発芽する“種入り和紙”とは? 〈小津和紙〉が和紙文化を発信し、アイデア商品を生み出す理由
東京・日本橋の地で、江戸時代に紙問屋として創業した〈小津和紙〉。現在は日本全国の手漉き和紙の販売のみならず、和紙文化の発信・普及にも尽力しています。また、高知県土佐市の手漉き和紙工房〈パピエ〉と協働し、発芽する“種入り和紙”などの商品開発にも精力的に取り組んでいます。
今回は三菱UFJ銀行日本橋中央支店の山﨑脩平さんと清水友里加さんが、店舗や史料館などを併設する小津本館ビルを訪問。さまざまな視点から、和紙の未来を探ります。
日本橋で、江戸時代から和紙の魅力を発信
中国から伝来し、1400年もの歴史を持つといわれる和紙。手漉き和紙の産地はいまも全国各地にあり、細川紙(埼玉県小川町)、本美濃紙(岐阜県美濃市)、石州半紙(島根県浜田市)、越前鳥の子紙(福井県越前市)の4つが、「和紙(日本の手漉和紙技術)」としてユネスコの無形文化遺産に登録されています。

東京・日本橋にある〈小津和紙〉は、各地の手漉き和紙を取り扱っている専門店。小津本館ビルの1階店舗では、さまざまな用途の和紙を販売しています。

さらに手漉き和紙の製作体験ができる「手漉き和紙体験工房」や、書道や絵画など多彩な作品を展示する「小津ギャラリー」、書道やちぎり絵などの教室を開講している「小津文化教室」、小津和紙や日本橋の歴史を紹介する「小津史料館」などを、1階から3階に併設。和紙文化を発信する複合施設になっています。

館長の一瀬正廣さんの案内のもと、三菱UFJ銀行の山﨑さんと清水さんが最初に見学したのは「小津史料館」。小津和紙は、小津本館ビルが建つこの地で、1653(承応2)年に創業しました。以来、和紙の卸売業をはじめとする、さまざまな商いを手がけてきました。




続いて、1階の店舗横にある「手漉き和紙体験工房」で紙漉きを体験しながら、和紙づくりの工程を教えてもらいました。
手漉き和紙の伝統的な原料は、楮(コウゾ)、三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)という、古くから山野に自生していた植物。これらの木の皮を剥いで乾燥させ、水に晒してアクを抜いてから煮て、繊維以外の物質を溶かし出します。
さらにそれを漂白して一本一本の繊維にほぐしたものを、漉槽(すきふね)という水槽に投入。「すげた」という木枠のような道具で漉槽の液体をすくい上げ、揺らしながら均一に繊維を絡めていくのが、「流し漉き」と呼ばれる技法です。

「原料の液体が想像以上にトロリとしていますね。すだれの部分に吸いつくような感覚があって、これが紙になっていく様子がよくわかります」(清水さん)
ある程度の厚さになったら脱水・乾燥させて、できあがり。工程自体はシンプルですが、原料の割合や仕込み方法、繊維のほぐし方、そしてもちろん漉き方など、産地や職人による差異やこだわりが大量生産では真似できない、唯一無二の表情を生み出すのです。

“祖業”を“事業”として育てるために
江戸時代に創業した小津和紙ですが、明治時代には紡績業や金融業を営んでいた時期も。現在は〈株式会社小津商店〉として和紙事業のほか不動産業などを手がけ、さらにはエレクトロニクス分野や医療分野などで使われる紙や不織布の製造販売などを、グループ会社〈小津産業株式会社〉で展開。多角化経営で、創業時から続く和紙事業を継続しています。
中田範三社長は、和紙事業に対する思いを次のように語ります。
「創業以来、松阪木綿やお茶、金融業、貿易業など、幅広い事業を手がけてきましたが、和紙は我々にとって祖業であります。とはいえ、祖業だからという理由だけで続けていけるようなことではなく、やはり事業として育てていかなければいけないという思いを強く持っています。
小津本館ビルの1階から3階を使って、和紙について発信するのは決して簡単なことではありませんし、体験工房も採算を度外視した価格設定といえます」

しかしながら日本橋は、史跡巡りなどまち歩きをする人も多く、和紙に興味を持ってもらう入り口としては最高の立地。
「団体で史料館を訪れたり、体験工房を予約してくださる方も多いですし、小学生から大学生まで1週間に1、2回の頻度で企業訪問を受け入れていて、教育のお手伝いもしています。イベントなども積極的に行って、和紙に触れていただく機会をあの手この手で増やしているのです」
近年は店舗を訪れる外国人客の割合も増えていて、海外販路の拡大にも力を入れています。
「以前は、観光の途中に立ち寄るような方が多かったのですが、最近は目的を持ってお見えになる方が目立ちます。たとえば、自宅を和室風に模様替えするために絵を購入される方もいますし、自国でレストランを営む方が店舗の装飾用として和紙を購入されるケースもあります」

もうひとつ、小津和紙が力を入れているのが、和紙を用いた商品開発です。伝統的な日本家屋には、障子やふすまなどの建具、壁紙、照明の傘などいたるところに和紙が使われていましたが、住環境やライフスタイルの変化に伴い、そういった空間が減ってきているのは否めません。和紙の魅力が世界的に注目されているいまこそ、現代に合わせた新たな商品や使い方の創出が使命となっているのです。
「店舗や施設、イベントなどにいらっしゃるお客様に、和紙に望むことや、欲しいものを聞き出すのも大事なことだと思っています。開拓の歴史こそが弊社の経営理念であり、新しいことを常に追加していかなければいけません。社員ひとりひとりが商品開発の担当者なのです」
小津和紙は長きにわたって卸売業に携わることで、世の中の和紙のニーズの移り変わりを俯瞰してきたともいえます。その立場を生かして、職人や専門業者と協力して新たに開発した製品が、植物の種が漉き込まれた「種入り和紙」。
名刺やショップカード、ポストカード、あるいは販促用品などに使われることを想定した種入り和紙は、本来の役割を終えたら、土の上にこの紙を置いて水を与えることで、手軽に植物を育てられるのです。

「発芽後、最終的には植物だけが残って、和紙は完全に土に還ります。オーガニック種子の専門業者さんとコラボレーションした製品で、種も和紙もすべて環境にやさしい素材となっています」と話すのは、商品化を担当した小津和紙の青柳孝文さん。
廃棄するはずのものから新たな命を育むという、マイナスからプラスへの発想の転換。企業などからの「再利用」に関する依頼や相談は、環境意識の高まりとともに増えつつあります。
「アイデアのきっかけは、ある食品メーカーさんから『新しい商品のプロモ-ション用にだしをとったあとの昆布を和紙に漉き込んで名刺をつくれないか』という相談を受けたことでした。その後も、廃棄される農作物を和紙に漉き込んで有効活用することで、新たな価値を生み出せないかという問い合わせや相談を数多くいただいています」(青柳さん)

土佐和紙工房〈パピエ〉との協働による商品開発
種入り和紙の開発が動き出したのは、世の中の動きが停滞していたコロナ禍の真っ只中でした。
「もともと私は不織布を扱う部門にいて、和紙については門外漢だったので、種入り和紙が技術的に可能かどうかもわかりませんでした。コロナ禍で連日オープンできない状態だった手漉き和紙体験工房を活用し、まずは試作から始めました」(青柳さん)

プロトタイプができあがり、製品化に向けて日本全国の手漉き和紙工房のなかから白羽の矢が立ったのが、高知県土佐市の〈パピエ〉。高知県で伝統的につくられる和紙は土佐和紙と呼ばれ、その伝統を守りつつ、企業などとの協働による和紙づくりにも定評のある工房です。
訪れた工房のすぐそばには、清流として名高い仁淀川が流れていて、和紙づくりには豊富な水が欠かせないことを物語っていました。
「この辺りはどの家でも紙漉きをやっていたのですが、いまはずいぶん少なくなってしまいました」と話すのは、パピエの森澤功さん。伝統的な手漉き和紙は、いわゆる家内制手工業が基本。パピエも現在は3代目の功さんと、娘の真紀さんが和紙づくりを行っています。

「和紙に何かを漉き込むのは、それほど珍しくないので、青柳さんから種を入れるアイデアを最初に聞いたときは、簡単にできるだろうと思いました」(森澤功さん)
誤算だったのは、漉き込むものが「種=生き物」であったこと。
「和紙に漉き込む時点で種に水分が加わるので、翌朝、ステンレス板の乾燥機に貼り付けておいた紙から、一斉に芽が出ていたときは驚きました(笑)。種の品種にもよりますけど、水と適度な温度と湿度がそろったら、あっという間に発芽するんですよね」(森澤功さん)
一方で、乾くのに時間がかかる自然乾燥は適さず、乾燥機の温度を上げて早く乾燥させようとすると、熱と蒸気によって種が死んでしまう。高い発芽率を保ちながら、和紙の中に種を封じ込めることは、予想よりもはるかに難しかったのです。

種入り和紙の原料にしているのは、和紙に伝統的に使われるコウゾなどではなく、木材から抽出された植物繊維(セルロース)の集合体であるパルプ。パルプを使うのは比較的調達しやすいからというだけでなく、こんな理由もありました。
「コウゾは繊維が長く、絡み合うことで破れにくくてしなやかな和紙になるのですが、その丈夫さゆえに発芽しにくいんです。発芽しやすい素材という点では、繊維の短いパルプが最適だったのです」(森澤功さん)

漉き込む種の品種は、花やハーブ、野菜など幅広く、種のサイズによって紙の厚みを微妙に調整するのは、まさに職人技。親子で分担しながら、1枚ずつ漉いては均一に種を蒔く、手際のよい作業が続きます。



また、後継者不足は多くの伝統工芸が抱える課題といえますが、土佐和紙も例外ではありません。
「現在の土佐和紙の特徴をあげるなら、人の数だけ紙があって、同じ紙をつくる職人はまずいない、ということでしょうか。うちのように企業さんとのものづくりを得意とする工房もあれば、修復をメインにされている方、版画など美術系の紙を主につくっている方、国の無形文化財として技術が継承されている、土佐典具帖紙(とさてんぐじょうし)をつくっている方もいます。
幅広いのはよいことですが、誰かが辞めてしまったら、そこで技術や伝統が途絶えてしまう危機感もあります」(森澤真紀さん)



これからの土佐和紙を継承していく立場である真紀さんたちは、職人仲間とともに2025年に〈土佐和紙振興会 わ紙。〉を発足。産地存続のために、一般の人が土佐和紙に触れる機会の創出や、職人の育成・研修制度を整える取り組みを始めています。

想定外の発想が和紙の可能性を広げるきっかけに
小津和紙ではほかにも、和紙糸を編み込んだ靴下や日焼け防止ア-ムカバ-などを開発。靴下は特に通気性に優れ、履き心地がよいとリピーターが増えています。

これもやはり和紙のことを知らなかったからこそできた商品だと、小津和紙の青柳さんは話します。
「和紙の本来の用途以外に、和紙が持つ効果効能を、人間の身体の部位で特に敏感な足で感じてもらい、和紙の良さをあらためて現代の人々に知ってもらいたい。それが和紙に携わってきた当社の使命という思いもあり、和紙糸をできるだけ多く配合した靴下を手がけることにしました。
とはいえ実際にものづくりをしてくれるのは職人や加工を担当される方々なので、お客様からの要望や相談を、職人さんや加工担当者に伝え、商品に具現化していくことが私の役割といえます」
海外での注目度が高まっているという意味でも、今後ますます想定外の依頼や相談が増えていくことが考えられ、それが和紙の可能性を押し広げることにもつながっていくはず。

小津和紙を訪ねた三菱UFJ銀行のふたりも、いろいろな気づきを得たようです。
「今回、紙漉きを体験させてもらいましたが、和紙ができあがるまでには想像以上に多くの工程があることを実感しました。伝統的な原料が年々貴重になるなか、山の管理や原料の収穫、加工なども含めて、多くの人の手を経て手漉き和紙がつくられているのだなと思いました。
そうした背景を知ると、伝統をつないでいくことの難しさを感じる半面、何としてもつないでいかなければいけないものなのだという思いが強くなりました」(山﨑さん)
「青柳さんのような社員の方々が、何かいいアイデアがないか日頃から考えていらっしゃるような、地道なことの積み重ねで伝統は守られているのだと教えていただきました。子どもが和紙に触れる機会を増やすようなことも、親として意識していきたいと思いましたし、個としても力になりたいという気持ちが芽生えました」(清水さん)

和紙が暮らしのなかに生き続ける未来は、私たちひとりひとりに委ねられています。
Information
住所:東京都中央区日本橋本町3-6-2 小津本館ビル
TEL.:03-3662-1184
営業時間:10:00~18:00
定休日:日曜、年末年始
web:小津和紙
Information
住所:高知県高知市はりまや町2-8-11
TEL:088-880-9185
営業時間:10:00~17:00
定休日:火曜、年末年始
web:土佐和紙工房パピエ