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連載

富士山の裾野から各地へ。
文化財の茅葺屋根を支える
御殿場産の茅

Local Action
vol.090|Page 1

posted:2016.7.8  from:静岡県御殿場市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Rieko Nagai

永井理恵子

ながい・りえこ●静岡県御殿場市出身。食いしん坊で呑んべえ。15年の東京暮らしを経て知ったのは、生まれ育った静岡県と御殿場市が案外ステキなところだったということ! 現在、その良さを発信すべく鋭意活動中。

富士山の裾野で育つ、良質な茅

世界文化遺産として知られる、飛騨高山の白川郷。
ここに建つ古民家の茅葺屋根に使われている茅が、
静岡県の御殿場産だということを知っている人がどれだけいるだろうか。
富士山の裾野に広がる広大な原野から
茅葺き屋根の材料である茅が、各地に出荷されている。

茅を刈るのは、御殿場市の板妻地区に長く暮らす人々。
その刈り手のひとりである長田友和(おさだともかず)さんが代表を務める
〈富士勇和産業〉がその茅を取りまとめて出荷している。
白川郷のほか、関東近県や京都などにある文化財の茅葺屋根にも使われているそうだ。
また、富士勇和産業では、関東近県にある茅葺屋根の葺き替えもしている。

御殿場産の茅を刈る、若手のふたり。長田友和さん(左)と宮田裕一さん。

御殿場生まれ・御殿場育ちの長田さんは、千葉県にある大学を卒業後、
市内にある半導体関連の会社に就職するため帰郷。
茅刈りを家業とする実家に暮らしながら、会社へ通っていた。
「会社員だった親父が定年になったら親父が継ぐ。
同じように、自分が定年になった頃、まだ茅刈りが
仕事として成り立っていたら継ごうかなと思ってたんです」

社会人になって数年経った頃、ずっと茅刈りを続けていた祖父が80歳を超え、
体力的にしんどそうに見えた。
「だからちょっと手伝ってみようと思って、会社勤めをしながら茅刈りを始めたんです」
週末だけの茅刈りだったが、回を重ねるごとに気持ちが固まって、
家業を継ぐことを決意。26歳のときに会社を辞めて、それから13年経つそうだ。

「会社を辞めたばっかりの頃は、体がもっと細かったんです。
体ができてないから、ほかの人より仕事が遅い。刈り手は近所のおじいさんばかり。
『どけぇ、案山子か!』なんて、結構怒鳴られました(苦笑)。
みんな近所だから、自分がそれこそ赤ん坊だった頃から知ってるわけじゃないですか。
それにうちのじいさんがボスだったから
もっと丁寧に扱ってくれるのかと思っていましたけど、
そんなことはまったくなく(笑)。悪気がないのはわかっていても、
最初は、仕事だからこそ分け隔てなく接してくれているのを理解できなくて、
イライラすることもありました」
それでも辞めなかったのは、自分が跡を継がなかったら
茅刈りを生業とする地元の人が困る、材料がないと茅葺きの職人さんたちが困る、
そんな気持ちが強かったからだ。

富士勇和産業の敷地に一歩入ると真っ先に目に飛び込んでくるのが、巨大な倉庫。この中には、刈り取ったあと乾燥させ、出荷を待つ茅がぎっしりと積まれている。

乾燥させた茅はトラックに乗せて倉庫へ運び込む。

「家は、木でもなんでも、その土地のものを使って建てるのが
気候風土に合っていて一番いい。茅がとれる御殿場にも、
かつて、茅葺の家がたくさんあったんですよ」と長田さんは言う。

ひと束の重さはおよそ5キロ。一軒の屋根を噴くのに必要な茅はおよそ3000束だそう。

「御殿場の茅刈りは、江戸時代から続いていると言われている生業。
1980年代頃、ゴルフ場が買ってくれるからと芝の栽培に転向する農家が多いなか、
僕の祖父が『地元から茅はなくならない』『昔からやってることだから』と
茅刈りを続けていました。でも、茅葺の家は減っていく一方。
これでは衰退していってしまうと考えて、販路を探してあちこち歩いたんです」

御殿場に限らず、茅葺の建物がある場所はもともと茅がとれていた場所だ。
長田さんの祖父が販路を探し始めた頃は、地場産の茅を使うのが当たり前だった時代。
だから、なかなか買ってもらえず苦労したようだ。

「茅が生える場所を“茅場”と呼びます。
茅場には毎年火を入れてメンテナンスしないと雑木が生えてくる。
10年くらい経てば木はそこそこ大きくなって、
気づいたら茅を刈るのが難しい状態になっている。
こうして、茅場がどんどん衰退していったんです」
そういう理由で、徐々に注文が入るようになった。
現在では、東京や神奈川、新潟や群馬など東日本のほか、
京都などにある国の重要文化財にも、御殿場産の茅が使われているそうだ。

2〜3月の風がなく晴れの日の土日を選んで、野焼きを行う。

山を焼いて出る灰は肥料になるし、一緒に蛾の幼虫やダニなどの害虫を焼き払うので、
刈った茅に害虫の卵がついていることがない。
だから、屋根材として、安心して使うことができるのだ。

野焼きの日、風向きによっては、御殿場の民家にも黒い灰が舞い落ちることも。

黒く燃えていないところは、周辺の植林地や道路への延焼を防ぐための防火帯として、
幅20メートルほど、草刈りをしてある。富士山の太郎坊から板妻方面まで、
およそ24〜25キロほどの距離の草刈りを長田さんが秋のうちに実施する。
東富士入会組合原里支部作業班の班長を務める長田さんにとって、
これも大事な仕事のひとつだ。

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