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春光堂書店

江口宏志の
あのまちこのまち本屋めぐり。
vol.001

posted:2012.2.16   from:山梨県甲府市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  知らないまちの駅に降りたら、まずは本屋さんを探します。
そのまちならではの本と、本の魅力を伝えたくてうずうずしている人たちに会えるから。

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Hiroshi Eguchi

江口宏志

えぐち・ひろし●表参道のブックショップUTRECHT/NOW IDeA代表。「THE TOKYO ART BOOK FAIR」を企画・運営するZINE’S MATE共同ディレクター。アマゾンにない本だけが集まった仮想ブックショップ、nomazonも運営する。ユトレヒト公式サイト:utrecht.jp 著書『ハンドブック』(学研)が発売されました。

売り場の本棚は、お客さんとつくりあげていく。

新宿からあずさ号にのって甲府に向かう。
窓から見える南アルプスや奥秩父の山には雪が見えるけれど、
盆地にある甲府の町に雪が降ることはあまりない。
駅を降りるといつも巨大な宝石のオブジェに目がいってしまう。
研磨産業が盛んなこのまちでは、日本の約8割のジュエリーが生産されている。

駅から約10分、アーケードが架けられた甲府市中央商店街を歩く。
元はこのあたりは甲府城の城内だったのだそうだ。
この商店街の中心に位置するのが銀座通り。日本にいくつもある「銀座」のひとつで、
銀座通りの中ほどに春光堂書店はあった。
入口右手にはたばこの販売スペースがある。
中央の自動ドアを開けると、店長の宮川大輔さんがお客さんと談笑しているところだった。
カウンターの中でタバコ屋からレジから電話の応対から大活躍しているのは、父の久次さんだ。

営業中にもかかわらずあたたかく迎えてくれた、大輔さん。

春光堂書店は1918年に創業した。大輔さんのひいおじいちゃんが始めて、
現在は3代目である父、久次さんと、大輔さんの奥様、愛さんとの3人でお店を運営している。
今の春光堂書店の内装は、20数年前にアーケードを付け替えたときに大きく改装した。
その頃はバブル経済のピーク、商店街も本屋さんもとても繁盛した。
日々やってくるたくさんのお客さんのために、まんべんなく本を揃えたまちの本屋さんだった。
「僕が子どもの頃は、何軒か書店が周りにあったけれど、
その後バブルも崩壊してみんな店をたたんだり、郊外に移ってしまった」
山梨県外で仕事をしていた大輔さんが戻ってきて、お店を手伝うようになったのが5年前。
アーケードの商店街も一度は寂れたけど、最近はまたやる気のある人が集まってきているという。

お店を見渡すと気づくのは、他の本屋であれば目立つ場所にある棚の
「ジャンル分け」の表示がないこと。
「最初はあったけどいつのまにか外してしまいました」と大輔さんは笑うが、
お客さんとの距離が近ければ、わざわざジャンル分けの表示は必要ないのかもしれない。
「今はベストセラーや、地域の人の好みを生かしながら、
自分のやりたいことをどうやっていくか。バランスをとりながらやっています」

棚はテーマごとに並べられ、文庫、新書、単行本など異なるサイズの本が一緒に並んでいる。
本に関するテーマを集めたコーナーには、著者が本屋さんのものや読書術、
「本のしごと」なんてタイトルの本もある。
食べ物の本には、さりげなく、ここから自転車で10分ほどの近所にある、
五味醤油店の五味さんがおすすめする麹の本があったり、
細かくも丁寧に棚がつくられているのがわかる。
さらに見渡すと、大小のPOPと共に、たくさんの企画コーナーがある。

130年以上の歴史を持つ五味醤油さんおすすめの本。手にとってみたくなる。

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素通りできない春光堂のオリジナルコーナー

子どもの本のコーナーには、お客さんとかわした、手紙のやりとりの記録が展示されている。
これは、70歳代の男性に、親戚の子どもにおすすめの本を選んで送ってほしいと頼まれて、
子どもの親御さんと手紙のやり取りをしながら選書した記録。
そうしたら子どもからも本の感想や次回のリクエストも届くようになったという。

直筆の字でかかれた想いを見れば、訪れたお客さんも思わず共感してしまう。

辻村深月に林真理子……。
一見脈略のないこのコーナーは、「地元、山梨の作家を応援しようコーナー」。
特に深沢七郎は、友人の荻野弘樹さんが毎年、近所にある「桜座」という劇場で
「深沢七郎を偲ぶ宴」なるイベントを開催していて、毎回多くのファンが詰めかける。
昨年は三上寛と中原昌也による朗読とライブイベント「歌物語」を開催した。
それを応援する意味で、現地で本の販売などを通じて活動を支援している。

読んだことのある作家でも同じ出身と分かれば、どこか親しみも増す。

「やまなし知会(ちえ)の輪」会は、商店街の店主や、大学生、ワインの研究している人など、
お店に来るお客さんがおすすめする本をコメント付きで並べたコーナー。
作家や有名人ではなく、この町にいる人が興味を持っている本を知ることができる。
感想やコメントを返すこともできる。

ここに来ると面白い本に出合えて、さらにそれを誰かに紹介する、
というぐるりと回る輪が自然と生まれるのだ。
普段本を選ぶ人ではないからこそほんとにお勧めしたい本が並ぶ密度の濃いコーナーだ。

やまなし知会の輪のPOPをつくっているのもお客さんだという。

山梨の名産品として名高い、鹿革に漆で模様を描いた印傳(いんでん)。
春光堂オリジナルの印傳ブックカバーは「印傳屋 上原勇七」製。
使い込むほどに手に馴染んできて味わい深くなるそうだ。

まちと、人とつながりながら、広がる本の輪。

2011年10月には、近所にある岡島百貨店の6階に書店のジュンク堂岡島甲府店がオープンした。
置いてある本の冊数は8000冊の春光堂に対して、ジュンク堂は80万冊、約100倍にもなる。
強力なライバル。

でも大輔さんはまちの人が本に親しんでもらういいきっかけになると歓迎する。
まずは人が集まってくれば、あとはお客さん同士が本の楽しさを広げてくれる。

ちょうど取材した日は、たまたまだけど隣に小さなスーパーがオープンした日だった。
新しいお店に足を運ぶお客さんを意識して、宮川さんはお店の外にテーブルを出し、
「料理書」を中心におすすめ順にベスト5をつけて並べた。
スーパーに買い物に来たお客さんが帰りに春光堂に寄ってくれる。
こんな少しの気づかいとアイデアでまちと人と本がどんどんつながっていく。

さりげなく、地元の情報誌「八ヶ岳デイズ」が入っているのがいい。

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春光堂書店で購入した5冊

  • 1. 江宮隆之著『白磁の人』

    (河出文庫)

    白磁の人とは、1891年、山梨県北杜市(ほくとし)に生まれた浅川巧のこと。日本の植民地統治下の朝鮮半島に渡り、朝鮮工芸の美を日本に紹介し、民芸という言葉のもとを作った。彼の生涯を描いた同書を元に2012年夏には映画も公開される。

  • 2. ワインツーリズム山梨著
    『br(ビーアール)』BOXセット

    (ソフトツーリズム)

    80以上のワイナリーが軒を連ねる山梨県で、一般消費者の立場で山梨のワインの魅力を伝えるために結成された8名の団体、「ワインツーリズム」が発行する冊子『br』。1号から3号、さらにマップがついたボックスセット。
    ワインツーリズム山梨 http://www.yamanashiwine.co/

  • 3. 太宰治著『新樹の言葉』

    (新潮文庫)

    太宰が甲府に住んでいたのは30代の前半。はじめての子どもが生まれるなど安定した環境の中で多くの作品を残した。その時期に書かれた短編をまとめた1冊。知り合いもいない土地で異邦人のようにふわふわといることの心地よさと、傑作を書き上げ東京にまた出たいという焦りなどが入り混じった複雑な感情が、私小説風の作品群に深みをあたえている。

  • 4. 岩崎正吾著『ハムレットの百人一首』

    (山梨ふるさと文庫)

    作家であり編集者として「山梨ふるさと文庫」を主宰する岩崎正吾さん。「山梨学講座」シリーズをはじめとする、地域に根ざした本づくりを行なっている。「ハムレットの百人一首」は岩崎さんによる山梨県を舞台にしたミステリー小説。ちなみに「山梨ふるさと文庫」は、現在100タイトル以上が刊行されていて、春光堂書店でもすべてのタイトルは置ききれないそう。
    山梨ふるさと文庫 http://www5.ocn.ne.jp/~bunko/

  • 5. 武田百合子著『富士日記』

    (中公文庫)

    夫である作家、武田泰淳と富士山麓に山荘を建て住み始める。そして泰淳の死までの13年間の暮らしを綴った日記文学の名作。日々のことなので食べることや近所の人たちのことが臨場感のある文章で書かれる。昭和40年代の日本全体の高揚した勢いと彼女の楽観的な性格とが相まって、不便で極寒な山荘の冬さえも魅力的に思えてくる。

information

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春光堂書店

住所:山梨県甲府市中央1-4-4

TEL:055-233-2334

営業時間:9:30〜20:00

定休日:不定休

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