コロカル編集部の食いしん坊日記 日帰りで回れる岡山グルメ3軒

日本全国に点在する郷土料理やB級グルメ、旬の食材を使った料理など、コロカル編集部があちこち巡り、おすすめを見つけました。
今回は日帰り出張でも絶対地元グルメは逃さない編集部Mが選んだ、岡山駅付近のおすすめ3軒をご紹介します。

最後まで熱々の焼きパスタが美味しい〈ブエナビスタ〉

日帰り出張で岡山県にやってきました。取材の前後に岡山の美味しいものを食べたい!と意気込んで、まずは駅から歩いて5分ほどの〈ブエナビスタ〉で腹ごしらえ。名物の「焼きトマトソースとモッツァレラ」を注文しました。(辛さが選べるので、辛口に。)チーズがたっぷりでとにかく伸びる……トマトの酸味もちょうどよく、何よりずっと熱々です!これからの季節は嬉しいですね。大満足のパスタランチでした。

落ち着いた雰囲気でコーヒーを楽しめる〈ONSAYA COFFEE〉

お腹いっぱいになった後、取材前に頭をシャキッとさせるべくコーヒーを探して〈ONSAYA COFFEE〉へ。岡山市内に四店舗展開しているようで、今回は岡山の古い商店街、奉還町にある店舗に伺いました。ブレンドコーヒー「ONSAYA JOY」と「エスプレッソロール」をチョイス。
アイスで注文したコーヒーは、酸味がちょうどよくスッキリしていて、ボリューミーなランチの後にピッタリでした。「エスプレッソロール」は、生地がもちもち!クリームもエスプレッソの苦味がほんのりと、甘すぎずペロリと食べてしまいました。店内は落ち着いた雰囲気で、大きなスピーカーが印象的!

岡山に来たならやっぱり桃!〈観音山フルーツパーラーOKAYAMA〉

無事に取材を終えました。頭を使ったらやっぱり甘いものが欲しくなります。そして、岡山に来たなら、絶対にフルーツは食べたい!〈観音山フルーツパーラーOKAYAMA〉で、フルーツパフェを食べてから帰ることにします。
岡山といえば桃だけど、もう旬は終わったかな……なんて思っていましたが、ありました!しかも晩秋の今しか食べられないらしい「冬美白(とうびはく)」という桃を使ったパフェ!
パフェの上には桃がドーンと!はじめましての冬美白は爽やかな甘さで、しゃくしゃくとした食感は、洋梨にも近いかも?桃の下にあるほんのりしょっぱいクッキーや、スッキリとしたライチゼリーとともに食べ進めると、一番下にはまた冬美白が!最後まで桃づくしで大満足のパフェでした。一緒に行ったライターのIさんは「旬フルーツの農園パフェ」をチョイスしていました。こちらもその時期に美味しいフルーツがたっぷり。
駅から5分ほどの場所にあるので、新幹線までの隙間時間にもおすすめです。

次回は岡山名物の「デミカツ丼」を食べようと心に決め、きび団子をお土産に帰宅。今回取材した記事は近日中にコロカルに掲載します。お楽しみに!

銀座のワインバー〈パ・ロワン〉店長・高山南美さんがおすすめする、 静岡県の穴場スポット3選!

日本やグローバルで活躍するナビゲーターにご登場いただき、地元や別荘などの拠点がある土地のおすすめスポットを紹介してもらう本企画。

今回は、銀座のワインバー〈パ・ロワン〉店長・高山南美さんが登場。
地元静岡県でお酒と美味しいご飯が楽しめる、穴場スポットを教えていただきました。

幼少期からの思い出の地〈用宗海岸〉

子どもの頃からこの海岸で育ちました。夏には毎日泳ぎに行き、夕日や朝日を見ながら散歩をして、夜には浜辺で焚き火を囲んだ思い出深い場所です。最近はビールを片手に海を散歩するのが好き。
用宗海岸から徒歩5分ほどの場所にある漁港直営〈どんぶりハウス〉さんの「生しらす丼」がおすすめです。

information

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用宗海岸

住所:静岡県静岡市駿河区用宗4-17

いつもおすすめしてしまう〈お燗と中華 華音〉

お燗と中華 華音

東京のお客様から聞かれるといつもおすすめするのが美味しい中華が楽しめる〈お燗と中華 華音〉。大好きな熱燗で飲む、日本酒のセレクトも素晴らしいお店です。

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お燗と中華 華音

住所:静岡県静岡市葵区梅屋町4-12

Instagram:@okan_to_chuka_hanaoto

ワイン愛を感じる〈caravin〉

母も好きで親子でお世話になっているお店です。ナチュラルワインのご縁で繋がった素敵なビストロ。東京での試飲会やイベントにも頻繁にいらしていて、ワイン愛をいつも感じます。

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caravin

住所:静岡県静岡市葵区鷹匠2-25-17

Instagram:@bistrocaravin

動画はこちらから!

profile

Minami Takayama 
高山南美

2022年9月10日オープンした〈pas loin(パ・ロワン)〉の店長。新富町の〈bistro simba〉が手がけるスタンディングスタイルのワインバーで、店名はフランス語で「遠くない」の意味。

パリの大学院生・ルイスが、 インフルエンサー・ジェセと巡る、 長崎・壱岐島の1泊2日旅【Day1】

夏休みに日本へやってきたパリの大学院生ルイスさん。今回は、InstagramやTikTokで活躍するジェセさんを旅の相棒に、1泊2日で長崎の離島、壱岐島へ!

Day1
10:00 博多港
11:30 壱岐芦辺港着
12:00 小島神社
14:00 鬼凧工房平尾(鬼凧色付け体験)
15:00 龍蛇神社
16:00 平山旅館

9月の残暑のなか、羽田空港で待ち合わせをしていたのは、パリの大学院に通いながらSNSで現地の暮らしを発信するルイスさんと、TikTokやInstagramで活躍するジェセさん。博多空港に向かうとのことですが、単なる福岡旅行ではないようで……。

11:30 博多港から壱岐芦辺港へ

福岡・博多空港に到着したルイスさんとジェセさん。空港から地下鉄で約10分の場所にある博多港へ向かいます。

今回の旅先は、長崎県の離島・壱岐島。九州本土と対馬の中間に位置し、古くから神話が伝わる島として知られています。島内には神社や遺跡・古墳をはじめ、元寇にまつわる史跡、城跡や砲台跡など、多くの歴史的スポットが点在。時代ごとに重要な拠点として発展してきた島です。

博多港から高速船でわずか1時間。辿り着いたのは、壱岐島の玄関口「芦辺港」。港を抜けると、漁船が行き交うのどかな港町が2人を歓迎してくれました。

左から、ジェセさん、ルイスさん。雨予報を覆して、晴天の中「壱岐芦辺港」に到着。

左から、ジェセさん、ルイスさん。雨予報を覆して、晴天の中「壱岐芦辺港」に到着。

12:00 神秘的な“海に浮かぶ神社”

古来より多くの神社が残る壱岐島。その数は小さな祠も合わせて約1000ともいわれています。

そんな島の中で最初に訪れたのは、壱岐の神秘を象徴する「小島神社」。満潮時にはまるで海に浮かぶように見え、干潮になると参道が姿を現す不思議な神社です。その姿から「壱岐のモン・サン・ミシェル」とも呼ばれています。

潮の満ち引きが鍵を握るため、訪れる前には干潮時間のチェックをお忘れなく。

タイミングに恵まれて、海の上に現れる一本道を歩いて参拝。

タイミングに恵まれて、海の上に現れる一本道を歩いて参拝。

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小島神社

住所:長崎県壱岐市芦辺町諸吉二亦触1969

TEL:0920-45-1263

14:00 〈鬼凧工房 平尾〉 で島の伝統工芸を体験

壱岐の伝統工芸品「鬼凧(おんだこ)」の絵付け体験ができると聞きつけ、「鬼凧工房 平尾」へ。

「鬼凧」は、子どもの健やかな成長や無病息災を願う“魔よけの縁起物”として、島の家庭の玄関や屋外に掲げられる、壱岐を象徴する凧です。

工房では、長年技を受け継いできた職人の指導のもと、鬼凧の絵付けを体験。配色に決まりはなく、思い思いの色で自由に仕上げることができます。

ルイスさんは大胆な緑を使って力強い表情を、ジェセさんはお手本に忠実に。2人は黙々と筆を動かしていました。

完成した鬼凧は、世界にひとつだけの特別な作品。「パリに帰ったら家に飾ります」とルイスさん。壱岐の伝統と人の温もりが息づく、旅の忘れられないおみやげになりました。

赤・黄・緑・橙の食紅を使って鬼の顔を描く。

赤・黄・緑・橙の食紅を使って鬼の顔を描く。

色を塗る前の「鬼凧」。

色を塗る前の「鬼凧」。

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鬼凧工房 平尾

住所:長崎県壱岐市芦辺町箱崎本村触536

TEL:0920-45-0718

HP:https://ondako.jp/

Instagram:@ondako_kobo

15:00 「龍蛇神社」で“龍の伝説”をたどる

次に向かったのは、龍神が祀られる「龍蛇神社」。海を見下ろす絶景に立つ神社で、出雲神社より「龍蛇神」を迎えて祀られたと伝わる、壱岐のパワースポットです。

神社の眼下に広がる龍蛇浜には、まるで龍の鱗のような薄い石が幾重にも重なり、神秘的。近くの壱岐神社では、龍蛇神社の御朱印もいただくことができ、旅の記念に訪れる人も多いのだとか。

壱岐の海を一望しながら参拝ができる。

壱岐の海を一望しながら参拝ができる。

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龍蛇神社

住所:長崎県壱岐市芦辺町瀬戸浦

16:00 平山旅館。島の味と温泉で癒されて

今回のお宿は、湯本エリアの老舗「平山旅館」。到着すると、女将の平山真希子さんが「ぜひ見せたい場所があります」と案内してくれたのは、畑と平飼い養鶏場。ここでは、ウニの殻、腐葉土、温泉の鉄分、海藻などを堆肥にして完全無農薬で野菜を育てています。

平山旅館の畑で野菜を育てる大久保律子さん、通称「りっちゃん」に大きなオクラをもらう2人。

平山旅館の畑で野菜を育てる大久保律子さん、通称「りっちゃん」に大きなオクラをもらう2人。

「平山旅館の特徴は、なんといっても壱岐の食材をふんだんに楽しめる『島産島消』スタイルの会席料理です。畑や養鶏場で収穫した野菜や卵、壱岐の旬の魚や地元産食材をお出ししています」と真希子さん。

お品書きを見ると、それはそれは長いこと。次々と運ばれてくる料理を見てあまりの量の多さに「食べきれるかな…?」と心配する2人。でも安心を。平山旅館では、食べ残しはすべて養鶏場の鶏に食べさせることで、残り物ゼロを実現。食べる人も鶏も、島の自然の恵みを無駄なく味わえる、サステナブルな会席なのです。

平山旅館で楽しめるのは、島の食材を生かした料理だけではありません。実は、1700年以上の歴史を誇る、湯本温泉の発祥地に建つ温泉宿でもあるんです。「日本書紀」に登場する神功皇后が三韓出兵の折にこの湯を発見し、我が子・応神天皇に産湯として使わせたという伝説も。歴史と神話が息づく特別な温泉です。

また選りすぐりの温泉宿だけが会員になれる「日本秘湯を守る会」にも登録されており、その質の高さは折り紙つき。大浴場には露天風呂があり、温泉の蒸気を使った蒸し風呂や水風呂も完備。さらに宿泊者は、2つの貸切露天風呂を無料で利用することができ、贅沢なひとときを満喫できます。

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奥壱岐の千年湯 平山旅館

住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触77番地

TEL:0920-43-0016

2日目を読む

パリの大学院生・ルイスが、 インフルエンサー・ジェセと巡る、 長崎・壱岐島の1泊2日旅【Day2】

夏休みに日本へやってきたパリの大学院生ルイスさん。今回は、InstagramやTikTokで活躍するジェセさんを旅の相棒に、1泊2日で長崎の離島、壱岐島へ!

Day2
09:00 平山旅館
10:00 辰ノ島
13:00 双六古墳
14:00 壱岐市立一支国博物館
15:00 原の辻遺跡

9:00 平山旅館で迎える、心が満たされる朝

朝は、和の朝食でスタート。まず目を引くのは、色鮮やかに盛り付けられたサラダ。自家農園で朝摘みされた旬の野菜は、甘みが強く、朝からたっぷりいただけます。ボリューム満点の朝食には、壱州豆腐や壱岐納豆、干物、など島の恵みがふんだんに使われています。昨夜の会食同様、量が多めなのは「お腹いっぱい食べてほしい」という女将・真希子さんの優しさから。

実は前日のディナー中に、「残ったお刺身は、朝食で漬け丼にできますよ」とそっと教えてもらっていた2人。朝からこんな贅沢なひとときを楽しめるなんて、と楽しんでいました。

朝からこのボリューム!平山旅館の心づくしのサービスに元気が湧きます。朝採り卵と特製の燻製醤油で、卵かけご飯に。

朝からこのボリューム!平山旅館の心づくしのサービスに元気が湧きます。朝採り卵と特製の燻製醤油で、卵かけご飯に。

壱岐名物「壱州豆腐」。大豆の使用量が多く、濃厚で自然な甘みが特徴。平山旅館自家製の甘い「壱岐ゆべし」と一緒にどうぞ。

壱岐名物「壱州豆腐」。大豆の使用量が多く、濃厚で自然な甘みが特徴。平山旅館自家製の甘い「壱岐ゆべし」と一緒にどうぞ。

前夜の刺身が漬け丼に変身。女将の心遣いがうれしい、島ならではの朝のごちそう。

前夜の刺身が漬け丼に変身。女将の心遣いがうれしい、島ならではの朝のごちそう。

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奥壱岐の千年湯 平山旅館

住所:長崎県壱岐市勝本町立石西触77番地

TEL:0920-43-0016

10:00 エメラルドグリーンの海に出合える「辰ノ島」

朝食を終えた2人が向かったのは、勝本港から船で約10分の無人島「辰ノ島」。国定公園にも指定される自然豊かな島で、上陸すると目の前に広がるのは、宝石のように透き通ったエメラルドグリーンの海。
北へ進むと、高さ約60mの断崖絶壁「蛇ケ谷」や、神秘的な洞窟「羽奈毛崎」「鬼の足跡」など、探検気分を味わえるスポットも。


13:00 双六古墳 ― 古代ロマンを感じる時間

実は、長崎県全体の約6割にあたる280基以上の古墳が点在している壱岐島。中でも前方後円墳として島内最大級の「双六古墳」へ。

標高100mほどの丘陵に築かれた巨大古墳は、全長91m、後円部の直径43m、高さ10m。石室からは当時の副葬品も発見されており、古代から大陸との交流があったことを物語っています。

国の重要文化財・考古資料に指定されている「双六古墳」。

国の重要文化財・考古資料に指定されている「双六古墳」。

14:00 〈一支国博物館 〉で島の歴史をひもとく

続いて2人が訪れたのは、壱岐の歴史を深く知ることができる「壱岐市立一支国(いきこく)博物館」です。壱岐は弥生時代、「一支国」と呼ばれ、中国の歴史書『魏志倭人伝』にも登場する重要な地。長崎県内で確認された遺跡のうち、約13%が壱岐から発見されているといいます。

館内では、古代の交易や生活、神話や祭りなど、島の文化を多角的に紹介。「なりきりコーナー」では、弥生時代の衣装を体験でき、ルイスさんとジェセさんも実際に着用。2人ともすっかりなりきって楽しんでいました。

古代の衣装を身にまとい、すっかり弥生人になりきる2人。

古代の衣装を身にまとい、すっかり弥生人になりきる2人。

15:00 弥生の息吹を感じる「原の辻遺跡」

旅の最後に訪れたのは、「原の辻遺跡(はるのつじいせき)」。ここは弥生時代の国「一支国」の王都とされ、国の特別史跡にも指定される重要な遺跡です。

広大な敷地に高床式の建物が復元され、まるで2,000年前の時代へタイムスリップしたような気分に。

「原の辻遺跡」は、古代の人々の生活や文化を肌で感じられる貴重なスポット。ルイスさんとジェセさんにとっても、壱岐の歴史を体感する旅の締めくくりにふさわしい場所となりました。

弥生時代〜古墳時代の初めにかけて形成された多重環濠集落。約1km四方に広がっている。

弥生時代〜古墳時代の初めにかけて形成された多重環濠集落。約1km四方に広がっている。

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原の辻遺跡

住所:長崎県壱岐市芦辺町深江鶴亀触1092−1

TEL:0920-45-2065

建築からまちを変える。藤原徹平さんが描く、地域の風景と暮らしの未来| コロカルアカデミー Vol.8開催決定

地域の暮らしや文化に根ざした新しい学びの場「コロカルアカデミー」の第8回を開催します。主催は、日本各地のローカルの魅力を発信し続けるWebマガジン「コロカル」です。

今回のテーマは「建築とまちづくり」。ゲストにお迎えするのは、建築家・藤原徹平さん。
元・隈研吾建築都市設計事務所の設計室長として数々の国内外プロジェクトを牽引し、現在は〈フジワラテッペイアーキテクツラボ〉を主宰、横浜国立大学大学院 Y-GSA准教授として後進の育成にも尽力されています。

藤原さんが手がけるのは、単なる建物ではなく、その周囲のランドスケープや人の営みまでを含めた「地域の風景」をデザインする仕事。小浜ヴィレッジやクルックフィールズといった代表作は、地域の自然・文化・暮らしをつなぐ新しい拠点として注目を集めています。横浜市からも「これからの都市デザイン」について公式に相談を受けるなど、行政・市民・クリエイターを結びつける存在として活躍しています。

本セミナーでは、藤原さんの実践を通して、
・建築から地域をどう変えられるのか
・「風景」と「暮らし」をつなぐランドスケープデザインの思想
・行政や市民と向き合うまちづくりのリアル
・クルックフィールズや小浜ヴィレッジの舞台裏

といったテーマを深掘りしていきます。

「建築」にとどまらず、地域創生や都市再生をボトムアップで考えるヒントが詰まった60分。カルチャーやアート、まちづくりに関心がある方にとって、視点を大きく広げる機会になるはずです。ぜひご参加ください。

【概要】
コロカルアカデミー Vol.8
「建築からまちを変える。藤原徹平さんが描く、地域の風景と暮らしの未来」
日時:2025年12月3日(水)15:00〜16:00(14:50開場)
形式:Zoomウェビナー
費用:無料(要事前申込)

【コロカルアカデミーとは】
ローカルを舞台に活躍する人々のリアルな情報を通して、日本の魅力を再定義するウェビナーシリーズです。地域を活性化させるために働きたい方、ローカルでビジネスを始めたい方、自治体や企業で地域創生に携わる方に向けて、新たなヒントを提供します。

いままでのコロカルアカデミーはこちら

登壇者は、地域の文化資産や資源を掘り起こし、その価値を世界に伝える新しいリーダーたち。ローカルビジネスにおける強みと課題、問題解決のプロセス、未来を変える次の一手についてもリスナーの皆さんと一緒に考えていきます。

【本セミナーで学べること】
●建築を起点にした地域活性・都市再生の発想
●「風景」をデザインするランドスケープの哲学
●行政・市民・企業を巻き込むまちづくりの手法
●クルックフィールズや小浜ヴィレッジの事例から学ぶこと

【こんな方におすすめ】
●地域創生・観光・まちづくりに携わる自治体や企業関係者
●経営層や広報・マーケティング担当者
●建築・都市計画・ランドスケープに関心のある方
●地域を舞台に活動したい学生や若手プロフェッショナル

【登壇者プロフィール】

藤原 徹平

藤原 徹平(ふじわら・てっぺい)
建築家/株式会社フジワラテッペイアーキテクツラボ主宰/横浜国立大学大学院 Y-GSA 准教授/一般社団法人ドリフターズインターナショナル理事
横浜生まれ。横浜国立大学にて建築学、都市計画、映画批評を学ぶ。大学院卒業後、隈研吾建築都市設計事務所にて国内外100以上のプロジェクトを設計室長として経験。2012年より横浜国立大学に着任。並行してフジワラテッペイアーキテクツラボを主宰し、建築・都市開発・ランドスケープデザイン・アートプロジェクトなど領域横断的に活動。小浜ヴィレッジ、クルックフィールズなどのプロジェクトを手掛ける。

杉江宣洋

杉江宣洋(すぎえ・のぶひろ)
コロカル編集長/MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO ブランディングプロデューサー
1997年マガジンハウスに入社。『anan』編集部を経て、2008年『BRUTUS』配属、10年同誌副編集長に。『BRUTUS』では「居住空間学」(インテリア特集)「音楽と酒」シリーズなどをヒット企画に育てた実績を持つ。また、「桑田佳祐」「山下達郎」「松本隆」「スタジオジブリ」などの特集も担当。2022年Hanako編集長就任。2025年より現職。

【注意事項】
・本イベントはオンライン開催です。
・音声や映像の乱れが生じる場合があります。
・録画・録音・再配信はご遠慮ください。

※お申し込みいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。
当日ご参加が難しい場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

【見逃し配信あり】 『「発想の転換」で成功した、パ・リーグの挑戦に学ぶスポーツビジネスとファンづくりのリアル』 コロカルアカデミーVol.6

日本のローカルの魅力を発信する「コロカル」は、新たなウェビナー講義シリーズ「コロカルアカデミー」の第6回を開催しました。ゲストには、現パ・リーグ6球団の共同出資会社・パシフィックリーグマーケティング(PLM)で、執行役員として各球団の魅力を伝える戦略の中心を担う園部健二さんをお迎えしました。園部さんには、日本プロ野球の歴史から、現在のパ・リーグ6球団のマーケティング事例、さらにパーソル パ・リーグTVを運営するPLMのマーケティングの裏側をひも解いていただきつつ、組織や業界を越えた“半歩先”のビジネスとファンづくりについて、たっぷり語っていただきました。
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園部 健二

園部 健二(そのべ・けんじ)
執行役員/コーポレートビジネス統括本部 本部長 兼 新規事業開発室 室長(パシフィックリーグマーケティング株式会社)
野球少年だったが、中学で野球を引退。その後、音楽業界、ゲーム業界(SEGA)を経て、PLMに入社。「好きを仕事に」生き方を再定義し、現在は球場とファン、地域と球団をつなぐ多様な施策に携わり、スポーツを通して“地域と人をつなぐ”挑戦を続けている。

とっても不思議な「日本プロ野球」

まず園部さんからお話があったのは、現在の日本プロ野球の歴史とその特徴について。
そもそも日本プロ野球の各球団にはほとんど「社名」が入っており、ニュースなどでも略称として社名が使われています。これはメジャーリーグ等と比べると、際立った特徴があり、日本プロ野球が日本の経済成長、経済状況と共に変容してきたことがわかります。
お話の中では、プロ野球球団の運用費用がその球団の保有する親会社の広告宣伝費として計上できる特殊な会計処理ができるという、SNSやスポーツニュース等に触れているだけでは絶対に知ることのできない裏側のお話まで。
普段何気なく目にしている「プロ野球」というものが、実は極めて特殊かつ不思議な営みであることが園部さんの視点で明らかになっていきます。

パ・リーグとマーケティング

パ・リーグ球団のマーケティング事例

次にお話があったのは、具体的なマーケティング事例としてのパ・リーグ球団について。
長らくセ・リーグと比べて、人気がない、地味だと言われていたパ・リーグ。しかし、そんな状況を逆手に取り、各球団の魅力を伝える戦略を担うPLMが中心となり、様々な発想の転換を実施。さらに挑戦を重ねることで、現在のパ・リーグにつながっていったとのことです。

PLMのマーケティング事例(球場)

講義内ではより具体的に、パ・リーグの全体の映像や球団に関するインフラ整備のお話や各球団の特色を打ち出すマーケティング施策によって、パ・リーグ特有の『濃いファン』を生み出していく方法やアプローチについて、語っていただきました。
またパ・リーグ6球団が共同出資して設立したPLMが、リーグのハブとして各球団を横断するマーケティングや事業を担うことで、リーグ全体を一つのブランドとして発信できるという視点も唯一無二の学びになりました。

リアルとオンライン/マーケティング事例について

PLMのマーケティング事例(オンライン)

ここからはさらに踏み込んで、PLMとして実施したパ・リーグのマーケティングについて、語ってもらいました。
球団単体で行えるローカルマーケティングを踏まえたうえで、各地方都市をつなぎ合わせながら、個別球団では取り組めないマーケティング施策を行うというPLM。マーケティングという言葉自体には馴染みがありましたが、そもそも、自社のマーケティングの対象がどこにあるのかというのをクリアにする視点は、他のビジネスにおいても大いに役立ちそうです。
マーケティング事例として、球場とオンラインそれぞれについて、PLMとして行った施策を具体的な企業名や数字をたくさん交えながら、教えていただくことができました。

逆転と実践のマーケティング術

PLMのマーケティング事例(オンライン) まとめ

園部さんのお話を聞いていると、マーケティングという概念が持つポテンシャルと面白さを感じ、ビジネスというものが持つ特有のやりがいやワクワクまで伝わってきました。
それは園部さんのお人柄や語り口もあると思いますが、なにより、かつては陽が当たっていたとは言えないパ・リーグという場所において、発想の転換を行い、それらを施策に落とし込み、やりきっていくというPLM、そして園部さんのお仕事のスタンスや考え方に基づくものだったのだと思います。
元々はお客さんが入らない商圏、ジャイアンツの人気に頼れないリーグだったこと、親会社の経営難など、営業努力をしないといけない状況があったからこそ、発想の転換と大胆な取り組みが生み出されたというのは、多くのビジネスモデルに示唆的なマーケティングの視座を得られるのではないでしょうか。
トークセッションでは、地域や企業に応用できるファン戦略についてのお話があり、講座本編終了後のQ&Aでは、リアルな現場での体験価値が注目されている流れについての園部さんの視点についてのお話など、ファンやリアルといった今後のマーケティング戦略にとって注目度が増す話題について、より深堀りしています。
プロ野球が好きな人、仕事の舞台裏に興味がある人、ビジネスの面白さに触れたい人、ファンビジネスやリアルな体験とオンラインの両軸を大切にしたビジネスモデルを検討している人などに、多くの方におすすめです。
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映画『じっちゃ!』 主演中村静香さんに聞く 自然と実りにあふれた土地 青森での撮影秘話とは?

青森・つがる市を舞台に、東京からIターン移住した孫娘と、市内でメロン農家を営む祖父の絆を描くヒューマンコメディ『じっちゃ!』が、2025年10月17日(金)より青森県にて先行公開、2025年10月31日(金)に全国で公開される。主演・三上ゆき役の中村静香さんと、脚本と監督を手がけた千村利光さんに、見どころと撮影秘話を伺った。

青森の食や自然を通して心を解きほぐす“Iターン移住”

青森・つがる市の名産品と聞くと、先にりんごやにんにくが浮かぶ人も少なくないはず。しかし、実はメロンの生産量全国5位を誇る町としても知られている(令和元年産)。そんな特産品の宝庫である青森に惚れ込み、“第二の故郷”とも公言している千村利光さんがメガホンを取り誕生した映画『じっちゃ!』。四季折々の風景と共に人と人との絆の尊さを描いている。

物語は主人公の三上ゆきが、東京からつがる市へ引っ越し、新天地で地域おこし協力隊として働き始めるところから展開していく。いわゆる、都会育ちの人が地方に根を下ろす“Iターン移住”だ。

中村静香さん

「東京での生活を手放して地方へ移住する一歩って、とても勇気がいる決断だと思うんです。でもゆきは思い切って、祖父がいる青森県・つがる市に移り住んだ。都会での窮屈な日々から解放された彼女は、つがる市の風土に一年かけて馴染みながら、生活や仕事への向き合い方も少しずつ変化していくんです。同時に、祖父がメロンを通して人に幸せを届けている姿を間近に見て、自分も周囲になにか与えられるような人になりたいという気持ちが芽生えます。私自身もまた、京都出身なので慣れない環境でしたが、撮影のオンとオフの時間を通じて青森の地に触れることで、少しずつ気持ちがほぐれていくのを実感しました。彼女の張り詰めていた気持ちが、徐々に和らいでいくのを感じていただけるとうれしいです」(中村さん)

千村利光さん

「撮影終盤の方では、ロケ地に使っていた家が本当に中村さんの実家みたいになっていたよね。僕は市役所でゆきがプレゼンするシーンが印象的でした。周りが騒いでいる中で、一歩乗り遅れる姿が面白いんです。そういうほっこりする瞬間を、敢えて差し込んでいます。周囲に流されがちな彼女がいてくれたおかげで、最後の成長した姿に説得力が増した気がします」(千村さん)

撮影期間は約10カ月。田園風景や馬市まつり、岩木山、木造駅など、四季を通してつがる市ならではの名所が随所に盛り込まれているのも見どころの一つ。

「夏の青々とした畑の風景から、真っ白な銀世界まで。季節によって景色が全く違う地域でした。だからこそ、ゆきの心情とリンクしたような光景が撮れたのだと思います」(中村さん)

「今回、とても天候に恵まれていましたよね。雪景色を撮りたい時はちゃんと吹雪いて積もってくれて、逆に穏やかな風景を望んでいると雪が降り止んでくれた。すべてイメージ通りに撮影できました」(千村さん)

劇中には青森の名産品が度々登場し、中村さんが頬張る姿からも、その魅力が伝わってきた。

「やっぱりメロンは格別でした。みずみずしさと糖度が高くて、神楽坂のカフェ『果房 メロンとロマン』で作っていただいたサンドイッチの味も忘れられません。会議のシーンでテーブルに乗っていたリンゴジュースも美味しすぎて、みんな空き時間も飲んでいたし、お土産としても買って帰りました」(中村さん)

終始和やかなムードに包まれていた撮影現場

馬市まつりのシーンは、200人の方がエキストラで参加するなど、地域住民の方は撮影に協力的だったという。同窓会のシーンでは思わぬ出来事も!?

千村利光さん

「祖父の同窓会にゆきが合流する場面では、地元の方、5人ほどに出演をお願いしていたんです。そしたら、当日30人ぐらい来てくださって、慌てて料理を増やして大宴会の設定になりました(笑)」(千村さん)

中村静香さん

「しかも、午前中に撮っていたのに、とても盛り上がっていましたよね!監督の声が届かないほど大賑わいで、楽しかったです。本場の津軽弁も難しくて。寒い土地だからこそ、なるべく口を開けずに話せるようなイントネーションになっているみたいで、早口だとフランス語に聞こえるんですよ」(中村さん)

「僕は大体は聞き取れるけれど、早口になると難しい。同じ音でも意味がちがうこともあるんです。でも現地の方でも全部理解していないみたいで、内容が半分分かれば会話が成立するらしいです。中村さんは移住する役だから、下手くそな津軽弁を頼んでいたのですが、途中で上手くなり始めて危なかったね(笑)」(千村さん)

“じっちゃ”こと祖父の役を演じたベテラン俳優・小野武彦さんと中村さんは初共演。どのようにして祖父と孫娘の関係を作っていったのか。

映画『じっちゃ!』

「孫娘のゆきになるために、小野武彦さんとはなるべくコミュニケーションを取ろうと心がけていました。とてもチャーミングでやわらかい空気をまとった方で、役にも自然と入ることができました。実生活でもきっと“かわいらしくて温かいおじいちゃん”なのだろうと思います」(中村さん)

「いつだったか忘れたけれど、『中村くん、ご飯食べたのかい?』って、小野さんが話しかけている様子を見かけて、もう本当におじいちゃんと孫娘のような関係が築かれていて微笑ましかったです。小野さんは差し入れを自ら配り、スタッフのことを常に気にかけてくださる、温かい方でしたね」(千村さん)

名産品の宝庫である青森名物土産をピックアップ

取材前もリンゴジュースを飲んでいたという甘党の中村さんと、編集部がピックアップした青森県の名物土産をチェック。

中村さんが気になったのは〈はとや製菓〉のソフトりんご。

〈はとや製菓〉のソフトりんご

「〈はとや製菓〉のソフトりんごは、撮影で現地にいる時から見かけていたのですが、結局食べる機会がなかったんです」

生のリンゴを1cmの厚さに輪切りし、そのままフリーズドライにしたお菓子は、中村さんの口にもあった模様。

〈はとや製菓〉のソフトりんご

「最初の素朴な味からは想像できないほど、中がとっても甘い!水やリンゴジュースに浸してふやかしても食べてみたいですね。おやつの時間に軽くいただけそう。期限も長いからお土産にもちょうどいいですね」

映画は本日2025年10月31日(金)より全国公開。ぜひ映画館に足を運んでみてほしい。

information

『じっちゃ!』

2025年10月17日(金)青森で先行公開。

2025年10月31日(金)池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

https://jiccha-movie.com/

祖父の泰助(小野武彦)が住む街という無難な理由で、地域おこし協力隊制度を利用し、東京からつがる市にIターン移住した三上ゆき(中村静香)。就職先の市役所で観光・ブランド戦略課に配属された彼女は、市の魅力を全国に発信するため、慣れない業務に苦戦しながらも、祖父との日々のやりとりに癒されながら乗り越えていく。やがて怒涛の1年が過ぎ、淡い恋心を抱いていた同僚から東京でのビジネスを持ちかけられ、心が揺れるゆき。そんなある夜、ゆきは、これまで多くを語ろうとしてこなかった泰助が40年間秘めてきた事実を聞く。そこには青森に住み続けた泰助の知られざる絆の物語があった───。

長瀞・岩畳の景色と 味噌香る地元グルメをアテにする あなたのまちの焼酎ハイボール アテ探し旅

味噌グルメと雄大な景色をアテに一杯

今回のお楽しみは、自然に癒されながらの時間。
お出かけ先は、埼玉の景勝地・長瀞。
酷と名がつくような夏が長くなって、
秋との境目がなんだかわかりにくくなったけれど、
自然の中に身を置けば、ようやく五感で季節を感じられるはずだ。

川底が深く、流れが静かなところを「瀞(とろ)」といい、荒川上流のこのあたりが美しい瀞であるところから、「長瀞」と名づけられたという。隆起した岩が畳を敷き詰めたように広がる「岩畳」と、古代からの地層の重なりを目の当たりにできる「秩父赤壁」がこの地の見どころで、舟下りも人気だ.

川底が深く、流れが静かなところを「瀞(とろ)」といい、荒川上流のこのあたりが美しい瀞であるところから、「長瀞」と名づけられたという。隆起した岩が畳を敷き詰めたように広がる「岩畳」と、古代からの地層の重なりを目の当たりにできる「秩父赤壁」がこの地の見どころで、舟下りも人気だ。

今日は勇まず、のんびりいこう。
検索アプリを使えば都内から最短ルートはあるけれど、ちょっと回り道。
熊谷駅で乗り換え、秩父鉄道のSLパレオエクスプレスに乗っていく。

1988年に登場したパレオエクスプレス。牽引するのは、C58363(シゴハチ サンロクサン)。1972年に引退。県内の小学校の校庭で“余生”を過ごし、現役復活した。車両は2012年にリニューアルされ快適。2025年は、12月7日までの土休日を中心に運行している。

1988年に登場したパレオエクスプレス。牽引するのは、C58363(シゴハチ サンロクサン)。1972年に引退。県内の小学校の校庭で“余生”を過ごし、現役復活した。車両は2012年にリニューアルされ快適。2025年は、12月7日までの土休日を中心に運行している。

エクスプレスと名はついているが、実際はのんびり。
なぜなら蒸気機関車だから。
熊谷から長瀞は通常の各駅停車で約50分、SLは約1時間15分。
音と蒸気が旅心をくすぐる。

もちろん僕はリアルタイムで乗っていたわけではないので、
懐かしさよりもむしろ新鮮に感じているうちに、
SLは警笛を鳴らしながら、
ゆっくりと長瀞駅に入線していく。

長瀞駅

1911(明治44)年開業。1997(平成9)年には、「開業当時のままで残され、歴史を物語る木造建築の駅」として「関東の駅百選」に選定された。ICカードが使えたりインバウンド対応も進んでいるが、歴史の香りを存分に味わえる駅舎だ。

1911(明治44)年開業。1997(平成9)年には、「開業当時のままで残され、歴史を物語る木造建築の駅」として「関東の駅百選」に選定された。ICカードが使えたりインバウンド対応も進んでいるが、歴史の香りを存分に味わえる駅舎だ。

レトロな駅舎の改札を抜けてまずは深呼吸。
小雨があがった駅前の空気は確かに秋の気配。
岩畳へはここから歩いて10分ほど。
その間にアテを手に入れよう。

まずは駅に併設される形で営業している
〈ながとろ蕎麦 ちちてつ長瀞駅そば店〉へ。
ここでの目的のアテは「石炭みそポテト」。

改札を出てすぐ。窓から駅舎の風景が見られるのも楽しみの一つ。特にSLは10分ほど停車するので、これを見ながら食するのもいい。店内では「長瀞流しそうめん」も人気。ちなみに石炭みそポテトはSL内でも販売。

改札を出てすぐ。窓から駅舎の風景が見られるのも楽しみの一つ。特にSLは10分ほど停車するので、これを見ながら食するのもいい。店内では「長瀞流しそうめん」も人気。ちなみに石炭みそポテトはSL内でも販売。

みそポテトは秩父の名物B級グルメ。
「昔からなじみのある、伝統的なおやつですね」とスタッフさん。
サイズ感、口触り、歯ごたえ、使用する味噌の種類など、
その店ならではのバリエーションがある。

もともとこちらでも定番のみそポテトがあったが、
ここに加わったのが、ビジュアル的にもネーミング的にも、
インパクト大の石炭みそポテトだ。

まさに真っ黒。見た瞬間は本当に食べられるのかと頭に「?」が浮かぶが……「石炭みそポテト」300円(税込)(1カップ5個入り)

まさに真っ黒。見た瞬間は本当に食べられるのかと頭に「?」が浮かぶが……「石炭みそポテト」300円(税込)(1カップ5個入り)

「SLの運行にあわせて何かできないかと思い販売されました。
SLの燃料である石炭をイメージしています」。
まさに石炭を連想する漆黒は、
衣と味噌だれに食用の竹炭を練りこんだもの。
さて、お味は? 楽しみにしておこう。

こんちゃらごあす・おやっとさー・ きばいやんせ!吉本芸人・ありんくりんが挑戦する、九州の方言

SNSでの総再生約200万回!(2025年10月時点)コロカルの人気動画企画、ありんくりんの方言講座。
今回は九州の方言早口言葉、イントネーション講座、方言クイズにチャレンジしました!

宮崎の方言早口言葉

ちょっとちょっかいだしちょらんでちゃっちゃとちゃんとしちょかんね!
(そんな余計なことしてないですぐしなさい)


鹿児島のイントネーション講座

・こんちゃらごあす(こんにちは)
・あったらしか(もったいない)
・おやっとさー(お疲れ様)
・うんにゃ(いいえ)
・きばいやんせ(頑張って)


鹿児島の方言クイズ

・かごむ(しゃがむ)
・てそい(めんどくさい)
・もじょか(かわいい)
・こけけけ(ここに来い)
・とぜんね(寂しい)

profile

ありんくりん

沖縄県出身、2014年に、ひがりゅうたとクリスで結成。コンビ名は方言で「あれもこれも」。『お笑いバイアスロン2018』(琉球朝日放送)優勝。『新春!Oh笑い O-1グランプリ』(沖縄テレビ)2019年、2020年、2022年優勝。現在冠ラジオ『ありんくりんのヨーガクナイト』(RBC琉球放送)、「友近ありんくりんのい~あんべぇ」(沖縄テレビ)に出演中。

Instagram

ひがりゅうた:https://www.instagram.com/arinkrin.higa710/?hl=ja

クリス:https://www.instagram.com/chris_arinkrin/

YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-JBOEI9NRCis8p_han0xww

ビール醸造家、川村洋平さん推薦! 香川県でふっと心がゆるむ スポット3選

日本やグローバルで活躍するナビゲーターにご登場いただき、地元や別荘などの拠点がある土地のおすすめスポットを紹介してもらう本企画。

今回は、Hobo Brewingのビール醸造家、川村洋平さんが登場。
クラフトビール工場の立ち上げのお仕事で2年ほど住んでいた、香川県にあるふっと心がゆるむスポットを教えていただきました。

島の穏やかさを感じられる〈Teshima Factory〉

家浦港から徒歩すぐの場所にできた複合施設の〈Teshima Factory〉。ここに併設されているブルワリーの立ち上げに携わらせていただきました。素晴らしいロケーションなので、ビールを飲んで島のゆったりとした時の流れを感じながら過ごせると思います。

information

map

Teshima Factory

住所:香川県小豆郡土庄町豊島家浦889

Instagram:@teshimafactory

気持ちのいい空間〈本屋ルヌガンガ〉

〈本屋ルヌガンガ〉は高松に住んでいた時によく立ち寄っていたインディペンデントな本屋さん。本のセレクトはもちろん、朝10時からやっていて、コーヒーも飲める、とても気持ちのいい空間です。

information

map

本屋ルヌガンガ

住所:香川県高松市亀井町11-13

Instagram:@lunuganga_books

元気になれるおばんざいやさん〈番や〉

よく行っていたおばんざいやさん〈番や〉。地元ならではのメニューや、瀬戸内の魚種の豊かさを感じさせてくれる刺身など、ここにしかない一品料理を提供しています。主に日本酒や焼酎を飲んでいました。なによりうれしいのは、締めのちらし寿司と口直しのフルーツが振る舞われること。

気持ちのいい先輩(お母さまたち)につくってもらえるご飯とお酒は、それだけで素晴らしく、いつも元気になって帰れる場所です。

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map

番や

住所:香川県高松市内町6-18

動画はこちらから!

profile

Yohei Kawamura 
川村洋平

2015年 Hobo Brewingとしてファントムブルワーの活動を開始。2019年 札幌とポートランドの姉
妹都市提携60周年記念ビール「SAPPORTLANDERʼS」を醸造。
2020年 合同会社Hobo Brewing Co. を設立した。

コロカル編集部の食いしん坊日記 編集長が選ぶ、大阪府に行ったら 食べてほしいグルメ5軒

日本全国に点在する郷土料理やB級グルメ、旬の食材を使った料理など、コロカル編集部があちこち巡り、おすすめを見つけました。
今回は編集長Sが、大阪府に行ったら食べてほしいグルメ5軒をご紹介します。

タワー好きのための、ホテル朝食!〈OMO7大阪(おも) by 星野リゾート〉

東京在住約35年超となっても、東京タワーを見るたびに写真を撮ってしまいます。なにしろタワー好きなもので。大阪に行ったなら、そうです、通天閣。駆け込み万博で旅した際に、タワー好きのためのベスト通天閣撮影スポットを見つけました!万博会場へのアクセスも考えて宿泊先に選んだ〈OMO7大阪(おも) by 星野リゾート〉。チェックインをして、部屋に入ると、なななんと、窓の外に通天閣ドーンっ!夕方と夜のお姿を拝顔。ご利益ご利益。
このホテルを選んだ理由のもう一つの理由は、大阪で一番愛している居酒屋にもアクセスがいいこと。その居酒屋の話は、のちほどにするとして、このホテルの朝食で食べたモーニングセットが、THE 大阪、強烈体験でした。そのメニュー名は「クロックマダム」ならぬ「クロックおかん」。「クロックムッシュ」に厚焼き玉子を乗っけて、お好み焼き風にソースがかかった、パンチのある一品。パワフルな大阪の旅を後押ししてくれる、美味し楽し元気な朝食です。

大阪で一番好きな居酒屋〈スタンドアサヒ〉へ。

居酒屋好きと自称するならば、聞いたことがあるはず、名店〈スタンドアサヒ〉。必ず頼むべきは「炊き合わせ」。シンプルに見えるけれども、ひとつの鍋で一緒に煮るのではなく、それぞれの素材に分けて炊き分ける、とても丁寧で滋味深い味。焼き鳥、エビフライ、とんかつ、お造り、うなぎ……、メニューを見ているだけで、目が泳ぎまくりますが、もうひとつ絶対に頼んでほしいマイ・フェイバリットが「さばからまぶし」。上方の古典落語『上燗屋』にも登場する「からまぶし」。〈スタンドアサヒ〉はきずし(しめ鯖)におからをまぶしたもので、ビールのアテに、日本酒のアテに、永遠に食べたい、食べてほしい。いつもおかわりします。大阪という言葉を聞くと、いつも思うのは「からまぶし」のこと。

編集仲間が教えてくれる、大阪うまいもん巡り。

地の利がない地域を旅するときは、そこに住む食いしん坊にまずは尋ねるのが常道。編集者の友人に連絡をして、〈スタンドアサヒ〉のあとに巡ったのは〈酒と肴 えの木〉。おいしいシュウマイがあると聞いて、伺ったものの、その日はSOLD OUT。その代わりに頼んだのが「玉せん」。このB級感が、二軒目にぴったり。朝食べた「クロックおかん」にもつながる、大阪の味。彼らに教えてもらった、もうひとつのいい店が〈自家製粉石臼挽きうどん 青空blue〉。大阪は、そばよりうどんがイメージなのですが……。見た目は、うどんのようなそばのような。でも、小麦の香ばしさと食べごたえは、間違いのないうどん。メニュー構成がおもしろく、近所にあったら、毎日通いたいと思えるお店です(大阪行くたび、伺っています)。

やっぱり最後のシメは、〈サンボア〉で。

〈サンボア バー〉は、大阪、神戸、大阪、京都、東京にものれん分けされ、2018年に100周年を迎えたバー。会社のある銀座にもあるのですが、関西にいると足が向いてしまう老舗。〈梅田サンボア〉のカウンターは立ち飲み。カウンターの肘置きにもたれかかって、氷無しハイボールを一杯二杯……。気持ち良き、大阪の夜がこっくりとふけていくのです。

サンボア

沖縄本島北部——森から海の彼方へ ゆんたくが導く旅

(※「ゆんたく」とは沖縄の方言で、おしゃべりや語らいのこと。初めて会う人同士でも、食卓やお茶を囲めば自然と笑い声が生まれ、心がほどけていく。そこから縁が広がり、思いがけない出会いや出来事へと繋がっていく、沖縄ならではの温かい文化である。)

夕陽が水平線に沈む頃、徳之島を出た船は静かに那覇港へと着いた。
翌朝、車で本島を北上する。目指すのは、沖縄本島北部——島では「やんばる(山原)」と呼ばれる森の地だ。
那覇を出てしばらくすると、名護の街を越えたあたりで空気が変わる。エメラルドグリーンの海の向こうに山並みが現れ、やんばる三村——大宜味村、国頭村、東村が近づいてくる。そこから先は、森と海が互いに寄り添いながら、太古のままの姿で広がっていた。

名護の街を過ぎ、58号線を北上する。

名護の街を過ぎ、58号線を北上する。大宜味村に入った。

安須森(アスムイ)へ——“始まりの地”を訪ねて

旅の始まりに選んだのは、沖縄本島最北端の国頭村にある辺戸岬(へどみさき)。 ここは琉球開闢(かいびゃく)の地とも伝えられ、沖縄の古文書「中山世鑑」には“安須森(アスムイ)”と呼ばれる山が記されている。四つの峰——シノクセ、アフリ、シチャラ、イヘヤ——が並び立つこの山は、祖神アマミキヨが降臨して国づくりを始めたとされる神聖な地である。そして、この山こそが数ある御嶽(うたき)の中で1番目の御嶽とされている。「仰ぎ見る聖地」として、この島の先人から「頂部は人間が足を踏み入れるべきではない」と伝えられてきた場所だ。
沖縄本島には3万6千年前の人骨が見つかっており、徳之島と同様に地質と人類の長い歴史の痕跡が多く存在する地域である。 一説には、琉球王国に繋がる人々は1000年前に北方からこの岬に上陸したとされる。 安須森(アスムイ)の切り立つ山々、打ち寄せる波、そしてこの地にしかない植物が織りなす風景は、まさに“始まりの地”にふさわしい。
沖縄本島の地盤は中南部は主に徳之島と同様の琉球石灰岩であるが、北部は古生代の石灰岩が見られる珍しい場所でもある。この岬から安須森の山は2億年以上前の石灰岩が地殻変動により地表に押し上げられ、その現象が分かりやすく現れた場所なのだ。僕は岬の北端から山手へと少し入った「アスムイハイクス」と呼ばれる歩道を進んだ。安須森の中腹の山中、露出した岩肌の熱帯雨林を2時間くらい歩けるコースがある。かつて祈りを捧げた拝所も多数あり、まさに地球の記憶が息づく場所。 この堆積岩が長い時間をかけて風化し、やんばるの森を育み、現在の多様な生態系の母体となっている事を知ることができた。

辺戸岬より奥に聳える安須森(アスムイ)を望む。かつて人はこの切り立つ山を目指してやって来た。そして此処に上陸したのだろう。

辺戸岬より奥に聳える安須森(アスムイ)を望む。かつて人はこの切り立つ山を目指してやって来た。そして此処に上陸したのだろう。

岬では別天地のような光景が広がっている。

岬では別天地のような光景が広がっている。

森と水の源に触れる

翌朝、沖縄本島最高峰・与那覇岳(503m)へ登った。
そこは緑が隙間なく重なり合う聖域だった。シダやヒカゲヘゴがうねり、霧の中で葉が光を吸い込むように広がる。
登山中、森には名も知らぬ虫の声やアカショウビンやヤンバルクイナ鳴き声が響いていた。
やんばるの森は、日本列島の命を広く包み込む豊かなすみか。
その中には、ここでしか息づけない生きものたちが幾重にも重なり、森を織りなし、川を渡り、山と海をつないでいる。
湿り気を含んだ風、赤く酸を帯びた大地、石灰岩に染み込む水脈——それらすべてが静かな循環となって命を支えてきた。
歩みを進めるたび、足音が地中深くへと溶け込み、はるかな時を遡って遠くまで響いていくように感じられた。
僕はもっとこの豊かな自然に深く触れたく、やんばるの森や川を巡る事にした。

与那覇岳の登山道に向かう途中、ひしめく樹々の山肌がこの森の重厚感を感じさせる。

与那覇岳の登山道に向かう途中、ひしめく樹々の山肌がこの森の重厚感を感じさせる。

与那覇岳の登山道より

与那覇岳の登山道より

世界自然遺産・やんばるの価値

やんばるの森は、2021年に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」として世界自然遺産に登録された。
登録理由は、「生物多様性の保全において顕著な普遍的価値」が認められたためだ。
ここに生息する多くの生き物たちは、琉球列島がユーラシア大陸から分離し、島々が独立していく過程で進化した固有種・固有亜種である。
たとえばヤンバルクイナやノグチゲラ、ケナガネズミといった動物は此処にしか生息しておらず、まさに進化の生き証人といえる存在だ。僕も森の中ではリュウキュウヤマガメ、イボイモリ、クロイワトカゲモドキなどの希少な固有種と出会う事ができた。
やんばるは単なる美しい自然ではなく、地球の進化の歴史と生態系の奇跡が今も生きている命の保管庫なのだ。

やんばるの森は豊かな水と独特の土壌、そこに育つ植生に育まれている。

やんばるの森は豊かな水と独特の土壌、そこに育つ植生に育まれている。

ター滝。

ター滝。

自然と共に生きる人々

この豊かな生物多様性は、そこに暮らす人々に、食料や建築資材といった生活の糧をもたらすだけでなく、気候を和らげ、水を清らかに保つなど、環境を整える働きもしてきた。さらに、景観の美しさや信仰と結びついた精神的な恵みも生み出し続けている。
やんばるの魅力は、森や動植物の存在だけではない。こうした自然を古くから守り、共に生きてきた人々と、その関わりの中で育まれた風土があるのだ。旅では、自然と深く結びついた生業を今も続ける人々に、数多く出会うことができた。

大宜味村押川という六田原展望台のすぐ下の高台にある集落にはシークヮーサー農家がたくさんある。
その中でも無農薬でシークヮーサーを育てている農家の上原吉子さんと出会った。
「ここ山の畑の酸性土壌じゃないと、この酸っぱ味と甘味のバランスにはならないの。酸味が全然違う」寒暖差と地形、そして時間が育む独特の酸味と香り。かつては自然に自生し、各家庭で食すだけの木を植えていた。今では身体に良い効能が認められ、産業へと発展している。
ここの畑も米やサトウキビからシークヮーサーへ──土地は時代に応じて育むものを変えながら、命を育て続けている。
「無農薬栽培は別に難しくないよ。『私はいまから生えますよ』って植物が教えてくれるから」。
笑いながら絞ったジュースを差し出してくれた。

畑で様々な植物を育てている吉子さん。

畑で様々な植物を育てている吉子さん。

三村の中でも西側のメイン通りである58号線からわざわざ足を伸ばさなければいけない東村は本島の中でも離島のような雰囲気を感じるエリア。その中でも更に一足伸ばした高江の山の中で30年以上前からコーヒー栽培を行うヒロコーヒーファームを訪れた。1993年、先代の足立浩志さんは、キャンピングカーで3年を掛けて島を巡り、ここが適した場所だとコーヒー栽培を始めた。沖縄珈琲のパイオニア的存在の和宇慶朝傅(ワウケチョウデン)氏より、2〜3年物の苗木を購入し植付けから始まった。土地の改良から台風対策、皮剥きや焙煎の道具など全て手作りで行ってきた。苗木が台風でわずか数本になった時もあるが守り続けてきた。現在は娘の朋子さんが2代目を継ぐ。 赤土の酸性土壌と寒暖差、軟水の水が、コーヒーの味に酸味と深みを加える。「紆余曲折ありましたが、自由な父が遺した宝物のような農園を守りたかった」と語る朋子さん。沖縄は気温や降雨量が栽培に適した最北端に位置し、日本のコーヒー栽培の発祥とされている。現在は多く存在するコーヒー農園の先駆者として、ここでしか飲めない一杯が、物語と共に味覚に残る。

まるで中南米を感じさせるカラフルな雰囲気。先代の店舗は台風で飛んでしまい、現在の店舗は2代目の朋子さんと愛弟子達の協力で再建した。

まるで中南米を感じさせるカラフルな雰囲気。先代の店舗は台風で飛んでしまい、現在の店舗は2代目の朋子さんと愛弟子達の協力で再建した。

店主のパワフルな朋子さんとカラフルな店内。どちらも全力だがお話を伺うと全てに物語が込められていた。

店主のパワフルな朋子さんとカラフルな店内。どちらも全力だがお話を伺うと全てに物語が込められていた。

大宜味村喜如嘉(きじょか)集落の女性たちは沖縄の伝統織物「芭蕉布」を守り続けている。
糸芭蕉の栽培から糸作り、染織まで一貫して行う暮らしは、自然との共生そのものだ。芭蕉布会館ではその工程を見学することができた。
「芭蕉布(ばしょうふ)」は糸芭蕉という植物から作られる沖縄の伝統織物で、13〜14世紀頃から織られていたと言われ、16世紀の文献にも記録が残る古い布文化である。涼やかで、肌にまとわりつかない芭蕉布は、琉球各地の庶民から王族・士族の着物としてもなくてはならないものだった。
第二次世界大戦後、途絶えかけた芭蕉布の技術と文化を復興させたのが、喜如嘉出身の平良敏子(1921–2022)さんである。戦後、「沖縄の誇り」として芭蕉布を守り継ぐことを志した。
その後、糸芭蕉の栽培から糸作り、織り、染めに至るまで一貫した伝統技術を体系化。1974年には「喜如嘉の芭蕉布」として重要無形文化財に指定され、自身も人間国宝に認定された。
自然の恩恵を最大限に活かし、季節や土地と一体化した暮らしの中で生まれる芭蕉布は、自然との共生が織り込まれた布そのものである。

芭蕉布作りは畑仕事から。糸芭蕉の原木は熟成に2〜3年かかる。野生のものは硬いので、栽培して柔らかくするために葉や芯を時々切り落とす必要がある。

芭蕉布作りは畑仕事から。糸芭蕉の原木は熟成に2〜3年かかる。野生のものは硬いので、栽培して柔らかくするために葉や芯を時々切り落とす必要がある。

栽培から織りまでの地道な工程を体系化し、村人が一丸となって作業を続けている。この形を現在へ繋いだ平良敏子さん。芭蕉布会館にはそっと写真が飾ってあった。

栽培から織りまでの地道な工程を体系化し、村人が一丸となって作業を続けている。この形を現在へ繋いだ平良敏子さん。芭蕉布会館にはそっと写真が飾ってあった。

国頭村桃原の人気店「やんばる家 玉栄」では、今では珍しい海水を使った豆腐作りが続けられていた。 店主・金城えつ子さんは旦那様と共に開業して20年以上が経つ。「海水から作っているのは北部ではこの店だけになってしまった。海水は海人(漁師)に沖合から汲んできてもらっている。甘くて美味しいってお客さんが言ってくれることが本当に嬉しい」と話す。
開業よりずっと海水を汲んでくれていた海人が卒業したため、今は近所の海人・玉村和也さんが引き継いでいる。マグロの一本釣りをしている彼は「色々な沖合に行くから、綺麗で良さそうな水があれば汲んできて豆腐作りに試してもらっている。最近は台風もあまり来なくなり、海が洗われなくなった。気候変動の影響を豆腐づくりからも感じます」海水は現在、紫外線殺菌処理を経て使用しているが、貴重な昔ながらの豆腐の味を頂いた。

毎朝2時過ぎから仕込みをしている。元気いっぱいの金城えつ子さん。

毎朝2時過ぎから仕込みをしている。元気いっぱいの金城えつ子さん。

海水を汲む海人の玉村和也さん。豆腐屋さんの近くで自らのマグロを提供している居酒屋「M96」を週1日だけopenしている

海水を汲む海人の玉村和也さん。豆腐屋さんの近くで自らのマグロを提供している居酒屋「M96」を週1日だけopenしている

朝、宿の親父が食材の調達に漁港の競りに行くというので同行させて貰った。
海人(漁師)や地元の人が親しげに話している。その中に一際ただならぬ雰囲気を放つ海人がいた。「一人追い込み漁」を編みだし、海に潜ってグルクン(タカサゴ)の群れをたった1人で網に追いこむ、山城善勝さん(81歳)。
戦後、焼け野原となった沖縄では、土地も畑も米軍基地にとられていたため、庶民が食べるものは海のものしかなく、それが海人の原点となった。「海は父。山は母。山が破壊されれば赤土が海へ流れ、どちらも死ぬ」と優しく笑う表情の奥には壮絶な人生の年輪を感じる。彼は自然の循環を守るため、かつてヘリパッド建設にも反対した。その横に居た若い海人・平良新希さんは「川の近くには魚が多いからね。居心地が良いんだろうね」と笑っていた。

辺戸名漁港の朝。

辺戸名漁港の朝。

勝ちゃんと呼ばれている山城善勝さん。語り尽くすには壮大過ぎる人生を生きて来られたみたいで、その半生を追いかけたドキュメンタリー映画も制作されたとか。

勝ちゃんと呼ばれている山城善勝さん。語り尽くすには壮大過ぎる人生を生きて来られたみたいで、その半生を追いかけたドキュメンタリー映画も制作されたとか。

平良新希さん。卒業していく漁師が多い中で今後の海を守る新たなる希望の彼。

平良新希さん。卒業していく漁師が多い中で今後の海を守る新たなる希望の彼。

森と海と人の交差点に立つ人たち

東村にはマングローブが残っている。マングローブとは、熱帯・亜熱帯の汽水域(淡水と海水が混じる場所)に生育する常緑樹の総称である。根を地上に張り出し、潮の満ち引きに耐えながら成長する特殊な生態を持つ。マングローブは、魚やカニ、貝など多くの水生生物の産卵・育成の場として重要であり、台風時の防風・防潮林としても機能する。東村の慶佐次(げさし)川には、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギの3種のマングローブが自生しており、これほどの多様性をもった群生地は日本では極めて稀である。この場所は、マングローブの北限域に位置し、気温や塩分濃度、干満差など、あらゆる条件が偶然にも整った生態学的な奇跡の地といえる。
この場所で20年以上ガイドを続ける渡久山真一さんは「沖縄でマングローブの多くは失われたが、ここは先人たちが残してくれた貴重な場所。その恩恵の中で私たちは生かされている。故に次世代へ繋ぐ責任がある」と語る。現在は自ら「慶佐次レンジャー」を立ち上げ、環境の保全と教育活動を続けている。ちょうどその日の午後に村のガイドの方々が集まり、ウッパマビーチでビーチクリーン(ゴミ拾い活動)を行うというので参加すると、村のエコツアーガイドの先駆者である「やんばる自然塾」代表の島袋裕也さんが先導を切っていたので話を聞いた。
「ここのガイドたちは利害関係なく皆んなが集まって共に活動を行っています。これこそがこの村の価値だと思います」
東村には様々な自然へのアプローチを行うガイドツアーが揃っているが、その根底には、自然と地域、人々が一体となった未来を見据えた意識が静かに根を張っていた。

渡久山真一さん。NPO法人東村観光推進協議会の理事長も務める。慶佐次川を歩いている所、声をかけると快く話を伺う事ができた。

渡久山真一さん。NPO法人東村観光推進協議会の理事長も務める。慶佐次川を歩いている所、声をかけると快く話を伺う事ができた。

やんばる自然塾代表の島袋裕也さん。お父さんがこの地でエコツアーガイドを始め地域の結束を作り出した。先代の意思を受け継いでいる。

やんばる自然塾代表の島袋裕也さん。お父さんがこの地でエコツアーガイドを始め地域の結束を作り出した。先代の意思を受け継いでいる。

そして、海の彼方へ——

やんばるに着いた初日、僕は与那覇岳に登るため、登山口にほど近い宿に泊まっていた。
下山して宿へ戻ると、宿の親父が炭火を起こし、魚をじっくり焼いていた。やがて友人らしき人々が次々と現れ、手には料理や飲み物。
素泊まりのはずの僕も、なぜか自然な流れで誘われ、手渡されたビールで乾杯した。
気づけば、宿泊客も加わり、初対面の人たちが思い思いに語り合っている。
親父は「これが“ゆんたく”さ。会えばみんな、家族みたいなもんだよ。良い時に来たね。」と笑っていた。
その輪の中には、シークヮーサー農家の上原さんの知り合いや、豆腐屋の金城えつ子さんの姿もあった。ここやんばるの事を地元の皆様からたくさん教えてもらった。そして親父が漁港の競りで仕入れてきた魚が炭の上で香ばしく焼けていく。

予定を立てずに訪れたこの旅は、この「ゆんたく」からすべてが始まった。語り合ううちに広がる縁の輪。
その導きに身を任せて歩くと、まるで川が流れるように人との出会いが森から海へと、繋いでくれていた。

そして出会った人々は皆、豊かな自然に寄り添いながら、それぞれに壮大な物語の中を生きていた。

宿にあるヒカゲヘゴの樹と満天の星。

宿にあるヒカゲヘゴの樹と満天の星。

ちょうど満月の夜だった。

ちょうど満月の夜だった。

旅の終わり、再び辺戸岬に立った。
足元には切り立った断崖と荒々しい海が広がり、朝靄の向こうには与論島の稜線がうっすらと浮かんでいる。
数日前、僕もこの海の向こうからこの地にたどり着いた。

ここには森があり、海があり、多くの生き物と人がいる。
永い地球の時間と様々な命が交差する場所だった。

森で聞いた鳥や虫の声、集落で交わした笑い声が、海風に溶けて背後へと遠ざかっていく。
それは太古から今へ、そして未来へと絶え間なく流れていく。

ゆんたくから始まった旅は、いくつもの命の声に導かれた。
そして今、また海の彼方へと静かに注ぎ込まれていく——。

海の彼方

ほうじゃのう・いたしい・なんしよん?吉本芸人・ありんくりんが挑戦する、 広島の方言

SNSでの総再生180万回以上!(2025年9月時点)コロカルの人気動画企画、ありんくりんの方言講座。
今回は広島の方言早口言葉、イントネーション講座、方言クイズにチャレンジしました!

広島の方言早口言葉

あんたが、あんたあんた言うけぇ、あんた言うんよ。
あんたが、あんたあんた言わんにゃーわたしも、あんたあんたいわんのよー
(あなたが、あなたあなたと言うから、あなたと言っているのよ
あなたが、あなたあなたと言わなければ私も、あなたあなたと言わないのよ)


広島のイントネーション講座

・ほうじゃのう(そうだなあ)
・えーがの(いいじゃないか)
・こーへぇ(生意気、ませている)
・なんしよん?(何してるの?)
・えー買わん(買うことができない)


広島の方言クイズ

・いたしい(難しい)
・はしる(ヒリヒリ痛む)
・はぶてる(ふくれる、拗ねる)
・ひわる(曲がる、たわむ)
・しごんぼう(いたずらっ子)

profile

ありんくりん

沖縄県出身、2014年に、ひがりゅうたとクリスで結成。コンビ名は方言で「あれもこれも」。『お笑いバイアスロン2018』(琉球朝日放送)優勝。『新春!Oh笑い O-1グランプリ』(沖縄テレビ)2019年、2020年、2022年優勝。現在冠ラジオ『ありんくりんのヨーガクナイト』(RBC琉球放送)、「友近ありんくりんのい~あんべぇ」(沖縄テレビ)に出演中。

Instagram

ひがりゅうた:https://www.instagram.com/arinkrin.higa710/?hl=ja

クリス:https://www.instagram.com/chris_arinkrin/

YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-JBOEI9NRCis8p_han0xww

いんじゃんほい・べっちょない おーきに! 吉本芸人・ありんくりんが挑戦する、 大阪・兵庫の方言

SNSでの総再生180万回以上!(2025年9月時点)コロカルの人気動画企画、ありんくりんの方言講座。
今回は大阪の方言の早口言葉、大阪のイントネーション講座、兵庫の方言クイズにチャレンジしました!

大阪の方言早口言葉

・あれチャウチャウちゃう?ちゃうちゃう!チャウチャウちゃうんちゃうん?
(あれチャウチャウじゃない?違う違う!チャウチャウじゃないんじゃないの?)

・おっとっと/とっとってって/言っとったのに、何でとっとってくれんかったん?
とっとってって言っとったやん
(「おっとっとを取っておいて」と言ったのに、どうして取っておいてくれなかったの?取っておいてと言っていたじゃない」と言っていたんだよ)


大阪のイントネーション講座

・いんじゃんほい(じゃんけんをする時のかけ声)
・似おてる(似合ってる)
・おーきに(ありがとう)
・ぎょーさん(たくさん)
・もうかりまっか(お金たくさん稼いでますか)


兵庫の方言クイズ

住みます芸人のモンスーンT@TSUさん、ソラシド水口さん、みっちょん。さんからの挑戦上です!

・てーてって(連れてって)
・べっちょない(問題ない)
・いきいきごんぼ(今にも死にそう)
・ぴりぴりして来た(小雨が降って来た)
・べっちゃない(大丈夫)
・ピンス焼き(人形焼)

profile

ありんくりん

沖縄県出身、2014年に、ひがりゅうたとクリスで結成。コンビ名は方言で「あれもこれも」。『お笑いバイアスロン2018』(琉球朝日放送)優勝。『新春!Oh笑い O-1グランプリ』(沖縄テレビ)2019年、2020年、2022年優勝。現在冠ラジオ『ありんくりんのヨーガクナイト』(RBC琉球放送)、「友近ありんくりんのい~あんべぇ」(沖縄テレビ)に出演中。

Instagram

ひがりゅうた:https://www.instagram.com/arinkrin.higa710/?hl=ja

クリス:https://www.instagram.com/chris_arinkrin/

YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-JBOEI9NRCis8p_han0xww

“ホスピタリティの力”で地域を変える。星野リゾートの人材育成と魅力の秘密| コロカルアカデミー Vol.7開催決定

地域の暮らしや文化に根ざした新しい学びの場「コロカルアカデミー」の第7回を開催します。主催は、日本各地のローカルの魅力を発信し続けるWebマガジン「コロカル」です。

今回は、「旅を楽しくする」をテーマに、旅の様々な過ごし方に合わせた滞在を提案する「星野リゾート」をフィーチャー。コロカル編集部でも話題になっているのが、星野リゾートのユニークな採用・人材育成の仕組み。その根底には「スタッフ一人ひとりの想いやアイデアこそがサービスの源」という明確な哲学があります。

年齢や所属にとらわれず、誰もが自由に発言できる“フラットな組織文化”が魅力。月に一度開かれる「魅力会議」では、フロントも清掃スタッフも垣根なく、宿泊体験をより良くするためのアイデアを出し合い、実際にサービスとして形にしています。

今回のゲストは、「青森屋 by 星野リゾート」総支配人の須道玲奈(すどう・れいな)さん。青森県出身で、同施設初の女性総支配人かつ県内出身者という、新しいロールモデルです。

本セミナーでは、須道さんの経験をもとに、
・星野リゾートの人材育成・採用戦略
・ホスピタリティの哲学と現場での実践
・地方での観光マーケティングや共創の工夫

といったリアルなお話を通じて、組織や地域を超えて活かせるヒントをお届けします。

この60分間は、あなたの「地域を見る視点」や「組織づくりのヒント」にきっと変化をもたらすはず。地方での仕事に関心がある方、観光業の裏側を知りたい方、そして「人を育てる」立場にあるすべての方におすすめのセッションです。ぜひご参加ください。

【概要】
コロカルアカデミー Vol.7
「“ホスピタリティの力”で地域を変える。星野リゾートの人材育成と魅力の秘密」
日時:2025年11月5日(水)15:00〜16:00(14:50開場)
形式:Zoomウェビナー
費用:無料(要事前申込)
募集期間:2025年10月31日(金)12:00まで
※後日見逃し配信あり

【コロカルアカデミーとは】
ローカルを舞台に活躍する人々のリアルな情報を通して、日本の魅力を再定義するウェビナーシリーズです。地域を活性化させるために働きたい方、ローカルでビジネスを始めたい方、自治体や企業で地域創生に携わる方に向けて、新たなヒントを提供します。

いままでのコロカルアカデミーはこちら

登壇者は、地域の文化資産や資源を掘り起こし、その価値を世界に伝える新しいリーダーたち。ローカルビジネスにおける強みと課題、問題解決のプロセス、未来を変える次の一手についてもリスナーの皆さんと一緒に考えていきます。

【本セミナーで学べること】
●星野リゾートの人材育成・採用戦略
●現場で実践されるホスピタリティの哲学
●地方リゾート運営における課題と創意工夫
●地域と連携した雇用・集客・観光施策

【こんな方におすすめ】
●観光・ホスピタリティ業界に関心のある方
●地方創生、地域活性に携わる自治体・企業関係者
●人材育成や組織文化づくりに関心のあるビジネスパーソン
●星野リゾートの取り組みに興味のある学生

【登壇者プロフィール】

園部健二

須道 玲奈(すどう・れいな)
青森県出身。青森屋 by 星野リゾート 初の女性総支配人。
青森を“もっと多くの人に知ってもらいたい”という思いから星野リゾートに入社。サービスや広報業務を経験し、石川県の「界 加賀」でも総支配人を歴任。2023年より青森屋の総支配人に就任。
地元の魅力を磨き上げ、「青森のファンを全国に増やす」ことを目指して奮闘中。

杉江宣洋

杉江宣洋(すぎえ・のぶひろ)
コロカル編集長/MAGAZINEHOUSE CREATIVE STUDIO ブランディングプロデューサー
1997年マガジンハウスに入社。『anan』編集部を経て、2008年『BRUTUS』配属、10年同誌副編集長に。『BRUTUS』では「居住空間学」(インテリア特集)「音楽と酒」シリーズなどをヒット企画に育てた実績を持つ。また、「桑田佳祐」「山下達郎」「松本隆」「スタジオジブリ」などの特集も担当。2022年Hanako編集長就任。2025年より現職。

【注意事項】
・本イベントはオンライン開催です。
・音声や映像の乱れが生じる場合があります。
・録画・録音・再配信はご遠慮ください。

申込締切:2025年10月31日(金)12:00
▶︎お申し込みはこちら

※お申し込みいただいた方には、後日見逃し配信のご案内をお送りします。
当日ご参加が難しい場合も、ぜひお気軽にお申し込みください。

【見逃し配信あり】 『俳優・小林涼子が挑む、地域×農業×福祉の現場。肩書を越えて働く時代へ』 コロカルアカデミーVol.5

日本のローカルの魅力を発信する「コロカル」は、ウェビナー講義シリーズ「コロカルアカデミー」の第5回を9月3日に開催しました。ゲストは、俳優でありながら株式会社AGRIKO代表取締役として活動する小林涼子さん。

小林さんは、芸能の世界で順調にキャリアを重ねる一方で、20代の頃には将来への葛藤を抱え、「自分は何をしたいのか」を模索し続け、新潟での米づくりに出会います。家族の体調不良を機に「このままでは、地域の農業は立ち行かなくなる」、そうした危機感から、2021年、農業と福祉を軸にした株式会社AGRIKOを創業。アクアポニックス農法を導入した都市型の屋上ファームや、新潟での稲作、障がい者とともに働く農福連携など、「地域課題」を解決しながら「都市と地方をつなぐ」挑戦を続けています。
今回はそんな、俳優という肩書きにとどまらず、現場に根を張り、土地の可能性を育てる姿勢を大切にする小林さんに、地域の現場から見えるリアルな課題と可能性について、存分に語って頂きました。

見逃し配信を視聴したい方はこちらからお申し込みください。
▶︎https://form.run/@colocal05

小林涼子(こばやし・りょうこ)

小林涼子(こばやし・りょうこ)

俳優/株式会社AGRIKO代表取締役
農林水産省 食料・農業・農村政策審議会 食糧部会臨時委員
子役として芸能活動を開始し、連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)など数々のドラマや映画に出演。2014年から農業に携わり、2021年に株式会社AGRIKOを設立。現在は稲作やアクアポニックス農法による都市型農園を展開し、地域の福祉とも連携した持続可能な農のあり方を模索している。ラジオナビゲーターや講演活動など、ジャンルを超えてパラレルキャリアを体現する存在。

俳優から農業へ向かった「お米」との出会い

俳優 美味しいを守る

まず小林さんからお話があったのは、ご自身の俳優としてのキャリアから、どのようにして農業と出会い、そして会社の設立に至ったのか、という経緯について。
俳優業で駆け抜けた10代、20代を過ごし、少し疲れを感じてしまったころ、家族のすすめでふと出会った新潟の棚田。そこでの農業のお手伝いで味わった汗をかくことやお米を食べること、その美味しさや楽しさが小林さんの農業の原体験でした。
そんな中、小林さんは、農家さんの人手不足の現状を知り、コロナ禍を経て、「このままでは、美味しいものを食べ続けられる未来が失われてしまう」という現実に向き合うようになったそうです。
自分一人が“お手伝い”という立場で、すべてを担える力はなかった。だからこそ、一人ではなく、「組織」としてできることがあるのではないか。そうしてたどり着いたのが、株式会社AGRIKOの立ち上げです。

「農福(ノウフク)」という事業/生き方

Mission

そんな株式会社AGRIKOは、農業と福祉の連携を軸に掲げ、活動を進めています。
10代や20代のころは、俳優業に没頭し、全力投球していた小林さん。それでも自分が思うようにキャリアが進まず、売れていく同世代の俳優の背中を見ながら、空回りしている感覚があったそうです。
「障がい」とは人それぞれで、一言では語れませんが、障がいと健常は、私たちが思うほど明確に線を引けるものではない。野心もあり、心身ともに元気だった自分がある日にふと立ち止まってしまったように、人生につまずき、心が疲れてしまう人は決して少なくない。誰もが生きづらさを感じる時代に、誰もが安心して暮らせる社会をつくること。それは、かつての自分自身のためでもあり、私たちみんなにとって必要なことではないか。
小林さんにとって、「農福」とは事業であると同時に、生き方そのものなのだろうと、その優しい語りの中に感じる確かな覚悟が伝わってきました。

食をめぐる日本の現状と限界集落について

日本の現状

改めて、日本の食は今、どのような状況なのかについてのお話もありました。日本が人口減少社会を迎えながら、農業従事者は、更に高齢化が進んでおり、2023年時点における基幹的農業事業者は116万人ほど。さらに食料自給率※は、カロリーベースで38%。先進国の中では、最も低い水準だそうです。
こうした中、農村にはおのずと限界集落が生まれていきます。食物を生み出すには、当然、人の手が必要です。にもかかわらず、人の手が足りない、届かない地域がある。
ショッキングな数字や事実が並びましたが、そんな中、小林さんはどのようにして、この課題に向き合っているのか。話は更に本格的になっていきます。

※食料自給率にはカロリーベースと生産額ベースがあり、それぞれ数値が異なります。* データは、それぞれ調査年が異なるため、厳密な一致はありません。

「都市農業」の可能性と多面性

Aquaponics System

東京における農業は、土地の面積に課題があるなかで、お話に出たのは、アクアポニックス(水産養殖×水耕栽培)というあり方。魚とバクテリアと植物によるシステムの輪は、確かな新しい農業の可能性を感じます。

都市農業の多様な機能(6つの機能)

先日の東京都主催の「TOKYO農業フォーラム2025 ~エコな農業が創るエシカルな東京~」の基調講演でも語られていた「都市農業の可能性」について、今回も小林さんならではの視点で、都市農業が持つ大きなポテンシャルについてお話がありました。

さらに会社として進めている、さまざまな実例(食材販売、サポーターズ(子育て世代の女性たちの雇用)の仕組み、障がい者雇用のアドバイスや雇用継続支援、食育イベントなど)を交えながら、農業や、農業に関する事業が持つポテンシャルについて語っていただき、最終的には、都市と地方をつなぐ、食の可能性についてのお話まで広がりました。
どのプロダクトや商品も可愛くて、洗練されていて、ワクワクする農業の姿が、そこにはありました。

生きること・食べること・楽しむこと

さまざまな実例

小林さんのお話を伺っていて、一番感じたことは、「食べることと生きることとの繋がり」、そしてそれらを「楽しむことの大切さ」です。
私たちは日々、食べることで生きています。食物は私たちの生活に必須で、だからこそその問題に対して、課題が生まれた時、大きな混乱が起きてしまいがちです。取り組むべき課題が深刻であることに疑いはありません。
ですが同時に、そうした課題を「誰かが解決してくれる」と静観するのではなく、自分で動き、しかもそれを仲間と共に広げ、大きなムーブメントを明るく生み出すのが小林さんにしかできないあり方だったのだろうと感じます。
都市と地方、消費者と生産者、健常者と障がい者。私たちは二項対立で物事を捉えがちですが、そこにある課題・テーマは、同じ「共に生きること」であり、それは単なる二項対立から離れ、みんながそれぞれの場所で、連帯しながら、ゆっくり取り組んでいくことなのかもしれないと、小林さんのお話を伺っていて、感じました。そのためには、単に眉をしかめ、難しい顔をして取り組むのではなく、小林さんのように、あるいは、今日のお写真で出てきたイベントに参加する子どもたちのように、笑顔で、前向きに取り組んでいくことこそが、課題解決の「隠し味」なのかもしれません。

トークセッションでは、『社会的な課題を“自分ごと”として捉えるとは?』をテーマに、小林さんのこれまでの背景や体験を、より具体的に掘り下げつつ、Q&Aでは、農福連携のあり方などについて、より具体的な話題も盛りだくさんでした。

食に関心がある方、障がいのあり方と社会のあり方に関心がある方、前向きに社会課題に取り組みたい方、パラレルなキャリア形成に関心がある方、多くの方にお勧めです。
見逃し配信を視聴したい方はぜひ、こちらからお申し込みください。
▶︎視聴登録はこちら

株式会社AGRIKOのサイトもぜひチェックしてみてください!
https://farm.agriko.net/company

コロカル編集部の食いしん坊日記 地元で愛される青森グルメ4軒

日本全国に点在する郷土料理やB級グルメ、旬の食材を使った料理など、コロカル編集部があちこち巡り、おすすめを見つけました。
今回は編集部Mが見つけた、青森県で地元に愛されているお店を4軒ご紹介します。

青森といえばやっぱりりんご!〈A-FACTORY〉

青森県の特産品といえばりんご。りんごを使ったグルメを楽しむならぜひ〈A-FACTORY〉へ。
まずはランチに、ソテーされたスライスりんごがどんと入った「青森アップルバーガー」をいただきました。程よい酸味と甘味のおかげで、肉肉しいハンバーガーも重たすぎずぺろっと食べられちゃいます。
そしてデザートにはさっぱりジェラート。りんごだけで3つのフレーバーがあり、迷ってしまいますが、「ジョナゴールド」をチョイスしました。すりおろしたりんごをそのまま食べているかのようなジューシーさに驚き。

県内の食材とワインで八戸の夜を楽しむなら〈ZUPPA〉

地元食材を食べるなら〈ZUPPA〉も外せません。まずは季節野菜を使った前菜からスタート。旬の食材の旨み堪能します。続いては〈ZUPPA〉に訪れたらぜひ食べてほしい「チキンナゲット」を。粗挽きのお肉はジューシーで、口に入れるたびにほんのりスパイスを感じます。添えられたの紫蘇はしっかり香りが立っていて、お肉の相性も抜群でした。〆には県内産のお肉を使用したステーキフリットもお忘れなく。

太宰治の小説に登場する駅が喫茶店に。〈駅舎〉

作家・太宰治の小説「津軽」にも登場する、津軽鉄道芦野公園駅のかつての駅舎を利用した喫茶店。店内は昭和レトロな雰囲気で、店内からは芦野公園駅を眺めることができます。時間によっては、お店の横を電車が通るかも?
ここでは看板メニューの「スリスリりんごカレー」をいただきました。盛り付けの可愛さはもちろん、りんごの果肉がたっぷりで、自然な甘さが美味しく、あっという間に完食。

地元で愛されるナチュラルワインビストロ〈NOMUU〉

最後は本八戸駅から少し、八戸市美術館からも徒歩圏内にあるナチュラルワインビストロ〈NOMUU〉をご紹介。
豊富なワインと、その時の美味しい地元食材を使用した料理が楽しめます。好みの味わいを伝えてセレクトしていただいたワインと共に、まず最初に注文したのは、「ピーマンと鶏のつくね」。ぱりぱりの新鮮なピーマンは八戸市産のもので、旨みがあり、上に乗ったジューシーでスパイスが香るつくねとの相性はぴったりです。この日の本日のパスタはボロネーゼ。ほろほろのお肉と甘いコーンがたっぷり入っていました。
店内は小上がりのスペースもあり、ビストロでありながら子供連れでも大歓迎だそうです。

鹿児島県・徳之島──時を旅する島 二億年の記憶に触れる

鹿児島県・徳之島

記憶の入口に立つ──資料館から始まる旅

徳之島には那覇〜鹿児島の島々を結ぶ船で上陸した。
港に降り立った瞬間、空気が変わる。島に船で降り立つこの感触が僕は昔から好きだ。
湿り気を含んだ風、森の奥から聴こえる名も知らぬ鳥の声。
人の気配は少なく、しかし見透かされているような不思議な感覚。

旅の最初に向かったのは、島内にある四つの場所──
徳之島町郷土資料館、伊仙町歴史民俗資料館、天城町歴史文化産業科学資料センターユイの館、そして徳之島世界遺産センター。
この島を深く知り、感じるための記憶の入口である。

各町の資料館の一室には、約3万年前からの石器や5千年前の洞窟での暮らしの痕跡。
土器、貝塚、埋葬された人骨などから現代に至るまでの島の歴史が静かに展示されていた。
展示室には、その静けさと共に深さが空気に満ちていた。
考古学を専攻してきた伊仙町歴史民俗資料館学芸員の輿嶺友紀也さんと天城町ユイの館学芸員の具志堅亮さんは「沖縄出身だが南西諸島や日本の考古学において徳之島は重要な場所なのでここに落ち着いた」と2人とも同じように話していた。

そして徳之島世界遺産センターへ。
ここには、島の自然と命の繋がりが記録されている。徳之島は2021年世界自然遺産に登録された。
その理由のひとつが、ここにしか存在しない命たちである。

徳之島・亀徳新港に入港する

世界自然遺産に登録された所以と歴史

徳之島は、2021年に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」として、ユネスコの世界自然遺産に登録された。その理由は、「生物多様性」、つまり顕著な多様性を示す生きものたちの生息地であることを評価された。

この島に棲むアマミノクロウサギは、世界で奄美大島と徳之島にしか生息していない、非常に古い時代からの“生きた化石”である。近縁な種群は600万年前に出現し、もっとも類縁関係の近い種は350万年前に生息していたと言われている。ほかにも、オビトカゲモドキ、トクノシマトゲネズミなど、この島固有の生物が多い。ユーラシア大陸から切り離された琉球列島で、生物の進化が膨大な時間の中でそれぞれの島に展開されてきた。そして、絶滅が危惧される種も多い。つまり、ここには失われつつある命の多様性が、いまも脈々と息づいているということだ。

だが、もうひとつ重要なのは、人間の存在である。世界自然遺産というと、純粋な“手つかずの自然”を思い浮かべがちだが、徳之島は違う。人の暮らしが森のすぐそばにあり、何世代にもわたって営みが続いてきた。たとえば、アマミノクロウサギの棲む森のすぐ近くには、当部(とうべ)集落や、三京(みきょう)集落がある。この地に暮らす人々は、自然と共に生きるという知恵を当たり前のように継承してきた。

「この島は、人の暮らしが自然遺産の真横にある。この共生のあり方そのものが、これからの世界にとって大切な遺産になる」——そう語ってくれたのは、徳之島世界遺産センターの専門員である中村泰之さん。

(※現在は、立ち入り規制をかけている世界自然遺産登録エリアもあり、こうした場所は認定ガイド同行が義務付けられている)

森の奥に棲む、太古のいのち──アマミノクロウサギ

資料館を巡ったその夜、森へと向かった。
アマミノクロウサギ観察小屋付近をライトで照らしながら土の小道を静かに歩いた。
葉擦れの音や鳥の声も風もない。そのとき、暗がりに動く気配があった。
暗闇の中に黒い塊が動いている。アマミノクロウサギだ!
たしかに目の前にいる。約350万年前から存在する原始的な哺乳類である。耳は短く、走りも遅い。跳ねない。
僕は何げなく草を食べる姿を目の前にした瞬間、いま此処に至るまでの命の繋がりに壮大な時間を超える体験をした。
確かにここで人が自然と共に長く生き延びてきた意識の片鱗を感じることができた。
この体験が、後の旅のすべての道しるべとなった。この島は膨大な時を遡る事が出来るのだ。
僕はその痕跡を辿ることにした。

(※アマミノクロウサギ観察小屋は平日9:00-17:00に利用ができるが事前予約が必要。時間外でも観察は可能であるが、周辺では環境の保護の為、指定されたマナーやルールを守る必要がある。)

運よく会えたアマミノクロウサギ。

運よく会えたアマミノクロウサギ。

大地の記憶をたどる──地質の時間旅行へ

旅の軸足を、まずは大地そのものが語る時間に耳を傾けてみる。最初に訪れたのは、島の中部・剥岳林道に露出する蛇紋岩。これは、なんと二億年前のプレートの衝突によって地表に現れたマントル起源の岩石だ。地球の奥底──深海の地殻を成す岩が、この森の中に静かに眠っている。指で触れると冷たくざらつき、そこに地球の“胎動”を感じる。

次に向かったのは、北側の海岸にあるムシロ瀬。
ここに広がるのは約6500万年前の花崗岩。恐竜が絶滅した時代とほぼ同じ頃の岩だ。
打ち寄せる波に削られ、今は丸みを帯びた柔らかい石畳のように広がっている。
日が水平線に沈む頃、岩に腰掛け波の音を聞いていると、時が海に洗われていくような感覚になる。

ムシロ瀬。日が沈む間際、他に誰もいない幻想的な空間と時間。天城町

ムシロ瀬。日が沈む間際、他に誰もいない幻想的な空間と時間。天城町

さらに、犬田布岬や黒畦海岸、ミヤトバルの岸辺では、百万年前の琉球石灰岩がむき出しになっていた。
かつてサンゴ礁だったこの石は、地殻変動で隆起し、波が時間と共に幾層にもそれを削り、それはまさに時の彫刻である。まるで異星のような光景を至る所で見た。この琉球石灰岩はこの南西諸島にしか存在せず、故にその土壌による固有の植生や生態系が育まれてきたのだ。

犬田布岬。徳之島の琉球石灰岩の地形が一目瞭然で望める。伊仙町

犬田布岬。徳之島の琉球石灰岩の地形が一目瞭然で望める。伊仙町

黒畦海岸。徳之島町

黒畦海岸。徳之島町

犬の門蓋。天城町

犬の門蓋。天城町

ミヤトバル。この窪みに溜まった海水から塩を作っている。伊仙町

ミヤトバル。この窪みに溜まった海水から塩を作っている。伊仙町

犬の門蓋のメガネ岩。天城町

犬の門蓋のメガネ岩。天城町

こうして島を巡ると、足元にある石そのものが、記憶の断片であると感じられてくる。
太古から地球が呼吸していた証が、今もこの島には息づいているのだ。

人の記憶──営みとしての歴史

地質の深い記憶の上に、人の営みが始まる。徳之島は135の遺跡が存在し旧石器時代の石器が出ている最南端である。沖縄では3万6千年前の人骨や貝の道具はでているが石器は発見されていない。徳之島のガラ竿遺跡では3万年前や2万5千年前の地層に石器が発見され、下原洞穴遺跡では約1万3000年前の土器が発見されている。氷河期の終わり、人はここで火を使い、石器で獲物を狩り、暮らしていた。その証が、資料館に展示されていた石器や土器から見える。

さらに、ヨヲキ洞窟やウンブキ水中鍾乳洞遺跡、面縄貝塚では、4000〜3000年前の営みの痕跡が、2000年前の弥生時代の全身の人骨が発見されている。土器、貝塚、埋葬された人骨、炭の跡──それは、漁労と暮らし、祈りと死がひとつの空間に凝縮された、人類の生活の原型だった。そして、徳之島カムィヤキ陶器窯跡では1000年前に農耕の渡来と共に始まったと言われる焼き物「カムィヤキ陶器」の窯の跡や破片が多く見つかっている。

ウンブキ水中鍾乳洞遺跡。ここから海まで700メートル以上もつながる日本最大級の水中鍾乳洞。天城町

ウンブキ水中鍾乳洞遺跡。ここから海まで700メートル以上もつながる日本最大級の水中鍾乳洞。天城町

ヨヲキ洞窟。5000〜1000年前の石器や土器が発見されている。伊仙町

ヨヲキ洞窟。5000〜1000年前の石器や土器が発見されている。伊仙町

面縄貝塚の風葬場。縄文時代より今日に至るまで墓場としてある場所。ガジュマルが柵のように場を形成している。伊仙町

面縄貝塚の風葬場。縄文時代より今日に至るまで墓場としてある場所。ガジュマルが柵のように場を形成している。伊仙町

そして、徳之島が歴史書に初めて登場するのは西暦699年、『続日本紀』に「度感(トク)が宝物を献じ位を授かる」と書かれており、当時、遣唐使の航路(南島路)があったことから島の存在に目を向けていた事がわかる。
その後中世以降は、琉球王朝、薩摩藩の支配を経て、やがて近代国家・日本へと組み込まれていく。
戦後はアメリカ統治も経験し、日本へ返還。為政者が幾度も変わる中、島の人々は常に土地と風土に根ざした暮らしを続けてきた。

これら痕跡は、島の至る場所に静かに佇んでいる。語られぬ歴史が、島の全土に染み込んでいるのだ。

伊仙町阿権集落の石垣。琉球王朝時代に建設された。

伊仙町阿権集落の石垣。琉球王朝時代に建設された。

闘牛という文化──心の歴史

徳之島を語るうえで欠かせないのが、闘牛文化だ。世界でも日本でも闘牛が生活に根付いている地域は珍しい。
500年前、薩摩藩の支配下にあった時代、厳しい農作業の慰めや娯楽の一つとして牛を戦わせたことが起源と言われる。

現在も町を歩けば、早朝や夕暮れに牛と共に歩く人の姿に出会う。
花徳浜の海沿いでは、若者が牛を散歩させていた。それを見守るお父さんが「息子が闘牛を持ちたいと言い出して。牛を3頭買ってあげた」と話していた。

「この子はまだ若くておとなしい」と牛を引く青年の話す目には、親が子を見守るような温かさがあった。
島では闘牛を「なくさみ」と呼ぶ。悲しみを癒すもの、魂を鎮めるもの。
力強くぶつかり合う牛たちの眼差しの奥に、島の人々が重ねてきた心の歴史が宿っている。

花徳浜(徳之島町)の他に喜念浜(伊仙町)でも同じような光景が見られる。

花徳浜(徳之島町)の他に喜念浜(伊仙町)でも同じような光景が見られる。

伊仙町の闘牛場。土日の夕方には飼い主と牛が次々とやって来て稽古を行なっていた。

伊仙町の闘牛場。土日の夕方には飼い主と牛が次々とやって来て稽古を行なっていた。

伊仙町の闘牛場。土日の夕方には飼い主と牛が次々とやって来て稽古を行なっていた。

森と人が隣り合う日常―未来へ向けて

このように徳之島を時間という流れで旅をするきっかけにもなった一つが「徳之島虹の会」を訪ねた事でもあった。
彼らは、2011年にNPOを設立し世界自然遺産に登録される前からこの島の調査・保全活動を行うと同時に、
島に生きる人々と自然の関係性を未来へ繋ぐ役割を担っている。話を聞いたのは、事務局長である美延睦美さん。

この島で生まれ育ち、この島が如何に特殊な環境であるかを知った。島を出なくてもこの場所で地球の事を深く知ることが出来る。石や地質、植物や考古学など各々で興味のある分野を調査活動していた島の人々が寄り集まり活動を始めた。
「この島は、人の暮らしが自然遺産の“すぐ横”にある。森は遠いものではなく、日々の生活と地続きです。だからこそ、この場所の特異性と培われてきた共生のあり方を、未来にちゃんと残していかないといけない。」
その言葉には、知識や情報ではなく、実感として自然と共に生きてきた人の声が宿っていた。
「諸説ありますが、3万年前から人が住んでいた島は世界に数箇所しか発見されていない。ここはその一つです。その頃は狩猟採集により生きていたと思われるが、ここの生物多様性こそがその人達の生活を支えていたと思われる。」この島の地質とその自然の構造、ここで人が長い時間をどのように暮らして来たかを熱く語ってくれた。
オキナワウラジロガシの伐採痕を見ると樹を持続的に利用するために高い箇所で切られていた事がわかる。繁殖力の低いアマミノクロウサギも食していたが生態は守られている。自然を“守る”ことが目的ではない。自然の中に暮らしがあり、暮らしの中に自然がある。ただ守るだけではなく、共に生きる。過剰に手を加えず、けれども無関心でもいない。そんな距離感が、徳之島の自然と人のあいだには太古より脈々と息づいている。それは未来に向けて、世界が学ぶべき人類の在り方なのかもしれない。それが、徳之島に息づく「日常」なのだ。

徳之島の地質について詳しく解説してくれた。緑色が蛇紋岩、ピンク色が花崗岩、紫色が琉球石灰岩である。

徳之島の地質について詳しく解説してくれた。緑色が蛇紋岩、ピンク色が花崗岩、紫色が琉球石灰岩である。

NPO法人徳之島虹の会の皆様。島の宝を繋ぐ様々なイベント活動や島のツアーガイドを行う。中央が美延睦美さん。

NPO法人徳之島虹の会の皆様。島の宝を繋ぐ様々なイベント活動や島のツアーガイドを行う。中央が美延睦美さん。

きゅーがめーら──唄と祈りが繋ぐもの

島の言葉(しまぐち)には、「きゅーがめーら」という美しい言葉がある。
翻訳すると「おはよう・こんにちは」という言葉だが、「きゅう=今日、うがめーら=拝む」という語源ではないかと言われることから“今日、あなたに会えたことに敬意を表します。”という深い意味が込められている。
「今、島の言葉は島唄には残されているが、若い世代では話す人はほとんどいなくなっている。しかし、これはただの挨拶ではない。この島に息づく、人と人との関係や暮らしに宿る精神そのものだ。」"
と徳之島町文化財保護審議会の町田進さんは話してくれた。
信仰のあり方は、神さまの前に先ずは目の前の貴方への敬意と感謝を表する事、そして此処に紡いできてくれた御先祖さまに。
その祈りは、言葉となり、唄となり、踊りとなって今も受け継がれている。

旅の途中、亀津の町を歩いていると、太鼓と唄声が聴こえてきた。90歳を越える人たちが集まり島唄を歌っていた。
夜、ヨナマビーチでは子どもから老人までが三線の唄声に合わせて踊っていた。
この島では今日もどこかで誰かが歌っている。波と風に合わせて、誰かが踊っている。
この営みは、きっと未来へと続いていく。

この島で刻まれた長い時間の記憶は、今を生きる島の人々の中に染み込んでいるのだ。
それは何層にも重なり合うこの島の地層のように、静かにしかし分厚く、萬代(ばんだい)にわたり幾重にも語り続けてくれるだろう。







パリの大学院生・ルイスと ブランドディレクター・カナカが 巡る、青森・八戸&十和田の 1泊2日旅【Day2】

夏休みに日本へやってきたパリの大学院生ルイスさん。今回は、Netflix「オフラインラブ」にも出演されていたカナカさんを旅の相棒に、1泊2日で青森・八戸へ!

Day2 行程表
7:00|みなと食堂(八戸市)
10:30|匠工房 南部裂織の里(十和田市)
11:00|十和田神社(十和田市)
13:00|池田ファーム(田子町)
15:00|おんであんせ ユートリーおみやげショップ(八戸市)

Day2 7:00|みなと食堂

昨夜のディナーの帰り際、「八戸に来たなら絶対に行ってほしいお店がある」と八戸酒造の秀介さん。

ならば行くしかない!と早起きして向かったのは、「陸奥湊駅」からほど近い、ヒラメ漬丼の名店〈みなと食堂〉。ツヤツヤで美しいヒラメを贅沢にのせたどんぶりは、口に入れた瞬間甘みと旨みがふわっと広がり、朝から幸せな気持ちに。

information

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みなと食堂

住所:青森県八戸市湊町字久保45-1

TEL:0178-35-2295

営業時間:6時~14時

休:日、月

Day2 10:30|匠工房 南部裂織の里

案内してくれた秀介さんに別れを告げ、次に向かったのは八戸から車で約1時間の十和田市。お目当ては、青森県の伝統工芸「南部裂織(なんぶさきおり)」体験です。

裂織とは、使い古した着物や布を細く裂き、縦糸に木綿糸を組み合わせて織り込んだ織物のこと。いらなくなった布が、また衣服や生活道具として生まれ変わるから、とてもサステナブル。江戸時代から続く伝統的工芸品です。

「こういう細かい作業大好き!」と黙々と進めるカナカさん。一方、ルイスさんは、先生に教わりながら地機を動かすものの、リズムを掴むのはなかなか難しく苦戦中。それでも先生の優しい指導のおかげで、ついに一枚の作品が完成しました!

information

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匠工房 南部裂織の里

住所:青森県十和田市 大字 伝法寺 字 平窪37-21 「道の駅 とわだ」内

TEL:0176-20-8700

営:10時~16時

休:

体験料金:2,500円(3人以上は1週間前に要予約)

Day2 11:00|十和田神社(十和田市)

ルイスさんが、東北に行ったら一度は訪れてみたいと挙げていた場所のひとつが、東北屈指のパワースポット・十和田神社。創建は大同2年(807年)。十和田湖に突き出す中山半島に鎮座する古社で、坂上田村麻呂によって建立されたと言われています。

杉木立に囲まれた参道を進むと荘厳な本殿と拝殿が姿を現します。静謐な空気に包まれ、神秘的なエネルギーを肌で感じることができました。

information

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十和田神社

住所:青森県十和田市奥瀬十和田湖畔休屋486

TEL:0176-75-2508

Day2 13:00|池田ファーム(田子町)

車を走らせていると、沿道の看板に「にんにく」の文字がたびたび目に飛び込んできました。たどり着いたのは、青森県の田子町(たっこまち)。

田子町に来た理由は一つ。A5ランク黒毛和牛「田子牛」のランチがたべられると聞いたから。ここ〈池田ファーム〉では、年間出荷頭数わずか60頭という希少な田子牛の中からA5・A4ランクのみを厳選。霜降りの美しさは折り紙付きの名店です。

さらに田子町は「にんにくの町」としても名高く、ソースには名産の田子にんにくをたっぷり使用。大自然の中で育った牛と、地元の誇るにんにくが楽しめる贅沢なランチです。

赤みとは思えない、美しい霜降り。

赤みとは思えない、美しい霜降り。

「こんなに霜が降っているのに見た目よりもあっさりで不思議!」とカナカさん。

「こんなに霜が降っているのに見た目よりもあっさりで不思議!」とカナカさん。

information

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池田ファーム

住所:青森県三戸郡田子町大字田子池振外平11

TEL:0179-32-3327

営:11時~17時

休:不定休

Day2 15:00|おんであんせ ユートリーおみやげショップ

旅も終盤。最後に立ち寄ったのは、おみやげショップ「ユートリー」。青森県内の特産品を約2,000点も取り揃えたおみやげショップが併設されており、八戸圏域の品揃えは市内最大級を誇ります。

information

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おんであんせ ユートリーおみやげショップ

住所:青森県八戸市一番町1-9-22 ユートリー1F

TEL:0178-70-1111

営:9時〜18時

「海の幸も山の幸も味わえて、本当に贅沢な場所でした。食も文化も自然もそろっていて、八戸は何度でも訪れたくなる場所ですね。次はもっとゆっくり滞在したい!」とカナカさん。

ルイスさんの夏休みはまだまだ続きます。次はどこに行くのでしょう?次回の旅もどうぞお楽しみに!

パリの大学院生・ルイスと ブランドディレクター・カナカが 巡る、青森・八戸&十和田の 1泊2日旅【Day1】

夏休みに日本へやってきたパリの大学院生ルイスさん。今回は、Netflix「オフラインラブ」にも出演されていたカナカさんを旅の相棒に、1泊2日で青森・八戸へ!

Day1行程表
9:00|東京駅
12:00|八戸駅
12:00|八食センター
14:30|八戸酒造
16:30|八方屋/HAPPOYA
19:00|カーサ・デル・チーボ

Day1 9:00|東京駅で待ち合わせ

東京駅で待ち合わせをしていたのは、パリの大学院に通いながらSNSで現地の暮らしを発信するルイスさんと、Netflix『オフラインラブ』にも出演し、普段はブランドディレクターを務めるカナカさん。以前からSNSでの繋がりはあったものの、実際に会うのはこの日がはじめて。それでも初対面とは思えないほどすぐに意気投合!

2人がこれから向かう先は……?

Day1 12:30|八戸駅から〈八食センター〉へ

東北新幹線に揺られること約2時間40分。たどり着いたのは、青森県・八戸。古くから漁業で栄え、工業都市としての顔も持ちながら、蕪島や種差海岸といった雄大な自然を抱える場所です。

長旅でお腹を空かせた2人がまず向かったのは〈八食センター〉。全長170メートルの通路に、鮮魚店から青果、精肉、惣菜まで約70店舗がずらりと並ぶ巨大市場です。太平洋に面し、全国屈指の漁獲量を誇る港町・八戸。この市場には、今朝獲れたばかりの魚介や地元ならではの食材が所狭しと並び、観光客はもちろん、地元の人々の暮らしも日々支えています。

お腹を空かせた2人は早速市場を歩き回り、八戸港で獲れた魚介や、青森を代表するブランド牛「倉石牛」などを、思いのままに次々とカゴに入れていきました。

真剣な表情で海鮮を選ぶふたり。

真剣な表情で海鮮を選ぶふたり。

店先での会話も旅の醍醐味。

店先での会話も旅の醍醐味。

そしてそのまま向かったのは、施設内にある〈七厘村〉。ここではなんと、市場で手に入れた食材をそのまま持ち込み、自分たちの手で七輪焼きにして味わえるのだそう。

「市場を歩くだけでも楽しいけど、こうして自分で焼いて食べられるのは最高」と大興奮のルイスさん。八戸の旅は、お腹も心も満たされてスタートしました。

information

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八食センター

住所:青森県八戸市河原木神才22−2

TEL:0178-28-9311

営:9時〜18時

休:

七厘村

住所:青森県八戸市河原木神才22−2(八食センター内)

営:9時〜17時

Day1 14:30|八戸酒造

八戸酒造

次に訪れたのは、創業1775年の老舗〈八戸酒造〉。看板銘柄「陸奥男山」をはじめ、2021年の世界酒蔵ランキングで堂々の1位に輝いた「陸奥八仙」など、国内外で高い評価を集める名酒を生み出してきた蔵です。

酒蔵に足を踏み入れると、ふわりとお米の甘い香りが!「このお酒、八戸で造られているんだ!」と声をあげたのはカナカさん。東京でもよく「陸奥八仙」を飲んでいたというほどの大ファンで、この日の酒蔵見学は念願だったよう。

蔵を案内してくれたのは、製造責任者で常務の駒井伸介さん。「仕込み水は地元・蟹沢地区の名水を使い、米も酵母もすべて青森産なんですよ」と教えてくれます。

「『八仙』がここまで人気になるまで、本当に簡単ではなかったです。火入れの仕方や、冷蔵での管理など工程を一つひとつ見直して……。そんな長い積み重ねがあって、ようやく安定した味を届けられるようになりました」

information

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八戸酒造

住所:青森県八戸市湊町本町9-9

TEL: 0178-33-1171

見学時間:10時〜16時(所要時間は40分程度)

見学料金:500円(試飲付き)

蔵見学の予約はこちら:https://airrsv.net/hassenbrewerytour/calendar

Day1 16:30|八方屋/HAPPOYA

八方屋/HAPPOYA

今回の宿は2025年4月にオープンしたばかりの〈HAPPOYA〉。かつて武士が暮らしていた築100年以上の武家屋敷。歴史の趣をそのままに、現代的な感性でリノベーションした宿です。

太い柱梁や家紋を残し、刀や槍などの武具を配した室内は、まるで時代を飛び越えたかのよう。さらに、東京・野方の人気餃子専門店で百名店にも選ばれた「野方餃子」が併設されているのもうれしいポイント。

客室は「八方の間」と「四方の間」のわずか2室のみ。プライベートな時間を大切にしながら、八戸での滞在を心ゆくまでゆっくりと楽しむことができます。

information

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八方屋/HAPPOYA

住所:青森県八戸市上徒士町10

TEL:0178-20-0936

HP:https://www.happoyahotel.com/

Day1 19:00|カーサ・デル・チーボ

八戸の豊かな食材を心ゆくまで堪能したい。そんなときに訪れたいのが〈カーサ・デル・チーボ〉です。

ディナーには、昼に訪れた〈八戸酒造〉の駒井伸介さんの兄で、酒造の専務を務める秀介さんも参加。秀介さんは、特別に日本酒を持ってきてくださり、この日だけのなんとも贅沢なおもてなしの時間が実現。そのお酒に合わせて、池見シェフが料理を振る舞ってくれました。

メニューには「八戸徳師『三宝丸』の水ダコ」や「八戸産アブラボウズ」「八戸産ホヤ」「青森県大向産サザエ」などの文字が並び、まさに青森づくしのラインナップ!

オーナーシェフの池見良平さんは神奈川県出身。銀座の名店『エノテーカ ピンキオーリ 東京店』で腕を磨いた実力派です。八戸に店を開いたのは、妻・悦子さんの故郷であること、そして何よりもこの土地の食材の魅力に惹かれたからだと言います。料理には季節ごとの旬が映し出され、青森で育てられる猪や鴨、隣接する十和田市の野菜など、郷土の恵みを惜しみなく取り入れています。

地元の素材の魅力を最大限に引き出した洗練のイタリアンと、日本酒のマリアージュに、カナカさんもルイスさんも感動。八戸酒造のお酒とともに、忘れられない夜を過ごしました。

information

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カーサ・デル・チーボ

住所:青森県八戸市湊高台1-19-6

TEL:0178-20-9646

営:19時~22時

休:日・月

土曜日のみ、12時15分〜15時でランチ営業も。

Instagram:@casa_del_cibo

〈界 ポロト〉 美しい季節の巡りを感じる、温泉宿

アイヌ文化の一端に触れる

アイヌの人々が暮らした土地は、美しく穏やかな環境であることがほとんどだが、北海道白老町にある〈界 ポロト〉の眼前にも素晴らしい風景が広がっている。ポロト湖畔に位置し、対岸には国有林であるポロトの森。その自然環境に馴染むようにデザインされた温泉宿は、白樺の林が建物の中まで続いていた。

アイヌの文化に着想を得たデザインが、さまざまな形で反映されている。客室の壁には、オールの形をした木彫りがあり、細やかなウロコ彫が施されている。クッションにはアイヌ文様を模した柄が用いられ、テーブルは炉をイメージしているという。

もっとも象徴的なのが、「△湯」という名の湯小屋だろう。アイヌの人々は、狩りなどに出かけた際に、丸太を三脚のように組み合わせて仮の小屋を建てるという。△湯では、その際に用いる「ケトゥンニ」と呼ばれる構造を基本とし、大きなトド松を組み合わせている。経年変化によって鈍く光るようになった銅張りの外観だけでなく、空間内にも随所に三角形がデザインされている。三角形の不思議な親密さを感じる空間に、堆積した植物の有機物が含まれるために茶褐色のモール温泉。洞窟の中にいるような不思議な落ち着きのある温泉だった。

不思議な響きが、暖炉の周りに満ちていく

ロビーには暖炉があり、△湯と呼応するような、上部の銅張りのフードは今も輝きを保っている。夕食を食べた後には、その火に誘われるようにして、自然と人が集まってくる。その土地の文化の担い手から、直接、話を聞くことのできる「手業のひととき」では、アイヌ文化の伝承者である髙橋志保子さんからアイヌの歌「ウポポ」を教わった。熊狩りの歌に始まり、途中からはアイヌ語で一緒に歌った。アイヌの家「チセ」では、子どもたちが炉の周りに座って、おばあさんたちが昔話を語るのを聞いていたという。口承文化は、そうやって紡がれていくのだろう。暖炉の火と、ウポポの抑揚のある響きは、その時代の豊かさを想像させた。

アイヌ文化の伝承者、髙橋志保子さん。美しい歌声と快活なキャラクターにファンも多い。

アイヌ文化の伝承者、髙橋志保子さん。美しい歌声と快活なキャラクターにファンも多い。

朝風呂と贅沢な朝食。これぞ、温泉宿

翌日、少し早く起きてポロト湖の周りを歩いてみる。すでに咲き終わった水芭蕉の葉が茂っていた。夏を過ぎれば、イタヤカエデが紅葉で黄色に染まり、あっという間に雪が降るらしい。その土地ならではの季節の巡りを感じることが旅に出かける理由かもしれない。部屋に戻って、モール温泉のしっとりとした湯で汗を流してから、自宅では絶対に作らない品目数の朝食を食べた。自家製豆腐にかけた昆布醤油に、北海道を感じる。これぞ、温泉宿に泊まる醍醐味ではないか。

炊き立ての米と、鮭節やいくらおろし、がごめ昆布入り山わさびなど、北海道らしいご飯の友。じゃがいものすり流し鍋がつく。

炊き立ての米と、鮭節やいくらおろし、がごめ昆布入り山わさびなど、北海道らしいご飯の友。じゃがいものすり流し鍋がつく。

〈界 ポロト〉宿泊券が当たるプレゼントキャンペーンを実施

〈界 ポロト〉の宿泊券が当たるプレゼントキャンペーンを実施中。

colocal公式Instagramアカウント(@colocal_jp)と界公式Instagramアカウント(@hoshinoresorts.kai )をフォロー&キャンペーン投稿に「いいね」した方から抽選で1名様に宿泊券をプレゼント。
※コメントにてキラキラの絵文字を送っていただくと当選確率がUPします。

応募期間は2025/09/25〜2025/10/09まで。
詳しくはcolocalのInstagramをご確認ください。
@colocal_jp

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【賞品】星野リゾートの温泉旅館〈界 ポロト〉
抽選で1名様に宿泊券が当たります。
・2名1室(1泊2食付き)
・部屋タイプ:星野リゾート指定

【宿泊期間】2025年11月1日~2026年4月30日 ※除外日あり

information

界 ポロトmap

界 ポロト

住所:北海道白老郡白老町若草町1-1018-94

TEL:050-3134-8092(界予約センター)

Web:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaiporoto/

〈界 ポロト〉から足を伸ばして。 ウポポイで出会った思い出。 時間を超えるもの

アイヌの長老が語りかけてくる

藤戸竹喜作のエカシ像。タイトルは「イランカラㇷ゚テ像」。周りを取り囲むイクパスイは、現代の名工たちによるもの。

藤戸竹喜作のエカシ像。タイトルは「イランカラㇷ゚テ像」(プは、下付き小文字)。周りを取り囲むイクパスイは、現代の名工たちによるもの。

阿寒湖畔に暮らしていたアイヌの木彫り作家・藤戸竹喜さんの元に通っていたのは、およそ10年近く前だった。季節ごとに阿寒へ向かい、問わず語りに話を聞き、木彫り熊を自然の中に持ち出して撮影させてもらった。『熊を彫る人』という本にまとめてからしばらくして、藤戸さんは亡くなってしまった。そのために私にとってアイヌの「何か」を見ることは、藤戸さんとのやり取りを思い出す時間になる。だから、「ウポポイ」内にある「国立アイヌ民族博物館」に足を踏み入れ、本来は札幌駅にあるはずのアイヌのエカシ(長老)像を見て、まるでバッタリと藤戸さんと再会したような気持ちになった。

藤戸さん作の熊の面。圧倒的な躍動感。

藤戸さん作の熊の面。圧倒的な躍動感。

写真等をもとに復元したアイヌの儀礼に使う道具。技術を復活させ、次世代へと繋ぐ役割も担っている。

写真等をもとに復元したアイヌの儀礼に使う道具。技術を復活させ、次世代へと繋ぐ役割も担っている。

生きているよう、という言葉では、その魅力がきちんと捉えられていない。彫刻なのだから、動かない。けれど、時間を超えて対話ができる。それは私が藤戸さんと面識があったからだけではないはずだ。博物館の中には、そうやって時間を超えて、観る者の芯のあたりを揺さぶる「何か」に満ちている。それは、離れた民族間にも共通の伝統が見られることでもわかる。展示にあった木の表皮を薄く削ってそのまま垂らす技法「削りかけ」は、アイヌの祭具ではイナウと呼ばれるが、東アジアの広い地域で同じものが見られるという。

上は、樺太アイヌのニポポ。下は、ウイルタの木偶。

上は、樺太アイヌのニポポ。下は、ウイルタの木偶。

ウポポイ内「国立民族共生公園」にあるチセ(家)の中には、宝物として集められた漆器類やイナウなどが飾られている一角がある。

ウポポイ内「国立民族共生公園」にあるチセ(家)の中には、宝物として集められた漆器類やイナウなどが飾られている一角がある。

次世代へ「感覚」を伝える。それがアーティストの役割か

樺太アイヌとウイルタの二つの頭を持つ「木偶」も並べて展示されていた。どちらの「木偶」も首には、「削りかけ」を巻いている。この類似性は、民族や文化を越える嗜好や感覚があることを示している。感覚に訴える「何か」に形を与え、次の世代へと伝えていくのが、アーティストの役割なのかもしれない。藤戸さんは自分のことをアーティストではなく「ただの熊彫り」と言っていたが、本来はそこに違いはない。ミュージシャンのOKIさんは、樺太アイヌの楽器・トンコリを現代に復活させ、エフェクターやアンプと繋げてエレキ・トンコリを作ってしまった。その佇まいには、まさしく現代が映し出されていて、歪さも美しさも兼ね備えていた。

OKIさんのエレキ・トンコリ。実際にステージで使われている。

OKIさんのエレキ・トンコリ。実際にステージで使われている。

アイヌの世界観を紹介する展示の中に、輪廻転生の死生観を示すパネルがあった。白老のアヨロ海岸に「アフンルパㇻ」(ラは、下付き小文字)と呼ばれる「あの世の入り口」があるという。ウポポイから車を30分ほど走らせて、探しに行った。登別漁港の脇から砂利地道に入り、クライミングのためのチョーク跡が残る岩沿いを歩いていくと、水平に岩が切れ、洞窟になっている。その向こうにあの世があるとは思えなかったが、アイヌの人々が「入り口」と呼んだ理由はわかる気がした。草に埋もれそうになっていたが、暗く人を寄せ付けない雰囲気に、ふと見入ってしまう。伝承や博物館に残っている「何か」の強さの根源には、おそらくはこの洞窟のような自然がある。藤戸さんも、動物と人間を区別なく見ているような人だった。手からカラスに餌をあげて会話していた姿を思い出した。

この洞窟は、「あの世の入り口」だろうか。海沿いに突然現れる岩群は、確かにとても不思議な光景だった。

この洞窟は、「あの世の入り口」だろうか。海沿いに突然現れる岩群は、確かにとても不思議な光景だった。

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界 ポロトmap

界 ポロト

住所:北海道白老郡白老町若草町1-1018-94

TEL:050-3134-8092(界予約センター)

Web:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaiporoto/

屋久島── 生命と宇宙に埋もれる島

山への誘い

鹿児島空港からプロペラ機に乗って約40分、眼下に広がる海と空の境目に、雲に包まれた神秘的な島影が見えてくる。その姿はまるで雲が結界のように島を包み込み、ひとつの独立した世界を形成しているかのようだった。

空港に降り立った瞬間、身体中にまとわりつく湿度と、深く吸い込んだ空気の濃さに「生命の密度」を感じた。屋久島に根ざすものたちの存在感が、五感すべてに訴えてくる。

海岸からすぐそびえ立つ山々は幾重にも連なり、島全体が山で構成されている。そこに寄り添うように点在する集落は、まるで「人が自然に許されて暮らさせていただいている」と感じさせるような謙虚さをもって見える。

島に着いてすぐ、僕は山へ向かうことにした。この場所と真正面から向き合うには、外から来たばかりの自分自身の感覚では遠すぎる。まずはこの島の「核」とも言える山に身を置くことで、その距離を縮めたいと思った。

眼下に広がる海

古来より続く「岳参り」の信仰

山に入る前に、〈牛床詣所(うしどこもいしょ)〉に立ち寄った。ここは屋久島における山岳信仰の聖地のひとつで、登山者や地元の人々が山へ入る前に祈りを捧げる場所だ。

屋久島には約500年前から各集落に伝わる山岳信仰で「岳参り(たけまいり)」という風習がある。島の人々が奥岳や前岳の山頂にある石の祠まで登って参拝し集落の安全や豊漁豊作や家内安全を祈願する。厳しい自然に対する畏敬の念と、豊かな恵みをもたらす自然に対する感謝や敬意が屋久島の自然観の根底にある。

〈牛床詣所〉は、かつて修験者や参拝者が身を清め、心身を整えてから山へ入る「入口の神域」としての役割を果たしていた場所であり、女人禁制のため岳参りに参加できない婦人や子供ははるか山奥の御岳を拝んだ場所である。今でも登山の安全を祈願する人が多く、屋久島の岳参り文化を今に伝える貴重な場となっている。

森の中へ──巨木と苔の世界

参拝を済ませ、行動食を購入してから車で標高約1,300メートルの淀川登山口へ向かった。海抜0メートルからわずか60分ほどで到着する標高差は、島全体が急峻な地形であることを物語る。道路の両脇には、隙間なく樹々がひしめき合っていた。これから登る山の中には樹齢1,000年を超える樹々がいくつもあると考えると、自然の力にただただ圧倒される。登山口に着くと、麓との気温差に驚かされる。標高100メートルで約0.6℃気温が下がるため、1,300メートルでは約8℃近くも涼しくなる。

登山道に一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界。苔むす岩と巨木がひしめく壮大なスケールの森が広がっていた。多くの登山者は有名な縄文杉を目指すが、この森には名前も付けられていない巨木たちが無数に存在し、それぞれが一種の神聖さを放っている。

登山口からすぐのところに、淀川大杉と呼ばれる巨木がある。太さから推定される樹齢は1,000年以上。4年前の台風で先端が折れたが、その倒木も大地に横たわり、土へと還ろうとしていた。その迫力は目を見張るものがあった。

幾重にも重なる植生から見える屋久島独特の林相。

幾重にも重なる植生から見える屋久島独特の林相。

淀川大杉

淀川大杉

淀川大杉と折れた先端部。千年の樹は千年かけて土に還ると言われている。

淀川大杉と折れた先端部。千年の樹は千年かけて土に還ると言われている。

屋久島の杉は、年間降水量が日本一とも言われる多雨環境の中でゆっくりと成長する。そのため年輪が緻密で耐腐性が高く、樹齢1,000年を超える屋久杉へと育つ。このように生育する杉は屋久島しかない。また、幹や根、倒木の上に厚く生えた苔は、保水性と栄養供給の役割を果たし、種子の発芽や他の植物との共生を助けている。まさに、樹と苔が共に生きる「生命共同体」と言える。

さまざまな樹との出会いを楽しみながら歩き始めて約40分、世界自然遺産区域に入り、淀川小屋に到着。ここで一泊し、山の中で夜を過ごすことにした。

淀川小屋。装備さえあれば誰でも無料で宿泊できる避難小屋。

淀川小屋。装備さえあれば誰でも無料で宿泊できる避難小屋。

星と花に包まれて──宮之浦岳を目指して

翌朝はゆっくりと目覚め、宮之浦岳を目指して出発した。今回の目的は、満天の星空の下、山頂に立つこと。そして、ちょうど5月下旬から6月上旬にかけて咲く「ヤクシマシャクナゲ」に出会うことだ。

ヤクシマシャクナゲは屋久島の固有種で、標高1,000メートル以上の高地に咲く高山植物。年に2,3週間ほどしか咲かないその貴重な光景に期待が膨らむ。

澄んだ淀川を渡り、急勾配な道を登っていくと、シャクナゲの花が少しずつ姿を現し始めた。勾配を登り切ると「花之江河(はなのえごう)」という湿原に出る。ここは珍しい高山植物やミズゴケなどが自生する、屋久島屈指の幻想的なスポットだ。目の前には黒味岳が聳え立ち、その先に九州最高峰の宮之浦岳、続いて永田岳が連なる。ここからは森の世界から一変し、まさに「洋上のアルプス」を歩く壮大な縦走路が始まる。

夕暮れどき、黒味岳の頂に着いた。ちょうど空は赤く染まり、シャクナゲの花々がその光を浴びていた。宮之浦岳と永田岳を目の前に望みながら、日は静かに西の空へと沈んでいく。岩肌の上に立つ自分自身をふと客観的に見つめたとき、まるで異星に立っているかのような感覚に包まれた。

やがて夜が訪れ、空には月と星が静かに現れた。薄明かりのなか、月に照らされたシャクナゲは白く光を放ち、幻想的な光景が森の斜面を覆っていた。

その花々に導かれるように、花崗岩の群れの間を縫って、僕は宮之浦岳の頂へと進んだ。見渡す限り、僕以外に人影はなく、ただ星と風と岩と花に囲まれた静寂の中に、ひとり佇んでいた。この孤独感と、目の前に広がる異次元のような幻想の狭間に身を置きながら、夜の山を歩むという行為に、風も天候も味方してくれていることに、心から感謝せずにはいられなかった。

夜間の登山は視界が限られ、道を見失う危険性も高くなる。屋久島の山域でも、年間を通じて遭難事故が発生しているのが現実だ。今回の行程は天候や装備を慎重に整えた上での判断だったが、改めて感じたのは、やはり安全が確保されてこそ、こうした自然の深い美しさに真正面から向き合えるということだった。

──この特別な時間を与えられたこと。それはまるで、宇宙を探索する船に乗っているかのような、静かで荘厳な旅路だった。

垂直分布と世界自然遺産

屋久島は、このように標高により世界がまるで違う。海抜0メートルから山頂の約1,936メートルまでに、亜熱帯から冷温帯までの植生が見られる日本唯一の場所である。この「垂直分布」が生み出す多様な生態系と自然美。これが屋久島が世界自然遺産として認定された最大の理由である。

島の記憶と未来──遺産としての森へ

しかしこの壮大で豊かな森も、かつては大規模な伐採の対象だった。

江戸時代、屋久杉は建材として珍重され、幕府への年貢の一環として切り出されていた。明治以降は国家事業として開発が進み、山深くまでトロッコ道が敷かれ、数百人が森の中で生活していた。

昭和に入ると林道の整備と共に伐採は加速するが、それに反対する島民の声が徐々に高まり、自然保護の機運が生まれる。やがて伐採は止まり、1993年には屋久島の約20%が世界自然遺産に登録された。

この保護活動に尽力したひとりが詩人・山尾三省氏である。彼は白川山という森の中に書斎を構え、縄文杉を「聖老人」と呼び、アニミズムを提唱し自然と人との共生を詩に託して発信し続けた。

今、その志は彼の呼び掛けに賛同して移住し、活動を続けてきた山尾三省記念会の手塚賢至・田津子夫妻に受け継がれている。

「この森に触れた人は、この壮大な自然と人がどう関わってきたかを肌で感じることができます。世界自然遺産に登録された場所以外は開発して良いということではなく、未来に向けて大切にしていかなければならない。島を訪れる皆様がそのように感じて貰えることを島民としては意識していかなければなりません」と語ってくれた。

山尾三省記念会会長の手塚賢至・田津子夫妻

山尾三省記念会会長の手塚賢至・田津子夫妻

距離が近づくということ

下山後、歩き疲れた身体を温泉で癒し、島を一周して大川の滝や永田浜を訪れた。滝の轟音と野生動物たちの姿は、屋久島の生命の躍動そのものだった。浜ではウミガメが産卵のために上陸した跡が残っていた。

そして夜、宮之浦の居酒屋で一杯飲みながら、ふと気づいた。この島との距離が確実に近づいていることを。僕たちは自然の一部であり共に在るということ。もしかしたら、この感覚こそが、島が与えてくれた人として残すべき遺産なのかもしれない。

カフェ〈Autumn〉オーナー、 林 翔さん推薦! 地元・福井の カルチャースポット3選

日本やグローバルで活躍するナビゲーターにご登場いただき、地元や別荘などの拠点がある土地のおすすめスポットを紹介してもらう本企画。

今回は、東京・世田谷のカフェ〈Autumn〉のオーナー林 翔さんが登場。
林さんの地元である福井県のカルチャースポットを教えていただきました。

父のお店〈ウッドウッドコーヒーローストサービス〉

私の父が経営しているコーヒー店で、焙煎した豆売りをメインにやっているお店。キャンプや山登りの時に、「その場でコーヒーを飲もう」というコンセプトで、グッズにも力を入れています。

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ウッドウッドコーヒーローストサービス

住所:福井県福井市成和1-2231 WWビル 1F

Instagram:@woodwood_coffee_shop

センスが光るセレクトショップ〈タルクライン〉

感度の高い地元の先輩から教えてもらったセレクトショップ。東京にはない良さが詰まっていて、空間も最高なので、みんなにもぜひ行って欲しいスポットです。

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タルクライン

住所:福井県福井市月見2-1-24

Instagram:@talklein.jp

子供から大人まで学んで遊べる〈福井県立恐竜博物館〉

学びながら遊んで楽しめる〈福井県立恐竜博物館〉。ティラノサウルスの大腿骨に触れるイベントがあって、実際に触ってみると、ものすごい熱風が吹いたような強いエネルギーを感じました。

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福井県立恐竜博物館

住所:福井県勝山市村岡町寺尾51-11

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profile

Sho Hayashi 
林 翔

福井県出身。東京・世田谷区の桜新町駅から徒歩10分強、上町駅からは15分ほどにあるカフェ〈Autumn〉のオーナー。お店の由来は秋にオープンしたことから。