100年前から香川県高松市のまちや山を
走ってきた高松琴平電気鉄道。
「ことでん」という名前で親しまれている、
とってもかわいい電車です。
この鉄道の心臓部ともいわれる仏生山工場と、
そこで働く人たちを写した写真集があります。

©GABOMI.
でも、田園を走る風景でもなく、
車窓風景でもなく、なぜ工場?
そのわけは、仏生山駅の隣に立つ巨大な工場の中にありました。
こちらはただの整備工場ではなく、
東京の京浜急行や京王電鉄の30年落ちの中古車を改造補修し、
ぴかぴかの「ことでん」によみがえらせる工場なんです。

©GABOMI.
2011年の冬、たまたまこの工場を訪れ、
その技と技術者さんたちに惚れ込んでしまったのが、
高知県生まれの写真家・GABOMI.(がぼみ)さん。
足りない部品は鉄を加工してつくる、
生まれ変わった電車は数十年寿命を延ばす……
GABOMI.さんはそんなエピソードに興奮し、
気づいたら「写真を撮らせて下さい!」と言っていたそう。

©GABOMI.
おりしも、GABOMI.さんが工場を訪れたのは、
1911年(明治44年)に「ことでん」の前身のひとつ
「東讃電気軌道」が走り出し、
ちょうど100年目を迎えようとしていた頃。
その時、高松琴平電気鉄道の
取締役・真鍋康正さん(当時)は
“百年目の現在を記録して地域の方に伝え、
新たな未来を描いていきたい”という思いを抱いていました。
そこで、GABOMI.さんに撮影を依頼。
それからGABOMI.さんは、撮影のために何度も工場を訪れました。

©GABOMI.
工場では、約25名の技術者の方たちが、
日々80を超える車両の点検を行っていました。
車両は数年おきにねじ一本まで分解され、
洗浄・点検・修理をほどこされます。
足りない部品を自分たちでつくるのは、
古い交換部品がないから。
マニュアルのようなものもありません。
だからここでは、つくれるものは買わずにつくる、
使えるものはできるだけ長く使う、ということが
伝統的に行われてきたのです。
香川の工場の奥で、
こんなにすごいことが行われていたなんて!

©GABOMI.
そして同年の冬、GABOMI.さんは
ことでん開業100周年記念イベントにて
「ことでん百年目の写真展」を開催。
写真展は反響を呼び、イベントも大成功を収めました。

©GABOMI.
そんな「ことでん」にも
存続が危ぶまれた大変な時期がありました。
しかもそれは、「ことでん」の長い歴史の中では、つい最近のことでした。