美しいものを見極める感覚は、石川県で育まれた。シトウレイが語る故郷
温泉街で過ごした、放課後の日常
―シトウさんの故郷は、石川県加賀市・山中温泉の近くだそうですね。
「家にもお風呂はあったのですが、学校帰りには友達と総湯(共同浴場)へ行くのが当たり前でした。私が住んでいた頃は、年間1000円で入り放題のカードがあって。学校が終わると一度家に荷物を置いて、友達と温泉へ向かうんです。おばあちゃんたちもいる湯けむりの中で恋愛話をしたり、湯上がりに牛乳を飲んだり。今思えば、本当にぜいたくな放課後でした」
―高校卒業後は東京へ。当時は地元を離れることに迷いはなかったのでしょうか。
「高校生のころは、東京への憧れしかありませんでしたね。早く地元を出たい!という気持ちでいっぱいでした。東京は何を見ても刺激的で、地元を恋しいと思うことはなかった。でも、10年ほど経って帰省するようになると、故郷の見え方が少しずつ変わっていったのを覚えています」

「急須は?」東京で気づいた、お茶の文化
―東京で暮らし始めてから、改めて「地元らしいな」と感じたことはありましたか?
「一番大きかったのは、お茶ですね。実家には急須があるのが当たり前で、時間になったら家族でお茶を飲むんです。和菓子を食べて、おしゃべりをして、またそれぞれの時間に戻る。それがごく普通の日常でした。上京して、友人の家でペットボトルのお茶を出されたときは、思わず『急須は?』と聞きそうになって!家でもペットボトルのお茶を飲むんだ、って驚きました(笑)。私にとってお茶は、誰かと一緒に飲むものだったんです」
―そんなに意外な出来事だったんですね。
「今思い返すと、お茶を飲んでひと息つく文化が、家庭の中にも自然とあったんだと思います。お茶を淹れて、家族で少し話をして、またそれぞれの作業に戻る。あのお茶の時間が、自然と家族で顔を合わせて話す時間になっていたんですよね」

美意識を育てる、石川という土地
―石川は工芸やアートなど、文化的な土壌が豊かな土地という印象があります。
「大人になってから、地元にはそうした文化を育んできた環境があったんだと気づきました。帰省すると、美術館やギャラリー、古着屋さんによく足を運びます。〈PHAETON(フェートン)〉のようなセレクトショップもそうですし、お茶や工芸もそう。一つのことを時間をかけて深めていく人が多い土地なんです」
―そんな石川で育ったからこそ、今になって気づいたことはありますか?
「子どもの頃から『どうせ食べるなら、おいしいものを選びなさい』という感覚がありました。100円だからじゃなくて、150円でもこちらのほうがおいしいなら、そっちを選ぶ。旬のものを食べることも、ごく当たり前でした」
―食べ物に対する感覚も、小さい頃から育まれていたんですね。
「そうですね。子どもの頃から『あそこのお寿司はおいしい』『こっちはちょっと違うよね』なんて普通に話していました(笑)」

―最後に、シトウさんにとって石川とは、どんな場所ですか?
「一言で言うなら、誇りですね。18歳の頃だったら、きっとそうは言えなかったと思います。でも今は、そこで生まれ育ったことを本当によかったと思っています。昔は早く東京へ行きたくて仕方なかったけれど、帰るたびに『こんなに豊かな場所だったんだ』と感じるんです。私にとって石川は、自分の感覚や価値観を育ててくれた、大切な故郷。仕事でも、月に一度でも帰れるような機会があったらうれしいですね。能登半島地震もあったからこそ、石川のために何かできることがあれば、いつでも力になりたいと思っています」

Profile
シトウレイ/加賀生まれ、東京在住。早稲田大学卒業。日本を代表するストリートスタイルフォトグラファー、ジャーナリスト。『何を着るか、ではなく、どう着るか』をモットーに毎シーズン世界各国のコレクションへと赴く。ランウェイ・オフランウェイ問わず、本人の審美眼に適ったスナップフォトを発信中。YouTube「シトウレイチャンネルNEW!!!」も配信中。
Instagram:@reishito