東川町〈北の住まい設計社〉
メイドイン北海道の家具づくりと
未来を見据えた北の暮らし

家具工房と、北国のライフスタイルショップ

大雪山のふもとで、真摯な家具づくり、家づくりをしながら
めぐる季節に寄り添う暮らしをのびのびと楽しむご夫妻がいます。
東川町道の駅から車でおよそ10分。山沿いを走るクラフト街道の先に現れる、
木々に囲まれた、まるで北欧の村のような建物群。
廃校となった小学校に家具工房を構え、
オリジナルの道産無垢材の家具づくりや自然素材の家づくり、
また生活雑貨ショップ、カフェを営むのが〈北の住まい設計社〉です。

自然を生かし、自然に寄り添う北国の暮らしをトータルで提案するショップには、
雰囲気ごと持ち帰り、長く大切に使いたくなるものとの出会いが待っています。

北の住まい設計社入り口に建つ大きな家。2階はオリジナル家具のショールーム、1階は雅美さんがプロデュースする生活雑貨を扱うショップ。

小学校跡地で始まった家具づくり

代表の渡邉恭延さん、雅美さんご夫妻は北の住まい設計社を1977年にスタート。
工房となる廃校の小学校に出会い、東川へ移り住んだのが1985年のことでした。

「自分たちの生業として、できることを通して人生や暮らしに触れながら、
北海道の四季折々の自然にリズムを合わせた生き方を表現していくと決め、
北の住まい設計社という名前をつけたんです」

雅美さんは、設立当時の思いをそう語ってくれました。

北の住まい設計社の家具は、元小学校の工房で加工を、別棟で乾燥や布貼りを手がけています。どの作業も職人の手仕事が中心。

その頃から家の設計を手がけることもあった渡邉さんご夫妻は、今と同じ
無垢材や天然素材の塗料を使った家づくりを提案していたものの
一般的にはその意識が浸透していなかったことから、
はじめの一歩として、オリジナルの家具づくりを始めます。

大手企業の下請けの仕事を経てオリジナルの家具を手がけ始めた頃、
研修に入っていたスウェーデン人学生デザイナーとの出会いが、
ご夫妻のものづくりに北欧デザインの要素を吹き込んでいきます。

すべて道産材でつくられる〈THE FOREST〉シリーズ一番人気、幅のサイズを変えられる〈エクステンションテーブル〉。ベテランの職人が熟練の技で組み立てていく。

乾燥中のエクステンションテーブル。仕上げに塗るのは体やさしい植物性のオイルなので、工房の中は木のいい香りが漂う。

「1年間ここで働いた学生の彼がここに残してくれた家具づくりの情報や
人とのつながりは大きく、そこから、自分たちのいいと思う北欧テイストの
生活雑貨も取り扱うようになったんです」

平泉町、世界遺産〈中尊寺〉は
平安美術と物語の宝庫。
赤いスーツのガイドさんが案内

岩手県一関市と平泉町を舞台に進めるこの連載の
第4回目は、近年世界遺産として登録された「平泉」をレポート。
古くから観光名所で親しまれた史跡のひとつ〈中尊寺〉だが、
長年その魅力を伝えてきた地元でおなじみのガイドさんたちがいる。

東北の地で独自に発展。平安美術の宝庫

平泉は、「仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」として
2011年に世界遺産に登録され、平泉町に点在する中尊寺、毛越寺、
観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山の5つの構成資産からなる。

真っ赤なユニフォームに身を包み、しゃんと背筋を伸ばした立ち振る舞いが若々しいガイドの向井早苗さん。

「平泉には仏教の中でも、とくに浄土思想の考えに基づいてつくられた、
さまざまな寺院・庭園及び遺跡が一群として良好に保存されていたことが、
世界遺産への登録の際に評価されたポイントでした。

それらの寺院や庭園は、度重なる戦乱によって荒廃していた当時の平泉に、
平和な思想世界をつくり出そうとしたもの。
海外からの影響を受けつつも、日本で独自に発展を遂げたものなんです。
平泉の理想世界の表現は、ほかにないものとされています」

中尊寺の門前で、まるで自慢の家族を紹介するように、
親しみを込めて話す向井早苗さん。
真っ赤なスーツが愛らしい〈平泉町観光ガイド事務所〉に所属するガイドさんだ。
彼女たちが着ているこのユニフォームは、半世紀近くデザインは変わっておらず、
地元では、誰もが知っている中尊寺ガイドのシンボルカラーなのである。

「いい歳をして赤いスーツなんてちょっと恥ずかしい気もありますけど、
地元の女性にとっては憧れのユニフォームだった。
だから、誇らしい気持ちのほうがちょっと強いかしら」

今年75歳になる向井さんは、ガイド歴50年の大ベテラン。
中尊寺境内で、北東北地方の歴史に触れながら、中尊寺はもちろん、
毛越寺などほかの世界遺産の構成資産についての説明をしてくれる。
女性ばかり、15名の同僚たちとともに、
大晦日以外は個人・団体問わずガイド業務を行っている。

中尊寺全体マップ。(中尊寺HPより引用

ひとつの山がまるっと、物語あふれる場所

定番コースは、ガイド事務所もほど近い中尊寺表門から続く
月見坂から中尊寺本堂、そして金色堂と讃衡蔵を巡るコース。
その間、参道沿いに点在する小さなお堂や神社など、
つきっきりでそれぞれの個人的なおすすめスポットの情報などを交えながら、
みっちり1時間30分ほどかけて丁寧にガイドしてくれる。

この坂で月見を楽しんだことから「月見坂」と呼ばれるようになった。

樹齢400年ほどの立派なスギの木が立ち並ぶ月見坂を歩きながら、
向井さんの中尊寺ガイドが始まった。

「西暦850年に、宮城県、松島の〈瑞巌寺〉や山形県の立石寺などを開いた
比叡山延暦寺の高僧・慈覚大師円仁によって開かれ、平安時代に奥州を治めた
奥州藤原氏の初代・清衡公が建立したのがここ中尊寺です。

中尊寺は、山号を関山(かんざん)といいます。
17の寺院により構成される天台宗の一山寺院で、本堂や金色堂だけではなく、
小さなお堂、すべての総称として中尊寺と呼ぶのです。
山号の『関山』は、平安時代前にこの辺にあった『衣川関』の『関』。
お隣の一関市の『関』ではないんですよ(笑)、よく間違われているようですけどね」

北海道〈ゴロンタトマトジュース〉
一度飲むと忘れられない味。
そのおいしさの秘密は?

まるでフルーツのようなさわやかな味わい

〈ゴロンタトマトジュース〉。
一度聞いたら忘れない名前のこのジュース。そして、
一度飲んだら忘れられないおいしさのジュースでもあります。
旭川空港から車で約30分、大雪山の麓に広がる旭川市の美しい丘陵地帯、桜岡地区で
不耕起栽培、無農薬のトマトづくりを手がける〈パラダイスファーム〉。
塩も水も使わず、トマト100パーセントでつくられる贅沢なゴロンタトマトジュースは
併設の〈SHOP ゴロンタ〉で手に入れることができます。

直売所〈SHOP ゴロンタ〉はファームを営む大井健太郎さんが古い納屋を移築してリノベーション。右にはトマトジュースをつくる〈工房 ゴロンタ〉がある。畑からは旭岳の山頂が望めます。

ひとくち飲むと、トマトの濃厚な甘みの中にほんのりと酸味も感じられ、
驚くほどさわやかなおいしさが体に染み渡るよう。
トロリとした飲み心地でえぐみもなく、まるでフルーツの後味。
普段はトマトジュースが苦手な人が、ファンになってしまうという逸品です。

訪れたのは、ちょうどトマトの収穫時期。とれたての美しいトマトはみずみずしく、かぶりつくと甘みとともに本来の酸味がしっかり味わえる。

おいしさの秘密

ゴロンタトマトの収穫時期は7〜9月。種から育てているという品種は
サカタの〈シンディースイート〉中玉と大玉の2種類。
トマトジュースは、このふたつをブレンドし、皮と種を除いた
トマトから出る水分だけでじっくりと煮詰められてできあがります。

現在は、収穫するトマトの9割をジュースに加工。
夏の収穫期に1年分のジュースをつくり、保存しているそう。
全体で5000株というトマトのハウスには、整然とトマトの木が並び
あちこちで真っ赤に熟れたトマトが、最初の収穫期を迎えていました。

日差しのたっぷり入るハウスで育つ中玉トマト。1本の木で10段もの実をつける。

先に熟れるのが大玉トマト。無農薬で育てているものの虫の被害もないというゴロンタトマトはつやつやで生命力に満ちているよう。

案内してくれたパラダイスファームの代表、大井健太郎さんに
ゴロンタトマトジュースのおいしさの理由をうかがうと、

「トマトを樹で完熟させていることですね」と教えてくれました。

「普通のトマトジュースの、収穫してから追熟させて赤くするやり方とは
甘みがまったく違うんです。その分、トマトの樹に負担がかかるし
病気になりやすいので管理が大変ですが、味を落としたくないので、
こだわってこのスタイルを続けています」

帯広畜産大学を経て、在学中に農作業の楽しさに目覚め、農家を志したという大井健太郎さん。

東川町〈大雪山旭岳源水公園〉
清流とコケも幻想的!
大雪山が育む美しき甘露の水

マイナスイオンたっぷり、湧き水の公園

東川のまちから旭岳、天人峡方面へ伸びる1160号線を
車で走ること30分ほど。忠別湖を越え、旭岳へと向かう道に
入ってすぐを左折すると〈大雪旭岳源水公園〉が見えてきます。
旭岳をはじめとした大雪山連峰の地下深く蓄えられる
雪解け水が何十年、何百年かけて自然に濾過された
清冽な湧き水を、自由に汲むことができる名所です。

きれいに整備された〈大雪旭岳源水〉への入り口。

駐車場直結の、いつも多くの人でにぎわう取水場〈源水岩〉から
小道を挟んだ向こうには、源泉から流れ出る川に沿って遊歩道があります。
ふかふかの苔や瑞々しい緑が生い茂る川岸を眺めながら、
空のマイボトルを忘れず持参して、300メートルほど先にある源泉へ。

国立公園内に位置するため、森林が守られていることも湧き水が豊かな理由のひとつ。

ミネラルが豊富な旭岳源水が流れる川べりの緑は力強く、ひとつひとつが小さな森のように苔むした石の姿も愛らしい。

緑に包まれた清らかな空気の中、遊歩道を歩くだけでも
心身がすっきりとリフレッシュされるよう。

道の先には、〈平成の水100選〉にも選ばれた、
毎分4600リットルという湧出量を誇る源水の取水口が並んでいます。
こんこんと湧き出る大雪山からの恵みを、ぜひその場で味わってみましょう。

北海道〈東川アウトドアセンター〉
走る森林浴! 自転車、カヌーなど
夏の大雪山を巡る、水の旅

東川の自然を満喫できるツアー

6月、日本一遅い雪解けと同時に、大雪山には短い夏が訪れます。
大雪ならではのさわやかな夏は、登山や散策はもちろんのこと
屋外でのアクティビティを楽しむには最高のロケーション。

〈東川アウトドアセンター〉が6月中旬〜9月中旬に開催しているツアー
〈水の旅〉は、大雪山の育んだ清流、忠別川に沿って自転車で山を下り、
ふもとにあるダム湖〈忠別湖〉でカヌーを楽しむという二本立て。
初心者でも安心して楽しめる、おすすめのツアーです。

まずは、サイクリングからスタート

大雪山の火山活動によって、上川の層雲峡と同時期にできたという天人峡の柱状節理を眺めながら。

サイクリングのスタート地点は、忠別川の上流にある〈天人峡〉入り口。
ここから忠別湖までは約10キロ、ガイドの大友泰治さんの案内で
景勝ポイントに立ち寄りながらゆっくり進んで約1時間の下り坂です。
比較的傾斜がゆるやかで車通りも少ないため、
東川からのサイクリングコースとしても人気のある道のりだそう。

車道やトンネルでの走行、スピードの出し過ぎに気をつけて、いざ出発!

奇岩のそびえる〈七福岩〉に立つ景勝ポイント案内図。天人峡の奥にある日本の滝百選のひとつ〈羽衣の滝〉は、2013年の土砂崩れにより残念ながら現在も通行止め。

忠別川の支流クワウンナイ川は大雪山国立公園の中心、トムラウシ山が源流。雪解け水がなくなる真夏、透明度を増す川はとても美しいそう。沢登りで山へ向かうコースの入り口でもある。

忠別川に沿った道沿いでは、崖に這うツルアジサイの花や
道脇に流れる湧き水の瀬など、車で走るのとはひと味違う
さまざまな風景が目に飛び込んできます。
深い緑が続く道はつい深呼吸したくなる気持ちよさで、
「走る森林浴」という大友さんの表現がぴったり。

自転車から降りて忠別川の岸辺でひと休み。7月初旬の暑い日も、未だ雪解け水が混ざる川の水はひんやりとしています。

大雪山の山々の名づけ親、
小泉秀雄を知ってる?
〈大雪山ライブラリー〉

知られざるパイオニアの足跡を集めたライブラリー

1911年に旭川へ赴任した、山形県出身のとある博物科教師。
以来、彼は大雪山を全山踏破し、膨大な植物を採集して
植生や地形、沢の名に至るまでを緻密に調べ上げ
大雪山の山々の名づけ親となり、その全容を世に知らしめるという偉業を果たします。

彼の名は小泉秀雄(1885〜1945)。その知られざる仕事や文献とともに、
大雪山を中心に集められた山岳資料を閲覧できるのが、
旭岳のふもと東川町に2016年に誕生した〈東川町文化芸術交流センター〉
1階にある〈大雪山ライブラリー〉です。

小学校だった建物につくられた東川町文化芸術交流センターは、大雪山ライブラリーのほか留学生たちでにぎわう日本語学校や、ギャラリースペース、おいしい定食で人気の〈ひがしかわ食堂ワッカ〉などが入っている。

東川町から、大雪山を望む。

大雪山は、最高峰の旭岳を筆頭に黒岳やトムラウシ山など
いくつもの山がゆるやかに連なる巨大な山塊。縦走を楽しむ登山者も多く、
冬はバックカントリーのメッカとしても知られます。

高山植物研究家として名を知られる小泉の北海道、本州での業績や
大雪山の山々のなかにある彼の名を冠した「小泉岳」に光を当てたのが、
〈日本山書の会〉会員の清水敏一さんでした。

若い頃から登山や山スキーに親しんできた京都出身の清水敏一さん。転勤で北海道の岩見沢市へ移住、現在は大雪山ライブラリーの専門員。小泉に関する書籍を何冊も手がけてきた。

ライブラリー開設とともに東川町に移住した清水さん。47歳のとき、登山仲間から

「大雪山には著名な人物の名前のついた山が多いが、“小泉岳”という山の由来は?」

と聞かれたことがきっかけで、謎に包まれた小泉秀雄の存在を調べ始めることに。
やがて、小泉が大雪山の学術調査研究の第一人者であり、
大雪山にある多くの山々の名づけ親であったことがわかっていきます。

登山家のみならず芸術家や作家も寄稿していたという日本山岳会の機関誌『山岳』(1917年刊)に発表された小泉の「大雪山登山記」。自宅のある旭川からの登山行程はもちろんすべて徒歩。

絵を得意とした小泉が手書きした登山ルート記録。現在の天人峡温泉から登山道へ入っている。「テント場」「お花畑」などの記載や、アイヌ語の沢の名も。

ぜひ訪ねたい!
北海道最高峰〈旭岳〉の
壮大なスケールの絶景と花畑

北海道最高峰からの眺めは格別

〈旭岳〉の標高1600メートルにあるロープウェイ姿見駅を出ると、
間近に迫る雄大な山の姿が目に飛び込んできます。

北海道のほぼ中央に広がる、国内最大の広さを誇る国立公園の大雪山国立公園。
標高2000メートルを超える大雪山系の山々の中でも最高峰の旭岳は、
その厳しい気候と緯度の高さから、
本州では3000メートル級の高山帯でしか見られない高山植物が豊富。
短い夏の期間には可憐な花々が一面に咲きほこり、
“天空のお花畑”と称えられる風景が待っています。

7月上旬でも残雪が見られる旭岳は、ちょうど新緑の時期。高山植物の時期は登山客が全国から訪れる。日本で唯一森林限界(森林として生育できる限界の場所)を越えるロープウェイからのパノラマの眺めも堪能したい。

麓のまち、東川町から車で約40分。
標高1100メートルの〈山麓駅〉から旭岳ロープウェイに乗れば、
5合目の〈姿見駅〉まで片道10分とあっという間。
姿見駅到着と同時に、高山植物や注意事項について常駐のガイドさんから
簡単なレクチャーが行われるので、初体験の方は参加してみて。

きれいな歌声で出迎えてくれた野鳥〈ノゴマ〉。喉が赤く愛らしい姿。

今回同行してくれるのは、旭岳のみならず大雪山全体に詳しいガイドで
ネイチャーフォトグラファーとしても活躍する、大塚友記憲さん。

夏の旭岳の楽しみ方、高山植物や絶景ポイントなどを教えてもらいながら、
1周1.7キロ、1時間ほどの〈姿見散策コース〉をベースに、
旭岳の雄姿はもちろん、希少な高山植物に出会える旅へと出発です。

2017年は例年に比べて夏の訪れが遅く、7月上旬でも大きな雪渓が。強風の吹く旭岳の天気は急変することも多く、下界とは気温差が10度を超えるため、脱ぎ着できる防水の上着は必須。雪の残る場所も多いので、登山靴か長靴で出かけましょう。

旭岳を望む第1展望台。これほどクリアな姿はまれだとか。冬はパウダースノーに包まれる旭岳には、世界初の人工雪を製作した中谷宇吉郎氏が雪の結晶観察や研究のため訪れている。

残雪のなかに咲く、可憐な花々

日本一遅い雪解けと日本一早い紅葉が訪れると言われる旭岳の夏は短く、
6月中旬から8月上旬のシーズンには、散策路沿いだけでも
20種類もの高山植物が花をつけ、短い夏を惜しむかのように、
美しい絨毯のごとく咲き誇ります。

お花を探すのはもちろん、あちこちから聞こえる鳥の声に耳を澄ましながら、
極上のおいしい空気を胸いっぱいに吸い込みましょう。

あちこちで群れて咲くチングルマが。あと1週間もすれば一面のお花畑シーズンが始まります。

最初に出会えたのが、落葉小低木のチングルマ。
その後は次々と、コメバザクラ、ヒメイソツツジ、
ツツジの仲間というエゾノツガザクラの群落も見つけることができました。
地面にへばりつくように咲く健気な姿は、
つい立ち止まって写真に収めたくなる愛らしさです。

第3展望台すぐそばの鏡池。すぐ左には摺鉢池があり、ふたつ合わせて夫婦池と呼ばれる。この辺りでは運が良ければエゾシマリスに出会えることも。

ハイマツが生い茂り、このマツをねぐらに日本ではここだけに生息する
希少な野鳥〈ギンザンマシコ〉を待つカメラマンがずらりと並ぶ
第3展望台を通りすぎ、夫婦池の間を抜けて第4展望台へと向かいます。
大塚さん曰く、旭岳の過酷な環境に育つ高山植物は成長が遅く、
特にこのハイマツは、年間で9ミリしか育たないそう。

「一年中風が強いので、冬は雪が降ってもほとんどが吹き飛ばされます。
雪がないと氷点下20度の世界なので、植物は枯れてしまう。
積雪より上には植物は育たないという過酷な環境なんです」

エゾノツガザクラ。

大塚さんに教えてもらった、散策路沿いに見かける穴は地熱の噴き出し口。穴の付近はほかの場所より早く雪解けが始まります。

岩手・奥州市にオープンした
カフェと託児所
〈Cafe&Living Uchida〉
始まりは、子育ての経験から。
COKAGE STUDIO vol.1

COKAGE STUDIO vol.1 
異業種を組み合わせ、みんなが豊かになれる場所に

はじめまして。〈株式会社COKAGE STUDIO(コカゲスタジオ)〉代表の川島佳輔です。
岩手県の奥州市で、妻の珠美(以下タマミ)と息子の空(以下ソラ)と
娘の海(以下ウミ)の4人家族で暮らしています。子育てで感じた思いをかたちにすべく、
今年6月にカフェと託児所が併設された
〈Café&Living Uchida〉(以下ウチダ)をオープンしました。

ウチダは3階建ての古ビルを自分たちでリノベーションした施設で、
1階はカフェ兼託児所、2階は古道具を売るお店〈古道具FUCHI〉と
コカゲスタジオ編集部のデザインオフィスがあります。
3階も空いているので活用を検討中です。

この連載ではカフェと託児所という
既存の業態を組み合わせることになったきっかけや
DIYでハーフビルドした様子などをお話します。
どうぞよろしくお願いします。

きっかけは子育てして初めて気づいたさまざまな課題

2012年から約3年間岩手県盛岡市で暮らしていた私たちは、
タマミの出産を機に2015年にふたりの地元である岩手県奥州市へとUターンしました。

これまでタマミは保育士として保育園や幼稚園で幼児教育をしていましたが、
産休に入りしばらく保育現場から離れることに。
普段から子どもと関わっているものの、初めての子育てに不安も多くありました。

当時私は、企業のウェブプロモーションを担当する仕事をしていて、
SNSの運用やマーケティングを行う「中の人」です。
「タマミの出産とそろそろ独立したい」
と思ったタイミングが重なりウェブやグラフィックのデザインを生業に
フリーランスとして活動することに。

地元に戻り、しばらくは夫婦ふたりの自由なペースで暮らしてきた私たち。
そんな中で「子育て」は暮らしを大きく変化させました。

大阪の下町で、建築家と協働。
現場で広がるリノベの可能性!
いとうともひさvol.3

いとうともひさ vol.3 
建築家との協働だから生まれた、おもしろさ

前回はDIYのインストラクターの事例を交えて
空間のつくりかたを紹介しましたが、
今回はまた違った協働、設計者とのコラボレーションの話をしたいと思います。
大阪市此花区に事務所を構える設計事務所〈NOARCHITECTS〉から声をかけていただいて
工事に参加した「大辻の家」「スペース丁」という一連のプロジェクトをご紹介します。

NOARCHITECTSによるイメージスケッチ。左の棟が大辻の家、真ん中の入口がスペース丁。©NOARCHITECTS

大辻の家・2階の工事前写真。昭和に建てられたアパートによく見られる画一的な部屋割り。©NOARCHITECTS。

NOARCHITECTSの代表で、建築家の西山広志さんは、
僕が大学時代からお世話になっている同じ大学の先輩であり、
実務でも何回か協働させてもらっています。
西山さん夫婦の住まいとなった「大辻の家」は、
此花地区にある空き家を改修することとなりました。
(詳しい経緯は、リノベのススメにて紹介)

描きすぎない設計と考える施工のバランス。

大辻の家のつくり方で特徴的だったのは西山さんの図面と、
その指示をもとに施工することを基本にしているのは通常通りなのですが、
ところどころ図面に空白部分が残されているんです。
まるで「いとうくんならどうする?」という声が聞こえてきそう。
大工としてワクワクしながら工事したのを覚えています。

2階の工事中写真。テーブルになる大きな窓枠も現場で生まれたアイデア。

大辻の家の2階の工事後写真。天井はMICROCOSMOS、壁はいとうともひさが工事。©NOARCHITECTS

例えば1階のキッチンのシンクはもともとタイルが割れたり
汚れたりしていて汚いものだったのですが、
もとのかたちを生かしつつ、ステンレス製のシンクに交換。
キッチン全体をどういうかたちにするかは現場で、意見を交換しながら決めていきました。

材料は安くても、このキッチンはここにしかない一点もの。
すべて取り替えて新しいシステムキッチンを入れるという選択肢もあるなかで、
あえて手づくりにこだわる意味を考えました。

長く愛してもらえるような、そしてここに流れる時間をイメージして

「日常に溶け込むようなキッチンを」

という気持ちで提案し、西山さんと話し合いながら工事はスタートしました。
こちらの提案を尊重してもらい、
タイルとステンレスの間に木材の層をサンドイッチしたキッチンができました。

大辻の家・1階の工事後写真。設備はPOS建築観察設計研究所・キッチンはいとうともひさが担当。

北海道〈Villaニセウコロコロ〉
一棟貸し宿で、まちの日常を体感!
おすすめ東川のコーヒーショップへ

美しい山を眺めて、のんびり過ごすなら

道内でも有数のおいしい米どころとして知られる、
大雪山が宿した豊かな水が流れるまち、東川。
そんなこの土地を満喫するなら、自然に囲まれた一棟貸しの宿がおすすめです。

旭川空港から車で15分ほど走ると見えてくる
田園風景にそっと寄り添う3棟の愛らしいヴィラが、
大雪山を望む一棟貸しの宿〈ニセウコロコロ〉です。

〈ペロ〉のリビング。素材から厳選された建物は床材も棟ごと、部屋ごとに異なり、こちらはナラの木を、寝室にはウォルナットを使用。木のいい香りが深いくつろぎを誘います。

「ニセウ」とは、アイヌ語で「どんぐり」のこと。
アイヌの人々の暮らしに欠かせない存在だったどんぐりをモチーフに、
それぞれ間取りやインテリアに個性のある3つの棟にも
〈ペロ(ミズナラ)〉、〈チカプ(コナラ)〉、〈トゥンニ(カシワ)〉と
どんぐりの木の名前がつけられています。

どの棟もキッチン用具や食器、洗濯機まで揃った、美しい別荘のような佇まい。
暮らすように滞在できるしつらえが、すみずみまで行き届いています。

気持ちいい対面型キッチンつきの〈チカプ〉では料理も楽しみたい。夏なら野菜は車ですぐの〈道の駅ひがしかわ〉、新鮮な魚介はちょっと足をのばして旭川のスーパー〈ウェスタン〉へ。

新潟県燕市の〈吉田金属工業〉がつくるブランド〈グローバル〉の包丁をはじめ、キッチンの引き出しには、使ってみると良さが実感できて自分の暮らしにも欲しくなる上質なアイテムが並びます。朝食用にパンや卵などの〈ひがしかわのおいしいものセット〉が用意されているのもうれしい。

木材や漆喰など、体にやさしい空間

旅好きのオーナーの正垣智弘さんご夫妻が、自身の旅経験やこだわりを生かし
理想をかたちにしたという建物は、
東川に家具工房とショップ&カフェをもつ〈北の住まい設計社〉に依頼。
機能的でナチュラルな雰囲気をもつ空間と調和するような
雑貨やキッチン道具のセレクトはご夫妻自らで行い、
各棟とも北欧のようにシンプルな心地よさに包まれています。
3棟それぞれの特長や、オープンまでの詳しい経緯についてはコロカルのこちらの記事で。

朝を迎えるのが楽しみになる、光の美しい〈チカプ〉の洗面台。清潔感あふれる白いタイルがポイント。壁には調湿効果のある珪藻土を使用していて、室内の空気も清々しい。

一関、湯治トレッキングの旅!
秘湯〈須川高原温泉〉と栗駒山へ

岩手県の南端にある岩手県一関市には、
昔から地元民に親しまれ、知る人ぞ知る山の上の湯治場がある。
ほぼ秋田県と宮城県と岩手県の3県の県境にある栗駒山の〈須川高原温泉〉だ。

……宮城県と岩手県の県境近くの山の中に、小さなひなびた湯治場を見つけ、
そこでいったん移動を中断することにした。
深い渓谷の奥にある名もない温泉で、
地元の人々が療養のために長逗留するような宿だった。……
村上春樹『騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア編』(新潮社)より

実は、村上春樹氏の長編小説にも登場し、
傷心の主人公の男性があてもなく旅をしながら行き着いた
その「ひなびた湯治場」をイメージさせる場所は、一関市の西端にある。

須川高原温泉の大露天風呂。湧き出てすぐは、無色でコバルトブルー。時間が経つと乳白色に変化。

自然が深い、栗駒国定公園の主峰・栗駒山の入り口に位置する須川温泉は、
修験の場として人が入り始めた1130年前に開湯したと伝えられる秘湯だ。
携帯電話もほとんどつながらず(2017年7月時にソフトバンクは圏外)、
原生的な自然以外にはこれといった娯楽もない。

標高1626メートルの栗駒山は、岩手県、宮城県、秋田県の3県にまたがり、
岩手県では「須川岳」の別称で親しまれている。
まずは、比較的初心者向けという須川岳を登ってみた。

真夏でも山頂の気温は10℃以下になることもあり、奥羽山脈の稜線ゆえに天気が変わりやすいので、しっかりとした装備を忘れるべからず。入山にあたっては、登山道口の施設で入山届けを提出すべし。

山の上のお花畑は、メルヘンチックワンダーランド

この山の魅力は、登山ルートが豊富なこと。1時間ほどで登れる緩やかなコースから、
湿原、峡谷、湖沼、ブナの原生林など変化に富んだ地形を楽しみながら
約5時間かけて登るベテラン向きのコースなど、10以上のコースが楽しめる。

岩手県、宮城県、秋田県にまたがる栗駒山は、各県から登山口があり、温泉が沸き出している。マップの赤線が登山道左奥は宮城県、右は秋田県へと続く。(Googleマップより作図)

「一関側からのルートだと、高山植物を楽しめる往復3時間弱の『須川コース』。
須川は、高山植物の宝庫として知られていて、
季節ごとにいろんな草木を楽しむことができる。
5〜6月はミツバオウレンやミネザクラ、
6〜7月のイワハゼにワタスゲ、7〜8月にはイワショウブ。
可憐な高山植物を愛でつつ、写真に収めながら歩くのにちょうどいい、
緩やかな勾配が気持ちいいよ」

そう話す千田典文さんは、地元の一関第一高校在学中から、
50年近く須川岳に登り続ける、岩手県認定の熟練のネイチャー・ガイドだ。

須川岳をはじめとする岩手県内外の山に登りまくること約50年の千田典文さん。岩手県認定の環境アドバイザーとして、取材前日も岩手山のガイドに赴いていたという健脚の持ち主だ。高山植物の知識は博士級。

ちょうど見頃を迎えていたオオバキスミレ。厳しい冬を乗り越えて一時だけ花を咲かせる高山植物の一生は、東北の人のよう。

可憐なピンク色のツリガネツツジ。

この日は秋田県側入り口から八幡平、地獄釜、賽の磧(さいのかわら)を抜け、
まずは、名残ヶ原へ。

幻想的な雰囲気のなか、八幡平から賽の磧へ抜ける。

「高山植物が多く群生するのは、
須川高原温泉の源泉から『ゼッタ沢コース』に向かう途中にある
〈展望台〉と呼ばれる辺り。7月頭のちょうど今頃だと、
通称〈お花畑〉と呼ばれる名残ヶ原の湿原は、
ワタスゲが残っているんじゃないかな」(千田さん)

その言葉通り、お花畑にはタンポポの綿毛にも似たワタスゲが群生しており、
どこかメルヘンチックな雰囲気が広がっていた。

山間に突然広がるその光景は、文字通り“お花畑”。季節に応じて、花の色が変わる。取材時はワタスゲ畑に。

〈キトウシ森林公園家族旅行村〉
レンタサイクルと森のコテージ。
アウトドア滞在ならココ!

まちにも近い、自然豊かな遊び場

澄んだ空気をめいっぱいに吸い込みながら、
気の向くまま美しい自然や一面に広がる田園風景、気になるお店を自転車で巡る……。
夏ならではの東川の魅力をたっぷり体感するなら、
誰でも気軽にトライできるサイクリングがおすすめ。

まちの北側に位置する〈キトウシ森林公園家族旅行村〉は、
レンタサイクルで最新式の高性能な自転車のレンタルができるほか、
一棟貸しケビンでゆっくりとした宿泊も楽しめる、人気のスポットです。

(写真提供:キトウシ森林公園家族旅行村)

アイヌ語で「ギョウジャニンニクが群生する」を意味するキトウシ。山をそのまま生かした、のどかで心地よい自然に包まれています。

超軽量のレンタサイクルで、リフレッシュ!

標高457メートルの岐登牛(キトウシ)山一帯に広がるキトウシ森林公園は、
東川のまちや道の駅から車で10分。
レンタサイクルの受付は駐車場側の事務所で行っています。
アウトドアブランド〈モンベル〉が
日本の地形や日本人の体格に合わせて開発した自転車〈シャイディック〉は
約9キロで、女性でも簡単に持ち上げられる軽さ。
初心者向きから上級者用まで、ハンドルの異なる3タイプから選べます。

今回取材で利用したのは〈ブルホーンハンドル〉タイプ。長く走行しても手の置き所が変えられて重心を動かしやすい。乗り手に合わせて高さを調節しているところ。

大雪山まわりのサイクリングの魅力は、風景のすばらしさはもちろん、
サイクリングロードの整備がしっかりとされていること。
さまざまなコースがあるので、レベルに合わせて選ぶことができます。

「サイクリングで回る東川は最高ですよ! 
ここから出発するなら、少し上級者向けですが、
忠別(ちゅうべつ)ダムへ向かうコースがおすすめ。
車では入れないダムの堤防から見える旭岳や湖がとてもきれいなんです」
そう教えてくれたのは、
キトウシ森林公園を管理する東川振興公社の莫日根(ムリグン)さん。
さっそく、東川ならではのサイクリングコースへと出かけてみましょう。

北海道、旭岳温泉〈湯元 湧駒荘〉
5種の源泉はすべてかけ流し。
静かに過ごす、山の美食宿

道産木材の山小屋ツインがリニューアルオープン!

あたり一面が輝くような緑に包まれる大雪山の夏。
この時期、全国から多くの登山客が訪れる旭岳ロープウェイのほど近くに、
名湯とうたわれる旭岳温泉があり、数軒の宿泊施設が建ち並びます。
冬季の積雪量が45メートルを超えるという旭岳。
大雪山国立公園の雄大な自然に抱かれた、まさに秘湯の宿です。

なかでも、ていねいな料理が味わえ、地下で豊かに蓄えられた
湧き水〈湧駒水(ゆこまんすい)〉とともに5種類もの源泉をもち、
3つのかけ流し温泉を湯巡りできるのが〈湯元 湧駒荘〉(ゆこまんそう)。

訪れたのは7月上旬。緑に包まれた宿の入り口からは旭岳の雄姿が見えます。

山の上の秘境にありながら旭川空港から車で45分とアクセスのいい湧駒荘。
ふもとのまち東川へも片道30分で行き来できます。

滞在するなら、木造建築を改装した別棟2階に
2017年6月にオープンしたばかりのハイグレードな洋室〈山小屋ツイン〉がおすすめ。
本館の趣ある和室とはまたひと味異なり、
北海道の素材やつくりにこだわった、上質な安らぎを感じられる空間です。

傾斜のある天井が高く、広々とした印象の山小屋ツイン。温泉のあとは東京西川の最高グレードの寝具に体を沈めよう。マットレスは快適な睡眠を提供する〈Air〉を採用。

あたたかみのあるサイドテーブルとチェア。木の質感を生かした家具は旭川家具の老舗〈匠工芸〉が手がけています。

自分で挽いた豆でゆっくりとコーヒーを淹れる。そんなくつろぎのひとときも楽しみのひとつ。豆は函館の老舗店〈美鈴コーヒー〉。

ホタテの貝殻でつくられた漆喰があたたかみのある白壁。
高い天井を見上げると、北海道でかつて主に大きな建物に使われた
洋小屋トラスと呼ばれる構造が、どっしりとした存在感を放っています。
建材はタモやトドマツなど北海道産。
地元の素材に包まれた空間でまずはゆっくりとひと息ついたら、
お楽しみの湯巡りに出かけてみましょう。

旬は、夏。北海道積丹半島のウニ!
評判のおいしさの裏にある、
漁師たちの仕事とは

泊村のウニ漁に密着!

積丹半島の夏を感じる海の幸といえば、なんといってもウニである。
泊村のウニ漁は毎年7月半ばから始まる。

古宇郡漁業協同組合の泊地区青年部長で第八哲栄丸を駆る
小塚哲弘さんのウニ漁を見せてもらった。
ガラス箱で海底を覗きながら“タモ”と呼ばれる柄の長い網でとる、伝統的な漁法だ。

半分身を乗り出して、ウニを獲る。

キタムラサキウニが大漁!

Next Commons Lab
ファウンダー・林 篤志さん 
地方での起業を応援する、
新たな仕組みづくりとは。

日本の地方から、ポスト資本主義社会を具現化する

「3年間のベーシック・インカム付き起業家募集」
これは、社会インフラ先進国・フィンランドのお話ではない。
2016年に、柳田國男の『遠野物語』の舞台として知られる
岩手県遠野市で立ち上がったプロジェクトメンバーの募集広告だ。
応募条件は、

「遠野市に住民票を移すこと」

「地元の資源を生かして起業すること」のふたつ。

採用された起業家には、総務省の「地域おこし協力隊」の制度を活用して
月額16万円程度の所得補償を受けられる。
この遠野市の募集には83名がエントリーし、14名が採用された。

「ローカルブルワリー」「発酵」「テクノロジー」「限界集落」「産前産後ケア」
「超低コスト住宅開発」「デザイン」「食」など、
地元のニーズや地域課題から生まれたテーマで、
〈ロート製薬〉〈キリン〉などの企業もプロジェクト・パートナーとして迎えながら、
メンバーたちは着々と活動を始めている。

〈Next Commons Lab〉遠野のメンバーたち。(写真提供:Next Commons Lab)

このプロジェクトの中心を担うのは〈Next Commons Lab〉(以下NCL)
というプラットフォームだ。
発案者である林 篤志さんは、自らも遠野市に移住し、
リサーチを重ねながらそのプランニングを行った。遠野市で始まったNCLは、
現在奈良県の奥大和地域や石川県の加賀市、宮城県の南三陸町など、
日本各地のさまざまな地域でプロジェクトを進めている。

そもそもNCLとは何ぞや?

革新的な地方活性の試みや地方創生の文脈で注目を集めているが、
単なるイカした名前の地域づくりの会社ではない。

「僕たちの目的は、あくまで『ポスト資本主義社会』を具現化していくこと。
NCLというプラットフォームを使って、異分野で活躍するクリエイターや起業家、
最先端の技術と知見を持った企業、地域の資源や人材をつなぎ合わせ、
新しい働き方や暮らし方を実践するための場所です。

『ポスト資本主義社会』とは、現在の国家や資本主義市場を
ひっくり返すとか、否定するということではなく、
新たな社会構造=オペレーティング・システムを持つこと。

そのシステムでは、各地のNCL拠点に共通の価値観を持つ人々が集まり、
小さな拡張家族的コミュニティがつながって、
人材・情報・知見が自由に行き来することができる。

現在、各地でNCLが行っている活動は、
そんな新しい社会インフラをつくるための実験の場です。
今後は、段階的に既存の貨幣システムだけに頼らない
新たな通貨システムなども導入したいと思っています」

「NCLを機能させるためには、3つの機能が必要です。

1つ目は、インキュベーション。
既存の『地域おこし協力隊』制度を活用した『ローカルベンチャースクール』の展開、
民間企業との積極的なコラボレーションによって、起業家の能力開発や
事業創出サポートを行います。

2つ目は、人と人のマッチングを促すためのコミュニケーション。
テクノロジーを用いた地域資源の可視化と、
NCLメンバーを中心とする人々のニーズやスキルの
マッチング・プラットフォームの開発を行います。

3つ目は、インフラの整備。
使われなくなった学校などの遊休施設や、空き家をリノベーションして、
暮らしと仕事の拠点として整備します。
誰でも自由に滞在することができるハード面の整備を行っていきます。

現在、NCL全体のネットワークに関わる、東京をベースにして働くメンバーが7名くらい、
あとは各地に運営事務局となる現地法人をつくって、
3名の常駐スタッフが各プロジェクトを進めています。
地域によって、現地法人を立ち上げることもありますし、
現地の地域団体などと協働する場合もあります」

遠野市中央通りにあるNCLの拠点〈Commons cafe〉。大正時代に建てられた時計店をリノベしたもので、1階は地元の人をはじめ誰でも気軽に立ち寄ることのできるカフェ・スペース。2階はメンバーが使うコワーキング・スペース。遊休物件のリノベ&サブリースは、NCL各現地法人の事業として行う。(写真提供:Next Commons Lab)

「ポスト資本主義」「拡張家族的コミュニティ」「実験」……。
一見すると、NCLは非常に理想主義的で
実用性を伴わない活動をしているように思えるかもしれない。
しかし、その立ち上げまでの林さんの活動を知ると、それが地に足のついた、
一般市民である私たちにとっても共感できる取り組みであることが実感できる。

北海道・泊村〈さかずきテラス〉
海が見えるカフェとシーカヤックで
積丹ブルーをその手に!

マリンアクティビティで青い海を全力で楽しむ

積丹半島の西海岸、岩内町から泊村を通り神恵内(かもえない)村までの間は
ずっと車で海岸線を走っていける。泊村からもう少しで神恵内村に差しかかりそうな頃、
歩いて橋を渡れる弁天島という島が見えてくる。
その弁天島を臨むようにして海沿いに建っているのが〈さかずきテラス〉だ。

2016年7月にオープンし、
このエリアで注目のマリンアクティビティが楽しめる〈さかずきテラス〉。
スノーケリングやダイビングに加えて、
シットオンカヤックやクローズデッキタイプのシーカヤックなど、バリエーションも豊富。
せっかく夏に積丹西海岸を訪れたのなら、美しい海へと飛び出してみたい。

山から海までが表現されている〈さかずきテラス〉のサイン。

初心者向けには、シットオンカヤックに乗って、
目の前にある弁天島を40分ほどかけて1周するコース。
中級者にはクローズデッキシーカヤックで隣の神恵内村まで行くこともできる。
4キロメートルほどを2時間かけていくコースもある。
さっそく、クローズデッキタイプのシーカヤックを体験してみた。

海沿いにカヤックを準備。簡単なレクチャーを受けて出発。

「このあたりには海からしか見ることのできない、
かつてニシン漁で栄えた名残りなどが見られますよ」と教えてくれたのは、
海の上でシーカヤックガイドをしてくれたさかずきテラス店長の徳間貴之さん。

さかずきテラス店長の徳間貴之さん。地域住民からブリやメロンをもらうことも。

断崖絶壁になっている岩場などを、海面レベルから見られるのはおもしろい体験だ。
崖を這うようにしてかつての旧道跡地がいまだ残されており、
少し前までは、人が訪れるのが容易ではない秘境であったことを感じさせる。
30〜40年前までは、この先の神恵内村へは岩内と結んでいた
定期連絡船〈かむい丸〉が主な交通手段だったのだから。

「100年前のものがゴロゴロ転がっているんですよ。
古い鉄のアンカーとか、木の電柱に電線も残っていたり。
袋澗(ふくろま)と呼ばれる、
かつてのニシンの水揚げ場などがそのまま残っている場所もあります」

岩手〈小田中染工房〉の
美しい型染めデザイン。
芹沢染紙研究所で学んだこととは

代々続く小さなまちの染物店

奥羽山脈と北上高地に囲まれ、まちの中央を北上川が流れる
自然豊かなまち岩手県紫波町。農業が基幹産業となっており、
りんご、ぶどうなどの果物やもち米などの水稲の産地として知られている。

工房裏を流れる滝名川。

農業のまちで昔から人々の暮らしで重宝されてきた染物。
染物屋は、染色に使う糊を洗い流す工程で、新鮮な水が大量に必要とされたため、
川沿いに工房を構えることがほとんど。
紫波町の西部に流れる滝名川のほとりに店舗を構える〈小田中染工房〉もそのひとつだ。

80年以上続く小田中染物工房。

小田中染工房の3代目を務める型染め作家の小田中耕一さん。
反物や手ぬぐいなど先代から引き継いだ地元の祭りなどに使う染物に加えて、
型染めの技法を生かしたパッケージデザインや本の装丁など仕事は幅広い。

「家業は継ぐものだと思っていたから抵抗はなかった」と話す小田中さん。今年で40年目。

宮沢賢治の著書『注文の多い料理店』を出版し、のちに民芸店となった
盛岡市の〈光原社〉が販売する〈くるみクッキー〉のパッケージや、
セレクトショップ〈BEAMS〉のレーベル〈BEAMS fennica〉の広告物なども、
手がけたことがある。

20年以上愛用されている〈光原社〉のくるみクッキーのパッケージも小田中さんによるもの。裏庭にあったくるみの木のスケッチから生まれたものなんだそう。

左は、BEAMS主宰の工芸の展覧会ポスター用に作成し、右は〈手仕事フォーラム〉主宰の展示会のDMに作成したもの。どちらもビビッドな色合のなかに、工芸のぬくもりが伝わってくる。

東京・佃島にある〈つくだ煮処 つくしん〉のパッケージ。長く愛される商品の良さを伝える、素朴であたたかみあるデザイン。

始まりは、麻の野良着の藍染め

小田中染工房は藍染めを行う紺屋として昭和初期に創業。
当時は農家の作業着を藍染めする仕事が主力だった。
藍には抗菌や保湿、防虫などの効果があるため、
野良着やもんぺなどの農作業着は藍で染められていた。
しかし農業の方法が変化し、服装が変わると需要は次第に減少。

「今となっては良いことだったのか悪いことだったのか。
工房を続けていくためにどうしたらいいかと考えた末、
型染め、印染め(しるしぞめ)を始めることになったそうです」

“印染め”とはのれんや手ぬぐい、半纏など商いの目印となる染物のこと。
型染めは、下絵にそって彫った型紙に、
もち米を主原料とした防染糊(ぼうせんのり)を用いて染める、
日本で古くから伝わる染色技法だ。小田中さんの先々代は、
その技法を取り入れるため、外の紺屋で学び習得し、生業とした。

炊いたもち米と糠・石灰・塩を材料として、つくられる防染糊。

上京、そして師との出会い

小田中さんは高校でグラフィックデザインを学び、卒業すると共に上京。
一般的に分業して行われていた型染めの工程をひとりで一貫して行う、
「型絵染」で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された芹沢銈介さんのもとへ。
民芸運動を代表するひとりとして知られる芹沢さんは、「型絵染」を確立した第一人者。
一枚の型紙を使って多彩な模様染めをする沖縄の紅型(びんがた)に精通し、
従来の枠にとらわれない技法で独創的な作品を次々と生み出した。

「お客さまに、芹沢染紙研究所に居らした方が来られて、
型染めに興味があるならと勧めていただいたのがきっかけでした。
その方が持参した芹沢銈介自選作品集を見せていただき、
こんなことができるのかと衝撃を受け、すぐに入所を志願しました」

工房に飾られる芹沢さんの写真。小田中さんは芹沢さんを今でも「先生」と呼び、慕っている。

芹沢染紙研究所は、昭和30年、東京の蒲田に設立。
研究所ではカレンダーやはがき、うちわなどを制作し、
「日用品として購入できる、安価なものであること」、
「需要に応じるため、数多くつくられたものであること」など民芸の考え方を実践した。

型紙を整理するお手伝いなどをしながら研究所に8年間在籍。
小田中さんは、芹沢さんの型紙に目を通す中で学んだことがあると言う。

佐渡島に古民家宿がオープン。
〈ぐるり竹とたらい湯の宿〉
が始まる。伝泊 vol.3

伝泊 vol.3

こんにちは。一級建築士事務所アトリエ・天工人の山下保博です。
第1回目第2回目を読んでいただいた方には、
僕の故郷である奄美大島の魅力を十分にお伝えできたでしょうか?(笑)
伝統的、伝説的な古民家を探し出して、改修することで宿泊施設として蘇らせ、
さらに地域のコミュニティとして開放する仕組みを〈伝泊〉(でんぱく)と名づけて
活動しています。これまで奄美で5棟の古民家を宿泊施設としてオープンしました。

新潟・佐渡島で伝泊が始まった理由

今回オープンした伝泊・佐渡の〈ぐるり竹とたらい湯の宿〉の外観。どんな宿になったのかは記事後半で。

第3回では、スタートしたばかりの佐渡島の伝泊について、お話します。
新潟県の佐渡島は、沖縄本島を除くと日本で一番大きな島です。
面積は東京都23区がすっぽりと入ってしまうほどの大きさ、人口は約57000人です。

歴史的には流人の島として日蓮聖人や世阿弥などが足跡を残した地であり、
江戸時代からは金山が大いに栄えました。
日本の地形の縮図であるとも言われる豊かな自然、
能や民謡〈佐渡おけさ〉、郷土芸能〈鬼太鼓〉(おんでこ)など
多彩な伝統文化も伝わる島です。

僕が初めて佐渡を訪れたのは2016年の12月のこと。
真冬でしたから、「寒いところに来たなぁ……」という印象でした。

佐渡と言えば金山で有名。史跡〈佐渡金山〉。

伝泊・佐渡スタートのきっかけは、若い建築家の仲間、
〈andfujiizaki 一級建築士事務所〉(以下アンドフジイザキ)の
藤井千晶さん、井崎恵さんとの出会いです。

藤井さん、井崎さんは、東京に事務所を置く建築家ですが、以前から佐渡の空き家調査や、
廃校になった小学校の利活用プロジェクトで佐渡と東京を行き来していました。
すっかり佐渡に魅了されていたおふたりから、
佐渡でも空き家を活用した伝泊ができないかと相談されたのが始まりですね。
そして3人で、佐渡のいろいろな空き家のリサーチを始めたのが今年の2月でした。

アンドフジイザキのふたりと佐渡の空き家をリサーチして歩いた。(photo:2017 Morto Yoshida)

伝泊・佐渡 7つの条件

奄美の伝泊と同じく、コンセプトは50年以上経った佐渡島の伝統的な建築が対象です。
僕たちが考える佐渡島の伝統建築とは、どのようなものかを7つに分けて紹介いたします。

1 集落によって異なる建物配置

佐渡では、漁村部、農村部、町屋によって習慣や生活がさまざまであるが、
その違いが建物の配置に表れており集落ごとに特徴のある建物配置になっている。

2 オマエ(御前)のある平面構成

神棚があり、ハレの日などの宴会に使われた。囲炉裏や天井は
吹き抜けになっている場合が多く、家の中心にあたる。
普段は居間として使われている場合が多い。

3 地産材を大らかに使った骨組みと意匠

あてび、ケヤキ、地松などの佐渡の木材が多用されている。
大断面の大黒柱や貫が露出されているのも特徴のひとつ。

4 土間の空間

入口から裏口まで土間が続く通り土間。町屋の長屋にも多く見られる。

5 昔ながらの屋根葺き材

光沢を持つ黒い能登瓦、薄く割った木羽を何枚も重ね、
その上に石を置いた木羽葺石置屋根、そして茅葺きなどがある。

6 木張りの外壁と杉の根元部分の曲線を生かした破風

海風から家屋を守るため、多くの建物は、外壁は縦板張りである。
屋根の「へ」の字部分である破風(はふ)は木の根元部分を生かし、
棟にむかって太くなっているなどの特徴が見られる。

7 自然から耐える知恵(防風林、竹柵)

周囲を海に囲まれ、大佐渡小佐渡の山からの吹き下ろしの風も受ける佐渡島では、
防風林や竹柵が集落や家の周囲に備わっている場合が多い。

佐渡の南部には、宿根木(しゅくねぎ)という地域があって、
重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて、独特の古いまち並みが保存されています。
しかし、そういった保存地区以外の家やまち並みも本当に美しいんです。
佐渡の人たちが、集落のなかで協力しながら大切に守ってきたのだなあということが、
非常によくわかりました。

宿根木のまち並み。

元衣料品店の空き家を改修

そうしたリサーチのなかで僕たちが心惹かれた場所のひとつに、
松ヶ崎という集落があります。「屋号の里」として知られていて、
それぞれの家は「源太郎」さん、「権右エ門」さんなどと今でも古い屋号で呼び合っています。

まち並み再生の取り組みにより統一感ある外観となっており、
家ごとに屋号の看板をつくったり、漁具や古民具などを玄関の外に飾ったりと、
住民が一体となってさまざまな取り組みが行われている集落のひとつです。

松ヶ崎の集落。

屋号の名前も看板の形も個性豊かで見応えがある。

今回の伝泊に選んだのは、築100年以上といわれる「カネモ」という屋号の民家で、
以前は衣料品店として使われたこともある建物です。内部は非常に状態が良く、
広さもプランも申し分ない。
お店屋さんらしく玄関横にはかわいらしいショーウィンドーが付いています。

空き家でもショーウィンドーに小物が飾られている。(photo:2017 Morto Yoshida)

何よりもすばらしいのは、カネモの建物の管理を任されている本行寺の住職さんをはじめ、
向かいの海産物加工販売〈菊池商店〉のご主人など集落の方々、
周辺に在住されている元地域おこし協力隊のメンバーや、行政の方も含めて、
多くの人たちが伝泊を歓迎してくれ、協力を申し出てくれたことです。

アンドフジイザキとアトリエ・天工人で共同で「カネモ」を借り、
伝泊として運営していくことが決まりました。

佐渡の竹を使った工芸ワークショップ

奄美の伝泊と同じように、建物をできるだけ元の姿に戻しながら、
水まわりなどは快適に使えるように清潔で
使い勝手の良いものに変えていくというポリシーのもとに改修が始まりました。

僕が全体のディレクションを行い、アンドフジイザキのふたりが、
女性らしい感性で細部まで気配りの行き届いた図面を描き、
何度も佐渡と東京を行き来して、僕たちと現地の間の調整もしてくれました。
工事中は、多くの集落の方がボランティアで作業を手伝ってくださったり、
毎日のように工事の様子を見に来てくださったり。

大工さんや左官屋さんと、ひと仕事終われば宴会になることも。

一ノ関駅前の空き店舗を再生。
地域の交流拠点〈一BA〉の
リノベ物語

地域とつながる駅前拠点に

岩手県一関市で、地域の若手経営者が観光と物産の新しい動きをつくるべく、
設立されたのが、〈一般社団法人 一関平泉イン・アウトバンド推進協議会〉(以下IOB)。
同法人の拠点として、
2017年7月1日に〈一BA〉(いちば)がJR一ノ関駅前にオープンした。

コワーキング・スペース兼ワークショップ・スペース〈co-ba ichinoseki〉、
地元産商品を扱うショップ、観光案内所などの機能を持つこの場所は、
活気のある「市場」のような場所になることを目的としている。

2017年1月、さまざまな思いを乗せて始まった拠点づくり。
元薬局だった古い店舗ビルがどのように生まれ変わっていったのか。
前回(記事はコチラから)は設立までの経緯を追ったが、
連載2回目の今回は、DIY感満載の一BAのリノベーションの様子をレポートする。

まだ内装途中の一BAに集合したワークショップ参加者たち。路面に面した入り口の窓ガラスがないため、ひっきりなしにまち行く人に声をかけられる。かえってよいPRになり、一石二鳥。

嵐のようなスピード感で進んだIOBの立ち上げと並行して進められたのが、
駅前拠点の物件探しだった。

「一関・平泉観光の玄関口、一ノ関駅から近いこと」

「コワーキング&ワークショップ・スペースを確保できること」

「宿泊施設として利用できること」

というシンプルな条件で、まずは物件探し。
さすがはまちに根ざす老舗の経営者たち、すぐに候補地は見つかった。
駅から徒歩1分以内。1階は約58平米のワンフロアと、
2階にリフォーム済みの住居スペースを併せ持つ、2階建ての元薬局の古いビルだ。

ユニークなもち文化が根づく一関ではあるが、
「餅は餅屋で」もとい「設計は設計屋で」と、
岩手県花巻市をベースに活動する建築デザイナーの有原寿典さんに依頼した。
有原さんは、〈トラフ建築設計事務所〉などを経て、
地元岩手県に2016年Uターン。再オープンして話題になった花巻市の
マルカンビル1階テナントの空間デザインも手がけている。

有原さんは、トラフ時代には〈NIKE〉や〈FREITAG〉などのショップデザインを中心に手がけてきた。有原設計室
http://www.ariharadesign.com/

コンパクトな空間を、最大限に生かすには

一BAの改修について、
2017年3月末日に依頼を受けて、4月末には設計をフィックスするという
タイトなスケジュールにもかかわらず、
「地方で『宿泊兼シェアオフィス』なんて物件はなかなかないので、
すぐに引き受けさせてもらいました」と有原さん。

「スタート時点で物件が既に決まっていたし、
シェアオフィスで10席程度、観光案内のための常駐用カウンター、
ワークショップ・スペースの確保など、
用途もしっかりと決まっていたので、とてもやりやすかったですね」

理事のメンバーのひとり、京屋染物店の技術を生かし、
パーテーションなどに布を使う、看板代わりに暖簾を使うなど、
すぐにアイデアがふくらんでいったそうだ。

一BAの理事である京屋染物店の蜂谷淳平さんが手づくりした暖簾を、看板やパーテーションにと効果的に利用した。

一関市〈一BA〉(いちば)とは?
新たな観光&物産の拠点に込めた、
地元若手経営者たちの思い

東京から、東北新幹線で約2時間。
宮城県、秋田県との県境に位置する岩手県南の交通の要所、一関市。
その隣に位置し、中尊寺、毛越寺を中心とする世界遺産を有する平泉町。

ユニークな「もち文化」が根づき、2016年農水省の「食と農の景勝地」で
日本の5つの農村景観に認定されたこのエリアには、東北地方でも有数の広さの水田と、
その東西両側には北上山地と奥羽山脈の山々が緑の絨毯のように連なり、
田園風景が広がっている。

このまちも少しずつ、しかし、確実に人口は減少している。
駅前や中心市街地の商店街はシャッターが下り、
郊外のロードサイドにはチェーンのスーパーマーケットや店舗が並び、
その便利さやにぎわいは市民に恩恵を与えつつも、
古くからの文化や伝統産業は継承の危機を迎えているものも多い。
もしかしたら、いまの日本の地域の典型とも言えるかもしれない。

そんなまちに、最近新しい動きが生まれた。
地域の若手経営者が観光と物産の新しい動きをつくるべく、
2017年4月3日に設立されたのが、
〈一般社団法人 一関平泉イン・アウトバンド推進協議会〉(以下IOB)が
結成された。コロカルはこの法人に設立メンバーとして参加している。同法人の拠点として、
2017年7月1日に〈一BA〉(いちば)がJR一ノ関駅前にオープンした。

コワーキング・スペース兼ワークショップ・スペース〈co-ba ichinoseki〉、
地元産商品を扱うショップ、民泊施設、観光案内所などの機能を持つこの場所は、
活気のある「市場」のような場所になることを目的としている。
連載初回の今回は、その立ち上がりまでの経緯や各参加企業の思いをレポートする。

左から、京屋染物店の蜂谷淳平さん、マガジンハウス・コロカル編集長及川卓也、イーハトーブ東北の松本数馬さん、松栄堂の小野寺宏眞さん、世嬉の一酒造の佐藤 航さん、京屋染物店の蜂谷悠介さん。

一BAを立ち上げたのは、いずれも一関市出身で
一度は地元を離れた後、伝統ある家業を継いだ30〜40代の経営者たちを中心としたメンバー。
地元で親しまれる夏祭りで幼い頃からつながってきた面々でもある。

(株)イーハトーブ東北を起業した代表理事の松本数馬さん、
世嬉の一酒造(株)の代表取締役・佐藤 航さん、
(株)京屋染物店の専務取締役・蜂谷淳平さん、
(株)松栄堂の代表取締役社長・小野寺宏眞さん、
そして同じく一関市出身で『コロカル』編集長の及川卓也が、理事を務める。

なぜ地元? なぜ観光?

1980年生まれの松本数馬さんは、蜂谷さん兄弟や小野寺さんとは幼なじみ。(株)イーハトーブ東北 代表取締役社長。

「この映画館は、今年で創業68年目。自分が生まれる前からずっと家族がやっていて、
いずれ地元に帰って何かやりたいなと思っていました」

と話してくれた松本さん。Uターン直接のきっかけは、東日本大震災。
2011年の1月に勤めていた金融機関の仙台支店に転勤になって、すぐに震災が起きた。

「この映画館も被災して、修繕する資材や人間もおらず廃業寸前でしたが、
三重や名古屋の同業の方々が自ら車を運転し手伝いに来てくれ、
5月には再開できたんです。また、私自身もボランティアに加わり、
喜びも悲しみも分かち合う場面にたくさん触れて、
地元で何かやりたい、それも早くやりたいと思うようになったんです」

一関市は、人口減も著しく、子どもの頃に見た駅前のあのまち並みが廃れていた。
そこで、松本さんが注目したのはマーケットが伸びている“観光”。

「2011年に平泉が世界遺産に登録され、国内外からの観光客も伸びていたので。
銀行員をしながら観光のマーケットを調べたり、旅行業に必要な資格を調べたりして、
専門学校に通い総合旅行取扱管理者の資格をとったり」

そして2017年2月に、松本さんはイーハトーブ東北を立ち上げた。

「僕の事業は、農泊や観光をベースとしていますが、IOBで行いたいのは、
まずは観光と物産、サービスを一体で運営することなんです。
本業を持つ各参加者のハブとなる機能をもたせます」

松本さんのが営む和食レストラン〈かぶらや〉では、もちを取り入れたメニューを開発中。こちらは、SHISEIDOパーラーの元パティシエとの共同開発のもちパフェ。ずんだとごま、バニラアイスの組み合わせが抜群においしい。

まちの活性と、自分たちの可能性を広げる存在として、
松本さんの起業や、IOBに可能性を感じたのが、
兄弟で〈京屋染物店〉を継ぐ蜂谷悠介さん、淳平さんだ。

北海道・岩内町で、地元に愛される
〈村本テント〉の山菜リュックとは

培った技術と地元の声から生まれたプロダクト

周囲を海に囲まれた北海道の積丹半島には、
海の幸がおいしいというイメージを持つかもしれないが、春は山菜もおいしい。
山に山菜採りに出かける趣味を持つ人も多い。5月頃は、姫竹(根曲がり竹)がよく採れて、
身欠きにしんと一緒に煮物に使われたりする。

そんな積丹周辺の山菜採り愛好家に人気なのが、〈村本テント〉の山菜リュックだ。
山菜はひとつひとつは小さいが、たくさん採ると、ずっしりと重くなる。
そんなときにも背負いやすく、耐久性があると人気なのだ。

岩内町に〈村本テント〉の店舗と工房はある。
現在4代目の村本剛さんとその家族で営んでいる。山菜リュック自体に定義はないが、
いろいろなメーカーから「山菜リュック」という名称で発売されている。
要は山菜採りに適したリュックということ。

〈村本テント〉4代目の村本 剛さん。

「もともとは2代目、つまり祖父の代から山菜リュックをつくり始めました。
近くに営林署があって、そこに納めていたこともあるようです。
少しずつ改良を重ね、現在の形になりました」と語る村本 剛さん。

山菜は湿っているので、水抜き用の穴が空いている。
また重くなったときに肩への負担が軽減されるように
ショルダーストラップにフェルトを付けている。
修理もするし、お客さんからの要望があれば最大限応えていく。
こうした工夫は、ユーザーとのコミュニケーションの賜物。
その結果、使い勝手のよい山菜リュックへとアップデートしていった。

デイリーユースとして買う人も増えているという。

「革の部分が水に弱いので修理交換したり、
ポケットがサイドに付いていると薮の中では邪魔だから前面に移したり。
パーツの増減もありました。すべてお客さまの声のおかげです」

耐久性が求められる山菜リュックには、業務用の強くて固い生地が用いられている。
そうした生地は、実は〈村本テント〉のもうひとつの顔が関係している。

「トラックやダンプカーを覆うシートや
コンクリートミキサー車に使われるカバー、重機を覆うシートなど、
建築現場や運輸関係で使われる業務用のシートやカバーを製作しています」

テントといっても、アウトドア的なそれではなかった。
タフなコンディションで高い安全性が必要な商品に使う生地は、
山菜リュックにも適した生地だったのだ。
こうした素材が身近にあったことも、山菜リュックが生み出された要因のひとつだ。

岩内の石塚水産の石塚貴洋さんに協力してもらい愛用している山菜リュックを見せてもらった。これは、山菜前袋。カラビナでアレンジ。

右の新品を使い込むと左のように味が出るが、まだまだ使える。

石塚さんに山菜採りに連れていってもらったら、おいしそうな姫竹を発見。

加計呂麻島で映画舞台の民家が
宿〈リリーの家〉として
今夏オープン!
伝泊 vol.2

伝泊 vol.2

こんにちは。一級建築士事務所アトリエ・天工人の山下保博です。
第1回目では、奄美の伝統的な建築の特徴と、
〈伝泊〉のはじめの2棟を立ち上げたお話を読んでいただきました。

〈伝泊〉は、“でんぱく”と読みます。伝統的、伝説的な古民家を探し出して、
改修することで宿泊施設として蘇らせ、
さらに地域のコミュニティとして開放する仕組みのことで、僕のつくった造語です。
その第1弾の宿が、奄美大島に2016年7月にオープンしました。
(詳しくは、第1回目にて

僕の原点は、生まれ育った奄美大島にあります。
豊かな自然を湛える奄美は、砂、土、石、海、そして動植物……とまさに素材の宝庫。
ここで育ったことは、間違いなく僕の礎になっています。

モノとしての素材も、知や時間という素材も、すべては地域の宝。
地域の素材を生かすという考え方をすると、空き家も地域の大切な資源です。
残っているものの7〜8割は残し、直せるところは補修して使う。
建物の保存だけではなく、それを利活用して経済がまわることが大切だと思っています。

今回は、現在改修中で、奄美群島内のひとつ、加計呂麻島にこの夏オープンする2棟と、
奄美市でオープンしたばかりの1棟についてお話します。

寅さんとマドンナの思い出の「リリーの家」

次の世代に残していくべき伝統的な古民家を探してリサーチを行っていた僕たちは、
奄美大島を離れて加計呂麻島へ渡りました。
実は、加計呂麻島の諸鈍(しょどん)という集落に
映画『男はつらいよ』の撮影に使われた家が残っているのです。

「リリーの家」と呼ばれるこの家は、渥美清主演、
シリーズ第48作『男はつらいよ 紅の花』(山田洋次監督)で、
寅さんとマドンナのリリーが暮らしているシーンを撮影した家です。
この家は、長い間地域の人たちや観光客からも「リリーの家」と呼ばれ親しまれています。

現在改装中のリリーの家。2017年夏にオープン予定。

でも何年も空き家になっていて、僕が家を見たときの第一印象は、
すたれてしまった、かわいそうな家という感じ。
さっそく持ち主を探しましたが、現在は行政に譲渡されているということがわかり、
役場でお話をうかがいました。

すると、地元の方や映画ファンから愛された家ではあるけれど、
修繕して保存するには費用がかかりすぎる。
しかし文化遺産というほどのものでもない、解体される危機に瀕していたのでした。
僕の伝泊の活動の話をすると、ぜひ一度見てほしいとのこと。

外部に2か所アルミのひさしが付いており、昔の外観を損ねている。

内部は、白アリの跡があったり、床が腐っていたり、ひどい状況でした。
しかし、今ならぎりぎり間に合いそう。
というよりも、今直さなければ壊すしかない、すぐにでも取り掛かる必要がありました。
それで僕が行政から借りて改修し、宿泊施設として運営すると同時に、
住民にも開放する場所にすることに決めました。

窓からは集落の様子が見える。

住民説明会を開き、集落の皆さんの意見を聞くと、できるたけ長く使ってほしい。
島出身者の人が面倒をみるのは良かった。住民にも開放してくれてうれしいというコメント。
地域おこし協力隊のサポートもあり、宿泊施設としてのほか、
ダンス教室や学童保育として使う案も出ているんですよ。

道を挟んで海が見える。広縁を増設中。

最後に、宿の名称をどうしようとなったとき、
集落からも親しまれている「リリーの家」という名前をぜひ使いたいと考えました。
それで、山田洋次監督へ「リリーの家」という名称を
使用させていただきたいとお願いに行ったところ、
監督もご快諾くださり、晴れて伝泊「リリーの家」としてオープンすることになりました。

諸鈍地区にある「寅さんは、今」の石碑。

春はサクラマスカレーが郷土の味。
北海道の小さな村から伝えたい
〈民宿きのえ荘〉若女将の挑戦

村から出たことがない女将による、
地域を知り尽くした宿

高台から神恵内村(かもえないむら)の漁港や集落を眺め、
海に沈む美しい夕陽を堪能できる。そんな場所に〈民宿きのえ荘〉はある。

女将の池本美紀さんは、神恵内生まれ、神恵内育ち。
なんと出産で10日ほど入院したのが、神恵内を離れた最長記録だという。
民宿を営む前は、銀行に勤めていた。しかし結婚と同時に民宿を始めた。

海を見下ろす場所に建つ〈民宿きのえ荘〉。

かつて積丹半島の海岸線を走る国道は、南の岩内方面から北上してきて、
神恵内で行き止まりであった。
現在のように積丹半島を東側までぐるっと1周することはできないから、
神恵内に泊まる宿泊客もいたという。
しかし平成16年に国道が開通し、積丹半島を1周することが可能に。
すると、神恵内に留まることなく通過するまちになってしまった。

「私は神恵内を出たことがありません。
高校を卒業して専門学校に進むと村から出る必要がありましたが、
村を出たくなかったので地元で就職しました。
結局、神恵内が好きなんですよね。だから人を呼びたいと思って宿を始めたんです」

昭和40年代に、池本さんの祖母が神恵内で民宿をやっていたことがあった。
その祖母の名前である「きのえ」をもらった。

漁港から宿まで、〈村田漁業〉がその日とれた魚を届けてくれるので鮮度はお墨付き。池本さんが着ているのは神恵内の岡田商店が発信する〈神恵内アンダーグラウンド〉のTシャツ。

夏になるとウニが有名な積丹半島。もちろんほかにもおいしい海の幸がたくさんある。
〈民宿きのえ荘〉の食事も季節ごとの旬の海の幸が満載。
池本さんの父親が漁師でもあるし、毎日、神恵内漁港にあがる魚が届けられる。

「神恵内のものを食べてもらいたいです。
このあたりでは子どもたちは、『今日もウニか〜、飽きたなぁ』なんて、
都会の人が聞いたら贅沢な愚痴を言ったりしてますよ」

きのえ荘の名物、とれたての豪華お刺身の数々。取材に訪れた5月中旬はヒラメがシーズンだった。

漁港にあがったヒラメ。これを食事として朝に夜にいただいた。

地域の魅力を発信していく
〈神恵内村魅力創造研究会〉

神恵内が好きで、人を呼びこみたい。
宿は始めたけれども、そもそも宿泊したいまちだと思われなければ泊まってはくれない。
そこで地元の仲間と始めたのが〈神恵内村魅力創造研究会〉だ。
まずはSNSでの発信から始めた。

「一緒に始めたのはUターンの若手が中心でした。
彼らは神恵内に帰ってきたときに、
かつてのようなにぎわいがないことを寂しく思っていたようです。
ずっと神恵内にいた私は、そんなこと感じていませんでした」

北海道の青い海にうっとり。
「積丹ウエストコースト」ドライブ
おいしい魚介と名湯、観光ならココ

岩内町、泊村、神恵内村を巡る、
寄り道ドライブ

積丹半島は、積丹ブルーといわれる美しい海に囲まれている。
美しい海を眺め、海風を感じながら車を走らせると心地がいい。
南国とはまた異なる雰囲気を楽しめるのだ。

今回、積丹半島西海岸の付け根にある岩内町から北上、泊村を通って、神恵内村まで、
オススメの飲食店や名所を巡った。
ぜひ積丹ドライブをしながら、立ち寄りスポットに組み込んでほしい。

かまぼこ本来の食感を味わえる
〈カネタ吉田蒲鉾店〉

シーズンである5月〜6月に発売される、共和町の新鮮なアスパラを使った揚げかまぼこ「アスパラさん」。ほかにも秋には蘭越町のかぼちゃや倶知安町のじゃがいもなど、毎月限定商品が販売される。

漁業で栄えたエリアだけあって、水産加工業者が多いが、
なかでも創業明治32年〈カネタ吉田蒲鉾店〉のかまぼこは絶品だ。
原料はスケトウダラ100%。
大豆タンパクや卵白などを使用せず、昔ながらの製法を今でも貫いている。

岩内で特にお正月に食べられる「角焼」という厚焼きかまぼこが
定番としてある一方で、伝統製法を使いながらも進化したかまぼこも魅力のひとつ。
かまぼこにチーズをはさんで揚げたコロッケのような「魚ろっけ」や「かまぼこバーガー」、
油揚げにすり身をつめて揚げた「あげあげ」、
さらには季節ごとに旬の地場野菜などをトッピングした商品も発売されるので、
無限にかまぼこの可能性が広がっていく。
いつ訪れてもニューかまぼこが楽しめそうだ。

お話を聞いたカネタ吉田蒲鉾店の吉田奏見さん(右)とスタッフの藤田美香さん(左)。

information

map

カネタ吉田蒲鉾店

住所:岩内郡岩内町字御崎1-5

TEL:0135-62-0245

営業時間:9:00〜17:00

定休日:水曜日

http://www.kanetayoshida32.com/

岩内一の熱気あふれる〈岩内神社〉の例大祭

まちの高台に鎮座する岩内神社。
町民は毎年7月7〜9日に岩内神社で開催される例大祭を楽しみにしている。
岩内にある企業のほとんどがお休みになるほどだ。
200年の歴史を持つお祭りで、
2基のお神輿と「赤坂奴」という伝承芸の演舞が町内を練り歩く様が見もの。
「赤坂奴」はまちの青年たちによって受け継がれ、とても勇壮な雰囲気を醸し出す。

参道に大きな鳥居がふたつ。天気が良ければその先には海が見える。

翌日には、大漁旗をはためかせた漁船にお神輿が乗って沖で祈願する海上渡御が行われる。
漁業のまちだけに、昔から海への思いは強い。
その後、2基のお神輿は神社坂と呼ばれる急な坂道を担がれて駆け上がっていく。
これがクライマックス。とても力強さを感じる例大祭だ。

(写真提供:岩内町)

information

map

岩内神社

住所:岩内郡岩内町字宮園41

TEL:0135-62-0143

http://www.hokkaidojinjacho.jp/data/04/04037.html

岩内町民の心のオアシス〈喫茶さぼーる〉

素朴なハニートーストをコーヒーと。

常に地元の人々でにぎわう〈喫茶さぼーる〉。
クラシカルで懐かしい、いわゆる純喫茶なので、
落ち着いてゆっくりとコーヒーを飲んだり、食事ができる。
コーヒーはネルドリップでていねいに落とされてまろやか。
お店の雰囲気に反して(!?)、食事メニューはナポリタンやハンバーグ、
とんかつまであって庶民的だ。

ランチ以外の時間帯でマスターのおすすめはハニートースト。
「7、8年前から始めました」というこちらは、食パンを2枚使っているので、
ちょっと小腹が減ったときにちょうどいい。たっぷりのアイスにチョコレート、
はちみつという組み合わせだが、甘過ぎずさっぱりとしたおいしさ。
まずはここで一服して、旅プランを考えたい。

information

map

喫茶さぼーる

住所:岩内郡岩内町字万代10-8

TEL:0135-62-3463

営業時間:9:30〜20:00(日祝は10:00〜)

定休日:不定休