ISHINOMAKI2.0 vol.4
第4回目となる今回は、石巻でデザインと建築の専門家からなる
まちづくりベンチャー〈合同会社巻組〉の渡邊享子さんにバトンタッチして、
石巻に移住したいと考える人々の暮らしの受け皿となる拠点づくりを紹介します。
石巻には震災以降、全国から私のように暮らしの拠点を移す人たちが
たくさんいます。その数は私が知るかぎりで数えても100名以上。
そうした地域外からの移住者や、
石巻に可能性を感じて戻ってきたUターン者の受け入れ先として、
中心市街地にたくさん存在する面積の大きな空き物件が活用されています。
石巻で活躍する出る杭のような人材をつくる巻組の活動。大注目です。

渡邊さん。(photo:和田剛)
まちに、住まいが足りない!?
こんにちは。私は、〈合同会社巻組〉の渡邊享子といいます。
宮城県石巻市を中心とした、東北の「田舎」で空き家を活用し、
20〜30歳代の移住者にむけた住まいとして提供しています。
そんな仕事をしている人は全国にいくらでもいると思いますが、
私たちが、そうした仕事を始めた理由は、2011年東日本大震災でした。
石巻市は水辺の平地の約30パーセントが浸水し、東北最大規模の被害を出しました。
こうしたなかで、都市部からのアクセスのよさや
受け入れ態勢が比較的充実していたという理由から、
2011年3月から1年間でのべ28万人ものボランティアが訪れました。
今回の震災の特徴は、こうしたボランティアの活動が非常に長期化し、
なかには震災復興の文脈を超えて、この地に定着する人々が現れた点です。

ひとつの民家に集まる、ボランティアとして石巻にきた若者たち。
2012年初頭に、被災した地域において住むための家がないという声が聞こえてきました。
人口減少が進む被災地域で、こうしたボランティアが定着し、
地域に関われる拠点をつくりたい。
それが、私たち巻組の活動のきっかけでした。
当時、石巻では大きくふたつの理由で住宅が不足していました。
ひとつは、震災で多くの住宅が被害を受け、地域の方々の住まいが不足していたこと。
当時、避難所が解散されたのが2011年秋頃、
5年たった現在でも仮設住宅を出られない方々がおられます。
もうひとつは、被災地に限らない問題でした。
いわゆる地方都市の中心市街地や、漁村・農村部は、
ほとんどの住宅が持ち家であり、単身者向けの賃貸住宅がそれほど多くありません。
2015年に石巻市により実施された空き家調査において、空き家と判断された住宅は、
中心市街地に108戸、2006年に合併した旧6町に189戸、計297戸ですが
それらの平均面積は約127平方メートル。
都心で単身の若者の住宅の標準面積が約36平方メートルなので、
都市部の単身世帯と比較して約3倍の広さの持ち家住戸が空き家となっている現状があり、
なかなか有効活用ができません。
「先日までおばあちゃんが住んでいたが、
ご高齢のため住まなくなって空いている広すぎる家」が、
日本の「田舎」には多く眠っているのにもかかわらず、なかなかヨソモノは入れない。
そんなことが課題になっていました。
2012年春。そんなふたつの不動産的な壁に打ち当たって途方にくれている……。
住むところがないという理由で石巻を去るボランティアの仲間たちもいました。
そんな時に、なんとかまちの中でモデルをつくりたいという気持ちで
まちを歩き回りなんとか見つけた平屋の空き家を
住まい手の方と一緒に直したのがきっかけで、
市外から石巻市にきて活動するよそ者に家を紹介する活動が始まりました。

初めて改修した空き家。住まい手自らの手でおしゃれな空間に。(photo:楠瀬友将)
「空き家」を探して歩き回るうちに、ひとつの重大な事実に気づきました。
誰にも一切使われていない純粋な「空き家」はほとんどない。
という事実です。
そこで、使われていたとしてもあまり有効活用されていない空きスペースも視野に入れて
活用する必要がありました。そのなかで、私たちの活動のシンボルになったのが
商店街に建ち並ぶお茶屋の2階を利用した〈SHARED HOUSE 八十八夜〉です。
このシェアハウスは80歳代の店主が運営するお茶屋の2階にあります。
もともとこの場所は30年前までは店主が家族で住んでいたのですが、
郊外に広い住宅を建てると、住まなくなり、2階は倉庫として使われていました。
とはいえ、この建物は「空き家」ではありません。
店主さんが営業を続ける建物を活用することなどできるのか。
店主の高橋仁次さんとも何度も意見がすれ違いそうになりました。












































































































