夏の風物詩を届ける。大和郡山と金魚養殖の歴史を紐解く
大和郡山の金魚の歴史は、初代藩主・柳沢吉里からはじまった

大和郡山での金魚養殖の歴史は、なんと約300年!その長い歴史の中で、創業100年を超える〈やまと錦魚園〉を巡りながら、金魚の町として発展した歴史を辿った。
〈やまと錦魚園〉園内には40種以上の金魚が飼育されており、養殖、小売、全国への卸しも行っている。併設している〈郡山金魚資料館〉には、〈やまと錦魚園〉の創業者・嶋田正治が集めた金魚関連の資料が多くある。江戸時代にまとめられたという、日本最古の金魚飼育本『金魚養玩草(きんぎょそだてぐさ)』も展示されている。
金魚が大和郡山に伝わったのは江戸時代中期。柳沢吉里(やなぎさわよしさと)が初代郡山藩主となるべく甲斐の国(山梨県)からやってきた時に、観賞用として持ち込んだのが最初だと言われている。
当時の金魚は、いわば芸術品のような扱い。品種ごとに形、大きさ、色などの基準があり、それによって一匹の価値が決められていた。江戸時代の後半には、造り手が自慢の金魚を出品する品評会が行われており、裕福な人々がアートを買うように、金魚に投資することで、金魚産業は発展してきた。

大和郡山では明治維新後、職を失った藩士や農家の副業として金魚養殖が広まる。 当時の郡山藩主だった柳澤保申(やなぎさわやすのぶ)が、産業を惜しみなく援助したこともその後ろ盾となった。
「大和郡山は水環境も整っていますし、京都や大阪といった消費地が近かったという地の利も、金魚養殖の発展に関係していたでしょうね」と話すのは、三代目として〈やまと錦魚園〉を切り盛りする嶋田輝也さん。こうした恵まれた環境や養殖技術は今も受け継がれており、大和郡山には現在も20軒の金魚養殖場がある。
子どもたちに夏の風物詩を届けたい

大和郡山で有名なのは一番身近な「和金」という品種。縁日の金魚すくいでおなじみの、オレンジ色の金魚だ。この日も園内の養殖池には、1万5000匹もの和金が元気よく泳いでいて、これから夏が近づくにつれ、全国のお祭りへ向けた出荷が増える。

「金魚は夏の風物詩ですし、子どもたちが一番最初に触れる生き物になることも多いのではないでしょうか。金魚を通して、命に触れる体験を届け続けられたらなと思います」と、嶋田さんは話す。金魚養殖は、私たちがどこか懐かしく思う、日本の夏の思い出を守り続けているのだ。
御金魚帖を片手に“金魚ストリート”を歩いてみよう

かつての城下町に広がる〈柳町商店街〉。通称「金魚ストリート」と呼ばれるこの商店街には、マンホールや郵便ポスト、灰皿、お店の看板など、金魚モチーフのものがあちこちに置かれている。各店の店先にはそれぞれ異なる品種が泳ぐ水槽があり、その数は30種類以上。暑い夏のまち歩きに、清涼感を届けてくれるようだ。
まち歩きをさらに楽しくしてくれるのが、 御朱印帳ならぬ「御金魚帖」。商店街を巡りながら、お店の軒先で18種類のスタンプ(もちろん金魚モチーフ)を集めることができる。


商店街は端から端までゆっくり歩いても10分ほどの長さ。城下町らしい古い建物があちこちに残り、町家をリノベーションした飲食店や、秀吉ゆかりの「御城之口餅(おしろのくちもち)」を販売する〈本家菊屋〉など見どころも多い。
小さい頃に行った夏祭りの記憶が蘇るような、どこか懐かしい時間が流れる大和郡山の城下町。この夏は、ひとときの涼しさと愛らしい金魚たちに会いに、のんびりと出かけてみてはいかがだろうか。
Information
1926年(昭和元年)に創業した金魚養殖・販売所。40種以上の金魚を養殖し、店頭では金魚の販売も行っている。
住所:奈良県大和郡山市新木町107
TEL:0743-52-3418
Instagram:@yamto_kingyoen
Information
〈やまと錦魚園〉に隣接する資料館。江戸時代から現代までの文献や、さまざまな種類の金魚も展示されている。
住所:奈良県大和郡山市新木町107
TEL:0743-52-3418
Information
郡山城のお膝元にある商店街。「金魚ストリート」として、30店舗以上のお店で金魚を展示、「御金魚帖」のスタンプラリーが楽しめる
住所:奈良県大和郡山市柳3-37
Instagram:@kingyostreet_yanagimachi