若い音楽家に「失敗できる時間」を。アジカン・後藤正文らが静岡県藤枝市につくった、泊まれるスタジオ
一度離れた故郷に、音楽の新たな拠点を
後藤さんが生まれ育ったのは、藤枝市に隣接する静岡県・島田市。
「自分が生まれた街にずっと居続ける自信はありませんでした。若い頃は自分の将来を見通せないから、そう感じていたんだと思います。自分の可能性を広げたいという気持ちがあって、東京の大学に行きたいと親に話しました」
その後、ASIAN KUNG-FU GENERATIONとして活動する一方、レーベルの運営などを通して若い音楽家の制作支援にも取り組んできた後藤さん。地元にスタジオをつくる構想が動き始めたのは、学生時代からの友人への相談がきっかけだった。
「藤枝市役所で空き家対策の仕事をしている地元の友達に、スタジオにできそうな場所はないか相談したのが始まりです。藤枝にはお茶を冷蔵保存するための倉庫がたくさんあるので、最初はそういう物件を探していました。藤枝は、かつて東海道五十三次の宿場町として栄えた場所。泊まれるスタジオみたいなことをやるんだったら、藤枝に作ったほうがストーリーとして面白いなって思ったんです。それに、音楽仲間の制作を助けることがまず根底にあったので、東京と同じ値段のスタジオを地方に作ってもしょうがない。自分の周りのインディーズバンドから『MUSIC inn Fujieda』を使ってもらって、少しずつ広げていく構想でした」
やがて見つかったのは、藤枝宿に残る築約130年の土蔵。改修を経て、宿泊しながら制作できるスタジオへと生まれ変わった。運営を後藤さん個人ではなく、NPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が担っているのは、この場所を地域に根づかせ、長く残していくためでもある。
「個人のものじゃなくて、“みんなのスタジオ”にしないと残っていかないと思ったんです。ゆくゆくは地元の人たちに渡して、地元の人たちが『自分たちの町の特別な施設だ』って愛していく。そういうストーリーをつくらなきゃいけないなって」

故郷で“Gotch”と“後藤正文”がひとつになった
このスタジオづくりは、後藤さん自身にとっても故郷との関係を結び直すきっかけにもなったと言う。
「アジカンで売れて、すごくストレスだったのが、みんなが思っている“アジカンのゴッチ”と“素の後藤正文”のギャップをどう考えるか、ということだったんです。メディアを通して知られる自分がいて、一方でプライベートもある。アーティストというキャラクターを背負わなきゃいけない瞬間と、普通に電車に乗って暮らしたい自分と。割と分裂しながら歩いてきたところがあったんですよね」
ところが藤枝では、街との関わりが深まるにつれ、アーティストとしての自分と、ここで暮らす一人の人間としての自分を、切り分ける必要がなくなっていった。
「スタジオを作るとなると、なんでここにスタジオをつくるのか、街のいろんな人に会って説明しなきゃいけない。それに目立たないようにしていても地元の友達にバッタリ会って『おお、後藤じゃん』って声をかけられたりする。だからここでは、ゴッチと後藤正文を分けないで歩くようにしているんです。飲みに行ってお店の方に『アジカンの人ですよね?』って言われたら、『そうですよ』って返しますし。藤枝にいると、そのギャップが埋まった感じがありますね。フラットでいられるというか。どうせバレてるし、みたいな(笑)」

いい作品の手前には、たっぷりの無駄がある
「MUSIC inn Fujieda」を、若い音楽家が“失敗できる場所”にしたいと語る後藤さん。その根底にあるのは、作品にならなかった時間もまた、創作の一部だという考えだ。
「作品って、いわゆる“いい瞬間”が選択されて収められているものなんですよ。例えば10時間演奏して、作品になるのが30分だったら、ほかの時間はどこに行ったんだって話じゃないですか。無駄な時間のほうが多いわけです。いいセッションほど、無駄な時間がたっぷり取れるんですよ。『こうすればよくなるかもしれない』と思って試してみたら、みんなで爆笑するくらい失敗してしまうこともある。でも、その時間がすごく大事だと思うんです」
しかし、予算の限られた若い音楽家にとって、納得できるまで試行錯誤を重ねる余裕を持つことは難しい。
「予算の小さいインディーズの現場では『今日録れなかったら次は来月まで録れない』みたいなことって珍しくないんですよ。お金があれば、本当は1週間スタジオに入ることもできるし、時間を買える。でも、才能のある人が必ずしも制作に十分なお金をかけられるとは限らないじゃないですか。経済的な理由でものづくりの可能性が制限されてしまうこともある。そこだけは環境を整えるのが大人の役割なんじゃないかなって」
そこには、後藤さん自身が若い頃に経験した悔しさとも重なっている。
「自分ができなかったことを、若い人たちに追体験してほしくないという気持ちもあります。それに、大人が金も出して口も出してくるのがうざいなって思うんですよ(笑)。だから大人は、金だけ出すのが一番かっこいい。スタジオをつくって、『好きに使っていいよ』っていうのがいいなと思うんです」
この日もスタジオでは、後藤さんと音楽仲間が集まり、セッションが行われていた。互いの音に耳を傾け、その場で生まれるやり取りを楽しみながら、音を重ねていく。完成した作品だけでなく、そこに至るまでの時間も大切にしたい。「MUSIC inn Fujieda」に込められた思いが、演奏の風景にも重なって見えた。
左から、ドラマーの松下マサナオさん、ベースの石川紅奈さん、ギターの後藤正文さん、ピアノの小西遼さん。
音楽家のための場所から、町のセーフティーネットへ
「MUSIC inn Fujieda」のスタジオ利用は原則20時まで。深夜まで作業することも多いレコーディングスタジオとしては、かなり早い時間だ。
「理由は僕が早く帰りたいから(笑)。夜24時に仕事が終わったら、スタッフはそこから片付けですよね。帰れるのが2時とかになっちゃう。20時に終われば、どれだけやっても22時にはみんな帰れる。家族とご飯を食べることだってできるじゃないですか。海外のスタジオだと、エンジニアも帰って家族と食事をするとか普通にありますから。時間に余裕があるほうが健康的でいいですよね」
音楽だけに没頭できる環境をつくろうと考えた背景には、若い頃の濃密な時間が記憶に残っているからだ。
「僕らも若いころ合宿スタジオで曲をつくっていて、それがすごくいい経験だったんです。音楽のことだけを一日中考えて、終わったらみんなでお酒を飲みながら曲の話をしたり、音楽のビデオを観たり。そういう時間って、すごく貴重だったんですよね」
「MUSIC inn Fujieda」でこれから実現したいことは、音楽家の制作支援だけにとどまらない。
「今年の夏は地元の人たちと縁日をやって、フリーライブとマルシェを企画しています。来年は盆踊りもやりたいんですよ。『藤枝音頭』っていう曲があるので、それをブラッシュアップして録り直そうとか。地元の人たちがつくりたい祭りがあるなら、一緒に音楽と組み合わせて、楽しくなっていけばいいなと思っています。
どこの街にも、つまんなそうな顔してる子供たちっているじゃないですか。そういう子たちが楽器に触ったり、ラップを録音してみたりできる場所になったらいいな。あと、ここに来たらとりあえず一食ご飯が食べられるとか。楽器に触れて、カレーを食えるみたいな場所にしたいねって、みんなで話しているんです。音楽家のためにつくった場所が、少しずつ町の人たちの場所にもなっていく。地域にもうちょっと、しっかり根を張っていきたいですね」
ミュージシャンの目に映る、セッションの景色
完成した作品だけでなく、そこへ至るまでの試行錯誤を受け止める「MUSIC inn Fujieda」。取材当日は、後藤さんがドラマーの松下マサナオさん、ピアノの小西遼さん、ベースの石川紅奈さんと、セッションで音を重ねた。ドレスコードは、黒いメガネだ。
4人が演奏中に着用するメガネは、カメラとマイクを内蔵したAIグラス『Ray-Ban Meta』。ハンズフリーで撮影できるため、楽器を弾く手を止めることなくメンバーとのやり取りをそれぞれの視点から記録できる。演奏中のスタジオは、本来、カメラマンなどスタッフが立ち入れない空間。バンドメンバー同士が、どんな視線や仕草でコミュニケーションをとっているのか、普段はとらえられないコミュニケーションを映像に残してもらった。
スタジオの様子と、セッションを収めた動画はこちら。音が重なり合う臨場感とともに、演奏の輪の内側で交わされるやり取りをのぞいてみてほしい。
Profile
ごとう・まさふみ/1976年、静岡県島田市生まれ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターを担当し、Gotch名義でもソロ活動を行う。2018年に音楽賞「APPLE VINEGAR -Music Award-」を創設。2024年にはNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」を設立し、若手音楽家の創作支援に取り組む。2026年3月、藤枝市に「MUSIC inn Fujieda」をオープンした。
