連載
posted:2012.3.27 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
以前にちらと触れた、銀行からの融資にそろそろ決着がつきそうだ。
最後のハードルが信用保証協会なる機関による審査。
この協会員がわざわざうちの事務所にやってきて直接話を聞くのだという。
今回、融資の話を進めてもらっている銀行員のシマちゃんからは、
融資に関してはまず問題ないので、「もう正直に話しちゃってください」と言われていた。
で、後日やってきた女性協会員にぼくはありのままをお話しした次第。
ところがこの協会員、ぼくの回答に対しての受け答えが、
「はあ……」とか「うーん……」とか、とにかく歯切れが悪い。
ひと通り会社の実情を話したところで、ぼくはズバリ聞いてみた。
「なにか不安なところでもありますか?」
「いえいえ、滅相もございません」的な答えが当然返ってくると思っていたのだが、
彼女、「はい、多少」などとそこははっきりおっしゃる。
おまけに返す刀で「失礼ですが」と初めて攻めの姿勢を見せたかと思うと、
「社長は個人資産をかなりお持ちですか?」
必殺の一撃を打ち込んできた。
「こ、個人資産……というと?」
「定期預金とか、預貯金です」
で、ぼくもついに伝家の宝刀を抜いてやった。
「貯金の類いでは、500円玉貯金があります」
「はっ?」
「500円玉といっても全部で20万円ぐらいあると思います。
いや、本当は16〜17万円ぐらいかもしれない。
前はよく数えていたんですけど、最近はあまり数えないようにしてるんです。
だいたいがっかりすることが多いから」
彼女が帰ったその日の午後、銀行のシマちゃんがやってきた。
信用保証協会の彼女から早速連絡があったそうだ。
その連絡の内容のせいだろう、それまでの終始「余裕ですよ」的な態度はどこへやら、だ。
おまけにシマちゃん、「社長、あのですね」と小声で話しかけてくる。
「シマちゃん、なんで小声で話すのよ?
あのさ、保証協会が保証できないって言うんだったら、
オレはそれで全然かまわない。
だからシマちゃんもオレに悪いなんて思わないでいいから」
「いや、社長! 私がなんとかしますから!」とは言わなかった。
「はあ、どうもすいません……」とシマちゃん、消え入るような声で。
ええっ! そこで引くぅ!?
さすがに簡単には勝たせてくれないな、
というのがマチスタのプレオープンから数日しての感想だ。
プレオープン当日は、前日にFacebookで告知しただけにもかかわらず、
祭日ということもあって午前11時のオープンから来客がひっきりなし。
さらに次から次へと知った顔がやってくる。
なかには一度帰ったのに、数時間後にまたやってきてくれた友人もいた。
感情を込めてお礼を言って暑苦しいと思われるのがイヤなので、
わりとクールに「ありがとね」としか言ってないんだけど、
本当は心のなかで叫びたいぐらいに感謝してます。
コイケさんとのーちゃんにも感謝だ。
ふたりにはハードな一日だった。
とくに実際のお客さんにコーヒーをドリップで淹れるのが初の彼女には、
心身ともにキツい一日だったと思う。
さて、お店の一日の締めくくりは、レジを使っての売り上げの集計だ。
さあ、いらっしゃい!
レシートにある数字を見て、少しずつ鼻から空気が抜けていった。
あれだけ人が来て、こ、こんなものなのか……。
現実という冷や水を頭から浴びせられたような気がした。
一日300杯のエスプレッソを売る下北沢のカフェの本なんか読まなきゃよかった。
しかも、その日来たお客さんのほとんどがぼくかコイケさんの友人や知人である。
翌日からの平日の営業を思うと、ホラー的にうすら寒くなるものがあった。
そしてその予想は現実のものとなった。
プレオープン以降の一日の売り上げは、
最低限クリアしたい額の半分ほどしかなかったのだった。
こんな超シビアな展開に、一筋の光となりえるだろうか。
マチスタ最大の売りであるコーヒーの
「マチスタ•ブレンド」の味がようやく決まりつつある。
そう、プレオープンしてもまだ例のブレンドの味が決まっていなかったのである。
焙煎士のカフェリコ稲本さんには何度も試作品を持って来てもらっているが、
まだ「これだ!」という味に行き当たらない。
稲本さんもつい最近、自身のブログで
「久しぶりに難題にあたっている」と吐露していたほど。
そんな矢先のこと。なにも言わずにのーちゃんが淹れてくれたコーヒーの味が、
それまで飲んだことのない鮮烈な味だった。
香りがよくて強くてコクがあって、
それでいて口当たりが優しく飲んだ後のあと口がすっきりしている。
な、なんだ、このコーヒーは?
「稲本さんがもってきてくれた新しいブレンドです」とのーちゃん。
いや、そうだろうとは思っていたけどね。
それから2時間ほどして、稲本さんがマチスタにやってきた。
相変わらず花粉症で目は赤らんでいるが、その目はいつもよりも断然輝いていた。
まさに「どうです!」と言わんばかりに。
「最高です! 稲本さん、ついにやりましたね!」
ぼくが言う前に、コイケさんがさらりとこう言った。
「もうちょっと酸味があったほうがええなあ。できる?」
ええっ! まだやるぅ!?
Shop Information
マチスタ・コーヒー
住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 11:00 〜 18:00(プレオープン時)
※4月オープン予定
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