マチスタで会いましょう

開店まであと2日——————

オフィスから歩いてすぐのところに両親がふたりで住んでいる。
脳梗塞の後遺症で麻痺がある母親を、7歳年下の父親が介護している。
最近よく聞く「老老介護」というやつだ。
うちのオヤジは、掃除に洗濯、結構家のことをまめにこなせるし、
それがあまり苦でもないので、適任といえば適任。
でも、昔から料理だけはからっきしダメだった。
そこでその穴を埋めるべく東京から帰ってきたというのが、
ぼくのUターンの理由なのだった。
とはいっても、仕事をしながら三食を作るというのはさすがに無理な話で、
ぼくの担当はもっぱら両親の夕飯の支度のみ。
夕方の5時に仕事をいったん切り上げてマルナカ(岡山では大手のスーパーです)に行き、
その足で実家に帰って夕飯を作ってまた仕事に戻る。
そんな生活を7年やってきた。
当然、一緒に暮らしていなくても、親とは毎日顔を合わせる。
でも、実はこのたびのマチスタの一件をオヤジにはまだひと言も言っていない。
昔から親とのコミュニケーションが苦手だ。
いつオヤジに言い出そうか、そのタイミングをはかっている今日この頃である。

夕方、銀行員のシマちゃんから電話があった。
例の融資が決まったという連絡だった。もう十割あきらめていた。
3月末の支払いには500円玉貯金を崩すつもりでいたし、
シマちゃんにも、
「今度来たときは500円玉をたっぷり持って帰ってもらうことになるからね」と告げていた。
いまから考えれば、あのひと言がなにげにシマちゃんを奮起させたのかもしれない。
いずれにしても、電話の向こう、シマちゃんの声はぼくよりも嬉しそうだった。
早速、翌日の朝に、税理士の島津さんに融資が決定した旨を報告した。
「よかったですね!」と彼女も存外な喜びようで。
「『マチスタ・ラプソディー』を読んでもうダメだと思ったので、
勝手に新しい融資先を探していたところだったんです!」
自分ところの税理士まで読んでいるなんて、
『マチスタ・ラプソディー』、結構な人気ですな。
————と、言いたいのはそんな話じゃなくって、
いろんな人にご心配をおかけしてホントすいません、だ。

カウンターを真上から照らすランプの取りつけが終わった。
ランプは福岡にあるアンティークショップ「eel(イール)」からネットで買ったもので、
ヨーロッパで実際に店舗用として使用されていたらしい。
ちょっとデザインが変わっている。
最初は普通にホーローのシェードの付いたランプを買うつもりだった。
でも、なにせ青い壁の個性が強いので、
ちょっと変わったデザインのほうがマッチすると思った。
送られてきた段ボールを開けて現物を見たときは、
正直「やりすぎちゃったかなあ」という感じだったんだけど、
実際取りつけてみると、サイズもデザインもまったく違和感がない。
これでついにマチスタの内装が終了した。
クセのある内装には違いないが、
新しいタイプのコーヒースタンドとして楽しみのある店になったと感じている。

さて、オープン目前である。
オープン前にやれることは全部やろうという経営者の方針で
(つまりぼくが言い出しっぺということですが)、
早朝から街頭でのビラ配りなんぞやってみた。
朝7時から出勤してコーヒーの準備をしているのーちゃんに
「行ってきます!」と言ってフライヤーの束を手に外に出た。
目指すはマチスタからもっとも近い交差点。
道路の向こうには信号待ちをしているサラリーマンやOLが20人ほどいた。
心のなかではさっきから宣伝文句を呪文のように唱えている。
「コーヒースタンドの『マチスタ・コーヒー』です。
来週月曜日にオープンします。よろしくお願いします!」
信号が青に変わる。
こっちに向かってくる一団の足どりは速く、
なにやら気ぜわしい感じで、いきなり軽くビビってしまった。
なんせ人生初のビラ配りだし。
で、さっきから呪文のように唱えていたのに、
いざ最初に手渡そうとしたサラリーマンには、「……あ、あの、コーヒーです……」
完全に無視された。
ぼくよりもひとまわりは若いサラリーマンには、
汚いものを見るような目で見られたうえに、ビラを受け取ってくれなかった。
それでも「コーヒーです、コーヒーです!」と、
集団に向かって誰かれかまわずビラを渡そうとしている自分の姿が
(しかも誰ひとり受け取ろうとする人がいない)、
かなり痛い光景であると悟るのにそれほど時間はかからなかった。
マチスタ経営者として、ビラ配りが逆効果であるとぼくは早々に判断して引き上げた次第。
「いやあ、ビラ配りって難しいね」
幼稚園児が作った紙飛行機なみの滞空時間の短さに、
のーちゃんもさすがに驚いたようだった。
「完全に心が折れちゃった。もう無理ッス」
ぼくがそう言うと、のーちゃんは笑顔で「じゃあ、私、やってみていいですか?」
そう言ってぼくがもっていたフライヤーを手にとり、
交差点に向かって歩き始めた。
大方の予想通りと言っていいだろう。
のーちゃんの手からはみるみるフライヤーが減っていった。
経営者のメンツ丸つぶれ。
でも、ぼくの誇りやメンツなんてどうでもいいことで、
ぼくは店の前にひとり立ち、
すぐ先の交差点でフライヤーを配るのーちゃんにずっとエールを送っていたのだった。
それにしても結構やるな、のーちゃん。

いろんな人にご心配をおかけしながら、またご迷惑もおかけしながら、
いよいよ「マチスタ・コーヒー」が船出する。
4月2日の月曜日、開店は午前8時半。
当日、朝からぼくは懲りずにまたビラを配ろうと思っています。

これがカウンター上のランプ。存在感はかなりのもの。見ようによっては、焼き肉屋さんのテーブルのすぐ上にある換気扇に見えなくもない。

プレオープンの期間中たくさんの花をもらいました。深謝! 写真の胡蝶蘭は渋谷にある三浦デザイン事務所から。やることがバブリーですな。

黒板で11枚つづりのチケットを宣伝中。「チケットあり〼」なんて書くのは当然コイケさん。それを咎めることができない経営者だった。

SeCue

静岡県伊豆地方『SeCue』
発行/株式会社BACCO

静岡県東部・伊豆から発信され、「ひと」と「もの」と「まち」をつなぐ『SeCue』。
各号ワンテーマを掲げ、伊豆の美しい風景や歴史文化、この地に暮らす個性的な人々に目を向け、地域色豊かにお届け。
伊豆の食材を使ったフードやドリンク、伊豆をテーマにしたおみやげの企画開発も行っています。

SeCue
http://www.loopto.com/magazine/jp/secue/
ブログ
http://se-cue.blogspot.com/

発行日/2012.3

プレオープンしたものの……

開店まであと 6日——————

以前にちらと触れた、銀行からの融資にそろそろ決着がつきそうだ。
最後のハードルが信用保証協会なる機関による審査。
この協会員がわざわざうちの事務所にやってきて直接話を聞くのだという。
今回、融資の話を進めてもらっている銀行員のシマちゃんからは、
融資に関してはまず問題ないので、「もう正直に話しちゃってください」と言われていた。
で、後日やってきた女性協会員にぼくはありのままをお話しした次第。
ところがこの協会員、ぼくの回答に対しての受け答えが、
「はあ……」とか「うーん……」とか、とにかく歯切れが悪い。
ひと通り会社の実情を話したところで、ぼくはズバリ聞いてみた。
「なにか不安なところでもありますか?」
「いえいえ、滅相もございません」的な答えが当然返ってくると思っていたのだが、
彼女、「はい、多少」などとそこははっきりおっしゃる。
おまけに返す刀で「失礼ですが」と初めて攻めの姿勢を見せたかと思うと、
「社長は個人資産をかなりお持ちですか?」
必殺の一撃を打ち込んできた。
「こ、個人資産……というと?」
「定期預金とか、預貯金です」
で、ぼくもついに伝家の宝刀を抜いてやった。
「貯金の類いでは、500円玉貯金があります」
「はっ?」
「500円玉といっても全部で20万円ぐらいあると思います。
いや、本当は16〜17万円ぐらいかもしれない。
前はよく数えていたんですけど、最近はあまり数えないようにしてるんです。
だいたいがっかりすることが多いから」
彼女が帰ったその日の午後、銀行のシマちゃんがやってきた。
信用保証協会の彼女から早速連絡があったそうだ。
その連絡の内容のせいだろう、それまでの終始「余裕ですよ」的な態度はどこへやら、だ。
おまけにシマちゃん、「社長、あのですね」と小声で話しかけてくる。
「シマちゃん、なんで小声で話すのよ? 
あのさ、保証協会が保証できないって言うんだったら、
オレはそれで全然かまわない。
だからシマちゃんもオレに悪いなんて思わないでいいから」
「いや、社長! 私がなんとかしますから!」とは言わなかった。
「はあ、どうもすいません……」とシマちゃん、消え入るような声で。
ええっ! そこで引くぅ!?

さすがに簡単には勝たせてくれないな、
というのがマチスタのプレオープンから数日しての感想だ。
プレオープン当日は、前日にFacebookで告知しただけにもかかわらず、
祭日ということもあって午前11時のオープンから来客がひっきりなし。
さらに次から次へと知った顔がやってくる。
なかには一度帰ったのに、数時間後にまたやってきてくれた友人もいた。
感情を込めてお礼を言って暑苦しいと思われるのがイヤなので、
わりとクールに「ありがとね」としか言ってないんだけど、
本当は心のなかで叫びたいぐらいに感謝してます。
コイケさんとのーちゃんにも感謝だ。
ふたりにはハードな一日だった。
とくに実際のお客さんにコーヒーをドリップで淹れるのが初の彼女には、
心身ともにキツい一日だったと思う。
さて、お店の一日の締めくくりは、レジを使っての売り上げの集計だ。
さあ、いらっしゃい! 
レシートにある数字を見て、少しずつ鼻から空気が抜けていった。
あれだけ人が来て、こ、こんなものなのか……。
現実という冷や水を頭から浴びせられたような気がした。
一日300杯のエスプレッソを売る下北沢のカフェの本なんか読まなきゃよかった。
しかも、その日来たお客さんのほとんどがぼくかコイケさんの友人や知人である。
翌日からの平日の営業を思うと、ホラー的にうすら寒くなるものがあった。
そしてその予想は現実のものとなった。
プレオープン以降の一日の売り上げは、
最低限クリアしたい額の半分ほどしかなかったのだった。

こんな超シビアな展開に、一筋の光となりえるだろうか。
マチスタ最大の売りであるコーヒーの
「マチスタ•ブレンド」の味がようやく決まりつつある。
そう、プレオープンしてもまだ例のブレンドの味が決まっていなかったのである。
焙煎士のカフェリコ稲本さんには何度も試作品を持って来てもらっているが、
まだ「これだ!」という味に行き当たらない。
稲本さんもつい最近、自身のブログで
「久しぶりに難題にあたっている」と吐露していたほど。
そんな矢先のこと。なにも言わずにのーちゃんが淹れてくれたコーヒーの味が、
それまで飲んだことのない鮮烈な味だった。
香りがよくて強くてコクがあって、
それでいて口当たりが優しく飲んだ後のあと口がすっきりしている。
な、なんだ、このコーヒーは? 
「稲本さんがもってきてくれた新しいブレンドです」とのーちゃん。
いや、そうだろうとは思っていたけどね。
それから2時間ほどして、稲本さんがマチスタにやってきた。
相変わらず花粉症で目は赤らんでいるが、その目はいつもよりも断然輝いていた。
まさに「どうです!」と言わんばかりに。
「最高です! 稲本さん、ついにやりましたね!」
ぼくが言う前に、コイケさんがさらりとこう言った。
「もうちょっと酸味があったほうがええなあ。できる?」
ええっ! まだやるぅ!?

プレオープン当日の様子。入り口でこちらを向いてホットドッグを食べているのがクリエイティブ・ディレクターの高橋さん。なんと5日連続で来てくれました。ホント、いい人だなあ、高橋さん。

フードは2種類、ホットドッグとミートボールサンドイッチ。パンは箕島の「どんぐりコロコロ」に特別にオーダーして作ってもらっている。ミートボールはコイケさんの自家製です。

ベーグルは岡山在住のベーグル研究家•服部さんによるもの。外は少しぱりっとして、なかはかなりのもちもち度。当面、日曜日に入荷することになっています。OLで本業の仕事をもっているもので。

コイケさんのジュニア作のフィナンシェ、塩サブレ、パイの3種は絶品! ほかに倉敷市林のパン屋さん「KONPAN」のフロランタンを販売しています。すべてコーヒーに合わせてのセレクトですな。

マチスタのプレオープンを控えて

開店まであと 14日——————

倉敷の美観地区の近くに輸入家具と雑貨を扱う「スプートニク」という店がある。
店舗は小さいけど、店主の香川さんによるイタリアを中心にしたセレクトで、ファンが多い店だ。
4、5年前に彼が店を一時休業して店舗の全面リニューアルをやったことがある。
驚いたのは、この香川さんという人、1から10まで内装をすべて自分でやるという。
天井や壁はもちろん、床のタイル貼りまで。
期間は2か月近くかかったんじゃないかと思う。
でも、香川さんは完璧にやり遂げた。天井付けの空調を隠す箱や、
なんとレジ台までオリジナルで作ってしまった。

さすがにそこまでやる人は稀だけど、
岡山では「ああ、自分たちで適当にやっちゃいました」的なことをよく聞くし、
岡山の人は実際結構やる。
だからだろうか、我が社アジアンビーハイブを訪れた人から、
「これ、赤星さんがやったんですか?」とよく尋ねられる。
(当社のオフィスは大きな倉庫を改装して作っている)
そのたびにぼくは「いえ、工務店ですが」と面白くもない普通な答えを返している。
この手のことに関して、ぼくのスペックは3歳児なみ。
サブの犬小屋でさえ満足に作れない。
マチスタの改装リニューアルにもぼくはほとんど戦力になっていない。
対して、コイケさんの戦闘力は相当に高い。
今日も、メニューボードを照らすライト用にぼくが手渡したハロゲンのスポットライトを
お客さんと談笑しながらいじっていたと思うと、
お客さんが帰った後、おもむろに電動ドライバーを手に脚立の一番高いところに上って、
「カンタンですよ」と笑いながら天井に出ている配線をちゃちゃっといじって
ものの5分で取り付けてしまった。
そこそこ包丁が握れるぼくからしたら、
料理に腕をふるうコイケさんよりも、工具を手にしているコイケさんの方が
実は尊敬の度合いが高かったりするのである。

この週末にかけて、新生マチスタはみるみるそれっぽくなっていった。
早島の木工所「コンパネーロ」にオーダーしていたホワイトオークのカウンターの板を
コイケさんとぼくとで取り付けた。
(ぼくは板を支えていただけでコイケさんが取り付けました、正確に記せば)
看板屋さんの「谷川工房」からは、アジアンビーハイブがデザインした看板、
ガラス面のカッティングシート、
それにカウンターの奥の壁にかけるメニューボードが届き、設置してくれた。
そして最後の仕事はコイケさんによるレジ台作り。
岡山では「自分の店のレジ台は自分で作る」みたいな慣習が古くからある。
というのは嘘で、これは気に入ったレジ台がなかなか見つからないということだろう。
コイケさんはこれも2時間ぐらいで、誰の手も借りずに作り上げてしまった。
いやはや、おそれ入谷の鬼子母神だ。

そして日曜日、内装がひと通り終わった。
工事が始まったときは「これが1か月で終わるのか?」と思えた。
でも、終わってみれば、コイケさんの予想通り、3週間もかからなかったことになる。
あらためて新しい照明のもと、新しくなった店内を眺めてみた。悪くない。
最初は存在感がありすぎかなと思えた青い壁も、
そのおかげで、ロンドンのポートベローあたりにありそうな
コーヒースタンドの雰囲気を与えてくれている。
行き当たりばったりの面も多々あったが、
まったく悪くない感じだ。コイケさんものーちゃんも、
十分に満足してくれているように思う。
今となっては、コイケさんから旧マチスタが閉店すると聞いたのが随分前のように思える。
あれからたった3か月しか経っていない。
でも、この3か月で実にいろんなことがあり、実にいろんな人と出会った。
「カフェリコ」の焙煎士、稲本さん、
ベーグル研究家の服部さん、「コンパネーロ」の横田さん、
ホットドッグのパンを焼いてくれた「どんぐりコロコロ」(箕島)の森山さん。
彼らとはマチスタの件がなかったらたぶん会うことはなかった。
それから、スタッフのエプロンを作ってくれた藤田クン、
「カフェ アンドゥ」のせんちゃん、林のパン屋さん「KONPAN」の近藤さん、
「谷川工房」の伸クン、フライヤーを印刷してくれた「研精堂」の横畑さん、
能登夫妻、通りすがりに棚の設置を手伝ってくれた「fift」の五十嵐夫妻、
試飲やら試食やらにいろいろ付き合ってくれ終始バックアップしてくれた
「カーネス」の元スタッフのタカちゃん、
それからうちの会社のスタッフのヒトミちゃん、サトちゃん、ミヨさん。
いろんな人たちに多大なご協力をいただきました。
この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。みんな、どうもありがとう!

ついつい流れで、お世話になった人たちの名前を挙げたりして、
いかにも最終回の様相ですが、まだこの連載が終わるわけじゃないと思います。
で、「内装も終わったしね」というので、
いきなりですが、3月20日(火)にプレオープンすることにしました。
正式な開店は4月2日(月)なのですが、それまで実際に営業しながら、
ないものを補ったり、徐々に体制を整えていこうではないかと。
というのは半分建前で、
本音では「今日稼げるものは今日稼げ」的な部分も少なからずあります。
なお、営業時間は平日・週末ともに11:00 〜 18:00です。
というわけで、次回はプレオープンの模様をレポートしてみます。乞うご期待!

あ、前回の連載で「次回に触れる」と約束していた映画『アウトロー』の件は忘れてください。
まあ、ぼくが約束を無視する無法者だった、ということで。

「コンパネーロ」の横田さんによるカウンターの板はホワイトオークの一枚モノ。何度も塗りを重ねるなど手がこんでます。いい仕事してますねえ。

マチスタまで0メートル……つまりここってことで。

青い壁にウッド地のメニューボード。「ICE+50YEN」の文字のみステンシルのフォントを使用、しかも微妙に文字をずらすなど小賢しさ満載。

のーちゃんを美しく撮ってその写真で客を呼ぶという作戦も考えたのだけれど、至近距離からカメラを向けることができず、この微妙な距離感。

源じろうさん

改めて気づいた、和歌山の海の景色の美しさ。

昨年11月に和歌山市の片男波公園で開催された
アート&クラフトイベント「満潮祭」で大会委員長を務めた、源じろうさんこと、半田雅義さん。
本業はリノベーションカフェのオーナーだが、
和歌山市で発行される情報誌『アガサス』に連載を持ったり、
イベントを行ったり、和歌山カルチャーを発信しているひとりだ。
ちなみに、「源じろう」とは、最初のお店の屋号で、
知人たちの間で呼ばれているうちにいつのまにかそれを通称にしてしまっているのだそう。
満潮祭は、『アガサス』の25周年記念の特別イベントとして開催されたもので、
和歌山という土地の美しさと、和歌山でものづくりをする作家のことを
多くの人に知ってほしいというのがコンセプト。
和歌山県内の陶芸家やアーティストのお店のほか、
ミュージシャンの七尾旅人やU-zhaanの無料ライブも開かれ、当日は多くの人が詰めかけた。
「和歌山にもこんなに面白いものをつくる人がいたんだってわかれば、
地元の人も“和歌山も捨てたもんじゃないな”って自信がつくと思ったんです。
それくらい、やっぱり今、まちの元気がなくなってきていると思う」

カウンター上部に取り付けた彩やかな色が美しいスポットライト。

和歌山市から海岸に沿って1時間ほど南下した有田市にある「rub luck cafe」は、
源じろうさんが和歌山の美しい景色をもっと多くの人に知ってほしいと、
リノベーションを手がけたカフェだ。
「和歌山の自然がありのままに見られるカフェをつくりたかったんです。
有田市に訪れてみると、海の景観がすばらしくきれいだったんですね。
この海の景色は昔から何も変わってないんやろうなって思ったんです。
以前、器を売る店を営んでいたとき、焼き物が好きで、
ずっと器を売ってきたんですが、自分の店の商品は、
他の店とどこに違いをつければいいのかわからなかった。
京都の器を扱えばいいのか、いや違う。
東京で流行った新しいものを取り入れればいいのか、いや違う。
そんな葛藤がずっとあった。
ある日、和歌浦に夕日が沈む景色を見ていて
これは和歌山の財産やないかなぁって。
和歌山の持っているもんで勝負したい。
そう、思うようになっていったんです」
そうして、源じろうさんは、海に面した倉庫を借りて、カフェを開くことを決めた。
「まわりからは反対されましたけど(笑)、人が来るのかとか、大丈夫かとか」
そう話す、源じろうさんの明るい口調からは、不安があったことなど全く感じられなかった。
きっと本人は、rub luck cafeから見える景観に自信があったのだろうし、
さらに、信頼できる多くのスタッフが支えてくれたのだと教えてくれた。
「rub luck cafeの建物は、もとは除虫菊を保存していた倉庫らしいんです。
カフェに来たお客さんが“昔、ここで働いてたんです”って教えてくれた。
そこから、有田市はもともと除虫菊の栽培が有名で、蚊取り線香発祥の地だって知って。
海に魅せられてオープンした店だったんですけど、
ここに来たことは、和歌山を勉強することにつながっていった。
場所がつくられることによって人と人とが出会って、
文化が紡がれていくって、いいなあと思いましたね。
自動販売機では人と人は出会えへんですから。
その頃から、ぼくのなかで、『場所をつくる』ということが
大きなひとつのテーマになり始めたんです」

訪れた日は、rub luck cafeでマイク槙木さんのライブが開催される当日。proyect g oficinaにもポスターが。

和歌山で使われていたものを活かし、魅力ある「場所」をつくる。

源じろうさんは、最近、和歌山市内に、
リノベーションカフェ&バー「proyect g oficina」をオープンさせた。
まちなかにオープンさせた理由は、
若い人たちがカルチャーを発信していく場所が必要だと思ったから。
それくらい、市内は中心地が閑散としていると源じろうさんは嘆く。
このカフェの特長は、住宅などの解体現場から
拾ってきた廃材だけを使ってできているということ。
手間ばかりかかる廃材を使う理由を聞くと、
さらなる源じろうさんのこだわりが出てきた。
「『魔女の宅急便』に出てくるまち並みって、みんなの憧れだと思うんです。
あんな美しいまちに住みたいと思ってますよね?
それなのに、何でも新しく塗り替えられていくじゃないですか、今の日本って。
長い歴史のなかで大切にしてきたものをだんだん削りながら、身売りしてしまっている。
和歌山市だって、もとは、紀州藩の城下町として歴史ある建物がたくさんあったはず。
戦火もあったとは思うけど、歴史ある建物がどんどん変えられてしまっている気がするんです。
だから、ぼくは和歌山が培ってきたものを捨てずに、
まち並みをつくっていけたらなぁと思って、廃材をひらってきたんです。
誰もやらんなら、ぼくがいっこいっこ、つくってこかなって思ってるところなんです(笑)」
和歌山が持っている自然景観を楽しむことから、
もともとあるものを使って新しいカルチャーを編みはじめた源じろうさん。
みんなが自慢したくなるようなまち並みに、少しずつ変わっていくのかもしれない。
源じろうさんの言葉の熱さから、そんな期待を抱かせる。

冗談を交えながら、ときに熱く語る源じろうさんの話に終始ひきこまれてしまった。

最後に、源じろうさんに今後のプランを伺うと、わくわくするような答えが返ってきた。
「和歌山の田舎のほう行ったらね、いい物件がめちゃくちゃ空いてるんですよ。
それをリノベーションして安く1泊2,000円くらいのドミトリーをつくりたいですね。
それくらい、みんなが訪れたら惚れ込んでしまうような面白さが和歌山にはたくさんあると思う。
もともと和歌山が持ってたものを使って、新しい魅力をつくっていけたら楽しいですよね」
モノから場所、そして人のつながりへと、
和歌山の魅力を伝えてきた源じろうさんの挑戦はこれからも進化しながら続いていくようだ。

proyect g oficinaの店内には、アンティークの自転車やインテリア、古書などが置かれ、まるでNYのカフェのような雰囲気。

proyect g oficinaの入り口。看板や内装などはアーティストのウッキー富士原さんと一緒にすすめたという。

暖暖松山

愛媛県松山市『暖暖松山 だんだんまつやま』
発行/松山市

松山市が主導となり、松山の歴史やカルチャーを発信するフリーペーパー。なかでも日本最古の湯と言われる道後温泉のシンボル、道後温泉本館の歴史を紐解いた内容は、読み応えあり。さらに市民が愛するカフェやバーなどが紹介され、身近な松山を発見できそう。松山の人々のあたたかさをそのままあらわしたような、ゆるりと美しいデザインや写真も必見。新しくてなつかしい、そんな愛媛・松山本。次号にも期待が募る。

愛媛県松山市『暖暖松山 だんだんまつやま』
http://www.dandanmatsuyama.com/

発行日/2012.1

チャンネル vol.5

長野県長野市『チャンネル』
発行/ch.

長野市のリトルマガジン『チャンネル』のVol.5では、
「ぼくらがZINEを作る理由」と題して、2月からch.booksで開催されていたZINE展について特集しています。
大規模に流通していない本=ZINE のつくり手の想いが伝わる一冊です。

ch.books
http://chan-nel.jp/

発行日/2012.2

マチスタ・ブルー

開店まであと 19日——————

クリント・イーストウッドが監督・主演した映画に『アウトロー』という作品がある。
南北戦争の終結後、
おたずね者になった南軍の生き残りジョジー・ウェルズの復讐を描いた映画なんだけど、
展開がちょっと変わっている。
イーストウッドが演じるこの無口で孤独なヒーローに、
彼の意思とは関係なく、旅のお供がひとり、またひとりと増えていくのだ。
どことなくうさん臭いネイティブアメリカンの老人や、
英語をまったく話さないネイティブアメリカンの娘、
プライドの高い南部の母娘、それに野良犬も一匹
(いつも馬上から噛みタバコの唾をひっかけられているのにウェルズを慕っている)。
こうやって集団が膨れ上がり、
映画の終盤では小さな村のようなものまで作ってしまう。
そんな展開に、主人公は「なんだかなあ」「しょうがないなあ」みたいな感じで、
でもしっかり流れには組み込まれているという。
この映画、大好きなクリント・イーストウッド作品のなかでもベスト3に入る一本。
おすすめです。

「前から気になってたんですよ、あの店」
いろんな人からそう言われた。
いわずもがな、旧マチスタ(街なかstudy room)のことである。
ぼくはそのコメントにマチスタ再生のヒントがあると思っていた。
つまり、彼らは気になっていたものの入ったことがない。
気になっていたのになぜ入らなかったのか————入りにくかったのだ!
では、彼らを入りにくくさせていた要因とはなにかと考えを巡らせ、
ぼくはふたつの結論を導きだした。
ひとつは、コイケさんのアクだ。
ものすごく強いアクをもっているわけじゃないし、
逆にミーハーなところも多々ある。
でも、前回お見せした豆の袋に描かれたイラストのように、
一般的ではない趣味志向も多少お持ちで、
それが店内にちらちらと垣間見えた。
もちろん、そこに惹かれているファンも岡山には大勢いた。
したがって、そのあたりのバランスをとりながら、
コイケさんのアクを若干薄めるのがぼくの役目だと認識している。
そして入りにくい要因のもうひとつが、店の暗さだ。
昼も夜もとにかく暗い。
店のなかをのぞきこむようにして見ないと、
営業しているのかどうかわからないのだ。
その解決策として、照明を増やすだけでなく、
通りから一番よく見える店内の壁を真っ白にするイメージを描いていた。

2月末で旧マチスタの営業は終わった。
翌3月1日、コイケさんが我が社アジアンビーハイブの社員となると同時に、
リニューアルの準備がスタートした。
この連載で何度も触れているように、なにをやるにも資金は乏しい。
というか、ない。
なので、内装はすべて自分たちがやる。
そして「自分たち」のたぶん9割ぐらいがコイケさんだ。
時間的な意味ではなく、技量的な意味で。
そんなこんなで、内装に関して強く押すなんてことはとてもできないという背景のもとに、
件の壁の塗装の話になった。
「やっぱり白で行きましょう。外から見たときにグンと明るく見えると思うんですよね」
「そうですね」
 コイケさんは以前から壁を白くする案に賛成してくれていた。
「天井はどうします?」
コイケさんは、旧マチスタのオープンに際して
4年前にコイケさん自身が塗った白い天井を指している。
「ん? 天井はそのままで……」とぼく。
「でも、壁の白と天井の白が絶対変わってきますよ。同じにはなりません」
「はあ……同じじゃなくても」
「天井も同じように塗らなきゃいけないでしょうね。おかしいです」
こういうことをいつもの笑顔で言うのがコイケさんという人だ。
実は我が社アジアンビーハイブのオフィスを作ったとき、
イヤというほどペンキを塗っている。
ぼくも天井のペンキ塗りがいかに大変かは身をもって知っているのだ。
「はあ……そうですか」
そこでぼくの悪いクセが出た。すぐ面倒臭くなってしまうのだ。
「じゃあ、ほかの色でいきますか。こうなったらもう青とか」
青とか、と言ってる時点でもうどうでもよくなっている。
でも、どうでもいいと思って口にした青にコイケさんが食いついた。
「実はぼく、青が好きなんですよ」
いつもの笑顔がさらに輝いている。
コイケさんはロッカー代わりにしている棚からカラーテープをもってきてぼくに見せた。
「こんな感じの青です」
「それまた青いですねえ。ええ、いいんじゃないですか」
こうしてマチスタ再生計画の重要な柱であったはずの「白い壁」は
青い壁に変更となり、実際青に塗ってみると、
マチスタ再生計画では「薄めなきゃいけない」としていたコイケさんのアクが
さらに強くなっていることに気づいたのだった。
まあ、青もいいけどね。

ところで、冒頭の映画『アウトロー』の話は、
当然そこにつながる話を書こうと思って書いたんだけど、
次回に書くことにします。
ただの映画紹介になってしまって失礼!

なかよくペンキの色を作っている図。ライトをもっているのがヒトミちゃん、その下はアジアンビーハイブに大阪から研修で来ていたミヨさん。

一番左が著者の私です。青いペンキが付着してもいいように青いパーカーを着てくるあたりの周到さがビジネスの展開にも欲しいところ。

「ああ、あの青い店ね」と言われそうなほど青い壁です。コーヒーの豆を曳いてくれているのは、岡山の伝説の名店「カーネス」のスタッフだったタカちゃん。

新生「マチスタ」の苦悩

開店まであと 26日——————

Krash japan』の発行に関連していくつかグッズを制作した。
そのことごとくが無惨な結果に終わっている。
最初がホームページで連載した小説『ポイズン』の書籍化。
2000部刷ったうちの1800冊が5年ほど実家の2階に眠っており、
うちのオヤジが捨てたくてうずうずしている。
次にオリジナルTシャツ。
高価なボディをセレクトした上にアーティストへのロイヤリティを加算していったら、
販売価格が6000円以上になってしまった。
当然、さっぱり売れず。
そんな具合に、エコバッグ、下津井節をアレンジしたCD『スモツイ』などが赤字道まっしぐら。
極めつけは最終号と同時に発売した「コンプリートボックス」なる代物。
全10号をぴったり収納できる箱で、完結記念Tシャツとセットで3780円という値段設定をした。
が、なんとこの箱だけでコストが4000円以上かかってしまった。
しかもこれも在庫の山ときた。
「こうすりゃいいのに」という意見は悪いけど聞きたくない。
ぼくだってバカじゃない、わかっているのだ。
わかっているのに、こうなってしまうのだ。
もしかしたら、それってバカってことなのか?

マチスタの営業時間を朝からにするというぼくの秘策に、
コイケさんはすんなり賛成してくれた。
問題は終わりの時間だった。
ぼくは夕方の5時ぐらいまでと考えていたのだが、
コイケさんは「もう少し遅くまで開けておいたほうがいい」と言う。
たしかに、「仕事帰りにコーヒーを一杯」というお客さんも結構いるだろう。
でも、我が社アジアンビーハイブの社員となるコイケさんに、
朝から夜までという長時間労働を課すわけにはいかない。
年齢も年齢だし。
児島で働いているぼくが毎日夕方から交代するというのも無理な話だった。
そんな折、ぼくとコイケさんの共通の友人で、
昨年、岡山に越してきたデザイナー・デュオの能登夫妻、その妻から
「この春、妹が岡山に移住してくるので会ってやってもらえませんか?」
とマチスタでの雇用を打診された。
なにやら東京ではカフェで働いていたらしく、
岡山でもその手の仕事を探すつもりだという。
ぼくとしては、マチスタがいまだまったくの未知数で、
コイケさんの給料も満足に払えるかどうかわからないのに、
もうひとりスタッフを増やすなんてありえない話だった。
「時給を聞かれたので“700円ぐらいだと思います”と言っておきましたよ」
仕事を探しにやってきた能登夫妻の妹さんに、先に会ったコイケさんはそう言ったらしい。
相当気に入ったご様子だった。
それから数日して、今度はぼくが会った。
コイケさんがいたく気に入るのも無理もないと思った。
彼女は控えめで、まわりのことにホントよく気がついた。
ぼくと話しながら、一緒にいた1歳になるお姉さんの娘を、
お姉さん以上に気にしてかまってやっていた。
しかも美人である。イヤミがまったくない類の。
会って10分もしないうちに、すでに彼女を雇わないという選択肢はぼくのなかにもうなかった。
「時給は800円出しますから!」
こうして能登夫妻の妹さん、通称<のーちゃん>がスタッフとして加わったことで、
マチスタの営業時間が決定した。
平日は朝8時半から夜8時。土日は朝11時から夕方の6時まで。
のーちゃんが日曜日も一日出てくれるというので、
年中無休の完璧なシフト体制が出来上がったのだった。

3月に入ってすぐのこと。ヒトミちゃんと事務所でお昼を食べながら、
「これから毎月どれぐらいお金が出て行くか」という話になった。
マルナカで買った弁当を食べながら、いきおいよくペンを走らせた。
「うちの事務所の家賃でしょ、光熱費でしょ、国金の返済、
ヒトミちゃんの給料、オレ、コイケさん、のーちゃん、マチスタの家賃、光熱費………」
こうして挙げていくうち、なんかヤバーい感じがしてきた。
「ゲッ、こんなに出て行きますか………」
そこに算出された毎月の経費。
2か月間振り込みがまったくないなんてことも珍しくない我が社に、
こんな額が毎月きっちり払えるのか………。
こうやってちょっと計算すればわかることなのに、ずっとしなかった。
正視するのを避けていた。
きっと、気持ちのどこかで逃げていたのだ。悪い癖だった。
でも、もう逃げるわけにはいかなかった。ぼくひとりじゃないのだ。
いきなり奮い立ったぼくは、まだお昼の12時台というのに、1本の電話を入れた。
「ちょっと相談したいことがあるんですけど」
電話の相手は、つい最近、うちに来て名刺を置いていった銀行マン。
彼は15分もしないうちにカブで事務所にやって来て、
15分もしないうちにアジアンビーハイブの過去2期分の決算書を持って帰った。
「100万円なんて言わずに、300万円って言えばよかったかなあ」
銀行マンが帰った後も、しばらくそんなことを考えていた。

いろんな制作物が急ピッチで進められている。写真は入り口のドアのガラスに施すカッティングシートの図案。文字色は白を予定している。

3月最初の土曜日、ヒトミちゃんとサトちゃんを引き連れマチスタの清掃の手伝いに。掃除の合間には開発途中のブレンドも試飲しました。

岡山ではなにをやるにもまずフライヤーを作る。メインコピーは「コイケさんの淹れるコーヒーはおいしい」。店のスタッフに「さん」をつけるのが斬新ね。

日和 VOL.76

長野県長野市『日和』
発行/株式会社 まちなみカントリープレス

グルメやファッションはもちろん、音楽やイベント情報まで、長野県ならではのユースカルチャーを発信しているフリーペーパー「日和」。長野市善光寺のすぐそばに編集室を構え、同じビルの地下には「hiyori CAFE」を併設。取材に向かう編集部の最新情報などがアップされるwebサイトもお見逃しなく。

日和
http://www.nao-magazine.jp/cp/hiyori/

発行日/2012.2.29

SENtenCE

北海道札幌市『SENtenCE』
発行/CREATIVE OFFICE Q-CONTROL

クリエイティブ・ディレクター、編集者、プロデューサーと、北海道を拠点に自由なプランニングを続けるKENさんが年に4回発行。カルチャー、ファッション、クリエイティブなど、取り上げるテーマは多岐に渡り、北海道の新たな魅力を道内外へ発信しています。

CREATIVE OFFICE Q-CONTROL
http://www.q-control.jp/
ブログ
http://q-control-ken.blogspot.com/

発行日/2011.12

undIZUcovered

静岡県伊豆地方『undIZUcovered』
発行/undIZUcovered

三島でcucurucú(ククルク)というカフェを経営している、小皿元キウイさんを中心に編集・発行している伊豆の裏ガイドマガジン。伊豆になじみの深い人々がごく主観的な切り口から、とっておきの秘密基地=undiscoveredな伊豆を紹介しています。

undIZUcovered
http://www.undizucovered.net/

定価200円

発行日/2010.7

焙煎所「カフェリコ」にて

開店まであと 33日——————

撮影でロンドンに滞在していた2008年の冬のこと。本屋で写真集を買った。
タイトルは『LONDON CAFFS』
ロンドンにある古いカフェ「CAFF(カフ)」(ロンドンっ子はそう呼ぶ)を集めた
写真集だった。
ある日、そこに掲載されていた店の一軒でカメラマンと待ち合わせた。
ところがお互いにその店を見つけられず、店があるはずの住所のあたりで鉢合わせした。
どうやらそのカフは閉店したようだった。
同じことがもう一度あって、そこでようやく理解した。
その写真集にある眩しいばかりの素敵なカフたちは絶滅危惧種なのだ。
外来種の「M」とか「S」に追われるようにして、
ロンドン固有の文化が姿を消しつつある—————これって日本もまったく同じじゃないか? 
ほどなくして帰国したぼくは、早速、『Krash japan』の次号の特集名を決めた。
「KURASHIKI CAFFS」、倉敷の喫茶店の特集である。
地方で発行している雑誌で日本固有の喫茶店文化が守れるとは思わないが、
少なくとも美しいカタチで記録に残したいと。
ところが、気持ちだけが先走って、大切なことを忘れていた。
オレ、コーヒーが飲めないのでは? 
コーヒーが飲めなくても、喫茶店を特集することができるのか。
そして、ロケハンがスタート。
一日4〜5軒の喫茶店をまわり、ぼくは決めごとのように、各店で必ずコーヒーをオーダーした。
しかも飲むのはブラック—————結構つらかった。
苦行ではあったが、1週間でムカムカがなくなった。
2週間もすればなんとなく美味しさがわかるようになってきた。
こうしてぼくはコーヒーを克服したという話。
美味しいコーヒーが美味しく飲めるようになったというだけで、
しかし、いまもそれ以上ではない。

1月の最後の日曜日、焙煎所「カフェリコ」の稲本道夫さんの工房に行った。
コイケさんからは「無口な人」とだけ聞いていた。
他に、稲本さんのとある知人には、
「次の日曜日、ココリコの遠藤さんのところに行く」と言ったら、
「冗談でも言ったらダメ」と冷たく釘を刺されていた。
どうもまじめな人らしい。
焙煎所の外観からして、稲本さんの性格が表れていた。
絶対この人、几帳面だ。
モノをあった場所にきっちり戻すタイプの人だ。
コイケさんと一緒に焙煎所の中に入って確信した。
空間に置いてあるものすべてが、平行だったり垂直だったり、
意味不明な角度に置かれているものがない。
ここまでの数少ない情報だけで、何事につけズボラなぼくは結構臆していた。
が、臆しながら同時に信頼し始めていた。
仕事をするには絶対こういう人がいいのだ。
やっぱり無口な人だった。
でも、コワい感じはまったくなく、語り口はむしろ優しい。
年齢は50代半ばか後半か。
背はすらっと高くて(ココリコの遠藤よりも田中でした)、
こんな田舎ではあまりお目にかかれないダンディなお人だった。
そして、なんといっても趣味の良さだ。
稲本さんがほとんど手がけたというこの焙煎所とオフィスの内装は、
『クウネル』を愛読する女子と『男の隠れ家』を愛読するオヤジが
ともに「いいね!」を押してしまうようなグッドテイストなのだった。
焙煎室の隣にあるオフィスの巨大なテーブルの上に
「ダ・テーハ」というブラジルの豆(スペシャリティ)が用意されていた。
3つの袋に小分けされていて、「216℃」「222℃」「225℃」の表示が貼り付けられている。
それぞれ焙煎の度合いの違いで、
数字は煎りあがり(焙煎後に窯から豆を出すとき)の温度だという。
それぞれ稲本さんが自らペーパードリップで淹れてくれた。
216℃はぼくが好きな程度の酸味があったが、
222℃になると酸味がほとんど感じられない。
たったの6℃で味がこうも変わるのか。
226℃になると、ぼくにはちょっと重いぐらいだった。
「ブレンドはたんに豆を混ぜるのではなく、新たな味を作るんです。
ブレンドには融合とか、調和って意味もありますよね」
なるほど。ぼくはてっきり、種類の異なる豆を混ぜて作るんだと思っていた。
同じ豆をセレクトしたブレンドでも、
そのうちどれか焙煎の度合いをちょっと変えるだけでも出来上がりは異なってくる。
「浅煎りのほうが香りが出るので、中間に浅煎りをもってきて香りをつけるとか。
でも、浅いのが勝ると今度は渋みが出てくるんです」
なるほど。これは奥が深い、深すぎる。
さて、じゃあどうしようかとその場で相談と思いきや、
「エアロプレス(空気圧を利用して抽出するコーヒーの抽出器具)、見せてくださいよ」
というコイケさんのリクエストに答えて、
稲本さんが「これ、結構力がいるんですよ」と実演を見せ始め、
エアロプレスで淹れたコーヒーを、
ジャズのBGMをバックにまったり飲みながら言葉少なめの大人の談笑。
それからおもむろに、「じゃあ、そろそろ店があるので」とコイケさんが立ち上がると、
「じゃあ、また届けておきます」と稲本さん。
あれれ、なんですか、この淡白な展開は? 
なんか、ブレンド作りに参加しているような、参加していないような。
そんな消化不良な思いを抱いたままカフェリコを後にしたのだった。
開店まであと40日を切った。いまだコーヒーのブレンドは決定していない。
そういえば、その日ぼくはほとんど稲本さんに話しかけることはなかった。
話しかけていたとしても憶えていない。唯一憶えているのは、この一言。
「あのディードリッヒっていう焙煎機、機関車みたいですよね」
コメントはなんにも返ってこなかった。
もしかしたら、バカだと思われたかもしれない。
(つづく)

ロンドンの古いカフェ「CAFF」を集めた写真集。外装や内装、什器や食器などどれをとってもくらくらするほど魅力的。

カフェリコの焙煎室。黒いのがディードリッヒ、奥にあるのが国産の焙煎機。左手にはイタリア製のペトロンチーニ、計3台の焙煎機がある。

自らコーヒーを淹れてくれる稲本道夫さん。ブルゾンの襟を立てておしゃれに着こなす大人の男性を久々に見ました。

コーヒーはカッピングではなく、実際に淹れて試飲。「カッピングは慣れないと難しい」(稲本さん)のだとか。普通に淹れても難しいんですが。

ながさき「にこり」

長崎県長崎市『ながさき「にこり」』 
発行/長崎県広報課

長崎県の広報課がつくるながさき「にこり」は、年6回(奇数月)発行する地域情報誌です。県庁や県の地方機関、観光窓口、空港などで無料で配布しています。長崎県のすばらしい魅力をわかりやすくご紹介し、読んでいて思わず「にっこり」する情報誌です。

長崎県広報課
http://www.pref.nagasaki.jp/koho/plaza/dream/

発行日/2012.1

oraho 会津のいいもの。

福島県会津地方『oraho』
発行/oraho

会津のいいもの、いいひと、いいことを紹介するリトルプレス。oraho(おらほ)とは、会津のことば。『わたしの土地』『わたしの住んでいるところ』という意味です。
「わたしの故郷、会津は山々に囲まれた雪国。ここには、厳しい冬と豊かな自然が育んだ文化があります。会津で生まれ育ち今は東京でくらす一人の女性としての視線で、昔からいいもの、これからのいいものをご紹介したいと思います。」(oraho編集発行人・山本さん)

oraho
http://www.oraho.info/

定価630円

発行日/2011.5

「マチスタの味」をつくろう

開店まであと 40日——————

「こいつ、いったいなんなん?」
ヤツを見ながら、そんなことを考えたりする。
当社アジアンビーハイブで飼っている元野犬のサブである。
普段、犬や猫を見て感じる可愛さが、実はこの犬にはない。
サブに対して愛情がまったくないというわけじゃない。
犬というより、むしろ人間だと思わせるなにかがサブにはあるのだ。
人間だとしたら薄汚れた元浮浪者のオッサンなわけで、そのオッサンから、
毎朝フェラーリの馬のポーズで何発も飛び蹴りされたり、
そばで暑苦しくじっと見つめることで朝夕の散歩をねだられたり、
その散歩で腕が抜けるほどひっぱり回されたり、
事務所の中で一日に何回も放屁されたりというのが毎日なものだから、
通りいっぺんの腹立たしさを通り越して、
日に何回と、哲学的にサブの存在の意味というところまで考えてしまったりするわけだ。
先週になって、『風と海とジーンズ。』の最新号のギャラが入った。長かった。
これでやっと、会社の口座残高が1000円以下なんてシュールな状況から抜け出すことができた。
お金が入って真っ先に買ったのが、サブの首輪だった。
前の首輪は幅広の赤い革に金メッキのスタッズが無数に入っているようなタイプで、
「無駄にイカツすぎる」と当社の女子たちに不評だった。
新しい首輪は5000円以上もしただけあって、
なるほどあの薄汚れたサブがちょっとだけ垢抜けて見える。
垢抜けたら垢抜けたで、今度はこれまで使っていた
麻縄のような古いリードとの見た目の相性が最悪だということが判明したのだが、
そのリードまで買い替える予定はいまのところない。

新生マチスタの最大の売りは、いわずもがな、コーヒーである。
なにせ正式な店名が「マチスタ・コーヒー」なわけだから。
これまでのコイケさんの店では、シングルオリジンコーヒーという、
ブレンドではなく単一の産地の豆を使用したものを提供していた。
しかも、どの産地のどの農園(生産者)という履歴が明らかで、
豆の品質等級でもトップクラスのものを使用したスペシャリティ・コーヒーだ。
実はこの手のコーヒーにこだわった喫茶店は近年珍しくはない。
どちらかというと結構な流行りのような印象もある。
そこで戦略的には、シングルオリジンから旧スタイルに戻すことを提案した。
主力メニューをブレンドにしようというのだ。
あまのじゃくというのも多分にあるんだけど、
シングルオリジンでコーヒーのメニューが複数あるというスタイルよりも、
ブレンドを作ってシンプルにしたほうが、テイクアウトスタイルにマッチすると思った。
コイケさんもこのアイデアにすんなり同意してくれた。
1月中旬、マチスタに焙煎されたブレンドの豆が届けられた。
豆を持ってきてくれたのはコイケさんの友人で、
街スタのコーヒーを焙煎・納品していた焙煎人の稲本道夫さん。
岡山で「カフェリコの稲本さん」といえばコーヒー業界の有名人だ。
20代の頃に神戸で修行し、地元の旧灘崎町(現在は岡山市内)に戻ってからは、
コーヒーの焙煎一筋約30年、
いろんな喫茶店に卸すことで岡山のコーヒーの味を作ってきたという業界の重鎮である。
実は稲本さんには一度も会ったことはなかったが、
新生マチスタでも引き続き焙煎をお願いしてあった。
豆は焙煎の深さの違いで、浅い順からシナモン、ミディアム、フルシティの3種があった。
それぞれ、コイケさんがペーパードリップで淹れてくれた。
ぼくの焙煎の好みからいうと、フルシティはちょっと濃い。
ミディアムあたりがちょうどいいんだけど、シナモンでも美味しく飲める。
コイケさんは濃いコーヒーが好みなので、このフルシティでもまったく問題ないと言う。
ふたりであれこれ短い言葉で感想を述べ合った。が、「美味い」という言葉はなかった。
焙煎の度合いはなんとなくつかめたが、豆のブレンドはこれでいいのかどうか。
そもそも、こうやって稲本さんから届いた豆をそのまま飲んでいるけど、
ブレンドってどうやって決めるのだ?
そんなとき、コイケさんから思わぬ言葉が飛び出した。
「ぼく、やっぱりこの香味があまり好きじゃないです」
「………というと?」
「ブレンドによくある、この口に残る感覚がイヤなんです」
意味がわからない。
ぼくにはコイケさんの感覚を解するだけの味覚はないみたいだ。
そういえば、コーヒーが飲めるようになったのはこの5年ぐらいだった、
自分でも忘れることがあるけど(それまでは飲むと必ず胃がムカムカしてたっけ)。
どっちにしても、ブレンドを主力にすると決めて準備を進めているのに、
ブレンドそのものが苦手ともとれるこの発言、到底聞き過ごすわけにはいかない。
この店で、コイケさんが自信をもって薦められないコーヒーを出しちゃいけないのだ。
「ブレンドで後口に残らないようにする方法はないんですか?」
「………ないことはないです。スペシャリティだけでブレンドを作るんです」
「………?」
「普通、ブレンドはスペシャリティの下のクラスの豆を混ぜるんです。
ブレンドによくある口に残る感じというのは、それゆえです。
でも、スペシャリティコーヒーは単一農園が条件ですから、基本的にブレンドはしません。
コストはかなり割高になると思いますが、規格外でお願いしてみますか?」
考えるまでもなかった。
「是非お願いしてみましょう」
後日、稲本さんからコイケさんのもとに連絡が入った。
次の日曜日、稲本さんの焙煎所「カフェリコ」に来てほしいと。
「もちろん、行きますと伝えてください」
そうコイケさんに回答したはいいが、コーヒーの味覚にまったく自信のないぼくは、
その日から数日、不安な日々を過ごすことになったのだった。
ああ、面倒だなあ。ブレンドなんて調子にのって言わなきゃよかったかなあ。
(つづく)

1月末に発行された『風と海とジーンズ。』最新号のvol.3。この写真を見てると、ついつい『風と海とジーンズとサブと。』と書きたくなる。

サブ、惰眠をむさぼるの図。いつもはもっとストーブに近いところで寝ている。脚がストーブの下に入っていることもある。

街スタで販売しているコーヒー豆。袋に描かれた意味不明のイラストはコイケさんによるもの。このイラストは新生マチスタでは却下の予定。

これが噂のカフェリコの外観。次回、ここを舞台に繰り広げられる激しいコーヒーバトル(?)の模様を詳しくレポート。

春光堂書店

売り場の本棚は、お客さんとつくりあげていく。

新宿からあずさ号にのって甲府に向かう。
窓から見える南アルプスや奥秩父の山には雪が見えるけれど、
盆地にある甲府の町に雪が降ることはあまりない。
駅を降りるといつも巨大な宝石のオブジェに目がいってしまう。
研磨産業が盛んなこのまちでは、日本の約8割のジュエリーが生産されている。

駅から約10分、アーケードが架けられた甲府市中央商店街を歩く。
元はこのあたりは甲府城の城内だったのだそうだ。
この商店街の中心に位置するのが銀座通り。日本にいくつもある「銀座」のひとつで、
銀座通りの中ほどに春光堂書店はあった。
入口右手にはたばこの販売スペースがある。
中央の自動ドアを開けると、店長の宮川大輔さんがお客さんと談笑しているところだった。
カウンターの中でタバコ屋からレジから電話の応対から大活躍しているのは、父の久次さんだ。

営業中にもかかわらずあたたかく迎えてくれた、大輔さん。

春光堂書店は1918年に創業した。大輔さんのひいおじいちゃんが始めて、
現在は3代目である父、久次さんと、大輔さんの奥様、愛さんとの3人でお店を運営している。
今の春光堂書店の内装は、20数年前にアーケードを付け替えたときに大きく改装した。
その頃はバブル経済のピーク、商店街も本屋さんもとても繁盛した。
日々やってくるたくさんのお客さんのために、まんべんなく本を揃えたまちの本屋さんだった。
「僕が子どもの頃は、何軒か書店が周りにあったけれど、
その後バブルも崩壊してみんな店をたたんだり、郊外に移ってしまった」
山梨県外で仕事をしていた大輔さんが戻ってきて、お店を手伝うようになったのが5年前。
アーケードの商店街も一度は寂れたけど、最近はまたやる気のある人が集まってきているという。

お店を見渡すと気づくのは、他の本屋であれば目立つ場所にある棚の
「ジャンル分け」の表示がないこと。
「最初はあったけどいつのまにか外してしまいました」と大輔さんは笑うが、
お客さんとの距離が近ければ、わざわざジャンル分けの表示は必要ないのかもしれない。
「今はベストセラーや、地域の人の好みを生かしながら、
自分のやりたいことをどうやっていくか。バランスをとりながらやっています」

棚はテーマごとに並べられ、文庫、新書、単行本など異なるサイズの本が一緒に並んでいる。
本に関するテーマを集めたコーナーには、著者が本屋さんのものや読書術、
「本のしごと」なんてタイトルの本もある。
食べ物の本には、さりげなく、ここから自転車で10分ほどの近所にある、
五味醤油店の五味さんがおすすめする麹の本があったり、
細かくも丁寧に棚がつくられているのがわかる。
さらに見渡すと、大小のPOPと共に、たくさんの企画コーナーがある。

130年以上の歴史を持つ五味醤油さんおすすめの本。手にとってみたくなる。

ヨネクラ玩具店

子どもの能力を引き出す、木のおもちゃの魔法。

カラフルでかわいくって、どこかぬくもりを感じさせる木のおもちゃ。
ヨネクラ玩具店には、そんな、大人でも子どもでも心を踊らせてしまうような
おもちゃが所狭しと並んでいる。
中央には、子どもたちが遊べるスペースが設けられていて、
レールも電車も木製の鉄道セットや、木の独楽、積み木など
さまざまな種類のおもちゃが置かれている。
なかにはいい飴色になったサンプルのおもちゃもあり、
ヨネクラ玩具店の歴史が感じ取れる。
そんな種類の豊富さに驚いていると、そのなかから、
店主の米倉千景さんがひとつのおもちゃについて教えてくれた。
「これは『アムステルダム』という名前で、
166ピースを使ってまちをつくります。ほら、見てください。
右と左でまちを囲っている積み木の家の屋根の色が違うでしょう?
ぼくは不思議に思って、これをつくった子に
“なんで、色が違うの?”と聞いたんです。
そしたら、“昼のまちと夜のまちだから”なんて答えるんですよ。
子どもの想像力はすごいですよね。ひとつのまちを、夜と昼にわけるなんて。
この『アムステルダム』には、そうやって、
子どもたちが編めるたくさんの物語がうずまいているんです」

おもちゃ「アムステルダム」。赤い屋根のほうは、昼のまち。

昭和33年に創業したヨネクラ玩具店は、千景さんで二代目。
父親が若くして亡くなり、千景さんは20代で店を継ぐことになった。
「おやじが亡くなったとき、大阪で別の仕事をしていたんですが、
迷わず田辺に戻ってきました。おやじがいなくなったら、
“やっぱり、ぼくがやらないかん!”と思ったんですね。
弟もまだ大学に通っていたし、ぼくは3人兄弟の一番上で、
『長男が跡を継ぐ』という教育が体にしみこんでいたみたいです」
そうして店を継いだ千景さんだが、
最初から木のおもちゃを扱っていたわけではない。
当時はゲーム機やキャラクターもののおもちゃを販売したり、
「チョロQ」が流行れば、イベントを開催したりと、
どこにでもある普通のおもちゃ屋さんだった。
「電子音がするおもちゃなんかもたくさん販売していましたよ。
だって、ぼくも商売人として売れるとやっぱり面白いですからね。
でも、自分の子どもが生まれたとき、
子どもにあげたいおもちゃが店には見当たらないんですよ。
おもちゃ屋さんなのに(笑)」

取材中、訪れていた常連のお子さん。「ここに来るといつもわくわくしちゃうんです」とお母さま。

以来、それまで扱ったことのない、
特に外国のおもちゃを探すようになった千景さん。
面白そうなものがあると、息子さんに買う。
そのおもちゃを見たお客さんがほしいと言うから、店でも販売する。
それが、ひとつ増え、ふたつ増え、三つ増え……。
気がつけば、木のおもちゃばかりを扱うようになっていた。
「最初は、木のおもちゃを認めてくれるかなという不安もあったんです。
今から30年くらい前ですからね、当時そういった店はなかった。
でも、外国の木のおもちゃって、知れば知るほど面白いんですよ。
手にとってみると、おもちゃに対する思想が日本とは全然ちがうのがわかる。
つくりはとてもシンプルなんだけれども、
子どもが遊んだときにどうなるかっていう『しかけ』が
ものすごく考えてつくられている。ぼくのほうが面白くなってしまったんですね」

店内の遊べるスペースで、カプラを積みはじめた店主の千景さん。

無限に広がっていく、積み木遊びの面白さ。

外国の木のおもちゃを扱うようになった千景さんの興味は
どんどん深まっていく。そんなとき、あるひとつのおもちゃに出合った。
「福音館書店が発行する、月刊『母の友』で記事を見たのがきっかけでした。
ひと目見て、これだ! って思って、すぐに問い合わせました」
千景さんが一目惚れしたおもちゃというのが、
フランスのおもちゃ「kapla(以下カプラ)」だ。
薄くて小さな木のピースを組み合わせて、
お城をつくったり、タワーをつくったりと、積み木のようにして遊ぶ。
見た目はなんの変哲もない板だけれど、このピースを使って遊びはじめると
子どもたちは黙々とカプラに没頭してしまうのだという。

ひとつひとつ、カプラを組み合わせて、まずは、正方形をつくる。

さらに、カプラを組み合わせていけば、お城の屋根に!

その理由は1ピースの高さ:横:縦が、1:3:15の比率でできているから。
ただ、積み上げるだけなのに、どう積んでも美しいかたちにおさまる。
しかも、薄くて軽いカプラは子どもでもたくさん積み上げることができ、
創作は無限に広がっていく。
「カプラの1ピースを5枚並べると、正方形ができます。
それを積み上げるだけでも、とってもきれいなかたちなんですね。
だからつくる側にも自然と達成感が生まれる。
積み木は、かつてフレーベルという教育者が、
自然や宇宙の摂理を知るための道具として、つくったんだそうです。
子どもたちは、比率の数字のことなんてわかりません。ただ、遊びながら、
この比率のなかに秘められた法則を感覚的にわかるようになるんですね。
そんな風に遊びのなかで、
子どもの能力を無限に引き出してくれるおもちゃはたくさんあるんですよ」

赤が印象的な、カプラのパッケージ。200ピースが基本。生成り他に、カラーのピースもある。

流行を追うだけではない、子どもにとって楽しくって、
能力もひっぱりだしてくれる遊びも考えられている。
積み木に、そんな奥深さが隠されていたなんて知らなかった。
さらに、千景さんはドイツのneaf社の「セラ」というおもちゃを持ってきてくれた。
「これなんかも、無限に遊べるんです。
立法体を面に沿って大小9つのピースに分けられている。
まずはバラバラにして大きい順に積み上げていってみましょう。
真上からみると、さあ、何のかたちが見えてきますか? 六角形なんです。
次は小さい順から重ねていくこともできるし、家をつくって遊ぶこともできる。
一定の比率が計算されているからこそ、できる遊びなんですね。
この青のグラデーションもとても美しいでしょ」
と言って千景さんは、セラの何通りもの遊び方を見せてくれる。
一見するとただの大小の立法体の集まりなのに、
組み合わせ方次第で、幾通りにも遊びが増えていく。

各色の立法体をつみあげながら、子どもはバランス感覚も身につけていけるのだという。

目をキラキラさせて、セラの遊び方を教えてくれる千景さん。

もうかれこれ1時間以上おもちゃについて話を伺っているけれど、
千景さんの言葉からは、大人でも思わず引き込まれてしまうほど、
おもちゃの魅力が溢れてくる。
さらに、おもちゃの説明は続く。
そばにあった独楽を手にとれば、今度は独楽の説明が。
奥さまの富美子さんが隣で苦笑しながら
「独楽が一番好きなんです」なんて耳打ちするが、
「まぁまぁ、いいから、いいから。これはね……」と話し始める千景さん。
「独楽と言えば、これです。でももっとおもしろいのは、こっち……」。
と、店内にあるおもちゃすべてについて話してくれそうな勢い。
それも、おもちゃへの愛情があるからこそ。

千景さんが大好きという独楽。さまざまな国の独楽がヨネクラ玩具店には並ぶ。

「幼稚園や保育園に行ってカプラのワークショップをやっているんですが、
子どもたちと遊ぶにはね、体力が必要なんですね。
子どもたちのキラキラした目を見ると、期待に応えないと! って思ってしまって。
だから、体力づくりのために、今は、毎日走ってるんですよ」
とチャーミングな笑顔を見せる千景さん。富美子さんもそれをあたたかく見守る。
木のぬくもりと、ご夫婦のおもちゃへの愛がいっぱいつまったヨネクラ玩具店。
先生でも、エライ教育者でもない、それでもこんな風に子どもの遊びについて
教えてくれる人が自分の住んでいるまちにいたら、なんてすてきなんだろう。
毎日でも訪れたい。そう思わずにはいられない居心地のよい時間が店に流れていた。

二人三脚でヨネクラ玩具店を支えてきた、千景さんと富美子さん。

マチスタ・コーヒーのはじまり

開店まであと 47日——————

「大丈夫か、うちの会社?」で終わった前回の連載。
こんなことを自問するからには、あんまり大丈夫じゃない。
2月7日現在、当社のメインバンクの口座残高、記録更新だ——————862円。
昨日までしばらく5万円台だったけど、明日撮影があるので
なけなしの5万円を下ろしてしまった。
個人のほうはある意味もっとひどい。
誓って言うけど、48歳にしてぼくの貯金は500円玉貯金が唯一である。
コイケさんに「この店、ぼくがやりましょうか」と言ったとき、
頭のすみっこでこの500円玉貯金のことを考えていたのだが、
それ自体がもうダメなような気がする。そう、もうなんか全然ダメなのである。
「またやっちゃったか、オレ……」
正直、あの夜から軽く落ちた。
コイケさんの店「街なかstudy room」の経営を
ぼくが引き継ぐと口にしてしまったあの夜からである。
なんとか浮上のきっかけを求めてカフェや喫茶店の本を読み始めた。
下北沢の人気カフェの店主が書いた本とか焙煎の本とか、
喫茶店の経営本とか(タイトルは『いざ、開業!』だったな)。
その手の本を読み進めるうちに、不思議となんとかなるような気がしてきた。
そして読み終わる頃にはなんとかなるどころか、
結構成功するような気がしてきたのだった。
「少なくとも、負ける気がしないんですよね」
ぼくがそう言うとコイケさん、
「商売を始める人って、みんな最初はそう言うんです」
見事な袈裟切りをくらったのだった。

やると決めたからには、開店までにやらなきゃいけないことをやるまでだ。
まずは東京で経理の面倒みてもらっている税理士のシマヅさんに電話で報告し、
コイケさんをどのようなカタチで雇用するかを相談した。
結果、当社アジアンビーハイブの社員とすることになった。
これに一番反応したのは社員1号のヒトミちゃんだ。
「えーっ! 私の初めての後輩がコイケさん……」
「そう、会社の平均年齢が一気に上がっちゃうね」
コイケさんは人に雇われるのが初めてらしく、
なにやらそれを楽しんでいるような気配がうかがえる。
ぼくが店を引き継ぐと決まってからのコイケさんは、なにごとにつけ楽しそうである。
「お店の名前はどうしましょうか?」
コイケさんに聞いた。一番大事なところである。
一番大事なところなんだけど、コイケさんの軽いこと。
とても還暦を過ぎているとは思えない軽さで、
「この際、まったく新しい名前でいきましょう」
ここはぼくが文鎮にならなきゃダメなような気がした。
で、後日、店の名前はぼくが決めさせてもらった。
「せっかくなのでこれまでの呼び名を生かして『マチスタ』でいきたいと思います。
そのあとにコーヒーをつけて『マチスタ・コーヒー』で」
「いいんじゃないですか」
ニコニコ顔でコイケさんは言った。
お店に立つのはコイケさんなので、
ぼくは何を決めるのもコイケさんの意見を尊重したいと思っている。
でも、コイケさんはコイケさんでぼくの意見を尊重してくれる。
だからといってお互いが遠慮し合うのではなく、
言いたいことは言える空気がすでにぼくとコイケさんとの間にはあった。
関係としては悪くない。
これからいろんなことに、お互いが納得するラインを導きだすことができそうだった。
こうやって、週に2回ほど店に顔を出し、
年末にかけていろんなことを決めていった。
メニューのこと、お店のロゴや内装の雰囲気、内装にどれくらい手を入れるか、
リニューアルオープン日をいつにするかなどなど。
しかし、店の帳簿を見せてもらったときに思った。
いくらカッコいいロゴを作っても、内装をよく見せたとしてもダメなのだ。
なにかを劇的に変えないとこの店は失敗する。
それぐらいこれまでの赤字の幅は大きかった。
「テイクアウトをメインにして、朝の営業に力を入れようと思うんです」
これが店の経営を口にした最初からぼくの頭にあった作戦だった。
これまでの「街スタ」は午後からの営業だった。
それを朝からの営業にし、通勤途中のサラリーマンにテイクアウト用のコーヒーを提供する。
成功するにはこれしか考えられなかった。
でも、どうみても夜型のコイケさんに、朝型にシフトしてもらうことができるんだろうか?
「大丈夫ですよ」
こうして店の骨格の部分が決まった。
朝からやってるまちのコーヒースタンド。これが「マチスタ・コーヒー」だ。
オープンは年度の始めということで4月2日の月曜日に決まった。
開店まであと1か月半。
(つづく)

コイケさんの淹れるコーヒーは美味しい。岡山にはコイケさんのファンも多い。なのになぜこんな赤字に?

店の周辺は繁華街なのだが、郵便局やNTTがあるなど、岡山有数のビジネス街でもある。場所はけっして悪くない。

テイクアウト用のペーパーカップ案。若干レトロがかかったロゴ(仮)はコイケさんのリクエストをもとにデザインした。

ぱんとたまねぎ

福岡県福岡市『ぱんとたまねぎ』
発酵/林 舞

パン好きがパン好きのためにおくる『ぱんとたまねぎ』。
編集・制作・デザインを一手に担う林 舞さんが、全国各地のうわさのパンを求め、「歩いて 見て 聞いて 食べて」発酵(発行)したリトルマガジン。
芳しいかおりが誌面から漂ってくるようです。

ぱんとたまねぎ
http://d.hatena.ne.jp/pantotamanegi/

定価600円

発行日/2011.11

チャンネル vol.4

長野県長野市『チャンネル』
発行/ch.

グラフィック・デザイナーの青木さんと、編集・ライターの島田さんのふたりで、長野市に2011年7月に小さな本屋、ch.books(チャンネルブックス)をオープン。
隔月でフリーペーパー『チャンネル』を発行しています。
「フリーペーパーは、自分たちが興味を持った、長野の面白いものや人を取り上げよう。それがチャンネルとch.booksの広告にもなればいいという意識で行って、結果的にそれが地域の活性化につながっていけば面白いと思います。」
(青木さん)

ch.books
http://chan-nel.jp/

発行日/2011.12

roast

佐賀県唐津市『roast(ロースト)』
発行/いきいき唐津株式会社

唐津がこれまで大切に育んできた食や風景、文化、ヒトを丹念に情報発信し、「ないものねだりではなくあるもの探し」の観点から、唐津のまちづくりや観光の活性化を図っていくことを目的に創刊された『roast(ロースト)』。素朴だけど味わいのある唐津の素顔を紹介しています。創刊号には岡本仁さんの寄稿も。

いきいき唐津
http://ikiiki-karatsu.jp/

発行日/2011.9