連載
posted:2017.8.25 from:岩手県一関市 genre:旅行
〈 この連載・企画は… 〉
岩手県南の岩手県一関市と平泉町は、豊かな田園のまち。
東北有数の穀倉地帯で、ユニークな「もち食」文化も根づいてきた。
そんなまちの新しいガイドブックとなるような、コンテンツづくりが始まった。
photographer profile
Kohei Shikama
志鎌康平
山形県生まれ。写真家小林紀晴氏のアシスタントを経て、山形へ帰郷。東京と山形に拠点を設けながら、日本全国の人、土地、食、文化を撮影することをライフワークとしています。山を駆け、湖でカヌーをし、4歳の娘と遊ぶのが楽しみ。山形ビエンナーレ公式フォトグラファー。
http://www.shikamakohei.com/
writer profile
Kei Sato
佐藤 啓(射的)
ライフスタイル誌『ecocolo』などの編集長を務めた後、心身ともに疲れ果てフリーランスの編集者/ライターに。田舎で昼寝すること、スキップすることで心癒される、初老の小さなおっさんです。現在は世界スキップ連盟会長として場所を選ばずスキップ中。
https://m.facebook.com/InternatinalSkipFederation/
岩手県の南端にある岩手県一関市には、
昔から地元民に親しまれ、知る人ぞ知る山の上の湯治場がある。
ほぼ秋田県と宮城県と岩手県の3県の県境にある栗駒山の〈須川高原温泉〉だ。
……宮城県と岩手県の県境近くの山の中に、小さなひなびた湯治場を見つけ、
そこでいったん移動を中断することにした。
深い渓谷の奥にある名もない温泉で、
地元の人々が療養のために長逗留するような宿だった。……
村上春樹『騎士団長殺し:第1部 顕れるイデア編』(新潮社)より
実は、村上春樹氏の長編小説にも登場し、
傷心の主人公の男性があてもなく旅をしながら行き着いた
その「ひなびた湯治場」をイメージさせる場所は、一関市の西端にある。
自然が深い、栗駒国定公園の主峰・栗駒山の入り口に位置する須川温泉は、
修験の場として人が入り始めた1130年前に開湯したと伝えられる秘湯だ。
携帯電話もほとんどつながらず(2017年7月時にソフトバンクは圏外)、
原生的な自然以外にはこれといった娯楽もない。
標高1626メートルの栗駒山は、岩手県、宮城県、秋田県の3県にまたがり、
岩手県では「須川岳」の別称で親しまれている。
まずは、比較的初心者向けという須川岳を登ってみた。
この山の魅力は、登山ルートが豊富なこと。1時間ほどで登れる緩やかなコースから、
湿原、峡谷、湖沼、ブナの原生林など変化に富んだ地形を楽しみながら
約5時間かけて登るベテラン向きのコースなど、10以上のコースが楽しめる。
「一関側からのルートだと、高山植物を楽しめる往復3時間弱の『須川コース』。
須川は、高山植物の宝庫として知られていて、
季節ごとにいろんな草木を楽しむことができる。
5〜6月はミツバオウレンやミネザクラ、
6〜7月のイワハゼにワタスゲ、7〜8月にはイワショウブ。
可憐な高山植物を愛でつつ、写真に収めながら歩くのにちょうどいい、
緩やかな勾配が気持ちいいよ」
そう話す千田典文さんは、地元の一関第一高校在学中から、
50年近く須川岳に登り続ける、岩手県認定の熟練のネイチャー・ガイドだ。
この日は秋田県側入り口から八幡平、地獄釜、賽の磧(さいのかわら)を抜け、
まずは、名残ヶ原へ。
「高山植物が多く群生するのは、
須川高原温泉の源泉から『ゼッタ沢コース』に向かう途中にある
〈展望台〉と呼ばれる辺り。7月頭のちょうど今頃だと、
通称〈お花畑〉と呼ばれる名残ヶ原の湿原は、
ワタスゲが残っているんじゃないかな」(千田さん)
その言葉通り、お花畑にはタンポポの綿毛にも似たワタスゲが群生しており、
どこかメルヘンチックな雰囲気が広がっていた。
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さらに進むと、〈苔花台〉(たいかだい)というポイント、
それから有毒の硫化水素ガスを発生し、植物のない〈地獄谷〉を過ぎると
見所のひとつ、〈昭和湖〉が現れる。乳白色の湖と、夏は緑、秋は紅葉と
色のコントラストが美しい場所。
昭和湖を過ぎてすぐ、階段が続くこのコース最大の難所〈胸突坂〉を進む。
「ここを乗り越えればあとは楽勝だ」
という千田さんの言葉を信じて登っていくと、
その言葉通り山頂まで続く緩やかな尾根沿いの登山道が見え、ホッとする。
この辺は、5〜6月はコケモモヤミツバオウレン、
6〜7月にはハクサンシャジンに出会うことができるそうだ。
「おつかれさま、もうすぐ山頂だよ。須川岳は、
日本有数の紅葉の聖地と言われていて、ちょうどこの辺は最高のポイント。
赤や黄色、緑が、まるで絨毯みたいに広がっていて、
ほかではまず見られない光景だよ。冬は真っ白になるけどね」
ふかふかの鮮やかな紅葉絨毯トレッキングを妄想しつつ下山し、
高山植物マスター・千田さんから最後のガイドを受ける。
「山登りの後は、須川温泉の白濁湯にゆっくり浸かるに限る。
明日に疲れを残さないために、騙されたと思って寄っていきなさい」
そもそも、須川岳という名前は、この須川温泉に由来する。
強酸性のみょうばん泉で、その泉質から
「酢川→須川」と呼ばれるようになっていったそうだ。
筋肉痛や疲労回復、リウマチや慢性中毒症、呼吸器病などに効能があると言われ、
伝統的に須川岳では登山と湯治がワンセットのものとして受け継がれ、
独特の湯治文化が伝えられてきた。
「江戸時代から『みちのくの秘湯』として知られていたようですが、
当時は、この温泉まで来ること自体が登山。車で来られるようになった今は、
お湯に入って山を散策するというのが、須川の湯治のスタイルになっています」
そう教えてくれた須川高原温泉の営業部長佐藤賢一さんは、勤続51年。
須川の生き字引的存在だ。
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昭和32年に須川高原温泉として営業するようになってから、
2011年の東日本大震災までの間、
湯治客の多くが青森から福島までの沿岸地域に住む漁師たちだったという。
「船が戻ると旦那さんの骨休みを含めて、2週間くらい湯治にくるんです。
当時は、自炊のできる部屋が主流。
彼らは炊飯道具から布団まで全部持ってきていましたね。
それぞれ同じような時期に毎年やってくるから、
お客さん同士の顔なじみも多くてね。お客さんの独自組織があり、
一時は1300人くらい会員がいて、バッジなんかもつくっていたんですよ」
さらに、湯治客が楽しみにしていたのが「おいらん風呂」と呼ばれる蒸気風呂。
その昔、花魁さんが里から上がってきて好んで入っていたという
言い伝えが由来で、旅館から5分ほど登ったところにある。
岩の割れ目から吹き出す蒸気の上に寝転がり、時間をかけてじっくり汗をかくお風呂だ。
「今風に言うと、デトックス効果が高い。とてもすっきりするんですよ。
昔から、特に女性のお客さまに好まれていますね」
携帯の電波も届かない、心身ともにひたすら深い自然に溶け込む。
そこで暮らす、高山植物のように我慢強く素朴な東北の人と触れ合う。
そんな須川ならではの湯治の時間を、
日常のリセットボタンとして取り入れてみてはいかがだろうか。
どん底の人も、そこそこの人も、イケイケの人も、
それぞれが違った時間の流れを体感できるはずだから。
information
須川高原温泉
住所:岩手県一関市厳美町祭畤山国有林46林班ト
TEL:0191-23-9337
営業期間:5月初旬〜10月末(例年11月初旬に国道封鎖)※栗駒山の山開きは5月第3日曜日
定休日:水曜日(2018年以降は、HPでご確認ください)
Web:http://www.sukawaonsen.jp/
交通手段:JR一ノ関駅から、1日2往復バスが走っている。市中心部からの所要時間は、車で約1時間半ほど。
information
須川ビジターセンター
住所:一関市厳美町須川高原温泉向かい
※11月上旬〜5月上旬まで冬期休業
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