移住がきっかけでパン屋に?
伊豆に移住したカメラマンが
ときどきパン屋をやろうとする理由

「カメラマン、ときどきパン屋」
という暮らし方。

伊豆下田に移住して、東京と行き来しながら
カメラマンを続ける津留崎徹花さん。
東京で暮らしていたときからパンを焼くのが好きだった徹花さんが
下田でさらにパンづくりに夢中になり、パン屋をやりたいと思うまでに。
パン屋と移住、一見関係なさそうですが、
彼女にとっては大いに関係ある、必然のことだったようです。
移住して新しいことに挑戦、新しい働き方ができるのでしょうか。

移住と関係ないようで大いにある、
パン屋のこと

もし下田に住まなかったら、こんな展開にならなかったかもしれません。
私、パン屋をやってみようかと思っているのです。
カメラマンときどきパン屋という、二足のわらじを履いてみようかと。

「ゲストハウスやるとかパン屋やるとか、大丈夫なのか津留崎家?」
という声が聞こえてきそうですが、
やってみたいと思ってしまったのだからやってみるしかない。
大丈夫かどうか正直わかりません。

43歳といえばけっこうな大人ですし、
新しいことを始めるのに不安やとまどいもあります。
けれど、伊丹十三だって映画監督としてデビューしたのは51歳。
まだまだこれから新しいことに挑戦してみてもいいんじゃないか。
ということで、今回はパン屋をやろうというまでの
いきさつを書かせていただきます。
一見、移住と関係ないようですが、これが大いにあるのです。

上から時計回りに、小豆入りライ麦パン、バゲット、ピーカンナッツと蜂蜜のバゲット、ライ麦プチパン。

私がパンの世界にのめり込んだ最初のきっかけは、
東京で通っていた玄米菜食の料理教室でした。
その教室で教わったのが、玄米酵母を使って焼くパン。
素朴でありながら風味が奥深く、自然な甘みがふんわりと漂う。
いままでのパンには感じたことのないそのやさしい味わいに、
すっかり魅了されたのです。

それ以来、自分で酵母を起こして頻繁にパンを焼くようになりました。
玄米酵母というのは、玄米と麹と水を合わせて発酵させたものです。
以前使用していたドライイーストや既製品の天然酵母とは
比べ物にならないほど自然な甘みが感じられるので、
砂糖やオイルや乳製品などを入れる必要がまったくありません。
さらに玄米と麹は体を温める性質があるので、
体にやさしいパンが焼けるのです。

下田に移住してからもパンを焼いていました。
けれど、ある方と下田で出会ったことがきっかけで、
さらにパンの世界にのめり込んでいったのです。

常温で1週間ほど放置すると、ぷくぷくと泡がたち発酵してきます。玄米酵母はほかの自家製酵母に比べてつくり方も管理もとても簡単なので、ずぼらな私にはとてもしっくりくるのです。

[ff_assignvar name="nexttext" value="下田のパン教室との出会い"]
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パン教室〈Farine〉と
真理子さんとの出会い

あるとき下田の家を紹介してくれた不動産屋の奥様から、
「うちの息子のお嫁さん、パン教室やってるのよ」とうかがい、
参加させていただくことに。

ご自宅で月に1度〈Farine〉というパン教室を開催している真理子さん。
真理子さんは東京の教室に8年も通い続けていているほど、
本気でパンに通じている方で、ご自身が学んできた知識や技術を
惜しげもなく教えてくれます。

私が初めて参加させてもらった回では、
イギリスパンの焼き方を教わりました。
「こんなの家で焼けちゃうの!?」と初回から驚きの連続。
その後、私も生徒として教室に仲間入りさせてもらうことになり、
いろんなパンの焼き方を教えてもらっています。

真理子さんとはプライベートでも仲良くさせてもらうようになり、
ある日、真理子さんが焼いてくれたバゲットを
食べさせてもらう機会がありました。
これが最大の転機となったのです。
お店で買うものだとばかり思っていたバゲットが、
まさか自分で焼けるなんて……。

真理子さんが焼いてくれたバゲットの焼き上がりが美しくて、
しかもおいしくて、一気にスイッチが入ったのです。
「自分もおいしいバゲットを焼けるようになりたい!」と。

真理子さんが参考にしていた書籍をすぐに購入して、
本で使用している酵母と自分が使っている玄米酵母の両方で
試しに焼いてみました。
すると、やはり玄米酵母のほうが甘みと奥行きがある。
ならば玄米酵母で徹底的に研究してみようと、
それから毎日試作を重ねました。

焼いたら試食して、焼いたら試食しての繰り返し。
最初は「いくら食べても飽きないね~」と喜んでいた夫が、
「また焼いてるの!?」と顔を歪ませるほど、焼いて焼いて焼きまくりました。
そうしてやり込んでいくうちに、「これだ!」と思えるような
バゲットが焼けるようになったのです。

玄米酵母と小麦粉、塩、水だけでつくるバゲット。砂糖や乳製品や油は不使用ですが、外側はカリッと、中はもっちりとして麹の甘みを感じられます。

こうした元気な割れ目が持ち上がると、ついつい上機嫌になってしまうのです。

毎日パンを焼くので家族では食べきれず、
しだいに近所の友人にプレゼントしたり、
地元の集まりのときに持参するようになりました。

するとこれがなかなか好評で、
「パン屋やったら?」といろんな方が言ってくれます。

「いやいやそんな、素人の私にできるはずがないじゃないか。
パン屋って歯を食いしばって修業した人がなるものでしょ?」
そう、はじめのうちは思っていたのですが、
あまりにもみんなが後押ししてくれるので、
「ひょっとしたら私にもできるのかな?」と想像するようになりました。

[ff_assignvar name="nexttext" value="事態は大きく展開することに"]
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夫の後押し、そして新しいことへの挑戦

ある晩、夫と晩酌しながら
「パン屋、本当にやってみようかな……」と私がつぶやくと、
「テツのパン本当においしいよ! やってみたらいいよ!」と大賛成。
東京の仕事を続けながら、下田で新しいことを始めてみるのも
いいんじゃないか。そんなことも夫婦で話しました。
そうして、パン屋をやってみようということになったのです。

ライ麦パンの断面。玄米酵母を使用しているため、もっちりしっとりどっしりした食感です。友人によると「ごはんのようなパン」だそう。

ライ麦パン。少し酸味があるので、生ハムとクレソンなどを挟んでサンドイッチにすると美味。

小豆入りライ麦パン。固めに茹でた豆の食感が心地よいずっしりパン。

話が少しそれますが、夫に
「写真撮ってるよりパン焼いてるほうが多いけど、大丈夫?」
と言われるほど、一時期はパンづくりに没頭していました。
そんなことができたのも、下田に移住したからなのです。

下田に住み始めてから、忙しい月は毎週東京に出張していますが、
暇な月はほとんど仕事をしていません。
東京にいるときよりも、圧倒的に仕事も就業時間も減りました。

いえいえ、暗い話ではないのです。

それくらい仕事が減っても、以前と変わらず
声をかけてくれる方々のおかげで暮らせています
(貯金ができるほどではありませんが)。
収入は減りましたが、その分時間のゆとりができました。
子どものお迎えも16時に行けるようになり、
家族3人揃って夕飯を食べられるようになりました。

そして、パンに没頭する時間も持てたのです。
つまり、移住していなければパン屋をやろうとまでは思わなかったはず。
不思議な展開のようにみえて、実はすべて必然のようにも感じられます。

私に触発されて、娘も「粉遊びしたい~」と一緒に楽しんでくれます。

話を戻します。

パン屋をやると決めてから、どんな形態で販売するのがよいか
夫と相談してきました。店舗を持つのか、
それとも移動販売とかインターネット販売、直売所に卸す方法もあります。

いずれにしても営業許可を取るには、
自宅のキッチンとは別の作業場が必要です。
貸店舗や中古のキッチンカーやらを探し始めると、
しだいに現実味を帯びてきます。
初期投資として少なく見積もっても300万くらいは必要になる。
会社を辞めたときの退職金にいよいよ手をつけるときがやってきたか……。

ひるみます、正直ひるみます。

飲食店の経験もないし、販売するほど大量のパンを
焼いたこともない自分が、本当にやれるのだろうか……。
いきなり初期投資をして続けられなかったらどうしよう……。
覚悟のできない自分を「弱虫!」と心の中でののしってみても、
払拭できない不安感。

[ff_assignvar name="nexttext" value="私に手を差しのべてくれたのは…"]
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そんな軟弱な私に手を差しのべてくれたのは、
この連載でも何度か書かせてもらっている〈Table TOMATO〉の店主、
山田真由美さん。

真由美さんはライター・編集の仕事をしている鎌倉在住の方で、
月に10日間ほど出身地の下田で飲食店を営業しています。
彼女とは下田に移住してからの仲なので月日は浅いのですが、
お互いに飲んべえということもあって
昔なじみのような気の合う友人となっています。

彼女に、Table TOMATOで数日間だけ
パンの販売をやらせてもらえないかと相談してみました。
すると、一も二もなく快諾してくれたのです。

「自分ひとりだけではなく、同志とともに
店をつくり上げていきたいと思っているから、ぜひやってみて。
てつパン挑戦してみよう!」と応援してくれています。
本当にありがたいし、うれしいし、わくわくするし。

ということで、12月の16日(土)、17日(日)の2日間、
パンの販売とランチをやることになりました。時間は11時から14時です。
東京で飲食店をやっていたことのある夫と、
6歳の看板娘も手伝ってくれます。
初めてパン屋というものを経験してみて、
その後のことを考えてみようと思います。

本気でパンの道に進むのか、断念するのか……。
やってみないとわからない、とにかくいまは
新しいことへの挑戦に胸が踊ります。

〈Table TOMATO〉12月の営業日は15日~24日です。

営業日に向けてメニューや器を考えるのはとても楽しい作業です。クリームチーズに下田で採れた〈高橋養蜂〉のはちみつがけ、おいしい。

いつか食に関わることをやってみたい、
ずっとそう思っていたのにいつの間にか忘れかけていました。
そういえば20代のときに調理師免許も取っていたのに。
いままでなかなか向き合えずにきたことが、
下田で暮らし始めて動き始めました。

「カメラマン、ときどきパン屋」という暮らし方を、
これから模索してみます。

下田で知り合ったパン好きの友人たちと、我が家で「パン会」を開催しました。各自焼いたパンや、パンに合いそうなものを持ち寄り大盛り上がり。パンを通じてつながっていくこうした縁も楽しいものです。

娘が描いてくれたウェルカムボード。

text & photograph

津留崎徹花 Tetsuka Tsurusaki
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。自身のコロカルでの連載『美味しいアルバム』では執筆も担当。

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