連載
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルを舞台に活躍する人々のリアルな情報を通して、
日本の魅力を再定義するウェビナーシリーズです。地域を活性化させるために働きたい方、ローカルでビジネスを始めたい方、
自治体や企業で地域創生に携わる方に向けて、新たなヒントを提供します。
「コロカル」は2025年5月15日、ウェビナー講義シリーズ「コロカルアカデミー」の記念すべき第1回を開催しました。
ゲストは、奈良からクラフトビールの新しい可能性を切り拓く〈奈良醸造〉代表兼ヘッドブルワーの浪岡安則さんです。現在国内のクラフトビールでは唯一ナイトロ缶ビールを製造し、地域企業とのユニークなコラボレーションをするなどニュースの絶えない〈奈良醸造〉。その背景にある哲学からブランド戦略、これから目指す未来まで、熱く語っていただきました。
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〈奈良醸造〉代表兼ヘッドブルワーの浪岡安則さん
奈良生まれ奈良育ちの浪岡さんは、「地元を舞台に仕事をしたい」という思いから、奈良で醸造所を設立。これまでに150種類を超えるビールをリリースしてきました。瓶内二次発酵を採用し、熟成期間を経て完成させた贅沢なビールや、クリーミーで微細な泡が特徴のナイトロ缶など、造り手のこだわりが随所に光ります。
日本各地で醸造所の数が増加する中、独自の世界観と品質でクラフトビール界の中でも、注目の〈奈良醸造〉。現在は、北海道から沖縄まで全国47都道府県に出荷しています。
あえて定番ビールを多くは持たない〈奈良醸造〉
浪岡さんが一貫して語っていたのは、「ビールは嗜好品である」という考え方。「生活必需品ではなく、飲めば飲むほど健康になるものでもない。でも、あればもっと暮らしが豊かになるもの」と話します。そんな存在として丁寧にビールを造り、ファンになってもらうことを大切にしています。
にもかかわらず、自社のビールを「おいしい」と自ら発信することはありません。味の良し悪しは、あくまで飲み手が感じるもの。SNSでも飲んでくれた人が発信する言葉を大事にする、静かな美学を持っています。
〈奈良醸造〉は、ビールを通して奈良の魅力を発信することにも注力しています。中でも注目を集めているのが、異業種とのコラボレーションです。清酒発祥の地とも言われる奈良には多くの酒蔵があり、日本酒蔵〈油長酒造〉ともタッグを組みました。実際に商品を口にした杉江編集長は「一杯目にはビールを飲みたいけど、刺身には日本酒を合わせたい……そんな悩みを解決してくれた貴重なビール」と語ります。
熟したリンゴやパイナップル、濃厚なイチゴなど、圧倒的な吟醸香が感じられる
ミシュラン2つ星のガストロノミーレストランとの取り組みでは、「あえて完全なものは作らないでほしい」という珍しいリクエストがあったそう。料理とのペアリングで完成させることを前提に、カカオニブや八角、奈良産の和ハッカで斬新な味わいを実現しました。
さらに、奈良の靴下メーカーとのコラボでは「奈良は靴下生産量日本一」という意外な事実も紹介されました。「奈良の魅力を知ってもらうきっかけを作るのは、創業当初からやりたかったこと。靴下の品質もとても良いんです」と浪岡さん。ビールというジャンルを超えて、地域資源とつながるユニークな取り組みが広がっています。
缶のラベルとソックスがコラボ限定デザインに
現在、〈奈良醸造〉の出荷量の約半数は関東が占めています。これは、奈良のお土産としての消費に依存しないブランド戦略によるもの。“地ビール“として定着してしまうと、県外に住む人の日常の暮らしには入り込めないと考え、奈良のイメージが強い鹿や大仏とのコラボレーションも意図的に避けてきました。「奈良といえば鹿、と思う人もいれば、そうじゃない人もいる。それが販路の限界になることもある」と語ります。従来のご当地戦略に頼らず、広く愛されるプロダクトを目指しています。
関東地方の割合が増加し、現在では約半数に
開業当初、浪岡さんはスマホを片手に東京駅に降り立ち、クラフトビールと検索して出てきた飲食店を訪ね歩いたと言います。茅ヶ崎まで足を運び、直接交渉したというエピソードを披露。「今でも繋がっているのは、値段ではなく中身や想いに関心を持ってくれたお客さま」。そんな方々を「語り部」と呼び、自社のビールを代弁してくれる存在として大切にしています。人との信頼関係こそが、〈奈良醸造〉のブランドを支えているのです。
ウェビナー中には参加者から「奈良での消費量を増やすための施策は?」という質問も寄せられました。浪岡さんは「実は奈良県の一人当たりのビール消費量は全国最下位クラスなんです」と驚きのデータを紹介。ビールは家庭での消費量よりも飲食店での消費量が多いため、観光客が奈良で“夜に滞在”する仕掛けが必要だといいます。現状ではアクセスのよい京都や大阪に泊まる人が多く、どう奈良の夜に引き留めるかが今後の課題とされました。
奈良という名を冠していなくても、世界に通用する品質にしていきたい。それが浪岡さんの目指す姿です。クラフトビール業界はまだ若く、現在はブームの中で多くの人材が参入しています。しかしその一方で、「夢だけではやりがい搾取にもなりかねない」と語る浪岡さん。給与水準も見直すことで製造業としての健全な魅力を持った業界に育てていきたいという想いが伝わってきます。
経営者としての視点と、造り手としての感性。その両輪で〈奈良醸造〉を前進させる浪岡さんの言葉には、土地に根を張りながら、未来を見据える静かな意志が宿っています。
奈良という場所を起点に、唯一無二の価値を丁寧に積み重ねていく。その歩みは、地域発のものづくりがもつ可能性を、改めて教えてくれるものでした。
ウェビナー後半では、クラフトビールのセレクトショップを開業予定という参加者からの質問や、新しいビールのアイデアのヒントをなども伺います。
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profile
YASUNORI NAMIOKA
浪岡安則
なみおか・やすのり●奈良醸造 代表兼ヘッドブルワー。1979年生まれ、奈良県出身。京都大学卒業後、奈良県庁にて技術吏員(土木)として主に道路行政に従事。2015年に退職後、京都醸造株式会社に入社。アシスタントブルワーとしてクラフトビール造りを学んだ後、2017年に奈良醸造株式会社を創業。代表取締役として経営を行う一方、醸造責任者として2018年の醸造開始より150種類以上のビールをリリースして現在に至る。
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