泥にまみれ、未来を耕す。棚田を守る女子サッカーチーム「FC越後妻有」

日本の心と技術が編みなす、棚田の風景

日本有数の米どころとして知られる新潟は、全国でも屈指の棚田面積を誇る県。農林水産省が優れた棚田を認定する「つなぐ棚田遺産~ふるさとの誇りを未来へ~」では、新潟県から全国最多となる36地区が選ばれている。新潟といえば、米や日本酒。“こめどころ”を支えているのが、この棚田の風景だ。

棚田の風景が美しいのは、山の斜面に田んぼがただ並んでいるからではない。そこには、水を均等に巡らせる精巧な水管理や、整えられた畦(あぜ)や石積みなど、長い年月をかけて培われてきた精緻な農業技術の粋、同時に、畦のラインを整え、周囲の山並みと調和するように田んぼをつくるという、日本人ならではの美意識があるからこそ。また、カエル、メダカ、タガメ、野鳥などの豊かな生態系を支え、さまざまな役割を担っている。山間部の多い日本において、日本人の原風景として、愛される存在でもある。

新潟県にはいくつか美しい棚田があるが、なかでも十日町市を中心とした越後妻有(えちごつまり)エリアにある「星峠の棚田」は、季節によって様々な表情を見せる棚田として有名だ。春は、雪解けとともに水が張られた田んぼが、空を映す「水鏡」となる。夏は青々とした稲が風に揺れ、秋には黄金色の穂が実り、冬は深い雪に包まれる。大小およそ200枚の水田が、まるで魚の鱗のように山の斜面に広がる景観は、四季折々の表情を見せながら、一年を通して里山の美しさを感じさせてくれる場所だ。

しかし今、この絶景は危機に瀕している。

棚田は急峻な地形にあるため大型機械が入りにくく、多くの作業を人の手に頼らざるを得ない。担い手の高齢化も重なり、維持が難しくなった田んぼは、少しずつ耕作放棄地へと姿を変えてしまうことも少なくない。

さらに、人の手が入らなくなると畦や水路は雨や雪解け水によって崩れやすくなる。草木が生い茂り、モグラなどの生き物が土を掘ることで、田んぼを支える土の構造も次第に弱っていく。水を引き、水を貯める仕組みが壊れてしまえば、棚田としての機能は失われてしまうのだ。

一度荒れた田を元に戻すのは、容易ではない。地域の宝であるこの風景を守るため、地域に貢献する若者たちがいる。それが女子サッカーチーム「FC越後妻有」だ。

棚田で働き、地域に生きるサッカー選手たち

左上から時計回りに、元井淳監督、三井愛里沙選手、藤井円香選手、大矢千尋選手、大平友紀子選手、和田美優選手、山下由衣選手。

女子サッカーチーム「FC越後妻有」の母体は、越後妻有エリアで開催される「大地の芸術祭」を運営するNPO法人越後妻有里山協働機構。監督・元井淳さんは、チーム設立の背景をこう話す。

「過疎は、若い女性の都市流出から始まる、と言われています。女性が地域に残らなければ、コミュニティそのものが維持できなくなる。そこで、サッカーを通じて若者を地域に迎え入れて地域課題の担い手になってもらうというアイデアが生まれ、2015年に『大地の芸術祭』から派生したプロジェクトとして立ち上がったと聞いています」

このチームの特徴は、選手たちがNPOの職員として働きながら活動していること。彼女たちの一日は、いわゆる「企業スポーツ」のアスリートとは根本から異なる。

朝は、それぞれの配属先へ。棚田で農業に携わる者もいれば、「大地の芸術祭」の運営サポートやツアーの企画、観光施設や食堂の運営など、業務は多岐にわたる。日中は地域活動にどっぷりと浸かったのち、夕方以降や週末にサッカーの練習や試合に臨む。まさに二足のわらじ、いや五足、六足のわらじとも言える生活だ。

先祖の想いを繋ぐ、棚田の里親制度

彼女たちの活動の柱の一つが、400年以上前から受け継がれてきたこの風景を守るために、棚田を守る仕組みとして生まれた「まつだい棚田バンク」。NPOスタッフや地域の人々、そしてFC越後妻有の選手たちが、耕作を担い、地域外の人々がオーナー(里親)として出資し、保全を支援するという制度である。オーナーには秋に収穫された新米が届けられるほか、田植えや稲刈りを体験するイベントも用意されている。

「平地の効率的な大規模農業と比較すれば、棚田での米作りは合理的とは言えません。機械が入らない場所は手作業になりますし、収益性だけを考えれば割に合わないことばかりです」と元井監督は言う。

それでも彼女たちが田んぼに立ち続けるのは、そこに地域の人々のある思いを感じているから。

「この地域の方々は、決してお金のためだけに棚田を守ってきたのではありません。先祖から受け継いできた大切な土地を、自分の代で絶やしてはいけない。その一念で、過酷な労働を続けてきたんです。活動当初は、外部から来た若者たちが農業を行うことに対して、冷ややかな視線が向けられることもありました。でも、雨の日も風の日も、選手たちが本気で泥にまみれ、額に汗して働く姿を地域住民は見てくれていたのでしょうね。『本気でやってくれている』、そんな認識が広まったとき、地域の人も認めてくれるようになりました」

FC越後妻有の選手たちと地域の人々が、一年間かけて慈しむように育てたコシヒカリは、「大地の米」という名のブランド米として世に送り出される。この地域特有の昼夜の寒暖差と粘土質の土壌が生み出す、豊かな甘みと粘りが特徴のコシヒカリだ。

この米は、選手たちが作品の管理運営を担う〈越後妻有里山現代美術館 MonET〉のミュージアムショップで購入できるほか、〈まつだい「農舞台」フィールドミュージアム〉内の〈越後まつだい里山食堂〉でも味わうことができる。地域の旬の食材をふんだんに使ったおかずとともにいただく一膳は、この土地でしか出会えない贅沢なひとときを届けてくれる。


売り上げの一部は棚田保全の活動資金として再び地域へ還元される。この米を食べ、購入することは、越後妻有の美しい風景を守る循環の輪に加わることでもあるのだ。

里山の暮らしとともにあるサッカークラブ

元井監督は、なでしこリーグなどでの指導経験を経てこのチームに来た。

「FC越後妻有がユニークな活動をしていることは知っていました。ただ監督の話をもらったときは、京都に住んでいたので断ろうと思っていたんです(笑)」

しかし、この地域で見た光景が、その考えを変えたと言う。

「これまでJリーグやなでしこリーグの世界に身を置いてきましたが、そこでは常に『地域貢献活動』という言葉がついて回っていました。でも私は、その言葉にずっと違和感を抱いていたんです。本当に地域の一部として存在していれば、わざわざ『貢献』などと言う必要はないはずですから。越後妻有では選手たちが文字通り地域の中で暮らし、働き、生きている。その姿を見たとき、これこそが自分がやりたいスポーツの姿だと思いました。この活動を絶やしてはいけないと感じ、十日町に来ることを決めたんです」

元井監督は選手たちの「引退後」のキャリアについても、この独自の形態が大きな意味を持つと説く。 

「一般的なスポーツ選手は、企業に所属し会社員として働くことになりますが、企業で任される仕事は、責任の軽い単純作業であることが少なくありません。それでは引退後に社会へ出た際、キャリアとして通用しにくい。一方で、FC越後妻有が担うのは、自分の仕事の先に誰がいるのか、誰を笑顔にしているのかが直接見える仕事です。ただ、うちの選手たちは慣れない作業に涙しながら、泥にまみれて仕事をすることもありますが(笑)。ここで培った力は、サッカーを引退した後の人生において、どんな場所でも通用する武器になるはずです」

軽トラックで集まる、地域のサポーターたち

チームのホームゲームが行われる会場には、独特の光景がある。駐車場に並ぶのは、軽トラック。観客の多くは、地元のおじいちゃん、おばあちゃん。彼らは芸術祭の運営や地域の活動を通して出会った人たちだ。

「試合の日には、地域の人たちがたくさん来てくれますよ。サッカーを見に来たというより、私たちを応援しに来てくれている感じです」

取材中、そんな話をしていると、大平選手が「おじいちゃんたち、呼びましょうか?」と声をかけてくれた。すると、ほどなくしてサポーターの佐藤達夫さんと、佐藤竹二さんが駆けつけてくれた。

左から、サポーターの佐藤達夫さん、佐藤竹二さん。

「選手のみんなに呼ばれたら、どんなときでもすぐに駆けつけますよ」。そう笑う竹二さんは、こう続ける。

「私は、2021年に親の介護のために十日町に戻ってきました。ある日、外から元気な女性たちの声が聞こえるので何だろうと思ったら、彼女たちが練習していたんです。それからFC越後妻有を応援するようになりました。正直、サッカーのルールはよく分からんのですよ(笑)。でも彼女たちは孫のような存在です。近くで練習し、仕事をし、言葉を交わす。彼女たちが一生懸命走っている姿を見ると、自分たちも元気をもらえるんです」

応援の仕方も、この地域ならではだ。

「応援旗やタオル、横断幕などのグッズはもちろん、応援歌まであるんですよ。十日町で退職された学校の先生がギターで演奏してくれて、試合前やハーフタイムにみんなで歌う。サッカーに応援歌という文化はないので、相手チームにはいつも驚かれています(笑)」

チームの目標は北信越リーグ優勝。しかし、それだけがゴールではない。「おじいちゃんおばあちゃんの笑顔を創り出す」というチームのコンセプト通り、「地域の人たちに愛されるチームでありたい」と大矢千尋選手は言う。

「芸術祭や農業を通して地域の人と関わり、『応援したい』と思ってもらえるチームになることが大事だと、選手同士でもよく話しています。活動を続けていく中で、自分たちだけでなく『地域のみんなで一緒に優勝したい』という想いが強くなりました。支えてもらっている分、たくさん恩返ししたいです」 

元井監督も同じ思いだ。

「このクラブでは、選手たちが地域の生活の中に入り込んでいます。地域の人の日常の中に存在している。『家族』『孫のようだ』と言ってもらえる関係は、本来あるべき姿。形だけの地域貢献ではなく、もっと深いところでつながっている。それが『大地の芸術祭』や『棚田バンク』であり、僕たちの活動です」

「棚田バンク」の活動をきっかけにサッカーに興味を持つ人もいれば、サッカーをきっかけに、田植えや稲刈りに協力してくれる地域の人の姿を見ることも少なくない。気づけば、今では彼女たちの存在そのものが、人と人をゆるやかにつなぐ地域のハブのような存在になっていたのだ。

棚田の風景とともに生きるサッカーチーム。越後妻有で始まったこの挑戦は、スポーツと地域の新しい関係を、今日も力強く描き続けている。

Information

FC越後妻有

新潟県十日町市を拠点に活動する女子サッカー実業団チーム。「大地の芸術祭」から派生し、2015年に発足。選手はNPO法人の職員として、棚田の保全作業や芸術祭の運営に携わりながら、農業とサッカー、大地の芸術祭の「三刀流」でトップリーグ昇格を目指す。現在、新規加入選手募集を募集中。興味のある方は、練習参加や就業体験、ご質問など、ご用件をご記載の上、下記メールアドレスまでご連絡を。
メール:fc-echigotsumari@tsumari-artfield.comInstagram: @fc.echigotsumariX:@fcechigotsumari

Information

にいがた棚田ネット

新潟県内の棚田地域では、棚田の保全活動や棚田を舞台としたイベントなど、独自の活動が行われています。興味のある方は、以下のURLをチェック。
HP:https://www.pref.niigata.lg.jp/site/tanadanet/

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