日本の柑橘のはじまり「大和橘」は奈良県にあり。現代の人々をも魅了する、いにしえの香りとは

大和橘の実
日本の固有種で『万葉集』にも登場する古来の柑橘、「橘」(たちばな)。みかん類やゆずなどが渡来する遥か昔から日本に息づく、“はじまり”の柑橘だ。一時は絶滅寸前だったが、奈良の地で「大和橘(やまとたちばな)」として復活させたのが「なら橘プロジェクト推進協議会」。会長を務める城(じょう)健治さんに、「大和橘」の歴史や、“永遠に香る”と言われる唯一無二の魅力について語ってもらった。

大和郡山市で価値を見出された古代の柑橘

「大和橘(やまとたちばな)」の果実

奈良県内の飲食店や土産屋で度々名前を目にする柑橘、「大和橘」。200万年前から存在する日本最古の固有種で、日本に自生する柑橘の原種でもある。ほろ苦くてスパイシーな、唯一無二の香りを放つこの果実が、なぜこれまで広く知られていなかったのか。この香りの魅力を教えてもらうべく「なら橘プロジェクト推進協議会」会長の城(じょう)健治さんを訪ねた。

「なら橘プロジェクト推進協議会」会長の城健治さん
「なら橘プロジェクト推進協議会」会長の城健治さん

かつて銀行員だった城さんが「大和橘」と出合ったのは、地元・奈良県大和郡山(やまとこおりやま)市のお土産品をつくるプロジェクトに参画した時のこと。

「老舗和菓子屋〈本家菊屋〉の二十六代目が『大和橘』という柑橘がある、と教えてくれたんですわ。プロジェクトのメンバーは20名くらいいましたけど、誰も知りませんでしたね」

城さんが調べてみると、「大和橘」は奈良と深い繋がりを持つ果実であることがわかった。 奈良で編纂された『日本書紀』の中では、その香りの強さを「非時香実(ときじくかぐこのみ)」=「永遠に香る果実」と表現している。 入浴が貴重だった平城京の時代、女性たちは実を袖に入れるなどして、香水代わりに愛用していたという。人々を魅了する香りとして親しまれた背景もあり、『万葉集』には72首もの歌に「大和橘」が登場する。また神護景雲(じんごけいうん)2年(768年) に、創建された春日大社に、創建当時からお供えされたのもこの果実。それから1200年以上のあいだ、毎年春日祭では今も変わらず奉納され続けている。

「大和橘」の苗木
「大和橘」の苗木

奈良との深い縁と、その歴史の重みに感銘を受けた城さんは、この実を奈良の地に復活させ、地域資源として活用することを決意した。まずは絶滅の危機に瀕していた「大和橘」の数を増やさなければいけないと、北葛城郡(きたかつらぎぐん)の廣瀬大社から枝を譲り受ける。別の植物の切り口に密着させて結合させて育てる「接(つ)ぎ木」という方法で、未経験から栽培をスタート。2011年、ついに「なら橘プロジェクト推進協議会」が動き出した。

「これは日本のトリュフだよ」人々を惹きつける魅惑の香り

「大和橘」の香りは凛とした佇まいと強さがある。直径3cmほどの実を少しかじると、いつまでも香りの余韻が口の中に残り続ける。香りだけでなく味わいも特徴的で、柑橘らしい酸の中に、苦味とスパイスが混じったような複雑さを持つ。

しかしこの独特な味わいの強さが、地元では受け入れられなかった。城さんは完成した「大和橘」を持って、飲食店を十数軒回るも、「ほろ苦い」「すっぱい」「種が多い」などと評価は散々。「えらいこっちゃ」と焦った城さんは、奈良県の農業試験場に相談し、この個性を生かしてもらうために、県内のミシュランシェフたちのもとへ持っていくことにした。これが「大和橘」の未来を開く大きなきっかけとなる。

「シェフたちは絶賛してくれました。『なんでこんなに反応が違うんや』と思って聞いてみると、日本では好まれないこの“苦味”が、ヨーロッパでは赤ワインの渋味と同じように、美味しさの要素になるんや、と言うんです。『大和橘』は、海外の食文化の視点があるほうが評価されるんや、とわかった瞬間でした」

これを境に風向きが変わる。東京のレストランで採用されたほか、初めて自分たちで手掛けたプロダクト「大和橘こしょう」が食のコンペティションで最優秀賞を獲得。「大和橘」の評判は食の世界を中心に拡散されていった。

さらに「大和橘」の香りのポテンシャルに引き込まれた1人が、2026年6月25日に開業した〈星のや奈良監獄〉をはじめ、星野リゾート全体の総料理長を務める浜田統之(はまだのりゆき)シェフだ。

「大和橘」の葉
「大和橘」の葉にも山椒のようなスパイシーな香りがある。

「浜田シェフは『大和橘』の葉っぱを特に気に入っていて『これは日本のトリュフです』と、言わはりました。ヨーロッパの人は料理を楽しんだ後、残る香りでお酒を飲む。大和橘の葉には、まさにトリュフと同じように、消えずにずっと残り続ける強い香りの魅力がある、とこう言わはるわけです」

そのうちに〈中川政七商店〉や〈奈良醸造〉といった、地元企業とのつながりもできてきた。

「〈中川政七商店〉さんは自社商品に使ってくださるだけでなく、メーカーさんを紹介してくれて、その香りを活かしたシャンプーなどいろいろな製品が生まれました。〈奈良醸造〉の代表・浪岡安則(なみおかやすのり)さんは醸造所を建てる前から畑に来てくれていて、絶対に『大和橘』のビールを造らせてください、と言ってくれていましたね」

大和橘の香りを、もう一度“日本の香り”にしたい

さまざまな業界から高く評価され、声がかかるようになった「大和橘」。今後も生産量は増やしていく予定だが、城さんにはビジネスを大きくしたいという願望よりも、別の夢があるという。

「『日本の香りはなんですか?』と質問されたら、難しくて答えに困りますよね。僕はいつか、この『大和橘』の香りを、“日本の香り”だと言いたいんですわ。『古事記』にも『日本書紀』にも載っているし、神社とのゆかりもある。長い長い歴史を持つ、日本固有の柑橘ですからね」

「なら橘プロジェクト推進協議会」会長の城健治さん
「大和橘」に出会って人生が変わった、と話す城さん。

2026年、78歳になった城さん。夢の景色を見るまで「長生きしなあかん」と笑顔で語る。

「人生の晩年に『大和橘』に出合って、こんなプロジェクトに関われたことを幸せに思います。ちょっと若返った気分です」

世界から奈良へ人々を呼び寄せる、いにしえの柑橘の香り。奈良に来たらぜひ、「大和橘」の香りを体験してほしい。

Information

なら橘プロジェクト推進協議会

準日本固有の最古の柑橘「大和橘(やまとたちばな)」を守り広めるため、2012年より活動する団体。神社・寺院や学校・畑への植樹をはじめ、食品や精油など大和橘を活用した商品開発にも取り組む
HP:https://ytachibana.official.ec/
Instagram:https://www.instagram.com/yamato_tachibana_/

※記事内には一部ご提供いただいた写真を使用しています

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