長くいると居心地の良さがわかってくる。奈良は、人の距離感がちょうどいいまち

〈INDIGO CLASSIC〉の小田大空さん
「移住」と聞くと、大きな決断のように感じるかもしれない。仕事や家族、住まい、人との関係。暮らす場所が変われば、日常も大きく変わる。しかし実際に移住した人たちの話を聞くと、その先には、環境の変化や戸惑いだけではない、新しい発見や自分らしく暮らせる時間があった。奈良市北之庄町(きたのしょうちょう)で、藍を育て、藍染の工房を営んでいる〈INDIGO CLASSIC〉の小田大空さん。徳島県で修業を積み、地元である奈良にUターンし独立した。「だんだんこの土地に愛着が湧いてきた」という小田さんに、奈良で開業した理由や暮らしの話を聞いた。

学生時代、大和郡山で出合った藍染

2022年春に、奈良市北之庄町で〈INDIGO CLASSIC〉を開業した小田さん。工房へ入ると藍染液が発酵した独特の香りが漂っていて、小田さんの手はしっかりと藍色に染まっていた。藍を育て染料をつくる「藍師」の仕事から、染色を行う「染師」まで、全てを一貫してやっているのは業界でも珍しい。

〈INDIGO CLASSIC〉の小田大空さん
Tシャツを染める。藍染液は褐色に見えるが、染めると鮮やかな藍色になる。

奈良市は小田さんの地元。初めて藍染の技術に触れたのは、奈良市の隣であり、かつて城下町として染物業が盛んだった大和郡山市にある、藍染め体験施設〈箱本館「紺屋」〉でのことだった。

「実際に藍染体験をしてみて、面白いなと思いました。藍染のプロダクト自体はもともと好きだったんですが、染めの工程にも興味を持つようになりました」

大阪で2年間社会人を経験し、藍染を学ぶため徳島へ移住。藍染には、藍の葉からつくられる「蒅(すくも)」という染料を使うが、徳島には日本で唯一、藍の栽培から蒅づくり、染めの工程までを一貫して行うチームがいた。彼らに感銘を受けた小田さんは、自分も同じスタイルで独立すると決意する。徳島で開業することも考えた。が、最終的に地元である奈良に戻った理由とは。

〈INDIGO CLASSIC〉の小田大空さん
小田大空さん。爪の先まで藍色に染まっている。

「自分の地元である奈良市周辺には、栽培から染めまで一貫して行う藍染の文化はなかったからこそ、ライバルもいないということ。長い目で見たら、ここでしっかりと土台をつくったほうがいいと思ったんです」

農業振興地域に指定されている、のどかな北之庄町

結果的に、奈良を選んだことで理想の環境が見つかった。

藍染の原料となる葉の収穫は年に一度。1年分の染料をつくるためには10トン以上の生葉が必要だ。もちろん広大な畑がなくてはならないが、条件に合う農地はなかなか見つからなかった。

農地は余っていても、知らない人には貸さないというオーナーも多いが、小田さんは幸運にも、身内が持っていた北之庄町で畑を借りることができた。工房も畑のすぐ横に構えることができ、徒歩1分以内ですべてが完結する絶好の環境に恵まれた。

北之庄町は、奈良県では数少ない「農業振興地域」に指定されているエリア。長期にわたって農業を守り、未来の食料生産を支えるために整備されているため、のどかな田園風景が残っている。

「北之庄町はすごくいい場所だと思います。帰ってくるまで知らなかったんですが、このまちの農地を建築用の土地に変えるとなると、申請にものすごい時間がかかるんです。だから新しい建物はほとんど建たない。畑が広がるのんびりとした雰囲気が好きですね。社会人の時に都会で暮らしていて、『二度とこういうところには住まん!』と思っていたので(笑)。ゆったりと過ごせるこのまちのほうが、自分に合っていると思います」

借りている畑は全部で60アール(約6,000平方メートル)。サッカー場より少し小さいくらいの広さ。

ご近所にはここで長く暮らす先人たちも多いが、心地よい距離感で接してくれるのも暮らしやすいという。

「全然干渉されませんし、過剰に評価やジャッジもされることもなくてすごく楽です。奈良の人って気質が穏やかで、相手の距離感に合わせるのが上手な人が多い気がします。だから外から移り住んでも、ストレスがないんですよ。京都や大阪みたいにわかりやすい良さではなく、1ヶ月くらい過ごすとじわじわ居心地の良さを感じてくる。奈良はそんな場所ですね」

昨年長野県から移住してきたというスタッフの女性も、小田さんの話に頷きながら「自分がよそ者だと感じないくらい、ここの生活に馴染んでいます」と話してくれた。

古いものを美しいと思う感性が自然と育まれる土地

ほかの移住者との横のつながりも広がっている。小田さんが彼らと触れ合っていて感じるのは「目が肥えた、感度の高い人が多い」ということ。

「古いものを美しいと思うセンスがあるからだと思います。例えば建築や木工関係の人だったら、新しい建物を建てるより、古い町家を改修して残していきたいというような。そういう感覚を持っている人が、奈良には集まってくるんでしょうね」

創業してから、2026年の今年で5年目を迎える。伝統工芸である藍染めを生業にしていくことは、決して簡単なことではない。最初の半年でキャッシュアウトの危機を迎えたが、必死の営業でOEM事業を軌道にのせ、現在は東京のアパレルメーカーからの発注や、靴下や麻布など、地元ブランドの製品の染色も担当している。

「伝統工芸へのニーズは減っていますが、この工芸を『残していこう』という想いを持って、ニーズをつくっていくのが大事だと思っています。とはいえ、藍染を崇高なものだとは思っていなくて。僕はあくまでも“染める”という仕事を真面目にやっている。それが今の僕のスタンスです」

Profile

〈INDIGO CLASSIC〉の小田大空さん
小田大空

おだ・おおぞら/奈良県奈良市生まれ。藍師・染師。2020年に徳島で藍染を学び、2022年春にUターン。〈INDIGO CLASSIC〉を開業。藍の栽培から染料作り、染色まで全ての工程を一貫して行う。

Information

〈INDIGO CLASSIC〉の店舗の外観
INDIGO CLASSIC

「普段と美」という理念のもと、伝統的な藍染で作り上げるファクトリーブランド。生地の染色はもちろん、パターンや縫製までオリジナルで行う。
Instagram:@indigo_classic_nara
HP:https://indigoclassic-jpn.com/

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