伊豆下田で初めての米づくり。
稲作支援制度を利用して
家族や友人たちと田植えに挑戦!
家族が食べるお米を、家族でつくりたい!
津留崎家が移住してやってみたかったことのひとつが
「自分たちが食べる米を自分たちでつくる」。
でもつくったこともないし、つくり方もわからない……。
そんな津留崎さん一家でしたが、稲作支援制度を利用して、
初めての米づくりをすることに。
友人たちにも手伝ってもらい、重機を使わずに手植えで田植えに挑戦。
果たして無事終えることができたのでしょうか……?
まずは手植えで!
この春から、念願の米づくりが始まりました。
始まりました、といっても米づくり初挑戦の初心者。
わからないことばかりです。必要な機械も持っていません。
ということで、隣町の南伊豆町で米づくりに取り組んでいる
〈南伊豆米店〉の「稲作支援制度」を利用しています。
南伊豆米店で希望にあった田んぼを探してくれ、
初心者では難しい田植えまでの準備、重機での作業をしてくれるのです。

ハウスにお邪魔して苗の水やりの手伝いをしました。この小さい苗が稲となり、わが家の米になる……、そう考えるとワクワクします。

前年の稲刈りのときに種用に選び保管しておいた稲(種籾)が発芽して苗となる。
わが家が借りた田んぼ周辺では秋の稲刈りのあとにレンゲの種をまきます。
レンゲは土を肥やす効果があるのです。

4月はじめ、田んぼにレンゲの花が咲き森に桜が咲き、なんとも美しい田園風景でした。
4月末には、田んぼが会場となり、
地域の人たちによる「大賀茂レンゲ祭り」が開催。


こうして地域の人々に親しまれている田んぼで
米づくりをさせていただくわけです。
しっかり取り組んでいきたい、あらためてそう感じました。
そして、田植え前にはそのレンゲごと土をすき込みます。

南伊豆米店のトラクターで土を耕す。米づくりはこうした重機が必要なので敷居が高いところがありますが、そうしたところを補ってくれるがこの稲作支援制度です。
そして、耕し終わると田んぼに水を張ります。

田植え前に畔の草刈りに行くと、先日ビニールハウスで見た苗が置いてありました。お~、育ってる!
田植えは、みんなで力を合わせて、手植えでやりたいと考えていました。
借りた田んぼは一反弱という広さ
(一反は300坪、約30メートル×30メートル)。
無農薬でも、うまくいけば300キロ以上の米が収穫できるとのこと。
わが家の米の消費量は年間で
150キロほど(大人ひとり平均が60キロだそうです)。
ということは、家族だけでは食べ切れません。
さらには一反弱の田んぼを手植えというのは、ひと家族では難しいそうです。
ということで、田植えに友人ふた家族を誘いました。
誘ったのは、家族ぐるみで仲良くさせていただいている
下田出身、在住の友人たち。
彼らも田んぼにはあまり馴染みがなく、初めての田植えとのことです。
田植え前日には、どんな格好がよい? やっぱモンペでしょ!
農家帽でしょ! あそこの店でいくらでモンペ売ってるよ!
みたいな奥さまトークがグループメッセージで飛び交っていて、
いよいよ気分が盛り上がります。
[ff_assignvar name="nexttext" value="田植え中にハプニング!"]
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果たして1日で終わるのか?
そして、やってきた田植えの日。
わが家を含めて、奥さま3名、旦那衆2名、
小6男子1名、小1女子2名、3歳女児1名という布陣です。
皆の都合もあるので1日で終わらせる計画ではありますが、
何しろ初めてのこと、この人数が多いのか少ないのかもよくわかりません。
もしも、終わらなければ翌日、わが家だけで残りを仕上げよう、
それくらいの気持ちでいました。

朝は南伊豆米店代表、中村大軌さんも指導に来てくれて、
手植えの仕方、コツなどを伝授してくれます。
そして、いよいよ田植えスタートです。

これはなかなか手こずる……。果たして1日で終わるのか……?

1時間半ほどやってみて、少しペースが見えてきたところで一服。
でも、田んぼを見るとまだまだ4分の1くらい。
誘って来てもらった友人たちにそんなに無理させるわけにもいかないし、
やはり、明日、わが家だけ来てコツコツ仕上げるしかないかな……。
なんて思っていたその矢先、自分の腰に不吉な痛みが走りました。
5年前のぎっくり腰の再発? というくらいの激痛です。
普段、自分は農園仕事をしているので、体力的には問題ないはず、
とタカをくくっていたのですが、
腰をかがめていないと歩けないというひどい状態。
こんな腰では、明日、わが家だけ残りを植えるなんてのは到底無理です。
それからの作業は腰をかばいながらの超スローペース。
本当に、本当に情けない……。

友人男性はさすがのパワーを見せてくれてはいたのですが、
昼過ぎには仕事があり、仕方なく撤収。
その時点で、男手は超スローペースの自分と小6男子君のみということに。
女性陣が妻と友人奥さまふたりと小1女子ふたり
(3歳女児はさすがにお手伝いにならず、
おばあさまが途中でお迎えにいらっしゃいました)。
奥さま3人は普段あまり体を動かしてなさそうだし、
体力もたないだろうな……と、失礼な話、あまり期待していませんでした。
すっかり弱気になった小6男子君は
「あの機械でやってる人に頼んでやってもらおうよ~」と言い出す始末。
南伊豆米店の稲作支援制度で米づくりをしている方の中には、
一部手植えで、大部分を田植え機でというやり方を
とっている人もいると聞いたし、途中から機械……
それもありかと、僕もすっかり弱気になってしまいました。

ところが、そんな弱気モードを吹き飛ばすかのように、
奥さまたちが実に手際よく、植える、植える、植える。

夕方近くなってもペースが落ちないどころか、
コツを得てペースがあがっていく感じです。
また、小1女子コンビも頑張りました。

苗持ってきて~と声がかかると、足場の悪いなか、
よっこらせよっこらせと持っていきます。
そして、弱気モードだった小6男子君も後半、本当にがんばってくれました。
「このひと株でご飯茶碗1杯だよ!
秋からは自分で植えた米を食べれるんだよ!」
という言葉が、白いご飯が大好物という彼を奮い立たせたようです。

まさに家族で力を合わせて! といういい空気感が漂っています。
そして、16時半にもなろうという頃に、手植え完了!!

なんという達成感でしょうか!
(腰を痛めた僕はあまり使いものにならなかったのですが、
いっちょ前に達成感は感じさせてもらいました……)
もちろん、1日がんばってくれた奥さまたち、
小6男子君、小1女子コンビも大喜び。
さっそく、南伊豆米店の中村さんに連絡。
終わったよ~と報告すると、
え! 終わらないと思ってたよ! という返事が返ってきました。
プロすら読み誤る、奥さまパワーと小6男子のお米大好きパワー!

お疲れさまでした!!
[ff_assignvar name="nexttext" value="小6男子君のうれしいひと言"]
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家族で、家族の食べる米をつくる
そして、きつかったであろう小6男子君からは、こんなうれしいコメントが。
「田植え、誘ってくれてありがとう~!」
そして妻が「がんばってくれたから、大好きなアイス買ってあげる!」
とごほうびのお誘いをすると
「田んぼでできるご飯でいい! 楽しみ!」
と言うではありませんか。
彼にとっても、いい経験になったのかなとうれしくなりました。

子どもも苗も環境が大切なのでしょう。
決して米どころではない伊豆下田。
地元の人でも、家が農家でなければわざわざ田んぼを借りて
米づくりをするということはないそうです。
都会育ちのわが家だからこそ、そんな下田で米づくりに挑戦してみたい!
という発想があったのかもしれず、そんなわが家に巻き込まれた友人家族も、
新鮮な体験として喜んでくれました(と思います……)。
そんな意味でも、この田植えはとてもいいものだったのではと感じています。

大人も子どもも一緒になって泥んこになる! 年に1日くらい、そんな日があってもいい気がします。来年またやりたい! と。来年またやろう~!!
人数に関していうと、この人数より少ないと、とても1日では終わらず、
逆に多すぎると「田植え体験」になってしまう気がしました。
そういう意味では、ちょうどいい人数だったのかもしれません。

田植え翌日、中村さんに田んぼの管理方法のレクチャーを受けました。
「家族で家族の食べる米をつくる」
これはわが家が移住して、まずやってみたいことでした。
といっても田んぼをどう借りる? 機械はどうする?
家族だけでつくれるの? そもそもつくり方が全然わからない……。
そんな状態だったのです。
でも、南伊豆米店の稲作支援制度という仕組みを知り、
そして、友人たちの協力を得て、
米づくりのスタートを切ることができました。
まだ始まったばかりですが、本当にこの一歩を踏み出せて
よかったと感じています。
そして、この田植えをやり切ったことで、家族の絆、
友人たちとの絆がより深まった、そんな気もしています。

田植えのあと、腰を痛めた僕を見て僕の母はこう言いました。
「何も田んぼなんかやらなくてもいいじゃない。
父親らしくちょっと落ち着きなさいよ」
40代も半ばになって、母親に怒られるのはなかなか情けないものがあります。
確かにスーパーに行けば安く米を買えます。
経済的に考えれば、苦労して米をつくる、
さらには手で植える意味は「まったく」ありません。
腰を悪くするリスクもありますし……。
腰は自分の責任としても、台風などで
うまく収穫できなくなるリスクもあります。
でも、自分たちの食べるものを自分たちの手でつくって、
初めてわかることがある、そこに意味がある、
そんなふうに思っているのです。
わかってくれ、お母ちゃん。
[ff_assignvar name="nexttext" value="母がなぜ下田に?"]
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田んぼにも、わが家にも変化が……
翌日。
母と田んぼを見にきました。
実際に目の当たりにすると、自分たちのやりたいことを
何か感じとってくれたのか? まんざらでもなさそうです。

そして、この原稿を書いているいま、田植えから1週間が経ちました。
すでに稲の間からは雑草が……。
無農薬で、と考えているので、人力でこの草を取り除かなければなりません。
こうした苦労もやってみないとわからない、そう考えています。

この手前にある道具、中耕除草機(通称「田車」)で除草します。この広さで半日ほどかかるそうです。
ところで……。
先にも書いたように僕は東京出身で実家は東京です。
なぜ、そんな僕の母が田んぼにいるのか?
遊びに来ていたわけではなく、
実は1か月ほど前に下田に移住してきたのです。
父が亡くなってからは東京でひとりで暮らしていた母。
妻の「お母さん東京でひとりで寂しそう、下田に呼ぼう!」
とのひと言から、実現に至りました。
確かにひとりで暮らす老後は寂しい。
といっても、82歳で新天地というのもなかなか負担が大きそう。
なのですが、4月に1週間ほど滞在して、
わが家のすぐ近くの家を借りることを決め、5月に引っ越してきました。
わが母ながら、なかなかのフットワークの軽さです……。

孫と、祖母と過ごす時間は、母にとっても娘にとってもかけがえのないものになっていると感じます。
米づくりを始めて、そして母が下田に移住してきて、
わが家の暮らしも随分と変わってきました。
母の移住についてはまた別の回で書こうかと思います。
わが家の「暮らしを考える旅」はまだまだ続く……。
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南伊豆米店
