サイクリングで能登ガイド。里山に魅せられた環境コンサルの移住物語
思い描いた自給自足が、能登にあった
大阪府出身で大学院で環境学を修めた小山さんは、仕事で東京や小笠原に住み、生態学や環境学のスペシャリストとして働いた。自然と人の距離が近く、自給自足に近い暮らしを営みたいと移住を模索していた時に出会ったのが、能登島だ。
「たまたま能登島で開催されていた『うれし!たのし!島流し!』という能登島の暮らしを体験するツアーの存在を知り、家族で参加しました。主催者の人と仲良くなったり、島の美しい景色や美味しいご飯にすっかり魅了されてしまいました」

それまで雪深い地域で暮らしたことがなかった小山さんは、冬の能登を再訪してから移住を決断。しかし、具体的な仕事については考えていなかったのだそう。
「僕の場合は、とにかく移住することを一番に考えていたんです。仕事はどうにでもなるんじゃないかと思っていました」
自然豊かな里山里海の能登を選んだのは、専門である環境に関する仕事を念頭に置いていたのだろうか?
「それも全く。むしろ全然違う仕事でいいと思っていました。小笠原に住んでいた時に、ある程度仕事に達成感もあったので。それより、自給自足的な暮らしに興味がありました。能登では、日々の食卓に並ぶものの多くが、この地域で採れたもの。魚や野菜をもらったりすることも多く、思い描いた暮らしを実現しています」
地域おこし協力隊から事業へ。能登島サイクリングツアーが生まれるまで
仕事は後から、と考えた小山さん。最初は、能登島の地域おこし協力隊で観光にまつわる仕事を始め、3年間の任期中に自分の事業を確立することを目指した。
「自分が移住するきっかけになった島流しツアーの運営に回ったり、能登の日本酒をプロデュースしたり。そして能登島の景色がすごくおすすめなのでそれを体験できるものはないかと考えて、島を巡るサイクリングツアーを企画しました。海外の方にすごく楽しんでいただき、事業化につながりました。世界中からお客さんが参加してくれたのですが、特にフランスの方が多かったんです」

石川県はフランスとの観光交流が盛んで、現地に石川県の広報担当者が常駐していることから、フランスの旅行代理店とのつながりが生まれた。
「『生態学者が案内するサイクリングツアー』としてパンフレットに掲載されて、参加者も順調に増えていきました。ちょっと大げさなんですけど(笑)」
コロナ禍にインバウンド客が減ったが、仲間と会社を作り外国人客を受け入れる体制を整えた。コロナ禍が落ち着くと客足も徐々に回復していったという。しかしそこで、能登半島地震が起きた。
地震を経てもなお心が動かされる、美しい里山の景色
「地震後にショックを受けたことは、移住のきっかけにもなった里山の風景が変わってしまったこと。山や田んぼの緑に、海と空の青、そして連なった黒瓦のコントラストが本当に美しいと思っていたんです。けれど、黒瓦はその重さのために地震の時に家をつぶしてしまったこともあり、新しく建てられる家には用いられないケースが多いんです。
田んぼがひび割れてしまって水を張れなくなったり、畑も荒地になり、農業を再開する人も少なかったり。美しい景色を見てもらいたくてツアーを組んでいたので、その魅力も伝えづらくなってしまった部分もあります」
それでもなお、能登の自然に魅了されていると小山さん。
「毎朝ランニングをしているのですが、湖のように平らで鏡のような海の向こうに朝日がふわっと昇ってきます。周りを真っ赤に染める朝焼けの美しさは、移住してからずっと変わることがありません」

これからの展望についても聞いた。
「能登は食の自給率はとても高いのですが、仕事と娯楽の自給率は低いと感じています。観光業による事業拡大はもちろんなのですが、地元の大人が遊べる空間やイベントも増やしたい。
これまでもDJイベントを主催したり、『だらぼち音楽祭』を共同代表の一人として立ち上げたり、トレイルランをしてきたので、遊び場の充実にも貢献したいですね。あたたかい人、おいしいご飯、里山里海といった能登の魅力に、さらにカルチャーが加わったら、能登はもっと面白くなっていくと思います」

Profile
こやま・はじめ/大阪府出身。能登DMC合同会社CMO。2015年に移住。能登島サイクリングツアーをはじめ、能登半島の魅力を伝える観光プランを企画運営するほか、震災を経て里海保全の取り組みも行う。