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蒐集家・郷古隆洋さんの旅コラム
「“版画の寺”として有名な毎来寺。
そこで買い付けた版画と、名物住職」

旅からひとつかみ
vol.014

posted:2020.11.17   from:岡山県真庭市  genre:アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。

text

郷古隆洋

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第14回は、Swimsuit Department 代表の郷古隆洋さんが
山陰・山陽を巡る買い付け旅のなかで出会った
岡山県のある作品とお寺のお話。
日本や世界中で蒐集活動をしている郷古さんでも強い衝撃を受けたお寺とは
はたしてどんなお寺だったのだろうか。

山陰と山陽の買い付け旅に欠かせない、あるお店

僕はとにかく車の運転が好きで、
年に一度、秋になると福岡から山陰と山陽を回る旅を必ず計画しています。
それは僕のなかで旅でもあり仕入れでもある。
「旅=仕入れ」「移動=仕入れ」といった図式は、
もう完全にセットになっている人生なのです。

この旅では行程を重ねるたびに荷物が積まれていき、
後半ともなると荷台ではテトリスのようなことが繰り広げられていきます。
まあそれが楽しくて仕方がないのですが。

そして山陰と山陽をどちらから先に回ろうとも、
〈さんはうす〉というカレー屋には必ず寄ることにしています。
そこは岡山県の内陸、真庭市にある、ちょっと変わったカレー屋なのです。

キッチンにいる名物マスターは、実は民芸の目利きであり、
店舗裏手に〈長屋〉という骨董品を並べたギャラリーを併設していて、
古物を扱う人はだれもが知る場所。
そこはもう行けば必ずほしいものがあって、
先に長屋に行ってしまうとカレーそっちのけで時間を使ってしまいます。

もちろんカレーだっておいしく、初めての人ならエビカツカレーがオススメ。
腹持ちもよくロングドライブにもちょうどいい食事がいただけます。
ちなみに僕はクリームコロッケカレーが好きです。

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へたりこみそうなほどの寺の内部とは?

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圧倒された毎来寺の世界

以前に〈長屋〉を訪れたとき、
鳥取の〈牛ノ戸焼窯元〉という窯の皿の絵柄を刷った木版画を購入したことがあります。
その際に「つくった人がすぐそこの寺の人やから行くといい」と言われたのです。
「寺の人? なんだろう?」と思いながらも、
そのときは寄ることはできなかったのですが、
昨年末(2019年)の買い付け旅の際に立ち寄ることができました。

そもそもこの版画、かねてから訪れていた窯、
特に山陰の窯の販売所にかけてあったりしたのを見かけており、
やけに雰囲気のいい木版画だなと興味をもっていたのです。

以前鳥取の中井窯を訪れたときに見た作品。

以前鳥取の中井窯を訪れたときに見た作品。

ある知人からそこは毎来寺(まいらいじ)という寺だと聞いていたので、
そこをナビに入れ車を走らせながら、どんな人なのだろう? どんな寺なのだろう?
と想像を膨らませながらのドライブ。
山陰はやはり秋、もしくはまだ雪が降っていないくらいの時期の冬、
さらには曇り空が好きです。
この日はちょうど曇天でした。寺に到着すると紅葉が迎え入れてくれて、
空のグレーと紅葉のコントラストに心落ち着かせ、寺の門をくぐって行きました。

ここが入り口。ここを開けると衝撃的な世界が現れます。

ここが入り口。ここを開けると衝撃的な世界が現れます。

本堂に着き戸を開けると何かざわざわしていて、
地元放送局のテレビクルーが取材中でした。
その光景を見たこともあって、見るからにこの人だなとわかる住職さんが僕に
「今取材を受けているから少しだけお待ちなさい、私人気者なので」と
冗談交じりに声をかけてきました。
ここ以外を見ていていいかと返したら
「もちろんどうぞ、あとで説明しますから」とのことだったので、
ほかから見て回ることに。

天井にまで作品がぎっしり。

天井にまで作品がぎっしり。

ただし、この時点で僕のテンションはマックスになっています。
テレビクルーの方たちがいなかったらその場にへたり込んでいたかもしれません。
それくらいのインパクトが、襖を開けた時点で僕を迎えてくれました。
力強く、きれいな色彩の版画が壁や天井はもちろん、
ありとあらゆるところに貼られているのです。
そして部屋の隅には現行品とは仕様の違う
古いイサム・ノグチの「AKARI」が置かれているのです。これはなんという世界観。
しばらくどこを見てもため息しか出てきませんでした。
人がつくった平面のもので、こんなに感動したことはなかったかもしれません。

これも天井です。

これも天井です。

本堂の中。大きなイサム・ノグチのAKARIも点在しています。

本堂の中。大きなイサム・ノグチのAKARIも点在しています。

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住職と話してわかった、絵の秘密とは?

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幸運にも希望通りの木版画を手に入れた!

そうしていると取材を終えた住職の岩垣正道さんが声をかけてきてくれました。
そう、あの木版画の作者です。

僕の方から作品を以前に見たことがあるとか、〈さんはうす〉の話などをしていると、
うんうんと話を聞きながら、お寺の中を案内してくれました。
見るものひとつひとつが新鮮で、
現代のグラフィックや印刷からは感じることのできない種類の
楽しさや迫力を持ったものばかり。
丸、三角、四角などの作品からトイレの男女のアイコンなど、何周しても見飽きません。

幅の広い作風の作品がいたるところに貼られています。

幅の広い作風の作品がいたるところに貼られています。

なんでも写経の代わりとして始めた趣味の版画を寺の襖に貼ったことをきっかけに、
住職のなかで「これだ!」という光が見えたそう。
今では300点以上の作品が寺内にあるそうです。

どこを撮っても写真映えします。

どこを撮っても写真映えします。

僕は仕事柄ここを回りながら、
買って帰るのはこれとこれだなとすでに決めていたのですが、
その作品には両方ともに2005年という年号が。
しかも本堂の一番いいところに飾られており、
もう15年前のものだからないのだろうなと、ダメもとで聞いてみると……
「ん、もしかしたら1枚ずつならあるかも。待ってなさい」と裏手に入って行かれました。
5分くらいしても戻ってこず、あぁ、やはりないんだろうなと思いかけたそのとき、
住職が手に巻かれた紙の筒を持って戻ってきました。

「ついてるね、ありましたよ」っと!
もう値段も聞かずに持ち帰ったのは言うまでもありません。
僕が選んだものは彫刻作品が木版で印刷された
「イサム・ノグチ」と「河井寛次郎」の2点。

とにかく岩垣さんのお話を直接聞けたこと、
またお話好きで初めて会った方とは思えない迎え入れ方をしてくれたことも、
作品の魅力を倍増させてくれました。

これとは別で売店にてトイレのお札や手ぬぐいなどを購入し、
2時間ほどを毎来寺で過ごしました。
この結果、当初行く予定だった〈さんはうす〉には間に合わなくなり、
仕込み中のマスターを裏から呼び出すという結果に……。

その後、荷台テトリスを終え、帰りがけに高速道路から見る山陰・山陽の紅葉は、
その旅の疲れを癒してくれる絶景でもあるのです。

売店で販売されているものの一部です。

売店で販売されているものの一部です。

profile

Takahiro Goko 
郷古隆洋

Swimsuit Department 代表。ユナイテッドアローズ、ランドスケーププロダクツを経て2010年に Swimsuit Department を設立。輸入代理店をはじめ、世界各国で買い付けたヴィンテージ雑貨などを販売するBATHHOUSEの運営のほか、店舗のインテリアコーディネートやディスプレーなども手がけている。2015年9月には、日本で初の開催となるモダニズムショーを主宰。

Web:http://www.swimsuit-department.com/

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