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深夜の行軍

マチスタ・ラプソディー
vol.030

posted:2012.10.18   from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

コイケさんとのーちゃんとの食事会。

突然降ってわいたように長い距離を歩きたくなることがある。
20代の終わり、吉祥寺に住んでいた頃に吉祥寺から新宿まで歩いた。
7年前には市ヶ谷から中目黒まで歩いて帰ったこともある。
深夜、遊びに行った黒住光の部屋で一緒にDVDを見ていたら、
黒住が本格的にいびきをかいて寝はじめた。
それほど見たい映画でもなかったので、黒住を起こさず部屋を出たのだった。
この2回の深夜の行軍に共通しているのが、ともに月夜だったということ。

まさか岡山で終電に乗り遅れるなんて思いもしなかった。
午前0時20分。駅を出たところでタクシーはいくらでもいたが、
なんとはなしに歩き始めた。
しばらく歩くと、こころもち汗ばんだカラダに風はひんやりとして心地よかった。
なにより10月の月の明るいこと。
秋の澄んだ夜気と冴えわたるような月が呼び水となって、
ぼくは完全に夜の行軍モードに入っていた。
でも、実はそうやって気持ちよく歩けるのはせいぜい最初の1時間なのだ。
前の2回もそうだった。
とくに市ヶ谷から歩いて帰ったときは、表参道あたりで脚が重くなって、
でも「ここまで歩いたんだから」と無意味な意地をはり、
渋谷あたりからは歯をくいしばって歩いたのをよく憶えている。
さて、今回も意地をはるのか? 
はたまた、体力の衰えを認めてタクシーを拾うのか? 
分水嶺の国道2号線バイパス妹尾西交差点、時刻は午前1時半。
ぼくは、ちょっと遠回りだけどタクシーを拾えるかもしれない県道ではなく、
トラックが時速100キロで行き交う最短ルートのバイパスに足を踏み出した。

マチスタの営業がスタートして半年。
コイケさんとのーちゃんと3人でまともに食事をするのはそれが初めてだった。
のーちゃんがセレクトしたのは西川緑道沿いに新しくできた創作料理の店。
食事会は8時半にスタートした。
とりあえず、「おつかれさま」の乾杯。
その後、会話のネタはその場で出される料理、ほとんどそれのみだった。
細かなジャブも一切なし。潔癖なまでに誰もマチスタのことに触れようとしない。
話すべきことがまったく遡上に上がらないまま、
コイケさんは若干お眠のモードに入っているような。
これじゃいかんと、「最近のマチスタはどうですか?」と
向かうべきところに話の矛先を向けたのは10時も過ぎていた。
しかし、ぼくもコイケさんものーちゃんも、いったん店の話を始めると、
思っていることをわりとストレートに口にした。

断言しよう、バイパスというのは人が歩くようにできていない。
苦行のようだった。街灯の類は一切ないし、
1メートルぐらいのすれすれのところを
時速100キロ以上の猛スピードで車が走って行くし、
何年前に枯れたのかわからないような枯れ草がごっそり歩道にもたれかかっているし、
突然変な方向に歩道が逸れていたりするし。
当然、すれ違う人はいないと思いきや、
一度、さっそうと歩く男性とすれ違って思わず声をあげそうになった。
道は延々とのぼり坂が続いていた。脚はまさに鉛のようで、
一歩前に出すごとにその重みを感じていた。
普段車で走っているときは、ホントあっという間に越えてしまって、
それが山であることも認識できないほどなのに、
その夜はぼくの前に立ちふさがっておわせられた。

お互いの間に結構な溝をつくってしまったようだった。
誰が悪いって、ぼくが悪い。
5月の連休以降、仕事の忙しさや体調の悪さにかまけて、
マチスタにほとんど顔を出していなかったのだから。
それだけじゃなく、コイケさんとのーちゃんの提案をむげに却下したこともある。
そんなことも何度かあり、「どうせ言っても無駄」という雰囲気をつくってしまったらしい。
もちろん、ぼくなりに考えあってのことだったんだけど、
それを理解してもらうように努力しなきゃいけなかった。
しかし、その夜も話題になった営業時間については、
「そのまま後ろに数時間スライドさせた方がいい」という
コイケさんとのーちゃんの意見は受け入れなかった。
枝葉の部分は積極的に変えていいと思っているけど、
幹の部分は動かしたくない。と、そんなこんなのやりとりをしていると
時間が過ぎるのも早い。あっという間に12時近くになった。
ぼくたち3人は店の前で別れ、ぼくはそのまま歩いて駅に向かった。

早島のアパートに到着したのは午前2時50分。
途中、何度も両のふくらはぎがつりそうになった。カラダはもう限界だった。
約2時間半の行軍の間、ぼくはマチスタのことだけを考えていた。
どうやったら彼らとの間にできた溝を埋め、
さらに高いモチベーションで店を運営してもらうことができるか。
普段、そんなふうにひとつ考えに集中することもないので、
カラダは疲れきっていても、脳は変な具合に覚醒していた。
(さて、今晩は眠れんかもしれん。)
そんなことも思ったりしたのだが、布団に入ったが最後、2秒で眠りについたのだった。

10月21日の日曜日、2度目となる出張マチスタやります。場所は岡山サウスヴィレッジ(南区片岡)。午前11時から午後4時までの5時間。ヒトミちゃんとぼくがコーヒーを淹れます。このポスターが目印です。

『BRUTUS』最新号のコーヒー特集で、福岡と岡山のコーヒー事情を書かせてもらっています。紹介したお店に記事を見てお客さんが来てくれたら嬉しい。取材にご協力いただいた福岡・岡山のみなさん、どうもありがとう!

Shop Information

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マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 月〜金 8:30 ~ 20:00 土・日 11:00 〜 18:00

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