進化することで伝統もつなぐ
岐阜県八百津町〈内堀醸造〉
の酢づくり

八百津で酢専業になったワケ

日本の料理における基本調味料、「さしすせそ」。
そのなかで酢のみを丹念に製造している企業が、岐阜県加茂郡にある〈内堀醸造〉だ。
明治9年創業。現在も本社を構える八百津(やおつ)という地域は、
“八百のものが出入りする”海運で栄えたまち。
中津川で伐採された木が木曽川を下って、一旦、八百津まで来る。
ここで筏を組んで、また伊勢まで下っていく。
だから男手が集まる地域で、酒屋ができ、酒どころにもなっていった。
「酢」という漢字は「酒へん」に「作る」と書き、実際に酢は酒からできる。
内堀醸造(当時の屋号は〈丸十〉)も酢や醤油、たまりなどの問屋から始まり、
その後、醸造も行うようになった。

3代目となる内堀信吾会長。

戦後は物資不足から合成された酢が多く、現在の主流である醸造酢は少なかったが、
当時から内堀醸造は醸造酢にこだわっていた。だから酢の評判が良かったのだ。
そこで現会長である内堀信吾さんの代から、酢一本にしぼった。

「ご先祖がやってきたことを辞めるにはすごく抵抗があって、
本当に申し訳ないと思っています。私のおじいさんは命をかけて仕事していましたから」
という内堀信吾会長。

「ただ、人間の頭には限りがあると思うので、ひとつに絞ったほうが、
明けても暮れても酢のことを考えるという意味でわかりやすいのではないかと思い、
酢に特化しました」

現在、酢をつくっている会社は日本に200社程度。
トップ5社で9割ほどのシェアを占めている。内堀醸造の販売シェアは第2位。
その中で、酢だけを専門でつくっているのはかなりユニークな存在といえる。

エントランスには重厚な書が。

工場入り口に大きく掲示してあるコンセプト。

進化を恐れない酢づくり

「伝統と技術革新という考え方がある」と言うのは、総務課長の浅川和也さん。
新卒で入社して約20年。その期間は、内堀醸造が大きく成長していく期間と重なる。

「守っていかなければならない製法などはもちろんあります。
ただし、さまざまな分野で技術革新が起こっています。
そうした新しい技術を酢づくりに取り入れることによって、
生産性も品質も向上していくと思っています」

管理部総務課長の浅川和也さん。

酢づくりはかつて「静置発酵」が主流だった。
空気を好む酢酸菌が、液体の表面に菌を形成し、
アルコールに変えながら酢になっていくという製法。
これは空気に触れる広い表面積が必要なので、大きな桶などでつくっていた。

しかし内堀信吾会長の代で、いち早く「通気発酵」という製法を取り入れた。
あえて空気を送りエアバブルがたくさんできると、液体中に空気との表面積が増える。
そのなかで酢酸菌が空気とアルコールを食べながら酢に変えていく。
この製法のおかげで、より純度が高く安定した酢がつくれるようになり、
他社とはひと味違った酢として評判になっていった。

お米は蒸したのち、麹菌をつける。

伝統的な商品でありながら、新しい技術なども積極的に取り入れられるのは、
酢の専業である強みであり、酢に対して誠実に向き合っているからだろう。
品質を高めるためには努力を惜しまない。

「酢専業なので、酢に関わることで負けたくはありません。
社長や会長はいつも“本物の酢づくりとは何か”と問うてきます。
しかし“シェアがどう”とか、“売り上げがどう”という話をされたことはありません。
経営者というよりは技術者という印象です」

酒(酢もろみ)をつくる発酵タンクの様子。

内堀醸造の主力製品のひとつ〈美濃特選本造り米酢〉。
ブランドを代表するような商品でも、実は内容をどんどん変えていっているという。

「香りを良くしようとしたり、よりふっくらさせたり。
逆にキレを追求したり、芳醇にしたり。極端には変えませんが、
少しずつ変化することで品質を高めていくということをやり続けています」

主力商品の〈臨醐山黒酢〉と〈美濃特選本造り米酢〉。

140年以上続いてきた企業。
その代表商品の味を変えていくことに恐怖や不安はないのだろうか。

「ありませんね。ずっと一緒であり続けることのほうが恐い。
時代のニーズや嗜好に合わせて変化していくことが、伝統をつなげていくことになります。
一旦、達成したものでも、より高めるためには、次に何が必要とされているのか。
もちろんリセットではなく、積み重ねです」

品質管理は抜かりなく。

とにかく酢づくりが好き、そんな社風がある。
会長本人が開口一番「私は酢づくりを楽しんでいるんだね」と言う。

「酢づくりは生物化学。人間の生き様とまったく同じ。
つまり道理を考える楽しみを持っているということです。
そして答えはすぐに出ないから、まずは間違えのなさそうな伝統に準拠する。
もうひとつ、生物化学は風土に非常に影響を受けます。
それは人間の努力を超えること。
せっかく日本は世界のなかでも独特の伝統と風土を持っているので、
何とかそれを生かしていきたい」と語る内堀信吾会長。

八百津に会社が興ったのは偶然だったのかもしれないが、風土という意味では、
その土地である意味を生かしたものづくりを心がけてきたということだろう。

「一にも二にも、清冽な水と空気。要するに風土です。
風土が違うと微生物が違いますから」

試作品の開発中。

酢づくりには麹菌が重要だ。
麹菌は日本の風土特有のもので、そこから発酵文化が生まれた。

「日本の麹菌は、世界のなかでも特異的に酵素力があります。
麹菌を苦心してつくって、いわゆる醸造ということをやるのが日本の文化だと思っています。
小さな分野ですけど、日本の伝統の麹菌をさらに勉強して、酢づくりをしていきたい」

町医者のような大工さん。
真鶴の家をつくる〈原田建築〉

海の見える小さな小屋で

神奈川の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島に、岩海岸という小さな海岸がある。
人気の少ないこの海岸の目の前に、ひっそりとたたずむ小屋がある。
ここは「下小屋(したごや)」と呼ばれる、大工が材料を加工したりするための場所だ。
ここで日々仕事に励むのが〈原田建築〉の原田登さんだ。

「普通の大工さんの下小屋の10分の1ぐらいの大きさですよ(笑)。
でも最近の若い大工だと、下小屋を持っていない人がほとんどじゃないですかね。
最近はワンボックスカーに全部材料が乗ってて、それを組み立てるだけ。
材料も木じゃないんですよ」

下小屋の目の前はすぐに海岸がある。

たくさんの木材が置かれている下小屋。奥に作業をするスペースがある。

大工、というと職人気質で、寡黙な人が多そうなイメージがある。
しかし、原田さんはとても自然体で、肩の力が入っていない人だ。
それは原田さんのブログにもよく表れる。
手がけた仕事の話ももちろんあるが、自分の子どもの話や趣味の熱帯魚の話など、
大工とは関係のない記事が多い。
眺めているだけでほっこりするような明るいブログだ。
このブログを見るだけでも、まずこわい人ではなさそうな印象を持つ。

「ブログはなるべく大工に関係ないところも出して、内面を出すようにしているんです。
そうすると依頼するときに構えないで済むじゃないですか。
でも本当は、口コミだけで成り立つのが目指すところ。
『職人が必要なら、とりあえず原田に聞いとけば』って」

原田登さん。持っている椅子は、夏休みの工作教室で子どもたちとつくったもの。

大工としての腕を試すために

原田建築は、東京・木場の材木屋から始まった。
2代目のおじいさんのときから真鶴で大工を始め、
現在は3代目のお父さんが社長を務める。原田さんは4代目。
手がける案件はほとんどが地元・真鶴に立つ住宅。最近はリフォームが多く、
トイレや風呂場など、劣化の早い水周りの修理が多いという。

「家が八百屋だったら八百屋やってたと思いますよ(笑)。
でも大変ですよ。仕事が少ないんで。一度、親にも『辞めたい』って
言ったこともあります。ほかに行きたいんだけどって。
でも『行かないでくれ』って言うから、しょうがねえなって」

「しょうがねえな」と言いながらも、大工の話をする原田さんは楽しそうだ。
「大工をやるからにはどんなものか試したくて」、
大工が腕を競い合う、技能競技大会にも出ている。

大会では、決められた課題に対して、制限時間内に図面の書き起こしから
木材の加工、組み立てを行い、その正確さを競う。
原田さんは昨年まで、〈青年技能競技大会〉という
35歳以下対象の大会に出場していた。
神奈川県の予選を勝ち抜くと、全国から75人ほどが集まる本戦がある。
一昨年、そこで原田さんは銅メダルを獲得した。

「青年技能競技大会は毎年課題が同じで、
『四方転び踏み台脚立』っていう脚立をつくるんです。
すごい緊張感で。人によってスピードも違う。
図面を紙の表裏に書くんですけど、自分がまだ表を書き終わらないうちに
紙をめくる音がフワッって聞こえたり……」

大会の課題となる「四方転び踏み台脚立」。脚が直角ではなく斜めについており、四方に広がっているので強度があるのが特徴。ネジは使わずにつくる。

斜めの脚に階段を水平につける必要があるため、高度な技術が必要なのだという。

普段仕事をしているだけでは、自分の大工としての腕前が
どのぐらいか知ることはできない。
最近は材料が事前に用意されていることも多くなったので、
現場でノミなどを使う機会も減ってきた。
だから原田さんは、年齢制限のかかる昨年まで8年間、
勉強のために出場していたという。

「この脚立はもう100台以上つくってるかな。
何か月も練習して、最後の最後で大会に出るんです。
大工でも勉強しないとこんなのつくれないですよ(笑)。
実はお寺の鐘つき堂とか東屋はこれと同じ構造なんです。
兒子(ちご)神社の手洗い場も同じ構造で、うちでやらせてもらいました」

岩海岸からすぐ近くにある兒子神社を案内してもらった。ここの手洗い場を原田建築が手がけた。脚をよく見ると四方に広がっている。

〈WARANOUE(ワラノウエ)〉
西和賀の木で器づくりを。
手にした人にしかわからない、
器を「育てる」喜び

西和賀にんげん図鑑Vol.5
木工旋盤〈WARANOUE(ワラノウエ)〉藤原 隼さん

ブナ、カエデ、ホオ、山桜などさまざまな木の木目や色を生かした、薄手のプレートやボウル。
しかも、シンプルなオイル仕上げなので、その美しさがより際立つ。
藤原 隼(じゅん)さんが旋盤を使ってつくるこれらの木の器は、
ウレタンのコーティングと異なり、使うほどに味わいが出てくるという。
でも何より目を引くのが、そのゆがんだフォルムだ。

生木は「動き」があるので、使うタイミングが重要だ。

このフォルムは、材料の「生木」がつくりだしている。
藤原さんは、切って間もない生木を手に入れ、乾燥させずにそのまま使うので、
つくっている途中に水分が抜けてかたちが変わっていく。
できあがるのは、「世界にひとつだけの器」だ。
「木工作家の須田二郎さんが生木でつくる器をインターネットで見つけて、
こんな器をつくってみたいと始めたんです。
木の器づくりを始めて半年くらい経った頃だと思います。
須田さんについては、作品はもちろん考え方も好き。
ブログを何年も前にさかのぼって読んでいるくらいです」

ほぼ毎日8時から20時頃まで作業する。忙しい時には、2~3日間そのまま工房に泊まることも。

神奈川県で農業と山仕事をしていた須田氏は、獣害で農業を辞めたあと、
木工旋盤を買って独学で器づくりを始めた人だ。
山仕事をしていただけに、森林保護の観点から、切り出した障害木を主に使う。
生木のまま使うので、木がゆがむことをある程度計算しながらつくり、
動きが止まった時点で不安定な部分だけを修正する、というやり方だそう。

西和賀に工房を構えてから町内外の人と知り合う機会が増えた、と喜ぶ。

2011年に、自宅のある紫波町で本を見ながら
手彫りの木の器をつくり始めた藤原さんだったが、須田氏の作品や考え方に出会い、
さっそく木工旋盤を購入。
同町にある岩手県森林組合から、材木として売れない生木を仕入れて器をつくり始めた。
最初に手に入れたのはケヤキ。
それで、ボウルをつくったという。

「薪やキノコのほだ木にしかならないような木が器になる、というのがいいと思うんです。
仕入れた木はできるだけムダにしないよう、木取りなどにも気を遣っています」
それでも、つくっているうちに節や虫くいの跡が出てくることもある。
そこでそうした器は、自ら企画した無償レンタルシステム〈うつわbank〉で利用する。
できるだけ有効に利用したいという、木への深い愛情がうかがえる。

もうひとつ、藤原さんのこだわりが、オイル仕上げだ。これも、須田氏ゆずりである。
木製の器は、実用性を考えてウレタンでコーティングされることが多いが、
藤原さんは「手間ひまかけて化学物質を塗る必然性がない」と言い切る。
汚れの付着やカビの発生が気になるが、
「使ったらすぐに洗う、長時間水に浸したり濡らしたまま放置しないなど、
少しだけ気を遣って使ってもらえれば問題ない」そうだ。
逆に、コーティングされていないから盛り付けた料理の油が自然に染みこんで、
使いこむうちにいい味になる。
もし表面がカサカサになってきたら、サラダ油やオリーブ油を塗ればいいとのこと。
そうやって「器を育てる」楽しみもあるということなのだろう。

藤原さんの工房。

「仕入れた木を見ながら、『これを何にしようかなあ』と考えている時間が一番楽しい」と話す藤原さん。

「発酵」でつながる滋賀の酒と食!
ワイナリー×日本酒蔵元による
醸造家座談会

みんな、発酵してる?

「発酵」といえば、近年注目のローカル的キーワード。
自然志向や健康志向の高まりなどから、
食生活に「発酵」を取り入れる人もいる一方で、
地域の食文化としての「発酵」の多様性や、
その文化的な奥行きにも関心が集まっている。

そこで今回は、数ある発酵食のなかから「日本酒」と「ワイン」という、
和洋の民俗的な発酵文化に着目。
日本における「地物」としての日本酒とワインは、
その土地のなかでどのようにしてつくられ、親しまれているのか。
またそれらはどのように交錯し、「地元の酒」としての未来を描けるのか。
ひとつの実験として、日本酒の蔵元とワイナリーによる座談会を企画した。

舞台は、日本一の面積を誇る湖・琵琶湖を擁する滋賀県。
琵琶湖のふなを塩漬けにし、
米とともに発酵させた伝統の発酵食〈ふなずし〉で知られるこの土地は、
諸説あるが、古くは奈良時代、またはそれ以前から
保存食としてのふなずしに親しんできたと言われる。
富山や和歌山のなれずしと同様に、
奥深い発酵の歴史を持つ土地であるということが、
現代の酒づくりに新しいイメージを与えている可能性にも期待したい。

座談会に集まったのは、
県内のワイン製造の先駆けでもある〈琵琶湖ワイナリー〉(栗東市)と、
個性的なにごりワインで注目される〈ヒトミワイナリー〉(東近江市)、
創業1805年の老舗酒蔵〈浪乃音酒造〉(大津市)のつくり手たち。

さらに、今回は明治初期に「近江牛」を全国に広めた
老舗レストラン〈松喜屋〉(大津市)より、
土地のグルメを知り尽くしたソムリエが、
お酒にぴったりのスペシャル発酵料理を携えて参加した。
滋賀の酒と食は、どんなマリアージュをみせるのか。
ボーダーレスなローカル座談会にご期待あれ!

※1ふなずし:琵琶湖の固有種であるニゴロブナを塩漬けにし、炊いた米に漬けて乳酸発酵させる伝統の保存食。全国各地に伝わる「なれずし」(サンマやサバなどさまざまな魚が使われる)の一種。

というわけで、まずは参加メンバーの紹介からスタート。

【エントリーNo.1】浪乃音酒造 中井 孝さん

中井 孝さんは、創業1805年の老舗酒蔵〈浪乃音酒造〉の10代目社長。
三兄弟で酒づくりをしており、長男の孝さんは社長業の一方で、
蒸釜の管理を主に担う「釜屋」を務めている。
酒づくりの最高責任者である「杜氏」は次男が担当。
三男は「麹屋」として、日本酒の仕込みに欠かせない米麹をつくっている。

磨いた米。

新酒の仕込みは10月中旬〜2月中旬までの寒い時期に行う。
これがいわゆる「寒づくり」だ。
気温が低い時期は、雑菌の繁殖が少なく、微生物(酵母)の活動も弱まるため、
きめ細やかで風味のいいお酒ができるとされている
(年間を通じて醸造できるようにしている蔵もある)。

アルコール発酵が進むタンクの中。耳をすませるとプクプク、パチパチと音がする。微生物が生きている証拠だ。

「冬の朝、タンクをのぞきこんで、『寒がってるな』と感じたら、タンクの腰(下方)を温めてやるんです」と、我が子のように慈しむ中井さん。

「僕らが酒をつくってるんやなくて、
このタンクのなかにいる酵母たちが酒をつくってるんやね。
僕らはその活動をサポートしているだけ。
生き物相手だからむつかしいけど、自分の子どもみたいに思えるときもあるし、
やっぱり酒づくりはおもしろいよね」と中井さんは話す。

量り売りの日には地元の人や飲食店の人が列を成す、浪乃音酒造の店頭。

浪乃音酒造では、毎月第4金曜・土曜に、日本酒の量り売りも実施。
きれいな味わいとされる、中汲み(※1)だけを抽出したお酒や、
新酒と熟成酒のブレンド酒、各種酒米のブレンドによってつくったお酒など、
「そのときにしか飲めないスペシャルなお酒」が地元の人に好評だとか。

※1 お酒を搾ったときに、最初に出る濁り酒を「新走り」、それがだんだん透明になっていったところが「中汲み」、最後にプレスして出てきたのを「責め」という。

今回の座談会にご提供いただいた日本酒。右〈純米吟醸 浪の音(斗びん取り)〉/左〈新走り 浪の音〉

【エントリーNo.2】ヒトミワイナリー 山田直輝さん

続いてご紹介するのは、〈ヒトミワイナリー〉の山田直輝さん。
同ワイナリーの独創的なワインづくりに惹かれて4年前に入社した。
現在はワインづくりの責任者として、ブドウ栽培から醸造、
ラベルのデザインまでを一貫して手がけている。

〈ヒトミワイナリー〉のワインは、
ブドウの食物繊維や酵母を取り除くために濾過する一般的なワインと異なり、
それらを“旨みのもと”としてあえて残す「無濾過」が特徴。
自然志向のワインづくりにファンも多い。

ロッジのような三角形の屋根がかわいらしいヒトミワイナリーの本社屋。

創業は1984年。もともとはアパレルメーカーだったが、
ワインを愛する創業者の図師禮三(ずしれいぞう)氏が、
自分でもワインをつくりたいとの思いを抱き、60歳を機に事業を方向転換。
すべてゼロからのスタートで自家農園のブドウ畑やワイナリーを立ち上げた。

撮影は2月。ちょうどブドウの枝の剪定の時期だった。例年になく積雪量が多かった東近江市。寒空の下、山田さんたち醸造家は毎日畑に繰り出す。

自社農園では現在、マスカットベリーA、カベルネ・ソーヴィニヨン、
シャルドネなど約10種類のブドウを生産。
カベルネサントリー(ブラッククイーン×カベルネ・ソーヴィニヨン)という
珍しい品種もあり、これは全国でも現在、〈ヒトミワイナリー〉でしか
生産していないものだとか。
農園の面積は約1.5ヘクタール。年間6〜7トンのブドウを収穫する。

建物内の販売コーナーには、各種にごりワインがずらり。このほか、パン売り場とイートインスペース、イギリスの陶芸家バーナード・リーチのコレクションを展示する〈日登美美術館〉も併設。

「うちのワインは、濾過をするのが当たり前になっている世界のワインのなかでいうと、
少し外れているかもしれません。
でも『発酵』という大きな視点でみれば、
にごったワインもそうでないワインも、同じ自然から生まれたお酒。
発酵文化のひとつに、こういうワインがあってもいいですし、
さらにそれがこの土地の食を彩るものになってくれたらとてもうれしいですね」
と山田さん。

今回の座談会にご提供いただいたワイン。右から〈ShindoFuni AOKI 2015 赤〉、〈h3 IKKAKU 2016 赤・微発泡〉、〈Barrique Merlot 2013 赤〉

【エントリーNo.3】琵琶湖ワイナリー 北尾真英さん

最後は、琵琶湖の南東、湖南アルプスの麓にある〈琵琶湖ワイナリー〉の北尾真英さん。
観光農園の畑作業のスタッフとして11年前に入社した。
現在はワイナリーの工場長として、自家栽培のブドウに愛情を注いでいる。

平成23年に完成した新工場。まるで美術館のようなこちらのモダンな建物が今回の座談会の会場となる。

琵琶湖ワイナリーは、草津市に本社を持つ
総合酒類メーカー〈太田酒造〉の一部門として、
昭和21年にブドウ栽培をスタート。
少しずつ規模を拡大しながら、昭和50年には農園の中腹にシャトーを構えて、
ブドウ栽培から醸造・瓶詰めまでの工程をすべて自社で行えるようにした。

琵琶湖ワイナリーのブドウ園。

約7.5ヘクタールの広大な敷地では、マスカットベリーAや
ヤマ・ソーヴィニヨンをはじめ、
「日本のワインの父」とも呼ばれる川上善兵衛氏が創業した
〈岩の原葡萄園〉(新潟・上越市)と、琵琶湖ワイナリーでしか生産していない
希少品種レッドミルレンニュームなどを有機栽培。

自社農園のブドウでつくるワインは、
土地の名前を取って〈浅柄野〉の名前で販売している。
年間25~300トンを生産する。

工場内にある熟成室。温度は年間を通じて14度。湿度は60%程度に保っている。

「ワインはブドウのできですべてが決まるといってもいいほど、
原料としてのブドウが大事です。
自分たちの畑でどれだけいいブドウをつくり、それをおいしいワインにしていくか。
世の中のニーズも見極めながら、
さまざまな可能性にチャレンジしてきたいですね」と北尾さんは話す。

今回の座談会にご提供いただいたワイン。右から〈浅柄野レッドミルレンニューム 白〉〈浅柄野ヤマ・ソーヴィニヨン 赤〉〈浅柄野セミヨン樽熟成 白〉

BEAMSに沖縄のクラフト大集合! 〈OKINAWAN MARKET〉 開催中

毎年恒例となった、ビームスのレーベル〈fennica〉が開催する、
沖縄にまつわる商品を集めたイベント『OKINAWAN MARKET(オキナワンマーケット)』
が今年も始まりました!
本日より、原宿・神宮前の〈インターナショナルギャラリー ビームス〉にて、
2017年3月12日(日)まで開催されます。

〈fennica〉とは、“デザインとクラフトの橋渡し”をテーマに、世界の良品を紹介するレーベル。
このマーケットでは、伝統的な沖縄陶器である“やちむん”をはじめ、
ファッション、雑貨、籠、食品を展開。〈fennica〉ならではの別注商品もご紹介します。

山田真萬

イベントの中心は、なんといっても、普段の食卓を賑やかにする、日常のやちむん。
主に沖縄の伝統的な絵付け・かたちを踏襲した作り手のものが多く、
普段の暮らしの中で愛着の湧くような一品がきっと見つかるはず。

松田共司

菅原謙

谷口室生

陶器では、読谷村・北窯の松田米司・共司工房のうつわや、
ダイナミックな絵付け・鮮やかな絵付けが特徴の山田真萬、
大宜味村の共同登り窯を使い作陶する菅原謙・陶藝玉城、
若手の実力派 室生窯の谷口室生・陶器工房風香原の仲里香織のものなど
幅広いバリエーション。
厨子甕(沖縄の陶器製骨壷)の名手としても知られる、上江洲茂生も入荷するということで、
やちむんファンにはたまらないラインナップ。

地元で自分の好きなことを仕事に。
似顔絵からデザインまで手がける
〈ポトレト〉山本知香さん

やりたいことを実現するため東京へ

やりたいことがあっても、生まれ育ったまちにそれをやれる場所がなかったら……。
そんなとき、あなたはどうするだろう?

山本知香さんは、まさにそんな境遇にいたひとりだ。
神奈川県真鶴町で生まれ、幼い頃から絵を描くことが大好きだった山本さんは、
高校卒業後にデザイン専門学校に進学した。
卒業後は、住まいも東京に移し、8年にわたりグラフィックデザイナーとして活躍。2011年から真鶴で暮らしている。

現在は、〈ポトレト〉の屋号で似顔絵作家・イラストレーター・
デザイナーとして活動し、真鶴で行われるイベントへの出店にも積極的だ。
2014年にスタートした芸術祭〈真鶴まちなーれ〉や、
毎月最終日曜日に開催される〈真鶴なぶら市〉にもこれまで何度も参加してきた。

山本さんが彫ったさまざまな絵柄の消しゴムはんこを真っ白な生地にペタペタと押していく「ハンカチづくりワークショップ」。今年も3月に開催されるまちなーれで開催予定。(写真提供:山本知香さん)

消しゴムはんこを使って缶バッジづくりのワークショップをすることも。(写真提供:山本知香さん)

真鶴らしい柄も!(写真提供:山本知香さん)

山本さんがこうした参加型のものづくりワークショップを始めたのは、
真鶴の子どもたちや友人の親子に、都心に行かなくても充分楽しめるよ、
ということをわかってほしいからだという。

山本さん自身は、自分がやりたい仕事をするためには東京に出ないと、と思っていた。
でもいまは、アイデアさえあれば、本人の努力次第で
どこででも、何でもできる、そう思っている。

ひょうたんにアクリル絵の具で顔を描いたひょうたんダルマ。「友だちがひょうたんをいっぱいつくってるんだけど、知香ちゃん絵を描かない?」と、知人から大量のひょうたんを譲ってもらったのがはじまり。こちらもまちなーれでワークショップを開催予定。(写真提供:山本知香さん)

「実は思春期の頃は、あまり真鶴のことが好きじゃなかったんです(笑)。
つながりの強いコミュニティでの暮らしを少し窮屈に感じたりして。
あと単純に東京へのあこがれもありました」と話す山本さん。

もともと絵が好きだったが、絵で生活するのは難しい。
進路を考えていたとき、たまたま高校の美術の先生に渡された
雑誌『広告批評』に感銘を受けて、グラフィックデザイナーを志し、東京で働くことに。

「広告も人と人をつなぐもの。そんなツールを
かっこよくつくる仕事があるということに、とてもドキドキしました」

まちを知ることは、まちを好きになることのはじまり

東京のデザイン事務所では、企業の販促物、パッケージデザイン、
雑誌広告などに携わった。
東京でデザイナーとして働くという夢を叶えたものの、
自分の手がけたものが量産され、次々と消費されていく様子に
違和感を感じるようになったという。

「デザインすることは楽しいし、好きだけれど、まわりの先輩たちみたいに
『三度の飯よりこの仕事が好き!』というほどではないな、と思ったんです。
私はやっぱり、生活が一番大事。
そしてもっと顔の見える仕事がしたい、そう思いました」

そう気づいてから半年後には仕事を辞め、真鶴に帰ることに決めた。
かつては窮屈だと感じたまちに戻ってきたのは、
「帰ってきなさい」という母親からのひと言があったから。

「そのときもどちらかといえばまだ真鶴に帰りたくなかったんです。
私は真鶴にないものを求めて東京に出て行ったわけですから。
でも、母が『なんで東京に縛られているの? どこでだってできるじゃない』
って言うんですよね。それから、たまに真鶴に帰ってきていたのですが、
あるとき東京に戻るホームで『あぁ~東京に帰りたくないなぁ』と思ったのが、
『もう真鶴に帰ろう!』と思ったきっかけです」

真鶴に戻ってからの2年間は、「とりあえず、いまできることを」と
派遣でネットショップページの制作や個人で受注した仕事をして
暮らしていたという山本さん。
その後、すぐにはデザインの仕事を本格的に再開する気にはなれず、
思い切って都内の似顔絵スクールに通うことに決めた。

「デザイン事務所に勤めていたときに、送別会とかで
色紙の真ん中に似顔絵を描いていたんですよ。
受け取った人がそれを見てすごく喜んでくれたのがうれしかったことを思い出して、
似顔絵を描けるようになりたいなって思ったんです。
ひょっとしたら仕事につながるかもしれない、という気持ちもありました」

スクールで知り合った人に誘われ、イベントに出展したり、似顔絵のみならず、
イラストやデザインの仕事が少しずつ増えていくなど、
この時期の活動が、いまのような仕事のベースになっているという。

真鶴の高台のアトリエから。
〈スクランプシャス〉の
細やかな洋服づくり

アンティークショップからオリジナルの服づくりへ

肘から袖口にかけてたっぷりとギャザーの寄ったインディゴ染めのワンピース。
凛とした美しさが溢れ、どんな気分やシチュエーションにも
寄り添ってくれそうな一着だ。

中山靖さん、則美さん夫妻が手がける〈スクランプシャス〉の洋服は、
神奈川県の南西部、真鶴の高台にあるアトリエから生まれる。
玄関を上がってすぐ左の階段を上ると、正面には海を望む大きな窓があり、
中央の長テーブルを囲むように服や小物がディスプレイされている。
左奥のスペースは作業場として使われていて、
ヨーロッパから仕入れたという生地やリボンが並ぶ。

役割はどのように分担しているのか尋ねると
「僕は言葉がいらない作業を」とはにかむ靖さん。
それぞれが得意な作業を担当し、ときに率直に意見を言い合うのが基本だ。

「僕がパターン引きや縫い物といった実作業を担当して、
事務的なことと人とのセッションは嫁に任せています。
そうは言っても完全に分業しているわけではなくて、
新しく服をつくるときには、まずはふたりでデザインし僕が形にする。
それに対して『女の人はこうなっていたほうがいい』という意見が入り、
つくり直して……という作業を繰り返します」(靖さん)

オリジナルの商品をつくるうえで大切にしているのは、
アンティークの洋服に見られるような繊細なものづくりへの尊敬と独自性。
1999年にスクランプシャスとして活動を始めた当時は、
海外で買いつけた古着やジュエリーを扱うアンティークショップを
運営していたというふたりらしい理由だ。

「昔のものづくりは、いまでは考えられないような細やかなものが多いですし、
同じものがいくつもあるわけではありません。すばらしいものなのに、
『この服は、たった1着しか存在しないんだ』と残念に思えて……。
オリジナルをつくり始めたきっかけは、古いものを復刻させる気持ちで
つくった洋服をせめて何人かの方にお届けできたら、
それはすてきなことだなと思ったからなんです」(則美さん)

定番として並ぶのはトップス、スカート、ワンピースなど10種類ほど。
在庫は持たず、顧客からオーダーが入ると
靖さんや縫い子さんたちの手作業で仕上げていく。
オーダーから商品が届くまで、時期によっては数か月かかってしまうが、
自分たちで決めたルールを守るには工場には頼れないのだとか。

「例えば、袖のギャザーは、広幅の布を細かく手で寄せていくのですが、
大量生産で洋服をつくっている工場だと『割りに合わないからできない』
と言われるんです。ギャザー以外も、ボタンホールも糸を編んでつくっていますし、
通常ミシンだと縫い目のスパンが3ミリ程度離れるのですが、
うちは約1~1.5ミリなんです。こうすることで時間はかかりますが、
長く着るうちに糸が切れても一気にほどけるようなことはありません」(靖さん)

ボリュームスリーブトップは2012年に生まれたこのブランドを代表する1着。袖のギャザーが特徴で、その作業の細かさに「割りに合わない」と工場に受け入れてもらえなかった。

「さすがに僕ひとりでは手が足りないので、
一昨年自分たちのウェブサイトを通じて縫い子さんの募集をかけてみたんです。
やっていくうちに直接伝えたいことも出てくるだろうと思って、
近県の方にお願いができればと書いていたのですが、
湯河原、伊豆、東京のほかに長野や広島在住の縫い子さんもいらっしゃいます。
僕が布をカットした状態で送る方もいますし、
裁断から全部やってくれる方もいます」(靖さん)

「工場にお願いできないとわかったときに、何としてでも
縫い上げる気持ちがある人じゃないとできないんだと思いました。
いま、お願いをしている縫い子さんの中には
『縫えないけれどやってみたいです』という心意気の方もいて。
そういう方はレクチャーをしたあと、自主的に何度も何度も練習を繰り返して
縫製のクオリティをあげてから、本番を縫ってくださっています。
5年10年かかってもみんなが技術の高い縫製ができるようになれば、いまは大変でも、
きっと唯一無二のお針子チームになれると思っているんです」(則美さん)

ユキノチカラの主役たち(1)
開発した商品は、
“昔ながら”と“いま”がつまった、
人にすすめたい西和賀の味

岩手県の山間部にある西和賀町。 積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「雪」そのものを楽しむ、西和賀ならではのアクティビティについて。
過去の連載はこちらから。

少しずつカタチになる〈ユキノチカラ〉、そこから感じるものは?

2月に行われるツアーはもちろんだが、2015年のプロジェクトスタートと共に、
第1弾として取り組んできた食ブランド〈ユキノチカラ〉の商品開発。
すでに町内でも〈湯夢プラザ〉など3か所で販売されている。
2016年は「岩手博覧会」「いわてデザインデイ」(盛岡市)をはじめ、
県内外のイベントにも出展した。ブランドイメージの白を基調にしたブースは
ユキノチカラの存在感を、静かながらも明確に打ち出している。
そんなユキノチカラブランドに期待を寄せるのは
2015年4月から西和賀町地域おこし協力隊員として働く溝渕朝子さんだ。

13年ぶりに西和賀に戻り、6次産業推進センターで働く溝渕さん。

実は溝渕さん、もともと西和賀町の出身。
「子どもの頃は山でアケビを取って食べたり、川原で遊んだり。
冬は家の庭にかまくらをつくったり、そり遊びで雪まみれになったり。
中学生になると、裏山でクロスカントリーとか、自然を満喫して育ちました」
高校卒業後は神戸の大学へ。卒業後も東京都内の企業に就職し、
営業部署で忙しい社会人生活を過ごした。
西和賀に帰るのは、盆と正月の年2回のみだったが、
そのたびに見上げる夜空の美しさによって
無意識に「ふるさとの存在」を確かめていたのかもしれない、と振り返る。
そして、東京での暮らしも9年を経た一昨年のこと、
「帰省した時に見た星がきれいで……、ふと帰ろうと思ったんですよね」
ちょうどタイミングよく募集されていた地域おこし協力隊員に応募。
いまは、町役場でふるさと納税の受付や返礼品発注などに携わる傍ら、
町内のさまざまな活動に関わる。
ユキノチカラプロジェクトに携わるひとりでもあり、
「日本初の取り組みが西和賀で始まっているってすごいですね。
デザインがいかに大切かを実感しています。
デザイナーの皆さんと一緒に仕事すること自体を、個人的にも楽しんでいます」
と顔をほころばせる。
未来への可能性を感じるモノやコトは、若者たちをふるさとへ呼び戻すきっかけにもなる。

〈湯夢プラザ〉のブース前でカタチになったユキノチカラブランドをアピールする溝渕さん。

では、そのきっかけになり得る〈ユキノチカラ〉から生まれた商品には、
どんなアイテムがあるのか?
その特徴や開発に携わった6事業者の思いなど、2回に分けて紹介していきたい。

この美しい雪は何を育むのか、そこから生まれた商品は?

〈蔵前展〉開催中。 蔵前のものづくりを 10のショップで体感!

蔵前に工房やショップを構える10社が新作発表&展示

東京の下町、台東区にある〈蔵前〉。
この蔵前のエリアは、明治時代から卸売問屋が集中し、
工場や職人たちが根付いた歴史あるものづくりのまち。
現在は、若手のクリエイターの工房や店舗が集い、
温故知新の魅力が注目されています。

そんな蔵前に工房やショップを構える10社が、
新作発表・展示をおこなうイベント〈蔵前展〉が、
2017年2月10日(金)まで開催中!

イベントでは、衣服や生活雑貨、家具や革製品、
スキンケアなど、個性豊かなショップが揃う
“メイドイン蔵前”を楽しめます。

参加店舗は、デザイン性の高いユニークな雑貨ブランド〈+d〉を
展開する〈KONCENT〉、心地の良い道具と暮らしを提案する〈SyuRo〉、
オーダーメイドの木の家具メーカー〈monokraft〉など。

それではラインナップの一部をご紹介!

〈m+〉

こちらは2001年の創業以来、植物タンニンなめしの牛皮にこだわってきた
革製品ブランド〈m+〉。
折り重ねた内装を一枚革で巻きとめた財布〈ミッレフォッリエ〉
シリーズから新色が登場です。

〈カキモリ〉

そしてオーダーメイドで文房具がつくれる文具店〈カキモリ〉のオリジナルノート。
2月1日より、12色のオリジナル顔料インクを販売開始しました。

〈TOKYO CRAFT MARKET〉 東京・青山に伝承すべき クラフトと食が集う2日間

青山通りの国際連合大学に、伝承すべき工芸と食が集結!

2017年2月11日(土)・12日(日)、東京・青山にて
〈TOKYO CRAFT MARKET|Season 04 : Winter 2017〉が開催されます。

青山通りの国際連合大学に陶器や磁器、
硝子、木工、織りもの、お茶、菓子など、
伝承すべき工芸と食が集合します。
当日は、各地の農家さんや生産者が集う〈Farmer's Market @UNU〉も同時開催。

TOKYO CRAFT MARKETは、さまざまなつくり手との
コラボレーション企画も見どころ。
今回から、コロカルでもおなじみの〈セコリ荘〉との
共同企画〈セコリ荘 FACTORY〉が始まります。
セコリ荘は東京・月島にあるものづくりコミュニティスペース。
繊維工場とアパレルデザイナーを
つなぐことから生まれる、さまざまなもの・ことをつくっています。

今回は、糸を紡ぐ人や生地を織る人、生地デザイナーさんたちと一緒に
衣服ができるまでの工程を楽しめる場をつくるとのこと。
これは楽しみですね。

注目は茶農家やお茶屋さん、茶師、お茶を飲む人によるお茶のコミュニティ
〈Next Tea Community 茶人の冒険、美味の探求〉。

2014年、静岡県浜松市でスタートした陶器ブランド〈INISHIE〉

お茶は、おいしい、楽しい、おもしろい。
でもいま、茶業界は勢いを失っています。
Next Tea Communityは、お茶に携わる人たちの横のつながりを強め、
茶文化の発展と振興を目指していこうというもの。
これから定期的にイベントを開催していく予定なのだとか。

桐専門の木工家・桐箱作家、オザキショウタロウさんの桐箱。防湿性・防虫性の高い桐箱はお茶の保存にぴったり。

今回は、IKI-YA、ひらの園、飯田園、UNI STAND
TEA BAR、小林芳香園、益井園、青鶴茶舗
八女茶くま園、豊好園などのお茶屋さんが出店します。
お茶好きな方はぜひチェックを!

グラフィックに文具店、出版業も。 〈リトルクリエイティブセンター〉 のデザインは、 岐阜のまちの人への恩返し

〈アラスカ文具〉から始まったローカルデザインの道

岐阜駅から10分ほど歩いた場所に、〈アラスカ文具〉がある。
間口は狭いが、奥に広い。
すっきりと白い店内に、たくさんの色とりどりの文具が映える。

「海外のポップな文具と、日本に昔からある定番文具を中心に取り扱っています。
見ていてワクワクするものが好きですね」と言うのは店主の横山七絵さん。
オリジナル商品も展開していて、小さくてちょっとユニークなものばかり。
ほっこりするようなプロダクトには横山さんの人間性が表れているようだ。

両側の壁の棚に文具がギッシリ!

このアラスカ文具を運営しているのは〈リトルクリエイティブセンター〉
岐阜が地元で、同じ高校・大学に通っていた仲間3人で2011年に立ち上げた。

右から今尾真也さん、横山七絵さん、石黒公平さん、臼井南風さん。

「僕は岐阜のデザイン系の高校出身で、名古屋の芸術大学に進みました。
今一緒に働いている石黒公平と横山七絵も、同じ高校なんです。
大学時代に3人でデザインユニットみたいなものを始めたのが、
この会社に至るきっかけです」と教えてくれたのは、
クリエイティブディレクターの今尾真也さん。
大学卒業後は、それぞれの道を歩んでいった。しかし25歳頃、また仲間が集結する。

「正直にいうと、当時は何か大きな野心があったわけではなく、
このままだとマズイという漠然とした不安のほうが大きかったです」

アラスカ文具の4階が事務所。やはり細長いので横並び。

3人はグラフィックデザイナーであったので、当然、デザインの仕事をしていきたい。
しかしすぐに仕事があるわけではなかった。
そこで自分たちのデザインを外にアピールしつつ、売り上げも出していくために、
〈アラスカ文具〉としてオリジナル商品を開発していく。

「当初は紙もののグラフィックが中心でしたが、
自分たちがつくったものを全国に卸すことができれば生計も成り立つかなと思いました」

クマのメモブロック。端材を使っているので、それぞれ枚数がバラバラ。

薄紙でできたオリガミ。カラフルなストライプ。

当時は、岐阜のまちにも“シャッター”が増え、遊び場が減っていた。
そこで自分たちで場をつくるためにも、文具の卸しだけでなく店舗を構えることにした。
まずはたくさんの小さな店舗の集合体であった〈やながせ倉庫〉に出店。
その後、柳ケ瀬商店街に移転する。

この2か所に出店することで自分たちの認知度があがり、
デザインの仕事が少しずつ舞い込んでくるようになる。
当初は、名刺やパッケージのデザインなど平面のグラフィックが中心だった。
しかしローカルでは、制作にまつわるすべてを頼まれることがよくある。

「お菓子のお土産のパッケージデザインの仕事をいただきました。
でも、まずはお店のブランディングから始めたほうがいいと思い、
ロゴマークなども制作しました。
始めに依頼をもらったものとは、
最終的に違うものをつくるということはよくあります。
こっちのほうが必要なんじゃないかと、
ブランドや店舗のことを考えることはすごく楽しいです」

レトロなイラストの荷札シール。

文具柄のぽち袋。

また地域密着していれば、相手のことがよくわかる。
なるべくなら性格や人間性まで知りたいという。

「たとえば地域の個人店だと、
自分たちでスタンプを捺すようなショップツールをつくることも多いんです。
そういう場合も、相手の性格に合わせたものにしたいですね。
まっすぐ捺さなくても良しとしちゃうような、
めんどくさがり屋さんもいますからね(笑)。
極力、お話してどんなタイプか把握するようにしています」

パッケージデザインが変われば売れるという単純な話ではない。
経営者、売り手、つくり手の意識まで変えていくようなことができれば、
それこそが、デザインの力と呼べるのかもしれない。

看板も白ベースでスタイリッシュ。

ひもの形をした一筆箋。折っても良し、開いても良し。

最近では、リトルクリエイティブセンターはたくさんのイベントに関わるようになった。
〈サンデービルヂングマーケット〉〈ハロー! やながせ〉〈マーケット日和〉などに、
積極的に参加している。
もちろんデザイン面で関わっていくのだが、
立ち上げから最終的にはやはり運営面にも協力することになる。

「本当にデザインが必要だから呼ばれているというわけではないと思うんです。
日頃の関わりのなかから、
デザイナーというよりもまちの一員として“何かやろうよ”という流れです」

まちのスタッフとして、その役割がデザイナーだったというわけだ。
しかしそこにデザイナーという存在がいるかいないかでは大きく異なる。
「まちの専属デザイナー」とはいわないが、
よろず相談のようなポジションにデザインの力が及べば、いい変化が起きそう。

「まちとがっつり関わりながら仕事しているので、
僕たちがおもしろくなれば、まちもおもしろくなる。
まちがおもしろくなれば、僕たちにまた仕事がくる。
そんな相乗関係にあると思います。
クリエイティブの力でまちに刺激を与えていきたいです」

今尾真也さん、柳ケ瀬商店街のレッドカーペットを歩く。

〈HARIO LWF〉 原点回帰の新しいかたち。 手仕事復活をかけた ガラスのアクセサリー

耐熱ガラスのメーカー〈HARIO(ハリオ)〉をご存知ですか?
1921年に理化学用ガラスの製造販売を始め、
戦後はコーヒーサイフォンの製作に着手。
いまではいろんなキッチンウェアや理化学用品をつくっている、
日本に唯一工場をもつ耐熱ガラスメーカーです。

「手仕事を復活させよう」とスタートした
〈HARIO ランプワークファクトリー〉

創業当初、同社では職人が手づくりで
理化学器具や食器をつくっていました。
今ではほとんどの製品を工場で生産しています。
そこで2013年に「手仕事を復活させよう」とスタートしたのが
〈HARIO ランプワークファクトリー〉。

そこでつくられているのは従来の製品ではなく、まったく新しいもの。
職人の手仕事と耐熱ガラスの技術が生かせ、
次の世代に伝えていけるものとは……? 
そんな問いから生まれたのは、ガラスのアクセサリーでした。

「Water Drops ネックレス アール」7,500円(本体価格) 雨粒でできたレースのネックレス。

〈倉敷製蝋〉デビュー! 居山浩二×倉敷の老舗 キャンドルメーカー 〈ペガサスキャンドル〉がコラボ

老舗キャンドルメーカー〈ペガサスキャンドル〉と
アートディレクター居山浩二さんのコラボ

岡山県倉敷市で昭和9年に創業したキャンドルメーカー、
〈ペガサスキャンドル〉が、アートディレクターの居山浩二さんとコラボ! 
あたらしいキャンドルブランド〈倉敷製蝋〉が誕生し、
薄い板状の〈CARD CANDLE〉など、これまでにない
キャンドルが発表されました。

CARD CANDLE

〈CARD CANDLE〉は板ガムのようなカード型キャンドル。価格は2,160円(税込)。
厚みが3mmの薄い板状という、最も特徴的なキャンドルです。
真鍮製のホルダーにキャンドルを立て火を灯すと、
ほとんどロウが垂れることがなく、周囲のロウを溶かしながら燃焼します。

CHOCOLATE CANDLE

〈CHOCOLATE CANDLE〉は粒チョコレートを模したキャンドル。
5個入りで3,240円(税込)。トレーに入った状態で使用します。
無香なのでシチュエーションを問わずに使えるのが特徴。

TEST TUBE CANDLE

〈TEST TUBE CANDLE〉は試験管に入ったキャンドル。
キャンドル1本とホルダーのセットで7,560円、
キャンドル3本+3本用ホルダーは21,600円(いずれも税込)。
木製のスタンドに立てて使います。

〈古来種野菜の写真展 Piece Seed Project〉開催。 マーケットと食堂もオープン!

日本の古来種野菜とは?

日本の伝統的な固定種・在来種「古来種野菜」。
ふつうのスーパーマーケットではなかなか売っていませんが、
日本の農家さんが800年前から
一度も絶やすことなく受け継いできた野菜だそうです。

見てくれは、色もかたちもばらばら。
味も旨みも匂いも濃い、個性的な野菜たち。

そんな古来種野菜のみをとり扱う〈warmerwarmer〉(ウォーマーウォーマー)が、
2017年1月11日(水)〜1月22日(日)まで、
東京・吉祥寺のギャラリースペース&カフェ〈キチム〉にて
古来種野菜の写真展を開催します。

期間中にはマーケットや予約制の食堂もオープン。
本物の古来種野菜たちと出会えます。これは楽しみですね!

〈GOCCO.(ゴッコ)〉 岐阜・大垣の 注目ベンチャー企業が提案する、 ちょっと先の 「たのしい未来」とは?

IAMASで学んだこと、得た仲間

“楽しさぞくぞく開発中”という、ワクワクするキャッチフレーズを掲げている、
クリエイティブカンパニー〈GOCCO.(ゴッコ)〉は、
岐阜県大垣市にある4階建てのビルをまるごと1棟リノベーションして
シェアオフィスにしている。3階にGOCCO.が入り、2階は〈南原食堂〉
4階は建築設計事務所〈TAB〉と、仲間の企業や飲食店が入っている。

2階にはデジタルファブリケーション機器も設置してある。

代表取締役である木村亮介さんは名古屋出身。
教育大学の美術科を卒業し、印刷会社に入社。
パンフレットやウェブサイトなどの制作ディレクターとして働いていた。

「その会社では3年半くらい働きました。
でもどうしても海外に行きたくなってしまって、お金を貯め始めたんです。
飲み会も断り、ボロボロな車に乗って(笑)。
お金が貯まったので、いわゆる海外放浪に出ました。
行き当たりばったりで1年半。帰国後、やはり日本を客観的に見るようになるんですね。
そうすると課題とか問題点がたくさん見えてくる。
それに対して自分は何がしたいのか、何ができるのか。
そこでもう一度学び直したいと思って、
〈IAMAS(岐阜県立情報科学芸術大学院大学)〉に入学しました」

GOCCO.代表取締役の木村亮介さん。

〈IAMAS〉とは、先端メディアと芸術的創造を学ぶ学校。
専門的な教員陣がいて、芸術系大学を卒業した学生や一度社会で働いた学生など、
幅広いジャンルが集まってくる。
木村さんはこのとき29歳。

「入学したら、思った以上に、おもしろい人たちに出会うことができました。
海外と同じくらい多種多様で、動物園みたいに個性的(笑)。
年齢のこともあって、ただ学ぶだけではなく、
自分から動いて挑戦していかないといけないという焦りもありました」

入学してすぐ出会ったのが現パートナーともいえる森 誠之さん。
すぐに意気投合し、1年生の夏には、一緒に会社を立ち上げることを決めた。

「生きてきた道やジャンル、考え方は少し違うけど、目指すものが一緒だったんです。
だからスムーズに話をすることができました」

1階エントランスはいきなりグラフィカル。

GOCCO.はみんなバラバラで個性的

クリエイティブカンパニーとして、GOCCO.はさまざまなジャンルの仕事をしている。
中心にあるのはスマートフォンアプリの開発だ。
とはいえ、どれも小難しいものではなく、
子どもたちがドキドキするような楽しさにあふれている。

「 “楽しさぞくぞく開発中”というキャッチフレーズは、
学生の頃に考えてから変わっていません。
ちょっと先の未来にこんなことができたらおもしろいんじゃないかということを
提案することが僕たちの役割。中心メンバーはIAMAS出身ですが、
みんな個性的でやりたいことがバラバラだったりします。
でもそれを逆手に取ればいろいろなことができるし、
技術や知識を結集させれば新しいものが生まれます。
今後、世の中がどうなっていくかということを考えながら、
いま、自分たちがやらなければならないことを見つけていくという
プロセスを大切にしています」

楽しそうな仕事の作品などが並ぶ。

最近では、子どもたちへ向けた取り組みを盛んに行っている。
まずは働き方。大人が楽しく働いていないと、子どもへは響かない。

「日本は仕事に対してのマイナスイメージが強い。
ブラックとか、社蓄とか、サビ残(サービス残業)という言葉が社会で躍っていますよね。
本来、仕事しないと生きていけないし、多くの時間が割かれるもの。
仕事がおもしろくなかったら、人生おもしろくない。
それは働き方であり、内容であり、仲間であると思います」

GOCCO.では、みずからそうした「仕事」をやっている姿を見せる。

「たとえば、『こういういいビルがあったらまるごと借りてリノベーションしちゃうよ』
というのもひとつ。
お父さんが楽しく働いていなかったら、
子どもは仕事に対していいイメージを持てないし、将来社会に出たくなくなる。
『ゴメン、お父さん、楽しいから仕事行くわ』くらい言ってほしい。
そこに遊び心があれば続けていけると思います」

1棟まるごと借り切っているSTUDIO3ビル。

子どもたちに対する直接的な取り組みとしては
〈ミニフューチャーシティー〉というプロジェクトがある。
子どもたちが運営する小さなまち。仕事を考えてお店を開き、売買活動をする。
その際「LITコイン」という端末システムを使用する。

ひとりひとつずつコイン型端末を持っており、
それぞれの端末のボタンを押すとLEDが光る仕組みになっていて、
その光のパターンをアプリが認識し、必要な情報を呼び出すもの。
すべてのお店での支払い、ATMでのチャージ、仕事管理、会社の立ち上げ・廃業など、
会場中にあるiPadと連携して行うことができる。

コイン型端末のLEDを光らせて、iPadに認識させるシステム。

「僕たちが会社をつくったときの感覚を
子どもたちにも体感してほしいというワークショップです。
デジタルネイティブである子どもたちのほうが、直感的に使い方を理解しますね。
“こういう考え方をするんだ” “この機能が使いにくいんだ”
“誰もこの機能は使ってないね”など、子どもたちから学ぶところがたくさんあります」

子どもたちが自ら考え、選んで、体験する。
そこから得た学びで、また次の仕事に向かう。こうした体験ができる小さな未来のまち。
その未来にあるであろうICTシステムを活用していく。

GOCCO.が独自開発した特殊インクを使った印刷物をiPadなどの端末に触れることで認識させることができるPITシステム。その一例である〈POCARI MUSIC PLAYER〉は紙を当てるだけで、音楽再生ができる。

里山十帖・岩佐十良さんによる 新たな視点を取り入れ、 〈ユキノチカラ〉は 「つくる」から「売る」の ステージへ

岩手県の山間部にある西和賀町。 積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。

クリエイティブ・ディレクター岩佐十良さん、晩秋の西和賀を訪ねる

2014年5月のオープン以来、コンセプトや宿泊客満足度、
部屋稼働率などあらゆる面から注目を集めている新潟県の温泉宿〈里山十帖〉。
それを運営しているのが、
クリエイティブ・ディレクターで雑誌『自遊人』編集長の岩佐十良さんだ。
ほかにも移住先の新潟県南魚沼市で米づくりを行うだけでなく、
オーガニック食品の企画・商品化、
さらには市の委員や広域観光圏のアドバイザーなども務めるという、
多忙を極める岩佐さんが西和賀町を訪れたのは、晩秋の色濃い11月の半ばのことだった。

実は今年度〈ユキノチカラプロジェクト〉は、次のステージへ一歩踏み出すことになった。
ユキノチカラをキーワードにした地鶏のブランディングと、
「ユキノチカラ=西和賀の魅力」を体感してもらうモニターツアーの実施だ。
雪国の食と文化を伝える観光の視点から、アドバイザーとして指名されたのが、
岩佐さんだった。

新潟県南魚沼市の温泉宿「里山十帖」。写真:岩佐さん提供

岩佐さん自らつくった米を味わうことができる。写真:岩佐さん提供

「岩佐さんには、西和賀の雪国文化をまちの魅力としてどのように生かしていくかを
一緒に考えていただきたいとお願いしました。
岩佐さんにお願いしたのは、デザイン・クリエイティブの価値をよく知り、
自らそれを生かしてビジネス展開している実践者だからです。
また、岩佐さんのような方にプロジェクトに参加していただくことで、
外部地域とつながったり、プロジェクト全体の視野を広げることができればと考えています」と、プロジェクトの運営や広報をとりまとめる日本デザイン振興会の鈴木紗栄さんは期待する。

鈴木さん(右から3人目)と、ユキノチカラプロジェクトのデザイナー6人。デザイナーは普段それぞれの事務所で仕事をしているので、西和賀でのプロジェクト会議は、顔を合わせる貴重な場だ。

〈肥前やきもの圏ミュージアム〉 有田焼、唐津焼、波佐見焼など 佐賀・長崎の器を見て触って 使ってみよう

日本遺産に認定された〈肥前やきもの圏〉

2017年1月6日(金)から、2月5日(日)の1ヶ月間、
東京・渋谷のカフェ〈Shibuya City Lounge〉にて、
期間限定イベント〈肥前やきもの圏ミュージアム〉が開催されます。

このイベントは、“肥前やきもの圏”こと佐賀・長崎県産の陶磁器を
テーマにした、観て、触って、体験できる器のミュージアム。

肥前やきもの圏とは、日本磁器のふるさとである佐賀県有田町のほか、
唐津市・伊万里市・武雄市・嬉野市と長崎県佐世保市 (三川内)・平戸市・
波佐見町の8市町で構成されるエリア。

イベントでは現地から取り寄せた器陶磁器を展示するほか、
佐賀・長崎両県の食材をふんだんに盛り込んだ特別メニューを提供。
このお食事の際には、来場者が器を選び、実際に使う体験ができるのも特徴です。

えらべる陶磁器 スペシャルコーヒー

ディナーメニュー(波佐見焼)

好きな器を選んで注文することができるのは、
ドリンクメニューのカップとディナーメニュー(1月10日から提供開始)のお皿。

ディナーメニューでは、肉質やわらかな佐賀県産ふもと赤鶏をグリルした
「佐賀県産 ふもと赤鶏のトマト煮込みマレンゴ風」や、
「長崎県産 茄子と海老のチーズ焼き」などを提供。
陶磁器7種の中からお好みの皿を選ぶことができます。

ランチでは有田焼、伊万里・鍋島焼、唐津焼、武雄焼、
肥前吉田焼、三川内焼、波佐見焼の器を使用

肥前の器を楽しむ[佐賀・長崎県産]のごちそう

ランチメニューの「肥前の器を楽しむ[佐賀・長崎県産]のごちそう」では、
有田焼、伊万里・鍋島焼、唐津焼、武雄焼、肥前吉田焼、三川内焼、波佐見焼
の器を使用。
「ふもと赤鶏 ねぎ味噌焼き」や「飛魚のエスカベッシュ」、お米は「さがびより」など、
佐賀・長崎県産のご当地食材を味わうことができます。

〈大縁起物市〉 三越伊勢丹×ビームス の新プロジェクト開始!

いまの感性が生み出す新たな「縁起物」とは?

日本全国の地域活性化に貢献したい。
日本の優れたモノやコトを国内外に発信したい。

そんな志のもと、三越伊勢丹とビームスが手を組み、
新たなプロジェクト〈STAND FORTY SEVEN〉をスタートしました!

プロジェクトでは、三越伊勢丹ホールディングスとビームスが、
日本47都道府県のまだ知られていないプロダクトや、
各地に伝わる技術、新旧のクリエイティビティとの出会いを求めて協働。
その奥深さや面白さを紹介したり、繋げたりすることで、
新しい価値を創出、提案していくそうです。

プロジェクトの本格的なスタートは2017年3月。それに先駆け、
プレイベントとして、伝統的な縁起物を新たな感性でプロデュースする〈大縁起物市〉が、
2016年12月26日(月)から2017年1月10日(火)まで、
「伊勢丹新宿店」「日本橋三越本店」「銀座三越」「ビームスジャパン」
の4店舗で、開催されます!

2017年が良い年になるように、という願いを込め…。
主に東北、九州エリアの伝統的な縁起物やラッキーアイコンを素材に、
クリエイターやアーティストが独自の感性でアレンジした、
〈大縁起物市〉オリジナルのアイテムが生まれました。

リサ・ラーソンがデザインした波佐見焼の招き猫 各14,000円(税抜)

福を招く招き猫は、スウェーデンの陶芸家、リサ・ラーソンがデザイン。
長崎県の波佐見焼で作られています。

花井祐介デザインの岩手県産こけし 5,000円(税抜)

岩手県産のこけしは、
どこかノスタルジックなタッチの作品で見る者を惹きつける花井祐介のイラストで、
一風変わったファニーなこけしに!

〈ケイタマルヤマ〉のスカジャン 79,000円(税抜)

数々の縁起物を刺繍したスカジャンは、〈ケイタマルヤマ〉デザイン。
そのほかにも、さまざまな“あたらしい縁起物”が販売される予定です。

福を呼ぶ〈LUCKY 12〉 干支をモチーフにした 楽しい美濃焼の器

2017年は酉年。お正月には酉の杯でお神酒をいただくと楽しいかもしれません。
実はこれ、十二支の動物たちをモチーフにした、その名も〈LUCKY 12〉という杯。
福を呼ぶ縁起物で、伏せておけば置物としても楽しめるというユニークな器です。

つくっているのは、岐阜県土岐市にある〈ヤマ亮横井製陶所〉。
鋳込み製法を得意とする、大正13年から続く美濃焼の窯元です。

鋳込み製法とは、石膏型を使って成形する手法。
手間がかかるため、この技術を持つ製陶所は少なくなってきていると言われています。
成形後も、ひとつひとつ面取りしてから素焼きをし、
絵付けなどの装飾をしてから釉薬をかけて焼き上げるという、とても大変な工程。

〈Premium Fuji-Hunger〉 茨城の熟練職人が作る 富士山型自立ハンガー

おうちのハンガーラックに、クリーニング屋さんからもらう
針金ハンガーがずらりと並んでいる…。そんなことありませんか? 
このたびクラウドファウンディングで応援を募集中の〈Premium Fuji-Hunger〉は、
日本の優れたアルミ鋳造技術を活かした、こだわりのハンガーです。

自立するのがポイント

アルミ鋳造で作られた〈Premium Fuji-Hunger〉の厚さは6ミリと薄く、軽いのもポイント。
鋳造とは、固められた砂で作った砂型の薄い隙間に、
溶かされたアルミを流し込んでいく製法。
流し込むアルミの温度・速度など、長い経験が必要なんです。

こちらが砂型

製造を手がけるのは、茨城県の弘中鋳造さん。
木型に人の手で砂を込めていく、大変な作業です。

トライ&エラーを重ねてできた 〈mikketa(ミッケタ)〉の 毛糸のプロダクト

発見と工夫がつまったプロダクト

綿織物などを石の上に置いて木の棒で叩くと表面がなめらかになって艶が出てくる。
こうした「艶つけ業」として1887年に始まったのが、
現在の〈三星テキスタイルグループ〉
糸や生地をつくったり、染色や加工などを含め、多角的に展開している。
現社長の岩田真吾さんは5代目。
異業種の他社で会社員を経験後、2009年に三星に戻ってきた。

「業界的に素人目先で工場を歩いていると、
もちろん商品となる美しい柄の生地などがたくさんあるわけですが、
一方で、短くなった糸もきれいだなと感じたんです」

細かい糸や綿ぼこりが袋に集められる。

商品をつくる過程で生まれてしまう端材やゴミ。
しかし岩田さんの目にはきれいなものだと映った。
のちに〈mikketa〉というブランド/プロジェクトになる原点だ。

「こうしたものはもちろんリサイクルとして使われることもあります。
しかし、ただリサイクルすればいいという気持ちにはなれませんでした。
それでは、“美しいな”という感情がどこかにいってしまいますから。
つまり価値が下がってしまうと思ったんです」

美しいものを、美しいまま活用したい。
ただリサイクルするのではなく、おもしろいことがしたい。
そう思っていたときに、IAMS(情報科学芸術大学院大学)の小林 茂教授を介して
〈TAB〉の山下 健さん、横山将基さんに出会った。TABは建築設計事務所。
住宅、オフィス、店舗などの設計や改装などのほかに、
家具やインテリアなども手がけている。
だから毛糸というやわらかい素材にはあまり馴染みがなかった。

「樹脂や和紙などに毛糸を混ぜ込むことができるのではないかと思いました。
ゴールは見えていなくても、まずは板状にすれば、後々、加工がしやすいですからね」
と言う横山さん。
樹脂製作は羽島市のプロスパー、和紙製作は美濃市の丸重製紙に依頼した。

「商品化は見越していましたが、実際にどうなるかわかりませんでしたから、
とにかくおもしろがってトライしてみる環境が必要でした。
そういう意味では横山さんをはじめ、話を受けてくれた職人さんたちも、
新しい取り組みの心意気を感じてくれる人たちです。
樹脂もたくさんの種類を試したし、毛糸もいろいろな含有量を試しました。
丸重製紙さんには『これ本当だったら異物混入ですよ』と笑われたり。
一緒につくり上げていく精神を持った人たちでよかったです」(岩田さん)

和紙の折り紙。

樹脂でできた一輪挿し。お花は折り紙で折ったものだ。

結果的に、材料も製造も、岐阜県内で賄えた。
岩田社長いわく「閉じているつもりはまったくない」が、
岐阜にはそれだけものづくりの素地が集積しているということだろう。
特にトライ&エラーを重ねる必要がある段階で、
しかもそれが実際のプロダクトである場合には、距離的な近さは意味を持つ。

「近いからすぐに確認しやすいし、細かな修正もしやすかったです。
みなさん、その場で『もうちょっと毛糸増やしてみる?』って、
すぐにやってくれますからね」(横山さん)

岐阜県立森林文化アカデミーの和田賢治先生につくってもらったナラの木のイスとコラボ。座面は布のようにデザインされているが樹脂である。

左から三星毛糸の伊佐友美子さん、代表取締役社長の岩田真吾さん、TABのデザイナー横山将基さん。

計算できない毛糸の動きがつくる一点もの

毛糸の色と分量は調整できるが、柄となる毛糸の動きはコントロールできない。
うまく分散することもあれば1か所にかたまることもある。
「意図(いと)できない。糸(いと)次第」と岩田社長。
だから同じ商品はふたつとない。
気に入った柄を見つけたときは、「みっけ!」と言って買ってほしい。

バングルやペンダントなどのアクセサリーは、伊勢丹との共同開発。一緒にブレストしながらつくり上げていった。

ペンスタンドは糸の巻き芯を利用している。
柄はつくったものではなく、もともとの巻き芯の柄のままである。
不思議とユニークで“使える”柄が揃っている。

「巻き芯の工場がわざわざデザインしているわけではないと思うんですよね。
おそらくこれ自体も余った紙を再利用していると思います。
でもストライプとかハートとか、かわいい柄があるんです」(横山さん)

不思議とポップでかわいい柄が多い巻き芯を利用したペンスタンド。

〈西本喜美子さん プロデュース年賀状〉 熊本在住、88歳の アートディレクターとは!?

アマチュア写真家の西本喜美子さんをご存知でしょうか?

ゴミ袋に本人が入った自撮りや
道路でバイクが横転している自撮りなど、
インターネットにアップロードして話題となっている
熊本在住のアマチュア写真家のおばあちゃんです。

自分で撮った写真をPCで画像加工処理まででき、
作品の陽気な愛らしさが注目され、
PhotoshopやIllustratorで有名なアドビ システムズ
2017年賀状フォーマットのアートディレクターに起用されました。

1928年5月22日生れの西本喜美子さんは、Photoshop歴14年。
好きな機能はレイヤー効果/切り抜き/フィルター。
70代から創作活動を始めたそうで、
何歳からでも始められるという励みになる存在です。

鋭意製作中!

〈九谷焼 ガンダム 庄三風赤い彗星図〉 シャア・アズナブル のうつわ

アニメ『機動戦士ガンダム』に登場する“赤い彗星”こと
シャア・アズナブルが、石川県の伝統工芸品である九谷焼とコラボ!
マグカップ、飯碗、急須、猪口、皿、全5種類の
〈九谷焼 ガンダム 庄三風赤い彗星図〉が、
このたびバンダイ公式ショッピングサイト〈プレミアムバンダイ〉にて
予約受け付けを開始しました。

〈九谷焼 ガンダム 庄三風赤い彗星図 飯碗〉2,808円(税込)

〈九谷焼 ガンダム 庄三風赤い彗星図 急須〉5,940円(税込)

しかも、絢爛豪華な“彩色金襴手”が特徴の“庄三風”との
コラボレーションということで、
華々しい彩りと、細かい絵付けがお見事!
“庄三風”とは、江戸後期から明治にかけて活躍した
九谷の陶画工、九谷庄三(くたに しょうざ)が生み出した技法。
幕末から明治初期にかけて輸入された洋絵の具を
いちはやく取り入れ、中間色の絵付けを可能にするとともに、
金を使った金襴手(きんらんで)を組み合わせることで、
多彩で絢爛豪華な色付けが可能に。
“ジャパン・クタニ”として海外でも広く知られる
きっかけとなりました。

りりしいお姿!〈九谷焼 ガンダム 庄三風赤い彗星図 7号皿〉32,400円(税込) 

このたび発売される〈九谷焼 ガンダム 庄三風赤い彗星図〉は、
そんな庄三風で描かれたもの。
なかでも7号皿は、石川県小松市高堂町で約80年続く工房〈九谷光崖窯〉の
高聡文氏が金の加飾を行った特別な逸品。

7号皿 特製桐箱入 飾り台付

彩色金襴手とよばれる細描で絵を描き、さらにその上から純度約96%の金で
装飾した、歴史ある技法がふんだんに施されています。
皿の裏面にはシャアのエンブレムが描かれていたり、
箱ごと飾りたいほど美しい特製桐箱に入っていたり、
ファンの心を震わせる仕掛けがたくさん。

7号皿 特製桐箱入 飾り台付

リノベ施設〈THE 6〉 築36年の集合住宅を シェア型複合施設に!

集合住宅をまるごとシェア型複合施設にリノベーション!

宮城県仙台市にオープンした〈THE 6〉(ザ シックス)は、
築36年のオフィス併設集合住宅を一棟丸ごとリノベーションし、
シェアオフィス、アパートメント、イベントスペースなどを備えた
シェア型複合施設に変身させたプロジェクトです。

〈THE 6〉があるのは、仙台市中心部から程近い、
せんだいメディアテーク北側の仙台市青葉区春日町。

利用者として想定されるのは、仙台のクリエイターや学生、
また東北各県の企業人や、首都圏をはじめとした大都市圏からの
出張族など。利便性の良いエリアなので、幅広い方の利用が見込まれています。

それでは〈THE 6〉をご紹介!
施設は6フロアからなり、機能も6つ。

1. シェアオフィス

3階に位置するシェアオフィス。
フリーデスクエリア、固定デスク、個室タイプなど用途に
よって使い分けられる。

2. アパートメント

住居としてもSOHOとしても利用可能。
フリーデスクのフルタイム会員利用権付きのアパートメント。

3. イベントスペース

3階にある、トークやワークショップが行われるイベントスペース。

4. ショップ

オフィス関係者などのグッズを販売するショップ。

5. ルーフトップ

3階利用者に開放されているルーフトップ。
入居者向けのBBQイベントなどが開催されている。

6. シェアキッチン

シェアオフィススペースにある、充実のシェアキッチン。
クッキングのイベントなども開催。