福島県の海沿い約100kmに及ぶ地域は「浜通り」と呼ばれていて、そのちょうど真ん中あたりにあるのが双葉郡富岡町。太平洋に面しているので気候は穏やかで、夏には気持ちのいい浜風が吹き、冬は晴れる日も多い。全町避難を経験した東日本大震災からまもなく15年。一度は静まり返ったこの町で、新しい未来を作ろうと奮闘する若い世代が増えている。
どんな人たちがいて、どんなプロジェクトが動き出しているのか。今回は富岡町出身で、現在は南相馬市を拠点に観光業を立ち上げた日下あすかさんにコンタクト。彼女のガイドで、富岡町のかっこいいプレイヤーたちに会いに行った。
コルドバンクスというキャンピングカーに乗って、日下さんは富岡駅前にやってきた。7人乗りの車内には広いテーブルやキッチン、5名まで寝られる設備も完備されていて、予想以上に広くて快適だ。
日下さんは富岡町の夜ノ森(よのもり)地区出身。東京の隈研吾建築都市設計事務所で約3年間勤務した後、「浜通りに人を呼びたい」と福島県へUターン。2025年2月から南相馬市で、キャンピングカーを軸にした観光事業をスタートした。
キャンピングカーの中でお話を聞かせてくれた日下あすかさん。東京の建築事務所勤務を経て福島県へUターン。2025年2月に一般社団法人コトづくりを立ち上げた。
「設計事務所で働いているときに、富岡町と同じく震災後の原発事故で全町避難になってしまった浪江町の駅前開発を担当したんです。気合いを入れて取り組みましたが、建築の力だけでは町に人を呼び戻すことは難しいと痛感した。こっちに戻ってきて、自分が現地で“人を呼べる人”になろうと思ったんです」
現在取り組んでいるのは、キャンピングカーで巡る浜通りのツアー事業。北は宮城県との県境である新地町から、南は〈スパリゾートハワイアンズ〉で有名ないわき市まで、約100kmもある浜通り。キャンピングカーで車中泊しながら巡れば、各地の見どころが繋がる。日下さんは各町の観光スポットにRVパークを作り、よりその観光コンテンツが楽しめるようにした。実際に周るモデルコースを作ってモニターツアーを開催し、来年度からはいよいよキャンピングカーのレンタル業もスタートする。
富岡町で日下さんがお気に入りだという漁港に到着。 車内には浜通りに点在するRVパークのマップが貼ってあった。日下さんは5箇所増設し、現在浜通りには既存の1箇所を含め、6箇所のRVパークがある。
「浜通りはロードトリップに最適なんです。大きな道が3本通っているのですが、天気の良い日は海沿いの浜街道を走ったり、秋は山側の山麓線で紅葉を楽しんだり。各町の魅力的なスポットはもちろんですが、まだ知られていないスポットも発見できるかもしれません」
日下さんが富岡町のお気に入りスポットに連れて行ってくれるという。その時に通ったのが、JR富岡駅の横に新しくできた「汐橋(うしおばし)」。国道6号線から浜街道に向かう道路は海に向かってアーチ形に延びていて、車で走ると目の前が海と空でいっぱいになる。富岡町に来たらぜひ走ってみてほしいと日下さん。
海へ向かってのびる汐橋を走るキャンピングカー 「昔もこんな道路はあったのかもしれませんが、誰も注目していなかったと思います。天気が良い日に走ると本当に気持ちがいいんです」と日下さん。
到着したのはこぢんまりとした漁港だった。窓を開けると目線の先には海だけが広がる。日下さんが豆を挽き、コーヒーを淹れてご馳走してくれた。こんな特等席で静かな漁港の景色を楽しみながら、温かいコーヒーがいただけるのもキャンピングカーの魅力の一つ。
ニュージーランドで買ってきたという豆を挽き、コーヒーを入れてくれる日下さん。コーヒーミルやドリッパーはキャンピングカーに常備しているそうで、友人ともたまにこうして好きな場所でカフェタイムを楽しむそう。 ニュージーランドで買ってきたという豆を挽き、コーヒーを淹れてくれる日下さん。コーヒーミルやドリッパーはキャンピングカーに常備しているそうで、友人ともたまにこうして好きな場所でカフェタイムを楽しむそう。
「キャンピングカーなら、こうして好きな場所で車を停めて、食事やお茶を楽しむことができる。観光で訪れる方にも、このような楽しみ方をしていただきたいんです。キャンピングカーで来る人が増えたらスポット名がついて、ここでお店を開こうかなという人が出てくるかもしれない。そうなったらもう狙っていた通り。短いスパンでもとにかく人を呼んできて、町を体験してもらえる機会を作りたいです」
福島県にUターンして気づいたのは、富岡町には美しい景色と豊かな時間があるということ。
「夜ノ森地区には有名な桜のトンネルもありますし、富岡駅近くにはこの海の景色もある。特に海は震災があったからこそ、特別な景色に変わったんじゃないかなと思います。このエリアは、震災だけを切り取って見ると、悲しい場所のように映ってしまうかもしれません。しかし実際には、震災をきっかけに新しい観光コンテンツが生まれ、少しずつ広がってきました。震災前から受け継がれてきた風景や文化、そして今この土地に芽吹いている新しい観光のかたち。その両方を体感しに、ぜひこの地を訪れてほしいと思います。この美しい町を未来へつないでいくために、これからも自分にできることを考えながら、一歩ずつ取り組んでいきたいです」
次に訪れたのは日下さんが生まれた夜ノ森地区で、2022年に誕生したリメイクデニムのブランド〈YONOMORI DENIM〉のショップ。創業者の小林奨さんは日下さんの同級生だ。
「小学校の担任の先生誰だっけ?」と、昔話に花が咲く日下さんと小林さん。「同い年で地元で起業して頑張っている奨くんみたいな存在は、とっても心強いですし、一緒になにかできたらと思います」と日下さん。お互いに地元を盛り上げようと奮闘する強力な同志だ。
震災後、全町避難で関東に引っ越した小林さん。東京で社会人になりアパレル会社で販売員として働くなかで、業界が抱える大量生産・大量廃棄の問題を知る。環境に配慮したブランドや取り組みをしたいという思いと、地元の雇用を創出したいという思いが重なり、夜ノ森で〈YONOMORI DENIM〉を立ち上げた。
もともとはサッカーをやっていたが、怪我で引退。次に好きだったのがファッションだったという小林さん。起業もいつかはしたいと思っていたそうだ。
「地元がすごく好きなんです。県外に出てその思いが一段と強くなりました。僕は不便な生活に魅力を感じるみたいで、関東だと何でも苦労せず手に入っちゃうのが面白くなかったんですよね(笑)」
〈YONOMORI DENIM〉で扱うのは、リーバイスの名デニム、501のみ。東京の協力会社(株式会社ヤマサワプレス)が廃棄寸前のデニムを回収、それをYONOMORI DENIMで洗浄・解体などをし、パーツごとに加工。また〈One-o-Five〉というブランド名で、古着デニムをリメイクしたパンツやジャケット、小物なども販売。
「将来的には職人ブランドとして、世界中で『デニムと言えば〈YONOMORI DENIM〉だよね』と言われる存在になりたいです。小さなアトリエから始まった……というストーリーで」
店内にはリメイクデニムのパンツやジャケット、端材で作ったオリジナルトートなどの小物もずらりと並ぶ。 特殊なクリーニング方法とリペア技術で、501は新しいデニムへと蘇る。 501を逆さまにしたブランド名〈One-o-Five〉は、時が巻き戻ったように生まれ変わったプロダクトにぴったりの名前だ。
デニムを選んだのは老若男女、世代問わずで履けるほど丈夫な素材だから。たとえパンツとして履けなくなっても、たくさんの端切れを合わせれば新しい服や小物に生まれ変わる。それはたくさんの人の力が集まれば、富岡町が復活するという思いにも繋がっている。
「一度は誰もいなくなってしまったけれど、新しい人がやってくればまた新しい富岡町ができる。ここはゼロから挑戦できる町です。僕は新しいアイデアを持ってこの町に来てくれる人の活動や思想を、手助けできる環境を作れたらいいと思っています」
富岡町にはワイナリーがある。海が見える場所に広がる畑には、震災前の町民の数と同じ1万6000本のブドウの苗木が植えられており、畑を見守るように〈とみおかワイナリー〉の醸造所が建っている。
代表の遠藤秀文さんは富岡町出身。震災後、ふるさとを元気づけようと、長年の夢だったワイナリーを作ることにした。2016年4月からプロジェクトをスタートし、想いに賛同した仲間たちと200本の苗木を植える。資金を出し合って毎年数百本ずつ増やしていき、3年目に初めて数十キロのブドウを収穫。山梨県のワイナリーの協力のもと、最初のワインが完成した。
「ブドウ畑の作業はボランティアも募集していて、県外からもたくさん来られるんだそうです。自分が関わったワインには愛着が湧くし、町にとっては一つのコミュニティになっていると思います」と、案内してくれた日下さんは話す。
現在は富岡町の気候に合う品種も分かり、白ブドウはシャルドネやソーヴィニヨン・ブラン、アルバリーニョ、赤ぶどうはメルローを栽培。今年からは自社の醸造所が稼働し始め、100%富岡産のワインを醸造中だ。ブドウ栽培と醸造を担当する細川順一郎マネージャーは「いまはフレッシュな早飲みタイプがメインですが、今年からは深い味わいのワインにも挑戦しています。ブドウの樹齢が上がれば品質も変わってくるので、楽しみにしていただきたいです」と話す。
2024ビンテージのワインたち。赤、白、スパークリングのほか、「サクラ・ロゼ」という名前の、お花見にぴったりなロゼもある。 昨年まで収穫したぶどうをお隣の川内村にある〈川内ワイナリー〉へ持ち込みワインを醸造していたが、今年からいよいよ自社醸造所の稼働がスタート。 マネージャーの細川さんは山梨県のワイナリーで長年経験を積んできたワインづくりのエキスパートだ。
醸造所の2階にはレストラン〈ラレス〉がある。〈とみおかワイナリー〉のワインが飲めるのはもちろん、常磐ものの魚介類を使った料理が美味しいと評判だ。360度ガラス張りの店内からは、海の前に広がるブドウ畑や常磐線の線路などが一望できる。
「コース料理や単品でピザやパスタ、アクアパッツァなどもご用意しています。海風の影響かうちのワインはほんのり塩味を感じる味わいが特徴なんです。常磐もののヒラメなど、白身のお魚ととっても相性が良いんですよ」と、教えてくれたのは、キッチンで働く根本さん。
「富岡町は食材が豊富で、お魚も野菜もお米もとっても美味しいです。地元食材が扱えて、ワインのことも勉強できるなんて、私にぴったりの職場だ!と思いました」と目を輝かせる根本さん。
今年3月に入社したという根本さんは21歳の新米料理人。このレストランを職場に選んだのは、地元を盛り上げたいという思いからだった。
「都会に出てお料理をするよりも、復興を頑張っている地元で自分もなにかできたらと言う夢がずっとあって。そのために地産地消を大事にしたかったので、このレストランはぴったりだと思いました」
富岡町は食材豊かな土地。野菜は朝早くからシェフが市場に買い出しに行って、福島県産のものを仕入れている。魚介類は主にいわき市の久之浜漁港を中心に、シェフが仕入れる自慢の常磐ものだ。
「富岡町は自然豊かですし、海が近くにあるってすごく素敵なことだと思います。海を眺めながら仕事ができるのは幸せです。富岡町の農家さんは皆さんとても暖かく、『野菜持っていき〜』って分けてくださったりします。今は実家の田村市から通っているのですが、いずれは引っ越したいですね」
いつか自分のレシピで、常磐ものの魚料理を作るのが根本さんの夢。ワインと一緒に味わえるのが楽しみだ。
最後に訪れたのは、アートの力で富岡町を動かす〈NPO法人インビジブル〉の日向志帆さん。大学でコミュニティデザインを専攻していた日向さんは、自らを「ぶらんなー(造語)」と呼び、ぶらぶらと外から町にやってきた人間が、その町でどんな変化を起こせるのかを研究。なかでも「地域と教育」に関心があり、富岡町でも主に子供たちと関わってきたそう。
今年3月に大学を卒業し、4月から本格的に富岡町で暮らし始めた日向志帆さん。プロジェクトで関わる子供たちからも愛称の「おひな」と呼ばれているそう。
インビジブルが行っているのは、町内に唯一ある富岡町立小中学校にアーティストや職人などが“転校生”としてやってきて、校内で子供たちと交流する「PinSプロジェクト」や、夜ノ森地区で秋口と春先に開催される「夜の森ピクニック」、富岡駅近くの月の下と名がつく交差点脇のスペースを拠点とした「月の下アートセンター」という文化活動など。どれもアートをきっかけにした、住民巻き込み型プロジェクトだ。
富岡町立小中学校で取り組んでいる「PinSプロジェクト」。アーティストが学校の廊下などで作業しているので、子供たちも気軽に交流できる。 写真提供:NPO法人インビジブル アートに触れた子供たちの感性はすくすく育ち、なかには自主企画で展示を行ったり、すでに藝大へ行くと宣言している子もいるそう。 写真提供:NPO法人インビジブル
なかでも町民の期待を集めているのが、現代美術家の宮島達男さんの「時の海 – 東北」プロジェクト。宮島さんが3000人の人たちと対話しながら創り上げる《Sea of Time – TOHOKU》という作品を展示する美術館が富岡町にできるというものだ。日向さんは地元住民が立ち上げた「《時の海 – 東北》美術館を応援する会」の運営事務局として、定期的に住民のみんなと集まり、美術館建設予定地で草刈りや芋煮をしたり、美術館ができたらやりたいことのアイデア出しなどを行いながら、完成までの時間を住民みんなで温めている。
海を見渡す丘の上に完成予定の《時の海 – 東北》美術館(仮称)。 写真提供:「時の海 – 東北」プロジェクト実行委員会 宮島達男さんは青森から北茨城までの太平洋沿岸を巡り、富岡町で生きる人々を見てここに美術館をつくることに決めたそう。 撮影:岩波友紀 美術館は、2027年の竣工を目指しており、住民の期待もふくらむ。 写真提供:「時の海 – 東北」プロジェクト実行委員会 美術館ができたらやりたいことボードには、天体観測や夕暮れライブなど楽しそうな企画が並ぶ。
「アートには地域の見方を変えてくれる力があると思います。例えば以前、影絵師の川村亘平斎さんと影を写しながら夜ノ森を練り歩くイベントをやったんです。除染によって更地になった夜ノ森の町には余計なものがないから、影がくっきり浮かび上がって。本当に生きているみたいに見えて、そこから歌ができたり、昔話を語る人が出てきたりということがあった時に、何もないことをネガティブではなくて、“余白”として捉えることができた。正しさみたいな指標では測らないということが、この富岡町にとってすごい大事なことなんじゃないかと思っています」
この町に来て、自分のロールモデルになるような先輩プレイヤーにたくさん会うことができたという日向さん。自分のような“ぶらんなー(造語)”が新たに町に来たらうれしいと話す。
「自分のプロジェクトを頑張っている先輩や、アイデアを形にするために一緒に悩んでくれる大人が身近にいること、それが富岡町の自慢ですね。自分が何者でなくても、富岡町で出会った人々は、まちの一員として受け入れてくれました。この町への関わり方として、やりたいこととか目的すらも町に来てから探すくらいの余白があってもいいんじゃないかと思います」
富岡町が大好きで、町の未来を作ろうとそれぞれのステージで奮闘する若きプレイヤーたち。まずはキャンピングカーを借りて周ってみるのもいいかもしれない。
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富岡町移住定住相談窓口『とみおかくらし情報館』(運営:一般社団法人とみおかプラス)