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焙煎所「カフェリコ」にて

マチスタ・ラプソディー
vol.004

posted:2012.2.29  from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

開店まであと 33日——————

撮影でロンドンに滞在していた2008年の冬のこと。本屋で写真集を買った。
タイトルは『LONDON CAFFS』
ロンドンにある古いカフェ「CAFF(カフ)」(ロンドンっ子はそう呼ぶ)を集めた
写真集だった。
ある日、そこに掲載されていた店の一軒でカメラマンと待ち合わせた。
ところがお互いにその店を見つけられず、店があるはずの住所のあたりで鉢合わせした。
どうやらそのカフは閉店したようだった。
同じことがもう一度あって、そこでようやく理解した。
その写真集にある眩しいばかりの素敵なカフたちは絶滅危惧種なのだ。
外来種の「M」とか「S」に追われるようにして、
ロンドン固有の文化が姿を消しつつある—————これって日本もまったく同じじゃないか? 
ほどなくして帰国したぼくは、早速、『Krash japan』の次号の特集名を決めた。
「KURASHIKI CAFFS」、倉敷の喫茶店の特集である。
地方で発行している雑誌で日本固有の喫茶店文化が守れるとは思わないが、
少なくとも美しいカタチで記録に残したいと。
ところが、気持ちだけが先走って、大切なことを忘れていた。
オレ、コーヒーが飲めないのでは? 
コーヒーが飲めなくても、喫茶店を特集することができるのか。
そして、ロケハンがスタート。
一日4〜5軒の喫茶店をまわり、ぼくは決めごとのように、各店で必ずコーヒーをオーダーした。
しかも飲むのはブラック—————結構つらかった。
苦行ではあったが、1週間でムカムカがなくなった。
2週間もすればなんとなく美味しさがわかるようになってきた。
こうしてぼくはコーヒーを克服したという話。
美味しいコーヒーが美味しく飲めるようになったというだけで、
しかし、いまもそれ以上ではない。

1月の最後の日曜日、焙煎所「カフェリコ」の稲本道夫さんの工房に行った。
コイケさんからは「無口な人」とだけ聞いていた。
他に、稲本さんのとある知人には、
「次の日曜日、ココリコの遠藤さんのところに行く」と言ったら、
「冗談でも言ったらダメ」と冷たく釘を刺されていた。
どうもまじめな人らしい。
焙煎所の外観からして、稲本さんの性格が表れていた。
絶対この人、几帳面だ。
モノをあった場所にきっちり戻すタイプの人だ。
コイケさんと一緒に焙煎所の中に入って確信した。
空間に置いてあるものすべてが、平行だったり垂直だったり、
意味不明な角度に置かれているものがない。
ここまでの数少ない情報だけで、何事につけズボラなぼくは結構臆していた。
が、臆しながら同時に信頼し始めていた。
仕事をするには絶対こういう人がいいのだ。
やっぱり無口な人だった。
でも、コワい感じはまったくなく、語り口はむしろ優しい。
年齢は50代半ばか後半か。
背はすらっと高くて(ココリコの遠藤よりも田中でした)、
こんな田舎ではあまりお目にかかれないダンディなお人だった。
そして、なんといっても趣味の良さだ。
稲本さんがほとんど手がけたというこの焙煎所とオフィスの内装は、
『クウネル』を愛読する女子と『男の隠れ家』を愛読するオヤジが
ともに「いいね!」を押してしまうようなグッドテイストなのだった。
焙煎室の隣にあるオフィスの巨大なテーブルの上に
「ダ・テーハ」というブラジルの豆(スペシャリティ)が用意されていた。
3つの袋に小分けされていて、「216℃」「222℃」「225℃」の表示が貼り付けられている。
それぞれ焙煎の度合いの違いで、
数字は煎りあがり(焙煎後に窯から豆を出すとき)の温度だという。
それぞれ稲本さんが自らペーパードリップで淹れてくれた。
216℃はぼくが好きな程度の酸味があったが、
222℃になると酸味がほとんど感じられない。
たったの6℃で味がこうも変わるのか。
226℃になると、ぼくにはちょっと重いぐらいだった。
「ブレンドはたんに豆を混ぜるのではなく、新たな味を作るんです。
ブレンドには融合とか、調和って意味もありますよね」
なるほど。ぼくはてっきり、種類の異なる豆を混ぜて作るんだと思っていた。
同じ豆をセレクトしたブレンドでも、
そのうちどれか焙煎の度合いをちょっと変えるだけでも出来上がりは異なってくる。
「浅煎りのほうが香りが出るので、中間に浅煎りをもってきて香りをつけるとか。
でも、浅いのが勝ると今度は渋みが出てくるんです」
なるほど。これは奥が深い、深すぎる。
さて、じゃあどうしようかとその場で相談と思いきや、
「エアロプレス(空気圧を利用して抽出するコーヒーの抽出器具)、見せてくださいよ」
というコイケさんのリクエストに答えて、
稲本さんが「これ、結構力がいるんですよ」と実演を見せ始め、
エアロプレスで淹れたコーヒーを、
ジャズのBGMをバックにまったり飲みながら言葉少なめの大人の談笑。
それからおもむろに、「じゃあ、そろそろ店があるので」とコイケさんが立ち上がると、
「じゃあ、また届けておきます」と稲本さん。
あれれ、なんですか、この淡白な展開は? 
なんか、ブレンド作りに参加しているような、参加していないような。
そんな消化不良な思いを抱いたままカフェリコを後にしたのだった。
開店まであと40日を切った。いまだコーヒーのブレンドは決定していない。
そういえば、その日ぼくはほとんど稲本さんに話しかけることはなかった。
話しかけていたとしても憶えていない。唯一憶えているのは、この一言。
「あのディードリッヒっていう焙煎機、機関車みたいですよね」
コメントはなんにも返ってこなかった。
もしかしたら、バカだと思われたかもしれない。
(つづく)

ロンドンの古いカフェ「CAFF」を集めた写真集。外装や内装、什器や食器などどれをとってもくらくらするほど魅力的。

カフェリコの焙煎室。黒いのがディードリッヒ、奥にあるのが国産の焙煎機。左手にはイタリア製のペトロンチーニ、計3台の焙煎機がある。

自らコーヒーを淹れてくれる稲本道夫さん。ブルゾンの襟を立てておしゃれに着こなす大人の男性を久々に見ました。

コーヒーはカッピングではなく、実際に淹れて試飲。「カッピングは慣れないと難しい」(稲本さん)のだとか。普通に淹れても難しいんですが。

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街なか study room

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 12:00 ~ 23:30

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