連載
posted:2012.3.31 from:岡山県岡山市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!?
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。
writer's profile
Yutaka Akahoshi
赤星 豊
あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。
オフィスから歩いてすぐのところに両親がふたりで住んでいる。
脳梗塞の後遺症で麻痺がある母親を、7歳年下の父親が介護している。
最近よく聞く「老老介護」というやつだ。
うちのオヤジは、掃除に洗濯、結構家のことをまめにこなせるし、
それがあまり苦でもないので、適任といえば適任。
でも、昔から料理だけはからっきしダメだった。
そこでその穴を埋めるべく東京から帰ってきたというのが、
ぼくのUターンの理由なのだった。
とはいっても、仕事をしながら三食を作るというのはさすがに無理な話で、
ぼくの担当はもっぱら両親の夕飯の支度のみ。
夕方の5時に仕事をいったん切り上げてマルナカ(岡山では大手のスーパーです)に行き、
その足で実家に帰って夕飯を作ってまた仕事に戻る。
そんな生活を7年やってきた。
当然、一緒に暮らしていなくても、親とは毎日顔を合わせる。
でも、実はこのたびのマチスタの一件をオヤジにはまだひと言も言っていない。
昔から親とのコミュニケーションが苦手だ。
いつオヤジに言い出そうか、そのタイミングをはかっている今日この頃である。
夕方、銀行員のシマちゃんから電話があった。
例の融資が決まったという連絡だった。もう十割あきらめていた。
3月末の支払いには500円玉貯金を崩すつもりでいたし、
シマちゃんにも、
「今度来たときは500円玉をたっぷり持って帰ってもらうことになるからね」と告げていた。
いまから考えれば、あのひと言がなにげにシマちゃんを奮起させたのかもしれない。
いずれにしても、電話の向こう、シマちゃんの声はぼくよりも嬉しそうだった。
早速、翌日の朝に、税理士の島津さんに融資が決定した旨を報告した。
「よかったですね!」と彼女も存外な喜びようで。
「『マチスタ・ラプソディー』を読んでもうダメだと思ったので、
勝手に新しい融資先を探していたところだったんです!」
自分ところの税理士まで読んでいるなんて、
『マチスタ・ラプソディー』、結構な人気ですな。
————と、言いたいのはそんな話じゃなくって、
いろんな人にご心配をおかけしてホントすいません、だ。
カウンターを真上から照らすランプの取りつけが終わった。
ランプは福岡にあるアンティークショップ「eel(イール)」からネットで買ったもので、
ヨーロッパで実際に店舗用として使用されていたらしい。
ちょっとデザインが変わっている。
最初は普通にホーローのシェードの付いたランプを買うつもりだった。
でも、なにせ青い壁の個性が強いので、
ちょっと変わったデザインのほうがマッチすると思った。
送られてきた段ボールを開けて現物を見たときは、
正直「やりすぎちゃったかなあ」という感じだったんだけど、
実際取りつけてみると、サイズもデザインもまったく違和感がない。
これでついにマチスタの内装が終了した。
クセのある内装には違いないが、
新しいタイプのコーヒースタンドとして楽しみのある店になったと感じている。
さて、オープン目前である。
オープン前にやれることは全部やろうという経営者の方針で
(つまりぼくが言い出しっぺということですが)、
早朝から街頭でのビラ配りなんぞやってみた。
朝7時から出勤してコーヒーの準備をしているのーちゃんに
「行ってきます!」と言ってフライヤーの束を手に外に出た。
目指すはマチスタからもっとも近い交差点。
道路の向こうには信号待ちをしているサラリーマンやOLが20人ほどいた。
心のなかではさっきから宣伝文句を呪文のように唱えている。
「コーヒースタンドの『マチスタ・コーヒー』です。
来週月曜日にオープンします。よろしくお願いします!」
信号が青に変わる。
こっちに向かってくる一団の足どりは速く、
なにやら気ぜわしい感じで、いきなり軽くビビってしまった。
なんせ人生初のビラ配りだし。
で、さっきから呪文のように唱えていたのに、
いざ最初に手渡そうとしたサラリーマンには、「……あ、あの、コーヒーです……」
完全に無視された。
ぼくよりもひとまわりは若いサラリーマンには、
汚いものを見るような目で見られたうえに、ビラを受け取ってくれなかった。
それでも「コーヒーです、コーヒーです!」と、
集団に向かって誰かれかまわずビラを渡そうとしている自分の姿が
(しかも誰ひとり受け取ろうとする人がいない)、
かなり痛い光景であると悟るのにそれほど時間はかからなかった。
マチスタ経営者として、ビラ配りが逆効果であるとぼくは早々に判断して引き上げた次第。
「いやあ、ビラ配りって難しいね」
幼稚園児が作った紙飛行機なみの滞空時間の短さに、
のーちゃんもさすがに驚いたようだった。
「完全に心が折れちゃった。もう無理ッス」
ぼくがそう言うと、のーちゃんは笑顔で「じゃあ、私、やってみていいですか?」
そう言ってぼくがもっていたフライヤーを手にとり、
交差点に向かって歩き始めた。
大方の予想通りと言っていいだろう。
のーちゃんの手からはみるみるフライヤーが減っていった。
経営者のメンツ丸つぶれ。
でも、ぼくの誇りやメンツなんてどうでもいいことで、
ぼくは店の前にひとり立ち、
すぐ先の交差点でフライヤーを配るのーちゃんにずっとエールを送っていたのだった。
それにしても結構やるな、のーちゃん。
いろんな人にご心配をおかけしながら、またご迷惑もおかけしながら、
いよいよ「マチスタ・コーヒー」が船出する。
4月2日の月曜日、開店は午前8時半。
当日、朝からぼくは懲りずにまたビラを配ろうと思っています。
information
マチスタ・コーヒー
住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00
※4月2日オープン予定
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