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アーツ前橋

ローカルアートレポート
vol.049

posted:2014.1.16   from:群馬県前橋市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  各地で開催される展覧会やアートイベントから、
地域と結びついた作品や作家にスポットを当て、その活動をレポート。

editor's profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都出身。小柄ですがよく食べます。お酒は飲めませんが酒場に出入りすることも。美術と映画とサッカーが好き。

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撮影:ただ(ゆかい)

美術館が館外で展開するプロジェクト。

群馬県前橋市に誕生した「アーツ前橋」。
美術館構想が立ち上がってから約6年という長い準備期間を経て、
2013年10月26日にグランドオープンした美術館だ。
芸術文化施設のあり方についてたびたび議論が重ねられ、
2010年から美術館プレイベントがスタートし、開館に至っている。
現在は開館記念展として「カゼイロノハナ 未来への対話」が1月26日まで開催中で、
館外でも「地域アートプロジェクト」が展開中。
地域の人たちや日常の生活とアートの創造性との出会いから
何か新しいことが生まれていくようなプロジェクトが、
美術館の外で同時多発的に行われている。

商業施設だった既存の建物をコンバージョンし、美術館に生まれ変わった。屋上看板にはアーティスト廣瀬智央さんによるコミッションワーク(恒久設置作品)が。

そのうちのひとつ「きぬプロジェクト」は、かつて養蚕で栄え、
生糸のまちといわれる前橋にちなんだプロジェクト。
これまでも「装い」とコミュニケーションをテーマに活動してきた
アーティストの西尾美也さんと、彼が主宰するブランド「FORM ON WORDS」が、
2014年の秋に向けてアーツ前橋のユニフォームを制作中。
そのプロセスを公開しながら、1年間かけてワークショップを開催していく。

まちなかにある「竪町スタジオ」では、1月26日まで西尾さんの作品を展示し、
「ファッションの図書館」という参加型プロジェクトも行われている。
これは、市民の思い入れのある服飾品をエピソードとともに収集し、
それらを公共の衣装タンスとして無料で貸し出すというもの。
並べられた服には持ち主それぞれのエピソードがあり、
それを身にまとうことで服を着るということについて考えたり、
コミュニケーションが生まれるきっかけともなる。

市民から集められた洋服に関するエピソードはどれも味わい深い。

「ファッションの図書館」にある服は、無料で借りることができる。

「マチリアルプロジェクト」は、市民がまちの現状(=リアル)に向き合い、
人が集う場をつくりだすプロジェクト。
その拠点となっているのが「アーツ桑町」。
アーツ前橋が開館する前からアートスクールが開催されており、
その講師でもあったアーティストの藤浩志さんと受講生たちの発案により、
空き店舗を利用して活動ができる場がつくられた。
公民館のように誰もが利用できるのではなく、
登録したメンバーが創作の場として活用し、
ミーティングが行われたり、作品を制作したり発表できる場となっている。

アートが本業ではなくても表現活動に関わりたい人や、
これまで作品を発表したことのない人たちなど、
前橋で活動する市民団体の拠点となっていて、さながら部活動の部室のよう。
運営も美術館ではなく市民によって運営されており、
この地域プロジェクトの出発点ともいえるスペースだ。

ピンク色でひときわ目立つ建物が「アーツ桑町」。藤浩志さんとアートスクール受講生の発案からできたスペース。

2階は民家を改修したギャラリースペース。取材時は、今回が初個展となる高橋加代子さんの展覧会が行われていた。こういった展示も市民団体によって企画・開催されている。

ふたたび人が集まる場所に。

そしてもうひとつのマチリアルプロジェクトの事例が「磯部湯活用プロジェクト」。
磯部湯は戦後すぐの昭和21年創業で、煙突は前橋の戦後復興のシンボルだったという。
残念ながら2012年3月に営業を終えたが、
そのあとも経営者である堀清さん・政子さん夫妻が換気などの手入れを怠らなかった。
天井が高く、自然光もよく入り、不思議な空間の魅力を持つこの磯部湯で、
アートプロジェクトができないかという話が持ち上がったのは至極当然とも思える。
長く前橋市民に愛された場所は、別の役割を持ってよみがえった。

アーツ前橋館長の住友文彦さんはこう話す。
「銭湯は生活に身近な公共の場所。
前橋の多くの人が出入りしていて、この場所に関する記憶を持っている。
そういう場所でアーティストに滞在制作してもらい、
何らかのかたちで地域の人に興味をもってもらえたらと思いました。
一般の方は作品制作のようすを見る機会なんてないですし、
作家も地域の人たちと出会うことでいろいろなインプットがあるはず。
そんなことができたら、磯部湯という場所にふさわしいんじゃないかと」

磯部湯活用プロジェクトにはアーティストの伊藤存さんと幸田千依さんが招聘され、
10月下旬から12月上旬まで公開制作が行われた。
その作品は、磯部湯に展示されている(1月26日まで)。

修復を重ねながらずっと磯部湯を見守ってきた煙突。戦後の焼け野原で復興の象徴となった。

2013年12月15日には伊藤存さんと幸田千依さん、住友文彦館長によるトークイベントが開催された。

伊藤さんは、動植物や人をモチーフとした刺繍作品や映像作品で知られるアーティスト。
これまでも、一見何もないように見える風景のなかに、
実はさまざまな生き物が潜んでいることを
「見ない土地の建築物」というシリーズで表現してきた。
特に魚が好きという伊藤さんは、アーツ前橋の前に流れる
馬場川(ばばっかわ)という小さな川に目をつけ、リサーチを開始。
するとウグイや鯉、山女魚、ヤツメウナギなど、多くの種類の魚がいることがわかり、
静かに見えて、実はにぎやかな川のようすを作品に表現した。

浴槽に水はないが、水中をとらえた映像作品が。一瞬、生き物が見えることも。

前橋での動物の目撃情報を人に聞いて集め、人と動物が対面している場面を地図上に再現した粘土作品。こうして見る前橋のまちはどこかユーモラス。

通常は京都を拠点として活動し、海外の展覧会に出展することも多い伊藤さんだが、
滞在制作はあまり経験がなく、制作プロセスを見せることも初めてだったという。
「途中でいろいろな反応があって、それが面白かったです。
僕の作品はよくわからないと言われたりしましたが、
僕は何を言われてもわりと大丈夫なので。
めちゃくちゃなことを言われれば言われるほど、
もっと変なこと言ってくれないかなって」と伊藤さんは笑う。

脱衣所のスペースで制作していたが、だんだん下宿のような様相を帯びていき、
磯部湯の隣に住む堀さん夫妻は、ようすを見に来ては差し入れをしてくれたそうだ。
「銭湯って人がたくさん来る場所ですから、
営業をやめたら急に人が来なくなって寂しかったんだと思います。
もつ煮込みをつくってくれたりして、ありがたかったです」
偶然にも堀さんは手芸好きで、趣味でつくっていた刺繍作品が
以前から銭湯に飾られていた。その作品がそのまま飾ってあり、
作風はまったく違うが、磯部湯という場所がつないだ、
伊藤さんの作品とのコラボレーションのようだ。

トークを見に来ていた堀さん夫妻。奥さんの政子さんは「楽しかった。最近若くなったと言われました」

「お風呂で制作するというのは不思議な気分でした」と伊藤さん。

幸田さんは、アトリエで制作してギャラリーで発表するというより、
さまざまな土地に滞在し、そこで作品をつくるという活動が多く、
コロカルにもたびたび登場しているアーティスト。
「新しい場所に行くと、最初はいろいろな違いに驚いたりするんですが、
暮らしているうちにどこでも共通するものがあると気づく。
自分が気になるものを日々見つめていくと、
そんなに大きく変わらないんだと思いました」と幸田さん。

今回の滞在では、毎日朝7時半頃から夜は23時頃まで、磯部湯で制作に没頭した。
決まった時間に起き、滞在していた家と磯部湯を往復する毎日。
だから前橋のことは詳しくないが、毎日通う道がとても大事なものになったという。
磯部湯に描かれた壁画は、その道すがらの橋から見た風景だ。
「朝、東に向かうので朝日がすごくきれいだったり、
日に日に葉が黄色く色づいていったり。
毎日その変化を見るのが本当に楽しくて、毎朝写真を撮ったり、
そこで5分くらいぼーっと過ごしてから磯部湯に来るんです。
何の変哲もないんだけれど、行き帰りの道が
だんだん自分の風景になっていきました」

「2か月間、前橋に暮らしたということのたしかな実感は展示に表せたんじゃないかな」と幸田さん。

公開制作時にはいろいろな人が集まってきた。
脱衣所のスペースにはテーブルが置かれ、
そこでお茶を飲んだりおしゃべりする人が増えてきて
「お湯はないけど、磯部湯の温度が日増しに上がっているのを感じた」のだそう。
やがて幸田さんは風景だけでなく人の絵も描こうと思い立ち、
10枚あまりのキャンバスに次々と描いていった。

磯部湯のプロジェクトには群馬大学の学生たちが運営スタッフとして関わっている。
彼らがいることで、このプロジェクトはいっそう開かれたものになったようだ。
「最初はアーツ前橋のお客さんがアートを見に来るという感じだったのが、
だんだん地元の人に噂が広まったのか、
昔、銭湯に来ていた人がふらっと立ち寄ってくれたり、
アートにそれほど興味のない人も、居心地がよかったのか毎週来てくれたり。
ふだん同じまちに暮らしていてもなかなか関わらなかったり、
世代が違って話すこともなかった人同士が出会ったり、
いろいろな人が混ざり合うのが面白かった」

滞在終盤になるにつれ人が増えてにぎやかになり、
差し入れもどんどん増えていったそう。
学生たちにも慕われていた幸田さん。トークが終了しても、
みんな最後まで名残惜しそうにアーティストを囲んでいた。

通常、展示スペースに鏡があるということはまずないが、それも含めて空間の面白さがある。「今回は磯部湯という場所とどうつき合うかが大事だと思っていました」

滞在中は脱衣所のスペースでカレーを自炊していたが、具材の差し入れをしてくれる人までいたため、終盤は食費もほとんどかからなかったとか。

地域の人が支える美術館。

住友さんはキュレーターとして、これまでさまざまな地域で
展覧会やプロジェクトを手がけてきた。
地域でのアートプロジェクトの可能性や難しさについても熟知している。
「もともとアートプロジェクトは60~70年代に前衛がやっていたことで、
展示室の外に出ることで反権力や制度に対するアンチという意味があった。
いまでは地域おこしや芸術祭という動きもありますが、
なかなか歴史のなかで残されていかない。
でも美術館が関わることで、何らかのかたちで残すことができると思うし、
美術館は活動を継続していくことにこそ意味があると思っています」

さらに、美術館は地域の人に支えられなければいけないという。
「アーティストのネットワークではなくて、
地域の人や専門家ではない人たちが必要だし、
彼らが必要だと思ってくれることが重要。
開館の3年前からプレイベントをやってきて、
それに関わってきた人たちがこういうプロジェクトも手伝ってくれています。
ハードをつくるだけではなく、ソフトも同時につくっていったのが
アーツ前橋の特徴だと思います」

開館記念展では、地域と縁のある作家や作品を掘り起こし、
新しい作品も交えて丁寧に紹介している。
「有名な巨匠や欧米のコレクションなど、どこからか借りてきた価値基準ではなく、
前橋に縁のある作家だけで美術の歴史を振り返ることができるような展覧会を、
最初にやろうと思いました。そこから、新しく作品をつくる場所を組み立てられれば、
過去と未来をつないでいくようなことができるんじゃないかと思っています」

照屋勇賢さんによるコミッションワーク。照屋さんは東日本大震災発生時、前橋で滞在制作をしていた。つくられた階段の上に連なるように、既存の建物の非常階段が窓枠の外に見える。ここで定時に、震災直後に録音された群馬交響楽団による演奏が流れる。

アーツ前橋ができたことで、波及効果が出てきているのが面白い、と住友さん。
実際に、地元在住のアーティスト八木隆行さんが運営する
アートセンター「ya-gins(やーぎんず)」や、
アーティストやアーツ前橋の学芸員たちが運営する
アートスペース「Maebashi Works」など、
さまざまなクリエイティブスペースが周辺に生まれている。
今後もアーツ前橋を中心に、地域の人たちが主体となった面白い動きが期待できそうだ。

information

map

アーツ前橋

開館記念展「カゼイロノハナ 未来への対話」
2013年10月26日~2014年1月26日

西尾美也+FORM ON WORDS「ファッションの時間」
2013年10月26日~2014年1月26日
会場:竪町スタジオ(前橋市千代田町2丁目4-1)

伊藤存、幸田千依「磯部湯活用プロジェクト」作品展示
2013年12月14日~2014年1月26日
会場:旧磯部湯(前橋市千代田町1丁目4-10)
http://www.artsmaebashi.jp/

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