大館市よりお届け! 秋田犬 「ののちゃん」日記 第8回。 『のの写真展』開催中ですのん!

みなさ〜ん。またまたごぶさたでしたのん!
元気にしてたのん?ののはもちろん元気でしたのん!

気づけばたくさん雪が降ったののの街、大館。
冬はソリに乗ったり、、

デッカい秋田犬と雪遊びしたり、、

年明けには東京にいきましたのん。雪がなくて快適だったのん〜

そうそう、2015年1月10日でののも1才になりましたのん!
アーツ千代田3331でみんなに祝ってもらいましたのん♪

お父さんと記念写真。お父さんとの都会暮らしもなかなかいいものでしたのん♪

嶋田洋平さん

リノベーションで、暮らしをつくる、仕事をつくる、まちをつくる

人が減り、空き家が増え、元気のなくなってしまったまち。
日本のそこかしこで見られるようになったそんなまちを、
リノベーションという手法によって再生させる。
これを先陣切って実践し、普及させ、
建築、不動産関係者や全国の行政から
熱い視線を浴びているのは
東京都豊島区で「らいおん建築事務所」を主宰する嶋田洋平さんです。

彼は、実に多くのまちづくりプログラムの運営に関わっています。

遊休案件の事業化を実践で学ぶ「リノベーションスクール」、
民間型のまちづくり事業会社「北九州家守舎」、
同じく「都電家守舎」、
まち再生のための総合的なプログラムを提供する「リノベリング」。

一体、彼はどんな考えに支えられてこれらを生み出し、動かし、
人々を巻き込み続けているのだろうか。
それがどうしても知りたくて、インタビューをお願いしたら、
4時間にもわたるものに。
ここに記すのは建築家を志した北九州の若者が、
“リノベーションまちづくり”を確立するまでの半生記です。
(取材中にふらっと訪れた、「都電家守舎」の青木 純さんも登場します)

第一時代:モテたかった、建築設計期

(聞き手:馬場未織)

馬場

先日、嶋田さんの若い頃の写真を目にする機会がありました。
模型を掲げる横顔はまさに建築家を目指す若者で、
オシャレでアンニュイな文化系男子という雰囲気が
かっこよくて驚いたのですが、建築家を目指したきっかけは何だったのですか?

嶋田

まあね、その頃は髪もふさふさでしたしね(笑)。
いや、僕は北九州の出身なんですが、
大分出身の建築家・磯崎 新さんの建築作品が九州にいくつかあって、
高校時代にゴミ拾いのボランティアで彼の設計した北九州市立美術館に行ったときに
「でかくてかっこいい建物だなあ、こういうのをつくったらモテるだろうなあ!」
と、つくづく思ったんです。
磯崎 新みたいな世界的なスーパースターになれば絶対モテる、
という思い込みが、建築家を志したきっかけです。

こちらがうわさの嶋田さんの学生時代。(photo:らいおん建築事務所)

馬場

不純な動機ですが、ある意味、純粋な高校生ですね。

嶋田

田舎で育ち、モテることだけを純粋に追求して決めた進路ですからね!
なおかつ理系でデザインに興味があったため、
東京理科大学の理工学部建築学科に入学。小嶋一浩さんの研究室に入りました。
小嶋さんは、ユニットで活動する、
建築設計事務所「シーラカンス」を主宰する建築家。
当時の僕には、小嶋さんの一挙手一投足がむちゃくちゃかっこよく見えました。
コム・デ・ギャルソン着て、
「きみだって、自分の髪はオシャレな人に切ってもらいたいでしょ。
家を頼む建築家も、同じだよ」と言われると、すごく説得力があって。

馬場

東京に出てきてそんな建築家に会ったら、
確かにカルチャーショックを受けますよね。

嶋田

影響されまくって、
僕も大学院時代からみかんぐみに在籍した頃まで、
全身コム・デ・ギャルソンでキメてました(笑)。

その頃、小嶋さんが言っていたことは、今でも強烈に心に残っています。
たとえば「世の中はフィクションだ」という言葉。
「貨幣経済そのものが“フィクション”なんだよ。
そういう社会の中で何かつくろうとするのだから、
ポジティブでいいんじゃないか?
フィクションの上にフィクションを重ねているだけなんだから」
と言われたときは、痺れましたね。
また、修士1年の頃には、
これから日本では新築の仕事は激減するだろう。
リノベーションばかりになっているだろう。

建物を建てたいなら、海外に行け。中国、アジアに出て行け」
と言われていました。
当時は僕、その言葉がどうもピンとこなかったんですけれどね。

馬場

その後、就職はしたのですか?

嶋田

はい。海外にポートフォリオを持って飛び出していく友だちを横目で見ながら、
自分はどうしようかなあ、組織事務所には入りたくないし、
入りたい事務所も特にないし……と考えていたときに、
4人のユニットで設計活動をする「みかんぐみ」という建築事務所で
働くのはどうかと勧められて、所員になりました。メンバーの出身地を見ると、
曽我部昌史さんは福岡出身、加茂紀和子さんは北九州市の小倉出身だった。
そのことに何となく背中を押されたかんじがあります。

馬場

みかんぐみでも、全身コム・デ・ギャルソンだったのですか?

嶋田

一転して、ユニクロ・スニーカー・フリース・ダウンといういでたちが
デフォルトの環境になりました(笑)。
それがみかんぐみのスタイルだったのです。
ですので僕も最近は、すっかりその路線ですね。

みかんぐみは、発想の原点もプロジェクトの進め方も
シーラカンスとまったく違ったので、僕にとってはとても新鮮でした。

この事務所は、ほかの人が思いつかないようなアイデアを出して、
相手をワクワクさせればその案が通る、というやり方をしていました。
上下関係も関係なく。これは燃えますよね。
さあ、みんなが唸る案を出してやろう! ってね。

ただ、所員という立場では、
業務をこなすためのいろいろなワザを習得しなきゃならなかった。
ボス4人がそれぞれ、昨日と今日で言うことも考えることも違う、
という一貫性のない状態に臨機応変に対応するワザです(笑)。
額面通りに言葉を捉えていると、本当に混乱するんです。
でもね、僕はこの、毎日言うことの違う4人のメンバーを
「病気の一症状」と見立てるようにした(笑)。
そうしたら振り回されることもなくなり、心も消耗しない。
しかも場数を踏んでいくと、病的な発言でもないことがわかってきた。
含意やニュアンスをよーく聞き分けていくと、
彼らの言外の、暗黙のコミュニケーションが読み取れるようになり、
会話の優先順位も見えてきたんです。そんな日々を送っていたら、
むちゃくちゃコミュニケーション能力が高くなりました。

馬場

すみません、
そんな繊細な技を持っている方だとは思っていませんでした!
通じないとすぐ怒っちゃうようなタイプかと。

嶋田

いやいや、本当は僕、そういう丁寧なコミュニケーションができるんですよ。
でもね、そういうあうんの呼吸をほかの人にも求めるところがある。
自分の出す指示が雑になることがあり、そこは反省しています。

第二時代:リノベーションの力を知った、過渡期

馬場

事務所を辞めたきっかけは、なんでしたか?

嶋田

当時の建築事務所は、所員は3~5年で辞めて、
独立するというのが一般的なスタイルでしたが、
気がつけば、入所して6年目になっていました。
事務所の大多数の所員を統括して、
いくつもあるプロジェクトの現場を仕切るのは実質的に僕になっていました。
自分の思うように仕事ができて、居心地は最高にいいですよね。
しかも、2006年に電撃入籍し、子どももできて子育てが楽しくなって。
生活を支える収入も、チーフという立場になって大分安定してきたという状態。
そんな環境がもう本当に……ダサくてダサくて(笑)。僕は常々、
「アトリエの番頭ほどカッコ悪いものはない!」と思っていましたから。

いつ辞めよう、とタイミングを見計らい、
さあ今日いよいよ相談しようと思っていたら、なんとまったく同じ日、
タッチの差で同僚の吉岡寛之さん(イロイロトリドリ代表)が
「辞めようと思います」とボスたちに先に相談してしまった。
その直後に僕も、
「みかんぐみを辞めさせていただきたいと思っている相談を
させていただきたいんですが……ダメですよね?」と持ちかけると、
間髪を入れず「ダメ」と即刻突き返されました(笑)。

いよいよみかんぐみを辞めることになったのは、
結局2010年になってからでしたが、
辞める宣言した直後、これまでバリバリ働いて家計を分担していた奥さんが
ふたり目を妊娠。……ナイスタイミングですよ、本当に。
まあそれでも、辞めた。辞めると同時に「らいおん建築事務所」をつくり、
すぐスタッフをひとり雇いました。
スタッフを雇うことで、本気度が増すから。

馬場

そこからキッパリ、個人で仕事をとるようになったのですか?

嶋田

実は、みかんぐみに在籍しながら、
個人で受けていた仕事がいくつかありました。
そのひとつは、後から思えば僕の未来を左右することになった、
文京区にある「白山の家」です。

白山の家、外観。(photo:中村絵)

白山の家、内観。(photo:中村絵)

嶋田

2009年の夏、都心に暮らしたいと考えている30代のご夫婦から
「自分たちの住みたい住まいが新築でまったく見つからない」
と相談がありました。そこで、古家付きの土地の購入を勧めました。
見つかったのですが、いろいろ問題があって。
その土地には、増改築を繰り返した結果、建築物が敷地からはみ出していて、
法律の基準からは容積率も、建蔽率もオーバーしている、
バリバリの違法建築があったんです。
解体費を割引いた価格で売られていたものの、
違法建築が建っているせいでローンが組めない。
かといって解体、新築したら予算オーバーになる。

そんな、にっちもさっちもいかない条件をにらんだ挙句、
僕はこの三重苦のような違法建築を合法状態にし、
なおかつ「事務所と自宅を兼ねた空間を持ちたい」という
都心ではそうそう実現できない夢を実現させるべく、
リノベーションを試みました。
すると、建築費用は予算内、4500万円に納まった。
合法建築になったのでローンもつけられるようになった。
さらに、夢も叶ってしまった。
新築を建てていたらいずれも、ありえなかったことです。
リノベーションという手法で、複数の課題を重ねて一気に解決できるんだ、
という手応えを感じました。

馬場

なるほど。設計、特にリノベーションは、
課題を解決する行為だとも言えますよね。

嶋田

「医者と弁護士は困ったときに相談されるが、
建築家は調子がいいときに相談される」と小嶋さんはよく言っていましたが、
僕のところに相談してくる施主は基本的に困っているんですね。
困っていることを解決するということは、
社会の課題に接続することでもある。

社会の課題を解くことこそが、僕のやりたかったことなんだと自覚しました。

それから、自分の事務所を立ち上げた後に
みかんぐみ最後の仕事として関わったのは、
鹿児島にあるデパートのリノベーションでした。

馬場

ナガオカケンメイさんがプロデュースを手がけた
「マルヤガーデンズ」ですね?

嶋田

そうです。そもそもは老舗の地場のデパートだった「丸屋」が、
紆余曲折を経て「三越鹿児島店」へと変わり、
それも経営不振で2009年に閉店してしまった。
この、鹿児島市の中心地にある施設の再生計画にみかんぐみが参入したのです。
テナントが去ってしまったこの施設を前に、
これからの時代に社会が求める商業施設とは
一体どういうものだろうかということを根本から構想して、
客やテナントが有機的に交わり合う場を持つ
マルヤガーデンズ」として復活させました。

グリーンに覆われる、現在のマルヤガーデンズの外観(photo:マルヤガーデンズ)。

屋上庭園の「ソラニワ」(photo:マルヤガーデンズ)。

嶋田

思えばマルヤガーデンズのプロジェクトでは、
山崎亮さん、コピーライターの渡辺潤平さん、
映像作家でクリエイティブディレクターの菱川勢一さん、
D&DEPARTMENT PROJECT 代表のナガオカケンメイさんなど、
ずいぶん多くの出会いがありました。なかでも山崎さんの存在は大きかった。
「日本の人口は今後、減る。つまり建物が余り始める。
それなのに、建築家はなぜ新たに建て続けるのか?」

と山崎さんに言われた時には、ひっくり返りそうになりました。
だって僕、磯崎新になろうと思っていたんですよ。
でかい、かっこいい建物を建ててモテてやるって(笑)。
でも、よーく考えてみたら以前から小嶋さんは
「これから日本では新築の仕事は激減するだろう、
リノベーションばかりになるだろう」
と言っていたよな……と、急に思い出したんです。

馬場

つながった!

嶋田

そう! つながった!
これからの日本の軸は、そっち側にある。と、僕が確信した瞬間でした。
小嶋さんよりだいぶ遅いけど(笑)。

傘をよみがえらせるプロジェクト「CASA PROJECT」。いらなくなった傘がカラフルなテントに!

どこかに置き忘れてきてしまったり、すぐに壊れてしまったりする傘。
「CASA PROJECT」は、そんな傘をテントやバックなどに
生まれ変わらせてしまうプロジェクトです。

たとえば、傘の生地をパッチワークして、
こんなにかわいい自転車カバーができます。

「自転車カバー」モノトーン10,800円 / カラフル12,960円

傘の防水性を生かしたナイスアイデア!
色味を抑えたモノトーンカラーもあります。

こちらはサドルカバー。

「サドルカバー」2.160円

これがあれば、もうサドルにスーパーのビニールを
かぶせるなんてこと、やめられそう。
いずれも「トーキョーバイクギャラリー」でお取り扱いしています。

こちらは、つぎはぎ感がかわいいコースター。

「コースター」998円

コースターやバックなどは、六本木の国立新美術館内
「スーベニアフロムトーキョー」でお取り扱いしています。
一つひとつ色や柄が異なるので、選ぶのもたのしい。

CASA PROJECTは、主催者のHOUKOさんが学生だった頃、
空間設計の課題がきっかけで生まれたプロジェクトです。
日本国内で年間約1億2000万本消費さている傘に着目し、
「身近にあるものを活用して“自分でつくる”ことを楽しみたい」とはじめました。

そこには、一人ひとりが必要以上にものを買うことをやめ、
必要なものを自分でつくるようになれば、
新しい未来が見えてくるはず、という思いがあったそう。

空き地のリノベーションで 地方都市を元気に。 WORKVISIONS vol.3

WORKVISIONS vol.3

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの西村浩です。
vol.1vol.2に続けて、
今回からは、ひとりの佐賀市民の方からの一本の電話から始まった、
僕の故郷佐賀のまちづくりに話を進めていきたいと思います。
その始まりは、地方都市の行く末を大きく変える
「空き地のリノベーション」という発想でした。

まちをなんとかしたい

ひとりの佐賀市民の方からの電話から、故郷佐賀に足を運んで、
たくさんの市民の方々にお話を聞く機会が増えました。
一般市民の方々に加えて、
佐賀県や佐賀市の行政職員の方々も加わるようになり、
佐賀のまちなかの状況について、
さまざまな視点からお話を聞く事ができました。

僕の両親は、今でも佐賀に住んでいて実家もありますが、
僕自身は、小学校卒業と同時に佐賀を離れてしまったので、
30年ぐらいの時の経過とともに
佐賀がどう変わってきたのかを知るのにとても助かりました。

実は、お電話をいただいた後に、
久しぶりに佐賀のまちなかの商店街に足を運び、その現実に驚いていました。
子どものころの記憶では、
アーケードの中にたくさんのお店がぎゅうぎゅうに軒を連ね、
人で溢れかえる、活気のある商店街です。
昔は、買物と言えば、この商店街に家族と一緒に足を運んだものでした。

昭和30年代の活気あふれる佐賀のまちなか商店街。(上下写真ともに松本功さん所蔵)

ところが、久しぶりに訪れた商店街は、
僕の記憶にあるものとは全く違ったものでした。
アーケードの入口から覗いた商店街は、薄暗く、
ほとんどのお店がシャッターを閉めていて、
商店街の象徴だったアーケードそのものもぼろぼろに塗装が剝がれて、
いまにも朽ち果てそうな状態でした。
いわゆるシャッター通り化しているわけですから、
当然のことながら、人通りもまばら。
僕の記憶にある商店街そのものが消え失せたといってもいい状況で、
とても悲しい気持ちになりました。

2008年ごろの佐賀のまちなかの商店街の様子。

そんな時に、佐賀市から僕のところに
「まちをなんとかしたい」との依頼をいただいたのです。
子どものころ、僕が迷子になった記憶もあるほど活気に溢れていた商店街、
自慢の商店街でしたから、僕も全くの同感。
この時、まちをなんとかしようと強く心に思いました。

この商店街の状況を見て、とても心配なことがあります。
僕自身は、子供のころ、この商店街で両親や兄弟と楽しい時間を過ごし、
たくさんの思い出があります。
ところが今、随分と寂れてしまった商店街には、人々があまり訪れていません。
大人がいないわけですから、
当然、子どもたちもこの商店街にはあまり足を運んでいないわけです。

まちづくりとは、とても時間がかかるものです。
ですから、僕たち大人だけでできることは限られていて、
子どもたちの世代にバトンを渡し続けることが、
まちづくりそのものではないかと思うのです。

ところが、今、まちなかに子どもたちの姿はほとんどありません。
まちの楽しさを経験していない子どもたちが、
将来、僕たちの世代のように「まちをなんとかしたい」と、
果たして思うでしょうか? そうなんです。
今、地方都市のまちなかは、
将来、まちの担い手がいなくなってしまう危機にあるのです。
だから、僕は今、まちなかに子どもたちが
当たり前のように遊びにくる日常を取り戻すには、
どうしたらいいんだろうと、日々考えています。
50年後、100年後も、
「まちをなんとかしたい」と思う仲間がいてくれるように……。

こちらも、2008年ごろの佐賀のまちなかの商店街の様子。

駐車場だらけの地方都市

佐賀のまちなかを歩いていて気づいたことがありました。
ひとつは、先ほどふれたように、
子どものころは、軒を連ねていた商店が軒並みシャッターを下ろしていること。

もうひとつは、空き店舗となった建物が次々と解体され、ついには更地となり、
駐車場として使われていることです。これは、佐賀だけの話ではありません。
車社会の地方都市のほとんどが、今、駐車場だらけ、
スカスカの虫食い状態のまちになってしまっているんです。

まちぐるみで開催!「にわのわ アート&クラフトフェア・チバ」「にわのわカフェ」もオープン

5月30日(土)・31日(日)、
千葉にゆかりのある作家と飲食店など約130組が
集うマーケット「にわのわ アート&クラフトフェア・チバ」が開催されます。

「よい作家がたくさん住んでいる千葉のことをもっと多くの方に知ってほしい」
という思いから生まれたこのマーケット。
2012年にはじまり、昨年は2日間で約1万5千人を動員。
いまでは千葉県を代表するイベントのひとつになりました。

会場は千葉市民の憩いの場、佐倉城址公園。
「本丸跡地」のまわりに、個性ゆたかなテントが並びます。

クラフト部門では、公募によって選ばれた作家さんが作品を展示販売。
陶磁器、木工、漆、ガラス、金属、染色、
布、皮革、彫刻、素描などの作家さんが集います。

千葉県出身の直井真奈美さんの陶磁器。当日は子どものための器や花器、燭台、コンポート、ブローチなどを出展予定。

千葉県浦安市にある「うらたすみよ織工房」さんの手織布。天然繊維の糸を使った手織布のふろしき、ハンカチ、ストールなどを展示販売します。

千葉県長生郡で「左藤吹きガラス工房」をいとなむ左藤玲朗さんのグラス。初夏にぴったりのグラスが見つかりそう。

千葉県千葉市に工房をかまえる一ノ宮 千佳さんの花器。ちょっと珍しい色のガラスの器や花器などを展示予定。

このほかにも、「まちのわproject」や
ローカルフードが並ぶテントなど、たのしい催しがたくさん!

「まちのわproject」の一環でオープンする「にわのわカフェ」

現在ある素材で、 新たな環境をつくる。 403architecture [dajiba] vol.2

403architecture [dajiba] vol.2

第2回目のインタビュイーは、第1回目のennの林さん同様、
僕たちが日頃からお付き合いさせていただいている方のひとり。
403architecture [dajiba]を設立して、
おおよそ1年が経つ頃に店舗の改修を依頼していただいた
「手打ち蕎麦 naru」の石田貴齢さん、通称ごりさんです。 
naruは、蕎麦はもちろんそのほかの料理やお酒まで
こだわり抜く本格的なお蕎麦屋さんですが、少し変わった一面も。
蕎麦屋の奥に「conaru」と呼ばれるイベントスペースも運営していて、
ご飯を食べにくる人のほか、さまざまな人が集う場所となっています。
そんなnaruの石田さんとの話を通して、
僕たちのことや僕たちが関わる浜松という都市の状況が垣間見られればと思います。
今回は、彌田が担当します。

自分が見渡せる環境の中で、働く

彌田

お話を伺う前にあれなんですが、第1回目の記事は読んでいただけました?

石田

読みました。読みました。

彌田

どうでした?

石田

いいんじゃない。ありのままって感じで(笑)。今回は何を話す感じなの?

彌田

日頃聞けないことを聞ければうれしいです。
ごりさんと初めて会ったのは、
浜松出身の建築に携わる人が主催した「第1回浜松建築会議」の打ち上げの時です。
途中から来たのに学生のみんなが「ごりさん、ごりさん」と騒ぐのを遠目から見て、
ここらへんのお兄さん的な存在なんだと思いました。

石田

あーちらっとお店に言った時かぁ。
僕は、ちゃんと会ったのって3.11のあとだと思ってた。
でも、辻ちゃん(403architecture [dajiba]のひとり)は
その前から浜松で活動していて、
確か鍵屋ビル(前回登場したマシューが入居するまちなかの古い共同ビル)を
有効利用するとかしないとか、そんな話をした気がする。

彌田

それは、「untenor」としてですね。

※untenorは、辻のほかに、植野聡子さん、吉岡優一さんの3人を中心に、
2010年より浜松を拠点に「教育」と「まち」をテーマに活動するメディアプロジェクト。

石田

そう。で、どのタイミングだったかは忘れちゃったけど、
「4月から独立します」と言われて……。

彌田

僕と橋本がやってきたと。

石田

その時は、建築に使われる材料をリユースして……なんて言っていたよね。

彌田

「マテリアルの流動」ですね(笑)。

石田

「マテリアルの流動」ね(笑)。

手打ち蕎麦 naruの店内で、石田さん(左奥)に話を聞く。

石田

実は、そのとき僕もちょうどリサイクルについて考えていて。
naruをつくった時にいっぱいゴミが出て、それを捨てるのにお金がかかる。
でも、また新しい材を買うわけでしょ?
服とかだと古着として捨てる神あれば拾う神ありだけど、
建築ってすごいゴミを出すんだという実感があった。
でも、気持ちよい場所にするにはつくり変えなきゃいけないし。
そんな時に聞いたから、この子たちは応援しないといけないなと純粋に思ったんです。

彌田

僕らは設立当初、建築の制作過程をそこまで知らないながらも意識していたことは、
一般的には見落とされがちなものを
建築をつくるときの一部として捉えられないかということで。
廃材の活用は、その考えを実践する手法のひとつでした。

石田

そうだよ。dajibaの設立当時だったら、
僕のほうが詳しかったんじゃない? それこそここをつくったばっかりだったし。

彌田

たしか、お店の図面も自分でイラストレーターで描いたと言ってましたよね?

石田

時間がいっぱいあったから(笑)。
あと、普通、施主は現場にいないと思うんだけど、
暇だったから僕はここにいて、大工さんといろいろやり取りしてた。
例えば、キッチンの天井に後々戸棚を吊るかもしれないから
石膏ボードの下地に合板張っといてね。みたいな。
それを現場監理っていうかはわかんないけど。

彌田

そんなのつくり慣れていないとわからないですよ?

石田

年の功というか、手を動かすのが好きだったからね。
小学校の頃につくったラジコンとか。
ラジコンと言ってもサーキットで走らせるような本気の。
速く走らせるためにマシンを改造するんだけど、
そのときにドライバーとかちょっとした工具の使い方を学んだり、
適当にやったら、適当な結果になるということも学んでたんだよね。

彌田

へー。

石田

まぁ、小さい頃から何かをつくるのが好きだったってことかな。
仕事で事務所をつくるときも僕が担当したり、
ニューヨークでマンション借りた時も
棚付けたり、配線を通したり、自分で部屋をDIYしてたんだよね。

彌田

ニューヨークに住んでいたこともあるんですね。
お蕎麦屋さんになる前のお話は、聞く度に
いつも初めてのネタが出てきますね(笑)。
なんでお蕎麦屋さんを始めようと思ったんですか?

石田

それは、人が集まる所で何かをしていたいと思ったのが一番大きな理由かな。
奥さんの実家に帰省する度に、おいしいお蕎麦を食べていたこともあって、
蕎麦が身近なものだったし、
勉強してみたところお蕎麦って賞味期限が短くて、
気を使ってお客さまに出すには
席数はあまり多くできないっていうミニマムな世界だった。
自分が見渡せる中で仕事ができそうっていうのも大きいよね。

彌田

場所は、最初から実家がある浜松だったんですか?

石田

そうだね。今から10年ちょっと前のことだったけど
東京はなんかこれ以上住むと息が詰まる感じがしたんだよね。
あと、蕎麦ってすごいシンプルだから
お客さんの反応がダイレクトに返ってくるのも良いなぁと。
僕、DJもやってたじゃない?
DJの時も曲を変えるとお客さんの反応がすぐ返ってくるし、その辺りは似てるかな。

彌田

あー。そういう感覚はなんとなくわかります。
設計の仕事も打ち合せでお施主さんと直接お話するので、
良い悪いの反応がすぐわかりますね。
「開放的にしたいけどプライバシーは守りたい」と一見矛盾した要望もよくあるので、
提案のバランスはそのやり取りの中で決まっていくことが多いんです。
たしかにそこは面白いですよね。

88年の歴史に幕。宮城県民の思い出がつまった「マリンピア松島水族館」が2015年5月10日に閉館

宮城県松島町にある水族館、「マリンピア松島水族館」が
2015年5月10日(日)、老朽化を理由に閉館します。
松島水族館は昭和二年の開館から88年営業を続ける、
日本で2番目に長い歴史を持つ老舗の水族館。
2011年の東日本大震災時にも津波の被害から逃れ、
県民をほっとさせましたが、老朽化には敵いませんでした。
新しい水族館は、経営会社が変わり、仙台市へと移転。
仙台うみの杜水族館」として、今年の7月にオープンします。

名物の「ペンギンランド」

松島水族館といえば、
家族のレジャーで、学校の遠足で、恋人とのデートで、などなど
宮城に住むなら一度は訪れたことがあるはずのスポット。
アシカショーやパンダイルカ、80羽ものペンギンが遊ぶ「ペンギンランド」が名物。
震災で亡くなってしまった人気者のマンボウもいました。
松島水族館のマンボウは1984年に世界最長寿という記録を
打ち立て、町長から「準名誉町民」の称号を贈られるほどの人気ぶりだったんです。
震災後は茨城県大洗町のアクアワールド大洗水族館からマンボウが寄贈されたといういい話も。
そんな、県民に愛された水族館の想い出を残し、
いままでありがとうと伝えるために、地元クリエイターによる
プロジェクトが行われています。

まずひとつ目は、「Hello,Goodbye. 松島水族館」。
子供の頃に松島水族館に遊びにいった経験がある
地元クリエイターたちによるシンプルなWebサイトです。
美しい写真と音楽で、松島水族館の思い出を残しています。

「Hello,Goodbye. 松島水族館」写真:小野寺 真希 音楽:佐藤 那美 デザイン:小林 和貴 監督:高平 大輔

ボーダー柄を着ていくといいことがある! 鎌倉・由比ガ浜通り 「ボーダーフェスティバル」

5月17日(日)、鎌倉の由比ガ浜通りにて、
「ボーダーフェスティバル」が開催されます。

これは、ボーダー柄を身につけて由比ケ浜通りを歩くと、
色々なサービスを受けられるというフェスティバル。

由比ガ浜通りのお店の皆さんが
「あたらしいお店が増えた通りをもっと知ってもらいたい」と昨年からはじめました。
下の写真は昨年度の様子。初開催にも関わらず盛り上がりました!

鎌倉市非公認ゆるキャラ「おちむん」は今年も登場予定!11時~11時半にかけて由比ガ浜通りを歩きます。

当日は「ベストボーダー賞」を決めるコンテストも開催されます。
昨年は220組がエントリーし、鎌倉市にお住まいのNABEさんが大賞に!

ベストボーダー賞に輝いたNABEさん。シャツ、バッグ、スニーカー、サングラス、ソックスまでボーダーです。

「ベストボーダー賞」のほか、10のお店が選ぶ賞やペット部門もあります。

「NAVY YARD賞」に選ばれたゲゲゲの鬼太郎ルックのゆいくん。

エントリー方法は、当日会場でお申し込みの上、写真を撮ってもらうだけ。
「ベストボーダー賞」に選ばれた方には
全参加店で使える1万円の商品券が進呈されます。
ボーダー好きなら、ぜひ参加したいですね!

国産材でつくる材木レシピ? 岡山県の西粟倉・森の学校が、 開発プロジェクトなどを 「SYNQA」にて展示

株式会社イトーキが運営する、中央区京橋にある、
オープン・イノベーションを実践する会員制のサロン「SYNQA」。
この「SYNQA」がただいま、地域のプロジェクトに特化した
クラウドファンディングサイト「FAAVO」と連携した
プロジェクトを実施中。
その内容は、「地域素材で働くをデザインする」をテーマに、
岐阜の飛騨高山や大阪、鹿児島など地域のデザイナーたちが、
地域素材を使ったオフィス家具の製作に挑戦するというもの。
制作費を支援すると、オフィスに新しい家具が届くんです。

そのうちの一つに、
岡山県の「西粟倉・森の学校」によるプロジェクトがあります。
西粟倉は岡山県の北東端に位置する、人口約1,500人の村です。
森の学校は、西粟倉地域の間伐材を使ったプロダクトの
製造販売を行っています。
今回のプロジェクトでは、「DIYで家具をつくりたい」、
「セルフリノベーションで内装をつくりたい」と思っている人のために、
国産材の材木のレシピを作るのだそう。
いわば、自分で暮らしをつくりたい人たちのための設計図ですね。
支援者には、森の学校の工作室1日無料券や、
オリジナルの材木レシピを実現できる権利などもご用意。
詳細はWebサイトをご覧ください。

こちらがレシピ

勝手に作る商店街サンド: 東京都・町田駅前編

商店街サンドとは?

「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチをつくってみる企画。
必ずといっていいほど美味しいものができ、ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる一石二鳥の企画なのだ。
今回は東京の西南端にある町田市の町田駅前にやってきた。

大にぎわいの町田駅前でつくる!

町田駅は新宿から小田急線快速急行で30分ほどのところにある。
駅の反対側にいけばもう神奈川県相模原市。東京と神奈川のちょうど境目にあるまちだ。
駅を降りてまず驚くのは、丸井、ルミネ、109といった大型デパートがずらりと並んでいること。
さらに、ドラッグストア、牛丼屋、雑貨屋にブックオフなど、
チェーン店が所狭しと軒を連ねている。
とても便利そうだがその密集ぶりに「雑多なまち」という印象を受ける。

買い物が一気にできるようなまち、町田。109もあるし、渋谷をギュッと凝縮したようなイメージかも。

渋谷との違いはいろんな世代の人がいるところか。

すべてのチェーン店が町田に集まっているのでは? と思うほどチェーン店が多い。でもその中に老舗が残っている。

雑多、というとあまり聞こえはよくないが、それが町田駅前の良さであり特徴に思える。
窮屈に感じるほどたくさんのお店が入っている建物には、
よく見ると明治時代から続く乾物屋さんが入っていたりする。
大きくてきれいなホテルがあるなと思ったら、よく見ると図書館が入っていたりする。
整備されたキレイな通りもあれば、酔客が似合いそうな味のある細道があったりする。
新しいものの中に古くから残るシーンを見つけるのが面白い。
まちを歩く人々も老若男女問わず。いろんな世代が楽しめそうなまちだ。

こんな細い道があったりもする。手前は行列のできるカレー屋さん。

写真館に寸法直し。同じエリアに、新しさと懐かしさが混在するのだ。

今回お世話になったのは本多さんとゴンちゃん。姉弟のように仲のいいふたり。

さて、今回の商店街サンドにつきあってくれるのは
町田市観光コンベンション協会の本多浩子さんと、
急きょ参加することになった中東辰哉さんこと通称ゴンちゃん。

これだけお店が多くて賑やかだと具材選びに迷ってしまいそうだが
ふだん町田の観光情報を発信してるふたりとなら「町田らしい」サンドが作れるに違いない。

既存部分をどう残して、どう見せるか?築年数不詳の木造平屋。 ルーヴィス vol.2

ルーヴィス vol.2
駅から遠くボロボロだった平屋が人気賃貸物件に

皆さま、こんにちは。ルーヴィスの福井です。
vol.1では、「古さを、懐かしさにかえる」と題して
手探りでやっていた頃の「みどり荘」のお話をしましたが、
今回は、古い物件でも競争力は新築以上に出せると確認した
「築年数不詳。木造平屋のリノベーション」のお話です。

神奈川、特に東京に近い都市部では
比較的借り手の需要に恵まれた環境にあるとは思いますが、
それでも23区と比較すると、賃貸物件では改修費用もかけにくいですし、
入居者も誘致しにくいと思っています。
非都市部においては、より顕著なものと想像しますが、
そのような厳しい状況下において成功モデルをつくることが、
今後の日本において最も競争力のある先端モデルだと考えています。

そして「みどり荘」から数か月後に、横浜の地主さんから
さらに厳しそうな相談が来ます。

「もう3年ぐらい誰も住んでなくて、貸してもいない物件がある。
困っているわけではないけど、そのままにしておくとどんどん傷んでしまうし、
周りの人にも迷惑掛けちゃうから、どうにかしたい」と。
もちろん喜んで見に行きました。
横浜駅から平坦な道を歩いて20分。大きな道から細い脇道に入っていくと、
道はどんどん細くなり、行き止まりの手前に現れたのが、こちらの平屋です。

外観。

僕が小学生の頃、
みどり荘のようなアパートに住んでいる友達は何人かいましたが、
平屋に住んでいる友達はいませんでした。
そして内部はこのような感じです。

全体的に薄暗く、重苦しい印象だった既存の室内。

床は、もうよくわからない状態にあり、壁の元の色もなんだかわからず、
建物全体から負のオーラが出ていて、
懐かしさは通り越して香ばしい感じでした。
事務所に戻ってきてから、ボロボロの状態の既存写真を
呆然とただただ眺めていた記憶があります。

既存の床は、劣化が激しく水色の養生シートのようなもので少しだけ歩きやすくされていた。

カギが閉まらないぐらい傾いていたサッシ。

当時はまだ、「平屋=取り壊し」というのが当たり前で、
多くの人が直したところでどうにかなるもんじゃないという状況でした。

ただ、建て替えを選択しないのにはオーナーにも理由がありました。
後ろに崖を背負ったこの物件を建て替えようとすると、
セットバックをさせなくてはならず、
現状の建坪10坪強よりもさらに小さくなってしまうため、
建て替えでは費用対効果が得にくいという判断でした。

「Kino Iglu 初島 星空シアター」。静岡県・熱海市で、大自然のなか星空上映を楽しむ!

雑誌「Hanako FOR MEN」や「BRUTUS」でもお馴染みの、
「全国を旅する映画館」、Kino Iglu(キノ・イグルー)。
いわゆる普通の映画館を飛び出して、
さまざまな場所で映画を上映してきた彼らから、
心地よい新緑の季節に、
また上映イベントを開催するというお知らせが届きました!

Kino Igluは吉祥寺を拠点としながら、
これまで札幌、京都、富山、金沢など全国各地の
カフェやレストラン、雑貨店やギャラリー、書店やパン屋さんなどで
独特のセレクトによる映画を上映するイベントを行ってきました。
また、ただ上映するだけでなく、
食事会や音楽ライブ、写真展などと合わせることで
映画の新しい楽しみ方を提案しています。

そんな彼らが5月の上映に選んだのは、静岡県熱海市の、初島。
しかも1泊2日の、星空野外上映会とのこと。
最近は「逗子海岸映画祭」のように野外で映画を楽しめる機会が増えていますが、
こちらはもっとアウトドア、
大自然に囲まれて映画を見るという、面白い試みですね。

野外上映のひとこま

映画「冒険者たち」より

気になる上映作品は、往年の名作フランス映画「冒険者たち」。
アフリカ・コンゴ沖に隠された財宝をめぐってくりひろげられる、
男女3人による愛と友情のアドベンチャーで、主演はかのアラン・ドロン。
舞台が「コンゴ沖」なので船が出てくるんですが、
上映会の会場となる初島への行き来もフェリーということで、
映画と照らし合わせるような、わくわくさせる仕掛けがありますね!

「交通安全ブッフェ」開催。 「止まれ」標識がケーキに!? 札幌のホテルが春の交通安全運動を楽しくPR

札幌のセンチュリーロイヤルホテルにて5月3日(日)、
交通安全をテーマにした 「ゴールデンウィークファミリーブッフェ」が
開催されます!

5月11日(月)から10日間実施される春の交通安全運動に向け、
親子で楽しみながら交通安全への取り組みを理解してもらおうと
札幌中央警察署他と協力し企画されたもの。
2014年に「朝食の美味しいホテル」北海道大会で優勝したこちらのホテルでは、
以前にも野菜のかき氷や日本三大七味をテーマにしたブッフェなど
ユニークな食イベントを開催しています。

美味しそうな「止まれ」ケーキ。

こちらはシートベルトをイメージ。北海道らしくサーモンとイクラが使われています。

今回並ぶ料理やデザートのラインナップも遊び心がたっぷり!
トマトとレモンを使った「とま・れ!ケーキ」や、
「サーモンとイクラの親子でシートベルト」、
「飲んだら乗らない」オレンジゼリーのビール風、
「信号無視はダメ!冷静に。冷製蒸し鶏のガーリックソース」
「左右確認 もち豚の角煮(確認)」などなど、
交通安全に絡めた面白いものばかり。
テーブルマジックやビンゴとともに楽しめます。

また、こども免許証の発行や反射材効果体験、
白バイの展示・撮影、北海道警察のマスコット「ほくとくん」との記念撮影、
自転車シミュレーター体験、交通安全啓発ビデオの上映など
交通ルールやマナーを学べる無料イベントも同時開催。

食を通して安全を意識するイベント、
ぜひ親子で参加してみてください!

■開催日時
2015年5月3日(日)17:30~19:30(お料理ラストオーダー19:00)
■料 金
大人 【前売券】4,800円 【当日券】5,000円 小学生 【前売券・当日券共】2,400円
■予約
011-221-3002(宴会営業部・直通)※受付時間:平日10:00~18:00
■会場 センチュリーロイヤルホテル 20F 宴会場 グレイス

※同時開催イベント
■催事名: 春の交通安全 in センチュリーロイヤルホテル
■開催日時: 2015年5月3日(日)13:00~19:00
■入場料:無料

 ・センチュリーロイヤルホテル「ゴールデンウィーク ファミリーブッフェ」

県内外の名店多数の「大草原の小さな店」。山口市、3000坪の大草原で野外マーケット!

日に日にあたたかさも増して、ピクニックをするのにちょうどいい季節になってきました。
晴れた空の下、太陽の日差しを浴びて、土と緑の匂いを吸い込みながら、
親しい誰かと集まって、食事したりするのは、楽しいですよね。

そんな季節にぴったりのイベントが、山口県山口市で開催されます。
「大草原の小さな店」という名前のこのイベント、
山口市の秋穂にある、3,000坪の広さの大草原に、
食事や飲み物、食材、雑貨などを販売するお店が出店するんです。

たとえば、地元山口市で有名な、オーガニック野菜料理を提供するカフェ「FRANK」や、
店舗を持たない出張カフェ「CAPIME coffee」といったお店も参加。
広島や福岡のような近隣県、そして東京や鎌倉からも個性的なお店が集まります。

出張喫茶「CAPIME coffee」が野点出張喫茶をします

DMの絵は画家のnakabanさんが描いたもの

会場の3000坪の大草原は、オートマタ(からくり人形)作家の
原田和明さんのお庭なのだそう。
草原の脇には原田さんのアトリエと、ギャラリー&カフェ「AUTOMATON」もありますよ。
こんな環境で制作しているなんて、うらやましいです……。

古民家から考える地域の未来。 一般社団法人ノオト vol.01

一般社団法人ノオト vol.01
丹波篠山で暮らしながら地域づくり

みなさんはじめまして。一般社団法人ノオトの星野新治と申します。
私たちは、兵庫県の丹波篠山を拠点に、
古民家の再生活用と古民家を入口とした地域づくり事業や中間支援などを行っています。
この連載では、ノオトで働くさまざまな立場の担当者が交替で、
私たちの取り組みを紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
第1回目の今回は、ノオトの概要を書いていきます。

私たちの拠点である篠山は、
兵庫県の中東部、京都府と大阪府の県境に位置する、山あいの盆地のまちです。
約400年前に篠山城の築城に伴って形成され、今も城下町の面影が残されています。
市の中心には国指定伝統的建造物群保存地区に選定される歴史的まち並みがあり、
周辺には、丹波栗、丹波黒豆、松茸、ぼたん鍋(猪鍋)など、
豊かな食文化を育む農村地域が広がっています。
しかし、人口減少、空き家、産業の衰退など、地方の多くが抱える課題を同じく抱えています。

私たちは、そんな丹波篠山に暮らしながら、地域づくりに力を入れています。

篠山市河原町地区には、町家が並び、歴史的まち並みが残る伝統的建造物群保存地区。

篠山城跡。

空き家となっている古民家が、地域づくりの鍵となる

私たちの地域づくりの鍵となるのは、空き家となっている古民家です。
古民家の定義は人や場合によってさまざまですが、
概ね築50年以上、特に昭和25年につくられた現在の建築基準法以前の建物のことを
そう呼ぶことが多いようです。
なぜかというと、戦後につくられた建築基準法では、
コンクリートや鉄を中心とした建築に適した基準となっているため、
低層な住宅以外での木造建築の利用可能性はほとんど想定されていません。
つまり、旅館や飲食店など、まちの生業を生み出す用途には、
なかなか使いにくい状況になっています。
そのため、現状ですでに使用しているものを除き、
古民家を住宅以外の用途で使用する場合には、かなりの工夫が必要になっています。
だからと言って、使われずに放置されてしまうのは残念でなりません。
古民家には、これまで積み重ねてきた日本の暮らし方や文化、
時を超えて残る歴史的な空間の力強さ、
そして地域ごとの特色が詰まっていると私たちは考えています。

ものづくりから まちのリノベーションへ。 WORKVISIONS vol.2

WORKVISIONS vol.2

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの代表、西村浩です。
vol.1では、僕が倉庫をリノベーションして使っていた、
品川のオフィスについて書きましたが、今回は、その冒頭で少しふれた
「都市のリノベーション」という考えに至るまでについて、書きたいと思います。

分野を超えて行き来すると、都市がみえてきた

リノベーションというと、一般的には古い建物を対象にするイメージがありますが、
本来的な意味は“価値の革新”であって、
建物に限らなくてもいいんじゃないかと僕は考えています。
何か新しく生まれたものは、時の経過とともに物質的に古くなる。
それと同時に当初の存在意義も、どこか社会の価値観とのズレが生じていきます。
古くなってしまったものを、物質的に新品に戻すことはできませんから、
逆にその古さを時間の積み重ねによる“味”と捉えて、ものの古めかしさを生かしつつ、
そこに未来の価値に繋がっていくような使われ方や人との関わり方を、
デザインという武器を駆使しながら、未来へ受け継いでいくことこそが、
リノベーションということではないかと思っています。

そう考えると、建物以外にも、道路や公園、水辺など、
公共の場にもたくさんのリノベーションの対象となるものがありそうですね。
今後、人口が減少し、それにあわせて車も減っていく社会が訪れるとすれば、
車をスムースに通すための道路空間なんかは、もっと歩行者のために開放して、
むしろ公園のような空間にリノベーションしてもいいかもしれません。
その好例としては、ニューヨークのハイラインが有名です。
http://www.thehighline.org/about
もともと、高架の鉄道貨物線だったところですが、1950年代になると、
物流の主流が鉄道による貨物輸送から高速道路を使ったトラック輸送へと移行し、
ニーズの減少に伴って廃線となってしまいました。
長らく使われずに放置されていましたが、この廃線跡地を、
約1.6kmに渡って緑道にリノベーションした空間がハイラインで、
今や市民に人気の憩いの場となっています。
その結果、沿線地域の価値が上昇して、不動産開発が活発化し、
まちの活性化にも大きく貢献したプロジェクトなのです。

整備前のハイラインの様子(公式Webサイトより借用)。

まちの活性化に大きく寄与したハイラインの様子(公式Webサイトより借用)。

小さなリノベーションが、大きなまちづくりにつながる

この醍醐味こそが、リノベーションの意義であり楽しさだと僕は思います。
そして、日本の地方都市の現状は、どこにいってもなかなか元気がない。
まちだって老化する。時代の価値観とのズレを矯正して、
美しく年齢を重ねるまちのあり方を考えることが必要で、
それが“都市のリノベーション”だと考えます。
ひとつの建物に留まらず、都市まで視野を広げて、
そのために必要なことが何かと考えれば、
実は、建築や土木、都市計画とか、そういった分野の壁を越えて、
それらが上手に連携することが大切だと思います。
空き家だらけのストック過剰状態の状況とはいえ、
必要ならば、新築の建物をつくったっていいんじゃないかと思うのです。

一般的にイメージされる建物のリノベーションは、
都市のリノベーションのための手段のひとつだと考えています。
僕は、疲弊し続ける風景をなんとか再生したいという思いから、
どんなプロジェクトにおいても、分野を限定せず、
まちの再生に少しでも貢献できるアイデアを探すようにしています。
そして、都市に関わるさまざまな分野同士や、
そこに込められるアイデア同士がいかに密に連携できるかというところに、
都市のリノベーションの効果が現れると思っています。
これからの時代を支える価値の革新をもたらすリノベーションの勘所は、
分野と分野の隙間にあるような気がします。

都市のリノベーションは、分野同士の連携が大切。

石川のいいもの、おいしいもの126店!「乙女の金沢 春ららら市 2015」今年も実況します!

コロカルではもうお馴染み!
今年も「春ららら市」の季節がやって来ました。

石川県の若手作家さんたちとお話しながら
作品を買えるマーケット「乙女の金沢 春ららら市」。
4月11日(土)・12日(日)の2日間にわたり、
石川県金沢市の金沢21世紀美術館の向かいにある
「しいのき迎賓館横 しいのき緑地」にて開催されます。

今年は石川生まれのいいものと
おいしいものを揃えたお店が、ずらり126店集合。
作家さんの手になる漆器やアクセサリー、九谷焼の器、
皮小物、家具、織物などが並びます。
珈琲、サンドイッチ、インドカレー、焼き菓子などなど、おいしいものもたくさん!

ライブには、高野寛さん(4/12)や、
ハンバートハンバート(4/11)、
ショコラ&アキト(4/12)などが登場。

シネモンドのららら映画館では、
特設テント映画館にて
かわいい森の妖精「アマールカ」をはじめとする
チェコのアニメーションを上映します。
(入場料300円)

プラネタリウム&ワークショップのセクションでは、
「工房ヒゲキタ」さんによる手づくりプラネタリウム&3D映像上映や、
田辺京子さんによる京九谷焼体験、
ミツル・カメリアーノさんのこいのぼり作り、
九谷焼絵柄ネイルのワークショップなどを開催します。

コロカルでは一昨年&昨年に引き続き、
特設ページにて、当日の模様をTwitter経由で実況中継します。
URLは当日お伝えいたします!
イベント実況「ツイートでららら」公開中です!
会場の様子が伝わってくる中継を、リアルタイムでお楽しみ下さい!

乙女の金沢 春ららら市 2015

ある都市で建築をつくるということ。 403architecture [dajiba] vol.1

403architecture [dajiba] vol.1 
見知らぬ土地、浜松を拠点にした理由

403architecture [dajiba]は、今から4年ほど前に
彌田徹、辻琢磨、そしてわたくし橋本健史によって設立されました。
静岡県の浜松市を拠点に活動をしています。
事務所から徒歩圏内にプロジェクトが集中しているなど、
ちょっと一般的な建築設計事務所とは違った仕事の仕方をしています。
この連載のテーマにもなっている「リノベ」の仕事も多い傾向にありますが、
ただ、手法としての「リノベ」を重視しているというよりは、
もう少し根本的な問題として、建築をつくるときの、
都市への関わり方について模索している、というのが率直な認識です。

そこで、僕らの仕事をより具体的に説明するために、
今回の連載企画では、クライアントである浜松のまちのみなさんへの
連続インタビューを行っていきたいと思っています。
そこから、パートナーとしての関わりを超えて、
僕らが浜松という都市そのものとどのように関わっているのかを
お伝えすることができればと思っています。

第1回目のインタビュイーは、浜松市の中心街で
美容室「enn」を営む、林 久展さんです。
ennは、浜松駅からほど近い、古いビルの1室にあり、
夫婦ふたりで営まれています。
林さんは403architecture [dajiba]として正式に活動を始める前から、
僕らをご存知で、最初のふたつのプロジェクトのクライアントです。
今回のインタビューでは、
普段と同じように(途中から)髪をカットしてもらいながら、お話をお聞きしました。

橋本

今回は第1回目なので、
「そもそもどんなかたちで僕らが浜松にやってきたか」
というところから振り返っていきます。
思い返してみると、初めてお会いしたのはお店の隣の空き室で、
ワークショップをやった時でしたよね? 
2010年、僕らはまだ大学院を修了したばかりの頃でした。
このビルのある通りに増えていた空きテナントをいくつかお借りして、
地元の静岡文化芸術大学(以下、文芸大)の学生のみなさんに、
なんらかのインスタレーションを制作してもらう、
というワークショップを運営した時です。覚えてます?

覚えてる覚えてる。

橋本

それまで、文芸大の学生との接点はありましたか?

あったよ。naruっ子(クライアントでもある「naru蕎麦」のバイトの総称。
次回店主にインタビュー予定)とか。
あと、今30歳くらいになる子たちとは面識あって、
このビルの屋上で小屋みたいなのつくってたな。
接点と言ってもピンポイントだけどね。
文芸大も当時は、今みたいな子たちじゃなくて、
僕の知ってる子たちはもうちょっとこう、ガテン系っていうか。

橋本

ガテン系?

「あれつくろう」というノリでやってる。
でも今の子たちはもうちょっと理論というか、
頭で考えてるような気がする。

橋本

学生の雰囲気や印象って、変わってきたと感じます?

それはあるね。でも、なんか世の中が、全体的になのかな。
建築は前から、そんな感じなのかもしれないけど。

橋本

いやー、建築も同じかもしれないですね。
最近はあんまり手で考える、みたいな人は少ないような気がします。
それよりは、もうちょっと社会貢献というか。このあいだ、久しぶりに
学生の卒業設計をまとめて見る機会があったんですけど、
災害対策とか高齢化とか、
あるいは廃施設の再利用というようなテーマを扱ったものが、ほとんどでした。

そうだよねえ。これつくりたいから、これつくる、みたいなのないよね。

橋本

あんまりそういう人はいないですね。文芸大の子が、というよりは、
日本全体の傾向なのかもしれません。あのワークショップのときは、
2010年で、いまほどそういった気運もなかったと思います。
でもそのときのシンポジウムには、
山崎亮さんが登壇されていたりしたんですけどね。
いずれにしても、林さんは僕らが「建築」の奴らだということは、
ご存知だったと思うんです。
空き室を使ったインスタレーションのサポートをしていることについて、
何か疑問などはありませんでしたか? 
変な奴らが来た、的な。

うーん。わかんないけど。今までにはない流れを持ってるな、
とは思ったかなぁ。
この界隈で生活をしている僕は、ライブや写真展とか、
なんとなく自分が興味があるもので人と関わってきたけど、
「建築」をベースに新しく人と関わるということはなかったから。
建築=建物を建てる、という感覚だったし、
少なからず学生が集まってくるのを見たとき、自分にはない感覚だった。

橋本

建物を建てるわけでもないのに「建築」の子って集まるんだ、みたいな? 
確かに、よく集まってくれましたよね。ちょっと前まで学生だった、
何者でもない奴らがぞろぞろやってきて、
「空き店舗に何かつくりませんか?」って言ってても、あやしさ満点ですし。
それでも、僕らもそうだし文芸大の学生にとっても
まず、浜松のことをちゃんと知る機会にしたかったというのはあります。
最初からインスタレーションをつくることありきだった訳でもなくて、
空きスペースのリサーチをやってみてから、いくつかの店舗スペースを
お借りできそうだったので、それなら学生主体で何か所か同時にやったほうが
インパクトもあるだろうと思っていました。

あと、建築の人との関わりっていうと、かっちゃんとかね。

橋本

かっちゃん?

家成さん(家成俊勝さん。大阪の設計事務所dot architects共同主宰)。

橋本

ああー! それはいつ頃の話で、どういうかたちで知り合ったんですか?

ここ(美容室ennの内装)をつくったとき。
当時、翼(大東翼さん。元dot architects共同主宰。
浜松にて「株式会社大と小とレフ」設立)
と家成さんがやっていた仕事の廃材が、ここの床の材料になりそうだったから、
家成さんの家、神戸まで取りに行ったんだよね。13年前になるかな。

橋本

ここの床の材料は神戸から来たんですね! 
13年前なら、僕も明石にいた頃です。そんなところでニアミスしているとは。
そう考えると、この床もずいぶんと歴史があるんですねー。

※ここで、突然マシュー(マシュー・ライアンさん。先日完成したばかりの
ゲストルームのクライアント。第4回目にインタビュー予定)がやってくる。

マシュー

ハーイ。ハッピーパディス!

橋本

パディ?

マシュー

ハッピー・パディス! 知らない? 
セイント・パトリックス・デイ(聖パトリックの祝日。この日は3月17日。
アイルランドにキリスト教を広めた聖パトリックの命日)。
アイルランドの、飲み会の日。
グリーン着てる?(たまたま筆者は深緑のシャツを着ていたので)
ハシはセーフだね。
アメリカでは、今日グリーンをつけてないと、つねられるよ。

橋本

へえー。

※マシューはドイツの編集者と林さんを取り次いでいるらしく、
諸所相談しにきた。その間しばし待機。

マシュー

邪魔してごめんね! 今日は何してんの?

橋本

林さんにインタビューしてる。
僕らが関わったクライアントに話を聞く企画で、
マシューのとこにもそのうち行くよ。そんときはよろしくお願いしまーす。
月イチの企画だから、数か月後になるけど。

マシュー

待ってマス。

※マシュー帰る。以後はカットをしてもらいながらのインタビュー。

じゃーそろそろ切るか。

橋本

そうですね。お願いします。

古さを、懐かしさにかえる。 ルーヴィス vol.1

ルーヴィス vol.1
アンティーク家具メンテナンスの経験から。

みなさま、こんにちは。ルーヴィスの福井と申します。
僕は、神奈川県、横浜を拠点に
横浜、東京、湘南エリア、ときどき千葉の内房の古い建物の改修工事をしています。
個人や法人のお客さまからの依頼で
デザインと施工の両方をさせてもらう時もあれば、
設計事務所からの依頼で施工だけをさせてもらう時もあり、
関わり方はさまざまですが、カテゴリーでいうと工務店だと思っています。

僕自身はリノベーションの仕事における立ち位置に特にこだわりはなく、
クライアントのニーズに合わせて
ポジショニングを微調整しながら携わっています。
クライアントからよく「結局、ルーヴィスは何屋なの?」とよく聞かれるので、
この連載では、自己紹介を含めて、考え方や活動について書いていきます。
お付き合い、どうぞよろしくお願い致します!

そもそも、僕は建築を学んだこともなく、
設計事務所で働いたことも工務店で働いたこともない、アウトサイダーです。
そんな僕がなぜリノベーションの仕事を始めたのか。
15年ほど前に、当時東京の目黒通りにあった「ACME FURNITURE」
(http://acme.co.jp/ )というインテリアショップに勤めていました。
ACMEでの仕事は主に中古家具のメンテナンスだったのですが、
3か月に1度、カリフォルニアに中古家具の仕入れにも行かせてもらっていました。
フリーマーケットやアンティークモール、
リサイクルショップやインテリアショップをまわって、
1930年代〜1980年代ぐらいの中古家具や雑貨を仕入れ、
40フィートのコンテナを満載にして日本へ送り、
メンテナンスをして販売する仕事です。

アメリカ最大規模のフリーマーケットのひとつ、ロサンゼルスの「Rose Bowl Flea Market」。

仕入れた時に、コンディションの悪い家具も、
組み直したり塗装をし直したりすると、
生産当時のよさがよみがえり、今また新しくつくろうと思っても
コストや材料の問題で実現することができない価値があり、
当時から人気がありました。
今思えば、「古くてもボロボロでも直し続ければ価値は持続する」という感覚が、ACME時代に培われていたのだと思います。
その後、26歳の時に僕は父親の誘いもあり、
横浜にある実家の不動産会社に転職をします。

増え続ける、古い管理物件の空き室

不動産会社では、主に賃貸管理に携わっていました。
管理物件の中でも、築30年以上のものになると空室が多く、
賃料を下がり続けなくてはならないとなると、
運営維持も入居者を見つけるのにも苦労していました。
当時(いまから約10年前)、横浜でも空き家や空室は増え始めており、
「空室対策」というものを色々とやっていました。
と言ってもリノベーションなどではなく、家具付きの物件にしてみたり、
入居者を紹介してくれるほかの不動産会社に広告料を払ったり、
マンスリーマンションをやってみたりという感じでした。
そんなことを続ける中で、漠然とした疑問が出てきます。
「家具は直せば価値が上がるのに、不動産はなんでだめなんだろう?」
ということです。

家具は消費財だからか? いや、家具の中でも消費財ではないものは価値がある。
日本は地震が多いから古くなったら建て替えないといけないのか?
いや、100年以上建っている家だってある……。
という感じで疑問が疑問を呼び、
自分の目で、自分の体で検証してみたくなったのです。

被災地のこどもたちを音楽で支える。ドゥダメル指揮「相馬子どもオーケストラ&コーラス」演奏会

東日本大震災の被災地、福島県相馬市と岩手県大槌町で開かれている
「エル・システマ音楽教室」。
エル・システマとは、南米のベネズエラで行われている音楽教育システム。
現地では、「奏でよ、そして闘え」をモットーに、貧困層のこどもたちが
音楽を通して困難を乗り越える力と勇気を身につけるための
プログラムを行っています。

相馬市で行われている「エル・システマ音楽教室」は、
福島の子どもたちの尊厳を回復し、
自分の人生を切り開いていく生きる力を育むためのプロジェクト。
2012年に設立されて以来、未就学児から高校生まで、地元のこどもたちが、
弦楽オーケストラやコーラスの練習に日々励んでいるんです。

2013年4月に約30名で始まったこの音楽教室もどんどんと成長し、
2013年の12月には、震災後再建された新市民会館にて、
135名の「相馬子どもオーケストラ&コーラス」のデビュー公演を開催。
現在では約150名が参加しています!

そんな「相馬子どもオーケストラ&コーラス」たちが、
2015年3月29日(日)、東京・サントリーホールで公演を行います。
アメリカで行われている「エル・システマ」プログラムのひとつである
「ロサンゼルス・ユース・オーケストラ(YOLA)」に所属する子どもたち15名との共演。
なんとその指揮は、LAフィル音楽監督/指揮者である
巨匠グスターボ・ドゥダメル氏。
これは見逃せない公演になりそうです。

ドゥダメル氏とこどもたち

萩の小さな美容院「kilico」。 medicala vol.6

medicala vol.6
縁のあるまちの、もうひとつのリノベーション

前回は大分県竹田市のイタリアンレストラン『Osteria e Bar RecaD』を紹介しました。
オープン以来、大盛況みたいで地元の人はもちろん、
遠方からのお客さんもたくさん来ていて盛り上がっているみたいです。

さて、今回は山口県萩市に先日(2015年3月1日)オープンした、
美容院「kilico(キリコ)」についてご紹介します。
RecaDが完成したのが2014年の12月で、
kilicoの着工をしたのが2015年1月4日。
僕らmedicalaは2日遅れて6日から萩に入りました。

kilicoのオーナーは内田直己(通称うんちょ)。28歳です。
2014年12月末まで山口市内の美容院に勤め、店長を経験後、
地元の山口県萩市にて独立して美容院を開業するためにUターンしてきました。
僕とうんちょとの出会いはゲストハウス「ruco」の改装工事中に
髪を切りにきてくれたことが始まりでした。

うんちょに髪を切ってもらってる写真。

萩にrucoができたからかどうかは定かではありませんが、
rucoがオープンしてほどなく彼は独立を決意して萩市内で物件を探し始めたようです。
そんな時、
「rucoができて、通りが明るくなって嬉しい!
という話を地元の人たちからよく聞くようになった。
実際rucoができるまではこの通りは、夜は暗いし、何も無い通りになってしまっていた。
rucoがきっかけで萩の中のこの近辺にお店ができて、少しずつまちに明かりが灯りだす。
そういう風景を夢見ている。ここから萩を元気にしたい」

というrucoのオーナーのひとり、塩くんの思いを聞いて、
うんちょはrucoから徒歩1分以内の空き店舗に出店を決めました。

rucoとkilicoの位置がわかる写真。左奥の赤っぽく錆びている店舗が工事前のkilico。右の茶色い4階建てのビルがruco。

実は今回の物件はrucoの改装当時は塩くんの友達が営んでいた古着屋さんで、
改装中に塩くんや僕がうんちょに裏庭で青空カットしてもらっていた場所。
なんだか幸先がいい感じです。

コンセプトは「めんどくさい店」

今回の施工メンバーは僕らmedicala、
rucoの棟梁だった大工の入江 真さん(通称マコさん)、
家具は同じくrucoでも家具をつくってくれた中原忠弦さん(通称チュウゲンさん)、
rucoのオーナーのひとり、秋本崇人(通称アッキー)、
そして信州大学の大学院生の福田真享くん(通称ふくちゃん)が
インターンとして来てくれました。

着工の1か月ほど前、rucoの2階にマコさん、チュウゲンさん、
medicala、そしてオーナーのうんちょの5人で集まって打ち合わせをしました。
デザインや工事の前に、
「どういうお店にしたいのか?」という根本的な部分をメインに話をしました。
どういうお店にするのか? どういう人に来てほしいのか? どうして独立するのか?
何年続ける覚悟があるのか? どんな接客をしたいのか?
そんなことを話しました。

rucoの2階での打ち合わせ風景。

打ち合わせが進んでいくなかで、medicalaにとって初めての美容院ということもあり、
必要な設備や導線などについて、うんちょにヒアリング。
美容備品の収納、バックヤードの広さ、など使い勝手について話が進むなか、
大工のマコさんからゆっくりと出た言葉は、

「内田君、めんどくさい店にしよう」
このマコさんのひと言がkilicoをどういうお店にするか決定づけ、
プロジェクトが目指す方向を見つけて動き出した瞬間でした。それは、
「どういう内装のお店にしたいか?」ということよりも、
もっともっと大切なこと。

kilicoは、カット席ひとつだけの小さな美容院。
シャンプーから、カットもカラーもパーマもブローまで、
全部うんちょがひとりでやる美容院です。
地元の萩市で、これから多店舗展開することなく、
ひとつのお店を何十年も守っていく覚悟のうんちょ。
だから、大事なのは働き手が便利で効率がよく生産性が高いことではなく、
働き手の所作ひとつ、お店のつくりひとつで、お客さんのことを、お店のことを
大切に思っていることが訪れたひとに伝わること。
来てくれたお客さんに対して、何ができるか? どう過ごしてほしいのか?
それをゆっくりと考えたお店づくりをしていこう。

おいしい東北パッケージデザイン展

デザインが伝えられること

東京ミッドタウン内の「デザインハブ」で
3月6日からスタートした「おいしい東北パッケージデザイン展 in Tokyo」。
東北の食品メーカーがつくる10商品のパッケージデザインを、
全国から公募し、選ばれた受賞作品と入選作品270点を展示している。
東北経済産業局による、
「平成26年度TOHOKUデザイン創造・活用支援事業」として、
日本グラフィックデザイナー協会(以下JAGDA)により
デザインコンペが行われ、
昨年12月の仙台での展示に続いて東京での開催となる。
このプロジェクトが最終的に目指すところは、
企業とデザイナーのマッチング。
優秀作品のデザインは、今後、実際の商品化が進められていくという。

さて、展示されているのはたくさんの公募のなかから選ばれし精鋭たち。
審査会は、昨年11月に行われた。

審査会で並べられた応募作品。

事前に与えられた企業の希望や商品の特徴など、限られた情報をもとに、
応募者は、思い思いにデザイン。
届いた総数はなんと、623点にのぼった!
この企画を牽引するアートディレクターの福島 治さんは、
予想を超える応募数に驚きつつも、
「素晴らしい作品がたくさん届いてうれしい」と喜んでいた。
福島さんは2011年よりJAGDAの被災地支援プロジェクトなどを
企画・プロデュース。
「震災後、数えきれないほど東北を旅する機会が増えました。
東北に根づく魅力が僕のなかで次第に大きくなっていき、
何か力になれることはないかと、その想いはますます強くなっています」
と福島さんは話し、今回のプロジェクト開催へとつながった。

“デザインの力によって東北地域の魅力をより強く発信したい”
という思いから、考案された今回のパッケージデザインの公募。
地域の商品パッケージには、どんなデザインが選ばれるのか。
ワクワクしながら、コロカル編集部もその審査会へお邪魔した。

審査会場となった、JAGDA事務局の隣のデザインハブに並べられた
多数の応募作品。その風景は圧巻だった!
どのデザインが選ばれるのかと、思わずキョロキョロしてしまう。

集まった審査員は、地域のデザインやパッケージデザインを手がけてきた、
実績と経験のある方々ばかり。
仙台を拠点に東北のデザインを手がけるアートディレクターの畠山 敏さん、
地域デザインのパイオニア、デザイナーの梅原 真さん、
日本パッケージデザイン協会理事長を務める、加藤芳夫さん、
地域のお菓子メーカーのリデザインなどの実績を持つ、
グラフィックデザイナーの左合ひとみさん、
そして、前述の福島さん、参加メーカー、東北経済産業局が加わった。
参加メーカーの代表者が審査に加わることによって、
本当に納得のできるデザインを商品化するのが狙いである。
みなさん、並べられた応募作品をひとつひとつじっくり見てまわり、
色違いの付せんで票を入れていくという投票方法。
数の多いものが選ばれるが、
満場一致で選ばれるものもあれば、意見が分かれるものもあった。

審査中の様子。

デザインに込められる、さまざまな視点。

たとえば、宮城県の八葉水産がつくる「みちのく塩辛」は、
さまざまな意見交換がされた商品のひとつ。

同社の新商品で、りんごの粉末が加えられた甘い味わいの塩辛。
本当は、東日本大震災が起こる少し前に発売されたものだったが、
販売2週間後に東日本大震災が発生。工場が被災してしまった。
工場を復活させ、ようやく販売再開へと準備をしているところだ。

1回目の投票後、審査員の方々からメーカーさんへ質問が出る。

「販売価格はいくらですか?」
――400円です。

「土地に足を運んでくれた人へのお土産的要素を強く出したいのか、
あるいは地元の人に日常的に親しまれたいのか?」
――お土産というよりは、まずは日常的に愛されるような商品に。
ただ、これは今までにない味だと思っているので、
たくさんの人に手にとってもらえるような商品になっていきたいですね。

価格帯、販売ターゲットなどは、デザインに大きく影響するという。
お土産であれば、少し強めのキャラクター性があったほうがいいし、
日常的に買うものであれば、親しみやすいデザインがいい。

再投票の結果、3作品が残った。
「商品の特徴は、甘さ。塩辛だけど、従来の塩辛ではないこの味を、
どう伝えられるかというところだと思うんです」と加藤さんは指摘する。
審査員たちからは「とてもおいしかった」と好評価を得たが、
消費者にとっては、まだ誰も味わったことのないだろう、塩辛の味。
“塩辛”だけど、“りんご”の甘さが効いている。
これをどうデザインで表現すべきか。

3作品のうち、下記の2点は“りんご”と“塩辛”の特徴をそれぞれ顕著に表していた。

ひとつは、誰もが塩辛だと思えるような味わい深いパッケージで、
もう一方は特徴であるりんごの印象が強い可愛らしいデザイン。
ただこちらは塩辛というよりは、お菓子かな?と連想してしまうのも事実。
「それを解決するのは、ネーミングという場合もあります。
たとえば、“みちのくりんご塩辛”としてもいい」と話すのは梅原さん。
写真左の作品を指し、
「こちらに“りんご”というハンコを押したようなデザインだけでも伝わる。
いずれのデザインでも、まだ詰めるべき課題がありますね」と続けた。
さらに、実用化される場合、手作業が発生するのでは? 印刷方法は?
など具体的な意見が交わされ、再度決戦投票へ。
結果、僅差であったが、
上記の2点ではなく、パッケージ構造の精度の高さから、
別のデザインが優秀作品に選ばれた。

写真提供:JAGDA

長野の古湯で音楽と映像を楽しむ!「信州渋温泉」で電子音楽フェス「渋響pH7.0」開催!

2015年4月11日(土)から12日(日)にかけて、
長野県山ノ内町の「信州 渋温泉」にて、
電子音楽のフェスティバル「渋響pH7.0」が開催されます。

会場の渋温泉は、「千と千尋の神隠し」のモデルのひとつと言われる、
日本有数の温泉建築群と石畳の温泉街。
現在は営業をしていない、昭和4年建築の文化財「臨仙閣」を
まるごとアートスペースにして、電子音楽のライブや映像作品、
カフェやリラクゼーションブース、地元の楽器の制作体験なども
できる年に一度の御開帳イベントです。

メイン会場の「臨仙閣」は、二階は遊郭風、
三階は信州の蔵の町並みを思わせる内装で、
地下には名湯を持つまぼろしの旅館。
ここに、電子音楽シーンを代表するアーティストが集結。
電子音楽はもちろん、映像あり、インスタレーションあり、
トークあり、紙芝居あり、そして温泉ありの、
めくるめく不思議な温泉情緒堪能の二日間を繰り広げます。

地元のおばあちゃんや老舗旅館の若旦那など、
地域の人々もアーティストとして参加。
電子音楽シーンと温泉街の完全なコラボ体制がユニークです。

こちらがライブ&インスタレーションの模様

それでは、渋響のユニークなこころみをご紹介。

そば集落から蕎麦打名人をお迎えし、蕎麦打ちを教わりながらライヴを聴く「蕎麦打ちライヴ featuring
須賀川そば」。蕎麦打ち体験+試食は会場受付にて予約制(別料金)

渋温泉は芸者さんも健在。温泉街の芸者社中、小助さん+夕霧さんのライヴも名物。

福岡県・太宰府に伝わる カワイイ伝統民芸品「木うそ」を守る! 「太宰府木うそ保存会」

福岡県太宰府で作られている木彫の人形、「木うそ」。
幸運を招くといわれる神鳥「鷽(うそ)」の姿を模した、
逆三角形の大きな目が特徴の、カワイイ伝統民芸品です。
独特の意匠のなかに、400年もの長い歴史が詰まっています。
もともとは太宰府天満宮でお正月に行われる「鷽替神事」のために
作られる民芸品だったのですが、
次第に全国の神社でも作られるようになりました。
お土産として、お家に飾ってあったという方も多いのでは?

木うそをつくる突鑿(つきのみ)

太宰府の木うその特徴は、原木の「ホウノキ」や「コシアブラ」
を突鑿(ノミ)で薄く削り、くるんと巻き上げた「はね上げ」という繊細なカール。
幅わずか数ミリの羽根を均等にノミで削り出す熟練の技術が必要とされます。

原木「コシアブラ」