだ」という言葉。
「貨幣経済そのものが“フィクション”なんだよ。
そういう社会の中で何かつくろうとするのだから、
ポジティブでいいんじゃないか?
フィクションの上にフィクションを重ねているだけなんだから」
と言われたときは、痺れましたね。
また、修士1年の頃には、
これから日本では新築の仕事は激減するだろう。
リノベーションばかりになっているだろう。

建物を建てたいなら、海外に行け。中国、アジアに出て行け」
と言われていました。
当時は僕、その言葉がどうもピンとこなかったんですけれどね。

馬場

その後、就職はしたのですか?

嶋田

はい。海外にポートフォリオを持って飛び出していく友だちを横目で見ながら、
自分はどうしようかなあ、組織事務所には入りたくないし、
入りたい事務所も特にないし……と考えていたときに、
4人のユニットで設計活動をする「みかんぐみ」という建築事務所で
働くのはどうかと勧められて、所員になりました。メンバーの出身地を見ると、
曽我部昌史さんは福岡出身、加茂紀和子さんは北九州市の小倉出身だった。
そのことに何となく背中を押されたかんじがあります。

馬場

みかんぐみでも、全身コム・デ・ギャルソンだったのですか?

嶋田

一転して、ユニクロ・スニーカー・フリース・ダウンといういでたちが
デフォルトの環境になりました(笑)。
それがみかんぐみのスタイルだったのです。
ですので僕も最近は、すっかりその路線ですね。

みかんぐみは、発想の原点もプロジェクトの進め方も
シーラカンスとまったく違ったので、僕にとってはとても新鮮でした。

この事務所は、ほかの人が思いつかないようなアイデアを出して、
相手をワクワクさせればその案が通る、というやり方をしていました。
上下関係も関係なく。これは燃えますよね。
さあ、みんなが唸る案を出してやろう! ってね。

ただ、所員という立場では、
業務をこなすためのいろいろなワザを習得しなきゃならなかった。
ボス4人がそれぞれ、昨日と今日で言うことも考えることも違う、
という一貫性のない状態に臨機応変に対応するワザです(笑)。
額面通りに言葉を捉えていると、本当に混乱するんです。
でもね、僕はこの、毎日言うことの違う4人のメンバーを
「病気の一症状」と見立てるようにした(笑)。
そうしたら振り回されることもなくなり、心も消耗しない。
しかも場数を踏んでいくと、病的な発言でもないことがわかってきた。
含意やニュアンスをよーく聞き分けていくと、
彼らの言外の、暗黙のコミュニケーションが読み取れるようになり、
会話の優先順位も見えてきたんです。そんな日々を送っていたら、
むちゃくちゃコミュニケーション能力が高くなりました。

馬場

すみません、
そんな繊細な技を持っている方だとは思っていませんでした!
通じないとすぐ怒っちゃうようなタイプかと。

嶋田

いやいや、本当は僕、そういう丁寧なコミュニケーションができるんですよ。
でもね、そういうあうんの呼吸をほかの人にも求めるところがある。
自分の出す指示が雑になることがあり、そこは反省しています。

第二時代:リノベーションの力を知った、過渡期

馬場

事務所を辞めたきっかけは、なんでしたか?

嶋田

当時の建築事務所は、所員は3~5年で辞めて、
独立するというのが一般的なスタイルでしたが、
気がつけば、入所して6年目になっていました。
事務所の大多数の所員を統括して、
いくつもあるプロジェクトの現場を仕切るのは実質的に僕になっていました。
自分の思うように仕事ができて、居心地は最高にいいですよね。
しかも、2006年に電撃入籍し、子どももできて子育てが楽しくなって。
生活を支える収入も、チーフという立場になって大分安定してきたという状態。
そんな環境がもう本当に……ダサくてダサくて(笑)。僕は常々、
「アトリエの番頭ほどカッコ悪いものはない!」と思っていましたから。

いつ辞めよう、とタイミングを見計らい、
さあ今日いよいよ相談しようと思っていたら、なんとまったく同じ日、
タッチの差で同僚の吉岡寛之さん(イロイロトリドリ代表)が
「辞めようと思います」とボスたちに先に相談してしまった。
その直後に僕も、
「みかんぐみを辞めさせていただきたいと思っている相談を
させていただきたいんですが……ダメですよね?」と持ちかけると、
間髪を入れず「ダメ」と即刻突き返されました(笑)。

いよいよみかんぐみを辞めることになったのは、
結局2010年になってからでしたが、
辞める宣言した直後、これまでバリバリ働いて家計を分担していた奥さんが
ふたり目を妊娠。……ナイスタイミングですよ、本当に。
まあそれでも、辞めた。辞めると同時に「らいおん建築事務所」をつくり、
すぐスタッフをひとり雇いました。
スタッフを雇うことで、本気度が増すから。

馬場

そこからキッパリ、個人で仕事をとるようになったのですか?

嶋田

実は、みかんぐみに在籍しながら、
個人で受けていた仕事がいくつかありました。
そのひとつは、後から思えば僕の未来を左右することになった、
文京区にある「白山の家」です。

白山の家、外観。(photo:中村絵)

白山の家、内観。(photo:中村絵)

嶋田

2009年の夏、都心に暮らしたいと考えている30代のご夫婦から
「自分たちの住みたい住まいが新築でまったく見つからない」
と相談がありました。そこで、古家付きの土地の購入を勧めました。
見つかったのですが、いろいろ問題があって。
その土地には、増改築を繰り返した結果、建築物が敷地からはみ出していて、
法律の基準からは容積率も、建蔽率もオーバーしている、
バリバリの違法建築があったんです。
解体費を割引いた価格で売られていたものの、
違法建築が建っているせいでローンが組めない。
かといって解体、新築したら予算オーバーになる。

そんな、にっちもさっちもいかない条件をにらんだ挙句、
僕はこの三重苦のような違法建築を合法状態にし、
なおかつ「事務所と自宅を兼ねた空間を持ちたい」という
都心ではそうそう実現できない夢を実現させるべく、
リノベーションを試みました。
すると、建築費用は予算内、4500万円に納まった。
合法建築になったのでローンもつけられるようになった。
さらに、夢も叶ってしまった。
新築を建てていたらいずれも、ありえなかったことです。
リノベーションという手法で、複数の課題を重ねて一気に解決できるんだ、
という手応えを感じました。

馬場

なるほど。設計、特にリノベーションは、
課題を解決する行為だとも言えますよね。

嶋田

「医者と弁護士は困ったときに相談されるが、
建築家は調子がいいときに相談される」と小嶋さんはよく言っていましたが、
僕のところに相談してくる施主は基本的に困っているんですね。
困っていることを解決するということは、
社会の課題に接続することでもある。

社会の課題を解くことこそが、僕のやりたかったことなんだと自覚しました。

それから、自分の事務所を立ち上げた後に
みかんぐみ最後の仕事として関わったのは、
鹿児島にあるデパートのリノベーションでした。

馬場

ナガオカケンメイさんがプロデュースを手がけた
「マルヤガーデンズ」ですね?

嶋田

そうです。そもそもは老舗の地場のデパートだった「丸屋」が、
紆余曲折を経て「三越鹿児島店」へと変わり、
それも経営不振で2009年に閉店してしまった。
この、鹿児島市の中心地にある施設の再生計画にみかんぐみが参入したのです。
テナントが去ってしまったこの施設を前に、
これからの時代に社会が求める商業施設とは
一体どういうものだろうかということを根本から構想して、
客やテナントが有機的に交わり合う場を持つ
マルヤガーデンズ」として復活させました。

グリーンに覆われる、現在のマルヤガーデンズの外観(photo:マルヤガーデンズ)。

屋上庭園の「ソラニワ」(photo:マルヤガーデンズ)。

嶋田

思えばマルヤガーデンズのプロジェクトでは、
山崎亮さん、コピーライターの渡辺潤平さん、
映像作家でクリエイティブディレクターの菱川勢一さん、
D&DEPARTMENT PROJECT 代表のナガオカケンメイさんなど、
ずいぶん多くの出会いがありました。なかでも山崎さんの存在は大きかった。
「日本の人口は今後、減る。つまり建物が余り始める。
それなのに、建築家はなぜ新たに建て続けるのか?」

と山崎さんに言われた時には、ひっくり返りそうになりました。
だって僕、磯崎新になろうと思っていたんですよ。
でかい、かっこいい建物を建ててモテてやるって(笑)。
でも、よーく考えてみたら以前から小嶋さんは
「これから日本では新築の仕事は激減するだろう、
リノベーションばかりになるだろう」
と言っていたよな……と、急に思い出したんです。

馬場

つながった!

嶋田

そう! つながった!
これからの日本の軸は、そっち側にある。と、僕が確信した瞬間でした。
小嶋さんよりだいぶ遅いけど(笑)。

傘をよみがえらせるプロジェクト「CASA PROJECT」。いらなくなった傘がカラフルなテントに!

どこかに置き忘れてきてしまったり、すぐに壊れてしまったりする傘。
「CASA PROJECT」は、そんな傘をテントやバックなどに
生まれ変わらせてしまうプロジェクトです。

たとえば、傘の生地をパッチワークして、
こんなにかわいい自転車カバーができます。

「自転車カバー」モノトーン10,800円 / カラフル12,960円

傘の防水性を生かしたナイスアイデア!
色味を抑えたモノトーンカラーもあります。

こちらはサドルカバー。

「サドルカバー」2.160円

これがあれば、もうサドルにスーパーのビニールを
かぶせるなんてこと、やめられそう。
いずれも「トーキョーバイクギャラリー」でお取り扱いしています。

こちらは、つぎはぎ感がかわいいコースター。

「コースター」998円

コースターやバックなどは、六本木の国立新美術館内
「スーベニアフロムトーキョー」でお取り扱いしています。
一つひとつ色や柄が異なるので、選ぶのもたのしい。

CASA PROJECTは、主催者のHOUKOさんが学生だった頃、
空間設計の課題がきっかけで生まれたプロジェクトです。
日本国内で年間約1億2000万本消費さている傘に着目し、
「身近にあるものを活用して“自分でつくる”ことを楽しみたい」とはじめました。

そこには、一人ひとりが必要以上にものを買うことをやめ、
必要なものを自分でつくるようになれば、
新しい未来が見えてくるはず、という思いがあったそう。

空き地のリノベーションで 地方都市を元気に。 WORKVISIONS vol.3

WORKVISIONS vol.3

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの西村浩です。
vol.1vol.2に続けて、
今回からは、ひとりの佐賀市民の方からの一本の電話から始まった、
僕の故郷佐賀のまちづくりに話を進めていきたいと思います。
その始まりは、地方都市の行く末を大きく変える
「空き地のリノベーション」という発想でした。

まちをなんとかしたい

ひとりの佐賀市民の方からの電話から、故郷佐賀に足を運んで、
たくさんの市民の方々にお話を聞く機会が増えました。
一般市民の方々に加えて、
佐賀県や佐賀市の行政職員の方々も加わるようになり、
佐賀のまちなかの状況について、
さまざまな視点からお話を聞く事ができました。

僕の両親は、今でも佐賀に住んでいて実家もありますが、
僕自身は、小学校卒業と同時に佐賀を離れてしまったので、
30年ぐらいの時の経過とともに
佐賀がどう変わってきたのかを知るのにとても助かりました。

実は、お電話をいただいた後に、
久しぶりに佐賀のまちなかの商店街に足を運び、その現実に驚いていました。
子どものころの記憶では、
アーケードの中にたくさんのお店がぎゅうぎゅうに軒を連ね、
人で溢れかえる、活気のある商店街です。
昔は、買物と言えば、この商店街に家族と一緒に足を運んだものでした。

昭和30年代の活気あふれる佐賀のまちなか商店街。(上下写真ともに松本功さん所蔵)

ところが、久しぶりに訪れた商店街は、
僕の記憶にあるものとは全く違ったものでした。
アーケードの入口から覗いた商店街は、薄暗く、
ほとんどのお店がシャッターを閉めていて、
商店街の象徴だったアーケードそのものもぼろぼろに塗装が剝がれて、
いまにも朽ち果てそうな状態でした。
いわゆるシャッター通り化しているわけですから、
当然のことながら、人通りもまばら。
僕の記憶にある商店街そのものが消え失せたといってもいい状況で、
とても悲しい気持ちになりました。

2008年ごろの佐賀のまちなかの商店街の様子。

そんな時に、佐賀市から僕のところに
「まちをなんとかしたい」との依頼をいただいたのです。
子どものころ、僕が迷子になった記憶もあるほど活気に溢れていた商店街、
自慢の商店街でしたから、僕も全くの同感。
この時、まちをなんとかしようと強く心に思いました。

この商店街の状況を見て、とても心配なことがあります。
僕自身は、子供のころ、この商店街で両親や兄弟と楽しい時間を過ごし、
たくさんの思い出があります。
ところが今、随分と寂れてしまった商店街には、人々があまり訪れていません。
大人がいないわけですから、
当然、子どもたちもこの商店街にはあまり足を運んでいないわけです。

まちづくりとは、とても時間がかかるものです。
ですから、僕たち大人だけでできることは限られていて、
子どもたちの世代にバトンを渡し続けることが、
まちづくりそのものではないかと思うのです。

ところが、今、まちなかに子どもたちの姿はほとんどありません。
まちの楽しさを経験していない子どもたちが、
将来、僕たちの世代のように「まちをなんとかしたい」と、
果たして思うでしょうか? そうなんです。
今、地方都市のまちなかは、
将来、まちの担い手がいなくなってしまう危機にあるのです。
だから、僕は今、まちなかに子どもたちが
当たり前のように遊びにくる日常を取り戻すには、
どうしたらいいんだろうと、日々考えています。
50年後、100年後も、
「まちをなんとかしたい」と思う仲間がいてくれるように……。

こちらも、2008年ごろの佐賀のまちなかの商店街の様子。

駐車場だらけの地方都市

佐賀のまちなかを歩いていて気づいたことがありました。
ひとつは、先ほどふれたように、
子どものころは、軒を連ねていた商店が軒並みシャッターを下ろしていること。

もうひとつは、空き店舗となった建物が次々と解体され、ついには更地となり、
駐車場として使われていることです。これは、佐賀だけの話ではありません。
車社会の地方都市のほとんどが、今、駐車場だらけ、
スカスカの虫食い状態のまちになってしまっているんです。

まちぐるみで開催!「にわのわ アート&クラフトフェア・チバ」「にわのわカフェ」もオープン

5月30日(土)・31日(日)、
千葉にゆかりのある作家と飲食店など約130組が
集うマーケット「にわのわ アート&クラフトフェア・チバ」が開催されます。

「よい作家がたくさん住んでいる千葉のことをもっと多くの方に知ってほしい」
という思いから生まれたこのマーケット。
2012年にはじまり、昨年は2日間で約1万5千人を動員。
いまでは千葉県を代表するイベントのひとつになりました。

会場は千葉市民の憩いの場、佐倉城址公園。
「本丸跡地」のまわりに、個性ゆたかなテントが並びます。

クラフト部門では、公募によって選ばれた作家さんが作品を展示販売。
陶磁器、木工、漆、ガラス、金属、染色、
布、皮革、彫刻、素描などの作家さんが集います。

千葉県出身の直井真奈美さんの陶磁器。当日は子どものための器や花器、燭台、コンポート、ブローチなどを出展予定。

千葉県浦安市にある「うらたすみよ織工房」さんの手織布。天然繊維の糸を使った手織布のふろしき、ハンカチ、ストールなどを展示販売します。

千葉県長生郡で「左藤吹きガラス工房」をいとなむ左藤玲朗さんのグラス。初夏にぴったりのグラスが見つかりそう。

千葉県千葉市に工房をかまえる一ノ宮 千佳さんの花器。ちょっと珍しい色のガラスの器や花器などを展示予定。

このほかにも、「まちのわproject」や
ローカルフードが並ぶテントなど、たのしい催しがたくさん!

「まちのわproject」の一環でオープンする「にわのわカフェ」

現在ある素材で、 新たな環境をつくる。 403architecture [dajiba] vol.2

403architecture [dajiba] vol.2

第2回目のインタビュイーは、第1回目のennの林さん同様、
僕たちが日頃からお付き合いさせていただいている方のひとり。
403architecture [dajiba]を設立して、
おおよそ1年が経つ頃に店舗の改修を依頼していただいた
「手打ち蕎麦 naru」の石田貴齢さん、通称ごりさんです。 
naruは、蕎麦はもちろんそのほかの料理やお酒まで
こだわり抜く本格的なお蕎麦屋さんですが、少し変わった一面も。
蕎麦屋の奥に「conaru」と呼ばれるイベントスペースも運営していて、
ご飯を食べにくる人のほか、さまざまな人が集う場所となっています。
そんなnaruの石田さんとの話を通して、
僕たちのことや僕たちが関わる浜松という都市の状況が垣間見られればと思います。
今回は、彌田が担当します。

自分が見渡せる環境の中で、働く

彌田

お話を伺う前にあれなんですが、第1回目の記事は読んでいただけました?

石田

読みました。読みました。

彌田

どうでした?

石田

いいんじゃない。ありのままって感じで(笑)。今回は何を話す感じなの?

彌田

日頃聞けないことを聞ければうれしいです。
ごりさんと初めて会ったのは、
浜松出身の建築に携わる人が主催した「第1回浜松建築会議」の打ち上げの時です。
途中から来たのに学生のみんなが「ごりさん、ごりさん」と騒ぐのを遠目から見て、
ここらへんのお兄さん的な存在なんだと思いました。

石田

あーちらっとお店に言った時かぁ。
僕は、ちゃんと会ったのって3.11のあとだと思ってた。
でも、辻ちゃん(403architecture [dajiba]のひとり)は
その前から浜松で活動していて、
確か鍵屋ビル(前回登場したマシューが入居するまちなかの古い共同ビル)を
有効利用するとかしないとか、そんな話をした気がする。

彌田

それは、「untenor」としてですね。

※untenorは、辻のほかに、植野聡子さん、吉岡優一さんの3人を中心に、
2010年より浜松を拠点に「教育」と「まち」をテーマに活動するメディアプロジェクト。

石田

そう。で、どのタイミングだったかは忘れちゃったけど、
「4月から独立します」と言われて……。

彌田

僕と橋本がやってきたと。

石田

その時は、建築に使われる材料をリユースして……なんて言っていたよね。

彌田

「マテリアルの流動」ですね(笑)。

石田

「マテリアルの流動」ね(笑)。

手打ち蕎麦 naruの店内で、石田さん(左奥)に話を聞く。

石田

実は、そのとき僕もちょうどリサイクルについて考えていて。
naruをつくった時にいっぱいゴミが出て、それを捨てるのにお金がかかる。
でも、また新しい材を買うわけでしょ?
服とかだと古着として捨てる神あれば拾う神ありだけど、
建築ってすごいゴミを出すんだという実感があった。
でも、気持ちよい場所にするにはつくり変えなきゃいけないし。
そんな時に聞いたから、この子たちは応援しないといけないなと純粋に思ったんです。

彌田

僕らは設立当初、建築の制作過程をそこまで知らないながらも意識していたことは、
一般的には見落とされがちなものを
建築をつくるときの一部として捉えられないかということで。
廃材の活用は、その考えを実践する手法のひとつでした。

石田

そうだよ。dajibaの設立当時だったら、
僕のほうが詳しかったんじゃない? それこそここをつくったばっかりだったし。

彌田

たしか、お店の図面も自分でイラストレーターで描いたと言ってましたよね?

石田

時間がいっぱいあったから(笑)。
あと、普通、施主は現場にいないと思うんだけど、
暇だったから僕はここにいて、大工さんといろいろやり取りしてた。
例えば、キッチンの天井に後々戸棚を吊るかもしれないから
石膏ボードの下地に合板張っといてね。みたいな。
それを現場監理っていうかはわかんないけど。

彌田

そんなのつくり慣れていないとわからないですよ?

石田

年の功というか、手を動かすのが好きだったからね。
小学校の頃につくったラジコンとか。
ラジコンと言ってもサーキットで走らせるような本気の。
速く走らせるためにマシンを改造するんだけど、
そのときにドライバーとかちょっとした工具の使い方を学んだり、
適当にやったら、適当な結果になるということも学んでたんだよね。

彌田

へー。

石田

まぁ、小さい頃から何かをつくるのが好きだったってことかな。
仕事で事務所をつくるときも僕が担当したり、
ニューヨークでマンション借りた時も
棚付けたり、配線を通したり、自分で部屋をDIYしてたんだよね。

彌田

ニューヨークに住んでいたこともあるんですね。
お蕎麦屋さんになる前のお話は、聞く度に
いつも初めてのネタが出てきますね(笑)。
なんでお蕎麦屋さんを始めようと思ったんですか?

石田

それは、人が集まる所で何かをしていたいと思ったのが一番大きな理由かな。
奥さんの実家に帰省する度に、おいしいお蕎麦を食べていたこともあって、
蕎麦が身近なものだったし、
勉強してみたところお蕎麦って賞味期限が短くて、
気を使ってお客さまに出すには
席数はあまり多くできないっていうミニマムな世界だった。
自分が見渡せる中で仕事ができそうっていうのも大きいよね。

彌田

場所は、最初から実家がある浜松だったんですか?

石田

そうだね。今から10年ちょっと前のことだったけど
東京はなんかこれ以上住むと息が詰まる感じがしたんだよね。
あと、蕎麦ってすごいシンプルだから
お客さんの反応がダイレクトに返ってくるのも良いなぁと。
僕、DJもやってたじゃない?
DJの時も曲を変えるとお客さんの反応がすぐ返ってくるし、その辺りは似てるかな。

彌田

あー。そういう感覚はなんとなくわかります。
設計の仕事も打ち合せでお施主さんと直接お話するので、
良い悪いの反応がすぐわかりますね。
「開放的にしたいけどプライバシーは守りたい」と一見矛盾した要望もよくあるので、
提案のバランスはそのやり取りの中で決まっていくことが多いんです。
たしかにそこは面白いですよね。

88年の歴史に幕。宮城県民の思い出がつまった「マリンピア松島水族館」が2015年5月10日に閉館

宮城県松島町にある水族館、「マリンピア松島水族館」が
2015年5月10日(日)、老朽化を理由に閉館します。
松島水族館は昭和二年の開館から88年営業を続ける、
日本で2番目に長い歴史を持つ老舗の水族館。
2011年の東日本大震災時にも津波の被害から逃れ、
県民をほっとさせましたが、老朽化には敵いませんでした。
新しい水族館は、経営会社が変わり、仙台市へと移転。
仙台うみの杜水族館」として、今年の7月にオープンします。

名物の「ペンギンランド」

松島水族館といえば、
家族のレジャーで、学校の遠足で、恋人とのデートで、などなど
宮城に住むなら一度は訪れたことがあるはずのスポット。
アシカショーやパンダイルカ、80羽ものペンギンが遊ぶ「ペンギンランド」が名物。
震災で亡くなってしまった人気者のマンボウもいました。
松島水族館のマンボウは1984年に世界最長寿という記録を
打ち立て、町長から「準名誉町民」の称号を贈られるほどの人気ぶりだったんです。
震災後は茨城県大洗町のアクアワールド大洗水族館からマンボウが寄贈されたといういい話も。
そんな、県民に愛された水族館の想い出を残し、
いままでありがとうと伝えるために、地元クリエイターによる
プロジェクトが行われています。

まずひとつ目は、「Hello,Goodbye. 松島水族館」。
子供の頃に松島水族館に遊びにいった経験がある
地元クリエイターたちによるシンプルなWebサイトです。
美しい写真と音楽で、松島水族館の思い出を残しています。

「Hello,Goodbye. 松島水族館」写真:小野寺 真希 音楽:佐藤 那美 デザイン:小林 和貴 監督:高平 大輔

ボーダー柄を着ていくといいことがある! 鎌倉・由比ガ浜通り 「ボーダーフェスティバル」

5月17日(日)、鎌倉の由比ガ浜通りにて、
「ボーダーフェスティバル」が開催されます。

これは、ボーダー柄を身につけて由比ケ浜通りを歩くと、
色々なサービスを受けられるというフェスティバル。

由比ガ浜通りのお店の皆さんが
「あたらしいお店が増えた通りをもっと知ってもらいたい」と昨年からはじめました。
下の写真は昨年度の様子。初開催にも関わらず盛り上がりました!

鎌倉市非公認ゆるキャラ「おちむん」は今年も登場予定!11時~11時半にかけて由比ガ浜通りを歩きます。

当日は「ベストボーダー賞」を決めるコンテストも開催されます。
昨年は220組がエントリーし、鎌倉市にお住まいのNABEさんが大賞に!

ベストボーダー賞に輝いたNABEさん。シャツ、バッグ、スニーカー、サングラス、ソックスまでボーダーです。

「ベストボーダー賞」のほか、10のお店が選ぶ賞やペット部門もあります。

「NAVY YARD賞」に選ばれたゲゲゲの鬼太郎ルックのゆいくん。

エントリー方法は、当日会場でお申し込みの上、写真を撮ってもらうだけ。
「ベストボーダー賞」に選ばれた方には
全参加店で使える1万円の商品券が進呈されます。
ボーダー好きなら、ぜひ参加したいですね!

国産材でつくる材木レシピ? 岡山県の西粟倉・森の学校が、 開発プロジェクトなどを 「SYNQA」にて展示

株式会社イトーキが運営する、中央区京橋にある、
オープン・イノベーションを実践する会員制のサロン「SYNQA」。
この「SYNQA」がただいま、地域のプロジェクトに特化した
クラウドファンディングサイト「FAAVO」と連携した
プロジェクトを実施中。
その内容は、「地域素材で働くをデザインする」をテーマに、
岐阜の飛騨高山や大阪、鹿児島など地域のデザイナーたちが、
地域素材を使ったオフィス家具の製作に挑戦するというもの。
制作費を支援すると、オフィスに新しい家具が届くんです。

そのうちの一つに、
岡山県の「西粟倉・森の学校」によるプロジェクトがあります。
西粟倉は岡山県の北東端に位置する、人口約1,500人の村です。
森の学校は、西粟倉地域の間伐材を使ったプロダクトの
製造販売を行っています。
今回のプロジェクトでは、「DIYで家具をつくりたい」、
「セルフリノベーションで内装をつくりたい」と思っている人のために、
国産材の材木のレシピを作るのだそう。
いわば、自分で暮らしをつくりたい人たちのための設計図ですね。
支援者には、森の学校の工作室1日無料券や、
オリジナルの材木レシピを実現できる権利などもご用意。
詳細はWebサイトをご覧ください。

こちらがレシピ

勝手に作る商店街サンド: 東京都・町田駅前編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチをつくってみる企画。
必ずといっていいほど美味しいものができ、ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる一石二鳥の企画なのだ。
今回は東京の西南端にある町田市の町田駅前にやってきた。

大にぎわいの町田駅前でつくる!

町田駅は新宿から小田急線快速急行で30分ほどのところにある。
駅の反対側にいけばもう神奈川県相模原市。東京と神奈川のちょうど境目にあるまちだ。
駅を降りてまず驚くのは、丸井、ルミネ、109といった大型デパートがずらりと並んでいること。
さらに、ドラッグストア、牛丼屋、雑貨屋にブックオフなど、
チェーン店が所狭しと軒を連ねている。
とても便利そうだがその密集ぶりに「雑多なまち」という印象を受ける。

買い物が一気にできるようなまち、町田。109もあるし、渋谷をギュッと凝縮したようなイメージかも。

渋谷との違いはいろんな世代の人がいるところか。

すべてのチェーン店が町田に集まっているのでは? と思うほどチェーン店が多い。でもその中に老舗が残っている。

雑多、というとあまり聞こえはよくないが、それが町田駅前の良さであり特徴に思える。
窮屈に感じるほどたくさんのお店が入っている建物には、
よく見ると明治時代から続く乾物屋さんが入っていたりする。
大きくてきれいなホテルがあるなと思ったら、よく見ると図書館が入っていたりする。
整備されたキレイな通りもあれば、酔客が似合いそうな味のある細道があったりする。
新しいものの中に古くから残るシーンを見つけるのが面白い。
まちを歩く人々も老若男女問わず。いろんな世代が楽しめそうなまちだ。

こんな細い道があったりもする。手前は行列のできるカレー屋さん。

写真館に寸法直し。同じエリアに、新しさと懐かしさが混在するのだ。

今回お世話になったのは本多さんとゴンちゃん。姉弟のように仲のいいふたり。

さて、今回の商店街サンドにつきあってくれるのは
町田市観光コンベンション協会の本多浩子さんと、
急きょ参加することになった中東辰哉さんこと通称ゴンちゃん。

これだけお店が多くて賑やかだと具材選びに迷ってしまいそうだが
ふだん町田の観光情報を発信してるふたりとなら「町田らしい」サンドが作れるに違いない。

既存部分をどう残して、どう見せるか?築年数不詳の木造平屋。 ルーヴィス vol.2

ルーヴィス vol.2
駅から遠くボロボロだった平屋が人気賃貸物件に

皆さま、こんにちは。ルーヴィスの福井です。
vol.1では、「古さを、懐かしさにかえる」と題して
手探りでやっていた頃の「みどり荘」のお話をしましたが、
今回は、古い物件でも競争力は新築以上に出せると確認した
「築年数不詳。木造平屋のリノベーション」のお話です。

神奈川、特に東京に近い都市部では
比較的借り手の需要に恵まれた環境にあるとは思いますが、
それでも23区と比較すると、賃貸物件では改修費用もかけにくいですし、
入居者も誘致しにくいと思っています。
非都市部においては、より顕著なものと想像しますが、
そのような厳しい状況下において成功モデルをつくることが、
今後の日本において最も競争力のある先端モデルだと考えています。

そして「みどり荘」から数か月後に、横浜の地主さんから
さらに厳しそうな相談が来ます。

「もう3年ぐらい誰も住んでなくて、貸してもいない物件がある。
困っているわけではないけど、そのままにしておくとどんどん傷んでしまうし、
周りの人にも迷惑掛けちゃうから、どうにかしたい」と。
もちろん喜んで見に行きました。
横浜駅から平坦な道を歩いて20分。大きな道から細い脇道に入っていくと、
道はどんどん細くなり、行き止まりの手前に現れたのが、こちらの平屋です。

外観。

僕が小学生の頃、
みどり荘のようなアパートに住んでいる友達は何人かいましたが、
平屋に住んでいる友達はいませんでした。
そして内部はこのような感じです。

全体的に薄暗く、重苦しい印象だった既存の室内。

床は、もうよくわからない状態にあり、壁の元の色もなんだかわからず、
建物全体から負のオーラが出ていて、
懐かしさは通り越して香ばしい感じでした。
事務所に戻ってきてから、ボロボロの状態の既存写真を
呆然とただただ眺めていた記憶があります。

既存の床は、劣化が激しく水色の養生シートのようなもので少しだけ歩きやすくされていた。

カギが閉まらないぐらい傾いていたサッシ。

当時はまだ、「平屋=取り壊し」というのが当たり前で、
多くの人が直したところでどうにかなるもんじゃないという状況でした。

ただ、建て替えを選択しないのにはオーナーにも理由がありました。
後ろに崖を背負ったこの物件を建て替えようとすると、
セットバックをさせなくてはならず、
現状の建坪10坪強よりもさらに小さくなってしまうため、
建て替えでは費用対効果が得にくいという判断でした。

「Kino Iglu 初島 星空シアター」。静岡県・熱海市で、大自然のなか星空上映を楽しむ!

雑誌「Hanako FOR MEN」や「BRUTUS」でもお馴染みの、
「全国を旅する映画館」、Kino Iglu(キノ・イグルー)。
いわゆる普通の映画館を飛び出して、
さまざまな場所で映画を上映してきた彼らから、
心地よい新緑の季節に、
また上映イベントを開催するというお知らせが届きました!

Kino Igluは吉祥寺を拠点としながら、
これまで札幌、京都、富山、金沢など全国各地の
カフェやレストラン、雑貨店やギャラリー、書店やパン屋さんなどで
独特のセレクトによる映画を上映するイベントを行ってきました。
また、ただ上映するだけでなく、
食事会や音楽ライブ、写真展などと合わせることで
映画の新しい楽しみ方を提案しています。

そんな彼らが5月の上映に選んだのは、静岡県熱海市の、初島。
しかも1泊2日の、星空野外上映会とのこと。
最近は「逗子海岸映画祭」のように野外で映画を楽しめる機会が増えていますが、
こちらはもっとアウトドア、
大自然に囲まれて映画を見るという、面白い試みですね。

野外上映のひとこま

映画「冒険者たち」より

気になる上映作品は、往年の名作フランス映画「冒険者たち」。
アフリカ・コンゴ沖に隠された財宝をめぐってくりひろげられる、
男女3人による愛と友情のアドベンチャーで、主演はかのアラン・ドロン。
舞台が「コンゴ沖」なので船が出てくるんですが、
上映会の会場となる初島への行き来もフェリーということで、
映画と照らし合わせるような、わくわくさせる仕掛けがありますね!

「交通安全ブッフェ」開催。 「止まれ」標識がケーキに!? 札幌のホテルが春の交通安全運動を楽しくPR

札幌のセンチュリーロイヤルホテルにて5月3日(日)、
交通安全をテーマにした 「ゴールデンウィークファミリーブッフェ」が
開催されます!

5月11日(月)から10日間実施される春の交通安全運動に向け、
親子で楽しみながら交通安全への取り組みを理解してもらおうと
札幌中央警察署他と協力し企画されたもの。
2014年に「朝食の美味しいホテル」北海道大会で優勝したこちらのホテルでは、
以前にも野菜のかき氷や日本三大七味をテーマにしたブッフェなど
ユニークな食イベントを開催しています。

美味しそうな「止まれ」ケーキ。

こちらはシートベルトをイメージ。北海道らしくサーモンとイクラが使われています。

今回並ぶ料理やデザートのラインナップも遊び心がたっぷり!
トマトとレモンを使った「とま・れ!ケーキ」や、
「サーモンとイクラの親子でシートベルト」、
「飲んだら乗らない」オレンジゼリーのビール風、
「信号無視はダメ!冷静に。冷製蒸し鶏のガーリックソース」
「左右確認 もち豚の角煮(確認)」などなど、
交通安全に絡めた面白いものばかり。
テーブルマジックやビンゴとともに楽しめます。

また、こども免許証の発行や反射材効果体験、
白バイの展示・撮影、北海道警察のマスコット「ほくとくん」との記念撮影、
自転車シミュレーター体験、交通安全啓発ビデオの上映など
交通ルールやマナーを学べる無料イベントも同時開催。

食を通して安全を意識するイベント、
ぜひ親子で参加してみてください!

■開催日時
2015年5月3日(日)17:30~19:30(お料理ラストオーダー19:00)
■料 金
大人 【前売券】4,800円 【当日券】5,000円 小学生 【前売券・当日券共】2,400円
■予約
011-221-3002(宴会営業部・直通)※受付時間:平日10:00~18:00
■会場 センチュリーロイヤルホテル 20F 宴会場 グレイス

※同時開催イベント
■催事名: 春の交通安全 in センチュリーロイヤルホテル
■開催日時: 2015年5月3日(日)13:00~19:00
■入場料:無料

 ・センチュリーロイヤルホテル「ゴールデンウィーク ファミリーブッフェ」

県内外の名店多数の「大草原の小さな店」。山口市、3000坪の大草原で野外マーケット!

日に日にあたたかさも増して、ピクニックをするのにちょうどいい季節になってきました。
晴れた空の下、太陽の日差しを浴びて、土と緑の匂いを吸い込みながら、
親しい誰かと集まって、食事したりするのは、楽しいですよね。

そんな季節にぴったりのイベントが、山口県山口市で開催されます。
「大草原の小さな店」という名前のこのイベント、
山口市の秋穂にある、3,000坪の広さの大草原に、
食事や飲み物、食材、雑貨などを販売するお店が出店するんです。

たとえば、地元山口市で有名な、オーガニック野菜料理を提供するカフェ「FRANK」や、
店舗を持たない出張カフェ「CAPIME coffee」といったお店も参加。
広島や福岡のような近隣県、そして東京や鎌倉からも個性的なお店が集まります。

出張喫茶「CAPIME coffee」が野点出張喫茶をします

DMの絵は画家のnakabanさんが描いたもの

会場の3000坪の大草原は、オートマタ(からくり人形)作家の
原田和明さんのお庭なのだそう。
草原の脇には原田さんのアトリエと、ギャラリー&カフェ「AUTOMATON」もありますよ。
こんな環境で制作しているなんて、うらやましいです……。

古民家から考える地域の未来。 一般社団法人ノオト vol.01

一般社団法人ノオト vol.01
丹波篠山で暮らしながら地域づくり

みなさんはじめまして。一般社団法人ノオトの星野新治と申します。
私たちは、兵庫県の丹波篠山を拠点に、
古民家の再生活用と古民家を入口とした地域づくり事業や中間支援などを行っています。
この連載では、ノオトで働くさまざまな立場の担当者が交替で、
私たちの取り組みを紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
第1回目の今回は、ノオトの概要を書いていきます。

私たちの拠点である篠山は、
兵庫県の中東部、京都府と大阪府の県境に位置する、山あいの盆地のまちです。
約400年前に篠山城の築城に伴って形成され、今も城下町の面影が残されています。
市の中心には国指定伝統的建造物群保存地区に選定される歴史的まち並みがあり、
周辺には、丹波栗、丹波黒豆、松茸、ぼたん鍋(猪鍋)など、
豊かな食文化を育む農村地域が広がっています。
しかし、人口減少、空き家、産業の衰退など、地方の多くが抱える課題を同じく抱えています。

私たちは、そんな丹波篠山に暮らしながら、地域づくりに力を入れています。

篠山市河原町地区には、町家が並び、歴史的まち並みが残る伝統的建造物群保存地区。

篠山城跡。

空き家となっている古民家が、地域づくりの鍵となる

私たちの地域づくりの鍵となるのは、空き家となっている古民家です。
古民家の定義は人や場合によってさまざまですが、
概ね築50年以上、特に昭和25年につくられた現在の建築基準法以前の建物のことを
そう呼ぶことが多いようです。
なぜかというと、戦後につくられた建築基準法では、
コンクリートや鉄を中心とした建築に適した基準となっているため、
低層な住宅以外での木造建築の利用可能性はほとんど想定されていません。
つまり、旅館や飲食店など、まちの生業を生み出す用途には、
なかなか使いにくい状況になっています。
そのため、現状ですでに使用しているものを除き、
古民家を住宅以外の用途で使用する場合には、かなりの工夫が必要になっています。
だからと言って、使われずに放置されてしまうのは残念でなりません。
古民家には、これまで積み重ねてきた日本の暮らし方や文化、
時を超えて残る歴史的な空間の力強さ、
そして地域ごとの特色が詰まっていると私たちは考えています。

ものづくりから まちのリノベーションへ。 WORKVISIONS vol.2

WORKVISIONS vol.2

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの代表、西村浩です。
vol.1では、僕が倉庫をリノベーションして使っていた、
品川のオフィスについて書きましたが、今回は、その冒頭で少しふれた
「都市のリノベーション」という考えに至るまでについて、書きたいと思います。

分野を超えて行き来すると、都市がみえてきた

リノベーションというと、一般的には古い建物を対象にするイメージがありますが、
本来的な意味は“価値の革新”であって、
建物に限らなくてもいいんじゃないかと僕は考えています。
何か新しく生まれたものは、時の経過とともに物質的に古くなる。
それと同時に当初の存在意義も、どこか社会の価値観とのズレが生じていきます。
古くなってしまったものを、物質的に新品に戻すことはできませんから、
逆にその古さを時間の積み重ねによる“味”と捉えて、ものの古めかしさを生かしつつ、
そこに未来の価値に繋がっていくような使われ方や人との関わり方を、
デザインという武器を駆使しながら、未来へ受け継いでいくことこそが、
リノベーションということではないかと思っています。

そう考えると、建物以外にも、道路や公園、水辺など、
公共の場にもたくさんのリノベーションの対象となるものがありそうですね。
今後、人口が減少し、それにあわせて車も減っていく社会が訪れるとすれば、
車をスムースに通すための道路空間なんかは、もっと歩行者のために開放して、
むしろ公園のような空間にリノベーションしてもいいかもしれません。
その好例としては、ニューヨークのハイラインが有名です。
http://www.thehighline.org/about
もともと、高架の鉄道貨物線だったところですが、1950年代になると、
物流の主流が鉄道による貨物輸送から高速道路を使ったトラック輸送へと移行し、
ニーズの減少に伴って廃線となってしまいました。
長らく使われずに放置されていましたが、この廃線跡地を、
約1.6kmに渡って緑道にリノベーションした空間がハイラインで、
今や市民に人気の憩いの場となっています。
その結果、沿線地域の価値が上昇して、不動産開発が活発化し、
まちの活性化にも大きく貢献したプロジェクトなのです。

整備前のハイラインの様子(公式Webサイトより借用)。

まちの活性化に大きく寄与したハイラインの様子(公式Webサイトより借用)。

小さなリノベーションが、大きなまちづくりにつながる

この醍醐味こそが、リノベーションの意義であり楽しさだと僕は思います。
そして、日本の地方都市の現状は、どこにいってもなかなか元気がない。
まちだって老化する。時代の価値観とのズレを矯正して、
美しく年齢を重ねるまちのあり方を考えることが必要で、
それが“都市のリノベーション”だと考えます。
ひとつの建物に留まらず、都市まで視野を広げて、
そのために必要なことが何かと考えれば、
実は、建築や土木、都市計画とか、そういった分野の壁を越えて、
それらが上手に連携することが大切だと思います。
空き家だらけのストック過剰状態の状況とはいえ、
必要ならば、新築の建物をつくったっていいんじゃないかと思うのです。

一般的にイメージされる建物のリノベーションは、
都市のリノベーションのための手段のひとつだと考えています。
僕は、疲弊し続ける風景をなんとか再生したいという思いから、
どんなプロジェクトにおいても、分野を限定せず、
まちの再生に少しでも貢献できるアイデアを探すようにしています。
そして、都市に関わるさまざまな分野同士や、
そこに込められるアイデア同士がいかに密に連携できるかというところに、
都市のリノベーションの効果が現れると思っています。
これからの時代を支える価値の革新をもたらすリノベーションの勘所は、
分野と分野の隙間にあるような気がします。

都市のリノベーションは、分野同士の連携が大切。

石川のいいもの、おいしいもの126店!「乙女の金沢 春ららら市 2015」今年も実況します!

コロカルではもうお馴染み!
今年も「春ららら市」の季節がやって来ました。

石川県の若手作家さんたちとお話しながら
作品を買えるマーケット「乙女の金沢 春ららら市」。
4月11日(土)・12日(日)の2日間にわたり、
石川県金沢市の金沢21世紀美術館の向かいにある
「しいのき迎賓館横 しいのき緑地」にて開催されます。

今年は石川生まれのいいものと
おいしいものを揃えたお店が、ずらり126店集合。
作家さんの手になる漆器やアクセサリー、九谷焼の器、
皮小物、家具、織物などが並びます。
珈琲、サンドイッチ、インドカレー、焼き菓子などなど、おいしいものもたくさん!

ライブには、高野寛さん(4/12)や、
ハンバートハンバート(4/11)、
ショコラ&アキト(4/12)などが登場。

シネモンドのららら映画館では、
特設テント映画館にて
かわいい森の妖精「アマールカ」をはじめとする
チェコのアニメーションを上映します。
(入場料300円)

プラネタリウム&ワークショップのセクションでは、
「工房ヒゲキタ」さんによる手づくりプラネタリウム&3D映像上映や、
田辺京子さんによる京九谷焼体験、
ミツル・カメリアーノさんのこいのぼり作り、
九谷焼絵柄ネイルのワークショップなどを開催します。

コロカルでは一昨年&昨年に引き続き、
特設ページにて、当日の模様をTwitter経由で実況中継します。
URLは当日お伝えいたします!
イベント実況「ツイートでららら」公開中です!
会場の様子が伝わってくる中継を、リアルタイムでお楽しみ下さい!

乙女の金沢 春ららら市 2015

ある都市で建築をつくるということ。 403architecture [dajiba] vol.1

403architecture [dajiba] vol.1 
見知らぬ土地、浜松を拠点にした理由

403architecture [dajiba]は、今から4年ほど前に
彌田徹、辻琢磨、そしてわたくし橋本健史によって設立されました。
静岡県の浜松市を拠点に活動をしています。
事務所から徒歩圏内にプロジェクトが集中しているなど、
ちょっと一般的な建築設計事務所とは違った仕事の仕方をしています。
この連載のテーマにもなっている「リノベ」の仕事も多い傾向にありますが、
ただ、手法としての「リノベ」を重視しているというよりは、
もう少し根本的な問題として、建築をつくるときの、
都市への関わり方について模索している、というのが率直な認識です。

そこで、僕らの仕事をより具体的に説明するために、
今回の連載企画では、クライアントである浜松のまちのみなさんへの
連続インタビューを行っていきたいと思っています。
そこから、パートナーとしての関わりを超えて、
僕らが浜松という都市そのものとどのように関わっているのかを
お伝えすることができればと思っています。

第1回目のインタビュイーは、浜松市の中心街で
美容室「enn」を営む、林 久展さんです。
ennは、浜松駅からほど近い、古いビルの1室にあり、
夫婦ふたりで営まれています。
林さんは403architecture [dajiba]として正式に活動を始める前から、
僕らをご存知で、最初のふたつのプロジェクトのクライアントです。
今回のインタビューでは、
普段と同じように(途中から)髪をカットしてもらいながら、お話をお聞きしました。

橋本

今回は第1回目なので、
「そもそもどんなかたちで僕らが浜松にやってきたか」
というところから振り返っていきます。
思い返してみると、初めてお会いしたのはお店の隣の空き室で、
ワークショップをやった時でしたよね? 
2010年、僕らはまだ大学院を修了したばかりの頃でした。
このビルのある通りに増えていた空きテナントをいくつかお借りして、
地元の静岡文化芸術大学(以下、文芸大)の学生のみなさんに、
なんらかのインスタレーションを制作してもらう、
というワークショップを運営した時です。覚えてます?

覚えてる覚えてる。

橋本

それまで、文芸大の学生との接点はありましたか?

あったよ。naruっ子(クライアントでもある「naru蕎麦」のバイトの総称。
次回店主にインタビュー予定)とか。
あと、今30歳くらいになる子たちとは面識あって、
このビルの屋上で小屋みたいなのつくってたな。
接点と言ってもピンポイントだけどね。
文芸大も当時は、今みたいな子たちじゃなくて、
僕の知ってる子たちはもうちょっとこう、ガテン系っていうか。

橋本

ガテン系?

「あれつくろう」というノリでやってる。
でも今の子たちはもうちょっと理論というか、
頭で考えてるような気がする。

橋本

学生の雰囲気や印象って、変わってきたと感じます?

それはあるね。でも、なんか世の中が、全体的になのかな。
建築は前から、そんな感じなのかもしれないけど。

橋本

いやー、建築も同じかもしれないですね。
最近はあんまり手で考える、みたいな人は少ないような気がします。
それよりは、もうちょっと社会貢献というか。このあいだ、久しぶりに
学生の卒業設計をまとめて見る機会があったんですけど、
災害対策とか高齢化とか、
あるいは廃施設の再利用というようなテーマを扱ったものが、ほとんどでした。

そうだよねえ。これつくりたいから、これつくる、みたいなのないよね。

橋本

あんまりそういう人はいないですね。文芸大の子が、というよりは、
日本全体の傾向なのかもしれません。あのワークショップのときは、
2010年で、いまほどそういった気運もなかったと思います。
でもそのときのシンポジウムには、
山崎亮さんが登壇されていたりしたんですけどね。
いずれにしても、林さんは僕らが「建築」の奴らだということは、
ご存知だったと思うんです。
空き室を使ったインスタレーションのサポートをしていることについて、
何か疑問などはありませんでしたか? 
変な奴らが来た、的な。

うーん。わかんないけど。今までにはない流れを持ってるな、
とは思ったかなぁ。
この界隈で生活をしている僕は、ライブや写真展とか、
なんとなく自分が興味があるもので人と関わってきたけど、
「建築」をベースに新しく人と関わるということはなかったから。
建築=建物を建てる、という感覚だったし、
少なからず学生が集まってくるのを見たとき、自分にはない感覚だった。

橋本

建物を建てるわけでもないのに「建築」の子って集まるんだ、みたいな? 
確かに、よく集まってくれましたよね。ちょっと前まで学生だった、
何者でもない奴らがぞろぞろやってきて、
「空き店舗に何かつくりませんか?」って言ってても、あやしさ満点ですし。
それでも、僕らもそうだし文芸大の学生にとっても
まず、浜松のことをちゃんと知る機会にしたかったというのはあります。
最初からインスタレーションをつくることありきだった訳でもなくて、
空きスペースのリサーチをやってみてから、いくつかの店舗スペースを
お借りできそうだったので、それなら学生主体で何か所か同時にやったほうが
インパクトもあるだろうと思っていました。

あと、建築の人との関わりっていうと、かっちゃんとかね。

橋本

かっちゃん?

家成さん(家成俊勝さん。大阪の設計事務所dot architects共同主宰)。

橋本

ああー! それはいつ頃の話で、どういうかたちで知り合ったんですか?

ここ(美容室ennの内装)をつくったとき。
当時、翼(大東翼さん。元dot architects共同主宰。
浜松にて「株式会社大と小とレフ」設立)
と家成さんがやっていた仕事の廃材が、ここの床の材料になりそうだったから、
家成さんの家、神戸まで取りに行ったんだよね。13年前になるかな。

橋本

ここの床の材料は神戸から来たんですね! 
13年前なら、僕も明石にいた頃です。そんなところでニアミスしているとは。
そう考えると、この床もずいぶんと歴史があるんですねー。

※ここで、突然マシュー(マシュー・ライアンさん。先日完成したばかりの
ゲストルームのクライアント。第4回目にインタビュー予定)がやってくる。

マシュー

ハーイ。ハッピーパディス!

橋本

パディ?

マシュー

ハッピー・パディス! 知らない? 
セイント・パトリックス・デイ(聖パトリックの祝日。この日は3月17日。
アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日)。
アイルランドの、飲み会の日。
グリーン着てる?(たまたま筆者は深緑のシャツを着ていたので)
ハシはセーフだね。
アメリカでは、今日グリーンをつけてないと、つねられるよ。

橋本

へえー。

※マシューはドイツの編集者と林さんを取り次いでいるらしく、
諸所相談しにきた。その間しばし待機。

マシュー

邪魔してごめんね! 今日は何してんの?

橋本

林さんにインタビューしてる。
僕らが関わったクライアントに話を聞く企画で、
マシューのとこにもそのうち行くよ。そんときはよろしくお願いしまーす。
月イチの企画だから、数か月後になるけど。

マシュー

待ってマス。

※マシュー帰る。以後はカットをしてもらいながらのインタビュー。

じゃーそろそろ切るか。

橋本

そうですね。お願いします。