こんにちは。ヒダクマの森口明子です。
前回の記事に続き、2回目の連載の機会をいただきました。
せっかくの機会なので、田舎暮らしに興味のある方や
飛騨に興味のある方もいらっしゃるかもしれないので
飛騨の暮らしなどについてもお話させていただきます。
私の飛騨移住のきっかけは、タイミングと出会いと、
前回でもお話したとおり飛騨という土地が持つDNAやパワーに惹かれたことは大きいですが、
最終的に移住に至った理由は、自分が向かいたい方向が
ヒダクマの事業内容やビジョンと沿う点が多く、一緒に歩んでいけそうな気がしたからです。


伝統の文化や芸術を世界に広がる技術やアイデアと融合し、
新しいかたちで次世代へつないでいくこと、オープンな場を持つこと、
そして社会に還元できる持続的な取り組みであること。
伝統の文化を次世代へ発展するという取り組みは、
前回の記事でご紹介した、組木という知恵と技術の結晶をテクノロジーと組み合わせて
発展させていく事業であり、
場づくりはFabCafe Hidaという拠点を持つこと。
飛騨のカフェの平均的客数は平日10人、休日20人というから
都会とはまったく条件が違うわけですが、
都会にはない飛騨の特別な空気感と、
先に見える光景がとてもユニークだと感じました。
例えば、海外から訪問したデザイナーや建築家が、飛騨の職人や大工の方たちと、
木を中心にああでもないこうでもないと談義し、
工具やデジタルファブリケーションの機材を使いこなして実験を繰り返す脇では、
おじいやおばあ、子どもたちが
おいしい水でつくられた食べ物を囲みながら
興味津々にその活動を覗き込んでいるといった光景を想像すると、
その異色な雰囲気がまるでひとつの惑星のように思えてきます。
いろんな人がひっきりなしに出入りする活発な”ヒダプラネット”。
移り住むもよし、夏だけ住むもよし、ひと月ステイもよし。
受け入れてくれる土壌、風土、ひと、環境がある。
そんな環境をFabCafeを中心に生み出していきたい、と。

飛騨に移住したのは2015年6月15日。すべての荷物と住民票を手にいざ飛騨へ。
到着した日は朝の5時。不動産屋のお兄さんを待つあいだ、
ガラガラとカバンを引いて気の向くままに歩いていると
丘の上に悠然とそびえ立つ神社の鳥居が見えました。その圧巻な存在感に引っ張られ、
まるで瞬間移動したかのように、気づいたら鳥居の下にいました。
深い息を吸い込んでから、
飛騨到着の日記でも書こうかと柱に腰掛けてパソコンをカチャカチャ打っていると、
みるみるうちに飛騨の女性たちが増えていき、あっという間に集団に。
その日は女性による“草刈りの日”だったのです。
そしてあるひとりの女性が「お嬢さん何してるの?」と聞いてくれたので、
「今日から飛騨びとです。よろしくお願いします!」と言うと、
そのおばちゃんはとてもフレンドリーにお話してくれました。
それ以来、私は何かにつけて無意識にこの神社にいます。瞬間移動茶飯事。
時には夜中にまで行く始末。
(夜の神社には魑魅魍魎がうじゃうじゃいると言いますが、いうなれば彼らも仲間です(笑))

飛騨の生活は他地域とのコミュニケーションがなかなか骨が折れます。
会議は遠隔で、インターネットの調子が悪いと途切れるし、映像の質は不安定、
何よりもその場の雰囲気から読み取れる空気感や熱量の伝達に
インターネットの限界を感じます。人は対面しているときに無意識で無数の信号を発し、
空気中に投じられるそれらの暗号を読み取り解読しているんだな、と思います。
そして当然のことながら、コトは東京で起きてます。
人が集まれば集まるほどコトは起き、そこを中心につながりが生まれ、発展していきます。
ライブストリーミングなどはまだまだ大変な作業で莫大なコストがかかります。
地方の活性化が叫ばれる中、田舎でコトが起きていないことが
移住につながらない要因のひとつだとも感じます。
今後、都心の波が田舎にも広がっていく流れの必要性を感じます。
例えば、東京で行った都会に住む人同士のトークショーやイベントが、
東京と飛騨に生きる人との組み合わせによってもたらされる違った結果や発展。
複数の地方をツアーのようにまわることで、その地域特性と融合して生まれるマジック。
ツアー後には日本全体にその波紋が広がり、ひとつの新たな連携ができたら、
と考えるとワクワクしてきます。

ここに暮らしていると、毎日神々しい山や大自然を享受できることはとても幸せです。
空気もきれいだし、水もおいしいです。
当然のことながら水は全ての源泉であり、食べ物がとっても美味しいのです。
でも特に美味しいと感じるのは、米、餅、味噌、イワナ、野菜、ふきのとうや日本酒など。
飛騨の名産は今話題の荏胡麻や朴葉でその深みを味わうと、
ぐーっと細胞が目覚める感覚を味わえます。
でもやはり感じるのはやはり自分は都会人であるということ。
時に、「都会っぽさをなくさなきゃ溶け込めないよ」。とアドバイスされます。
半分理解しつつも、完全に都会さをなくすことは必要ないとも感じてます。
完全に溶け込んでしまっては新たな風を吹き込めないから。
でもこれまでに存在することのなかったポジション、中途半端なスタンスに立っていると、
普通に通り過ぎるはずの風が強く当ることもあります。
飛騨は多くの人が家族暮らし、とりわけ移住組みは家族ごと移住しています。
豪雪地帯の冬は雪下ろしや雪かき作業に追われ、車は滑りやすいなど、
日常的に困難が伴うため、支え合える、協力し合えるパートナーがいることは
理にかなっていると感じます。
都会ではひとりでも楽しく暮らせる環境が整っているしある意味自由を享受できますが、
田舎でのひとり生活は修行に近いものを感じます。(笑)
そして冬は冬眠しているかのようにまちが静かになります。
街のひとは寒いので外を出歩くことはあまりありません。
ただ、そんな飛騨も北半球とは違い、冬でもさんさんとお日様が照ります。
雪景色を太陽が照らすと、とても美しく幻想的な景色にあやかれます。

飛騨にはDIYの血が色濃く流れています。家、家具、道具、米、野菜など
あらゆる生活に必要なものをささっとつくってしまうのです。
そもそも不便な環境だからこそ生活必需品は
自らの手を動かして生み出していくしかなかった歴史背景があります。
だから技術も知恵もある!
街を歩くと、あちらこちらでそんな”つくり手”や”職人”たちを目にすることができます。