日本はじまりの書『古事記』と『日本書紀』を紐解けば、奈良県はもっと面白い

古事記
奈良時代に編纂された2つの歴史書『古事記』と『日本書紀』。その中で、初代天皇・神武天皇がはじめて都をつくった“日本のはじまりの地”として奈良県は登場する。なぜ日本のはじまりの地を奈良県に選んだのか。國學院大學・渡邉卓准教授に、『古事記』と『日本書紀』に描かれた奈良県の姿を紐解いていただき、書物にゆかりのある実在のスポットも教えてもらった。

日本ではじめての都が、奈良だった理由

日本の成り立ちを神話の時代から 記した歴史書の『古事記』と『日本書紀』 。どちらも天と地が分かれて世界が形成される 「天地開闢(てんちかいびゃく)※1」のエピソードから物語がはじまる。その後、イザナキ・イザナミという男女の神が、日本の国土とさまざまな神を生んだという“国生み”の神話や、出雲の神であるオオクニヌシの物語へと続く。そして、地上世界に、天上界※2にいる天照大御神(あまてらすおおみかみ)の子孫が降臨し、天皇となる物語が描かれる。

※1 宇宙や世界の始まりを描いた神話のこと
※2 天上界は高天原(たかまのはら)とも言う


「天地初発之時(あめつちのはじめのとき)」という『古事記』の有名な冒頭。

奈良(かつては大和と呼ばれた地)を拠点に国を治めようと決めたのは、カムヤマトイワレヒコノミコト(第一代天皇・神武天皇)。橿原(かしはら)の地にやってきた彼は天皇として即位し、歴史上はじめての「都」を誕生させた。他にも広大な土地がある中で、なぜ大和が選ばれたのだろうか。


「『日本書紀』では、カムヤマトイワレヒコノミコトは、東に美しい国があることを聞いていました。この国が、大和です。また、その地には既にニギハヤヒという神様が訪れていると知っていました。そこで、その地を目指して出発して、やがて大和が都となり日本の中心となるのです」

神武天皇の肖像画
神武天皇の肖像画。

『日本書紀』の中には、神武天皇をはじめ、国作りに関与した神々が、大和を賞賛する描写が残されている。神武天皇は国を眺めながら「ああ、なんと美しい国を得たことよ」とうっとりしているし、国造りをはじめたイザナキは「日本は浦安の国だ(=心が平安である)」と表現した。オオクニヌシは「玉のように美しい垣に囲まれた国」とした。ニギハヤヒは「空から下ってきた大和の国」と、空から大和を褒め称えたという。

初代天皇が即位の地として、最初の都に選ばれた奈良。いにしえの歴史書を読み解くと、当時の日本人にとって奈良が特別な土地であり、なぜこの地で日本がはじまったのかが見えてくる。

『古事記』は国内向け、『日本書紀』は公式な歴史書

『古事記』と『日本書紀』は同じ歴史書だが、書かれている内容や構成、役割がそれぞれ大きく違っている。

現存最古の『古事記』の写本の複製
江戸時代に刊行された『古事記』の版本。

和銅5年(712年)に編纂された『古事記』(全3巻)。推古天皇の代までの物語を収録しており、天武天皇の命で古い歴史や伝承を記憶していた稗田阿礼(ひえだのあれ)の語りを、元明天皇の命令によって役人の太安万侶(おおのやすまろ)が書きまとめたものだ。

奈良時代に完成した『日本書紀』は、慶長4年(1599年)に後陽成(ごようぜい)天皇の命令で最初の版本が刊行された。こちらは木製の活字を使って印刷された、歴史的な書の複製本。

一方の『日本書紀』は養老4年(720年)、天武天皇(第40代天皇)の命令によって国家の公式な歴史書として誕生した。全30巻にわたり持統天皇(第41代天皇)の代まで歴史が詳細に記されている。天武天皇の皇子たちや臣下たちによって編纂が始まり、後の舎人親王(とねりしんのう)らが受け継ぎ完成させた。

「『古事記』は天皇家の歴史を書き残した国内向けの記録と考えられます。3巻を通して一つの物語として話が展開していきます。一方、『日本書紀』は公式の記録なので当時の国際言語である漢文で書かれており、巻が進むにつれて歴史情報も細かく書いてあります。また、朝廷では完成した翌年から『日本書紀』を読む勉強会が朝廷で開催されていた記録もあり、国の歴史を学ぶ書物として使われていたことがわかります」

書かれている神話や歴史に触れることもさることながら、当時の社会背景が見えてくるのがまた面白い、と渡邉先生。

國學院大學の渡邉卓准教授
國學院大學の渡邉卓准教授。

「たとえば『日本書紀』の神話は『古事記』と異なり、一つのエピソードについて複数の伝承が書かれていて『この説も、この説もあります』と一本化していないんですね。これはおそらく、いろいろな家に伝わった伝承に配慮してのことだと考えられます。みんな自分の先祖を国家の記録につなげたいので、語る人や地域でも伝承が違ってくるんですね。当時の社会では、いかに家の伝承が大切だったかがわかります」

また『古事記』や『日本書紀』を読むことで、現代の生き方のヒントをもらえると、渡邉先生は話す。

「日本の神様も天皇も、すごく人間臭いんだなって感じると思います。悩むし、恋もするし、失敗もするし、嫉妬もする。私たちはそんな神様を祀っているのだから、小さな失敗なんてどうでもいいと思えてくる。おおらかな気持ちが、平和でいることに繋がるんじゃないでしょうか」

物語の舞台へ。奈良で『古事記』『日本書紀』ゆかりの地を巡る

奈良県内には『古事記』や『日本書紀』にゆかりのある場所がいくつも残っている。関連する部分を読んでから実際に訪れると、より深く奈良を味わうことができる。

「気になる神様を見つけて、その話から読むと面白いんじゃないかと思います。頭から全部知らなくても大丈夫です。“推し神”は、本来ならば氏神になると思いますが、なんとなく好きだな、自分に合っているな、と思った神や、それを祀る神社に足を運ぶのも良いと思います。神様と出会って書物を掘りさげるのも、書物で知った神様を訪ねるのも、どちらも面白いと思います」

神武天皇が即位したとされる、橿原の地に建つ〈橿原神宮(かしはらじんぐう)〉は、ぜひ訪れたいスポットの一つ。畝傍山(うねびやま)の麓にある神社は木々に囲まれていて、広大な境内に心地の良い風が吹き抜ける。すぐ近くには神武天皇の御陵(みささぎ)※3もあるので、あわせて参拝するのもいい。

※3 天皇や皇后、皇太后、太皇太后の墓所を指す言葉

橿原市にはもう一つ、『古事記』を編纂した太安万侶の墓誌が展示されている〈橿原考古学研究所附属博物館〉がある。『古事記』は長く偽書説が囁かれていたが、1979年に奈良市内の茶畑から太安万侶の墓誌と人骨が発見されたことで、実在の人物として知られるようになった。

大和郡山市には、『古事記』の編纂に関わったもう1人の重要人物、稗田阿礼が祀られる〈賣太神社(めたじんじゃ)〉がある。稗田阿礼が、“一度目にしたり聞いたことは忘れない”という記憶力を持っていたことにちなみ、神社では知恵や学問、物語の神様として大切に崇められている。毎年5月に開催される阿礼祭(あれさい)では、「阿礼さま音頭」なるものが地元の子どもたちによって披露される。

『古事記』の下巻に唯一登場する神様、一言主大神(ひとことぬしおおかみ)を祀っているのが、御所(ごせ)市にある〈葛城一言主神社〉。その名の通り、どんな願いも一言だけ叶える神様と言われている。『古事記』の中では、雄略天皇(第21代天皇)が、神様と知らずに一言主大神に喧嘩をふっかけそうになり、慌ててお詫びする、という人間味あふれるユニークなエピソードが描かれている。

書物で読んだ神話や伝承と、目の前に広がる景色がつながる体験ができるのは、日本のはじまりの地・奈良だからこそ。時空を超える、奈良ならではの旅を楽しんでほしい。

information

『古事記』『日本書紀』の世界をもっと深く知りたい人に。先生がおすすめする入門書はこちら

『イラスト&図解 知識ゼロでも楽しく読める! 古事記』谷口雅博(監修)
『こんなにおもしろい日本の神話』渡邉卓(著)

Profile

國學院大學の渡邉卓准教授
渡邉卓

わたなべ・たかし/國學院大學研究開発推進機構准教授。幼少期に天照大御神の「天石屋戸神話」を知り古典に興味を持つ。専門は日本上代文学・国学・神道古典。

Information

橿原神宮の本殿
橿原神宮

住所:奈良県橿原市久米町934|地図
TEL:0744-22-3271
Instagram:@kashihara_jingu

Information

神武天皇の御陵
神武天皇陵

住所:奈良県橿原市大久保町|地図

Information

橿原考古学研究所附属博物館の外観
橿原考古学研究所附属博物館

住所:奈良県橿原市畝傍町50-2|地図
TEL:0744-24-1185

Information

〈賣太神社〉の本殿
賣太神社

住所:奈良県大和郡山市稗田町319|地図
TEL:0743-52-4669

Information

葛城一言主神社
葛城一言主神社

住所:奈良県御所市森脇432|地図
TEL:0745-66-0178

※記事内には一部ご提供いただいた写真を使用しています

Recommend 注目のコンテンツ

今月の特集
石川県

石川県

石川県は、日本海に面し、加賀百万石の歴史と文化、そして豊かな里山里海の風景が息づく土地です。海と山に育まれた自然の中に、城下町や温泉地、伝統工芸の産地など、多彩な景色が広がっています。古くから北前船の寄港地として人や文化が行き交い、多様な交流の中で独自の文化を育んできました。加賀と能登、それぞれ異なる風土と歴史が重なり合い、土地ごとに個性豊かな魅力が息づいています。

石川県の特集ページへ

Spotlight 特別編集

石川・奥能登の磁力。震災から二年、それでも人が集まる土地。

石川・奥能登の磁力。震災から二年、それでも人が集まる土地。

Special 関連サイト

What's New 最新記事